監視カメラの赤いランプの下、妻が十一歳の少年と宿題の罰ゲームで結ばれるまでを夫が見続けた夜々
あらすじ
内装職人の夫が、自慢の妻と従業員の少年の親密さに違和感を抱く。宿題の罰ゲーム、テレビゲームの勝敗、日毎に深まる密室の戯れ。家中に仕掛けた監視カメラの赤いランプが、妻の肌と少年の汗を映し出す。怒りと欲が交錯する夫の眼差しの先で、日常は静かに崩れていく。
第1章 自慢の妻が少年に膝を開くまで、夫はまだ何も知らない二百日の始まり

第1章: 自慢の妻が少年に膝を開くまで、夫はまだ何も知らない二百日の始まり
夕方の空気がまだ青さを残す四月上旬、作業着の袖口に染みついたボンドと木屑の匂いを振り払うように、俺は玄関の引き戸を開けた。ドアノブに触れた指先から、一日の疲れが水みたいに滲んでいく。靴を脱ぐか脱がないかのうちに、リビングの方から軽やかな笑い声と、テレビゲーム特有の派手な効果音が廊下を滑ってきた。その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがほんの少しほどける。ああ、今日も友希那がいる、と。
玄関の三和土に小さなスニーカーが一足、かかとを踏み潰すように脱ぎ散らかされていた。泥の乾いた跡が白い靴底に薄くこびりついている。悠真くんの靴だ。もう来ている。靴紐がほどけたまま転がるその形に、十一歳の放りっぱなしの熱量が残っていた。
廊下を進むと、リビングのドアが開いていた。暖かな蛍光灯の色が床に四角く落ちている。夕飯にはまだ早い時刻だというのに、空気にはほんのりと甘い匂いが漂っている。砂糖を焦がしたような、バニラを溶かしたような。友希那が悠真くんに何かおやつでも作ってやったのだろう。鼻をくすぐるその甘さが、俺の鼻孔から入り込んで、身体の真ん中を淡く温めた。
「あ、敏夫さん、おかえりなさい」
顔を上げた友希那が、ソファに座ったまま振り向いた。ショートの栗色の髪が、蛍光灯の下でさらさらと揺れる。琥珀色の瞳が俺を捉えて、やわらかく細められた。今日は膝上のミニスカートを履いている。くすんだ青のデニム地、裾は白い太腿の中ほどでゆるく終わっていた。座った姿勢で少しだけ裾が上がって、膝の上の肉がほんのり光を帯びて見える。小麦色に焼けた窓の外の日差しの余韻なのか、それとも照明の加減なのか、彼女の脚は白く、なめらかな曲線でこちらへ向いていた。
「おう、ただいま。悠真くん、もう来てたんだな」
俺が言うと、友希那の隣に座っていた悠真くんが、コントローラーを握ったまま小さく頭を下げた。ほんの半年前まで、この子は俺の姿を見るなり「敏夫さん!」と大きな声で駆け寄ってきて、ランドセルの肩紐を揺らしながら今日の出来事をまくし立てたものだ。だが、いまの悠真くんは違う。声をかければ返事はするが、視線は合わせない。黒い髪のつむじをこちらに向けたまま、テレビ画面の中の何かを鋭く睨んでいる。短く刈り込まれた後頭部の線が、心なしか薄青く光って見えた。
悠真くんの小さな指先がコントローラーのボタンを叩く。カチカチ、カチカチ。ゲームの中では宝石か何かが弾けて、派手な音が部屋の空気を震わせた。俺はその横顔を盗み見た。瞳が黒い。黒目がちというより、眼球そのものを覆ってしまうような深い色。視線は画面を突き刺しているが、本当はもう少し遠くを見ているように感じられた。
「悠真くん、ここ、敵が来るよ」
友希那が身を乗り出す。肩が触れるほど近くに寄せて、細い人差し指で画面の端を示した。頭を寄せ合う二人の後ろ姿が、リビングのソファの上に小さく収まっている。女の身体を包む薄手のカットソーが肩甲骨の形を浮かび上がらせ、悠真くんの半袖シャツからは洗い立ての洗剤の匂いが混じって鼻をくすぐった。
「わかってるよ、友希那さん」
悠真くんの声は、まだ声変わり前の高い響きを残しつつ、どこかぶっきらぼうだった。友希那に向ける言葉も、俺に向ける言葉も、最近はどうも淡泊でそっけない。だが、その淡泊さとは裏腹に、彼が友希那を見上げる視線には熱があった。まるで熱を逃がすための割れ目を探すように、横顔から首、胸元へと、視線が這う。だが友希那がその視線に振り向くと、悠真くんは途端に画面へと目を戻す。熱が外へ漏れるのを防ぐ、薄い壁があるような素振りだった。
「悠真くん、宿題は終わったのか?」
俺が尋ねると、悠真くんは一瞬だけ肩を強張らせた。コントローラーを握る小さな手に、くっと力が入る。指の背に浮かぶ骨の節が、白く硬く見えた。
「……終わった。さっきまでやってた」
「そうか、えらいな。苦手な算数もちゃんとやったのか?」
「さいきん、友希那さんに教えてもらってるから」
気のない口調で、悠真くんはテレビから目を離さない。だが、その「友希那さんに教えてもらってる」という一言だけは、他の言葉よりも温度を持って俺の耳に届いた。熱を帯びた小さな棘となって、胸の静かな場所に突き刺さる。何かを自慢するような響き。俺には決して向けられない響き。計算された気配すらない、十一歳の無鉄砲な独占欲がそこに剥き出しになっていた。
友希那はというと、困ったように眉を下げて俺を見上げた。琥珀色の瞳が、ごめんね、とでも言いたげに揺れる。彼女の白い喉元が、蛍光灯の下で淡く明滅した。鎖骨の窪みに影が落ちている。カットソーの襟ぐりから覗く胸元の肌は、陶器の内側のような微かな温もりを帯びて滑らかだった。
やがて日が傾き、窓の外の空が紫色を深くしていく。山の端の方はまだ橙を残していたが、部屋の中にはもう夜の気配が流れ込んでいた。ソファのクッションに手を置くと、そこには悠真くんの小さな体温がまだ残っていた。背もたれには友希那の髪が数本、細く光っている。暮れていく光の中で、ゲーム画面の青白い光が二人の顔を照らしていた。悠真くんの頬が汗ばんでいる。びっしょりではなく、皮膚の上に薄い油膜のような汗が張っている。その汗の匂いが、洗剤の匂いの奥から立ち上ってくる。少年の胸や首まわりから放たれる、青臭いような、甘いような匂い。視覚と嗅覚がこんがらがって、頭の芯が少し痺れた。
「あ、七時だ。悠真くん、そろそろお父さん来るよ」
友希那が壁の時計を見上げた。細い首が伸びて、顎の下に涼しげな線が走る。膝上のミニスカートの裾から、太腿の内側の白い柔らかそうな面がわずかに覗いた。俺は無意識にその場所へ目をやって、しまった、と思う。友希那の脚の白さを眺めることに一滴の後ろめたさが混じるようになったのは、いつの頃からだったか。
五歳年下の自慢の妻。胸は豊かで、腰はくびれ、歩けば男の視線が集まる。事務所に顔を出すたび、現場の連中が彼女を目で追うのを俺は知っている。高志などは真面目に仕事をしていても、友希那が近くを通ると工具を持つ手が一瞬止まる。そういう薄青いため息のような視線が、彼女の後ろ姿へ注がれるたび、俺は得意でもあり、落ち着かなくもあった。スタッフの中には、彼女をネタに自慰をしている者もいるらしい、という噂が腐った草の匂いとともに現場を漂ったこともある。妻を持つ男なら誰でも、誇りと不安を同じポケットに入れて歩いている。
インターフォンが鳴った。チャイムの電子音が、暮れきったリビングの空気を揺らす。俺が玄関へ出ると、ドアの向こうに杉田高志が立っていた。研磨剤とセメントの匂いをうっすらと身にまとった、がっしりした体つきの男。短い黒髪に白髪が混じり、濃い茶色の瞳は疲れのせいか幾分明るさを失っていたが、俺の顔を見るとすぐに頭を下げてきた。
「社長、お疲れ様です。悠真が今日もすみません」
「なに、こっちは助かってる。友希那も喜んでるよ」
高志が作業着のまま上がろうとするのを、友希那が小走りに玄関へ来て制した。スリッパが冷たい土間をぱたぱたと叩く。
「高志さん、そのまま入らなくていいから。悠真くん、もう支度してるよ」
友希那は玄関に立つ高志の傍らに並び、リビングの方へ明るい声を飛ばした。すると、悠真くんがランドセルを背負ってのろのろと廊下に出てくる。小さな体に大きなランドセルがのしかかり、まるで貝殻を背負った生き物のようだった。本人は黙って、床に転がっていたスニーカーへ足を突っ込もうとしている。かかとが半分潰れて、なかなか入らない。友希那が「あら、これ踏んでる」と笑ってしゃがみ込み、白い指先でスニーカーのかかとを直してやった。悠真くんは一瞬顔を赤くして、「自分でできるし」と小さく抗議した。友希那は笑いながら彼の頭に手を置いて、髪のにおいを嗅ぐように顔を寄せた。
「汗かいてる。いっぱいゲームしたもんね」
その瞬間、悠真くんの鼻がすん、と鳴った。彼は友希那の近くで息を吸い込んだのだ。肩口に残る彼女の香り——汗ばんだ肌に移った甘いおやつの匂いか、首筋につけた柔軟剤の匂いか——を確かめるように。半袖シャツの下で薄い胸が持ち上がる。十一歳の小さな胸郭が、空気を求めて膨らむ。その仕草を見た高志は何も言わず、ただ、靴の先をなかば無意識に玄関の外へ向けていた。
「じゃあ社長、お疲れ様でした。すみません、いつも悠真が」
「もう、挨拶はいいって。また明日な、悠真くん」
俺がそう声をかけても、悠真くんは顔を上げなかった。だが、靴を履き終えて一歩、土間から外へ出たその時、彼はくるりと振り返った。わずかにうつむいたまま、でも、まっすぐに友希那の顔だけを見つめて。
その黒い瞳。熱を抑える理性の膜が、一瞬だけひらりと剥がれる。
まるで、暗い水の底から光を慕う魚のように、悠真くんは友希那を見上げた。眉は少し下がり、口は真一文字に結ばれている。唇の内側に噛み締めた感情の名を、彼はきっと自分でもまだ知らない。知らないけれど、目だけはべたべたと触れるように彼女の輪郭をなぞって、どんなゲームの画面より長く友希那を見ていた。俺の存在など、その瞬間の悠真くんの頭からは泡沫のように消えている。
「悠真?」
高志が呼ぶと、悠真くんはようやく背を向けた。だが、去り際に一度、また友希那を振り返る。ランドセルの肩紐を両手で握ったまま、すがるような眼差しを投げて、歩き出した。外灯に照らされた少年の後ろ姿が、角を曲がるまで細長く引き伸びていく。その影が闇に溶けるまで、俺は、胸の奥のざらついた違和感を爪の先でなぞっていた。
