満たされない彼氏と半年過ごした女子大生のわたしが温泉宿の混浴露天で見知らぬ巨根の男に浴衣のまま部屋へ誘われ朝まで貫かれるまで
あらすじ
半年付き合う優斗との夜は、いつも彼だけが気持ちよくなって終わる。深夜、寝息の横で濡れた下着に指を這わせながら、わたしは物足りなさを噛みしめていた。バイト代を貯めて予約した温泉宿——湯けむりの奥で出会った見知らぬ男の、図り知れない質量を目にした瞬間、下腹部が熱を帯びていく。
第1章 満たされない寝息と客室露天の湯けむり

第1章 満たされない寝息と客室露天の湯けむり
十月下旬の土曜日、深夜一時を回ったばかりのワンルームのベッドの上で、わたしは優斗の寝息を背中に聞いていた。薄暗い部屋の空気には、眠っている彼の肌から立ちのぼる制汗スプレーと汗の匂いが混ざり、鼻を刺すほどではないのに、いつまでも首の後ろへまとわりついている。つい先ほどまで、その身体がわたしの上で動いていた。その動きは、指先で数えられるほど短い時間のうちに、ふっと止んでしまった。優斗は自分の熱を吐き出すと、同じ熱に浮かされたみたいな顔のまま、わたしの首元へ鼻先を埋めて眠りへ落ちた。わたしの指先はシーツの上を這い、下腹の上で止まる。布越しに触れた自分の肌は、まだ発酵した果実の内側みたいに熱い。白い綿の下着の中央は、縦に走るやわらかな溝へ沿って、しっとりと湿っていた。優斗の指が一度も留まらなかった場所。それなのに、わたしの身体だけが、こんなふうに濡れてしまっている。
奥歯で唇を噛み、息を詰めながら、わたしは細い指を下着の縁から差し入れた。ぬるりとした粘液が指先を包み、下腹の奥がきゅうと窄まる。濡れた陰唇が指を挟むようにひくつき、下着の繊維を巻き込みながら、指がわずかに動くたび、くちゅ、という小さな粘り音が耳の奥へ染みこんだ。その音に、耳の裏がじわりと熱くなる。後ろで眠る優斗へ、首だけを半分まわして寝顔を盗み見る。暗がりの中に、短く跳ねた黒髪と、半開きの唇が白く浮かんでいた。彼の目蓋はぴくりとも動かず、わたしの指先が擦れる音を拾う気配もない。
指先をゆっくりと往復させながら、記憶の底から、古い書物と煙草の匂いをまとった指の感触が滲んでくる。高校の頃、わたしの身体の地図を最初に開いたひとは、触れる前に必ず指の背で鎖骨のくぼみを撫でた。それだけで、身体の奥がほどけて、次のどんな動作にも従えるほど柔らかくなった。けれど、優斗の指は、あのくぼみを一度も探そうとしない。彼はいつも、やわらかく湿った場所が判明すると、それが正解だとばかりに、そこへだけ真っ直ぐに触れてくる。そこが満たされるはずの深さとは、まるで別の浅い粘膜であることに、彼は気づかない。
ひときわ強く指を押し当てた瞬間、腰が布団の上で小さく跳ねた。それと同時に、この半年の優斗との日々が、水底から浮かんでくるように思い出される。先月の映画館で、彼はスクリーンを見つめたまま、わたしの左手を握っていてくれた。汗ばんだ掌は暖かくて、隣にいるという安堵は確かにあった。上映後、カフェの窓辺で彼が熱心に話したのは、バイト先の後輩と、今度どこへ行きたいかという旅行の話ばかりだった。わたしが二度、小さく息を吐いて、ストローの先を噛んだことにも、霜の溶けた窓ガラスを指先でなぞっていたことにも、彼は気づかなかった。別れ際、駅前の街灯の下で「楽しかったな、また来週な」と笑う横顔へ、わたしも笑って頷いた。その笑顔の裏側で、下腹のあたりがちくりと痛んでいた。優斗はいつも、触れている場所だけを真剣に見ていて、触れられていない場所の渇きには、ひどく鈍い。指先が自分の濡れに沈むほど、その渇きは輪郭を増していく。
けれど、指先の動きは、わたし自身の記憶ばかりをなぞるうちに、少しずつ虚しくなって止まった。ぬるついた指を布団の端で拭い、仰向けに戻る。天井ではクーラーの青いランプが一定の間隔で瞬いている。この部屋のどこにも、わたしを埋めてくれるものはない。そう思いながらも、その夜は浅い眠りを繰り返すしかなかった。
翌朝、カーテンの隙間から射し込む秋の光に瞼を押し上げられると、優斗はベッドの縁に腰かけて、テーブルへ色とりどりのパンフレットを並べていた。背中の白いTシャツには寝癖のしわが入り、肩甲骨が薄い生地を押し上げている。彼はこちらに気づくと、明るい茶色の瞳を細めて、その中の一冊を両手で差し出してきた。指先が、わずかに震えている。日焼けした肌の上に、うっすら上気した赤みが浮いていた。
「あのさ、来週の土曜、山のほうの旅館、予約入れといた。露天風呂が部屋についているらしくて……ちょっと贅沢し過ぎたけど、綾奈がこういうの好きかなって思って」
彼の声は、いつもより少しうわずっていて、告白の前の練習みたいに真剣だった。パンフレットの表紙には、湯気の立ちのぼる石造りの露天と、紅葉の色づいた庭が写っている。客室露天風呂付き、という金色の文字が、彼の震える指の向こうで鈍く光っていた。
「ほんと? 嬉しい。すごく楽しみにしてる……ありがとう」
わたしは、寝ぼけた喉から、できるだけ明るい声を絞り出した。優斗は安心したように深く息を吐き、頬をかいて笑う。彼がわたしを喜ばせようと、バイトの給料を惜しまず差し出してくれたことは、素直に嬉しかった。だが、そのパンフレットに印刷された白い湯気が、頭の奥の記憶をざわめかせる。もしもまた同じ夜を繰り返すのなら、彼の努力に応えたい気持ちと、肌の奥に残る渇きとが、朝から胸の中で押し合いをする。期待の裏へ、ひらりと不安が降り積もる感覚。それは、何度優斗の隣で笑っても、消えなかった。
旅館に着いたのは、午後の日が山の端へ傾き始めた頃だった。山の麓に建つ宿は、木造の深い軒と、磨き込まれた土間の玄関、古い柱の香りが、まとわりつくほど濃く漂っている。出迎えてくれた仲居さんの着物の裾が、廊下の空気を切るたびに、しゃらりと品の良い衣擦れの音を立てた。優斗は宿帳へ慣れない筆圧で名前を走らせ、わたしたちは離れの和室へ通された。部屋の奥には硝子戸越しの小さな露天風呂が見え、白い湯気が静かに立っている。その蒸気は畳の匂いと混ざり、甘いだけでなく微かに苦い、山の夜の気配を鼻の奥へ運んでくる。
夕食前に、わたしは浴衣へ着替え、鏡の前で襟の合わせを直した。柔らかなショートボブの黒髪が、白い首筋へ影を落としている。焦げ茶の瞳を少し伏せると、頬は白く、唇にはまだ紅が残っている。浴衣の淡い色が、白磁のような肌の上へ、冷たい水を含んだように触れてくる。薄いピンクの襦袢を襟元に合わせて、細い紐を結ぶ指先は、なぜかしっとりと汗ばんでいた。浴衣の布地からは、旅館の洗い張りらしい、糊と湯の混ざった匂いがした。
