セックスレスに飢えた六十路の人妻が月一のラブホテル密会で女子校生コスプレと開脚緊縛に溺れていく二年間
あらすじ
定年後の的場聡太はシニア教室で隣り合った高島千紗子の、帰り道の電車で腕に押し当てられた胸の柔らかさを忘れられなくなる。セックスレスに蓋をしてきた六十路の主婦と、退職後の空虚を抱えた六十五歳。新緑の高原の空気とラブホテルの密室で、互いの老いた肌に再燃する欲望を確かめ合う二年間。家庭を壊さないという掟だけを胸に、二人は月に一度だけ非日常に溺れる。
第1章 揺れる電車で胸を押し当てた六十路人妻は退屈な定年男の腕に沈黙の火を灯す
第1章: 揺れる電車で胸を押し当てた六十路人妻は退屈な定年男の腕に沈黙の火を灯す
的場聡太がその講座に通い始めたのは、四月の半ばを少し過ぎたころだった。長年勤めた会社を辞めてからというもの、朝起きて新聞を読み、妻の淹れた茶を啜り、近所をぶらついては夕方の買い物に付き合う。そんな毎日が体に馴染むにつれて、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような落ち着かなさが居座るようになっていた。何かを始めなければ。けれど、それが何なのかは自分でもよく分からない。新聞の折り込みに挟まっていた生涯学習センターの案内を見つけたとき、これだと思った。深い理由などなかった。ただ、家にいるよりはましだろうという、それだけの気持ちで申し込んだ「シニア教養講座」の初回は、雨上がりの湿った風が駅から会場までの道をしっとりと濡らしていた。
会場となった公民館の小ホールは、思ったより明るく、壁際の椅子には既に二十人ほどの男女が座っていた。的場は受付で名前を告げ、空いている席を探す。前のほうは埋まっていて、後ろから二列目の端に一つだけぽつんと空いた椅子があった。そこへ腰を下ろすと、折りたたみ式の椅子が小さく軋んだ。
「あの、すみません」
不意に右隣から声をかけられ、的場は軽く身を引くようにして顔を向けた。そこに座っていたのは、淡いベージュのブラウスに薄青のカーディガンを羽織り、柔らかな黒髪を耳の横でまとめた女性だった。年齢は自分よりいくらか下だろう。笑うと茶色の瞳が細くなるのが、声をかける前から分かるような、穏やかな顔立ちをしている。
「こちらの席、使われていますか」
「いいえ、どうぞ」
的場がそう答えると、彼女はほっとしたように目を細めた。その笑みは、四月のを淡く溶かしたようだった。
「よかった。今日から参加させていただく高島です。よろしくお願いしますね」
「的場です。こちらこそ」
短い挨拶を交わして正面に向き直る。講師の声は穏やかで、日本史の中の風俗を題材にした話は的場の知的好奇心をほどよく刺激した。とはいえ、六十分の講義の間、的場の意識は何度も右隣へ流れた。高島千紗子と名乗ったその女性は、背筋を伸ばして講師を見つめ、時折うなずきながら小さなメモを取っている。その横顔の、伏せた睫毛の影が頬に落ちるたびに、的場はなんだか胸の奥がそわそわとするのを感じた。ほんのわずかに、彼女の髪からだろうか。洗い立ての石鹸のような、清潔で淡い匂いが風に乗って鼻先をかすめた。
講義が終わり、参加者たちが三々五々帰り支度を始める。的場が立ち上がると、高島千紗子もまたカーディガンの前を軽く合わせて立ち上がった。二人は自然な流れで並んで出口へ向かった。
「的場さんは、お近くにお住まいなんですか」
「ええ、まあ。電車で三駅ほどです」
「あら、わたしも同じようなものよ。帰りの電車、ご一緒してもいいかしら」
「もちろん」
ホームに出ると、夕方の風が少し冷えていた。電車はほどほどの混み具合で、二人はドアの近く、つり革の下あたりに並んで立つ。発車の揺れとともに、高島千紗子の肩がわずかに的場の腕へ触れた。謝るほどではない、偶然に近い接触。的場はそのたびに、腕の外側だけが妙に敏感になっているのを自覚した。次の駅で乗客が増え、車内の密度がぐっと高まる。背の高い若い男が横から割り込んできて、的場は半歩、高島千紗子のほうへ押し出された。
