大学時代の友人が酒の席で、俺の清楚な恋人が彼のセフレだった一年を語り、一時間のフェラと青姦とアナル中出しの記憶に俺が嫉妬と勃起を同時に味わう話
あらすじ
初めてできた恋人は、清楚で控えめで、身体を許すまで三ヶ月。そう信じていた。ある日、大学時代の友人が酒の匂いをまといながら、彼女の過去を薄ら笑いで語り出す。知りたくなかった淫らな記憶の数々。穢れた感情は吐き気を連れてきて、それでも男の身体は正直に熱くなる。嫉妬と愛情が溶け合う夜を、一人称の内面へ引きずり込むように描く官能小説。
第1章 三年ぶりの再会が、恋人の指先を冷たくさせた

第1章: 三年ぶりの再会が、恋人の指先を冷たくさせた
十月の夕方六時、空気はもう秋の芯を持っていた。駅前の雑居ビルへ続く短い横断歩道を渡りながら、俺は隣を歩く友梨佳の手を握っていた。付き合い始めて五ヶ月、彼女の細い指を自分の手のひらに収めることに、ようやく慣れてきたところだった。彼女の指先はこのところずっと温かく、俺の手の中でおとなしく折り重なっている。それが、俺にとっての幸福の重さだった。
「どの店にする?」
ビルの入り口に差しかかり、俺は彼女の横顔へ声をかけた。白いブラウスの襟元から、くっきりと浮いた鎖骨のくぼみが覗いている。薄い骨ばっていない肩には、耳の横で銀のピンが光っていた。焦げ茶の髪が頬のあたりへやわらかく垂れ、彼女は控えめに笑って答えた。
「あなたが行きたいところでいいよ。わたし、どこでも」
「じゃあ、前にも行った焼き鳥の店にするか」
そう言うと、友梨佳は俺の顔を見上げて、目を伏せたまま頷いた。笑うときに目を伏せる癖は、初めて会ったときから変わらない。慎ましやかで、どこか放っておけない。そんな彼女の仕草に、俺はいつも胸の奥をくすぐられる。
雑居ビルの間へ続く細い路地を進むと、焼き鳥の煙がゆるく漂ってきた。焦げた脂の匂いと、醤油だれが炭に落ちる匂いが混じりあって、夕方の空気に食欲を浮き立たせる。のれんの下には橙色の灯りが漏れ、ガラス戸の向こうに客の背中が並んでいた。
「もうそろそろ入れるかな」
俺がのれんをくぐろうとした、まさにその時だった。
「お、篠崎か。久しぶりだな」
背後から、聞き覚えのある低い声が俺を呼び止めた。振り返ると、大学時代の友人、相澤秀斗が立っていた。黒のカットソーにジャケットを羽織り、ダークグレーのスキニーを履いている。柔らかく癖のついた茶髪を無造作にかき上げながら、細い銀縁の眼鏡の奥で切れ長の瞳を細めていた。三年ぶりに会う相澤は、大学の時よりも少しだけ痩せて、頼りない印象が強くなっていた。けれど、あの軽薄そうな笑い方は少しも変わらない。
「お前、相澤……。元気にしてたか」
「まあな。東京で働いてるよ。そっちこそ、彼女とデートか。へえ、お前にもちゃんと彼女ができたんだな」
相澤がそう言って、俺の隣へ立つ友梨佳へ視線を移した。その瞬間だった。笑っていた相澤の唇の端が、ほんの一瞬、ぴくりと引きつったように見えた。
気のせいだろうか。
友梨佳は、相澤の顔を見た瞬間、黙って俯いた。俺の手の中で、彼女の指が強張る。いや、強張るというよりは、逃げるように力が抜けて、細い関節が小さく震えていた。
「知り合いか?」
俺は乾いた笑いを浮かべながら、二人の顔を交互に見た。
「いや、初対面だよ」
相澤が答えた。返事が妙に速い。まるで、あらかじめ用意していた言葉を吐き出すみたいに、彼の声だけが軽く弾んでいた。
「わたしも……知ってる人に似てただけ。初見だよ」
友梨佳が、消え入るような声で続けた。彼女の左手はスカートのプリーツへ沈み、白い布の上で指先が何かを必死に隠すように動いている。右手はまだ俺の手の中にあるのに、彼女の体温だけが、すっと遠くなった気がした。
そのとき、ビルの合間を風が抜けて、焼き鳥の煙が流れてきた。白いもやが二人の輪郭をむしり取るように掠めていく。煙の向こうで、相澤の眼鏡の奥が一瞬だけ光った。
「まあ、ゆっくりデート楽しめよ。俺も彼女と待ち合わせで、そこの居酒屋にいるからさ」
相澤はそう言い残し、軽く手を上げて路地の奥へ消えた。ポケットに突っ込んだ左手が、黒いジャケットの裾を揺らしている。俺はそれを見送りながら、隣の友梨佳の横顔を盗み見た。彼女はまだ俯いたまま、唇を小さく引き結んでいた。鼻すじが青白く、耳の後ろの産毛が汗ばんでいるのが、夕暮れの残り灯りでやけにはっきりと見えた。
友梨佳の手を握り直す。彼女の指先は、さっきまで俺の手の中で温かかったはずなのに、いつの間にか氷みたいに冷たくなっていた。
「寒いか」俺は訊いた。
「ううん、平気」
そう答えたきり、友梨佳は目を合わせようとしない。俺はその手を離せずに、冷えた指をゆっくりと揉むように撫でた。
のれんの下をくぐり、カウンターの隅へ並んで座る。店内は焼き鳥の煙と油の匂いがむっと渦巻いていた。壁に貼られた品書きには手書きの筆文字がならび、目の前の炭火から時おり火の粉が散る。友梨佳は俺の右隣で小さく膝を揃え、メニューを開いたまま、火のほうをじっと見つめていた。
「飲み物、どうする?」
俺が声をかけても、応答までに一拍の間があった。
「え……ああ、ごめん。わたし、梅酒にする」
「そんなに上の空で、ほんとに梅酒でいいのか」
冗談めかして言うと、友梨佳はやっと目を伏せて笑った。
「いいの。梅酒でお願いします」
彼女の声は柔らかく、少しだけ震えていた。隣で聞いていなければ気づかないような、浅い呼吸の揺れ。それでも、彼女の笑った顔はいつも通りに整っていて、俺はそれ以上、何かを問い詰めることができなかった。
最初の一杯が運ばれてくるまでのあいだ、俺たちはごく当たり障りのない話をしていた。会社のこと、今日の天気のこと、友梨佳が最近このあたりで買ったという秋物のカーディガンのこと。彼女はひとつひとつに「そうだね」「うん」と短く返し、俺の目を見ないまま、グラスの水滴を指先で拭っていた。そのたびに、スカートの裾から伸びた白い太腿が薄闇のなかで浮かびあがる。俺は視線を逸らすことで、彼女の無防備な白さに触れてしまいそうになる自分を押しとどめた。
「ねえ、さっきの人」
ようやく友梨佳が口を開いた。細い人差し指が、なおもグラスの表面をなぞっている。
「ほんとに、知らない人?」
その質問に、友梨佳はしばらく黙った。炭火のはぜる音が、二人の間に積もった沈黙の上でぱちぱちと鳴る。やがて彼女は、絞り出すような声で言った。
「うん。見かけたことは、あるかもしれないけど。でも、知らない人だよ」
そう言った彼女の指先が、また震えていた。今度ははっきりと。細い爪の先が、ガラスに張りついた水滴を滑って、白い布の上へ落ちる。俺はそれを見ていることしかできなかった。
