第6章: 壊れる日常、気付き始めた純愛
第6章: 壊れる日常、気付き始めた純愛
夕暮れ時、図書室の窓辺に細長い影が落ちていた。
高槻悠真は鞄を膝の上に置き、時計の針を三度目に確認した。午後四時四十分。凛とここで落ち合い、一緒に帰る約束をしていた時刻から、すでに四十分が過ぎようとしている。
彼はスマートフォンの画面を開き、メールの受信箱を確認した。
凛からの返信はない。既読にもなっていない。彼女が約束を忘れることはまずない。むしろ、時間に正確すぎるほど几帳面なのが凛の性格だ。だからこそ、この異常事態に胸のあたりに冷たい塊が転がり始めた。
――もしかして、体調が悪いのかな。
それとも、写真部の活動で何かトラブルが?
彼は鞄を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がった。図書室の司書に軽く会釈をして廊下へ出ると、足早に写真部室のある特別棟の方へ歩き始めた。夕陽が長い廊下をオレンジ色に染め、彼の背後の影を不自然に引き伸ばしていく。
特別棟の二階に差しかかると、いつもと違う空気を感じた。
普段は閑静なこの棟が、どこか低くうなるような熱気に包まれている。それは音というより、空気の振動のようなものだった。悠真の足取りが自然と緩む。
写真部室の前まで来た時、彼は初めてはっきりとした音を聞き分けた。
ずっしり、と鈍く肉が撞き合う音。それに重なる、荒い吐息。複数の男子の、興奮に震えた唸り声。そして――その間に混じる、かすかで、しかし確かに存在する、女性の喘ぎのような息遣い。
悠真の心臓が、一度だけ強く鼓動を打った。
――何だ、これは。
部室のドアは堅く閉ざされていたが、横にある小さな換気窓がほんの少し開け放たれている。そこから、さらに濃厚な匂いが漂ってきた。汗と、どこか甘ったるい体液の臭い。埃っぽい部屋の空気に混じって、明らかに性行為を思わせる生々しい芳香が、悠真の鋭い嗅覚を捉えた。
彼の足が、無意識にその窓へと近づいた。
背が高いことを活かし、つま先立ちになって窓の隙間から中を覗き込む。最初は暗がりで何も見えなかったが、目が慣れるにつれて、部室内の光景がゆっくりと輪郭を現し始めた。
そして、悠真は息をのんだ。
部室の中央、汚れたマットの上で、白瀬凛が複数の男子に囲まれていた。
彼女はまだ制服のブレザーとブラウスを着ていたが、スカートは腰までめくれ上がり、下着は穿いていなかった。白く細い腿が無防備に開かれ、その間に逞しい体格の男子――賀川武志が跪き、腰を激しく前後に動かしていた。
ぐちゅっ、ずぶっ、と濡れた音が、賀川の腰の動きに合わせて規則正しく響く。
凛の顔は、相変わらず無表情に近かった。しかし、よく見ると頬には薄紅色が差し、半開きになった口唇からは透明な唾液が細い糸を引いて垂れていた。瞼は少し伏せられ、長い睫毛が微かに震えている。
彼女の背後では別の部員がスマートフォンを構え、動画撮影をしているようだった。また別の男子は凛のブラウスのボタンを外し、中から覗く白い胸を貪るように揉みしだいていた。
「っ……く……」
凛の喉の奥から、押し潰されるような吐息が漏れた。
それは悠真が今まで聞いたことのない、どこか苦悶に満ちた、しかし確かに快楽に歪んだ声だった。
賀川の動きがさらに激しくなる。肉と肉が撞き合う音は速いリズムを刻み、凛の体がその衝撃で前に押し出されるたび、彼女の肩が小刻みに揺れた。
「どうだ……女神様……今日も、俺ので満たされてるか……?」
賀川が喘ぎながら嘲るように言った。
凛はゆっくりと目を開けた。虚空を見つめるその瞳は、潤みで曇っていた。
「……もっと」
彼女の声は、研ぎ澄まされた金属のようだった。感情の起伏はないが、言葉そのものに切実な欲求が込められている。
「奥まで……子宮のあたりが……気持ちいいです」
一瞬、時間が止まったように感じた。
悠真の脳裏で、何かがぷつりと音を立てて切れるのを聞いた。それは物理的な音ではない。今まで彼が信じてきたもの、積み重ねてきた時間、凛との間に築いてきたと信じていた繋がりの、根本をなす糸が、一本また一本と断ち切られていく音だった。
部室の中では、賀川が獣のような笑みを浮かべ、凛の腰を強く掴んで一層深く突き入れた。
「子宮が気持ちいいってか……はあ……こいつ、本当にぶっ飛んでるな……」
別の部員がそう呟き、皆が哄笑した。
凛はその笑い声に反応することもなく、ただ体を預けていた。目を再び細め、唇をわずかに開けて、規則的な衝撃に身を任せている。時折、腰が跳ねるような動きを見せ、それに合わせて「あ……ん……」という短い吐息を漏らす。
悠真は窓から離れた。
背中を壁に預け、ゆっくりと床に腰を下ろした。膝ががくがくと震え、自分で制御できない。手の平には冷たい汗がにじみ、呼吸が浅く速くなっているのを感じた。
――何を……見てしまったんだ。
――あれは、凛なのか。
頭の中で、二つのイメージが激しく衝突した。一つは、幼い頃からずっとそばにいた、無表情でどこか頼りなく、でも確かにそこにいる凛。もう一つは、今、部室の中で複数の男子に犯され、平然と「気持ちいい」と呟く凛。
どちらも紛れもない彼女だった。
彼は顔を上げ、天井の汚れたシミを見つめた。脳裏に、凛の言葉が反響する。
『悠真は、好きです。幼い頃からずっと、一緒にいたいと思っています』
『でも、写真部のみなさんとは、感覚があります。気持ちいいです』
彼女の中では、それが矛盾していない。好きな人には触れられたくない。でも、好きでもない人たちとの性行為は、単なる「感覚の記録」でしかない。彼女の論理はあまりにも純粋で、あまりにも残酷だった。
部室の中から、再び声が聞こえてきた。
「じゃあ、次は俺の番な。凛ちゃん、口でも咥えてくれよ。動画の続き撮るからさ」
「わかりました」
凛の平板な返事。
そして、衣擦れの音と、何かを深く咥えるような湿った音。
悠真は目を閉じた。それ以上聞くのも、見るのも耐えられなかった。しかし、耳は自然に音を拾ってしまう。男たちの歓声、カメラのシャッター音、そして時折混じる凛の、窒息しそうな嗚咽。
――なぜ、気づかなかったんだろう。
――あの匂い。あの甘ったるい臭いは、現像液なんかじゃなかった。
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