部屋に並んだ会席は、秋の味覚を小さな器ごとに閉じ込めていた。煮物の汁は琥珀色に照り、器のふちに添えられた紅葉の葉が、ひとひらだけ妙に生々しく赤い。優斗はビールをちびちび舐めながら、話すたびに顔を赤くして、この旅館を選んだ理由や、バイトの後輩の話を繰り返していた。わたしは隣で湯引きの鯛を口へ運びながら、硝子の向こうで湯が流れ落ちる音だけを聞いていた。あたたかい食事が胃に落ちていくたび、夜の布団で待っている時間が、すこしずつ輪郭を持って近づいてくる。
部屋食の後、優斗が先に露天へ入った。わたしは浴衣の襟を少しだけ緩め、硝子戸を横に引いた。途端に湯けむりが肌へまとわりつき、生温かい舌で全身を舐めた。岩肌を伝う湯の音が、ひっそりとした庭の暗がりへ溶けている。乳白色に濁った湯へ膝を沈めると、下半身の力が熱の中へほどけていく。胸のすぐ下まで湯に隠れて、首筋だけが夜風に晒された。石の肌触りは滑らかで、湯の硫黄の匂いが、疲れを一枚ずつ剥がすように鼻へ入り込む。けれど、その熱は、身体の奥に残った夜の火種まで煽るらしい。下腹の一点だけが、湯よりも強く脈を打っていた。
布団に移ると、優斗はいつもより早く、わたしの浴衣の帯を解いた。普段は指をもたつかせるのに、旅館という非日常の空気が彼の血を急かしているのか、襦袢の合わせを迷わず開いていく。わたしは天井の木目を見つめながら、彼の手のひらが胸の膨らみを探り当てるのを感じた。少し汗ばんだ指先が乳首の上を掠めて、背すじが浮き上がる。もっと時間をかけて欲しい。そう喉の奥まで出かかった言葉は、けれど形にならない。優斗はすでに、わたしの下着を膝まで下ろすことだけに夢中になっていた。彼の指先は、いつものように胸の先端を数回確かめると、濡れた場所の入口を探して、そちらへ下りていった。
彼はコンドームを付けると、いつもと同じように膝を立てて覆い被さってきた。焦れた手つきでわたしの太腿を左右へ割り開き、硬度を増した先端を、ぬるんだ陰唇の割れ目へ押し当てる。縦に開いた入口へ、彼の体温がじかに触れた瞬間、下腹の奥が痛いくらい収縮した。ぬるり、と滑って、先端が浅い場所で止まる。腰を進めると、硬い熱がぬかるんだ膣口をこじ開けるように押し入ってくる。その充満感は、膣の浅い襞を擦り上げるばかりで、いちばん熱く渇いた奥へは届かない。もっと奥へ、あの記憶の指が届いた場所まで、押し上げてほしい。わたしは唇を噛み、優斗の背中へ爪を立てる。彼の腰の動きはみるみる速くなり、薄い背中から汗が布団へ落ちた。コンドーム越しの水音が、ぐちゃ、ぐちゃ、と耳の奥でやけに大きく響く。そして、わたしが何かを掴みかける前に、彼は背中を震わせ、腹の奥で拍動しながら、自分の熱を外へ逃がした。時計の針は、ほとんど進んでいない。
終わったあと、優斗は乱れた息のまま、わたしの肩口へ顔をうずめた。
「あー……綾奈、今日、すごく、なんか、よかった……ありがとな。俺、ほんと、眠い」
満足げな声は、だんだんと語尾を濁らせ、そのまま彼の呼吸は寝息へ変わっていった。コンドームの始末をするわたしの指先が、内腿に伝った生温い愛液へ触れて、ぴりつく。わたしは浴衣の乱れを直す気力もないまま、布団の上に仰向けになった。火照った肌は夜気に触れて、表面だけがひやりと冷たいのに、腹の底では、置き去りにされた熱がまだ燻っている。障子の向こうから月の光が青白く差し込み、昼には鮮やかだった紅葉も、夜の中では輪郭のない影になって揺れていた。部屋の隅で、露天風呂の湯がゆっくりと流れ落ちる音だけが、いつまでも静かに響いている。
——深夜二時。畳の上で、優斗は規則正しい寝息を繰り返していた。わたしの下着は、まだ中央の縦じわに沿って湿っている。その湿りは、優斗が残したものではない。彼が届かずに置いていった未完の熱と、誰にも触れられないままで育った渇きが、布の目に滲みて残っている。
第2章 混浴露天の湯気の奥の質量と冷たい廊下

第2章: 混浴露天の湯気の奥の質量と冷たい廊下
眠れないまま、わたしは布団の上で身を起こした。優斗の寝息は変わらず規則正しくて、天井の木目を見つめ続けても、身体の奥でくすぶる火種は消えてくれそうにない。部屋の隅にある客室露天を仕切る硝子の向こうから、湯の落ちる音が途切れなく聞こえている。あの音は、満たされない熱をそっとあやすようでいて、じつは余計に焦らすだけだった。
わたしは薄い掛け布団を剥ぐようにして立ち上がった。襦袢の裾が太腿に張り付く。浴衣の下の下着は、まだ中央の縦じわに沿ってしっとりと湿っていて、立ち上がった拍子に布が肌へ吸いつく感覚を覚えた。優斗の熱ではなく、優斗が置いていった欠けた熱で濡れている。だけど、その湿りを確かめる気にはなれなくて、枕元の内線電話を手に取った。
受付の女性は眠そうな声も出さず、丁寧に大浴場への道を教えてくれた。廊下をまっすぐ行って、突き当りを左。夜のうちなら女湯はおそらく空いていますよ、と。
わたしは浴衣の上に部屋備え付けの紺の羽織りを引っかけ、草履をつっかけて部屋の外に出た。ゆっくりと静かに障子を引くと、廊下の空気がひんやりと足首を這い上がってきた。
廊下の畳は、素足で踏むたびに冷たい眼差しのように足の裏を刺した。木の板張りのところどころが体重に合わせて小さく軋み、深夜の宿の静けさの中で、その音だけがやけに大きく響く。自分の鼓動が耳の奥で鳴っていて、とくん、とくん、と歩く速さに合わせて打つ。誰にも会わないまま、大浴場と墨字で書かれた暖簾の前に着いた。
暖簾をくぐると、脱衣所にはしんと冷たい空気が流れていた。籐の籠がいくつも重なっていて、備え付けの手ぬぐいが几帳面に畳まれている。わたしは羽織りを脱ぎ、浴衣の帯を解いた。鏡に映った肌は、真珠のように青白い光を帯びていて、首すじから胸元にかけてまだ火照りが残っている。下着を脱ぐと、中心の湿った場所から、ふっと蒸れた匂いが立ちのぼった。
内湯の湯舟は無人で、湯気だけがもうもうと揺れていた。わたしは洗い場で軽く身体を流してから、外へ続く硝子戸に目をやった。女湯の露天と信じて疑わず、濡れ縁を抜けて、石段を降りる。足の裏に岩肌のざらつきが伝わって、湯を張った石造りの湯舟に胸元まで浸かった。乳白色の湯は粘るような柔らかさで、肩から首にかけての力を少しずつ解していく。
湯に身を委ねて、どれくらい経ったのか。背後の湯気の向こうで、ふいに人の動く気配がした。わたしは胸の前で腕を交差させて、慌てて首まで沈み込む。白い靄を透かして、男の形がゆっくりと近づいてくるのが見えた。腰には細い手ぬぐいを巻いている。手ぬぐいの端が湯に濡れて重たげに揺れ、彼が石段を一歩降りるたびに、太腿のたくましい線が湯気の間から浮かんでは消えた。