デートのあいだ中、友梨佳は俺の手を握り返そうとしなかった。いや、握れなかったのだと思う。手を繋ぐときに、彼女はいつも自分の指を俺の指のあいだへ絡めて、小さく力を入れる。けれどこの夜、彼女の手はただ開かれたまま、俺の手のひらに置かれただけの、ぬるい物体みたいに横たわっていた。その感触だけが、居酒屋を出てからもずっと、俺の右手にべったりと残っている。
店を出たのは七時半を少し回った頃だった。すっかり夜になった駅前は、行き交う人の影が長く伸び、電光掲示板の光が白く路面を這っていた。酔客の笑い声、風に煽られる看板のわずかな軋み、遠くで鳴る救急車の音。それらが背景の雑音となって、俺たちの歩調にまとわりつく。
「送ってくよ」と俺が言うと、友梨佳は小さく首を振った。
「大丈夫。駅まででいい。今日は、なんか、ごめん」
「別に謝ることじゃないだろ」
「ごめんね」
彼女はそれ以上、何も言おうとしなかった。俺の隣を、半歩うしろから歩いている。白いブラウスの襟元が街灯の下で時おり光り、首すじの産毛が逆光にちかちかと透ける。友梨佳の体温だけが妙に遠い夜だった。
駅前で立ち止まったとき、彼女はスカートのしわを何度も伸ばしてから、右手を俺の手からそっと外した。細い指先は、もう震えていなかった。ただ、冷たいだけだった。夜の空気と同じ温度にまで冷えきった彼女の手は、俺の手の中で静かに眠っている。そのくせ、心のどこかだけが、俺から見えない場所へ逃げてしまったように思える。
「気をつけてね」
「また連絡する」
「うん」
友梨佳は振り返りざま、一瞬だけ俺を見て、それからすぐに目を伏せた。その伏せ目が、ここではないどこかを見ているように見えたのは、きっと気のせいではなかったはずだ。
人混みに紛れていく彼女の背中を見送りながら、俺は酒場の油の匂いがまとわりついた自分の指先を鼻へ近づけていた。それは、友人でも恋人でも知りようのない、俺だけの疑いだった。そして、知らなくていい面を知ってしまったのかもしれないという、浅い胸騒ぎ。それはまだ名前を持たない棘となって、俺の胸の奥へ細く突き刺さったまま、夜のどこかで疼いていた。
第2章 焼酎の匂いごと吐き出された、彼女の隠れた一年

第2章: 焼酎の匂いごと吐き出された、彼女の隠れた一年
十一日後、俺は新宿の小さな居酒屋で相澤秀斗と向かい合っていた。カウンターの隅に並んだ丸椅子ではなく、今回は奥まった壁際のテーブル席だ。天井からぶら下がった裸電球が橙色の輪を作り、曇ったガラス越しに、俺たちの間へと細く落ちてきていた。呼び出しの連絡が来たのは、会社を出た直後の午後七時を少し回った頃だった。彼は「話したいことがあるから、新宿でどうだ」とだけ言い、あの再会から十一日間、こちらが何度も反芻していた違和感へ、ようやく名前をつける機会を差し出してきたように見えた。
店は細長い土間の奥に、四人がけの木の卓が八組ほど並んでいる。古い家屋を改装した造りで、壁には黄ばんだ酒のポスターが何枚も重なり、その上を調理場からの白い蒸気がゆるゆると這っていた。相澤は向かい側の黒いクッションに背中を預け、薄いカットソーの袖を肘までまくり、眼鏡の弦を指先で直す。
彼は先に焼酎を頼んでいた。俺の目の前にも、薄く曇ったグラスがひとつ置かれる。手のひらで包むように持ち上げると、ひんやりとした冷たさが指の内側へ沁みてきた。
「急に呼んで悪かったな」
相澤が低い声で言い、自分のグラスを傾ける。焼酎をあおるたび、彼の喉仏がゆっくり上下して、酒精のきつい気配が卓を越えて届いた。飲むときに半ば閉じかけた眼鏡の奥の瞳が、値踏みするようにこちらを覗いている。あの再会の日、焼き鳥屋の前で友梨佳へ向けた一瞬の舌なめずりのような視線が、頭の片隅で白く浮いた。
俺はまだ口をつけられない。十一日前、駅前で友梨佳と別れてからというもの、彼女の冷えた手の感覚が体のどこかに刺さったままで、こうして相澤と向かい合っている今も、壁に貼られた酒のポスターの端が妙に不自然に波打って見える。油の匂いと煮物の香りが混じった空気を吸い込むたび、焼酎の青くさい刺激が喉の奥を撫でていく。
「あの子、お前の彼女だろ」
相澤が唐突に本題を切り出した。店の奥から食器の重なる音が届き、カウンターの客が笑う声が壁を這ってくる。それらの雑音が、やけに輪郭を失くして耳障りになってくる。彼はグラスを置き、人差し指で水滴を拭いながら続けた。
「大場友梨佳、だよな。前、駅前で見たとき、お前の横にいた子」
俺は何も返せなかった。唾を飲む音が、自分の頭の内側で異様に大きく響く。
「あのさ、先に謝っておくわ。お前には言うつもりなかったんだけど、この前会ったら、やっぱり黙ってるのも居心地悪くてさ。お前、結構本気っぽそうに見えたし…」
相澤の声はゆっくりとしていて、ところどころ酒の熱で舌が鈍っている。グラスの中の透明な液体が卓上の振動で小刻みに揺れている。
「俺、付き合ってたっていうか、セフレだったんだよ。彼女が自分から来たんだ」
その言葉が耳の奥へ落ちるまで、おそらく数秒の遅れがあった。居酒屋の空気が一瞬だけ薄くなり、隣の席の笑い声が急にひっくり返ったように聞こえる。セフレ、という言葉が、店の油と汗の匂いにまみれた湿度のなかで、妙に粘っこく浮いた。
「何言ってるんだ」
俺はようやく絞り出した。喉が焼けている。声を出すと、焼酎の匂いが口の中から逆流してきそうだった。
「お前、彼女のこと知らないって、あのとき」
「そりゃ、彼女の前だから言えないだろ。お前、あのとき隣に立ってただろ。あの子もさ、俺を見た瞬間、顔が固まってたじゃん。あれは知らない振りしてる顔だよ」
相澤は薄く笑った。唇の端だけを歪ませて、眼鏡の奥で切れ長の瞳がこちらの表情を舐める。その笑い方には、あの再会のときと同じ、こちらの反応を楽しむような淡い光があった。友人の薄ら笑い。たぶん、彼が女の話をするとき、いつもこういう顔になるのだろう。
「あの子、付き合う前の話なんだけど。俺、大学の後輩の飲み会で初めて会ったんだよ。で、後日連絡が来て、会ってほしいって。言ってること分かるか。あの子の方から俺を呼び出したんだぜ」
相澤の指が、空いたグラスを弄んでいる。爪の先でコツコツと縁を叩く微かな音が、俺の耳へ異様にやかましく響く。
俺の頭の中に、友梨佳の姿が勝手に浮かんでくる。会社の帰り、駅の改札で小さく手を振っていた彼女。白いブラウスの肩が薄暗い構内の灯りに浮かび、耳の横の銀のピンがちかりと光っていた。五ヶ月前、最初に手を握ったとき、彼女は「あの、わたし、そういうの、全然慣れてなくて」と俯き、指先を強張らせていた。その細い指が、今は別の男の前でどれほど悩ましく動いたのかを知りたくないのに、耳の奥の奥で、誰かがこじ開けようとしている。
