第7章: 行列のできる秘密のラーメン――美少女出汁のスープに群がる男たち(続き 2/2)
男はそう言い残し、しわがれた笑い声をあげながら店を出ていった。翼はその後ろ姿を見送りながら、厨房の片隅に置かれた冷蔵庫に視線をやる。その中には、明日の仕込み用にとってある、ひまりの二番出汁がタッパーに小分けされて保存されている。あの液体が、こんなにも多くの男たちを狂わせている。その事実に、彼の背筋は冷たく粟立った。
「おじさん、さっきの人、すごく喜んでたね」
背後から声がして、翼は再び心臓を鷲掴みにされた気分になった。振り返ると、ひまりがエプロンを外しながら、うっとりとした表情で立っている。彼女の頬は、湯気と忙しさでほんのりと上気し、瞳は潤んで輝いていた。
「……ああ。というか、ひまり、聞いてたのか」
「うん、少しだけ。あの人が『特別な出汁』って言ってたの、聞こえちゃった。あたしの、あれが入ってるって、誰も知らないのにね」
ひまりは声を潜め、いたずらっぽく微笑んだ。その表情に、翼はかすかな戦慄を覚える。ついこの前まで、あんなに恥ずかしがって泣き出しそうになっていた少女が、今ではまるで自分たちの秘密を楽しんでいるかのようだ。
「ひまり、あんまりそういうこと、大きい声で言うな。誰がどこで聞いてるか、わからん」
「大丈夫だよ、おじさん。誰もいないもん。それに、あたし……嬉しいんだ。あの人たち、みんな、あたしの汁が入ったラーメンを、こんなにおいしいおいしいって食べてくれてる。恥ずかしいけど、すごく……誇らしいような気持ちになるの」
翼は言葉を失った。彼女のその歪んだ誇りは、まさに翼自身が蒔いた種から芽生えたものだった。商売のために少女の羞恥と性癖を利用し、その結果、彼女は自分の痴態が他人を喜ばせることに充足感を覚え始めている。これはもう、単なる出汁取りの協力関係ではない。もっと深い、泥沼のような共犯関係が、二人のあいだに澱のように堆積しつつあった。
「……ひまり、お前はそれで、ほんとにいいのか? 俺は、お前に無理をさせてるんじゃないかと、毎日……胃が痛い思いでいるんだ」
翼はうつむき、絞り出すように言った。すると、ひまりは小さく首を振り、カウンター越しに翼の手にそっと自分の手を重ねる。その指先は、まだあの湯の温もりを残しているかのように、ほのかに熱かった。
「無理なんかじゃないよ。あたしが好きでやってることだもん。おじさんは、あたしの恥ずかしいところを、全部、認めてくれた。それって、あたしにとっては、すごく……大切なことなんだ。だから、これからもずっと、あたし、おじさんのために、もっと美味しいお汁を作るよ。今日の月曜も、楽しみにしてるんだから」
翼は顔を上げ、ひまりの潤んだ瞳をまっすぐに見つめた。その瞳の奥には、もはやためらいの色は微塵もなく、ただ純粋な信頼と、かすかな挑戦めいた光だけが揺らめいている。彼は、もう後戻りできないことを、その瞬間、痛いほどに思い知った。いや、後戻りするつもりも、最初からなかったのかもしれない。明日も、明後日も、この店には行列ができる。そして来週の月曜日、彼はまたあのアパートの浴室で、ひまりの痴態を見つめながら、禁断の出汁を手に入れるのだ。
「……ああ、わかった。じゃあ、来週も、頼む。くれぐれも、秘密は守ってくれよ。これは俺たちだけの、誰にも言えない……そうだな、儀式なんだ」
翼は、ひまりの手をぎゅっと握り返しながら、かすれた声でそう答えた。店の窓の外では、とっぷりと暮れた夜の闇が、すべての罪を覆い隠すかのように、静かに広がっていた。厨房にはまだ、寸胴鍋から立ちのぼる湯気がかすかに漂い、その中に、微かに甘酸っぱい、少女の淫臭が混ざっているような錯覚を、翼は振り払うことができなかった。店は奇跡的な成功を収め、しかしその成功の一滴一滴が、二人をより深い秘密の淵へと誘い込んでいくのだった。
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