第6章: 壊れる日常、気付き始めた純愛(続き 2/2)
彼は自分を責めた。凛が毎日のように写真部に通い、帰宅する時に微かに漂ってくるあの臭い。それは紛れもなく、性行為の痕跡だった。精液と愛液が混ざり、彼女の肌に染み付いたあの芳香を、悠真はただの「薬品の匂い」だと誤認していた。
無知だった。彼女の特性を理解しているつもりで、実際には表面しか見ていなかった。
大切にしたいと思っていたのは、心で繋がること。触れられなくてもいい、ゆっくりでいい、そう信じてきた。でも凛は、その「触れられない」ことを、別の形で――彼とは決して交わらない形で――満たしていた。
窓の隙間から漏れる光が、廊下の床に細長い四角を描いていた。オレンジ色から深い藍色へと変わりゆくその光の中に、悠真は長い時間、ただ座り込んでいた。
部室の中の騒ぎが一段落した頃、ドアのノブが回る音がした。
彼は反射的に立ち上がり、廊下の角へ身を隠した。
ドアが開き、男子たちの笑い声が溢れ出てきた。まず賀川が出てきた。シャツははだけ、汗で光る胸を露わにしている。続いて三谷と他の部員たち。皆、満足そうな、どこか虚ろな表情を浮かべていた。
「また明日な、女神様」
誰かがそう呼びかけ、皆が笑いながら階段の方へ降りていった。
最後に、凛が部室から出てきた。
彼女は制服の乱れを整えながら、無表情で廊下を見渡した。スカートは下ろされているが、皺だらけで、所々に湿った跡が滲んでいる。髪も少し乱れ、頬の紅潮はまだ完全には引いていなかった。
彼女は鞄を肩にかけ、ゆっくりと歩き始めた。悠真の隠れる角の前を通り過ぎるとき、彼女の体からふわりと甘酸っぱい匂いが漂ってきた。それは今日もまた、彼女の肌に深く染み込んだ、他人の欲望の痕跡だった。
凛の足音が遠ざかり、完全に消えるのを確認してから、悠真は角から出た。
彼は再び写真部室の前へ歩み寄った。ドアは半開きのままだった。中を覗くと、むっとするほどの生臭い空気が立ち込め、床のマットには複数の体液が混ざり合った跡が光っていた。
部室の隅に、凛が忘れていったと思われる白いリボンが落ちていた。
彼はそれを見つめ、ゆっくりと手を伸ばしたが、触れる直前で止めた。
――もう、触れられない。
このリボンにも、あの匂いが染み付いているだろう。凛の体に刻まれた、彼以外の誰かの痕と同じ匂いが。
悠真はその場に立ち尽くし、夕闇に沈んでいく部室を見つめ続けた。窓の外では、夕焼けが完全に暮れ、最初の星がちらりと光り始めていた。
彼の胸の中では、何かが静かに、しかし確実に壊れていった。それは、彼が凛に対して抱いてきた純粋な想いであり、二人の関係を特別なものだと思い込んでいた脆い幻想だった。
そして、その破片の一つひとつが、喉の奥に突き刺さるような痛みを伴いながら、ゆっくりと沈殿していくのを感じた。
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