「で、会ってみたら意外と普通の子でさ。わりと清楚っていうか、地味めだけど可愛いし。なのに飯食って二軒目行ったあと、俺がホテル誘ったら、嫌とは言わなかった。あの子、あの化粧っ気の足りない顔で、俺のあとをくっついてくるんだぜ」
相澤は声を落とし、店内の騒がしさの中へ言葉を埋める。まるで、俺以外に聞こえてはならない話であるかのように。けれどその瞳は、俺の耳へ一語ずつ刻むように動いている。
「初デートでやらせたくれたよ。ホテルの白いシーツに座らされて、あの子、脚を開くの。絶対に嫌がるって思ってたからこっちも引いたけど、でもまあ、可愛いし、若いし。身体がきついんだ。見かけによらず締まるっていうか、俺の知ってる子の中で一番いいほうだったな」
喉の奥が灼けた。胸の真ん中に、ぬるい焼酎を一気に流し込まれたような熱さがあって、それが胃から腹へ、腹から太腿の裏へと下りていく。俺は自分の拳をテーブルの下へ隠し、固く握った。手のひらに爪が食い込む。太腿の上に、じわりと汗が滲んだ。それは店の蒸し暑さのせいではなく、もっとおぞましくて熱い、自分自身の内側から湧くものだった。
「お前、彼女とそういうことしてるのか」
俺の問いは、自分でも驚くほど低く、平坦だった。鼓動は耳の裏で早くなっている。口の中に、さっき香りだけ吸い込んだ焼酎の苦味が広がっている。
「してたんだよ。お前と付き合う前の一年近く。ほぼ毎日呼び出したな。忙しくない夜はだいたい会ってた。あの子、社会人になったばかりで疲れてるのにさ、俺からの連絡には二つ返事で来るわけ。今日も会えるかって聞いたら、会えるって。本当、便利な子だったよ」
相澤が笑った。声を立てず、喉の奥でくつくつと転がす低い嗤い。そのたびに青くさい酒の匂いが、まるで彼の内臓の奥から立ち昇るように、俺の鼻の下まで這ってくる。俺は思わず、グラスへ手を伸ばした。一口飲もうとして、氷の角が唇を押す。常温に近い焼酎が口へ入り、喉を焼けどするように流れていった。
「最初は可愛いなと思ってたよ。抱き心地も声も好みだった。ただな、あの子、どんどんいうこと聞くようになってさ。嫌がらないんだよ、何やっても。物足りなくなるっていうか、すぐ飽きるんだ。それで俺からはなんとなくダラダラ続けちゃって。俺のいう通りにしていれば、彼女にしてくれると思ってた節があるな」
相澤の指が、空いたグラスの結露を拭っている。その指先は、女の肌の位置を確かめるようにゆっくりと動いていた。俺は友梨佳の細い指先を思い出す。十一日前、焼き鳥屋の前で相澤と別れたあと、彼女の左手がスカートのしわに沈み、白い布の上で小刻みに震えていた。あれは知らない人を見たからではない。相澤という男に、過去の自分を暴かれかけた女の手だったのだと、ようやく腑に落ちてくる。
「でも、お前は三ヶ月待ったんだろ。大場、お前に話したみたいじゃん。そういうの全部。俺のときは全然待たなかったぞ。むしろ、早くホテル行かないのかと思ったくらいだ。女のそういう線引きって、ほんと分からないよな」
相澤はこともなげに言う。グラスをあおり、空になると手を上げて追加を頼む。彼の喉がまた上下し、酒の気配が濃くなる。卓の上に置かれた俺の手帳の角、箸おき、醤油皿、それらが油膜を張ったように鈍く光っていた。
「あいつには言うなよ」
相澤が突然、声の調子を引き締めた。笑いの色を薄めた瞳が、俺の顔をまっすぐに見てくる。
「お前にだけは、言っておきたかったんだ。そのほうが誤解ないし。あいつ、今お前とちゃんとやってるみたいだから。まあ、だからなんだよ。呼び出して済まなかったな」
彼の声は低く、心の奥の本当に薄い膜のようなところを爪でたてる。俺はもう、隣の客の笑い声も、調理場の油の跳ねる音も、遠くのドアの開閉も、何もかも輪郭を失くしたような気がした。俺の中では、十一日前の友梨佳の横顔と、五ヶ月前にやっと触れた彼女の手の重さが、ぐるぐると渦を巻いている。彼女が俺に見せていた三ヶ月という歳月。それが何だったのか、心の底の冷たいところへ沈めても、喉の奥には焼酎の匂いが強く残っていた。
相澤は薄ら笑いを浮かべたまま、追加の焼酎を口元へ運ぶ。俺は逃げることもできず、続きを聞くこともできぬまま、太腿の上で無意味に濡れた拳を握りしめていた。店の奥で皿が割れる音がして、一瞬の静けさが冷たく下りてくる。やがて、また酔った客たちの笑い声がぬるい空気を揺らし、俺と相澤の間だけが、夜の底へ閉じ込められたように沈黙していった。
第3章 六百発という数字が、三ヶ月の愛を巻き戻していく

相澤は空になったグラスを卓に置くと、細い指で眼鏡の弦を押し上げた。薄い唇の端が、あいかわらず中途半端に吊り上がっている。店の奥から届く食器の音が、やけに遠い壁の向こう側で鳴っているようだった。俺の前の水割りはもう生ぬるく、溶けかけた氷がグラスの縁をちりちりと鳴らすだけだ。焼酎の気配が鼻の奥を刺したまま、ずっと消えてくれなかった。
「俺、途中からあの子のこと、道具みたいにしか見てなかったわ。いや、本人には言わないけどな。でも、呼べば来て、言えば何でもやるって分かってる女って、案外つまんなくなるよ。だからこっちもエスカレートするしかないだろ。普通のセックスじゃ、もう満足できなくてさ」
相澤が低く嗤う。喉の奥でくつくつと転がすような笑い声が、酒の匂いと一緒に俺の顔へ届いた。油の匂いが染みついたテーブルの木目を、彼の白い爪先がなぞっている。俺は息を詰めたまま、目の前でゆっくりと開かれていく記憶の穴を覗き込むしかなかった。
最初に来たのは、言葉よりも先に、指先の感覚だった。相澤が「道具みたいにしか見てなかった」と口にした瞬間、俺の右手の指が、まるで自分のものではないみたいに硬くこわばった。テーブルの下で太腿の上に置いた拳が、じわじわと熱を帯び、そのまま小刻みに震え出す。友梨佳を、あの静かな笑い方をする彼女を、道具。相澤の舌がその言葉を転がすたび、胸の真ん中に細い釘が一本ずつ打ち込まれていく。怒りは音もなく四肢へ広がって、耳の奥で血流がどくどくと脈打った。殴り返してやりたかった。この薄ら笑いを浮かべた男の顔に、拳を叩きつけてやりたかった。だが指は震えるだけで、握り直すたびに爪が掌へ食い込み、その痛みだけが妙に生々しく俺を席へ縫い留めた。
