第7章: 露見、静かな絶望(続き 2/2)
それはかすれた息のような声だった。
彼女はシーツを握りしめ、全身を震わせながら嗚咽を漏らした。
「ごめんなさい……ごめんなさい……亮介さん……私……私……」
言葉は続かなかった。
ただ謝罪の言葉を繰り返すだけで、彼女は俯いたまま震え続けた。
俊一はパンツを穿き終えると、シャツのボタンをゆっくりと留め始めた。
彼の表情には一切の後ろめたさがなく、むしろどこか満足げな余裕さえ感じられた。
「聞こえたか、亮介」
俊一はそっと言った。
声には威圧的な響きが滲んでいた。
「家庭というものはな、強い者が支配するものだ。お前のような甘ったれた男では、女を満足させられない」
亮介は俊一を見つめた。
父親の顔を、初めてこんなに間近で、しかし全く別の存在として認識した。
「お前はこの女を、ただ大切にすればいいと思っていただろう。しかしな、女の性というものは、そういうものじゃない」
俊一は鼻で笑った。
彼は遥の髪を撫でるように触れ、その手を彼女の頬に滑らせた。
「この女は、もっと乱暴に扱われることを望んでいた。恥ずかしめられ、辱められることで、初めてその本性を現す」
「……黙れ」
亮介の声には、初めて怒りの色が宿った。
しかしそれは力なく、まるで絞り出すように発せられた。
「父さん……なぜ、そんなことを」
「なぜだと?」
俊一はゆっくりと亮介に近づいた。
彼の背は亮介より高く、がっしりとした体格が影のように覆い被さる。
「お前がダメだからだ。夫として、男として、この女を満足させられなかった。だから俺が、代わりに満たしてやっただけだ」
亮介は唇を噛みしめた。
口の中に鉄の味が広がる。彼は遥を見た。妻はまだ泣きじゃくりながら、俊一の言葉にうなずくように小さく頷いていた。
「はるか……」
亮介は彼女の名前を呼んだ。
かつては温もりを感じたその響きが、今は冷たく虚空に消えていくだけだった。
遥は顔を上げようとした。
しかし俊一の手が彼女の肩に置かれると、彼女は再び俯いてしまった。
「亮介さん……もう……私……」
彼女の声は震え、途切れた。
目を閉じ、新しい涙が頬を伝う。
部屋には三人の息遣いだけが響いていた。
窓の外からは日常の音が聞こえてくる。車の音、子供の笑い声、遠くのサイレン。
すべてが、この部屋の現実と無関係に続いていた。
亮介はゆっくりと膝をついた。
床の冷たさが、ズボンの布越しに伝わってくる。彼は自分の手を見つめた。この手で、何度も遥を抱きしめた手が、今は何も掴めない。
「……どうして、助けを求めなかった」
彼はもう怒っていなかった。
ただ、深い、底なしの悲しみが胸を満たしていくのを感じていた。
遥は答えなかった。
彼女の沈黙が、すべてを物語っていた。
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