第5章: 夫の出張中、『うちに来ませんか』と囁く妻の甘い罠
第5章: 夫の出張中、『うちに来ませんか』と囁く妻の甘い罠
夫の健一が今回、二週間にも及ぶヨーロッパ出張に旅立った日の夜、すみれはスマートフォンの画面を眩しいほど凝視していた。
メッセージアプリの画面には、住吉冬馬とのこれまでのわずかなやり取りが並んでいる。
全てはダンスの日程確認や、すみれがわざとらしく聞いた些細な質問ばかりだ。
けれど、今から送ろうとしている文章は、それらとはまったく次元の違うものだった。
――ダメよ、こんなことして。
――でも……送らなきゃ、この先ずっと、あのベッドで妄想するだけの女のまま。
指先が震える。
呼吸が浅くなり、胸の奥で心臓が暴れているのを感じる。額にじんわりと汗が滲み、腋の下もじっとりと濡れている。今日はあえて朝風呂に入らず、自分の体から立ち昇る熟れた女の匂いを、微かに漂わせたまま過ごしていた。
その匂いが、今、鼻をくすぐる。
自分自身の欲望の臭いだ。
画面に打ち込まれた文章を、もう一度噛みしめるように読み返す。
『住吉先生。突然のお願いで申し訳ありません。ダンス、もっと本格的に上手くなりたいと思っていまして……もしご都合がよろしければ、個人レッスンをしていただけませんか? 場所は、私の自宅で。主人も長い出張でいませんし、静かで集中できるかと……』
ここで一旦、指を止めた。
あまりに露骨すぎるだろうか。
いや、でも……前回、あんなレオタードを着て、パンティも脱いで彼の前に立ったのだ。あの時、冬馬の目が理性の糸が切れんばかりに濁っていたのを、すみれはしっかりと見逃さなかった。
あの欲望に満ちた視線を、もう一度浴びたい。
独りではない場所で、妄想ではない現実で、感じたい。
震える人差し指が、ついに「送信」ボタンの上に乗った。押す一瞬、心臓が喉まで飛び上がるような錯覚に襲われ、目をぎゅっと閉じた。
――行け。
ぽん、と小さな電子音がして、メッセージが送信された。
画面を見つめたまま、何もできずにいた。
返事はすぐには来ない。一分が一時間のように長く感じられ、すみれはスマホをソファに置き、立ち上がってリビングをぐるぐると歩き回った。膝ががくがくと震えている。
どうしよう、もし断られたら?
もし、あの時の視線は単なる気のせいで、彼は純粋にダンス講師としてしか見ていなかったら?
そう思うと、猛烈な羞恥心が襲い掛かり、顔が火照って仕方ない。もうメッセージを取り消したい、そんな機能はないのに、画面を何度もタップしてしまう。
その時、ぶるん、と小さな振動が手の平に伝わった。
飛び上がるほど驚いて、スマホを落としそうになったすみれが、必死で画面を見ると、そこにはたった一行の返信が表示されていた。
『承知しました。お邪魔いたします。』
言葉少なだが、断りではない。
「あ……!」
声が漏れた。
その瞬間、体中の血が一気に頭に昇るような感覚に襲われ、足元がふらついた。狂喜というより、もっと動物じみた、獲物を仕留めたような高揚感が、下腹の深くから湧き上がってくる。
彼は来る。
この家に、夫のいないこの空間に、たった二人きりで。
すぐに日時を調整するメッセージを何往復かさせ、三日後の午後二時から、個人レッスンを行うことで合意した。
それからの三日間、すみれはほとんど眠れなかった。
レッスン当日の朝、彼女はバスタブに浸かることを頑なに拒んだ。代わりに、蒸しタオルで腋や股間を丁寧に拭き、自分の肌が発する自然な匂いを消さないようにした。
鏡の前に立つ。
下着は一切つけていない。
肌に直接まとわせたのは、薄い桜色のシルクドレスだ。胸元は深く切り込まれ、覗く谷間には、七年間誰にも触れられず、ひっそりと色を濃くした乳首が、こっそりとその先端をのぞかせている。
スカート部分は膝丈だが、歩くたびに太ももがはだけ、何もはさんでいない恥部の風通しの良さを、すみれ自身がくすぐったく感じる。
香水はつけない。
代わりに、首筋や胸の谷間に、ほんのりと汗ばんだ自分の皮脂の匂いが染み付くように、軽く指でなぞった。
――これでいい。
――私の、全部だめになっちゃった熟れた身体の臭いを、あの若い鼻に嗅がせてあげる。
午後二時五分前、インターホンが鳴った。
一瞬、心臓が止まりそうになった。
深呼吸を一つ、深く吸い込み、ゆっくりと吐き出してから、すみれは玄関へと歩み寄った。
ドアを開けると、そこには白いシャツに黒いスラックス、ダンスシューズを手にした住吉冬馬が立っていた。
彼の顔は、これまでに見たことのないほど緊張に引き締まり、顎の筋肉がぴくぴくと微かに痙攣している。視線はすみれの顔を一瞬捉えると、すぐにそらし、床を見つめた。
「お、お邪魔します。大日野さん」
声にも、わずかな震えが乗っている。
それを見て、逆にすみれのうちにあった不安や羞恥心が、ふっと消えていくのを感じた。
彼も同じなのだ。
欲望と理性の間で、ぎりぎりのところに立たされている。
「いえいえ、お忙しいところ申し訳ありません。さあ、どうぞお上がりください」
わざとらしく明るい声でそう言い、身を引いて冬馬を招き入れた。
彼が玄関で靴を脱ぎ、上がってくる背中を見ながら、すみれはそのシャツの下に隠れた肩幅の広さ、背筋のしなやかな線を思い浮かべた。ダンスの時に、あの背中に抱きつき、その硬い胸板に顔を埋めたいと妄想したあの感覚が、リアルによみがえってくる。
リビングへと導く。
カーペットはあらかじめ片付け、広い板張りの空間を作っていた。
「ここでよろしいでしょうか? 音楽は……」
「あ、はい。こ、ここで結構です。音楽は、私のスマホから……」
冬馬が慌ててポケットからスマホを取り出す。その手つきもいつになく不器用だ。
すみれはほんのりと微笑んだ。
「では、お願いしますね。私、本当に不器用ですから、先生にしっかり導いてもらわないと」
わざと「先生」という言葉を、甘くねとり声で強調してみせた。
冬馬の喉が、ごくりと動いた。
ゆっくりとワルツの曲が流れ始める。
冬馬がすみれの前に立ち、ダンスの基本姿勢を取る。彼の右手が、すみれの背中にゆっくりと回される。左手が、彼女の腰骨の上、わずかに下腹部に近い位置に置かれる。
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