「一時間ぶっ通しでしゃぶらせたこともあったな。部屋のソファに座らせて、膝の上で頭を上下させてさ。一回出しても、まだ足りなくて二回目狙って。ああいうの、女は飽きちまうだろ。口も疲れるし、顎だって外れそうになる。でもあの子は一度も嫌な顔しないで、俺の出が悪いと逆に焦ってたくらいだ。お前の彼女、そういう顔するだろ。下から見上げて、目を細めて、唇の端つけてきて。あれ、すげえ健気だよな」
相澤の語り口は、さっきまでの自慢げな軽さをわずかに薄めて、まるで当時の感触を丁寧に舐め直すような、ねっとりとした懐かしさへ変わっていた。彼は細い指を宙に泳がせ、何もないところに友梨佳の輪郭をなぞる。
「あの子の舌、あったかくてさ。口のなか、すんげえ狭いんだよ。先が喉の奥に当たるたびに、鼻で息するのが苦しそうで、それがまた可愛くてさ」
俺の頭の中に、友梨佳の伏せがちな目が浮かんでくる。笑うときに口元をほころばせ、恥ずかしそうに視線を下げる。俺の前で彼女は、まだ一度だってそんなことはしていない。俺の手を三ヶ月待たせたあの唇が、別の男の前では一時間も咥え続けた。その落差に、胃の底のほうがゆっくりとねじれる。だが、そのねじれ方は、先ほどの怒りとは違っていた。腹の底から込み上げてくるのは、明確な殺意にも似た憎しみではなく、もっと暗くて重い、自分の中に沈んでいくような痛みだった。嫉妬。その言葉が胸の裏へ貼り付く。友梨佳の知らない顔を、相澤だけが俺よりも深く知っている。その事実は、頭を鈍器で殴られたように、じんわりと回る痛みとなって俺の全身へ染み込んでいく。拳の震えはおさまり、代わりに指先が氷のように冷えて、太腿の上で動かなくなった。
「外でもやったよ。夏の終わりごろ、駅の裏の公園で。芝生の上に膝をつかせて、後ろから突っ込んでさ。あいつ、声出しちゃいけないのに、声が漏れるんだよな。手で口を押さえても、鼻にかかった声がびーびー鳴ってて。そういうの聞くと、こっちも歯止めきかなくなるだろ」
相澤は目を細め、宙に視線を投げるようにして当時の感覚をなぞる。今度の口調には、先ほどまでの懐かしむような温度はない。むしろ突き放すような、他人の身体の扱い方を語る軽蔑の色が混ざっていた。俺は、拓人という名前の男が、自分の恋人の知らない姿を強制的に想像させられている。友梨佳の細い腰、白いうなじ、夜の芝生に押し付けられた膝頭。慎ましく閉じられたはずの唇から、男の律動に合わせて漏れる鼻声。その映像は、俺の意思とは別の場所で勝手に色を付けられ、ぬるい熱を持って頭蓋の裏へ張り付いていく。そして、不意だった。映像が鮮明になるほど、怒りでも嫉妬でもない、別の感覚が身体の芯を這い上がってくる。背筋の下のほうから、ぞくりと甘い痺れが尾てい骨を抜けて、臍の下へ溜まっていく。ズボンの布越しに、自分の性器がゆっくりと熱を持ち始めているのが分かった。友梨佳が他の男に後ろから貫かれ、声を殺しながら震えている。そんな想像が、俺の陰茎を硬くさせている。
「撮った動画、まだあるよ。桃色のライトつけて、後ろから撮ったやつ。あいつ、最初はカメラ向けると手で顔を隠してたのに、慣れてくると自分からお尻持ち上げるんだぜ。そういうの、お前に見せられないのが残念だな。いや、見せたらお前、多分もう彼女と普通には向き合えないか」
相澤がくく、と笑い、指先でグラスの縁を弾いた。コツン、と小さな音がして、俺の心臓が一際大きく跳ねる。撮った動画、桃色のライト、後ろから。単語の断片が、それぞれが鋭い棘になって飲み込めないまま喉の手前に溜まっていく。俺は友梨佳の白いブラウスの下にある薄い胸も、ほっそりした太腿も、何より彼女の恥じらう顔が、俺のものだけだとは一度も思わなかった。しかし、こんな形で確かめることになるとは思わなかった。股間の熱が、もう誤魔化せないほど膨れ上がっている。太腿の裏に汗が滲み、下着の布が性器の先端に張り付いて、わずかな動きのたびに痛いような快感を返す。頭では相澤への軽蔑が渦を巻いているというのに、俺の身体は、友梨佳の裸を欲しがって浅ましく反応している。そんな自分が、自分の尻の下でぐずぐずに溶けて沈んでいくように思えた。軽蔑と興奮が同時に腹の底で沸騰して、喉の奥に苦いものが込み上げる。指を動かすことさえ、今は猥褻な行為のように思えた。
「何回で済んだと思う? お前、数字で聞かされると、多分どんどん変な気分になるんだろうけどさ。一日二発は当たり前だったな。多い日は四、五回出すこともあった。会えない日を除いて、ざっと一年近くで六百は普通に超えてるわ」
相澤が指を折って数える。右手の人差し指から小指へ、折り曲げていく。その口調は、再び戻ってきた。自慢するような、ねっとりとした得意げな響き。六百。その数字は、居酒屋の橙い灯りの下で黒い影を帯びて、俺の胸の真ん中へ降り積もった。六百回もの飛沫が、友梨佳のどこへ注がれたのか。彼女の中へ、口の中へ、時には背中や腹の上へ。彼女の一年近くの夜が、相澤との性交という反復で埋め尽くされていた。その途方もない回数が、いままさに俺の股間をさらに硬く熱くさせている。布越しに先走りが滲み、内腿の皮膚がひりつくほど擦れて、俺は動けなかった。心のどこかが、友梨佳の身体に刻まれた六百という数字を、脳みそでなぞっていた。おぞましいはずなのに、そのおぞましさを欲望が舐め回している。自己嫌悪は一瞬遅れて襲ってきて、胃の裏をぎりぎりと掴む。それでも、股間の芯は痛いほど反り返り、治まらなかった。
俺は彼女と結ばれるまで、三ヶ月かけた。手を握るのにも何度も迷い、彼女の肩を抱くのもようやくという日々だった。彼女の「慣れていない」という言葉を、そのまま受け取っていた。あの言葉は嘘ではないのだろう。ただ、慣れていないのは「俺との触れ合い」であって、男に抱かれることそのものではなかっただけだ。頭の奥が薄く痺れて、口の中には溶けた水割りの苦味がじわりと広がった。
「最初の頃はゴムしてたんだよ。あいつも、付けてほしそうにしてたし。でも、しばらくして俺が『なしでやりたい』って言ったら、あいつ黙って脚開いた。ゴム越しの温度も悪くなかったけど、やっぱり生が一番だよ。熱さも滑りも、段違いなんだよな。あいつの中、ごめん、お前も知ってるか。きゅうきゅう締まって、奥がすごく熱くてさ。生で突くと腰が跳ねる。あの反応はなかなか他の子では代えがたいな」
相澤の声が、妙に親密な響きを帯びる。まるで、俺と友梨佳の身体を同時に知っている者同士の会話へ、俺を誘い込むようだった。俺の指先が白くなる。拳の中で爪が肉へめり込み、痛みだけが唯一、現実の感覚として残っている。股間が熱い。耳の奥で血がざわざわと流速を上げて、ズボンの下で自分の性器が硬く押し上がっていた。頭では相澤を殴りたいほど軽蔑しているのに、身体は友梨佳の裸を探して、勃起している。その矛盾に、喉の裏がこみ上げるように震えた。