「すみません、こんな時間に。ご一緒しても大丈夫ですか」
その声は、深い湯の底から届くみたいに低くて静かだった。わたしは少しの間、言葉を探しあぐねて、水面を揺らす自分の指先を見つめていた。
「あ、はい……どうぞ」
男は軽く頭を下げると、湯舟の縁からゆっくりと身体を沈めてきた。岩肌に背を預けて、ずっと下のほうで小さく息をつく。肩幅がしっかりあって、胸板には厚みがある。短く整えた濃紺の髪は、湿り気をふくんで額にはりついていた。黒に近い焦茶の瞳が、湯気の向こうでこちらを向いている。わたしはもう一度、首のあたりまで沈み込んだ。
男はしばらくそうしてから、ふいに膝の向きを変えようとしたのか、腰を浮かせかけた。その体勢の変化で、湯を切って立ち上がった下半身が、一瞬だけ湯気の薄い場所へ晒される。わたしは目を逸らそうとした。逸らそうとして、でも視線が、太腿のつけ根のところで凍りついた。男性器。しかも、硬くもないのに、その大きさはわたしの知っている優斗のそれと比べて、倍はあるように見えた。渦を巻くように下がった肉の筒が、湯の雫を弾いて静かに揺れている。
ごくり、と喉が鳴った。唾液を飲み込む音が、自分の耳の中でやけに大きく響く。目に焼きついた質量は、そのまま喉の奥に転がり込んできて、飲み込もうとしても飲み込めないまま、身体の内側へずっしりと居座った。下腹部がきゅうと収縮して、湯よりも濃い熱が腹の底に溜まっていく。子宮の奥が浅く痙攣して、太腿の間で、ついさっきまで濡れていた場所が、また別の熱い液体でにじみ始める。わたしは太腿を強く閉じて、岩肌に爪を立てた。
男は、また腰を沈めて、何もなかったように湯に肩まで浸かった。
「……この宿、静かでいいですよね。湯も柔らかいし」
「そうですね。お湯が、なんていうか、肌にまとわりつくみたいで温かいです」
「お嬢さん、どちらから?」
「わたし、◯◯市のほうからです。大学がこっちにあって」
「そうなんだ。俺も◯◯市に住んでるんですよ。仕事がそっちでね。奇遇だ」
「ほんとですか。なんだか、すごい偶然ですね」
そのくらいから、わたしの肩の力は少しずつ抜けていった。住民票の話から、駅前の新しいカフェの話、川沿いの道でよく猫を見かけるという他愛のない話まで、湯の熱が二人の声をほどいていく。男はこちらの言葉を急かさず、ただ低い声で「そうなんだ」と柔らかく受け止めてくれた。その声を聞いていると、首の奥が甘く痺れるような心地がして、わたしは泳ぎ続ける心臓をなんとか落ち着けようと、浅く息を吐く。
男は首の後ろの筋肉をゆっくりと揉みながら、湯の上に置いた手のひらで水面を掬うように言った。
「よかったら、この後、俺の部屋で軽く飲みませんか。缶酎ハイくらいしかないけど」
その誘いの言葉を聞いた瞬間、わたしの頭の中には、布団で眠っている優斗の寝顔が浮かんだ。薄暗い部屋の中で、口を半開きにして眠る、あの無防備な横顔。優斗はわたしを信じて、いまこうして安心して眠っている。それなのに、わたしは知らない男の裸を見て、湯の中でこんなにも身体を熱くしている。うしろめたさが胸の真ん中を冷たく刺して、けれど、それ以上に、腹の底の熱は静かに波打っていた。
「……すぐ戻ります」
その声は、驚くほど小さくて、湯気に溶けて消えるかすれ声だった。でも、言ったあとで、ぜんぜん違うことを思っている自分がいるのがわかった。すぐ戻りたいのか、戻りたくないのか、自分でも決められない。男はそれを、にこりとも笑わずに、ただ落ち着いた眼差しで見つめてくる。
「わかりました。それじゃあ、先に上がってます。部屋は廊下の突き当り、いちばん奥です」
脱衣所に戻って、わたしは乱暴に身体を拭いた。バスタオルで押さえるように水分を拭うと、まだ身体の芯が燃えていて、着替える手がわずかに震える。白い下着を身につけるとき、あの縦じわの湿りが、先ほどの湯で薄まっていることに気づいた。でも、もっと奥のほうには、湯とは別のぬめりが絡みついていて、下着の布地が肌に吸いつく。浴衣を着直して、羽織りを引っかけた。
男は先に部屋の外で待っていて、わたしが廊下へ出ると、ゆっくり歩き出した。素足で踏んだ畳が、火照った足の裏に氷のように冷たい。込み上げる鼓動が、耳の奥でとくんと鳴って、二人の足音と重なっては乱れた。時々、作務衣の裾が夜風に揺れて、彼の身体から湯と石鹸の混じった清潔な匂いが流れてくる。わたしはうつむいて、浴衣の襟をぎゅっと握っていた。指先が、自分の脈を感じている。
男は角を曲がり、いちばん奥の部屋の前で足を止めた。障子に月明かりが淡く当たって、白い紙が青白く見える。彼は振り返って、低い声で言った。
「ここです」
わたしは返事の代わりに、小さくうなずいた。隣に立つ男の気配が、肩のあたりに触れそうで触れない距離にある。障子の向こうは暗くて、その暗がりが、呼吸のような静けさでわたしたちを待っていた。浴衣の襟を握ったまま、わたしは自分の心臓が壊れそうなくらい速いのを聞いていた。
第3章 朝方までの深さと反り返る喉

第3章 朝方までの深さと反り返る喉
男が障子を開ける音は、思ったよりずっと静かで、その静けさがかえって背筋を撫でた。わたしは胸の前に抱えた腕をほどけずに、彼の背中越しへ部屋の暗がりを見つめていた。作務衣の肩が、廊下に溜まった夜露のような湿り気を吸い、そこだけ藍を重ねたように色を濃くしている。月明かりが足元へ落ちて、わたしの素足の親指を青白く縁取った。
「どうぞ。散らかってるけど、座れる場所はあるから」
その声は、混浴の湯の中にいたときよりも低く、畳の目に沁みるように耳へ届いた。わたしは首を縦に振って草履を脱ぎ、そっと畳へ足を下ろす。素足の拇指が縁の木目に触れ、廊下で冷えた足の裏が、畳のわずかな線を一本ずつ拾っていく。内側からは、怖れとよく似た震えが込み上げてきた。
部屋の中には、山の夜の匂いと、男が使ったのであろう浴用の石鹸の残り香が薄く混ざっていた。押し入れの扉がわずかに開いていて、敷かれたままの布団が窓からの月明かりをぼんやりと吸い取っている。枕元の低い卓には、無造作に置かれた缶酎ハイが二本、銀色の縁を青白く光らせていた。男は手袋を外すみたいな仕草でその一本を手に取り、プルタブを起こす。ぷしゅ、と炭酸が吐息を漏らす音が、やけに近くで鳴った。
「寒かったでしょ。これ、よかったら」
