第2章: まわし一枚の決意

第2章: まわし一枚の決意
前日の茂の言葉は、美佳の胸の奥に棘のように刺さったまま抜けなかった。
放課後の校庭は、同じ時間、同じ場所で、同じように陽が傾き始めている。土俵と称した砂地の円形のスペースには、すでに茂と拓也、寛の三人の姿があった。彼らはそれぞれまわしを締め直し、肩を回し、いつもの稽古前の準備に余念がない。
美佳は校舎の影から一歩踏み出した。
――違う。私だって。
心の中で繰り返す言葉が、震える膝をわずかに支えてくれる。手に握りしめた白いさらし布は、朝からカバンに隠し持っていた。母親に内緒で、使い古した浴衣の帯を切って自分で用意したものだ。
「お、来たな」
茂がまず気づいた。彼は腕組みをしたまま、少し挑戦的な笑みを浮かべている。
「今日もTシャツで頑張るのか? まあ、女の子だし、仕方ないけどさ」
その言葉が、最後の引き金になった。
美佳は土俵の縁まで歩み寄ると、カバンをそっと地面に下ろした。拓也が興味深そうに眉を上げ、寛は砂利の上で足をずらす小さな音を立てた。彼の視線が、自分の半袖のTシャツの上を、じっと這っているのを感じる。
暑い。夕方だというのに、陽の名残りが肌をじりじりと焼く。
「……違うよ」
声が少しだけ震えたが、美佳はしっかりと茂を見据えた。
「今日は、同じ格好でやる」
拓也が口を開いた。
「え、どういうこと?」
美佳は答えない。代わりに、両手でTシャツの裾をつかんだ。綿の生地は、少し汗ばんでいて、肌に張り付くような感触がある。指先が震えている。心臓が喉元まで上がってきそうな鼓動を打つ。
ゆっくりと、裾をめくり上げていく。
まず腹が見えた。平らで、相撲の稽古で少しだけ腹筋の線が浮かんでいる幼い腹部。外気が汗で湿った肌に触れ、鳥肌が立つのが自分でもわかる。くすぐったいような、冷たいような。
「おっ……」
拓也の声が、普段より半音高かった。
めくり上げる手を止めない。脇腹が見え、肋骨のわずかな盛り上がりが現れる。そして、下着の上端――いつもの白い綿の子ども用スポーツブラの縁が、ちらりと見えた瞬間、美佳は一息に、Tシャツを頭の上まで引き上げた。
脱ぎ捨てる。
肩から腕を抜くとき、髪が少し絡んだ。もつれた黒髪をかき分けながら、脱いだTシャツをカバンの上に放り投げる。上半身は今、スポーツブラだけで覆われている。薄い布越しに、ほんのりと膨らんだ胸の輪郭がはっきりと浮かび上がる。まだ小さい、けれど確かにそこにある、柔らかなふくらみ。
空気が、肌に直接触れる。
今までとはまったく違う感覚だった。風が胸の上を、腹を、背中を撫でていく。汗が冷え、逆に体中が火照ってくるようだ。顔から首筋にかけて、一気に血が上る熱さが走った。
「ま、マジで……」
拓也が呆然としたように呟く。
茂は腕組みを解き、目を少し見開いていた。彼の表情から、からかいの色が一瞬引いた。驚きと、何か別の、言葉にできない感情が混ざっているように見えた。
寛は、一言も発しない。ただ、灰色がかった瞳が、美佳の胸元から腹へ、そして再び胸へと、ゆっくりと移動している。彼の喉が、ごくりと動いた。
――見てる……みんな、私の体を……
その視線の重みが、肌をじりじりと焼く。恥ずかしい。逃げ出したい。でも、ここで引いたら、茂の言った通りになってしまう。
美佳は歯を食いしばった。
カバンから白いさらし布を取り出す。長さはおよそ二メートル。彼女はそれを胸の前で広げると、一端を脇に挟み、もう一端を背中に回し始めた。
布が素肌に触れる。さらりとした、少し硬い感触。何度も巻きつける。ぎゅっと引っ張るたびに、スポーツブラの下にある柔らかい膨らみが押し付けられ、形がくっきりと布に浮かび上がる。上から巻きつけていくので、胸は布によって押さえつけられ、少し平らに潰されるような圧迫感がある。
巻き終わると、端を胸の前で結ぶ。結び目が、ちょうど胸の谷間のあたりに来る。
下半身は、短パンの下にもう一枚、同じようにさらし布を巻いていた。朝、トイレでこっそりと巻きつけてきたものだ。これで、上半身も下半身も、男子たちと同じ「まわし一枚」の状態になった。
美佳はゆっくりと顔を上げた。
「……ほら」
声はかすれていた。喉が渇いている。
「同じ格好でしょ? だから、私も本当の相撲取りだ」
茂は数秒間、黙って彼女を見つめていた。その視線は、彼女の胸元に巻かれた白い布、その下にくっきりと浮かぶ幼い乳房の形を、確かめるように通り過ぎる。そして、彼は鼻で笑った。
「……ああ、そうだな。まわしは巻いたな」
彼は肩をすくめた。
「でも、それだけじゃ意味ないぞ。本当に同じかどうかは、組んでみなきゃわかんねえからな」
「組むよ」
美佳は即座に答えた。足を土俵の中へ踏み入れた。砂利が素足の裏にごつごつと当たる。いつもの感触だ。でも、上半身の軽さ、布一枚で風が直接肌を撫でる感覚は、すべてを違うものに変えていた。
拓也がくすくすと笑った。
「すげえなあ、美佳。本当にやっちゃったよ。で、その……その布、ちゃんと止まってるの? 組んでるうちに外れたりしない?」
「大丈夫だよ。しっかり巻いたから」
美佳はそう言いながら、内心ではどきどきが止まらなかった。確かに、ぎゅっと巻きつけてはいるが、激しく動けば緩んでくるかもしれない。結び目が解けるかもしれない。その想像が、また一層恥ずかしさをかき立てる。
寛が、ようやく口を開いた。彼の声は低く、少し掠れていた。
「……寒くない?」
その心配そうな、しかしどこか熱を帯びた問いかけに、美佳は首を振った。
「平気。動いてたら汗かくし」
「そ、そうか……」
寛はまた黙り、視線を土俵の砂利に落とした。しかし、その耳たぶが少し赤くなっているのが、美佳にも見て取れた。
茂が土俵の中央に立った。彼はがっしりとした肩を前に出し、腰を落とす。いつもの、四つに組む前の姿勢だ。
「よし、来い。最初は俺とだ。いつも通り、ちゃんと四つに組んでからな」
「わかってる」
美佳も腰を落とした。砂利が膝の裏に当たる。胸に巻いた布が、体を屈めるたびに少しずつ押し付けられ、柔らかい肉が布の上からも形を変えるのを感じる。
二人の距離が縮まる。
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