「俺が知らない友梨佳を、お前は一年間、好き勝手に抱いていた。あの子のどこが好きとか、そういうのとは別の次元で、お前は彼女の身体を六百回、消費したんだな」
俺がようやく声にした言葉は、自分でも濁って平坦だった。相澤は俺の顔をねっとりと覗き込み、眼鏡の奥の切れ長の瞳をわずかに細める。それから、唇の端を持ち上げた。
「消費してたよ。でも、あの子のほうも俺のこと必要としてたんだよ。最後までな。まあ、今はお前のもんだろ。お前が大事にしてるあの子の身体、ぜんぶ元から俺が教えてやったみたいなもんだよ」
その一言が、自分でも浅ましいほど深く股間へ響いた。友梨佳の震える指先を思い出す。十一日前、相澤と再会した駅前で、彼女は白いスカートのしわに指を埋めていた。あれは俺に隠しごとを打ち明けられない罪悪感などではなく、目の前の男に剥かれた自分の一年間が、今まさに俺の知るところへなだれ込もうとすることへの怯えだったのかもしれない。けれど、怯えていたはずの彼女の指先を、俺は今、別の想像のなかでしか触れられない。あの指が相澤の背中を掻き、髪を握り、自分の口の中へ受け入れていたのかと思うと、嫉妬の熱が陰茎の芯をじくじくと灼く。俺の身体は、軽蔑と欲望を同時に抱え込み、それはまるで腫れ物のように、静かに、だが痛いほど尖っていた。
第4章 「健気に感じてるフリ」という言葉が、彼女を穢して俺を濡らす

居酒屋の扉を押して外へ出ると、十月の夜気が火照った頬へ湿った手のひらのようにまとわりついた。庇の下にぶら下がる赤い提灯が、風に煽られるたびに中を透かした灯りを揺らし、舗道には酔客が点々とたむろして、駅へ急ぐ人影が肩をすぼめて横切っていく。俺は壁伝いに数歩歩いて、路地の入口に立った。胸のあたりが酒のせいではない熱さで焼け、胃の底から込み上げるものがあるのに何も吐けない。自分の靴先を見下ろしたまま、夜の舗装の継ぎ目を数えるように息を吐いた。
しばらくすると、後ろから革靴の細い音が近づいてきた。振り返るより先に、生温い酒精の気配が首筋へ届く。相澤が追ってきたのだ。
「お前、途中で席を立つからさ。店の前で話すのもなんだと思ってよ」
相澤は俺の隣に並び、黒いジャケットの胸ポケットから細身の箱を取り出した。たばこを一本抜き、その先端を唇へくわえる。火を近づける横顔が、ガスライターの小さな炎に一瞬だけ鋭く浮かび上がる。彼の薄い眼鏡の奥の瞳が、橙色の光を宿したまま、細い煙の筋と一緒に夜の闇へまた消える。
「お前、聞きたいことあるんじゃないか。俺に」
相澤が煙を深く吸い込み、吐き出す。紫煙はねばつく湿度をまとって頬の前でほどけ、焼酎とも汗ともつかぬえぐい匂いを帯びて流れてきた。彼のたばこの先端がちりちりと燃え、吸うたびに赤い火種が服を脱ぐように息を吹く。
俺は壁に肩を預け、顔を相澤から逸らした。鎮痛剤を噛むような声が、喉の奥から這い出す。
「彼女は……楽しかったのか、一年間」
その問いを、自分が今どんな顔でしているのか分からない。自分の声だけが、他人のものみたいに鼓膜の外で揺れている。
相澤は煙を細く吹き出して、靴先でその場の砂を踏んだ。薄い唇の端が、かすかに持ち上がる。
「さあね。楽しくはなかったかもな。あいつも嫌々だったと思うよ。ただ俺に悟られまいと、健気に感じてるフリしてた」
その言葉は、たばこの煙よりもずっと低い場所から響いた。喉の奥でくつくつと転がるような含み笑いを飲み込みながら、相澤は言ったのだ。空気の層を抜けて、俺の耳の奥へまっすぐに突き刺さる。健気に感じてるフリ。七つの文字が、友梨佳のすべてを裏返しにしていく。
彼女の献身的な笑顔も、恥ずかしそうに目を伏せる癖も、触れれば逃げるように身をすくめる肩も、相澤の前では男をがっかりさせまいとする演技になり得た。あの笑顔は、男の情事を煽るための表情だったのかもしれない。唇の薄さは、長時間の奉仕へ耐えるために形づくられたもののように思えてくる。色の薄い唇の表面を、別の男が散々に出入りしていた。その唇で、彼女は今も俺に控えめな言葉を寄越すのだ。
胃の内側がひっくり返る。うめき声が唇の裏まで迫って、俺はぐっと奥歯を噛み合わせた。友梨佳の指先を思い浮かべる。俺の前で震えるその細い指が、相澤の背中に爪を立て、髪をかき回し、汗ばんだ腹の上を迷いなく這った夜があった。彼女のすべてが、この目の前の男に知られている。六百発という数字が、腹の底へ貼りついて剥がれない。
「健気って、なあ。あの子、本当にそういうところあるだろ。やだって顔しないっていうか、受け入れてから急に黙るんだよ。痛がってるのか気持ちいいのか、分からないまま呼吸だけ早くなって。で、次の瞬間には自分から腰を浮かせる。お前、その顔、知ってるだろ。たぶんあれ、地顔じゃないぜ。男に誠意を見せようとして必死なんだよ、あの子なりに」
相澤の言葉が、また俺の想像を堀り起こす。誠意。友梨佳は身を削るように誠意を示す女だ。会うたびに「ありがとう」と小さく頭を下げ、食事のたびに箸を揃えて礼を言い、俺が疲れた顔をしていると黙って側へ座って肩を貸そうとする。その慎ましさは、寝台の上でも同じ働きをする。男が望む反応を先回りして返す、身体じゅうの粘膜を差し出すような献身。それを相澤は「健気に感じてるフリ」と呼んだ。優しさと淫らさの境界が、耳の奥で溶けて混ざっていく。
そういえば、初めて彼女の手を握ったときも、友梨佳はあの細い指をびくりと震わせてから、逃がすまいとするようにゆっくり握り返してきた。映画館の薄暗い場内で、他人の吐息とポップコーンの甘ったるい匂いが揺れる中、彼女の手のひらは氷のように冷えていたのに、指の股だけはしっとりと汗ばんでいて、その感触を今でも覚えている。あの震えを、俺は「慣れていない」からだと思っていた。俺と触れ合うことを恥ずかしがっているのだと、むしろいじらしささえ感じていた。三度目のデートで手を重ねたとき、友梨佳は「こういうの、よく分からないけれど」と途切れ途切れに言って、まつげを伏せた。その目の下で、彼女の薄い唇が言葉を探して小さく動いていたのを、俺は疑いもなく可愛いと思った。だが、あの震えも、あのぎこちなさも、もしかすると男を下手に感じさせないための所作だったのかもしれない。俺という男の前で、触れられることに初心な女を演じていただけかもしれない。ちがう、と打ち消す声が腹の底から響くのに、その声は相澤の台詞にかき消されて、届かなくなる。あの手のひらの汗を、あの震えを、俺以外の男はとっくに知っている。そう思うと、胃液がせり上がるのと同時に、なぜか知らない、知られてしまう恥辱を俺自身の身体が熱く脈で受ける。でも今夜も彼女は、俺に会えばきっと目を伏せて笑う。相澤の前では男を痙攣させるまで舌を這わせた唇で、「おやすみなさい」と小さく言うのだ。その落差が、俺の身体に突き刺さる。