彼は缶を手渡しながら、わたしの指先を見た。わたしは両手で受け取る。金属の缶はひんやりとしていて、掌の温度がじわりと移り、指先から汗ばむまでの時間がひどく長く感じられた。
「いただきます」
小さく言って口をつけた。グレープフルーツの匂いが鼻の奥へ鋭く抜けて、舌の上で炭酸が弾ける。少しだけ咳き込みそうになって、わたしは唇を袖で隠した。男は同じように缶を傾けながら、喉仏を静かに動かし、低い笑い声を洩らす。
「ゆっくりでいいよ。時間は、まだあるから」
その言葉のせいで、わたしの心臓はまた早鐘を打った。時間はまだある。優斗が眠っているあいだ、わたしはこの部屋にいる。襖一枚隔てただけの場所で、知らない男と酒を飲んでいる。その事実が、飲み込んだ炭酸と一緒に喉の奥でちかちかと灯り、耳の裏まで甘く痺れさせた。
座卓をはさんで向かい合うように腰を下ろすと、浴衣の裾が乱れて、膝から下が月明かりに晒される。白い足首が、自分のものじゃないみたいに青く浮き上がっていた。わたしは羽織りを肩に寄せて、太腿の上で火照った指先を握り合わせる。布越しの肌がしっとりと汗ばんで、内ももが密着するたび、まだ誰にも気づかれたくない湿りが布地へ滲んでいくようだった。
「彼氏と来てるんだよね。お嬢さん、眠れなかった?」
唐突に、その夜のつづきへ踏み込まれた気がした。湯の中で話したこと。同じ町に住んでいるというだけの、まだ名前も知らない相手。そのひとが、わたしの輪郭を確かめるように問いかけてくる。目を合わせるのが怖いのに、彼の焦茶の瞳へ引き寄せられて、わたしは缶の結露を指で拭った。
「……なんか、目が冴えちゃって。お酒も入ってたし、あの、優斗はもう寝てるんですけど」
「優斗さん、って言うんだ」
「あ、はい。半年くらいになる、彼氏です。今日も、わたしのために宿を取ってくれて」
言いかけて、喉のあたりが苦しくなった。優斗のことばかり浮かんで、うまく言葉がつながらない。でも、それと同時に、ずっと胸の底で燻っていた不満が、酒のせいで柔らかくなった唇から滲み出ようとしている。炭酸の細かい粒が、口のなかで弾けるたび、言ってはいけない言葉まで浮き上がってくる。
「優斗って、優しいんです。優しいんだけど……なんかさ、わたしのこと、あんまり見てくれてない気がする」
缶を掌で転がしながら、目を伏せた。自分でも何を言っているのかわからなくなる。ただ、湯の中で見てしまった質量が、まだ視界の裏でゆらゆらと揺れていて、身体の奥がその残像に熱を帯びていく。浴衣の合わせが乱れて、胸元がはだけることにも気づかず、わたしは息を浅く繰り返した。
男は黙って缶を置いた。座卓の木目に、小さな結露がまるい痕を残す。彼の指が、濡れた缶の縁から離れ、ゆっくりとこちらへ伸びてくる。空気を押し分けるみたいに、顎の下まで近づいて、わたしの顔をそっと持ち上げた。指の腹には、障子の桟に触れていたせいか、木の粉のようなわずかなざらつきが残っていて、それさえ肌の奥へ染みこむほど敏感になっていた。
その手のひらは、温泉から上がったばかりの温みを残していて、わたしの冷えた顎をやわらかく包んだ。親指が、唇の端をなぞる。匂いがした。アルコールの甘い匂いと、指先にかすかに残る煙草の匂い。高校の先生の匂いとは違う。もっと深くて、人の体温と混ざった苦い匂いだった。
「綾奈さん、でいいかな」
目が合う。黒に近い焦茶の瞳が、月明かりを吸って、静かに光っている。わたしは何も言えなくて、ただ瞳を揺らした。男はそれを見て、低く囁いた。
「可愛いね」
その声が、耳の奥のやわらかい場所を直接撫でた。首の後ろに細い電気が走って、腰がびくりと小さく跳ねる。次の瞬間、唇に温かいものが触れていた。触れただけで離れ、吐息が唇の上を這い、もう一度角度を変えて、今度は深く唇を重ねてくる。彼の舌が、わたしの唇のあいだを割って、歯列の裏をゆっくりと舐めた。ちゅ、ちゅ、と粘りつく水音が、自分の口の中で鳴っている。優斗のキスとも先生のキスとも違う。わたしの息を最後まで奪い、舌の奥まで味わおうとするような、静かで強いキスだった。肩から力が抜け、縋るように男の作務衣の襟を握っていた指が、じわりと熱を持った。
気づくと、浴衣の合わせは乱れて、肩から胸元にかけて夜気に晒されていた。白い襦袢の襟が開いて、鎖骨のくぼみに細い影が落ちている。男の指先がわたしの肩をなぞり、帯紐を解く。帯がするりとほどけると、浴衣が前ではだけて、薄い肌着と下着だけが身体を守っていた。胸の先が下着の布地に擦れて、ひりひりと熱を持つ。わたしが腕で胸を隠したまま震えていると、男はそれを剥がすように、わたしの両手首をそっと畳へ置かせた。
「手、どけて」
その囁きに、わたしはゆっくりと胸の前から腕を離した。下着の白は月光に青く染まっていて、中心には湯の中で薄まりきらなかった湿りが、縦じわに沿って薄い黄色みを帯びた影をひいている。男は目線を外さないまま、指の腹でその影をなぞった。布越しに、熱い指が、濡れたところへ沈み込む。
ひっ、と喉が鳴った。太腿が締まって、内ももの筋肉がぷるぷると震える。指は布の上から縦にゆっくり行ったり来たりを繰り返し、ぬるついた布地が敏感な場所を擦るたび、腰が浮きそうになるのを畳に押しつけた。頭の奥がじんわり痺れ、口のなかに甘い唾液が湧いて、飲み込む音まで男に聞かれてしまいそうだった。
「下着、膝まで下ろすよ」
男の声は落ち着いていた。なのに、その指だけが水音を立てている。くちゅ、ぬちゃ、と粘液が布と肌に挟まれて、恥ずかしい音を零し続けた。わたしは下唇を噛んで首を横に振る。でも、足を閉じることはできなかった。身体の中から、指をもっと奥へ招き入れたがっている自分がいて、その矛盾が太腿を内側から熱く震わせる。指が下着の縁にかかって、するりと膝まで下ろされる。太腿の間の空気が、濡れた場所をひやっと撫でた。そこから立ちのぼる自分の匂い——海の底で熟れた花が沈んでいくみたいな、甘い生臭さが、わたしと男のあいだに濃く溜まっていく。
男はわたしの腰を抱えて、畳から少し浮かせた。広げられた両足のあいだに彼の身体が入り込み、浴衣の裾がめくれて、腹の下が完全に露わになっていた。男の指がもう一度、今度は直にそこへ触れる。ぬるりとした液体を人さし指の腹で掬い上げて、充血して開きかけた入り口の周りをゆっくりと広げられた。くちゅ、ぢゅ、という粘液音が、夜の部屋にやけに艶めいて響く。男は小さく息を吸い、目を細めた。
「もう、こんなになってる」