「あっ」
高島千紗子が小さく息を呑む。そのときだった。彼女の左の胸が、的場の右腕に押し当てられた。
それは、偶然にしてはあまりにも的確な圧力だった。薄いブラウスとカーディガンの向こうから、熱を持った柔らかな重みがのしかかってくる。乳房の、張りと弾力を兼ね備えたその肉感は、衣服越しであっても的場の腕にまざまざと像を結んだ。的場は息を詰め、つり革を握る手に力を入れた。謝るべきか、身を引くべきか。けれど高島千紗子は身を離すどころか、車両が揺れるたびに、まるでその揺れに身を任せるようにして的場の腕へ体重を預けてくる。逃げ道を塞ぐように、彼女の胸が、肩が、太腿のあたりまでが、的場の右半身に密着した。
(これは、いったい……)
的場は正面の窓ガラスに映る自分たちの姿を盗み見た。高島千紗子は俯き加減で、何かを堪えるように唇を引き結んでいる。その頬が、心なしか赤い。互いの体温が布を隔てて溶け合い、湿り気を帯びた熱が腕から肩へと這い上がってくる。電車の車輪がレールを噛む低い音と、時折混じる空調の唸り。その機械的な騒音の合間から、高島千紗子の控えめな呼吸の音が、的場の耳を確かに打った。
「……すみません」
ようやく絞り出した的場の声は、思ったより小さく掠れていた。だが高島千紗子は首を横に振り、それきり何も言わずに、ただ少しだけ的場の腕へ胸を擦りつける。その仕草が、あまりに自然で、しかし確かな意志を宿していることに、的場は背中が薄く汗ばむのを感じた。いつの間にか右の手のひら全体が熱くなっていた。高島千紗子の指先が、的場の手首のあたりを、そっと包むように触れる。
「的場さん」
小さな、くぐもった声だった。
「……なんでしょう」
「こうしているの、変かしら」
彼女の声は震えているようでもあり、甘えるようでもあった。的場はどう答えればいいのか分からず、ただ「変じゃ、ない」とだけ言った。すると高島千紗子はほんの少し笑ったらしく、俯いたままの彼女の耳のあたりが、蛍光灯の白い光の中でふわりと赤く染まった。
電車はそのまま三駅、四駅と進み、二人は初めに降りるはずだった駅をとうに過ぎていた。高島千紗子が「次の駅で降りましょう」と囁いたとき、的場は何の異論もなく、こくりと頷いていた。
それから先、毎週の講座のたびに、二人は帰りの電車で並んで立つようになった。混雑を理由に互いの身体が触れ合うことを許し合い、時に高島千紗子の方から腕を組むようにして密着してきた。彼女の胸の膨らみは、見るたびに少しずつ的場の腕の感覚に馴染み、その柔らかさを確かめるように、車両が揺れるたびにわずかに形を変えた。
的場は、彼女の白いうなじを見るのが好きだった。カーディガンの襟から覗く首筋は、俯いたときにいっそう白く浮かび上がり、その皮膚の下に流れる熱を思わせた。ブラウスの下で重たげに揺れる乳房の影も、電車の揺れに合わせてわずかに弾む。胸の谷間が、ボタンの合わせ目からちらりと覗く瞬間があって、的場は慌てて目を逸らした。しかし、その視界の端にはいつも、高島千紗子の細い指が的場の手首を探っているのが映った。彼女の指先は的場の脈を測るように、手首の内側を柔らかく往復する。そこから、的場の心臓の早鐘が彼女に伝わってしまうのではないかと、的場はいつもはらはらした。
「的場さんの手首、あったかいのね」
ある夕方、高島千紗子が吐息のような声で言った。
「血の巡りはいいほうなんだと思います」
「ふふ。そうじゃなくて、こうして触ってると、なんだか落ち着くの」
彼女はそう言うと、的場の手首を握る指先にぎゅっと短い力を込めた。それは六十路の指とは思えないしなやかさと、同時に、長いこと何かに空腹を抱えてきた者の執着めいた熱を帯びていた。的場は返す言葉を探したが、車内のざわめきがそれを溶かしてしまった。窓の外を、夕暮れがオレンジ色に引き伸ばしていく。ビルの谷間から見える空は、春の終わりの淡い茜色をしていた。