相澤はたばこを吸い終えると、火種を携帯灰皿へ押し込んだ。茶色いフィルターが小さくつぶれ、白い煙の名残だけが彼の指先へからみつく。
「俺と別れるときさ、あいつ大泣きして縋ってきたんだよ。ちゃんとした恋愛がしたいんだって。健気だよな、やっぱり。体の関係だけのはずなのに、最後は女の顔になって泣くんだから。ちゃんとした恋愛って、つまりお前みたいな男と、普通に手を繋いで歩くような関係ってことだろ」
相澤がくくと喉を鳴らす。薄ら笑いのまま、彼は壁に片手をついて俺の横顔を覗き込んだ。
俺の中で、友梨佳への許しと殺意と肉欲が同時に沸き上がる。許しとは、彼女の一年間を形だけでも受け止めることだ。よく耐えた、よく頑張った、と彼女の髪を撫でてやりたい。そのくせ、相澤の言葉を聞くにつれて腹の芯が煮え、彼女の自堕落な選択を思い知らされるたびに爪を立ててやりたくなる。どこまでが本物で、どこからが男に合わせた媚態なのか。彼女の涙の代わりに、自分の身体を貫いてほしいと懇願する声が脳の裏を刺す。俺はジャケットの下で脈打つ股間の痛みを、太腿の筋肉に押しつけて隠した。
「もういい」
声が掠れた。それだけを絞り出すのが、今の俺の精一杯の抵抗だった。
相澤はしばらく俺の横顔を眺めていたが、やがて壁から背を離し、軽く伸びをした。腕を上げた拍子に、黒いカットソーの裾から男の細い腰がのぞき、生乾きの汗と煙草と焼酎の匂いが距離を無視して流れ込んでくる。
「お前、今から彼女に会いに行くのか?」
その一言で、俺の呼吸が浅く止まった。会いに行く。頭の中では、この時間なら友梨佳がまだ起きているはずだと計算している。二十二時を過ぎるといつも、彼女は「おやすみ」と短い文面を送ってくる。今日だって、昼のうちに届いた他愛のないメッセージを開いたきり、返していない。脳裏に彼女の部屋が浮かぶ。駅から歩いて十五分ほど、コンビニと薬局の角を曲がった先の薄いベージュのアパート。三階の角部屋の小さな窓に、白いカーテンがかかっている。鍵は、二週間ほど前に彼女から予備を渡された。あのとき彼女は、玄関先で小さな包みを押しつけるように手渡し、「持っていてくれたら安心だから」と目を伏せた。
俺は何も答えられなかった。自分の唇がわずかに開いて、夜の冷たい空気ばかりが喉を刺す。俯いたまま首を振ることもできず、ただ呼吸の数だけが増えていく。
相澤は俺の沈黙を、答えと受け取ったらしい。低い声で笑うと、手にした小さな灰皿を尻ポケットへ押し込み、舗道に向かって半歩踏み出した。
「まあ、お前がどうするかは自由だけど、あいつの身体はもう俺のことを知り尽くしてるぜ」
それは人生の判決のように夜の空気を打った。相澤の声は低く、だがはっきりと湿っていた。それ以上、何を言うでもなく、彼は人通りの少ない駅前の道を横切って雑居ビルの隙間へ消えていく。黒いジャケットの背中が闇に溶けるまで、俺は彼を見送ることしかできなかった。
腕時計を見ると午後十一時五十分を回っていた。居酒屋を出てから、すでに相当な時間が経っている。赤い提灯はまだ風の中で首を振り、油と炭の匂いを孕んだ空気が路地から流れ続けている。舗道のアスファルトには痰のような光が広がり、どこかの居酒屋から漏れる笑い声が水のように漂ってくる。俺は壁へ背を預けたまま、空を見るでもなく、靴の横に落ちた吸い殻の白さだけを見ていた。
友梨佳。声には出さず、唇の形だけで名前をなぞる。友梨佳、友梨佳。俺の知らない友梨佳が、この夜のどこかで息づいている。相澤の味を知った口、男の腰を促すことを覚えた指、一人のときよりも別の男に開かれることに馴染んだ身体。それでも彼女が俺の前に見せるのは、白いブラウスの襟をきっちりと合わせ、目を伏せて笑う姿だけだ。その外面の純潔さが、かえって背後の淫靡な一年間を濃密に浮かび上がらせる。
愛おしさと汚辱のどちらにも踏みとどまれない。自分が何をしたいのか分からなくなる。頭の芯は冷えているのに、股間だけは熱く脈打ち、彼女の柔らかい肌を、あの小さな唇を、薄い太腿を、指先からつま先まで想像してしまう。夜の路上で、友人に暴かれた恋人の残り香を浴びているだけで、体が雄のように昂ぶっていた。
いかなければならないのか、帰らなければならないのか。俺はポケットの中で予備の鍵へ触れる。小さな金属の冷たさは、彼女の指先のようで、それでいて彼女から渡されたという事実だけで俺を彼岸へ引き寄せる。夜風が居酒屋の赤提灯を揺らし、のれんを裏返し、これから帰る人々の吐息が舗道の上へ白く散っていく。俺だけが、動けなかった。
第5章 彼女の震える指先が、俺だけのものにならない夜

第5章 彼女の震える指先が、俺だけのものにならない夜
午前零時四十分。路地を曲がり、見慣れたベージュの壁面が街灯の下に浮かぶ。三階の角部屋の窓は暗かった。白いカーテンの端が薄闇のなかでぼんやりと光り、彼女がもう布団へ入っていることを教えている。俺の右手はポケットのなかで、二週間前に渡された鍵を握りしめていた。金属の角が手のひらの肉に食い込み、冷たい、という感覚すら、もう麻痺している。十月の夜気は、耳の奥で甲高く鳴っていた。
鉄の階段を上がる。夜の空気を吸い込むたび、肺の奥まで冷えて、心臓だけが早鐘のように肋骨を叩く。一段ずつ踏む足音が、薄い鉄板を震わせ、その振動が靴底から脛へ伝わってくる。玄関の前で立ち止まり、鍵穴へ差し込む。錠の外れる音が、やけに乾いて廊下に落ちた。扉を開くと、ひんやりした空気と、かすかな彼女の匂いが漂ってくる。柔軟剤と、髪の油分と、眠りの前に塗った香りの残り。それらが混ざった、女の部屋の匂い。
「おそいの」
奥の部屋から、寝ぼけた声が転がってくる。白い寝巻き姿の友梨佳が、薄暗い居間へ出てきて、俺を見て小さく笑った。目が覚めきっていない顔、胸元できっちりと合わされた襟、足首まである長いスカート。彼女の細い手が壁のスイッチを探すより先に、俺は二歩で距離を詰めた。
手首をつかむ。力加減が分からなかった。彼女の骨ばっていない手首は細く、指で輪を作れば親指と中指が触れそうになる。その細さを、俺は今、確かめるように握っていた。友梨佳の指先が、俺の手のなかでぴくりと動く。ほんのわずかな痙攣。彼女は目をしばたかせ、俺の顔を見上げる。薄茶色の瞳はまだ寝ぼけていて、瞳の縁だけが濡れたように光っている。
