第4章: 校門の手つなぎ、届かない距離(続き 2/2)
それは、今まで嗅いだことのない、奇妙な匂いだった。甘ったるいような、それでいてどこか塩辛いような、生々しい大人の唾の匂い。佳奈の口から、息をするたびに、それがほんのりと漂ってくる。さっきまで石橋先生のものを咥え、精液を啜り、唾液を絡ませていた——その口だ。
匂いが、すべてを物語っていた。教室で起きたことは、決して夢でも幻でもない。この匂いこそが、動かぬ証拠だった。優弥の胃のあたりが、きゅうっと縮み上がり、喉の奥が熱くなった。
「なんでも……ない……」
やっとの思いで、そう絞り出す。声が震えていたけれど、それ以上は言葉にならなかった。佳奈はまだ心配そうに優弥を見つめているが、その口元はいつもの笑顔をかすかに浮かべていた。その無垢な表情と、漂ってくる大人の匂いとのあまりの落差に、優弥の視界がまた滲み始める。
佳奈は首をかしげたまま、優弥の手をぎゅっと握り直した。
「かえるよ。ゆうやのて、つめたいね」
そう言うと、彼女はまるで何でもないように、優弥の手を引いて歩き出した。優弥はなされるがままに、その後に続く。握り返せない手が、だらりと佳奈の指にぶら下がり、銀杏の葉がはらはらと二人の足元に舞い落ちた。
校門をくぐり、夕暮れの通学路に出る。いつもなら、佳奈の手の温もりを感じるたびに、心がほわりと温かくなったのに、今はただ、その手が重いだけだった。佳奈の口からはまだ、かすかに大人の匂いが漂い、優弥の鼻先をかすめては消える。これから先、この手をどう握ればいいのか——その答えは、冷たい秋風の中に溶けて、どこにも見つからなかった。
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