夕食の支度を手伝おうと台所へ入る。試験管のように整った包丁立てが目に入る。大ぶりの包丁に文化包丁、ペティナイフ。今日はこれを使って、友希那が何を作ったのだろう。まな板の上には僅かな水の跡と、刻んだキャベツの芯の欠片が残っていた。ステンレスの刃はこころもち鈍く光り、陸橋の下を流れる水の色をしていた。
夕食の卓に、白い湯気が立ちのぼる。友希那が作った豚の角煮が、甘辛そうな香りを部屋にゆっくり満たす。豆皿には小松菜のおひたし。六角形の小鉢には大根の味噌汁。薄切りにした大根は下ろしたての月のように青白い。箸を持ち上げかけた友希那が、ふとくふっと笑う。
「悠真くん、算数が苦手みたいで、毎日教えてあげてるの。今日もね、割り算の筆算でしばらくつまずいてて。でも最後にはすごく真剣に取り組んでくれて」
「へえ、そうなのか。あいつ、算数好きじゃなかったっけ。変わったもんだな」
「そうでもないみたい。もちろん、正解したらちょっとおまけがあるからなんだよ」
「おまけ?」
聞くと友希那は一瞬だけ箸を止めて、黙った。それから、薄目で、なにか蜂蜜を溶かしたため息で、はにかむように笑う。
「あの子ね、正解したら頭なでて欲しいんですって。小学生でしょ?」
卓の上に、沈黙がひと切れ落ちる。俺は大根をつまんで、味噌の香りをいったん肺に溜めた。あの口調の端々から、妻は悠真くんに手を焼いているというより、このささやかな秘密の遊びを大切にしている風だった。頭をなでる。宿題のご褒美。幼い。ありふれている。だというのに、俺の背筋を走ったものは、ちりちりと焦げる紙のような不安だった。
「最近、悠真くん、俺にだけやけにそっけないんだよな。前はもっと、いろいろ話してくれたし」
「タケシくんとケンゴくんが、大人の男にだんだん慣れていく年頃なんだよ。気にすることないよ」
友希那は笑った。その笑い声の中に、祖父でも見るような柔らかさを混ぜながら。だが俺は彼女の言葉を、素直に飲み込むことができない。窓ガラスに写った自分の顔を横目で見た。黒い瞳が水面のように澱んで映る。この、胸に刺さった細い違和感を引き抜けば、絆創膏で済まないものが溢れてくる予感があった。
それでも、日常は続く。家族の食卓というのは、幸福の味がする。よく煮えた角煮は箸で割れるほど柔らかく、醤油の濃いうまみが舌に広がって、白い飯を何口も運ばせる。妻の料理は旨い。少なくとも、そのあいだだけは、ちりちりした不安もどこかへ沈んでいった。
夜が深くなる。風呂から上がった友希那は、白い夜着の胸元を少し開けた姿で髪を拭いていた。半乾きの髪から、湯のにおいと彼女の肌のにおいが混ざって漂う。廊下に出ると、その香りが鼻を撫で、腰の小さな筋肉が強張った。
寝室へ入る。友希那がこちらへ背を向け、身体を丸くして横たわっていた。大きな胸を内側へ押しつぶすように、片腕を曲げて。しん、と静まり返った部屋に、関節のどこかが、かすかに音を立てた。天井を見つめると、雨戸の隙間から差す街灯の光が細く渡っている。
子どもが欲しい。そう口に出したら、友希那はどんな顔をするだろうか。俺は、喉まで出かかった言葉をまた飲み込んだ。彼女との間に生まれるはずの子どもの温もりよりも先に、玄関で振り返った悠真くんの寂しそうな眼差しばかりが脳裏に浮かぶ。あの黒い、暗い水の底の魚の目。俺の妻を、抱くように見つめていた目。
友希那の寝息だけが、まるで胸の割れ目をなぞるように、ゆっくりと部屋へ満ちていく。俺は目を閉じきれずに、長いこと、ただ、この違和感の正体を確かめたいという衝動の膨らむのを感じていた。何かが夜の底に沈んでいく音がする。小さな、小さなブザーが、鼓膜の奥で途切れず鳴っている。まだ俺は、その音の名前を知らなかった。
第2章 内装職人の夫が家中の壁に赤いランプを仕込み、罰ゲームの映像を初めて見る夜

第2章: 内装職人の夫が家中の壁に赤いランプを仕込み、罰ゲームの映像を初めて見る夜
四月下旬の陽射しは、夕方になってもまだ鋭さを残していた。現場で高志と二人、造作壁の下地を組みながら、俺の指先はいつもより少しばかり丁寧に、木ネジを一本ずつ沈めていく。隣で高志がインパクトドライバーを唸らせる音が、普段なら何でもないはずの作業のリズムなのに、その日は妙に頭の奥へと突き刺さった。帰り際、悠真がまた友希那の袖を掴んで、何かをねだるように見上げていた光景が、瞼の裏で何度も繰り返される。あの視線だけは、どうしても十一歳の子どもが向けるものとは思えなかった。濡れて、黒く、粘り気を帯びた、大人の男の眼差しだった。俺はポケットの中で、ホームセンターで買い求めた小型カメラ四台分の重みを確かめる。角張った樹脂の感触。これから自分の家に、己の妻のために、盗撮の目を仕込もうとしている。その背徳感が、錆びた針金のように腹の内をちりちりと撫でた。
家に帰り着いたのは七時を少し回った頃で、リビングにはもう悠真のランドセルが、ソファの脇にぱっくりと口を開けて転がっていた。玄関を上がると、炊飯器の蒸気と味噌汁の出汁の匂いが混じり合って、俺の鼻腔をくすぐる。友希那はキッチンに立ち、白いカットソーの背中を向けて菜箸を動かしていた。肩甲骨のあたりに、うっすらと汗が滲んでいる。俺は何でもない風を装って声をかけた。
「ただいま。悠真くんはもう帰ったのか?」
友希那は振り返って笑った。首筋に張り付いた短い後れ毛が、照明の下で栗色に透けている。
「さっき高志さんが迎えに来て、帰ったところ。今日はすごく機嫌がよくて、宿題も全部終わらせたんだよ」
「そうか。あいつ、最近やけに頑張ってるな」
「うん。正解するとね、頭をなでてあげるからって約束してるの。あの年頃は単純で可愛いよ」
友希那はそう言って、菜箸の先からぽたりと煮汁を落とした。単純で可愛い。その言葉が、やけに白々しく耳へと張り付く。俺は作業着の胸ポケットに忍ばせたカメラを、指の腹でそっと押し込んだ。今夜、自室で映像を見るつもりだった。まだ何かを確かめたわけでもないのに、心臓は早鐘のように鳴っている。
夕食の間、夫婦の会話は途切れがちだった。友希那が晩酌用のビールを注いでくれる白い手を、俺はぼんやりと眺める。細くて長い指。昨夜、その指が少年の何を掴んでいたのかなど、まだ見ていないというのに脳裏は勝手に映像を捏造し始める。俺は味噌汁を啜るふりをして、熱い出汁の味をごくりと飲み下した。舌の奥が、かすかに仄白く痺れるようだった。
風呂を済ませ、友希那が寝室へ入る物音を確かめてから、俺は書斎へと向かった。正確には、六畳の洋間を潰して作ったパソコンスペースである。壁一面の棚に、仕事の見積書や図面が立てかけられ、モニターの隣には内装材のサンプルが積み上げてある。パソコンの電源を入れると、唸るようなファンの音が静寂を裂いた。デスクトップに、カメラの管理ソフトが四分割の画面を開く。
まず映ったのは、リビング全体を斜めに切り取る広角の映像だった。ソファ、テレビ、ゲーム機、床に散らばったコントローラーのコード。すべてが誰もいないまま、夜の静けさに沈んでいる。画面の隅に、小さく赤い文字で「録画データあり」と点滅が繰り返されていた。俺はマウスの右ボタンを押し、再生をためらう。喉が渇いていた。冷蔵庫に冷えた麦茶がある。だが、それを取りに行く脚はない。
クリック音が、やけに大きく書斎へ響いた。
映像が動き出す。時刻は午後四時十一分。悠真がランドセルを背負ったまま玄関から上がり、友希那がその後ろからサンダルを揃えている。音声は腹に響くほど明瞭で、ハンディカムの内蔵マイクとは思えないほどリビングの空気を拾っていた。
「おかえり、悠真くん。今日は暑かったね。汗すごいよ」
「ただいま、友希那さん。ねえ、すぐ宿題やっていい? 早く頭なでてほしい」
「もお、そんなに楽しみなの? でもちゃんと間違えたら、前みたいにデコピンだからね」
俺はキーボードに置いていた手が、知らず汗ばんでいることに気づいた。デコピン。友希那は今、確かに「前みたいに」と言った。その言葉のささいな重みが、俺の背筋を冷たい指で撫で上げる。
画面の中の二人は、リビングのローテーブルへ向かう。悠真がランドセルから宿題のドリルと筆箱を取り出し、友希那は冷たい麦茶をコップに注いで差し出した。少年の小さな喉が、こくこくと鳴って涼を飲み下す。友希那は向かい側に腰を下ろし、膝を揃え、白いカットソーの胸元を片手で軽く押さえながら、ドリルのページを覗き込んだ。ここまでは、どこにでもある日常の風景だった。
「じゃあね、今日は、一問正解したら十秒だけおっぱい触らせてあげる。でも間違えたら、悠真くんの、おちんちんの皮を一回弾くからね。昨日は四問も間違えて弱音吐いてたでしょ? 今日は正解多くできるかな?」
俺は、息をするのを忘れていた。胸の底が、まるで冷水をかけられたように縮み上がる。画面の中の友希那は、まるで授業の進め方を説明するような、あくまで明るくて優しい声で、そう言った。悠真は、ランドセルを床に置いたままの体勢で、赤くなった顔を上げ、友希那の胸元をちらりと見やり、それから尻を落ち着けてドリルを開いた。
「僕、今日は絶対間違えない。昨日のとこ、全部覚えてきたから」
「ふうん、言うじゃない。じゃあ始めようか」
最初の三問は、悠真がすらすらと正解した。割り算の筆算らしい数字が、画面の解像度ではっきりと読み取れる。一問正解するたびに、友希那は「えらいえらい」と拍手をし、悠真は照れたように口元をゆるめて、友希那の顔をじっと見上げた。四問目、答えを書き終えた瞬間、少年の右手が友希那の胸に向かって伸びる。
友希那は少しだけ身を引いた。だが、本気で逃げるわけではない。ほんの一瞬、唇の端がゆるんで、視線を落とす。悠真の小さな手が、白いカットソーの左乳房を、下から掬うようにわしづかみにした。指は細く、まだ骨ばってもいない。だが、その握り方は遠慮がなく、生地の上から肉の重みを確かめるように、ゆっくりと指を沈めていく。