けれど、この曖昧な肌の接触は、どこまで続けられるものなのか。的場は現実主義者だった。家庭がある。妻がいる。息子は独立し、今は妻と二人で静かに暮らしている。高島千紗子にも夫がいる。指に光る結婚指輪は、いつも彼女の白い手によく似合っていて、的場の胸にちくりと小さな棘を刺した。それでも、週に一度、この電車に乗る時間の熱を、的場はもはや手放せなくなっていた。この年になって、自分の身体の奥底に火種があるなんて、露ほども思っていなかった。そして今、その火種は確かに燃えている。
「ねえ、的場さん」
高島千紗子が顔を上げた。茶色の瞳が、至近距離で的場を覗き込む。彼女の息が、薄い唇の端からこぼれて的場の顎元を湿らせた。
「よかったら、今度、クラスの方たちと懇親旅行って形で……」
声は弾んでいるのに、睫毛が震えている。彼女もまた、この一歩の重さを知っているのだ。
「新緑がきれいな高原と、湖。昔からある保養地なの。わたし、小諸の近くで育ったから、あの辺りの空気を思い出すと、今でも胸がすうってするの」
小諸。信州だ。的場の胸の中に、学生時代の記憶が一瞬、白く明滅した。スキーで何度も通ったあの山々。冷たい風、雪の照り返し、白い景色。雪国の風景が、まるでセピア色の幻灯のように脳裏を過ぎる。あのころの自分は、ただ若く、何かを探して雪の中を歩いていた。
「急に、すみません。でも……」
高島千紗子は言葉を切り、的場の手首を握ったまま、そっと指を絡めてきた。
「的場さんと、どこか遠くへ行ってみたいの」
電車が大きなカーブを曲がり、二人の身体がわずかに傾ぐ。的場はつり革を握っていない方の手を、高島千紗子の腰のあたりへそっとやった。カーディガン越しに、ふくよかな腰のくびれと、芯の下からの熱が伝わってくる。
「分かりました」
的場は低い声で答えた。そのまま、窓の外へ流れゆく郊外の景色を眺める。あとで妻には、会社関係の旧友との集まりだと嘘をつかなければならない。いや、もっと自然な言い訳を考えよう。そんな打算が頭の堅い部分で動いている一方で、的場の指先は、まだ高島千紗子の手の温もりを確かに覚えていた。ふたりの影が、電車の窓に揺れて映る。重なり合う腕のあいだから、夕闇の薄闇が忍び寄っていた。
「ねえ、うれしい」
高島千紗子が、的場の二の腕に頬を寄せる。柔らかな髪が的場の肩に触れて、汗ばんだ肌にひやりと心地よい。彼女の鼓動が、腕を通して的場の胸にまで届くようだった。どちらともなく、的場の二の腕を包む彼女の胸の重みが、少しだけ深く沈み込んだ。
「来月の第二土曜、あいてるかしら」
「大丈夫です」
「朝、駅前で待ち合わせて、車で行くの。わたし、免許はあるけど、遠出は久しぶりで……運転、的場さんにお願いしてもいいかしら」
「ええ、私でよければ」
「うん、よろしくね」
高島千紗子は柔らかく笑った。しかし、次の瞬間、彼女は何かに気づいたように身を離し、ごまかすようにして髪を耳にかけた。弾みで見えた耳殻が、すっかり赤い。その仕草の初々しさが、六十路の女の身体に灯る熱をかえって艶めかしく見せた。
「じゃあ、詳しいことは来週、この電車の中で」
「はい」
ドアが開き、何人かの乗客が流れ出ていく。二人は離れがたい空気を残したまま、いつもの駅で改札を抜けた。改札を出てしばらく歩き、左右に分かれる角で、高島千紗子は振り返って軽く手を振った。その背中が宵闇に淡く浮かび、やがて人波に吸い込まれるように消えていく。的場の右腕にはまだ、彼女の胸の形が残っている気がした。商売を終えた商店街のシャッターが、青白い街灯の中で冷たく光っている。的場は深く息を吐き、家路を歩きながら、来月の第二土曜を心の中で指折り数えた。
(私は、いったい)