一瞬、耳を疑った。先生も同じ言葉を言った。でも、その声は先生の声より低く、困ったように首を傾げて、その後でうっとりした微笑みを浮かべる。羞恥で視界がにじみそうになる。見られてる。わたしの一番恥ずかしいところが、男の指の下でぐちゃぐちゃの音を立てているのを、このひとはちゃんと見ている。呼吸のひとつひとつに、わたしの濡れた輪郭が空気を震わせているようで、耳まで熱くなった。
男が腰を上げた。作務衣の帯を解き、下穿きをずらすと、あの質量が月明かりの下に現れる。硬く反り返ったそれは、湯の中では水のせいで霞んでいたが、いまは剥き出しで、わたしの太腿の付け根を熱い影として圧迫していた。太い。長い。そして先端の色が、アーモンドピンクに充満している。目を逸らさなければと思うのに、喉の奥であの質量が転がり始める。子宮が、ぼんやりと疼いた。男は小さくふっと息を吐き、わたしの開いた腿を押し広げるように跪いた。
男は、その肉茎を指で下から支えて、濡れた割れ目に押し当てた。先端だけで、ぬるぬるの肉襞を押し開いていく。まだ奥には来ない。浅い場所を何度も往復されて、くちゅ、ぬぷ、と音が重なった。身体がもどかしくてたまらず、腰が浮く。その拍子に、亀頭が入り口をこじ開けて、ずぶり、と音を立てて沈み込んできた。男が短く息を詰めて、喉の奥を鳴らしたのが聞こえた。
「あ、あ……っ」
自分でも聞いたことのない声が、喉の奥から溢れた。深い。優斗のそれとは比べものにならないほど深い。先端がまだ先に進んでいる。子宮の口のような場所をぐっと押し上げられて、視界の端が白く明滅する。ずぷ、ずちゅ、という粘液の音が、自分の身体から直接響いてくる。男は一瞬息を止め、汗ばんだ額に薄く血管を浮かせながら、わたしの顔を覗き込んだ。
「……君のなか、熱いよ」
その低い声が腹の底にまで届く。その深さだけで、わたしは達していた。痙攣が太腿から腹へ広がり、背中が布団の上で反り返る。膣が男のものを締めつけ、びくん、びくん、と跳ねる足の裏が畳を掻いた。男は動きを止めて、汗ばんだ額をわたしの肩に押しつけ、長く息を吐いた。彼の呼吸は荒く、それでいて獣の唸り声のように胸の奥で低く反響していた。
「……すごい締めつけ。深いと、いいんだね」
恥ずかしすぎて、言葉にならない。ただ、涙がにじんで、天井の木目がぼやけた。男はわたしの腰を抱え直して、角度を変え、またゆっくりと奥を突き上げた。今度は抜き差しのたびに、奥へこじ入れられるみたいな圧力がかかる。うにゅうにゅうにゅ、と、身体の芯から響くような音を立てて、肉茎が子宮の入り口をこんこんと叩く。そのたびに男の息が「ふっ……ふっ……」とわたしの耳元で熱く跳ね、わたしの呼吸は彼の呼吸に重なって浅くなっていった。
体位を変えられた。うつ伏せにされて、腰だけを高く上げる。うつ伏せになると、顔を枕へ埋めて声を逃がせる安堵の裏で、後ろから無防備に開かれた自分の器官を男の視線がなぞっているのがわかり、背中だけが恥ずかしさで灼けるように熱を帯びた。後ろから、ゆっくりと貫かれると、さっきとは違う角度で奥の壁が抉られた。男が腰を打ちつけるたび、尻たぶがぱんぱんと澄んだ音を立て、その音が恥ずかしくて耳を塞ぎたくなるのに、身体は自ら腰を突き出して奥を受け入れようとしていた。顔を枕に埋めて声を押し殺す。でも、次の抽送で、声はかん高い悲鳴に変わる。
「あっ、ひいっ、ああんっ!……ふ、う……奥、奥、あたってる……」
枕に涎を垂らしながら、わたしは自分の口から零れる言葉を止められなかった。もっと奥まで、もっと深く、自分でも何を願っているのかわからない。男の手がわたしの髪を掴み、首を反らされる。視界が白く回転した。パンパンパン、と肉の打ち合う音が夜の空気を切り裂いていく。腹の下で揺れる乳房が布団に擦れて、乳首が痛いほど尖っている。男の荒い息が、うつ伏せたわたしの首筋に幾度も吹きかかり、汗の雫が背中へ落ちては彼の腹でわたしの肌に塗り広げられていった。
「あ、やぁっ……! そこ、やだ、そこばっかり……っ」
「やめてほしいの?」
耳元で囁かれ、腰の動きが意地悪く緩められる。男の声には笑みと息苦しさが混じっていて、その低い振動が首の産毛をそっと逆立てた。慣れきった身体は、もっと強い刺激を求めて、勝手に腰を男のほうへ揺らしてしまう。その動きが、自分でも恥ずかしかった。彼はそんなわたしの腰を片手で押さえ、挿れたまま耳の裏へ唇をつけて、熱い舌をそっと這わせた。
「や、やじゃない……やめてほしくない……」
言ってしまった。目頭が熱くなって、鼻の奥がつんと痛む。男は微笑む気配を漏らして、一番奥を、ゆっくりと押し上げた。ズゥンッ、と子宮の裏にまで響くような衝撃が走り、わたしは喉を反らして叫んでいた。男の呼吸が一瞬混ざり、低い唸りがわたしの耳へ雪崩れ込む。膣の奥を穿つごとに聞こえる「ングングング」という粘りつく音と、彼の切なげな吐息が、もう何を責めているのかわからなくなるくらい全身を震わせた。
「アァ、イク! ンン、アー! ……また、いっちゃう、ああっ……!」
足先が攣れるほど突っ張って、膣がぎゅうぎゅうと収縮する。自分の中が、男の熱に添ってほどけていく。その感覚が、怖いはずなのにどうしようもなく甘くて、わたしは腰を震わせ続けた。うつ伏せのまま背中を仰け反らせると、男が覆いかぶさってきて、汗ばんだ胸板を背中へ密着させた。彼の心臓の拍動が、わたしの背骨を伝って子宮の奥へまで届くようだった。
その後も、何度も体位を変えられた。仰向けで両足を抱え込まれ、正上位で深く貫かれたときは、顔も乳房も太腿の奥もすべて相手の視線に晒される格好になったせいで、羞恥というより、男の見下ろす表情に呼吸ごと支配されるような息苦しい昂まりが増していった。男は両腕でわたしの腿を抱え上げ、汗の浮いた顔を苦しそうに歪めながら、低い声で「目、逸らさないで」と繰り返した。その度に、奥の奥を突かれて、子宮が甘く痺れるように蠢いた。
横向きで後ろから包み込まれるように抱かれたときは、背中も尻も腿も男の腹に溶けるほど密着して、突かれるたびに全身を抱きしめられているような感覚に溺れた。男の太い腕がわたしの腰を引き寄せ、呼吸のたびに彼の胸が背中で膨らむのがわかる。耳のすぐ後ろで、彼の息が波のように押し寄せ、荒くて熱く、それでいて優しい囁きが鼓膜を湿らせた。わたしは振り向いて彼の唇を求め、舌を差し入れたまま腰を打ちつけられ、快感と窒息感が混ざり合うなかで何度も達した。抱かれるたびに、わたしは覚えのない声を出し、自分の快感の場所を男に教えた。男はそのたびに低く応えて、一番深い場所を貫いた。彼の喉からは時折、苦悶とも愉悦ともつかない深い唸りが漏れ、それがわたしの耳に注ぎ込まれるたび、腹の底がきゅうと締まっていった。