「ん……悠真くん、十秒だよ。オーバーしないでね」
「わかってる……友希那さんのおっぱい、あいかわらず、やらかい……」
少年の声は、半分くらい掠れていた。友希那は目を細め、一瞬だけ俺の知らない表情を見せる。頬が赤い。唇がわずかに開いて、そこから熱い吐息がたった一滴だけ漏れ出た。悠真の親指が、頂点を探るように胸の先をくるりと撫でる。友希那の背筋が、画面のこちら側からでもわかるほど、ぴくりと揺れた。
俺の股間は、すでに作業着の上からでもわかる熱を帯びていた。ズボンの中心が、心臓の拍動に合わせてずきずきと痛む。寝取られ、という単語が頭の中で弾けるより早く、俺の指は無意識に、もう一度再生バーを少しだけ巻き戻して、友希那の胸が悠真の手に揉まれる場面を繰り返していた。柔らかな、重たげな膨らみ。少年の小さな指が、白い布をぐにゃりと歪ませる。妻の乳房は、あの手の中でたっぷんたっぷんと揺れているようだった。
五問目、悠真は割り算の答えを書き間違えた。九九の取り違えだった。友希那は、待ってましたとばかりに身を乗り出し、いたずらっぽい笑みで少年の鼻先へ人差し指を突きつけた。
「おお、間違えた。じゃあ……わかってるね? デコピンの準備、してね」
「え、やだ、待って友希那さん、今のわざとじゃないし……ほんとに、指が動かなくて」
「言い訳してると一回増やすよ。ほら、立って。ズボンとパンツ、自分で下ろしなさい」
悠真はしぶしぶ立ち上がり、半ズボンと下着を一緒に、膝のあたりまで押し下げた。画面の中央に、少年のものが露になる。まだ皮膚の薄さが目立つ、小さな肉茎。先端は包皮に被さったまま、角度によってはあどけない突起にしか見えない。友希那は迷う素振りもなく、親指を中指の背に引っ掛け、悠真の肉茎を、斜め下からちょん、と弾いた。
「んぐっ……!」
「はい、一回ね。弱々しい音は立てないの。ほら、もっと足開いて」
少年は涙目になりながらも、素直に脚を開いた。友希那の指先がもう一度、今度はやや強く、先端のくびれを下から跳ね上げる。こつん、というより「ぺちっ」という軽い音が、リビングの空気へと溶けた。悠真の膝が笑い、肉茎がひくひくと震える。俺は唾を飲んだ。飲み下せない熱が、喉の下でごぽりと音を立てている。
その後も映像は続いた。正解するたびに、友希那は下着ごと胸を持ち上げるようにして、悠真の手を自分の乳房の谷間へ導いていく。不正解のたびに、少年の肉茎は指に弾かれ、いつしかしっとりと皮の先を光らせていた。俺は気づけば、パソコンに向かう自分の背中が丸まっていることに気づいた。息が浅い。空気の匂いが、生々しい汗と、それから何かの甘い匂いに変わった気がした。
やがて映像が、夕方六時半を回ったあたりから、不意に音を失う。悠真の顔が、友希那の方を振り向いたところで、画面が一瞬乱れて、カメラはそのまま録画を休止していた。俺は静止画の最後のコマを食い入るように見つめる。少年の寂しそうな眼差しが、そこに焼き付いていた。あの日、玄関で見せたものと同じ、黒く濡れた視線。だが今は、それが何を意味していたのかが、あまりにもはっきりと俺の胸へ突き刺さる。
俺は再生バーをまた巻き戻して、最序盤の「正解したら頭なでてあげる」という友希那の声だけを、何度も、何度も、繰り返し聴いた。彼女の優しい声の質。夫である俺が知らない、秘密の約束を、こんなにも甘い調子で口にする女の声。怒りが、胃の底から沸き上がって食道の裏側を舐め上げる。だが同時に、俺のズボンの前を濡らす先走りは、パンツの中でぬるぬると光るほどになっていた。
映像を閉じる気になれない。閉じたら、すべてが現実へ戻ってしまう。閉じたら、俺は盗撮した映像を消さないといけない。いや、消せるはずがない。たった一日分のこの映像が、二週間分の違和感の正体を、これでもかと見せつけてきている。
深夜だった。書斎の窓の外では、街灯のあかりが一つ、息を潜めるように瞬いている。パソコンのハードディスクに、日付入りのフォルダをひとつ作って、映像を保存した。ファイル名は「0417_yukina_yuma_shukudai」と打った。指先が、キーボードを打つたびに、まるで火でも触っているみたいに熱く、震えていた。
翌日の仕事中、俺は何度もポケットのスマートフォンを開いて、カメラのライブ映像を確認していた。昼休み、高志が弁当のパックを抱えて、俺の隣で「社長、今朝のニュース見ました? また近所で忍び込みですって」などと呟いている。俺は曖昧に相槌を打ち、そのくせ画面の四分割から目を離せない。リビングに友希那が一人で掃除機をかける姿が映り、次いで、玄関に悠真のものらしき靴が揃えて置かれる様子が映る。高志の鉄筋を切る音が、今日もまた、やけに耳障りに響いた。
昼を過ぎて、スマホを開くたびに、もうあの映像の続きを見たがっている自分がいる。赤い録画ランプが、休止中のはずのカメラの中で、明日の放課後を待っている。俺は、それを止めることができなかった。止めるという選択肢が、そもそも掌からこぼれ落ちて、砕けている。ファイルは、あの夜からひとつ増えた。そして、これから毎日、増え続ける。それが何をもたらすかなんて、わかりきっていたはずなのに。俺の身体と怒りは、別々の生き物みたいに、勝手に別々の方向へ歩き出している。
書斎のモニターに、眠る前にもう一度だけ最後の再生をかけた。友希那の息が、耳元で砕けるような声が、夜の静けさに溶けていく。彼女が少年に胸を揉ませて、目を閉じる一瞬。少年の肉茎を指で弾く時の、二人だけの笑い声。そのすべてが、リビングの生活音と混ざり合い、俺の股間を熱く、拳を白くさせた。
この家の中の、見えない場所の温度を知ってしまった夜の終わりに、俺は確かに、これまでとは違う人間になっていた。怒りと、おぞましいほどの昂りとが、同じ血管の中をごろごろと音を立てて流れている。モニターの光を消しても、妻の喘ぎ声だけが、書斎の壁にこびりついて離れなかった。
第3章 ゲームの勝敗が妻の口と股を開かせ、フェラとクンニが日常になる五月の午後

五月の陽気はもう初夏のそれで、昼間の現場で汗ばんだ作業着の襟元が、帰り道になってもまだ首筋へ張り付くように残っていた。敏夫は玄関のドアを開ける前、毎回ほんの少しだけ立ち止まる癖がついていた。ドアの向こうから漏れてくる笑い声、ゲーム機の軽快な電子音、時折ひときわ高く跳ねる友希那の歓声。それらを一枚の木の板を隔てた場所で確かめてから、ようやく鍵を回す。我が家へ足を踏み入れるたび、自分の家という空間が、他人の体温と気配でとっくに満たされているのを確認する行為は、もはや習慣というより体に刻まれた条件反射に近かった。
書斎のパソコンへ日々溜まっていく動画は、五月中旬を境に明らかな変化を見せていた。友希那と悠真の「宿題」と称する行為は従来通りの罰ゲームを保っていたが、それに並行して、ゲームの勝敗に応じた別種の遊びが、まるで蕾が開くように少しずつ形を成してきたのである。最初のうちは、どちらかが勝ったら相手の耳を揉む、肩を揉む、脇腹をくすぐる――そんな子どもじみた延長線上にある行為でしかなかった。だが、回を重ねるごとに、手の行き先は服の上から服の中へ、肌から粘膜へと、まるで地層を掘り下げるように段階を踏んでずれていった。敏夫は毎晩、書斎で映像を開くたび、昨日との差分を目で追うようになっていた。映像を再生する指先は、どこか暗い期待を孕んで、マウスを握るたびに汗ばんでいた。
その日も、仕事を終えた敏夫は真っ直ぐ書斎へ向かう。キッチンの方からは夕食の匂いが漂っていた。油の焦げる香りと、味噌の奥行きのある香りが廊下の空気に混ざり合い、空腹の胃を静かに刺激してくる。だが、風呂も食事も後回しだった。ハードディスクの録画一覧を開くと、管理画面には今日の日付のファイルがすでに二件並んでいた。ファイル名に並ぶ同じ日付の数字が、敏夫にはひどく生々しい刻印のように映る。彼は古い方から順に再生した。
最初に映ったのは、午後三時を回った頃のリビングだった。テレビ画面にはドライブゲームのコースが映り、ソファの上には友希那と悠真が並んで座っている。友希那はいつもの淡い色のパンツではなく、今日は白いミニスカートと薄手のカットソー姿だった。敏夫はその服装に少しだけ眉を動かす。週末でもないのに珍しい。脚の太腿が半分以上も露出していて、ソファの座面に潰れた太腿の肉が、白い肌をむちりと横に広げている。その白さは画面の解像度を突き破って、熟れた梨の断面のようにじっとりと水分を帯びて見えた。敏夫は無意識のうちに、スピーカーの音量を二つ三つと上げていた。
悠真はゲームのコースを最終周回で逆転して、派手な歓声を上げた。
「見た? 友希那さん、今のすごくなかった? あれ、壁ぎりぎりなんだ。僕、あそこまで出来ると思わなかっただもん」
悠真の声には、宿題の時のようなどこか恥ずかしさを帯びた甘えがなく、子どもらしい無邪気な興奮がそのまま弾けていた。語尾に混ざる「だもん」という幼い言葉が、まだ十一歳の舌から転がるのを、敏夫はひどく絡みつくような響きで耳に受ける。
「すごかったね。でも、最後もう少しで私の車に当たるところだったでしょ。あれは危ないよ」
「だって、勝つためにはあれくらいしないとダメなんだ。ねえ、今日のごほうび、待ってるんだもん」
「わかってる。今回、悠真くんが勝ったから……約束どおり、だね」
友希那の声が、最後だけ少し沈む。ゲームの勝敗で交わされる報酬と罰。悠真が勝てば友希那が口を使う。友希那が勝てば悠真が舌を使う。映像を何度も見返してきた敏夫には、その流れがもはや手に取るようにわかる。数秒の間を置いて、友希那はソファの上で体の向きを変え、悠真の正面に回り込んだ。ミニスカートの裾が持ち上がり、内腿の白い影が画面の解像度の中でもはっきりと浮き出た。布の下の暗がりが、まるで熟れた果実の裂け目へ続く秘密の道のように、敏夫の目を吸い込む。
友希那は迷うように視線を下げる。その仕草は、映像越しの敏夫にも、彼女がこれから口にしようとしている行為の重さを自覚しているように映った。それから、悠真の半ズボンのウエストに細い指をかけた。