胸の内で呟く声には、あきらめと、久しく忘れていた高揚が等量に混ざっていた。妻には何と言おう。ホテルでの会合。昔の同僚たちと一泊で。そんな嘘を吐いてまで、この女と出かける自分が、遠いところにいるようでもあり、また本来の自分へ戻っていくようでもあった。何よりも、六十路の女の、あの柔らかくて重たい乳房が腕に沈み込んでくる記憶だけが、足音のたびに、ぬるい波のように的場を揺らした。
交差点を渡ったところで、ぽつりと雨が落ちてきた。春の終わりの、生温い雨粒。的場は折り畳み傘を開き、その下で、自分が今どんな顔をしているのかを想像した。傘の端から、街灯の光が滴って、アスファルトに細い川を作る。新緑の高原の香りなど、まだ知りもしないのに、的場の肺はいつの間にか、空気の入れ替えを急いていた。あの、雪国の白い記憶の奥から、若い日の自分がこちらを見ている。遠い山々と湖の水面。深いブナの森。それらは来月、確かに的場の前へ立ち現れるのだという予感が、胸の奥でくすぶり始めていた。
来週の電車まで、あと六日。的場はその夜、布団の中で、高島千紗子の手首に触れた指の感覚と、耳元で「うれしい」と囁いた声の湿度を、もう一度だけ反芻した。窓の外では雨が強くなり、屋根を叩く音だけが暗い部屋に満ちていた。妻の寝息が隣で規則正しく続いている。的場はそっと右手を持ち上げ、暗がりの中で、電車のつり革を握る形に指を曲げてみた。その手首には、まだ、彼女の細い指が触れているようだった。
翌週、帰りの電車の中で、高島千紗子は一枚の旅行パンフレットを的場の手に押し当てるようにして渡した。表紙には、新緑に包まれた高原と、その先に広がる瑠璃色の湖が写っていた。湖面には白い雲が映り、風はまだ冷たいのだろう。写真の端に写った木々の葉が、日差しを受けて透き通っている。
「ここ、行ってみたいの」
彼女の声は弾んでいるのに、心なしか上ずっていた。
「いいでしょうね、今の時期は」
的場がそう返すと、高島千紗子はくすりと笑い、パンフレットをしまう前に、湖の写真を指先で二度、そっと撫でた。
「わたしね、ここ、子供のころに家族で行ったことがあるの。そのときの空気を、的場さんにもあげたいと思って」
「ありがとう。……君にそう言ってもらえると、嬉しいです」
「君だなんて」
高島千紗子は目を丸くして、それから口元を両手で隠した。
「なんだか、くすぐったいわね」
指の隙間から、溶けるような笑みがこぼれている。的場も釣られて笑った。そのとき、彼女の指先が的場の手首へするりと伸びてきて、脈を確かめるように柔く置かれた。
「的場さん、心臓、速くなってる」
「違いますよ、単なる車両の揺れでしょう」
そう答えながらも、的場の指は、高島千紗子の指を包み返していた。電車が高架を渡り、夕暮れの町並みが眼下に沈んでいく。遠い山影の向こうで、雪はもう、ひっそりと溶けて消えたというのに。それでも的場の奥には、白い風景の残像が根のように張り付いていた。来月、その白い記憶の代わりに、燃えるような新緑が彼を迎える。二人の手の重なりは、誰にも気づかれぬまま、電車の揺れに呑まれながら、行き先の見えない熱を育てていた。
「土曜の朝、八時に車で行きます」
高島千紗子は、ぽつりと確かめるように言った。
「どこで待ち合わせる?」
「駅前の銀行の角でいいですか」
「ええ、いいわ」
彼女の返事が余韻のように車内に残り、やがて電車が次の駅に滑り込む。夕闇の中、二人はまた、それぞれの帰るべき家へ向かうために、改札で静かに別れた。
待ち合わせの朝。的場は家を出る前に、洗面所の鏡の前で、無地のポロシャツに薄手のジャケットを羽織った自分の姿を眺めた。しわの数は、もう気にしても仕方がない。けれど背筋だけは、伸ばせるだけ伸ばす。学生のころにスキーで鍛えた体幹は、今もこうして的場を支えてくれている。勢いをつけて玄関を出ると、朝の光はもう充分に明るく、街路樹の青葉が風にそよいでいた。
駅前の銀行の角に、淡い水色のブラウスに白いカーディガンの女性が佇んでいる。高島千紗子は、的場に気づくと小さく手を上げ、駆け寄るように数歩踏み出した。風が彼女の黒髪をほぐし、耳元から首筋へ、しなやかな線を描かせる。