一番奥を突かれた瞬間、意識が飛びそうになった。涙でべたべたの頬を枕に擦りつけて、荒い息を繰り返す。男は一度だけ、低い声で「よく頑張った」と囁いて、わたしの額に唇を押しあてた。舌がゆっくりと、泣きすぎてひりついた唇をなぞる。熱い口づけだった。わたしは痺れたままの腕を伸ばして男の首に巻きつけ、自分から舌を差し入れた。口のなかが、男の味と自分たちの体液の名残でいっぱいになる。彼の舌はまだ名残を惜しむように、わたしの上顎をつうっと撫でた。
時間の感覚はとうに溶けていた。窓の外の闇が、うっすらと藍色に変わり始めている。畳の上に、はだけた浴衣が汗と体液で湿って落ちていた。わたしは男の腕の中で小さく丸まって、自分の呼吸が静かになっていくのを聞いていた。腰の奥にはまだ、深く穿たれた熱の余韻が、とくん、とくん、と別の生き物の心臓のように疼いていた。指一本動かすのも億劫なほど、身体の芯から力が抜けていた。朝方の冷えた空気が、火照った肌の表面をすうっと冷やしていく。男の胸に耳を押しつけると、彼の心臓がわたしの鼓動と違う速さでまだ強く鳴っていて、その不揃いがなぜかひどく心地よかった。
男が、ぽん、とわたしの背中を二度、軽く叩いた。何かを言おうとしたけれど、喉が涙のせいで詰まっていて、うまく声にならない。ただ、彼の胸に額を押しつけて、深く深く息をした。部屋の隅では、飲みかけの缶酎ハイの結露が、畳へ落ちて小さなしみをつくり始めていた。
第4章 膣から垂れる白とすれ違いの微笑み

第4章: 膣から垂れる白とすれ違いの微笑み
「……帰らなくちゃ」
喉の奥から出た声は、思ったより掠れていて、自分のものとは思えないほど小さかった。わたしは男の腕の中で身じろぎし、汗の冷えた浴衣の襟をかき合わせる。彼の胸元からは、昨夜の湯と、肌の上だけで乾いた水の匂いが、浅い眠りのように立ちのぼっていた。
男はすぐには返事をせず、わたしの後頭部に手のひらを当てて、ゆっくりと二度、髪を梳いた。その手の大きさに、身体の奥のほうがまた、とくん、と疼きを返す。瞼を開くと、彼の黒に近い焦茶の瞳が、すぐ上から薄明かりを受けてこちらを見下ろしていた。
「足元、まだ痺れてない?」
「たぶん、平気。心臓がまだ、すごくて」
彼は小さく息を漏らし、わたしの顎をそっと持ち上げた。
「ここを出る前に、ひとつだけ。目を閉じて」
わたしは素直に瞼を下ろす。彼の唇が泣き腫らしたまぶたに触れ、それから鼻先を経て、噛みすぎて熱を持った下唇の真ん中へ重なった。舌は入ってこない。ただ、熱い皮膚と皮膚が、言葉よりもずっと長く、さよならの形を確かめ合っていた。
名残を断ち切るように体を起こすと、膝が笑って、壁に手をついた。男も静かに身を起こし、作務衣の前を軽く合わせる。彼の足の甲に、わたしの体液が乾いて白く濁った痕が残っているのが目に入り、耳の裏がかっと熱くなった。
「後は俺が片しておくから。戻る道、気をつけて」
「……失礼します」
浴衣の帯を結び直し、乱れた襟を直す。部屋の空気を胸いっぱいに吸いこむと、男の匂いと、自分の生臭い甘さがまざりあって、鼻の奥に焼きついた。
障子を引いて外へ出ると、朝の廊下はまだ明けきっておらず、畳が足の裏から夜の熱を静かに吸い取っていく。素足のアーチに、板の目と畳の縁の凸凹が順に当たって、そのたびに自分の心臓が耳の奥で一粒ずつ音を立てた。彼の部屋から自室までの距離が、やけに長く、またやけに短く感じられた。
自室の障子を引きかけると、優斗は布団を半分蹴りあげ、仰向けで口を開けて眠っていた。明け方の薄い光が、汗の乾いた彼の胸元と、放り出された片脚を白く浮かべている。部屋の空気は昨晩と変わらず、酒の残り香と、優斗の精液に似たかすかな匂いが、閉ざされた夜の体温を含んでいた。
その寝顔を見ても、安堵よりも先に、太腿のつけ根のぬめりが意識にのぼる。わたしは優斗を起こさないように、畳の音を殺して浴衣を脱ぎ、露天への硝子戸を引いた。
石の浴槽のふちに腰をかけ、桶に湯を張る。肩からかけた湯は、鎖骨を伝って乳房の谷を濡らし、腹をすべって脚のあいだを撫でた。生温かさが腫れた粘膜に触れた瞬間、内腿がひくりと震える。
二度、三度と桶の湯を脚のつけ根へ注ぐと、膣の奥から、昨晩とは別のぬるみがゆっくりと押し出されてくる。脚のあいだを伝って、岩肌に落ちるまで、わたしはただその白い滴を眺めていた。
ぬるり。
指で拭うと、湯で薄まってもなお糸を引くほど濃くて、指先に男の匂いがまとわりつく。子宮がきゅうと収縮した。昨夜の深さが、まだ身体のいちばん奥に栓をされたみたいに残っていて、足のつけ根から喉の裏まで、一本の熱い線が通っている。彼の質量を飲みこんだ喉の奥が、またあの充満をねだるように疼いて、わたしは浴槽のふちに額を当てた。
奥歯の奥で、びくんびくんと子宮が波打つ。その振動は膝をゆるませ、指先の白い滴を一つ、岩肌に落とした。
身支度を整え、新しい下着をつける。脱ぎ捨てられていた昨夜の白い下着を拾い上げると、中央の縦じわに沿って、うっすらと黄ばんだ湿りの跡が残っている。あの場所はいまも、外側から洗っても消えない熱を内側から滲ませていて、腰をかがめるたびに、太腿の間へ昨夜のぬくもりが戻ってくるようだった。
やがて優斗が寝返りを打ち、畳の上で大きなあくびをした。
「あー……朝か。おはよ、綾奈」
「おはよ。よく眠ってたね」
「朝風呂、気持ちよかった? 俺も起きればよかった」
優斗の声は眠気で少し瀬戸際を揺れていて、昨夜のことを何ひとつ知らない無邪気さで満ちていた。わたしは髪を耳にかけながら、できるかぎりいつものかたちに口元を整えた。
「うん、少しだけ。お湯が柔らかくて、身体がほどけたよ」
「チェックアウトまで、まだある? 俺、もうちょっと寝たい」
優斗は布団の上でもぞもぞと足をすりあわせ、髪をくしゃくしゃと掻いた。わたしは彼の隣に膝をついて、蹴りあがった布団の端を腿のあたりまでかけ直してやる。
「うん、ゆっくりでいいよ。朝ごはん、運ばれてきたら来てね」
その声が、自分でも驚くほど自然に響いた。喉の内側はまだ、あの男の重さが通ったあとの痺れを残していたのに、口元は優斗がいつも見ている彼女の形に動いている。わたしのなかで二つの熱がゆっくりと混ざり合い、どちらが本物かわからなくなる。
朝食の膳が運ばれてきたのは、窓の外の庭が朝日で白く縁取られたころだった。湯豆腐の小鍋がしゅんしゅんと音を立て、味噌汁の匂いが部屋の空気をやさしく変えていく。優斗は箸を割りながら、寝起きの顔のまま焼き鮭を一口で放り込んだ。
「今日、何する? 俺、もうちょっと寝たい」