「今日はね、えっと……口で、するから。その代わり、あんまり動いちゃだめだよ」
「うん、わかってる。友希那さんの口、なんかすごく……僕、ちょっとだけ触っててもいい? ダメかな……」
「……だめ。我慢できないなら、一回ここで終わりにするからね」
悠真は口をへの字に曲げて、両手を膝の上に置いた。友希那が半ズボンとその下のブリーフを一緒に下ろすと、少年の肉茎が赤い顔とは裏腹に、すでに斜め上へと反り返っている。色はまだ薄い桜色で、先端の皮を押し上げる形が、生まれたばかりの小さな芽のように傷々しく、それでいて浅ましく光っていた。友希那は右手で包皮ごと根元を軽く握り、先端の形を確かめるように親指をぬるりと這わせた。悠真の腿がふるりと震える。
「ん……ね、友希那さん、はやくしてほしいな……」
「わかったから。そんなに急かさないの。ね」
友希那はそう言うと、顔をゆっくりと近づけた。鼻先が肉茎の先端に触れる寸前で、一度だけ息を吸い込む。あどけない少年の汗の匂いと、ほんの少し饐えた包皮の匂い。カメラの映像から匂いはしないはずなのに、敏夫の鼻腔にはありありとその空気が届く気がした。それは夏の体育の後のような、青臭くて密度の濃い少年の体温だった。友希那は薄く開いた唇を、先端の包皮にそっと押し当てた。柔らかな唇が、淡い桃色の先端を包み込む。友希那はそのまま、ちゅる……と音を立てて先を吸った。
「あ、やばい……それ、やばいんだ……」
悠真の声が、急に幼さを失って掠れる。友希那は少年の反応を確かめるように、顔の角度を変えながら半勃ちの肉茎をゆっくり根元へ向けて咥え込んでいった。舌が裏筋に沿って這いずるのが、頬の内側の動きでわかる。ジュル、ちゅぷ、という粘着質な音が、テレビのゲーム音楽の残滓の上へ重なって流れ出した。敏夫は呼吸を忘れ、モニターに近づく。友希那の栗色の髪が首の後ろで揺れ、白い喉が上を向き、肉茎を受け入れるたびに細い喉仏のような窪みが沈む。その沈み方は、彼女の喉の奥まで少年の形が届いていることを、雄弁に物語っていた。
悠真の両手は相変わらず膝の上で握り拳を作っていたが、その指の爪が小刻みに掌へと食い込んでいるのが、画面越しでも鮮明にわかる。友希那は右の手で残りの根元を扱きながら、唇を引き上げ、また沈めた。ちゅぷ、じゅるり。唾液が先端から根本へ垂れ落ち、半ズボンの黒い生地に点々と染みを作った。その染みは、画面の中でゆっくりと広がり、布地をいっそう重たげな色に変えていった。
「は、ぷ……んっ……ちゅ……ふ……っ」
友希那自身の息が、鼻から漏れて映像を湿らせる。目が熱を帯びている。彼女の白い頬の内側に、少年の性器の形が時折浮かぶのを、敏夫は目撃した。何度も何度も、彼女の頭が一定の角度で上下に揺れる。規則的なリズム。仕事で覚えた技術ではない。これは、繰り返しの中で磨かれた手触りだった。ちゅぷっ、ちゅく、じゅちゃ。敏夫の股間は、映像が進むほどに熱くなり、作業着の前を不格好に盛り上げた。手を伸ばすまでもなく、そこはもう、疼いている。ズボンの布地を内側から押し上げる脈動が、まるで映像の中の少年のそれと呼応しているかのように、ひどく不埒な熱を帯びていた。
やがて悠真の呼吸が急激に浅くなる。
「あ、やばい……友希那さん、僕もう、出ちゃう……口、はなして……」
少年の声が、悲痛なほど必死だった。だが友希那は唇を離さなかった。首を止めて、顔を引く代わりに、舌先で先端の窪みを何度も裏から掬う。ふやけた皮の際を、ぬるん、ぬら……と上品に舐め上げる。悠真は喉の奥で「ひぅ」と鳴いて、小さく腰を突き上げた。
「あ、だめ……出る……ん゛っ」
少年の腹が痙攣する。濁りきらない薄い精が、友希那の唇の端からこぼれた。白い筋が顎先へ垂れる。友希那は少し遅れて少年から顔を離し、唇の周りを舌でゆっくりとなぞった。舌の上に、まだ少年の出したものが残っている。敏夫はその白いものの量と、妻がそれを飲み下さずに指先で拭う仕草に、別の種類の息苦しさを覚えた。喉の奥が勝手に鳴りそうになるのを、奥歯を噛んで押し殺す。映像はそこで少しだけ揺れて、友希那が「はい、おしまい。次は私の番だね」と言い、悠真がぐったりした声を返した。続きは別ファイルになっている。敏夫は決まって、この後を再生する前に何度か巻き戻した。口淫の場面だけを、角度を変えて見るように三度。四度。手が、いつの間にか自分の下半身に伸びていた。
再生を先へ進めると、今度は勝者が入れ替わっていた。別のレースが行われたあと、友希那が勝ったらしい。映像の後半、友希那はソファの背に寄りかかり、腰の下にクッションを挟んでいた。ミニスカートの裾は腰まで完全に捲り上げられ、白い下着が露わになる。クロッチの中心に、くっきりと濃い湿りの輪が浮かんでいた。その輪は汗とは違う、もっと粘度の高いもので布を透かし、白地を半透明に変えていた。敏夫は目を見開く。すでに濡れている。少年にされる前から、いや、する前から彼女はもう、その部分を灼熱させていたのか。その事実が、怒りとは別のところで敏夫の奥歯をぎりりと噛ませた。
悠真は友希那の脚の間に腹這いになり、細い指で下着の面を横へ退けた。びちゃり……という小さな粘液音がスピーカーを割った。現れた肉襞は、薄暗い室内でもわかるほどに血色を帯び、濡れ光っている。内側の小陰唇のひだは左右で形がわずかに違い、花弁というよりむしろ、熟れた果実の裂け目のようだった。その裂け目から溢れ出た透明な蜜が、会陰を伝い、ソファの座面に小さな染みを作っていく。敏夫は、その染みの形を目で追いながら、自分の指がズボンのチャックを下ろすのを、まるで他人事のように感じていた。
悠真はごくりと唾を呑み込み、鼻先を友希那の秘裂へ埋めた。
「んっ……悠真くん、いきなり嗅がないの……」
「友希那さんの、におい、する……すごく、女のにおいなんだ……」
少年の声はくぐもり、まるで自分の知らないどこかの温かい泥へ顔を浸すような、陶然とした色を帯びている。敏夫の知っている悠真の声ではない。悠真は鼻先を友希那の陰核のあたりに押し当てたまま、舌を伸ばした。ぬるり。初めは小さく。次いで、ぬらぬらと音を重ねる。友希那が腰を引き、指でソファの背を掴む。白い脚が、映像の左手前で伸びたかと思うと、少年の頭を軽く挟み込む形に曲がった。太腿の内側はしっとりと汗をかいて、画面の中でも艶めいていた。
悠真は下から上へ、割れ目の溝に舌を這わせた。ちゅ、ちゅる、ぬちゅ。透明な愛液が、少年の唇と鼻先に糸を引いている。友希那はカットソーの胸元を自分で握り、乳首のあたりをぐりぐりと押し潰した。声が、喉の奥で震える。苦しげなくせに、右の太腿は少年の耳にすり寄っていた。
「あぁ……んっ……ちょっと、おく……それ、指……」
友希那の声が、短い喘ぎの合間に途切れ途切れに溢れる。悠真の指が、濡れた蜜の入り口に押し込まれた。細い。まだ骨ばってもいない細い指が、ぬちゅんと友希那の中へ沈む。少年は二本にする前に、一本の指を根元まで入れて、内側の肉襞を探るように小刻みに屈伸させた。くちゃ、ぬち、ぐち。粘度の高い水音が、リビングにただよう。友希那の腰が浮き、顎が天井を向き、唇が戦慄いた。
敏夫は気づくと、ズボンのチャックを片手で下ろしていた。モニターの前で、何度目かの自慰が始まる。映像の中の妻が、少年の舌で高みへ連れて行かれようとしている。その姿へ向かって、敏夫は獣のように手を動かしている。怒りは消えていない。怒りは、まるで油のように精液と混ざって、身体の芯を熱く滑らかにしていく。その熱は、腹の底から背骨を伝い、喉の奥で苦い塊になった。
悠真の舌が、陰核の皮を裏からくるりと押し上げた。友希那は「んぁっ」と声を跳ねさせ、カットソーの襟からこぼれそうな白い乳房を揺らした。悠真は夢中で、れろれろと広い舌を使って、妻の肉襞の内側まで舐めしゃぶった。舌と唇と唾液が、ぐちぐちと卑猥な音を立てる。友希那の太腿の内側が白く、柔らかく、少年の頭を挟んだまま細かく震え続けた。
「あぁ……や、今、いっちゃ……」
友希那の声が、低く、濡れた泣き声に変わる。腰がびくんびくんと跳ね、少年の顔へとぐりぐりと秘部を押し付けた。カメラには、悠真の耳と、友希那の白い脚の内側だけが捉えられている。少年の舌が、最後まで肉襞の裏地を啜るように舐め続け、ちゅちゅちゅちゅッと吸い上げた。友希那の指が、ソファの背から落ちる。しばらくの間、静かになった。
映像を止めた後、書斎には敏夫自身の浅い息と、電化製品の低い作動音だけが残った。掌には熱く粘る感触が広がり、それが自分自身の精の匂いであることを、敏夫はぼんやりと自覚していた。彼はティッシュで汚れを拭い、黒いフォルダを開いた。ファイルは「0523_yukina_yuma_game_win」と「0523_yukina_yuma_game_lose」の二本。管理名を、さらに日付順に並べ替えていく。別フォルダには、一週間分の動画が重なり、合計二十八本になっていた。敏夫は再生バーを漠然と眺めながら、友希那のあの声を、耳の奥で再生している自分に気づく。彼女の肌の湿り気、ソファの布地の匂い、悠真の汗の残り香。映像を見るたびに、それらがまるで撮影された部屋の空気ごと、敏夫の鼻や指へ染み込んでくるようでもあった。
会社では、高志が昼休みに、やわらかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「社長、うちの息子、ほんと友希那さんに懐いてるみたいで、家でゲームの話ばっかりしてるっすよ。昨日なんか、勝てそうで負けたのが悔しかったって、寝る前まで騒いでて」
「そうか。楽しんでるなら、こっちも世話のしがいがあるよ」
「すみませんね、毎日毎日。今度お礼させてください」
高志の顔には、本当に申し訳なさそうな色があった。敏夫は微笑みながら、その実、高志が家で息子と交わす会話の表面を想像し、そのすぐ裏側にある湿度のことを思っていた。昼の陽射しの中、高志の首筋の汗が光っている。その汗の匂いは、明日の映像の中に映る悠真の、あの饐えた少年の匂いとはまた違う。敏夫は口の中の苦みを、お茶で流し込んだ。