「おはようございます。早いですね」
「わたし、今日ね、四時から起きてたの」
彼女は笑い、頬を染めた。
「眠れなかった?」
「そう。遠足の前の日みたいでしょ」
そう言って、高島千紗子はくるりと車のほうへ歩き出す。その背中には、あの電車の中では見せたことのない、少し少女めいた可憐さがあった。的場はその後に続きながら、まだ触れもしていないのに、すでに彼女の体温を腕に感じている自分がいた。
車のエンジンをかけると、低い振動が座席を柔らかく揺らす。高島千紗子は助手席でシートベルトを締め、膝の上に置いた小さな手提げ袋を、両手でそっと抱えた。
「どこか、音楽でもかけましょうか」
「あ、大丈夫。このままのほうが」
車が動き出し、街並みが流れていく。郊外へ出ると、道の両側には田園が広がり始めた。窓を少し開けると、草いきれと土の匂いが車内に流れ込んでくる。
「的場さん」
高島千紗子が、静かな声で呼んだ。
「ええ」
「緊張してるの、わたし……」
彼女はそう言うと、センターコンソールのあたりに自分の手を置き、指先をきゅっと組んだ。その白い指先が、ギアを操る的場の右手のすぐ横で、何かを待つように微かに震えている。的場はハンドルから左手を放し、ためらったのち、その小さな手のひらにそっと重ねた。
「私もですよ」
彼は短く答え、前を向いたまま、彼女の指先にそっと力を込める。高島千紗子は的場の手の甲を握り返し、ほう、と温かい吐息を漏らした。フロントガラスの向こう、新緑が山肌を覆い始めた高原への道が、まっすぐに、どこまでも続いていた。
第2章 新緑の高原と湖で唇を重ねた二人は夢のホテルで初めて互いの老いた肌をほどく
第2章: 新緑の高原と湖で唇を重ねた二人は夢のホテルで初めて互いの老いた肌をほどく
車は静かに、しかし確かな速度で、郊外の緩やかな丘陵を縫うように走っていった。窓を少し開けたままにしている的場の左頬を、風が撫でる。その風は、さっきまで街中で吸っていた排気の香りをどこかへ押し流し、かわりに青い草の匂いを運んできた。
「的場さん」
高島千紗子の声が、柔らかく的場の横顔へ触れる。
「ええ」
「私、窓の外ばかり見てて……」
彼女はそう言って、シートに身体を預け直す。助手席のシートは彼女の丸みを帯びた背中を受け止め、薄い水色のブラウスが肩のあたりでかすかに波打った。的場は前方へ目を向けたまま、その気配だけを感じる。彼女が今、どんな顔をしているかは、ハンドルを握る手の熱さが教えてくれた。
「いいんですよ。せっかくの遠出だ。外を見て、何か思い出したら教えてください」
「うん。でもね、的場さんの運転、なんだか落ち着くの。電車の時とおんなじ」
千紗子は笑ったようだった。声そのものは穏やかだが、そこに含まれた甘えが、的場の耳の奥をくすぐる。運転しているいま、手を伸ばして彼女の輪郭を確かめるわけにはいかない。ただ、時おりハンドルを切るとき、右肘のあたりが千紗子の左腕にふれる。
そのたびに、布越しの体温が小さな火花のように散った。
「私ね、朝ごはん、ちゃんと食べられなかったの」
千紗子が、急にそんなことを言った。
「お腹が空いてる方向とは、少し違うんですけど」
「ふふ。違う方向の話だった?」
「ええ、まさに。的場さんは?」
「私は食べてきました。本当はコーヒーだけのつもりでしたが、妻がご飯を……ああ、すみません」
一瞬、空気が固まった。的場はしまったと思い、唇を引き結ぶ。千紗子はしばらく黙っていた。窓外の緑が、木漏れ日を細かく散らして車内に流れ込む。
「……いいのよ。私だって、朝は夫と一緒だったもの。トーストを焼いて、コーヒーを入れて。いつもと変わらない時間を過ごしてから、こうして出てきたの」
千紗子の声には、言い聞かせるような静けさがあった。的場は「そうですか」とだけ応え、それ以上、家の話をするのはやめた。ふたりの間には、互いに守るべき場所がある。それは分かっている。分かっているうえで、いま、こうして遠い道を走っている。
