第2章: まわし一枚の決意(続き 2/4)
茂の体からは、すでに汗の匂いがほのかに漂っていた。男の子特有の、少し酸っぱいような、しかしどこか生き生きとした匂い。今まで何度も嗅いだことのある匂いなのに、今日はなぜか、鼻の奥にじんと響く。
手と手が触れ合う。
まずは右手同士が、軽く触れる。茂の掌は、すでに温かく、少し湿っている。美佳は彼の指の間に自分の指を絡める。四つに組むための、最初の動作だ。
次に左手。
そして、一気に距離が詰まる。
体がぶつかる。
今まで何度も経験した衝撃だった。茂のしっかりとした肩、分厚い胸板が、自分の体に押し寄せてくる。いつもなら、その間にTシャツの薄い生地が一枚挟まっている。それがクッションになり、衝撃を和らげていた。
今日は違った。
茂の右肩が、美佳の左胸――白いさらし布に覆われた、柔らかな膨らみの真上に、直接ぶつかった。
衝撃は、確かに柔らかい。
硬い骨や筋肉の塊が、布一枚を隔てただけで、その下にある弾力のある柔らかい肉団子に沈み込むような感触。押し付けられる。ぎゅっと。布越しに、相手の体温がじわっと伝わってくる。茂の汗でわずかに湿った肌が、さらし布の上を滑るように擦れる。
「……んっ」
声が、零れた。
短く、息を詰まらせたような、しかしどこか甘くふやけた音。美佳自身、その声が出たことに驚いた。顔が一気に熱くなる。恥ずかしさが、頭のてっぺんからつま先までを走った。
茂の動きが、一瞬止まった。
彼は至近距離で、美佳の顔を見下ろしていた。目と目の距離は、三十センチもない。彼の黒い瞳が、わずかに揺らいでいるように見えた。
「……なんだ、その声」
彼の声も、いつもより低く、濁っていた。
「痛いのか?」
「違う……!」
美佳は慌てて否定した。でも、どう説明すればいいのかわからない。痛いわけじゃない。むしろ……変な感じ。今までにない感覚。ぶつかった衝撃が、胸の奥深くまでじんわりと響いて、それがなぜか股のあたりまで微かに震えが伝わるような。
「痛くないなら、いいだろ」
茂はそう言いながら、再び押し込んでくる。今度は左肩が、美佳の右胸に当たる。同じように、柔らかく沈み込む感触。布が擦れる。彼の鎖骨の硬さが、胸の柔らかい頂点を、わずかに押し上げる。
また、体の奥で何かが疼く。
美佳は必死に耐えた。声を漏らさないように、唇を噛みしめる。でも、呼吸が自然に荒くなっていく。はあ、はあ、と息が喉を通るたびに、胸が布に押し付けられ、また緩む。その繰り返りが、何かを刺激しているようだった。
「おいおい、もう息上がってんじゃねえか?」
拓也が脇から声をかけた。彼は土俵の縁に座り、あごを乗せた手の上から、興味津々に二人の組み手を見つめている。
「女の子だし、まわし一枚じゃ体力持たねえよ、きっと」
「……持つよ」
美佳は歯ぎしりしそうな声で言った。茂の押し込みに耐えながら、自分も踏み込んでいく。足の裏で砂利を掴み、腰を前に押し出す。
体と体が、より密着する。
茂の腹筋が硬く盛り上がった腹が、美佳のへその下あたりに当たる。彼は背が少し高いので、自然にそうなる。その圧迫が、下腹部にじんわりとした熱を生み出した。
「ふん……まだやるか」
茂が唸るように言った。彼も呼吸が荒くなっている。しかし、それはこれまでの稽古とは明らかに違う種類の荒さだった。息遣いが熱く、一つ一つに力が込められている。
彼は右足を一歩引くと、美佳の体を左へ捻ろうとする。体勢を崩すための、基本的な技だ。
美佳はそれに耐え、逆に右へ押し返す。
その時だ。
茂の左腕が、彼女の背中をぐっと抱き寄せるように回り、掌が彼女の背中のさらし布の結び目に、偶然触れた。
びくり。
美佳の背筋が跳ねた。
茂の指先が、背中で結んだ布の結び目を、わずかに擦り上げた。ぎゅっと縛った結び目は硬く盛り上がっている。その盛り上がりを、彼の指の腹が通り過ぎる。ほんの一瞬の接触だったが、布越しに伝わる彼の体温と、圧迫が、背中全体に痺れるような感覚を走らせた。
「っ……!」
今度は声にならない息が漏れた。
茂はその微かな変化に気づいたか、掌をぱっと離した。しかし、その離し方が、どこか慌てているように見えた。
「……お前、背中、汗びっしょりじゃねえか」
彼はそう呟いた。声がかすれている。
「そ、そうかな……」
美佳は俯き加減に答えた。本当に汗で背中が濡れているのか、それとも別の理由で肌が火照っているだけなのか、自分でもわからない。ただ、茂の手が触れた場所が、今もぽかぽかと熱を帯びて残っている。
「まあ、いいや。続けろ」
茂は再び体制を整えた。しかし、その目つきは先ほどより鋭く、美佳の体の動きを、細かく追っているようだった。彼の視線が、彼女の胸元に巻かれた布の、わずかに緩んで浮き上がった部分を、何度もちらりと掠めていく。
次の組み手は、より激しかった。
あるいは、美佳の感覚がより敏感になっていただけなのかもしれない。
茂の肩が胸にぶつかるたびに、柔らかい衝撃が波のように広がる。彼の脇腹が、彼女のわき腹に擦れる。布同士がこすれ合い、ざらざらとした音を立てる。汗が混じり合い、布が次第に湿り、重たくなる。
美佳は、次第に自分の体の中に生まれている変化に気づき始めていた。
胸の先端が、布に擦れるたびに、ちくちくと疼く。それは痛みというより、むずがゆいような、かゆいような、しかし放っておけないような感覚。脚の付け根、股のあたりが、じんわりと熱を持ってきている。内腿の内側が、汗ではなく、別の温かい湿りで少しぬめり始めているような錯覚さえ覚える。
――なに、これ……
怖い。気持ち悪い。でも、なぜかそこから目を離せない。
茂が大きく踏み込み、体全体で押してきた。美佳は耐えきれずに、後ろにずるずると足を滑らせる。砂利が背中に当たり、少し痛い。
「ほら、押されてるぞ」
茂の声が上から響く。彼は優位に立って、さらに体重をかけてくる。その重みが、美佳の上半身全体にのしかかる。胸が押し潰され、呼吸が苦しい。
そして、茂の腹が、彼女の下腹部に、より強く密着する。
ぐりっと。
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