夜、夕食を終えた友希那が、寝室の方から敏夫を呼んだ。鼻歌混じりの柔らかな声だった。彼女はベッドに腰掛け、肩を少し寄せて、夫を待っている。敏夫は何でもない顔で近づく。彼女の髪から、塩素めいた、それでいて酸っぱい汗の残り香がした。悠真の汗なのか、それとも彼女自身のものなのか。敏夫の鼻は、その二つを混同しかけ、ふいに映像の曲面を思い出す。
「ねえ、明日の夜、何食べたい? 最近、仕事忙しいでしょ。たまにはがっつりしたもの作るよ」
友希那は、友希那らしい平坦な、ひどくあたたかい声でそう言った。敏夫は「なんでもいい」とだけ返して、手だけを彼女の指へ伸ばす。指先が触れた瞬間、彼女の中に残っているはずの少年の感触が、ぞろりと敏夫の背筋を這い上がった。それは触れることのできない映像の幻影でありながら、あまりに生々しい熱を持っていた。
彼女が立ち上がり、バスルームへ消えた後、リビングに一人残った敏夫は、ソファの座面に手を置いた。布の匂いを、静かに吸い込む。そこには、彼女の汗の酸と、かすかな甘い匂いと、そして確かに、少年の存在が残っていた。カメラの赤い録画ランプが、暗がりの向こうで一つ、呼吸するように点滅している。敏夫はその光をしばらく見つめたまま、部屋の明かりを消すことができなかった。
第4章 ついに妻が少年を受け入れ、中出しの瞬間を夫がモニター越しに味わう六月の夜
六月も末になると、帰宅時の玄関先に立ち止まる俺の癖は、もはや確認というより儀式に近づいていた。ドアの向こうから漏れる笑い声も、テレビゲームの電子音も、今日ばかりはやけに静かで、代わりに何か、押し殺したような息遣いが耳の奥へ張り付いてくる。湿った空気が、玄関のたたきに置かれた小さなスニーカーの周りで、じっとりと澱んでいる。俺は鍵を回す指先だけに意識を集中させ、音を殺して家へ上がった。廊下を抜ける足音さえ、心臓の打つ間隔と重なってうるさい。
靴を脱ぎ、作業着の袖で汗ばんだ額を拭う。リビングへと続くドアの向こうで、微かな衣擦れの音がした。冷房の風よりも生温かな空気が、足元を這って流れてくる。俺は呼吸を浅くして、書斎のドアを開いた。パソコンの電源を入れる。今日の録画ファイルが、すでに三本、昨晩から蓄積されている。そのうちの最後の一本が、やたらと長い。俺は迷いなく、三本目を再生した。
時刻は午後四時四十七分。リビングの映像だった。ソファの背に友希那がもたれ、悠真がその傍らに正座している。友希那の白いカットソーの胸元は、襟ぐりが深く、濡れて透けた生地が肌へ貼り付いていた。汗ばんだ布地の下で、乳房のふくらみの輪郭が、真珠色の光を帯びて浮き上がっている。ミニスカートの裾は太腿の半ばで、左右の白い肉が寄せ合うたび、影の色がふるりと変わる。そばに折り重なった膝が、悠真の方を少しだけ向いていた。
友希那の声が、昼下がりの湿った空気を震わせる。その声は、どこか甘やかな微熱を帯びていて、カメラのマイクを通しても、ねっとりと耳の奥へ絡みついてくるようだった。
「……今日、悠真くんが勝ったら、何をしてほしくなるの?」
少年は俯いたまま、小さな肩をすくめるようにして答えた。声はまだ舌足らずで、語尾がふにゃりと空気に溶けていくようだった。
「くちだけは、もういいの。あれも、すごくきもちいいけど……」
「けど、なあに?」
「ぼくね、ゆきなさんの、いちばんおく……さわってみたいの。てとか、したとかじゃなくて、ぼくの……これで、なんだ」
悠真の指先が、自分の半ズボンの膨らみを、包み込むように触れた。細い指が、布の上からそっと弧をなぞる。友希那は黙った。扇風機の羽が、首を振りながら空気を切る音だけがカメラに拾われている。彼女の胸のふくらみが、カットソーの下で上下し、迷いを帯びた吐息が唇から抜けた。それから、友希那はゆっくりと立ち上がった。ミニスカートの裾が、白い内腿を隠したり覗かせたりしながら、ソファの前でふわりと揺れる。
悠真が立ち上がる。十一歳の少年の背丈は、友希那の肩にも届かない。彼は友希那の腿へ、おずおずと手を添えた。指の腹が、白い肌のうぶ毛を逆撫でるように、太腿の内側を這い上がる。友希那は腰を引いたが、ソファの背がすぐ後ろにあった。逃げ道はない。カメラの角度が、二人の全身を斜め上から捉えている。俺はマウスを握る手に、じんわりと熱い汗が滲むのを感じた。
友希那が、膝に手を置いたまま、少しだけ笑った。その笑みの下で、喉が小さく鳴っている。彼女は少年の黒い瞳を覗き込むようにして、言った。
「じゃあ、あれ、さいごまでしていいから……でも、かったら、だよ」
「うん……でも、もしゆきなさんがかったら、どうするの? おしえてほしいな」
「私がかったら……今日は、悠真くんと、最後までするの、やめようと思ってたんだけど」
友希那の声が、冗談とも本気ともとれる微熱を帯びて、リビングの空気を溶かす。悠真は潤んだ目で、友希那を見上げた。その瞳の黒さは、夏の午後のソファの上で、まるで水に沈めたビー玉みたいに濡れて光っていた。少年の身体から、汗と、日向の埃と、薄く酸っぱい男の子の匂いが立ちのぼっているようだった。映像越しでも、はっきり感じる。あれが、妻の鼻先まで届いている。
ゲームの勝敗は、画面の端に映るレースの順位ではわからなかった。二人の手元が交互に動き、時折、友希那が「あ、今のずるい」と声をはずませ、悠真が「ずるくないよ、ちゃんとまがったんだよ」と笑い返している。その会話の裏で、ソファの座面がきしみ、互いの腕が何度も触れ合った。俺は再生を少しばかり速め、今度は勝敗が決する直前から、速度を戻した。
画面の中で、友希那の車が肉薄する。悠真の指が、コントローラーのボタンを乱打する。次の瞬間、少年の車がコーナーをわずかに外れ、壁に軽く激突した。悠真が息を呑む。ゲーム終了の電子音が、リビングに流れた。友希那は、勝った歓声を上げなかった。代わりに、隣に座る少年の汗ばんだ膝へ、そっと手を置いた。
「悠真くん、昨日から、ずっと考えてたの? あんなこと、言うくらいだから」
悠真はこくりと頷き、俯いたまま指を組んだ。細い肩が、呼吸のたびに持ち上がる。友希那はしばらく、その横顔を眺めていた。俺の知っている妻の表情ではなかった。面倒見のよい姉でも、夫に笑いかける女でもない。もっと柔らかく、もっと腹の底が蕩けかけた、途方に暮れた女の貌。
「……もう、今日しかないって、悠真くんが言うなら」
友希那は、ミニスカートのホックへ指をかけた。腰の横で、ジッパーが静かに下りる。白い太腿が、夏の午後の光の中でぼんやりと照り映えた。彼女は立ち上がると、下着ごと一気に下ろした。桜貝色の小陰唇が、べったりと湿った陰裂の奥から顔を出している。愛液は太腿の付け根まで垂れ、少し陰毛の生え際を黒く濡らしていた。悠真はごくりと喉を鳴らし、友希那の脚を支えるように手を差し伸べ、ソファの上へと座らせた。
友希那が、背もたれにもたれて膝を左右に割る。片方の足を床へ下ろした姿勢のまま、少年へ下半身を差し出す。白い腿が開かれ、中の秘壺はとろりと蜜を溢れさせている。悠真は半ズボンと下着を脱いだ。すでに反り返った肉茎が、腹とほぼ平行に屹立している。まだ色の薄い、小ぶりな亀頭の先から、とろりと透明な露が染み出していた。少年は自分自身を扱くでもなく、ゆっくりと友希那の両腿の間へ膝を進めた。
悠真の小さな腰が、友希那のぬめる裂け目へ押し当てられる。先端があてがわれ、膣口がくちゅりと唇を開く。友希那が眉根を寄せ、短い声を漏らした。
「んぁっ……」
ずぶり。少年の肉茎が、妻の中へと沈んでいく。俺は思わずモニターへ顔を近づけた。映像は、挿入の角度まで生々しく映し出している。友希那の膣口が、悠真のものを根元まで飲み込み、余った入り口のひだが、まるで花びらのように窄まりながら吸い付く瞬間。極彩色の果実の裂け目、桜貝。植物と魚介のあわいに揺れる、あの肉の隙間。俺の知っている女の体が、見たことのない表情をしている。
悠真が、細い腰をゆっくりと前後させる。ぬちゃっ、ぐちゅっ。粘液の音が、小さなリビングに鳴り響く。友希那の太腿が、少年の腰を挟み、片方の脚がソファの背へぶつかって、白い趾が宙で跳ねた。俺の股間は、とっくに痛いほど張り詰めていた。ズボンの上から何度か扱きたくて、指が震える。
映像を止められない。悠真の背中に、汗の粒が光っている。その背骨の窪みが、小さく、まだ庇護欲を誘う幼さのまま、腰だけが獣の律動を刻んでいる。友希那の両手が、少年の二の腕へと縋る。口が言葉を探して開き、唇の内側へ唾液の糸が張る。妻の白い胸は、カットソーの襟から今にもこぼれそうに揺れていた。悠真が突くたび、片方の乳房がたぷん、と揺れて、うっすら勃った乳首の先端が、薄い布を内側から押し上げる。その生肉色の影が、カメラにはっきりと映っていた。
抽送の間隔が、少しずつ短くなる。ぐちゅ、ぬちゃ、ずちゅ。少年の息が荒くなり、友希那は喉を反らして声を押し殺した。俺は自分の下半身を、ズボンの上から握り潰すように擦った。妻のあの声を、俺の身体が追体験している。彼女の子宮の奥、悠真の肉茎が触れる一点。そこが、カメラ越しに俺の下腹部へと熱を移してくる。
悠真が、友希那の肩に顔を埋める。友希那が、少年の背中を抱きしめた。二人分の体温が、空気の層を通して、モニターのこちら側まで流れ込んでくる。俺の喉は渇き、唾を飲むたびにこめかみが脈打った。映像の中の妻は、犯されている、というのとは違った。彼女は自ら、あの少女みたいな男の子を受け入れ、揺さぶり、汗の匂いと精の気配へ顔を寄せている。
悠真の腰が、不意に、浅く、速く、跳ねた。友希那の白い脚が、少年の尻をぎゅうと挟む。少年の声が、ほとんど泣き声に近い高さで洩れる。その声は、まだ幼くて、どこか縋るように途切れ途切れだった。
「……でる、でちゃうよ、ゆきなさんの、おくに……あっ、あ……とまんないよ」
「いいよ、そのまま、ぜんぶ、悠真くんの、ほしいとこで……」