「空気が、だんだん軽くなってきた気がする」
千紗子が窓のほうへ顔を寄せ、鼻先で風を受ける。
「分かります。土の匂いが違う」
「そう。街の土じゃなくて、山の土って匂いがするわ」
彼女は片手を窓の外へ持ち上げかけて、寸前でやめた。かわりに、ガラスの内側から、流れていく木々を指先でそっとなぞる。的場はその爪の桜色を、視界の端にそっと捉えた。六十路の女の指だ。けれど、その仕草は少女のように無防備で、可憐で、的場の胸の奥に沈んでいた何かをゆっくりと浮き上がらせる。
「この辺り、もう信州の入り口だと思うんです。昔、私が暮らしてたあたりに、だんだん近づいてるの」
「帰ってきた感じがしますか」
「うん。言葉にすると変だけど、肺がふわふわするような、それでいて、背中のあたりがすっと伸びるような。……的場さんにあげたかった空気って、きっと、このことなの」
彼女は胸の前で手を組んだ。二人の沈黙が、エンジンの低い音と重なり合って、車内の温度をしっとりと上げていく。
やがて車は山間の道を登り始めた。つづら折りのカーブが続き、遠くに、まだ薄い霧をまとった山の稜線が見える。
「湖、見えてきたかしら」
千紗子が前のめりになる。サンダルの足先がフロアマットを小さく踏み、膝が少し開いた。そのとき、彼女のスカートの裾がわずかに膝上へずり上がる。白い太腿の内側が、日光を浴びてほのかに光った。的場は一瞬、視線を奪われ、すぐに前へ戻す。心臓が、のどを叩く。
(老いも若いもない。今の私は、ただの男だ)
的場はアクセルを緩め、湖の見える展望スペースへ車を寄せた。木々の合間から、瑠璃色の水面が、ゆっくりと顔を出す。
「わあ……」
千紗子は声を弾ませ、シートベルトを外した。車を止め、エンジンを切る。的場も運転席のドアを開けると、外の空気が二人を包み込んだ。それは新緑の苦みを含んだ、澄みきった香りで、皮膚の表面をすべる風は冷たくもなく、熱くもなく、ただ汗ばんだうなじを静かに冷ましてくれる。
「的場さん、こっち来て」
千紗子が振り返り、右手を差し出す。その手のひらが、光を透かして白い。的場は無言で、その手を握り返した。湿ってもいないのに、指と指が吸いつくように馴染む。二人は展望スペースの柵に寄り、湖を見下ろした。水面は太陽の位置によって銀色に変わり、岸辺の木々は若葉を風にそよがせている。
「私、こういう空気、久しぶり」
千紗子が、息を深く吸って、細く吐いた。
「胸がすうってする。来てよかった……」
そう言った千紗子の横顔を、的場はしばらく見ていた。彼女の白い首筋、耳の後ろでまとめた黒髪、揺れる睫毛。六十路の女の横顔が、初めてのキスを待っている。的場は左手でそっと、彼女の肩を抱いた。千紗子はびくりと身体を震わせ、それから、おそるおそるというふうに、的場の肩へ寄りかかってくる。
「いいの?」
彼女が、息だけで言った。
「私のほうが、いいのかと」
的場の声は掠れていた。千紗子は何も答えず、ゆっくりと顔を上げた。目は閉じている。唇がほんのわずかに開き、柔らかな呼気が、的場の口元を湿らせた。
的場は目を閉じ、彼女の唇へ自分の唇を重ねた。
触れるだけの、しかし何かを取り戻すようなキスだった。新緑の香りが、二人の呼吸のあいだで揺れる。湖の水面が、どこかで小さくはじける音がした。千紗子の唇は、想像していたよりもはるかに柔らかく、ひんやりとしていて、それでいて内側には確かな熱があった。的場の肩を掴む彼女の指が、ぎゅっと力を込める。
唇を離すと、千紗子はそのまま、的場の胸に額を押し当てた。
「信じられない」
彼女のかぼそい声が、的場の胸のあたりへ沈む。
「わたし、今、的場さんと……」
「言わなくていい。分かってます」
的場は彼女の髪を、そっと撫でた。黒髪は日光を含み、指のあいだを流れ落ちる。彼女は顔を上げない。耳の先が、夕顔の花びらみたいに真っ赤に染まっていた。