「どうしたの」
「……別に」
自分の声が低く響いた。友梨佳は寝巻きの袖から伸びた手を、俺の胸にそっとあてる。指先は白く細く、月明かりの残りを吸っているようだった。服越しに、その指先の温度だけが、ほんのわずかに伝わってくる。俺はその手首を握り直し、指の一本一本を撫でるように力を入れていく。震えるのを待っていた。相澤を前にしたときのように、この指が震える瞬間を。けれど、俺の手のなかにある友梨佳の指先はただ柔らかく、力を抜いたまま、また小さくひくつくだけだった。
抱きしめる。華奢な身体が胸へ沈む。寝巻き越しに、薄い乳房の膨らみが押しあてられた。そのかたちを、別の男も知っている。手のひらを彼女の背中へ滑らせ、腰へ回す。友梨佳の肩が、鼻先が、呼吸のたびに密着と距離を繰り返す。俺はうなじに顔を寄せた。すえた、甘い、眠りの熱を含んだ匂いがする。汗の気配まではいかない、夜の肌のうっすらとした湿気。それに顔をうずめると、彼女が戸惑ったように首をひねった。
「ねえ、どうしたの、ほんとに」
口調が、語尾を探している。俺の腕のなかで、こわばることに戸惑っている。こういうとき、彼女はまず観察しようとする。その慎重さが、かえって別の男の前ではどうだったのかという想像を、妙に生々しくしてくる。俺は答えず、彼女のあごに手をかけた。親指を唇の端へあて、薄い輪郭をなぞる。やわらかい産毛が、指に逆立つ。唇を重ねる。友梨佳の口が、わずかに開いて俺の呼吸を受け止めた。柔らかく、ぬるく、舌先が触れた瞬間に引くような、控えめな舌。
この唇が、相澤のものを一時間も咥えた。あの薄い口蓋の裏で、何度も男の熱を転がしたのかと思うと、胃の奥がふつりと灼ける。裏切りの怒りなのか、欲情なのか、境目が分からない熱が喉をせり上がり、俺は彼女の舌を深く吸った。彼女が吐息を漏らす。
「ん……ぁ」
短い、迷いのある吐息。それだけで、腰のあたりの血が騒ぐ。肩を抱いて寝室へ歩く。布団が敷かれたままの、六畳ほどの部屋。小さい豆電球が枕元で揺れ、壁に掛かった時計の音が、やけに早く響いていた。友梨佳を布団の上へ座らせ、向かい合う。彼女の白い寝巻きを、下からゆっくりとたくし上げる。
「拓人、さん……?」
呼び方が、いつもより幼い。生理にうとい脂肪の薄い腹、肋骨のうっすら見える脇腹、ふわふわした布の内側から覗く下着。胸元を覆う、飾りの少ない白い木綿。その中心を、俺の指が確かめた。彼女の乳房のふくらみを布越しに包む。マシュマロみたいにやわらかくて、指が吸いつく。指先に力を入れるたび、彼女の口から息が短く漏れる。
むに、と指が沈むたび、頭のどこかで別の映像が走った。相澤の手は、ここをどう触ったのか。あいつの指は、俺より長く、骨ばっていたはずだ。こんなふうに遠慮がちに包み込むんじゃなく、もっと強く、痕でも残すように鷲掴みにしたんじゃないか。そう思うと、自然と指先に体重が乗る。友梨佳の背中が、わずかに仰け反った。彼女は下唇を噛み、目を伏せた。その横顔を見ながら、俺はこの表情を、あいつも見たのかと考えている。
彼女の背中へ手を回して下着を外した。友梨佳は自分から腕を後ろに回す。その仕草が、あまりに流れに慣れすぎていた。人の手を借りず、男が抱きやすいよう肩を落とす。俺は彼女の掌をとり、貝みたいに閉じた指を一本ずつ開く。震える指先。もっと震えろ。男に暴かれたことを、全身で覚えていろ。そう念じながら、指を絡める。
「明るいの、消してほしい……わたし」
顔を背けて、彼女が言った。声は掠れ、白い首に影が落ちる。俺はその首筋へ唇を押しあて、吸う。沈黙の代わりに、彼女の肩が跳ねた。そのまま彼女を布団の上に押し倒す。寝巻きを胸の上までまくり、露わになった乳房を目に焼きつける。白い。豆電球の色を弾いたような肌。先端は色素が薄く、沈みかけの蕾みたいに萎えていた。
身体を屈めて、彼女の太腿を割る。白い寝巻きの布地を重ねたまま、内腿の奥へ手を這わせる。友梨佳が片方の手で口許を覆った。指を、下着の上から縦にすべらせる。木綿の布越しに、かすかな湿りと熱が伝わった。まだ浅い。まだ始まってもいない。それでも、ここには相澤が六百という数字を重ねた。一日に二度、多い夜は四度も五度も、この細い溝をこじ開けて、男の形を刻んだ。その事実を、指先でなぞるように、何度も確かめる。
「あ……や、そんな……」
彼女の腰が浮く。俺は下着を横へずらす。明かりは薄暗いまま、だけど目が慣れてくる。黒とも桃ともつかない、女の陰の色。湿り気を帯びた割れ目を、中指でゆっくり上下へ割る。くにゅ、と小さな粘液音が指先に震えた。彼女は、猫の顎みたいに腰を折った。
「あぁ……ぁ、ん……っ」
ぶつぶつ途切れる息と、唇の内側だけで溺れるような声。俺は舌先を熱で濡らしながら、うなじ、耳の裏、胸の谷、臍へ、順番に口を落としていく。彼女の匂いが強くなる。汗が混じりはじめた、肌の奥から立ちのぼる生温い匂い。目を伏せた口元が、男の視線を避けて枕へ逃げる。その逃げ方が、俺にはたまらなかった。
下着を足から抜き去り、乱暴に投げる。彼女は足を閉じようとして、膝だけくっつけた。両脚の付け根から、じんわりと汗ばんだ内腿に、指を割り入れさせる。俺はそこへ舌を落とした。割れ目の上の、小さな粒が舌先に触れる。友梨佳が腰を跳ねさせ、絹みたいな声をこぼした。
「やぁぁ……っ、だめ……声、でちゃう」
羞恥のなのに、腰が揺れる。俺の舌が粒に触れるたび、内腿がふるふると波打つ。むき出しの粘膜を啜り、縦に何度も舐め上げた。しょっぱい、海の底みたいな味と、生臭い花の蕊のような匂い。頬が彼女の太腿で挟まれる。彼女の手が、俺の髪へ伸びた。指を、男の頭に突き立てるその恰好。相澤のときも同じように、この指は髪を掻き回したのだろうか。それとも、あいつはもっと乱暴に、指ごと掴んで押しつけたのか。舌を動かしながら、そんなことが頭の隅でぐるぐる回る。
「拓人さん、拓人さん……だめ、もう」
呼ばれる声に、切迫が混ざる。俺は身体を起こし、服を脱いだ。彼女の顔は赤く、目尻は涙で光っている。その光を見た瞬間、腹の底に暗い炎が灯った。この涙が、快感からくるものなのか、羞恥からくるものなのか、俺には分からない。分からないまま、勃ちあがった肉棒を手で握る。
友梨佳が、ちらりと、それを見た。自分の腹の下に伸びる影を、まるで確認するみたいに、何度か瞬きをして。俺は彼女の片脚を持ち上げ、もう片方の太腿を外側へ押し開いた。濡れた割れ目が、陰に沈みながら光る。ぬぷ、と先端が触れた。
「……入れる」