友希那の指が、悠真の頭を撫でた。次の瞬間、悠真の小さな腰が、三度、痙攣するように突き上げられる。俺は画面を凝視したまま、妻の子宮口へ、少年の精が解き放たれる律動を、自分の下腹部の奥で、どくどくと感じていた。悠真の背中が、弓なりに震え、友希那の内腿が白く、熱く、しっとりと光っている。射精の長さを、俺は息を止めて数えていた。少年が脱力し、友希那の胸へ崩れ落ちるまで、モニターの中の二人は結合したまま、じわりと、体液の温度を分け合っていた。
俺の指は、いつのまにか自分の欲を扱いていた。モニターの光が、書斎の壁を青白く染め、俺は映像の余韻の中で、喉を詰まらせながら射精した。精液が手首までぬかるむ。同時に、目の縁へ熱が溜まり、一筋だけ、頬を伝い落ちた。怒りか、悲しみか、それとも歓喜か。俺の身体にはもう、区別するための理屈さえ残っていなかった。映像を消した後、書斎の闇の中、赤い録画ランプが息をするように瞬いている。あの光だけが、今の俺を現実へ繋ぎ止めていた。
ハードディスクの管理画面を開く。今月だけで動画ファイルは四十本を超え、保存総数は優に百を越えている。俺は数日前から、ファイル名の頭に「0601」から「0630」までの日付を打ち、曜日ごとにフォルダ分けまで始めていた。残量表示は、もう赤い。システムが警告音を発しないのが不思議なくらいだ。それでも、削除するという選択肢だけが、なぜか頭の引き出しから抜け落ちている。このままではいけない、という思いが、初めて怒りの火種と隣り合わせに座った。
妻が寝室から俺を呼ぶ声がする。柔らかく、かすかに熱を帯びた声。俺はティッシュで指を拭い、画面を消し、書斎を出た。寝室のドアを開けると、友希那はベッドの端に腰掛けていた。ミニスカートは朝と変わらず、太腿の半ばで慎ましく揃っている。白いカットソーも、しわひとつない。彼女は私が帰ったことに気づいていたらしく、少し照れた笑みを浮かべた。
「おかえりなさい。お風呂、先に沸いてるよ。最近、帰り遅かったでしょ」
俺は何でもない顔で、ただ「ああ」とだけ応えた。喉の裏で、映像の中の彼女の声が、まだ溶けずに残っている。あの桜貝色の肉を、少年に突かれて、「いいよ、そのまま」と囁いた唇が、今は夫へ向かって、夕餉の支度の疲れと労わりの言葉を零す。その落差を、俺は僅かな笑みで押し隠した。
友希那が立ち上がり、俺の作業着の袖に手を触れる。指先は、ひんやりと濡れていた。まだ手を洗ったばかりの、台所の水の温度がそこにあった。彼女の首筋から、風呂上がりでもないのに、石鹸の香りと、それからかすかに饐えた匂いがする。悠真の汗の残り香が、耳の裏や髪の根元へ張り付いている。俺の嗅覚は、六月の夜ごと、その匂いを逃さない。
「ご飯、まだでしょ。冷たいものか、それとも温かいもの、どっちがいい?」
「どっちでも。食欲、あんましなくて」
「あら、体調悪いの? 仕事、つめすぎてるんじゃない? 今度の金曜は、早く帰れる?」
俺は畳みかけてくる妻の問いに、一つずつ曖昧な相槌を返すばかりだった。頭の中では、冷たい麦茶を悠真と飲み交わし、汗ばんだ脚で彼を溺れさせた、昼下がりの彼女がまだ、映像のまま横たわっている。友希那は寝室を出る際、何の気なしに、朝から履いているあのミニスカートの裾を、指先で整えた。太腿の白さが、暗い廊下の向こうへ消えていく。
俺はそれから初めて、妻に背を向けて眠った。ベッドの片隅で、膝を丸め、シーツの端を掴む。暗闇の中で、ハードディスクの赤い残量表示が、瞼の裏にチカチカと点っている。あの赤い光は、監視カメラの録画ランプと、もう見分けられなかった。このままではいけない。俺の口の中で、理性という名の生き物が、生ぬるい唾液と一緒に蠢いている。明日が、明後日が、また二人の記録を積み上げていく。削除しない限り、妻は毎日映像の中で、少年と一線を越え続ける。俺は眠る間際、決定的なことを考えていた。もう、この映像を、お前の前で開く日もそう遠くない。
六月下旬の深夜、寝室の時計が、二時二十九分を指していた。
第5章 夫の告発に妻が泣いて詫び、少年が逆恨みの眼差しを向ける七月の夕暮れ

七月も中旬を過ぎると、日差しは刃物のように鋭さを増し、夕方になってもアスファルトが焼ける匂いを立ちのぼらせていた。俺はその日、現場を高志に任せて、四時には自宅へ戻るつもりだった。作業着の胸ポケットで、スマートフォンが重たく、熱い。なかには、これから告発に使うはずの動画が、日付と一緒にひしめいている。あの赤い録画ランプの灯が、書斎のモニターに点るたび、ハードディスクのなかで眠る百本以上の記録が、静かに呼吸をしているようだった。
家の前まで来ると、ちょうど友希那が、スーパーの白いレジ袋を両手に提げて歩いてくるところだった。薄い空色のカットソーに、白のミニスカート。膝の上ぎりぎりまで生地が上がっていて、太腿の内側が陽の光を受け、魚の腹のように白く光っている。彼女は俺を見つけると、汗ばんだ額を手の甲で拭い、小首を傾げた。
「あれ、もう帰ってきたの? まだ四時半だよ。今日は早いんだね、どうかした?」
俺は何でもない顔をして、袋の片方を受け取った。ずしりと重い。中から葱と豆腐、豚肉のパックが覗いていた。買い物をした後の、少し湿った手の匂い。石鹸と、スーパーの冷気と、彼女の汗が混ざり、鼻孔の奥をくすぐる。
「今日はもう上がった。話したいことがあるから」
声が、思ったより低く出た。友希那は一瞬だけ、瞳を揺らした。それから、何かをこらえるように唇を引き結び、黙って俺の横を歩き出した。二人分の影が、七月の夕暮れのなかで長く伸びている。太陽はまだ沈みきらず、西の空を血のような朱色に染めていた。俺の胸の奥で、あの映像の一片が、薄い刃のようにちりりと首をもたげる。
玄関を上がり、靴を脱ぎ、リビングへ入る。友希那は袋をキッチンへ置くと、私のほうを振り返らずに、冷蔵庫の横へ立ったまま小さく言った。
「話って……なあに、改まっちゃって」
俺は答えなかった。スマートフォンをポケットから抜き、指紋認証でロックを外す。画面の明るさが、薄暗いリビングの床に、白い四角を投げかける。再生アプリを開いて、あの六月の末の映像を表示させた。友希那がソファの上で膝を開き、悠真のあどけない肉茎を、自らの裂け目へと招き入れる場面。音は出していない。だが画面だけで、友希那の顔色が一瞬で変わった。白すぎる。陶器に罅が入るように、頬の血がすうっと下がっていくのが、手に取るようにわかった。
「……ねえ、これ、どこで」
彼女の声は、掠れて、ほとんど空気の吐き出しのように消えた。俺は画面を伏せ、テーブルの上へ置いた。赤い緑青の混じった空が、窓の向こうで少しずつ黒ずんでいく。リビングの壁には、つけっぱなしだった監視カメラの小さな赤いランプが、古い呼吸のように点っていて、部屋の静けさのなかでそこだけが時を刻んでいるようだった。
「ずっと見てた。四月の終わりから、毎日」
自分の声が、ひとつの重い石を落とすように響いた。友希那は立ったまま、ふらりとテーブルの縁へ手を突いた。細い指が、白いビニールクロスの上を滑って、爪を立てる。脚が震えている。ミニスカートの裾を握りしめる左手の指先が、血の気を失って蝋みたいに硬直していた。
「敏夫さん……ごめんなさい、ごめんなさい……私、どうかしてた。悠真くんが、あの子、いつも帰り際に寂しそうな顔をするから……断れなくて、それで、ずるずる……あんなことまで」
涙が、彼女の頬を一筋、二筋と伝い、顎の先から床へ落ちた。友希那は膝を折り、その場にへたり込む。白い太腿が絨毯の上で歪み、ミニスカートの奥が見えそうになるほど脚が開く。俺は、その太腿の隙間に、映像の中で何度も見た、薄桃色の陰裂が今もぴったりと閉じて隠れていることを、いや、閉じていても濡れる準備を忘れない妻の肉体を、呆然と見下ろしていた。頭では怒らなければいけない。しかし目は、彼女の体の線を追ってしまう。大きな胸が、泣くたびにカットソーの中で揺れ、汗に貼り付いた生地が乳首の影まで透かしている。その、まるで動物めいたしなやかさに、俺の劣情の芯が鈍く疼く。情けなさと怒りと、そしてどうしようもなく煮えたぎる欲が、腹の底でどろりと混ざり合った。
「お前は、あの子と、何度、そういうことをした。映像では、好き勝手やられて、最後まで、受け入れてたな」
友希那は首を振り、声を引きつらせた。しゃくり上げるたびに肩が跳ね、カットソーの襟元から覗く鎖骨に、汗が一筋、流れ落ちていく。彼女は、それまで絨毯の毛を握りしめていた右手を、そろっと自分の太腿の上へ置いた。白い肌が、指の形に小さく沈む。彼女は顔を伏せたまま、絞り出すように言葉を継いだ。
「私ね、あの子と会うたびに、何かが……自分の中で、日ごとに大きくなっていくのが、わかってた。それは、恋とか、愛とか、そういう綺麗な言葉じゃなくて。悠真くんの瞳がね、私を見るとき、すごく飢えてて、それなのに、泣きそうで。見ているうちに、体の奥が、じん、って痺れて、太腿が、勝手にきゅうっと閉じたくなるの。最初は……宿題を見てあげてるだけのつもりだった。なのに、いつの間にか、あの子の細い指が、私の膝に触れるだけで、下着の中が、とろ、って音がしそうなくらい、熱くなってた」
友希那は、そこで一度、顔を上げた。泣きはらした眼が、それでもまっすぐ俺を捉え、唇が小さく戦慄く。涙の跡が、白い頬を幾筋も濡らし、西日を受けて金色に光っていた。彼女の手が、罅割れた花瓶を抱きしめるように、自分の両肩をきつく掻き抱いた。
「敏夫さんには、ずっと知られたくなかった。知られたら、今みたいに、こうやって……終わるしかなくなる。私、そんなの嫌だったのに、あの子に触れられる時間を、頭のどこかで数えてる自分がいた。お昼に一人でいると、急に、体がぼう、って熱くなって、もう、悠真くんの青い半ズボンの形ばかり思い出して……仕事にも、家のことも、上の空で。毎晩、敏夫さんの隣で眠るのが、辛かった。あなたの顔を見るたび、私、自分を殺したくなった。それでも、あの子を家に上げるのを、私は、一度も、やめられなかった」