「私、ずっとこうされたかったの」
千紗子の声が震える。彼女は的場の胸から額を離し、うるんだ茶色の瞳で彼を見上げた。
「おかしいわね。この年で、こんなふうに泣きそうになるなんて」
「私だって、足が震えてるんですよ」
的場が笑いをこらえて言うと、千紗子は鼻のあたまを赤くしたまま、ようやく笑った。肩を寄せ合い、二人はもう一度、こんどは数秒だけ、浅くキスをする。二度目の唇は、さきほどより熱かった。
湖畔の食事処は、年配の夫婦らしき客が二組ほどいるだけの、静かな木造の店だった。二人は湖の見える窓際の席に並んで座り、蕎麦を頼んだ。千紗子がにこにこと献立を見つめ、的場に訊ねる。
「的場さん、お酒は飲まないの?」
「運転がありますから」
「そうね。残念。……でも、帰りはそのまま宿に泊まるんでしょ?」
彼女は小声で言った。宿、という言葉。ウソの懇親旅行を実行するための、大切な隠れ蓑の時間。二人はこのあと、もしかしたら、そのまま一日を共に過ごすことになる。
「そうですね。予定では、そうなってますから」
「ふふ。予定では、ね」
千紗子が茶目っ気のある目をした。出された蕎麦は冷たく、汁の香りが鰹節の深い山の匂いを運んでくる。二人は時に黙り、時に他愛ない話をし、店の窓から見える湖を眺めた。水面には雲がいくつも浮かび、風が渡るたびにその輪郭を崩す。
「ねえ、的場さん。私たち、外から見たら、夫婦に見えるかしら」
「……似た年ごろの、仲のいい夫婦に見えるかもしれませんね」
「仲のいい、ってところがいいわ。信州の湖で蕎麦を食べる、仲のいい夫婦。……明日になったら、また、それぞれの家に帰るのに」
彼女の声がほんの少し沈んだ。的場は箸を置き、窓の外を見る。湖の風が、桜の若葉を裏返しに揺らしていた。
「それでいいんだと思います。だからこそ、今日が、たまらなく光って見える」
「たまらなく?」
「ええ。帰る場所がある者の、道草は美しい。学生の頃、そう言ってる先輩がいました」
千紗子は目を細くして、的場の横顔をじっと見た。
「じゃあ、私、今日はいっぱい道草するわ。的場さんがくたびれるまでね」
彼女の笑みに、湿った熱が宿る。的場は水を一口飲み、窓の外の新緑を目で追いながら、のどの奥に広がる水の冷たさを、ゆっくりと味わった。
店を出て、二人は湖畔の遊歩道を歩いた。新緑の枝が、道の上へかすかな影を落とし、木の根元には、毒々しいまでに青い下草がひそやかに生い茂っている。バードコールのような鳥の声が、湖の向こうから間遠に響いた。
千紗子は時々、的場の袖へ指を触れさせた。触れては離し、離しては触れる。まるで、許しを確かめるように。
「的場さん、私ね、昔ここへ家族と来た時、この湖でボートに乗ったの。父が下手で、母が笑って、私はというと、真ん中で怖がってた」
「今は、怖くないですか」
「今は、誰かと来てるもの」
彼女はそう言うと、的場の手首をつかみ、そのまま指を絡めてきた。遊歩道は人がいない。木立のあいだを、午後の光が斜めに差し込み、二人の手の影を、草の上へ長く落とす。的場は千紗子の手を握り返し、歩調を合わせた。
「二人きりで、こんなことは、するつもりじゃなかったんです。本当は」
「知ってる。でも、いいの。私も、なんだかもう……最初から、こうなることを探してたみたい」
千紗子の声は、湖の風に混ざって、的場の胸へ染みた。
「探してた?」
「うん。電車の中であの日、的場さんの腕に触れた時、ああ、この人の体温は、私を置いてけぼりにしないかもしれないって。そう思ったの」
彼女は立ち止まり、的場の二の腕へ、そっと胸を当てた。柔らかな乳房の重み。この感触が、あの揺れる車内で生まれた火種の正体だった。的場の右腕が、あのときの記憶を、生々しく呼び覚ます。ブラウス越しの弾力、押し当てられる体温。下腹部の奥で、小さな炎が立ち上がった。
「千紗子さん」
「なあに」
