第2章: ぬるま湯と共犯、巨根に囚われた掌
第2章: ぬるま湯と共犯、巨根に囚われた掌
夫の出張が決まったのは、陽斗が家に来て三日目の朝のことだった。
リビングで朝食の味噌汁を啜っていた夫が、何の気なしに「明日から二泊で大阪に行くことになった」と口にした瞬間、淳子の胸の奥がざわりと波立った。なぜだかわからない。ただ、夫がいなくなるという事実が、これまでに感じたことのない不安の影を落としたのだ。
食卓の向かいでは、陽斗が悠と並んで卵焼きを頬張っている。つぶらな黒い瞳を皿に落としたまま、箸を動かすその横顔は、どこからどう見ても無邪気な十一歳の少年だった。白いTシャツの襟元から覗く首筋は細く、膝丈の半ズボンから伸びたふくらはぎには、まだ子ども特有のまるみがあった。しかし、淳子はもう知っていた。障子の破れ目から覗く、あの爬虫類じみた粘つく視線を。夜の脱衣所で背中に突き刺さった、暗く濡れた二つの瞳の感触を。
なのに、注意できない自分がいる。どうやって注意すればいいのかわからない。夫に相談しようにも、「あなたの従兄弟の子が私の裸を覗いているんです」などと言えるはずもなかった。
「おばさん、昨日の夜、なかなか寝付けなかったみたいだね」
ふいに顔を上げた陽斗が、卵焼きの欠片を箸の先で弄びながら、ことりと首を傾げた。その声音はあくまで無邪気そのもので、悠が「かあたん、ねむれなかったの?」と心配そうに眉を下げるほどだった。淳子はひきつる喉からなんとか笑みを絞り出す。
「ちょっと暑くてね……おばさん、夏の夜は苦手なのよ」
嘘だった。本当は、あのあと寝室に戻っても、鼓膜の裏にずっと気配が張りついていたのだ。壁越しに聞こえる陽斗の寝息さえ、何かの罠のように感じられて、朝までまんじりともできなかった。
「ふうん。今夜は涼しくしてあげるね」
陽斗がそう言ってにっこりと笑った。その白い歯の並びが、やけに大人びて見えて、淳子は味噌汁の椀を持つ指先がかすかに震えるのを自覚した。
夫が出発したのは、その翌日の昼前だった。
玄関先でスーツの襟を直しながら「悠のことは頼むな」と気の抜けた笑顔を見せる夫に、淳子は胸の奥で叫びたかった。あなたの従兄弟の子は普通の十一歳じゃない。私を見る目がおかしい。連れて行ってほしい。お願いだから、私をあの子と二人きりにしないで。
しかし、口から出たのは「気をつけて行ってらっしゃい」という定型的な言葉だけだった。夫の痩せた背中が夏の陽炎に溶けていくのを、淳子は玄関の柱に指を食い込ませながら見送った。
午後、リビングで悠と陽斗がテレビゲームに興じているあいだ、淳子は台所で夕食の下ごしらえをしていた。包丁でピーマンのへたを落としながらも、意識の半分は背後に向けられている。すぐ後ろのリビングでは、陽斗がコントローラーを握っている。その手が、指が、あの障子の破れ目から伸びていた。想像すると、包丁を持つ指先がまた震えだす。
なんとか気を鎮めようと、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。氷のからん、という涼やかな音がやけに大きく響いた。
「かあたん、きょうのおふろ、いっしょにはいろ!」
リビングから飛び込んできた悠の声に、淳子の手が止まった。振り返ると、悠がパジャマを胸に抱えてぴょんぴょん跳ねている。どうやらゲームに飽きて、風呂の催促を始めたらしい。淳子は麦茶のピッチャーを冷蔵庫に戻しながら、できるだけ優しく言った。
「悠はお客さんと入ったら? かあたんは、あとでいいから」
「えー、いやだ! はるとにいちゃんも、いっしょがいいっていってる!」
悠がそう叫んで、後ろを指さした。ソファに座った陽斗が、コントローラーを置いて立ち上がる。半ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、小首を傾げて淳子を見上げてきた。その黒い瞳は、まるでガラス玉のように澄んでいるのに、奥底でどろりとした光がうごめいている。
「おばさん、悠くんが三人で入りたいんだって。いいでしょ?」
「え……ええ……」
淳子は言葉を失った。なにしろ相手はまだ十一歳の子どもで、しかも悠の従兄弟で、夫の親戚なのだ。ここで露骨に拒否すれば、逆に不自然に思われる。第一、あの覗きのことを陽斗が口にするとは思えなかった。夫に言ってどうなるものでもない。だがあの障子の破れ目の奥で光った瞳が、淳子の記憶の中でじわりと滲む。
返事をしない淳子にしびれを切らし、悠がぐいぐいと彼女のエプロンの裾を引っ張る。
「かあたん! はやく! ぼく、はるとにいちゃんとおふろはいりたい!」
「……わ、わかったわ。じゃあ、かあたんも一緒に入りましょう」
淳子はほとんど反射的にそう答えていた。陽斗はにこりともせず、ただじっと淳子の目を見つめている。ああ、まずい、と淳子の本能が警鐘を鳴らした。しかし、もうあとにはひけない。悠が「やったー!」と歓声をあげて脱衣所へ走っていく背中を追うように、淳子は重い足を動かした。
浴室の白い蛍光灯が、湯気にぼやけてオレンジがかって見えた。
先に裸になった悠が、すでに浴槽のふちに飛び込んで、ばしゃばしゃと湯しぶきをあげている。淳子は洗い場に立ったまま、服を脱ぐ手を止められずにいた。ブラウスのボタンを外し、スカートのファスナーを下ろし、ストッキングを抜き取る。一連の動作のあいだじゅう、同じ空間にいる陽斗の気配が、皮膚をじりじりと焼いた。
下着だけになったところで、淳子は横目で陽斗を盗み見た。少年はすでに全裸で、悠の隣に座っている。細い肩、白い背中、小さな尻。風呂の椅子に腰かけたその背格好は、やはりどこからどう見てもあどけない子どものそれだった。淳子はわずかに安堵して、ブラジャーのホックを外した。肌着を脱ぎ、最後の一枚である純白のショーツに指をかける。その瞬間、背中に刺さる視線を感じた。見られている。でも、ここで隠すほうがおかしい。淳子は唇を噛みしめ、一気にショーツを足首まで下ろした。
湯気が立ちこめる浴室に、三人分の裸体が浮かび上がる。
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