彼女は、そう言い終えると、また泣き崩れた。肩が細かく痙攣して、ミニスカートの白い生地が、絨毯の上で波打つ。太腿の内側が、西日を受けててらてらと光っていた。俺は自分の内側で、怒りがするすると萎えていき、代わりにひどく疲れたような、それでいて腹の芯にはまだ爪を立てる熱情を感じていた。妻を許す、という言葉が必要なのだと、頭のどこかで理解する。許さなければ、俺は一生、あの少年と女の映像を見続けるしかなくなる。そうしたら最後には、自分という人間まで溶けて、とりかえしのつかない沼へ沈んでしまうだろう。俺はしゃがみ込み、友希那の肩に手を置いた。カットソー越しに、彼女の肌はひどく汗ばんでいて、火照りと悲しみが同じ温度に癒着している。
「……わかった。今度のことを、きちんと終わらせてくれ。その上で、俺も、お前を信じる」
友希那は何度も頷き、私の手を取って、自分の濡れた頬へ押し当てた。彼女の涙の温かさが、俺の指の股を伝って、手首の内側へ流れ落ちる。唇から「ありがとう……」という声が、潰れた笛みたいに漏れた。
翌日、友希那は悠真が家へ来た時、リビングで、静かにではあるがはっきりと、少年と対峙した。俺は階上の書斎にいて、その様子をカメラの音声で聞いていた。画面に映る友希那は、淡い生成りのシャツに、今日も白のミニスカートだった。ただし、着衣に乱れはなく、悠真の前に、背筋を正して腕を組んでいる。少年は学校帰りの半袖シャツと半ズボンのまま、ドリルの入ったランドセルを抱きしめるようにして突っ立っていた。
「悠真くん、話があるの。……あのね、もう、触ったりしない。ああいうことは、終わりにするの」
友希那の声は、穏やかで、それでいて芯が一本通っていた。悠真は一瞬、何を言われたかわからない顔をした。次第に、唇がわななき、黒い眼が、画面の隅からでもわかるほど見開かれていく。
「なんで? 友希那さん、昨日まで、一緒に……僕のこと、気持ちいいって言った……のに」
少年の声は、最初こそ震えていたが、みるみる激しさを帯びていった。友希那は首を横に振り、胸の前できつく手を組み直した。
「私が悪かった。大人なのに。悠真くんは何も悪くないの。でも、もう、できないの。敏夫さんと約束したの。あの人は私の夫で、悠真くんのことを、前みたいに大事にしたいと思ってる」
テレビゲームのコントローラーが、ソファの上に二つ、出しっぱなしになっている。誰も触れないそれを、悠真はぼんやり見下ろしていた。俺はモニター越しに、少年の小さな肩が、深い息とともに何度も上下するのを見つめていた。
「……僕が悪いんじゃない。敏夫さんが、僕たちの邪魔をしたんだ」
悠真の顔から、表情が消えた。涙も出ていない。感情の色が失せた、と感じた。それは、あの玄関先で友希那を見送る時に見せた、黒く濡れた寂しそうな眼差しとは、まるで違う種類の闇だった。少年はしばらく黙って友希那を見上げ、それからくるりと背を向けた。小さい背中。半ズボンから伸びた白い足が、陽の光を受けていた。ドアを開ける音、閉まる音。靴を突っかける微かな物音が、カメラのマイクに淡く拾われた。
その夜、俺は高志に連絡を入れた。仕事の話の流れから、わざと率直な物言いを選ぶ。
「しばらく、悠真くんをうちに上げないようにしてくれないか。悪いな、家庭の事情で」
電話越しに、高志は不明瞭な唸り声を返した。
「悠真が何か、ご迷惑を……うちの子が、すみません。けど、理由だけでも」
俺は一瞬、ためらった。高志には、何も話すことができない。あのリビングで繰り広げられた行為のすべては、彼の想像の外にある。それでも、深追いしてくる声には、父親としての疑念と動揺がにじんでいる。
「お前のせいじゃない。ただ、少し距離を置いた方がいいって判断したんだ。落ち着いたら、また改めるかもしれない」
高志はしばし黙り込み、最後に、絞り出すように言った。
「わかりました。社長がそう言うなら。あの子には……なんて言えばいいのか」
俺は「何も聞かずに、連れて行きたいところがあると思ってる、とでも」と答えた。高志はまた黙った。その沈黙の奥で、悠真という少年の小さな執着が、静かに燃え広がっていることを、エアコンの効いた我が家のリビングから、俺は知ることになる。まったく、誰にも届かない音で。
通話を終えた後、リビングへ降りた。友希那はソファに浅く腰をかけ、ぼんやりとテレビの画面を眺めている。電源はついているが、映画の映像が、音もなく流れていた。彼女の膝の上で、白いミニスカートが、だらりと弛んでいる。太腿には、夕方にできた湿りがまだうっすらと光っていた。
俺はキッチンの方へ行き、水を一杯飲んだ。包丁立てには、文化包丁が、ほかの包丁たちと並んで柄を覗かせている。特段、変わった様子ではない。ただ、あの夜から、俺の目はどうしても、刃物というものの静かな輝きに吸い寄せられる。友希那が夕食の支度をすれば、その柄を握る。その手が、昨日まで悠真の肌へ触れていた白い指。そう思うと、なんでもない台所の風景が、不気味なまでに色濃く見えた。
やがて友希那が、絨毯の上に素足を下ろし、ゆっくりと私の方へ歩いてきた。彼女の裸足が、廊下の夕闇を踏む音が、ひたひたと沈んでいく。
「高志さん……なんておっしゃってた?」
「納得してくれた。悠真くんには、こちらからはもう、何も言わない。あとは、あの子の問題だ」
友希那は、何かを言いかけて、下唇を噛んだ。窓の外は、七月の夕暮れがすっかり赤みを失い、藍色の宵闇へ沈みかけている。地平線の名残だけが、かろうじて紫に燃えていた。俺はそれを見ながら、少年の寂しそうな眼差しが、この先どこに灯り続けるのかを考えていた。リビングの床の上に、監視カメラの小さな赤いランプが、まるで誰かの眼のようにぽつんと光っている。この家のなかで、まだ何かが、終わっていない。そんな予感だけが、ひどく生々しく胸の奥へと突き刺さっていた。
第6章 関係を断たれた少年がキッチンの包丁を握り、夫の意識が赤い闇に沈む二百日の終わり

第6章: 関係を断たれた少年がキッチンの包丁を握り、夫の意識が赤い闇に沈む二百日の終わり
八月上旬の夕方は、空が茹だるような朱を絞り切る前の、いちばん残酷な時刻だった。現場を上がるのがいつもより二十分ほど遅れて、俺は汗の滲んだ作業服の襟元を引っ張りながら車を自宅の前に停めた。窓を閉めた車内に残る、塗料と木屑の匂いに混じって、自分の男臭い疲れが篭っている。外に出ると、むっと膨れた熱気が呼吸を一瞬浅くさせた。歩道と車道の境のアスファルトが、微かに貝殻でも焦がすような匂いを立てていた。斜めに傾いた陽が、家の窓ガラスを熔かした真鍮みたいに光らせている。玄関へ回る足取りは、ここ二週間のうちにすっかり重たくなっていた。胸の奥で、何かが細く、しつこく、鼬のように跳ねている。
ドアを開けると、まず冷房の冷えた空気が、汗ばんだ首筋へ刃物のように張り付いた。かすかに笑い声が聞こえる。聞き慣れた、友人同士の挨拶のような気安い笑いではなく、ぎこちなく途中で途切れた、竹串の折れるような音。俺は靴を脱ぎ、なぜだか声を出せないまま、廊下を静かにリビングへ向かった。スニーカーのゴム底が、磨かれた床の冷たさを足の裏から押し返してくる。粘つく自分の暑さだけが、外套のように身体を包んでいた。
リビングのドアは開いていた。中では友希那が、白いミニスカートの裾を両手でぎゅうと握りしめ、ソファの前に立っていた。太腿の白さが夕の光と蛍光灯のあいまいな境界でぼってり浮いている。彼女の向かいには、高志が腕組みをして、困り果てたように眉を下げていた。作業用のジーンズに、薄汚れたポロシャツ。いつも現場で見る顔色より、いくらか土気色に淀んでいる。
そして高志の背の陰から、小さな影がひとつ、押し出されるようにして現れた。悠真だった。ランドセルはなく、半袖シャツに半ズボンという、この季節の子どもの姿のまま、両手を背中に回すようにして隠している。十一歳のその身体は、首から肩にかけての線が竹の子みたいに細く、部屋の明かりを受けてうっすらと影の色を生んでいた。目だけが、ひどく黒く、水底へ沈んだ石のように鎮まっている。
俺は声を出した。自分でも滑稽なくらい、喉の奥を絞った平坦な声だった。
「高志……何の話だ。今日は、来ないって……」
高志が顔を上げ、口を開きかけた。厚い胸板が、大きく一度、息で膨らむ。彼の言葉は、まるで茹でた葱みたいにくぐもって、俺の耳まで届くのに一拍を要した。
「社長、すみません。うちの子が、どうしても話したいことがあるって、今日だけ、今日だけって聞かなくて。それで……友希那さんに、先に上がらせてもらってたんすよ」
悠真が、高志の言葉が終わるか終わらないかのうちに、後ろからするりと離れた。小さなスニーカーの底が、床をこする微かな音を立てる。彼は俺のほうを真っ直ぐ見上げた。その瞳のなかで、冷房に乾いた白熱灯の光が、ぷつんと滲んでいる。
悠真の唇がゆっくり動いた。
「おじさん、僕、聞きたいことがあります。どうして、友希那さんと会っちゃいけないんですか。友希那さんは、僕のこと、嫌いになってないって……」
子どもらしい高い声が、語尾のところだけ不自然に大人びて、冷たく均されている。俺は喉の右側が急に渇くのを感じた。この二週間、出口の見えない澱みを誤魔化しながら、仕事と生活だけを回してきた。それが今、薄いガラスの板に罅が入るみたいに、ゆっくりと破れていく音を聞いている。
「悠真、やめなさい。お父さんに言われたこと、もう一回考えて」
友希那が一歩踏み出した。白いミニスカートが、動きの余波でふわりと揺れて、内腿の汗ばんだ艶が光る。だが悠真は、彼女を見なかった。少年の視線は、俺の顔から外れない。
「僕、友希那さんに、ちゃんと会って、話したい。それなのに、おじさんが、お父さんを使って……」
悠真はそこで言葉を途切れさせ、背後に回していた両手を、すうっと前に出した。手首のあたりから先が、夕方の薄明かりを受けて、異様に白く光って見えた。いや、違う。白いのは手首までで、その先に、もっと冷たい別の輝きが伸びている。俺の網膜が、縁側の西日を受けて青白く瞬いたそれを、ようやく「文化包丁」だと認識した。