「うん、ゆっくりでいいよ。バスの時間、確認しとくね」
そう答えると、優斗はふにゃりと笑って、茶碗の飯を頬張った。わたしは湯豆腐を小鉢によそい、湯気の向こうで彼の無邪気な咀嚼を見つめる。昨夜のぬくもりは、こうして隣に座っているだけでも、腹の底で静かに波打っていた。
朝食を終え、荷物をまとめて部屋を出る。帳場へ向かう廊下の角を曲がったとき、反対側から、あの男が歩いてきた。昨夜の作務衣とは帯の色が違っていて、肩にはまだ朝湯の匂いをまとっている。わたしは俯いたまま、目だけを上げて、彼の顔を見た。男も、口元をほんの少し緩めて、黙って一度だけ、まぶたを下ろすように頷いた。それから、ふたりは何も言わないまま、右と左へすれ違う。
すれちがう瞬間、彼の体温が湯の匂いを連れて、肩先をくすぐった。胸の奥がぎゅうと鳴って、子宮の入り口のあたりが、返事のように小さく跳ねる。指先が、浴衣の袖の中で握りしめられる。
チェックアウトを済ませ、ロビーの大きな硝子窓から朝の庭を眺めたが、男の姿はもうどこにも見えなかった。昨夜はあれほど白く埋めていた蒸気は消えて、池のまわりの岩がしっとりと黒く光っている。その静けさが、夢のあとのように胸を刺した。
送迎バスが来て、優斗が窓側に座り、わたしはその隣に腰掛けた。彼は「空、すごく高いな」と言って、外の斜面を眺めている。エンジンの振動がシートを這い上がって、腰の奥に残っていた熱を、そっと揺さぶるようだった。わたしは窓の外に目をやって、山道を流れる光を何も考えずに受けとめるふりをした。膝の上に置いた手のひらを、もう一度、そっと握りしめる。手のひらのなかには、彼の肌の温度だけが、小さな熱としてまだ残っている気がした。
第5章 既読の青と優斗の前の笑顔

第5章: 既読の青と優斗の前の笑顔
送迎バスを降りて駅の改札をくぐるまで、わたしは自分の足がちゃんと地面を捉えているか、ときどき疑うような心地で歩いていた。昼過ぎの駅舎は山帰りの客でほどよく賑わっていて、誰のものでもない笑い声や、あたたかな蕎麦つゆの匂いが改札の向こうから流れてくる。優斗は切符を二枚買うと、片方をわたしの掌に握らせて、空いているホームの端を指さした。
「帰り、座れそうだよ。あっち、空いてる」
彼の声には眠たげな明るさがあって、昨夜の何も知らないまま、ただ充足した休日を終えようとしている。わたしは「ありがと」と短く返して、彼の隣に腰を下ろした。シートの布地が、浴衣の下でじっとりと火照ったままだった太腿の裏に張りつく。列車が静かに滑り出すと、腰の奥にまだ男の熱が栓をされたみたいに残っていて、それがレールの繋ぎ目を越えるたび、ちいさく、しかし確かにうごめいた。
窓硝子に映るわたしの顔は、ひどくぼんやりしている。頬の火照りはもう引きかけたのに、目のあたりだけに昨晩の名残りが澱のように漂っていて、優斗が映り込まないよう、わたしはそっと顔を伏せた。
バッグの中から、短い震えが腿に伝わってきた。スマホの着信。指先がまだ自分のものではないみたいにぎこちなく動いて、取り出した画面には、見知らぬ番号からのLINEが一行だけ浮かんでいる。
「今日は寒いね。風邪、ひいてない?」
心臓が、胸の裏側から押し上げられるようにして跳ねた。電車の揺れよりも強い波動が、乳の谷から下腹まで一気に落ちていく。この番号を知らないはずなのに、そのいちばん初めの言葉を見た瞬間、書いた相手が誰かなんて考える必要もなかった。あの低い声が、耳のすぐ後ろで吐息を混ぜるように、この文字を喉の奥へ読み上げてくる。身体の芯が、じわ、と熱を発して、白い下着の中央が昨日の記憶に応えるように湿る。
優斗が、隣で身じろぎした。それまで窓の外の流れる景色をぼんやり眺めていた彼の視線が、わたしの手元へ近づいてくる。無邪気なだけの視線ではない。わたしがスマホを握ったまま呼吸を止めていることに、なにかしらの綻びを嗅ぎつけたような、優斗にしては珍しくためらいを帯びた気配だった。
「……綾奈、さっきからそれ、誰から?」
問いかけは、いつものように明るくはなくて、まるで眠っている子を起こすみたいに慎重だった。わたしは返事の前に、画面を伏せる仕草をしてしまった。その動作が、自分で思っていたより大げさで、隠すものが何かあると白状しているかのように映ったはずだ。
「ううん、サークルの子。明日の課題、忘れてないかって。……私、グループのまとめ役になってるから、よく連絡来るんだよね」
笑ってみせると、口の端だけが少し引き攣れた。優斗は「そっか」とだけ言って、それから何かを探すようにわたしの目を覗き込もうとした。彼の手が、ひざの上で一度だけ小さく動いて、それから何かを飲み込むように指を閉じた。彼はきっと、続く言葉を探していた。けれど、わたしが浮かべた笑みがあんまり静かで、問い詰めていいものかどうか、その真ん中で迷っているようだった。
「……別に、いいんだけど。……なんか、綾奈、最近スマホ見るとき、顔、ああやって暗くなるよな」
優斗の声は、責めるというより、置いてけぼりにされた子犬が尻尾を垂らしているような、くぐもった響きだった。彼の大きな手が、所在なさげに後頭部を掻く。その指の動きに、わたしは「気のせいだよ」と軽く首を振りながら、まだ熱を帯びたスマホの裏側を両手で包んだ。伏せた画面に、あの文字が残っている。そのことだけで、膣の奥がきゅう、と疼いて、わたしは指を強く組んだ。
「心配しすぎ。電車、ちょっと揺れるから、画面見てるだけでも酔うんだって」
わたしはできるだけ普段の調子で笑って、シートに背を預けた。でも、優斗はそれ以上何も言わなかった。ただ、わたしの横顔を一瞬だけ見つめてから、観念したみたいに視線を窓へ戻す。その横顔に、小さな曇りが残っているのがわかって、わたしは胸の奥がきゅっと冷たくなるのを感じた。彼はわたしの嘘を信じたわけじゃない。本当のことを尋ねるのが怖いから、そっと手を離したのだ。それが、優斗という人の優しさの形だった。
「そっか。それならいいんだけど」
ようやく返ったその声には、先ほどまでの明るさはもう戻っていなくて、彼は言葉の端を噛むように呟いた。わたしは何も言えず、窓硝子に映る自分の顔から目を逸らした。電車は次の駅へ向かって加速していく。規則正しいレールの音だけが、ふたりの間に横たわった沈黙を埋めるように、しつこく胸の鼓動と重なっていた。
「帰りにお茶してかない? 電車、乗り換えまで時間あるし」