自分でも驚くくらい、低く事務的な声が出た。友梨佳は答えない。目を閉じたまま、顎を引いて、逆らわない。その頷き方が残酷だった。俺の背筋がぞくりと泡立つ。彼女はいつの時代も、男が入ってくるのをこうやって待っていたのだ。相澤にも、俺にも、同じ顔で。
腰を押す。ずにゅ、と奥へ沈む。あつい。脈打つ内壁が、まるで飢えたみたいに絡みついてくる。友梨佳の口元が引き結ばれ、眉根が寄る。頭の芯が揺れるような快感と、腹の底を冷やす嫉妬とが、背骨のあたりでぶつかっていた。彼女のなかは柔らかく、濡れ、締まって、動くたびに、くちゅ、ぐちゅ、と醜い水音が耳へ貼りつく。
「あ、あぁ、ん、んんっ……」
友梨佳が手で口を覆い、首を振る。俺はその手を掴んで、布団へ縫いつけた。彼女の顔を、ちゃんと見たかった。別の男に見せた顔を。俺だけが知らない、この女の顔を。腰を深く揺らす。内臓まで届くような奥の輪へ、先端が何度も口付けをする。そのたび彼女の喉が鳴り、腹が痙攣した。
「拓人……あ、まって……ほんと、待って……っ」
目が潤む。汗ばんだ前髪が額へ張りつき、薄茶の瞳はとろりと光っていた。俺は右手で彼女の胸を揉み、親指で白い腹を押さえる。薄い腹の下で、自分が沈みこんでいる感触が、掌越しに分かる。彼女の身体に男の形を刻んでいる。今この瞬間、俺の形を。だが、それを味わった男は、俺以外にもいる。その確かな事実が、腰の動きを荒くさせた。
胸を揉みしだきながら、指が自然と強くなる。乳房を掴む、というより、根本から絞り上げるように。秀斗はここをどう触ったのか。もっと乱暴だったのか。昨夜のあいつの言葉が、薄ら笑いが、みっしりと骨にこびりついたまま離れない。あいつの掌は、俺より肉厚で、ここの柔さを当然みたいに包んだんだろうか。あいつの指先は、この淡い乳首を摘まみながら、友梨佳の顔を覗き込んだんだろうか。そう思うと、腹の下の怒りがまた熱くなる。友梨佳が、俺の乱暴な指に、息を詰めながらも乳首を固くさせている。それが、あいつへの応えなのか、俺への許しなのか、それすら分からない。
「俺で気持ちいい?」
耳元へ顔を寄せ、吐息ごと吹き込む。友梨佳は答えない。目の縁がぬれて、絞り出すように小さく頷いた。その笑い方のない泣き顔が、健気なフリをしている女の顔と重なる。演技だとしても、演技の裏が本物だとしても、もう止まれなかった。太腿を抱え直し、全世界を壊すみたいな勢いで突き上げる。
「あ、あ、あ、んんっ……や、そこ、だめ、やぁっ」
彼女の声が高く転がる。俺の名前を呼ぶよりも、母音だけで彼女の喉がひらく。俺は友梨佳の内ももに噛みついた。痛いか、と聞けば、首を振る。痛くても、彼女は首を振る女だと知っている。そのたび、腹の底の黒いものが大きくなる。六百。男の欲望の鱗が、ひとつひとつ、彼女の骨盤に堆積していく。
「中に……出すから」
彼女は喘いだまま、ぼんやりと俺を見る。拒まない。拒むことができない女。俺は彼女の腰を持ち上げ、畳に膝を立てて、重力ごと打ちつけた。内部が、はしたなく音を立てる。汁が太腿を伝い、陰毛まで濡れている。
「いっ……あ、あぁ……らめ、いく、いっちゃ、やめ、あぁぁぁっ」
友梨佳が背を弓なりにした。締めつけが強くなり、ぬめる肉壺が根元まで絡みつく。搾り取られる。頂へ上りつめる感覚が、目の奥で白く弾けた。その瞬間、彼女が仰け反った喉の線、ひくつく顎、生理の涙で濡れた目元が見えた。この顔を、秀斗は何度も見た。六百の夜のうち、何度この泣きじゃくる様子を上から眺めたんだろう。この眉の歪み、半開きの唇、呼吸の詰まるたびに強く吸い寄せてくる腔。ぜんぶ、あいつには先に許した顔なのか。そう思った途端、怒りと快感が同時に背骨を駆け抜けて、俺は彼女の最奥へ、どくどくと注いだ。ゼリーみたいに濃い塊が、ねじりこまれるように吸い込まれていく。友梨佳の腿が、腹が、乳房が、いっぺんに震えた。ビクンッビクンッと全身を痙攣させ、身の内で俺の脈動を受け止めている。それでもなお、彼女の震えは、秀斗の前で見せた震えと同じもののような気がして、射精しながら腹の底が冷えていった。
終わらなかった。まだ、終わらない。相澤の言葉が、六百という数字が、もう一度彼女を抱けと命じてくる。引き抜こうとした腰を、友梨佳のなかだけが追いすがってきて、それに負けて、また沈めた。出すたびに、彼女のどこかへ刻む。その繰り返しが、俺の独占欲だけを支えている。
彼女が「もう、だめ……」と掠れた声で言う。俺の腕のなかで、指先が、また震えていた。胸を、腹を、膝の内側を、悪い熱が這いまわる。彼女の体を、自分の欲望を吐き出すための穴にしている。知っている。それでも、欲は消えない。知る前より、ずっと彼女をほしいと思う。何度でも、何度でも、中へ。
午前二時。どれだけ続けたのか、腕のなかの友梨佳はひとりでに眠りへ落ちていた。俺は眠れない。剥き出しの天井を見つめる。胸のなかに、愛おしさより重い、泥のような独占欲が底を占めている。彼女の震える指先が、この手に眠っている。それだけで、まだ腹の芯がうずいた。
登場人物
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篠崎拓人 しのざき たくと男性 ・ 24
外見: 黒髪を短く整えきれないまま伸ばし、前髪が眉にかかる、焦げ茶色の瞳、筋肉の薄い中肉中背。身長172センチ。服装: クルーネックのニットにチノパン、足元は古びたスニーカー。真面目で一途な性格だが、自分に自信がなく、思ったことを飲み込んでしまう癖がある。
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大場友梨佳 おおば ゆりか女性 ・ 22
外見: 胸の下あたりまで伸びたやわらかな焦げ茶の髪を、耳の横で細い銀のピンで留めている、薄茶色の瞳、骨ばっていない小さな体躯。身長155センチ。胸は控えめだが腰のくびれが深い。服装: 白や生成りのブラウスに長めのプリーツスカート、肌色のストッキングと低めのパンプス。控えめで物静か、笑うときに目を伏せる癖がある。性欲はあるのに、外へ出せずに相手へ合わせてしまう性格。
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相澤秀斗 あいざわ しゅうと男性 ・ 25
外見: 柔らかく癖のついた茶髪を無造作にかき上げ、細い銀縁の眼鏡の奥に切れ長の薄茶色の瞳、痩せて肩幅の狭い身体。身長178センチ。服装: 黒のカットソーにジャケット、ダークグレーのスキニーパンツ。明るく口が回るが、酒が入ると過去の女の話を自慢げに語る軽さがある。声は低く、笑うと喉の奥でくつくつと鳴る。





