第4章: ひまりのスープ試食…なんで、こんなに美味しいだ二番出汁は(続き 2/3)
翼は小ぶりの丼に麺を盛り、熱々のスープを注いだ。刻んだ青ネギと、薄切りのチャーシューを一枚だけトッピングする。白い湯気が細く立ちのぼり、醤油の香りが食欲をそそる一杯が、あっという間に完成した。ひまりはカウンター越しにその丼を受け取ると、両手で包み込むように持ち上げ、まずはその香りを確かめるように顔を近づけた。
「……わ、いい匂い。あたし、おじさんのラーメン、初めて食べるかも」
「そうか? 店のほうでは、まかないで食わせたことあったと思ったが」
「ううん、まだ。いつも手伝いのあとはすぐ帰ってたから」
ひまりはそう言うと、レンゲでそっとスープをすくい、唇をとがらせてふうふうと息を吹きかけた。そして、小さな口を開けて、ずず、と音を立てて啜る。その瞬間、彼女の大きな黒い瞳が、ぱっと見開かれた。
「……あっ、おいしい!」
ひまりの声は、さっきまでの恥じらいを一瞬で吹き飛ばすほど無邪気だった。彼女はもう一口、今度は麺を箸でつまみ上げ、勢いよく啜り込む。つゆが跳ねて、彼女の白いブラウスに小さな染みを作ったが、そんなことは気にも留めていないようだった。
「すごく、コクがあるっていうか、香りがふわーって鼻に抜けて……なんだろ、これ。すごく優しい味がする。あたし、お店で食べるラーメンって、もっと脂っこいイメージだったけど、おじさんのラーメンは、なんか、こう……おばあちゃんの味噌汁みたいにほっとする」
「おばあちゃんの味噌汁か。それは、まあ、狙いとはちょっと違うが……ありがとう」
翼は苦笑しながらも、内心では手応えを感じていた。一番出汁だけでも、これだけの味わいが出せる。ひまりの肌から溶け出した汗や皮脂が、スープに人間的なまろやかさと深みを与えているのだろう。動物の骨や野菜だけでは決して到達できない、生命の温もりのようなものが、この一杯には宿っている。
「じゃあ、次はこっちだ。これが、その……二番出汁のほうのラーメンだ」
翼が差し出した二杯目の丼は、見た目は先ほどとほとんど変わらない。同じチャーシュー、同じ青ネギ、同じ中太縮れ麺。しかし、スープから立ちのぼる湯気の質が、明らかに違っていた。ひまりは一瞬、その丼を受け取る手をためらわせた。彼女は自分が二番出汁の湯で何をしたかを、当然知っている。自分の指が這い回った場所、そして絶頂の瞬間に溢れ出た粘液が、このスープには溶け込んでいるのだ。
「……これが、二番出汁」
ひまりの声が、また少し掠れた。しかし今度は羞恥だけでなく、かすかな好奇心の色が混じっているのを翼は聞き逃さなかった。彼女は意を決したようにレンゲを手に取り、スープを一口すくって口元へ運んだ。そして、目を閉じたまま、ゆっくりとそれを啜る。
次の瞬間、ひまりの身体がびくんと震えた。彼女は目を閉じたまま、レンゲを置き、両手で丼を掴むと、今度は直接丼に口をつけて、ずずずっ、と音を立てて一気に三口ほど啜り込んだのだ。その勢いに、翼はぎょっとする。
「お、おい、ひまり? 大丈夫か?」
「……おじさん、これ、なに?」
ようやく顔を上げたひまりの目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。それは悲しみや苦しみの涙ではない。あまりの衝撃に、生理的な反応として溢れ出たものだった。彼女の唇はうっすらと開かれ、そこからは熱い吐息が漏れている。
「一番出汁と、全然ちがう……。さっきのより、十倍、いや、百倍おいしい。なんていうか、こう、喉の奥にずーっと味が残ってて、飲み込んだあとも、口の中がじゅわってしてる。それに、頭のてっぺんが、じんじんするみたいな……変な感じ」
ひまりはもう一度レンゲを手に取り、今度はスープだけをじっくりと味わうように啜った。その仕草は、さっきまでとは打って変わって、とてもゆっくりとした、官能的なものだった。まるで舌の上でスープを転がし、その一滴一滴の成分を解析しようとしているかのようだ。
「……あたしの、これが入ってるんだよね」
ひまりがぽつりと呟く。その声には、もはやためらいはなかった。
「なのに、なんでこんなにおいしいんだろう。恥ずかしいのに……すごく、ドキドキする。おじさんのラーメンが、あたしの……恥ずかしい汁で、こんなにすごい味になるなんて」
「ひまり、それは……」
「いいの、おじさん。あたし、ちゃんとわかってる。これが一番おいしいんだって。さっきお風呂で……その、してる時も思った。これがラーメンになったら、どんな味がするんだろうって。そしたら、こんなに……こんなに……」
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