しばらくして、優斗がひどく優しい声でそう言った。彼はほんとうに、わたしと一緒に帰り道をゆっくりしたいだけなのだ。その優しさが、いまは薄い硝子の刃みたいに胸を浅く刺す。昨夜の男の手が、わたしの太腿のいちばん柔らかい場所を割り開いた温度を、まだ身体が憶えている。この掌が、あの手を、深さを、熱を、まだ鮮やかに覚えている。それなのに、隣に座る彼の指先はこんなにも温かく、わたしを疑うまいと必死に何も見なかったふりをしている。
「うん、行こ。でも、そろそろ平気。あたし、昨日ちゃんと寝てないから」
優斗は「そうだよな、夜遅かったもんな」と納得して、それから少し申し訳なさそうに髪を掻いた。昨夜、わたしが眠れなかった理由を、彼は何ひとつ知らない。知らないまま、眠そうな目をこすって、窓から射す午後の光に溶け込んでいる。
その日の夜、ワンルームの自分の部屋に戻ったわたしは、洗濯かごへ放り込んだ下着のことを思い出さないふりをして、ベッドの縁に腰掛けていた。優斗からはつい先ほど「おやすみ、明日な」とだけ連絡が来ていて、既読をつけた画面が、いまは静かにロックの時計を浮かべている。カーテンの向こうで、十一月の夜風が窓を小さく鳴らした。
あの見知らぬ番号のトーク画面を開くまでに、たっぷりと時間がかかった。指先が、何かを決意したみたいに震えている。いや、決意なんてとっくに済んでいた。わたしは宿を出た瞬間から、どちらを選ぶか知っていたに違いない。トーク画面を開くと、先ほどの言葉の下に、もう一言だけ短く、しかし夜の闇より深く光る文字が並んでいた。
「また、会いたいな」
たった七文字。余計な飾りも、急かす響きもなく、まるで昨日の体温をそのまま文字に変えたような一文だった。わたしは画面の上で指を二度、三度と滑らせる。既読の青が、文字の下までいちどに染みて、その青を見つめているうちに、下腹の奥からじわりと熱いものが滲んできた。昨夜と同じ、湯より濃い温度。男の舌が首の後ろを刺すように這った感覚。腹のいちばん奥をこじ開けられて、自分が自分の輪郭から溢れていった悦と痛み。思い出しただけで、太腿のあいだに置いた指先へ、自分のぬめりが少しずつ押し寄せてくる。
部屋はしんとしていた。優斗がいたら、この青い画面はきっと真っ先に消されていただろう。あの無邪気な顔の前で、わたしはちゃんと彼女でいられる。いや、いられるようになった。それが、いちばん苦しい。
一週間が過ぎるのは、早いようでいて、夜だけがやけに長かった。昼間のわたしは、これまで通り優斗の隣で笑い、カフェの新作を注文して、大学の下校路で並んで歩いた。彼が話しかければ、ちゃんと相槌を打って、眠り草のような笑顔を返す。でも、心のどこかが常にスマホの通知音を待っている。優斗の体温が近づくと、別の男の厚い胸板の温度を無意識に探してしまい、そのたびに自分を責めた。責める心と、あの青い画面を開く指は、ぜんぜん別の生き物みたいにちぐはぐに動いている。
十一月半ばの夜。優斗がリビングのソファでゲームをしている背中を、半開きの扉越しに眺めながら、わたしは自室の暗がりにいた。外では、あの宿で嗅いだ夜気よりずっと乾いた風が、低い音を立てて通り過ぎていく。部屋の空気は、洗濯したての柔らかな匂いと、肌に付いた保湿クリームの甘さが混ざっていて、あの夜のように硫黄の蒸気が立ちこめることはない。
それでも、湯けむりの記憶は消えない。客室露天の白い靄、湯を伝う岩肌、障子越しに青く差した月明かり。眼を閉じればいつでも、あの質量が喉の奥で転がる感触まで戻ってくる。お湯で薄まらない、男の精液の匂い。自分の中から溢れたものを、自分の指で確認したときの羞恥と、子宮の奥がきゅう、と収縮する感覚。あの温もりがいま、部屋の空気を重くする。
スマホの画面を開き、トークの末尾に返事を打った。長文にするのは、なんだか負けを認めるみたいで、でも短すぎるのも大人になりきれない女の子の照れ隠しに見える。結局、一晩かけて指先が選んだのは、ごく短い、けれどその後のすべてを孕んだ二言だった。
「わたしも。あの日みたいに、また」
文字を清書するように打ち直して、送信ボタンを押す。ぶる、と指先へ走る一瞬の震え。画面の青が、送った言葉の下へ広がっていく。既読にならない青。いや、これはきっと待たせることを知っている男の、静かな答なのだ。
優斗のゲームの効果音が、壁一枚越しに遠く賑やかで、それがいまほど頼りなく感じられる夜もなかった。わたしはスマホを両手で包むようにして、胸の前へ引き寄せた。画面の熱が、レースの胸元を抜けて、心臓の上に小さな青い火を灯す。返事の気配はまだない。それでも、送信された青の先に、自分が確かに置かれている。彼の「また、会いたい」が、いまこの胸の奥で、ゆっくりと芽吹いている。
カーテンをすこしだけ開けると、十一月の夜空に、ぼんやりと白い月が欠けていた。湯けむりに霞んだ月とは違う、澄みきった孤独な光。わたしはその光を見つめながら、スマホを胸に当てたまま、返事を待つ鼓動を静かに数える。とくん、とくん。鼓動は昨夜の男の抽送のように深く、いまはただ、秘密を抱えた日常の内側で、規則正しく疼き続けている。
優斗がリビングから「腹減ったなあ」と間延びした声を洩らした。わたしは振り返らず、小さく「あとで何か作りなよ」とだけ応えた。声は、自分でもぞっとするほど平らかで、そのまま壁に吸われていく。画面を胸に当てたまま、もう一度だけ、月よりも青い、既読の光を見下ろした。
登場人物
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綾奈 あやな女性 ・ 20
外見: 柔らかなショートボブの黒髪、焦げ茶の瞳、白磁のような色白の肌、華奢だが胸元と腰に丸みを残した体つき。服装: 淡いピンクのニットにフレアスカート、白い綿の下着。優しく気遣いのできる性格だが、身体の奥に渇きを隠している。
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優斗 ゆうと男性 ・ 21
外見: 短く跳ねた黒髪、明るい茶色の瞳、細身だが肩幅のある体躯、日焼けした肌。服装: 白Tシャツにデニム、大学生らしいラフな格好。誠実で綾奈を喜ばせたい一心の性格だが、相手の気持ちを読む繊細さに欠ける。
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増田洋平 ますだ ようへい男性 ・ 27
外見: 短く整えた濃紺の髪、黒に近い焦茶の瞳、広い肩と厚い胸板、落ち着いた低い声。服装: 紺の作務衣に旅館の下駄、普段はグレーのジャケットにシャツ。丁寧な物腰の奥に、相手を焦らさない余裕を漂わせる。





