第3章: ブラを浮かせた30秒、歓声と連写が永遠に伸びる勝利の余韻(続き 2/2)
その逆転の感覚が、頭の芯を痺れさせる。恥ずかしさと誇らしさがぐちゃぐちゃに溶け合って、胸の奥で金色の渦を巻いている。汗が背中を伝い、ブラウスの布地が肌に張りついたまま、私は両肘を床について少しだけ上体を反らせた。乳房が重力に従ってふくらみ、レンズの前でその形を変える。
三〇秒。いや、もう少し経ったかもしれない。時間の感覚はまだぐにゃりと歪んだままだ。フラッシュの残像と、連写音と、周囲の熱いため息とが混ざり合って、世界全体がひとつの大きな生き物みたいに私を包み込んでいる。
十分に晒した。そう思えた瞬間、全身から力が抜けた。
うつむくと、ブラウスの布地がはだけた胸元にかかり、露出していた乳房が隠れる。両手を床について、ただ荒い息を繰り返した。額から汗が滴り落ちて、コンクリートの床に小さな染みを作る。
シャッター音が、少しずつ減っていく。一人がレンズを下ろし、また一人が去っていく足音。さっきの熱狂が嘘みたいに、私の周りの輪がゆっくりとほどけていく。でも、さっきのような寂しさはなかった。
男たちが満足げに散っていく気配が、むしろ心地よい。私は彼らに全てを見せて、彼らはそれで満足して散っていく。その循環が、不思議と清々しかった。
最後の一人の足音が遠ざかったのを確かめて、私はようやく顔を上げた。金髪のツインテールの子はもういなかった。あの子はずっと前に撮影を終えて、どこかへ移動したのかもしれない。私の周りに残っているのは、フラッシュの残像がちらつく視界と、コンクリートの床のひんやりした感触だけだった。
震える指でブラウスのボタンを留め直す。指先がまだ思うように動かなくて、一番上のボタンに手間取った。ブラの位置を直そうとして、カップが汗で湿っているのを感じる。全部を元に戻すのに、随分と時間がかかった気がする。
立ち上がると、膝が笑っていた。長時間の緊張と、座り込んでいたせいで、太ももの裏側がじんじんと痺れている。スカートの後ろを手で払い、それからあたりを見回した。さっきまで私を囲んでいた男たちは、もう誰もいない。みんな別の被写体を求めて、会場の人混みの中に溶けていった。
でも私の肌はまだ、あの視線の熱を覚えていた。露出していた胸の先端が、ブラの布地に擦れるたびひりっと疼く。パンツが食い込んだままのお尻の割れ目にも、じんわりとした熱が残っていた。
私はゆっくりと歩き出した。会場の出口へ向かう人の流れに乗りながら、さっきまでの時間を頭の中で反芻する。スカートの中を撮られて、水着でがっかりされて、それからパンツを食い込ませて、ブラをずらして。半日も経っていないのに、何年分もの感情を味わった気がする。
会場を出ると、外の空気がまだ熱気を孕んでいた。でも、中のむっとした熱とは違う。風が少しだけ吹いていて、汗で冷えた頬に気持ちいい。駅までの道のりを歩きながら、私は何度も唇の端が上がるのを抑えられなかった。
電車に乗り込むと、冷房の風が汗ばんだ肌にしみた。窓際の席に座り、ガラスに映る自分をぼんやりと見つめる。朝、電車に乗ったときと同じ顔のはずなのに、なんだか別人のように見えた。目が少しだけ据わっていて、でもその奥にきらきらとした光が灯っている。
窓を開けると、走り出した電車の風が髪を揺らした。風に当たる首筋や鎖骨のあたりの肌が、まだ他人の視線を覚えている気がする。目を閉じると、あのシャッター音が耳の奥でまだカシャカシャと鳴っていた。
家に着いたのは、夕方近くになってからだった。玄関を開け、誰もいない部屋にただいまと言う。返事がないのはいつものこと。でも今日は、その静けさがいつもよりずっと心地よかった。
洗面所の鏡の前に立つ。朝、何度もスカートの裾を直したときと同じ鏡なのに、映っている自分が微妙に違って見える。目が輝いている。肌がほんのりと上気して、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。私はそっと自分の胸に手を当てた。ブラの下で、何時間か前まであれだけ無数のレンズに晒されていた乳房が、静かに上下している。
あれは夢だったんだろうか。でも体に残る倦怠感と、胸の奥にくすぶり続ける熱が、現実だったと教えている。パンツの食い込みを直そうとして指を伸ばし、ためらった。まだいいか、と思い直す。あの感触を、もう少しだけ覚えておきたかった。
居間のカレンダーに目をやる。今月のページ。来月のページをめくって、ついでにその次もめくる。コミケの次の開催日は、どこかにメモしてあったはず。私はスマホを取り出して、検索を始めた。
次は、何を着ていこう。それとも、何を着ないでいこう。そんな考えが自然と湧いてきて、自分でも驚く。今朝までの私なら、そんなこと思いもしなかった。でも今の私は、あの会場の熱気とレンズの嵐が恋しくてたまらない。
指先がまだ、かすかに震えている。あの連写のシャッター音が耳の奥で鳴り止まない。私はカレンダーに次の日付を書き込みながら、誰に言うでもなく呟いた。
「……次は、もっとすごいこと、しちゃうかも」
声に出して言ってみると、その言葉がやけにリアルに感じられた。今までは退屈で仕方なかった神奈川の田舎町が、次のコミケまでの待ち時間に変わっている。日常の閉塞感が、少しだけ和らいでいた。それだけで、私は確かに変わったんだと思う。
鏡の中の自分が、ゆっくりと微笑み返した。
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