第2章: 水曜日のワインと吐息の行方(続き 2/2)
「うーん、難しい質問だね。美沙はまだ二十八歳で、私は五十だ。年の差があるから、もちろん理解し合えない部分もあるよ」
彼は手を止め、少し考え込むような間を置いた。
「でも、お互いに無理をしないことかな。美沙は今、妊娠で大変な時期だけど、私はあの子のペースに合わせてあげる。それが、年の離れた夫の務めだと思ってる」
聡実はふきんを握りしめながら、その言葉を噛みしめた。
――無理をしない。
夫の敏明とは、もう何年もお互いに無理をしていない。むしろ、無理をしなくていい関係が、いつの間にか何もしない関係になっていた。
「でもさ、聡実さん」
康之がゆっくりと振り向いた。彼の目がまっすぐに聡実を見つめる。
「聡実さんは、最近旦那さんと……してるの?」
ドキン、と胸が高鳴った。
聡実は目を泳がせ、ふきんを弄びながら、どう答えていいかわからなかった。酔った頭は思考を拒み、代わりに本音を引きずり出そうとしているようだった。
「冗談ですよ、冗談」
康之が軽く笑い、再び洗い物に向き直った。
「ただ、以前聡実さんが、夫婦って子供を育てる同士みたいになってるって言ってたから。もしかして、そういう部分でも、最近は……」
言葉が途中で途切れた。しかしその余韻が、聡実の胸に重くのしかかった。
――言ってしまう。この酔った勢いのまま、全部吐き出してしまいたい。
理性が警告を発するが、もう遅かった。口が開き、言葉が零れ落ちた。
「……してません。息子が小学校三年生になってから、一度も」
沈黙が流れた。
湯の音だけが、厨房に規則的なリズムを刻んでいる。
康之はゆっくりと手を拭き、完全に聡実の方を向いた。彼の表情は真剣で、しかしどこか哀れみにも似た優しさに満ちていた。
「そんなに……ですか」
彼はため息をついた。
「もったいないなあ。聡実さんはまだ四十歳で、こんなに美しいのに」
「美しいだなんて……」
「美しいよ。肌も透き通っているし、このしなやかな体のライン……いちばん、女として楽しめる時期なのに」
康之の言葉が、聡実の耳の中で甘く溶けていった。褒められることなど、もう何年もなかった。夫からも、自分自身からも。
「エッチってさ、美しさを保つためのスポーツみたいなものだよ。身体も心も、潤いを与えてくれる。長年していないなんて、本当にもったいない」
彼は一歩近づいた。距離が急に縮まり、聡実は康之の体の温もりを感じた。
「でも……私から夫に声をかけるのも、なんか躊躇われちゃって」
「わかるよ。長年の夫婦だと、そういう気後れがあるよね」
康之はもう一歩近づいた。彼の吐息が、聡実の頬にかすかに触れた。
ワインとハーブをほのかに含んだ、大人の男の匂い。
「実は俺も今、美沙が妊娠中で……できずに、ちょっと欲求不満なんだ」
彼の声が低く、艶やかになった。
「だから、変な感情は抜きにしてさ。お互いの健康のため、ちょっと……やってみない?」
脳が警鐘を鳴らした。ダメだ、これは危険だ、夫がいる、家庭がある。
しかし身体は、長年の乾きを覚えていた。何年も感じなかった「女」としての自覚が、康之の言葉に呼び覚まされ、疼き始めていた。
「そんな……無理です。私、マスターとそんなこと……」
「気持ちよくなかったら、やめればいい。これはあくまで、身体の健康を保つためのスポーツみたいなセックスだよ。家庭を壊すようなことじゃない」
逃げ道を作る彼の言葉に、聡実の抵抗はさらに弱まった。
康之の手が、そっと聡実の肩に触れた。その触れ方は優しく、しかし逃げられないほど確かなものだった。
「ねえ、聡実さん」
彼の顔が近づく。目と目の距離が、危険な領域に入ろうとしている。
「一度だけ、試してみようか。嫌だったら、そこでやめるから」
そして康之の唇が、聡実のそれを塞いだ。
最初は柔らかく、優しい触れ方だった。しかしすぐに、圧が強くなり、彼の舌が聡実の唇の隙間をこじ開けようとした。
――あっ。
驚きの声が喉で潰えた。康之の手が聡実の背中を抱き寄せ、より深くキスを求める。彼の舌が口内に侵入し、ワインの残り香とともに、貪欲に絡みついてきた。
くちゅ、と濡れた音が耳に届く。
拒否しようとした手は、いつの間にか康之のシャツの裾をつかんでいた。膝が震え、腰が砕けそうになる。
長い、濃厚なキスが続く。肺が苦しくなるほどに。離された時、聡実は激しく息を吸い込み、胸を波打たせた。
「美味しかったよ」
康之が呟き、またすぐに唇を奪いにきた。今度は最初から激しく、情熱的に。彼の片手が聡実の腰を掴み、もう一方の手が胸へと這い上がっていく。
「んっ……だめ……」
声はかすれ、もはや本気の拒否には聞こえなかった。
康之の指が、聡実のブラウスの上から乳房を揉んだ。優しく、しかし確実に。乳首が布越しに硬くなるのを、彼は指先で感じ取り、軽くつまんだ。
「あっ!」
電気が走るような感覚が、背骨を駆け上がった。
「ほら、身体は正直だよ。こんなに反応してる」
康之の唇が聡実の耳元に寄り、熱い息を吹きかけた。
「股間、じゅわっと濡れてきてるだろう?感じてるよ、手に取るように」
聡実は目を閉じた。確かに、あの場所が熱を帯び、じっとりと湿り始めている。ジーンズの生地が、敏感になった陰唇に擦れるたびに、小さな痙攣が走る。
「ダメです……本当に、だめ……」
声は震え、もう泣き声に近かった。
「大丈夫。嫌だったら、いつでもストップさせるから」
康之の言葉は優しい罠だった。彼はそう言いながら、聡実のジーンズのボタンを外し、ジッパーを下ろしていく。
金属の音が、静かな店内に淫らに響いた。
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