第7章: 還らぬ肌、音を立てて壊れる日常
第7章: 還らぬ肌、音を立てて壊れる日常
陽斗を駅まで送り届けたその足で、淳子はコンビニへ寄り、夫が帰宅した際の夕食の足しにするため、総菜のパックを幾つか買い込んだ。悠は「はるとくん、もういっちゃったの」と朝から少しばかり口を尖らせていたが、車のなかで買い与えたグミの袋に気を取られ、家に着く頃にはもう陽斗のことは忘れたようにテレビの前にちょこんと座り込んでいる。淳子は台所の流しに総菜の袋を置き、蛇口をひねった。勢いよく飛び散る水の冷たさが、指先から腕へと這い上がり、ようやく自分が現実の時間に戻ってきたような錯覚を覚える。陽斗がいた五日間は、まるで生温かい泥の底に沈められたような、息苦しくて、なのに抗えない悦びの澱んだ夢だった。今はもう、その夢から醒めなければならない。そう言い聞かせるように、淳子は強くまぶたを閉じてから、ゆっくりと開いた。
夕刻、玄関のチャイムが鳴るより先に、鍵の回る金属音が響いた。淳子はエプロンの前をさりげなく直し、笑顔をこしらえる。帰宅した夫は疲れ切った顔で「ただいま」とだけ言い、鞄を畳の上に置いた。悠が「パパー!」と飛びついていく後ろ姿を、淳子は食卓の準備をしながら横目で追う。なんでもない、いつもの光景だった。テレビからは夕方のニュースが流れ、味噌汁の鍋から立ち上る湯気が、台所の窓をうっすらと白く曇らせている。夫はスーツの上着を脱ぎながら、何気なく淳子のほうを見て、こう言った。
「ごくろうさん。なんか、ずいぶん陽斗に振り回されたんじゃないか」
淳子は味噌汁の椀を置く手を、かすかに震えさせた。
「……ううん、そんなことないわ。はると君、いい子だったし」
自分の声が、やけに平坦で、どこか遠くから聞こえるようだった。夫はそれ以上深く追及せず、ネクタイを外しながら居間へと移動していく。淳子はほっと胸を撫で下ろすと同時に、その安堵が別の感情に支えられていることに気づき、胃のあたりがきゅうと疼くのを感じた。いい子だった。そう口にした瞬間、脳裏をよぎったのは、あの少年の黒い大きな瞳であり、自分を犯すときに見せる無垢で残酷な笑みだった。夫の前で、その記憶を必死に押し隠す。けれど、押し隠そうとするたび、膣の奥がきゅううと疼き、下着の布地がぬるりと湿るのがわかった。
夕食が終わり、悠を風呂に入れ、寝かしつけるまでの一連の流れは、表面的にはこれまでと何ひとつ変わらなかった。強いて言えば、淳子が悠に「かあたん、きょうはおふとんでほんよんで」とねだられた時、ほんの少しだけ動きがぎこちなかったくらいだ。布団の横で絵本を開く自分の指先が、まるで他人の手のように白く痩せて見えた。陽斗の熱い肉棒を握ったこの指が、今は無邪気な息子のためにページを繰っている。その落差が、淳子の胸に冷たいものを落とした。悠が寝息を立て始めると、家の中は潮が引くように静まり返る。隣室からは、夫が布団を敷く衣擦れの音がかすかに聞こえていた。
淳子は洗面所で歯を磨き、鏡の前でしばし立ち尽くした。映っているのは、どこにでもいる三十六歳の人妻の顔だ。頬のあたりにうっすらと疲れが浮かんでいるけれど、それでも目元にはまだ若々しい光が残っている。けれど淳子自身には、その顔がまるで偽物のように思えた。本当の自分は、夫のいない昼間、十一歳の少年に躾けられ、喘ぎ、腰を振り、胎内に精液を注がれて悦ぶ雌の顔をしている。鏡の前で、唇の端がかすかに歪む。泣いているのか、笑っているのか、自分でもわからなかった。
寝室の襖を開けると、すでに布団が二組、並べて敷かれていた。夫は片方の布団の上にあぐらをかき、スマホの画面をぼんやりと見つめている。天井の蛍光灯はすでに消され、枕元の小さな豆電球だけが橙色の光を落としていた。淳子は無言で自分の布団に滑り込む。夫はスマホを脇に置き、小さく欠伸をした。
「疲れたか。俺も今回はきつかったよ」
そう言いながら、夫は淳子の布団のなかに手を差し入れてきた。型通りの、いつもの動作だった。まず肩口に触れ、それから鎖骨のあたりをかるく撫でて、ゆっくりと胸のふくらみへと下りていく。淳子は暗闇の中でまぶたをぎゅっと閉じ、夫の手を受け入れた。いつもなら、このあたりで義務的に息を乱すふりをし、感じているふりをすることができた。けれど今夜の淳子の身体は、まるで別の生き物のように、夫の指を拒絶し始める。
夫の細く頼りない指が、パジャマのボタンを外し、素肌の胸に触れた瞬間、淳子の皮膚は粟立った。それは快感ではなく、もっと原始的な、生理的な拒否反応だった。夫の指の腹は乾いており、その体温さえも、今はただ異物のように感じられる。かつてはこれで満足していたはずなのに、今はどうしても、陽斗のあの小さくて熱い掌が、無遠慮に服の下へと侵入してきた感触を思い出してしまう。
「……淳子?」
夫が不審そうに呟く。淳子は慌てて首を振り、無理に身体の力を抜こうとした。
「ううん、だいじょうぶ。ちょっと、疲れてるだけ……」
夫は納得したのかしないのか、曖昧にうなずくと、さらに手を下へと滑らせた。パジャマのズボンのゴムをくぐり、下着の上から恥丘をそっと撫でられる。それだけのことで、淳子の膣はきゅうと締まった――けれどそれは、期待の疼きではなかった。まるで侵入者を拒むかのように、膣口は固く閉ざされ、粘液ひとつ滲ませない。夫の指が下着の布地越しに割れ目をなぞっても、かつてのような湿り気はまったく生まれなかった。ただ乾いた布が、敏感になりすぎた陰唇を擦る痛みだけが走る。
「あ……ちょ、ちょっと、待って……」
淳子は思わず夫の手首を掴んでいた。自分でも驚くほどの強い力で。夫はぽかんとして手を引っ込める。
「どうした、具合でも悪いのか」
「ごめんなさい……なんだか、その……今日は、だめみたい」
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