高志が叫ぶより、友希那が息を呑むより、ほんの半瞬早く、悠真の身体が跳ねていた。小さな肩が、落下式の重りみたいに前へ潰れ、黒い瞳がまっすぐ俺の腹へ向かっている。スニーカーの底が一度、ごりゅ、と鳴った。錆びた蝶番のような、ごく短い、しかし確かな重みのある音が、俺の作業着の懐へ食い込む。
次の瞬間、遠くの波よりも鈍い「どす、」という響きを、俺は骨で聞いた。腹の奥で、冷たいものと熱いものが同時に弾ける。痛みはまだ来ない。何かが、体の真ん中へ、ずっと深いところまで飲み込まれていく感触。作業服の生地を破り、肉の厚みを割り、内臓のやわらかい熱の中へ、よそ者の刃が、つぶり、と沈んでいく。吐く息が、他人のもののように生温かい。
「おじさんが……僕たちを、壊した!」
悠真の声が、部屋の空気を裂く。耳の奥で、声というよりは空気の振動として、びりびりと揺れた。少年の両手が、包丁の柄を握る格好で俺の腹に巻きついてくる。手首までが、俺の血で濡れる前の、まだ乾いた温もりを残していた。十一歳の指。あの映像の中で友希那の胸を揉み、ゲームのコントローラーを握り、彼女の舌を受けて震えていた指。その指先が、今、俺の命を冷たい鋼と一緒に捻じ込んでいる。
視界が一度、ぐらりと泉に沈むみたいに波打った。友希那の悲鳴が、やけに遠くで反響している。
「敏夫さんッ! 敏夫さん!」
彼女の声は、細い笛を水の中で吹いたように輪郭を失っていた。高志が跳びかかる。大きく角ばった掌が、悠真の肩を掴んで、少年ごと後ろへ引き倒した。床の上で、親子の身体が重なる。文化包丁が、悠真の小さな手から抜けた。だが、その時にはもう、俺の作業服の腹のあたりに、じわり、ではなく、どくどくと脈が溢れ出していた。赤い色が、カーキの生地を捻れながら濡らしていく。自分の中の熱い液が、重力に従って太腿の内側へ垂れ落ちた。
俺の膝が折れた。視界の縁が、ゆるい竜巻みたいに伸び縮みする。床に片膝を突き、腕をつく。その振動で、開いた傷の奥から、ぬるりと熱い塊が押し出される感覚がした。口から、息ではなく、粘度のある溜息が漏れる。
「悠真……お前、何ってことをしやがったんだ!」
高志の声が、喉を破る勢いで部屋を殴った。怒号と、悠真の荒い呼吸と、友希那の自分の名を呼ぶ裏返った声が、ばらばらの楽器みたいに絡み合って、俺の耳を右から左へと通り過ぎていく。冷房の風が、血の匂いを部屋中へ薄く散らし始めていた。鉄と、汗と、果物が潰れた時のような甘い臭気。小麦粉を水で溶いたみたいに、床へ広がっていく。
俺は血濡れた掌を見下ろした。指の股のあいだを、自分の血がつうと流れて、手首の内側の青い血管を逆撫でしていく。八月の光が、その湿った赤を表面でぬらぬらと滑らせ、ルビーとも珊瑚ともつかない、暗赤色の珠になっていた。あのハードディスクに溢れた動画の中で、友希那の下着の中央を湿らせていた液体のことを思い出した。色も、匂いも、温度も、何もかもが違うはずなのに、なぜだか身体は、それがおんなじ生き物の汁のように感じている。体液というものが、こんなにもこんなにも、人間という袋に詰まっている。それを流したのが、あの十一歳の少年だということ。
友希那が、床に崩れ落ちた俺の肩へ取りすがった。白いミニスカートの裾が、血溜まりの縁を掠めて、裾の白さの一部がぐにゃりと朱を吸う。あの、太腿の白さを何度も映像越しに確かめた、妻の足。今、彼女の膝頭は、絨毯の上に広がる俺の血に浸されていく。彼女の手が、私の腹の上、刃が潜った場所のすぐ上で、押さえていいのか触れてはいけないのか迷うように、震えて浮いていた。指先の花びらみたいな爪の先が、うっすら血糊で染まっていく。
「敏夫さん、しっかりして、救急車、救急車呼ぶから……高志さん、電話を、早く!」
友希那の声は、涙で塩辛く尖っていた。俺はなんとか息を吸おうとしたが、空気は口許まで来ても、奥へ下りていってくれない。右の掌に、すっぽりと、何の変哲もない体温が触れた。悠真の手ではなかった。高志の、職人らしく節くれ立った大きな掌が、俺の肩を抱いている。彼の唇が、顔のすぐ近くで「社長、社長」と繰り返す。その声に、先ほどの怒号とは別の、少年みたいに震えた響きが混ざっていた。
俺の目線が、ソファの前を通り、床に転がったゲームのコントローラーを映した。二つ。友希那と悠真が、あの退屈な午後に、勝敗をどこへ導くかで互いの指を競わせていた、黒く小さな機械。コードが、まるで乾いた蔦のように畳の上を這っている。テレビはついたままだった。画面の中のドライブゲームが、派手な色でコーナーを曲がり続けている。誰も触らないのに、青い車がカーブの縁で光の粒を散らしていた。
その音と光が、遠い。すべてが、薄い膜の向こうへ沈んでいくみたいに、輪郭の辻褬が合わなくなっていた。
俺の目の前で、友希那が立ち上がり、電話をかけている。血に濡れたミニスカートの裾が、太腿へ貼り付き、立つたびにべたりと重たい音を立てる。彼女は受話器を握る手で涙を拭い、赤い痕を頬にまで滲ませていた。
「住所は……住所、そうです、有坂です、主人が、主人が刺されて……早く、お願いします……!」
彼女の横で、高志が悠真を羽交い締めにしていた。悠真は力の抜けた人形みたいに、されるがまま床へ座り込んでいる。荒い息遣いだけが、ちいさな腹を痙攣させていた。彼の半ズボンの腿から、俺の血が伝って、白い靴下の穴のあたりに点々と染みている。少年の黒い瞳が、まっすぐ俺を見ていた。泣いてはいない。唇は半分開き、吐き出す息が、カタカタと浅い事故のあとのようだった。あの、帰り際に友希那を振り返っていた寂しそうな眼差しと同じ色のはずなのに、今だけは、水底に沈んだ石みたいに何の光も跳ね返さない。俺はその目を見たかったのかもしれない、と唐突に思った。もっと早く、この子の目の中を、ちゃんと見るべきだった。いや、見ていた。見ていながら、映像の再生ばかりを繰り返して、現実のこの目からは逃げていた。
腹の奥の熱が、形を変えて、背骨のつけ根へまで下りてくる。立っていられない。うつ伏せに床へ崩れ落ちる間際、俺の視線は、リビングの壁際に据えた小さな木製の棚の上を掠めた。監視カメラが息を潜めている、あの場所。暗がりの中で、小さな赤い録画ランプが、心臓みたいに、ゆっくり、しかし規則正しく点っていた。俺はその光を見ていた。四月の末に、自分の手で電源を入れて以来、消すことのできなかった赤い灯。今もまだ、この終わりの場面を、あのレンズが記録し続けている。
視界いっぱいに、その赤が溶けて広がっていく。小さな点だった光が、海月のように、花のように形を崩して、赤い闇となって瞼の裏へ満ちていった。
それでも俺の耳は、最後の最後まで、音を拾っていた。悠真の、みじかい息。高志の、鼻を啜るような気配。友希那が俺を呼ぶ声。彼女は何度も背中へ触れて、肩を揺さぶって、耳元で「敏夫さん、目を開けて」と囁いている。遠くで、サイレンの音が、七月の夕暮れより赤い層を破って近づいてくる。俺の心臓はまだ動いている。魂と身体の継ぎ目が、ほどけていく。
頭の芯に、ばらばらと映像が零れ落ちた。監視カメラに映っていた妻の白い肌。宿題のドリルの余白に置かれた、少年の小さな拳。フェラの終わりに彼女の唇の端を伝った、薄い白。クンニの最中、ソファの背を掴んでいた彼女の指。六月の、中出しのあとの、栗色の後れ毛。夕陽の赤。悠真の熱いまなこ。そのすべてが、ぐらぐらと熱をはらんだまま、俺の内側で一点へ向かって吸い込まれていく。痛みは、もう、布団を被ったみたいに遠く、鈍くなっていた。
最後に聞こえたのは、悠真の荒い息遣いと、友希那がほとんど悲鳴のように俺の名前を呼ぶ声、それから、高志が吐き出した短い南無みたいな言葉だった。すべてが、赤い録画ランプの灯の中に沈んでいく。暗転のなかで、俺はたしかに、あの少年の眼差しの色だけを、ながいあいだ、見ていた。
登場人物
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有坂敏夫 ありさか としお男性 ・ 36
外見: 短く刈り込んだ黒髪、焦げ茶の瞳、がっしりした筋肉質の体格、175cm。服装: 作業着、カーゴパンツ、Tシャツ、作業用の厚手の靴下。内装業を営む職人肌の男。仕事熱心で家族思い、自慢の妻との子どもを早く欲しがっている。しかし違和感を覚えると家中に監視カメラを設置する行動力と疑い深さを持つ。寝取られ勃起と怒りの間で揺れる繊細さ。
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有坂友希那 ありさか ゆきな女性 ・ 32
外見: ショートの栗色髪、琥珀色の瞳、くびれた腰と豊かな胸のナイスプロポーション、162cm。服装: スポーティなパンツルック、時折膝上のミニスカート、白い綿の下着。敏夫の会社の事務サポート兼主婦。面倒見がよく家庭的で、シングルファザーの子・悠真の世話を焼く。しかし罰ゲームと称して少年と性的遊戯を重ねる背徳的な一面を秘め、告発されると泣いて詫びる脆さも持つ。
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杉田悠真 すぎた ゆうま男性 ・ 11
外見: 短い黒髪、黒い瞳、細く小さな体躯、138cm。服装: 半袖シャツ、半ズボン、ランドセル、汚れたスニーカー。小学五年生。以前は敏夫に懐いていたが、友希那との関係が深まるにつれそっけなくなる。性的遊戯を重ねるうちに依存し、関係を断たれると逆恨みして包丁を手に取る激しさを秘める。
-
杉田高志 すぎた たかし男性 ・ 38
外見: 短い黒髪に白髪混じり、濃い茶色の瞳、がっしりした体格、178cm。服装: 作業着、ジーンズ、Tシャツ。敏夫の会社のスタッフで、悠真の父親。シングルファザーとして息子を育てながら働く。敏夫の会社で信頼される職人。