彼女が顔を上げた、その唇へ、的場は今度は深く、やや乱暴に口づけた。千紗子が鼻から小さく息を抜き、的場のジャケットの襟を握る。舌が触れ合い、唾液の温度が混ざる。老いた舌、使い古された唇、それなのにまるで十代のように、心もとない甘さが胸を突き抜けた。ちゅ、と音を立てて唇を離すと、千紗子は目を閉じたまま、口元に銀の糸を引かせていた。
「……だめよ。こんなところで」
彼女は慌てて口元を手で拭い、あたりを見回した。
「誰もいませんよ」
「的場さんのくせに、大胆なんだから」
千紗子は真っ赤な顔で笑った。二人は腕を組み、遊歩道を引き返す。夕方が近づき、湖の色が、瑠璃色から徐々に金色の光を帯び始めた。
帰りの車中、千紗子はシートに背を預け、うとうとと目を閉じた。的場は時々、彼女の横顔を盗み見る。開いた唇から、かすかな寝息が漏れ、首すじが汗ばんでいる。カーディガンを脱いだ腕が、日光をうけてしっとりと白い。彼女が浅く身じろぎするたび、スカートの間から、太腿の付け根のくぼみが、ほんの少しだけのぞいた。
(この人を、抱くんだ。おそらく、今日)
的場は方向盘を握り、前を向いた。山肌を染めていく西日が、きつい。フロントガラスに、夕日が丸く反射し、道路を黄金色に溶かしていく。
やがて道の先に、派手な外壁の建物が現れた。
それは、夕暮れの山あいに、どこか場違いなほど強い色を持ったラブホテルだった。桃色と緑のコントラストが、周囲の木立の沈黙に抗うように輝いている。的場は速度を落とした。千紗子が、その気配で目を覚ましたらしい。彼女は前を見て、建物を認めると、小さく息をのんだ。
「……寄ってみる?」
彼女の声は、かすれていた。的場は返事の代わりに、ウインカーを出した。
ラブホテルの敷地へ入ると、途端に、俗っぽく都会的な空気が二人を包む。車寄せの屋根の下は、ねっとりとしたオレンジの照明で、ぎらぎらと甘ったるい。千紗子は手持ちのカバンを抱え、的場の後ろを歩いて入り口へ向かう。フロントは無人で、パネルにいくつもの部屋の写真が、どぎつい色で映し出されていた。的場は部屋を選び、無言でキーを取る。
「大丈夫ですか」
「うん……なんだか、心臓がのどから出そう」
千紗子は小声で答え、自分の胸を押さえた。的場は彼女の肩をやんわりと抱き、エレベーターへ向かった。天井の鏡に、二人の姿が映っている。年齢を重ねた男女が、これから何をするのかを、自分たちがいちばん知っている。エレベーターの箱が上昇するあいだ、二人は黙っていた。ただ、互いの熱い手だけを握りしめて。
部屋に入ると、密閉された芳香剤の匂いが、まず的場の鼻を刺した。いやらしい菓子のような甘さ。千紗子がくしゃみをひとつし、ほっとしたように笑った。
「……すごいお部屋」
彼女がつぶやく。確かに、真っ白なベッド、鏡張りの壁、回転する照明、窓は厚いカーテンに覆われ、外の気配は完全に閉ざされている。千紗子はためらいながら室内を歩き、スカートの裾がふわりと揺れた。その横顔には、恐れと好奇心が、等分に溶けている。
的場は背後から、彼女を抱きしめた。
「的場さん……」
千紗子が小さく身じろぐ。的場の胸が、彼女の肩甲骨へ押し当たり、腰のあたりに的場の熱があるのを、彼女は背中で感じたことだろう。彼女の耳のつけねへ、的場はゆっくりと口づけた。首すじから、うすい汗の塩味と、かすかな石鹸の匂いが立ちのぼる。
「こんなことは、年甲斐もない。分かってる」
的場は低い声で、彼女の耳に囁いた。
「私だって、同じよ。……でも、身体は正直ね。あの電車の中から、ずっと」
千紗子は的場の手を、自分の腰の上へ導いた。カーディガンを脱ぎ、ブラウスの釦を、彼女みずから外していく。的場も彼女の正面に回り、細い肩から、白い腕をあらわにする手伝いをした。水色のブラウスが床に落ち、白いカーディガンが、椅子の背に重なる。
下着のうえから、千紗子の身体は、肌の白さに満ちていた。胸元には、抑えきれない二つの膨らみが、シンプルなベージュのブラジャーの上で柔らかな影をつくる。
「あんまり、見ないで。恥ずかしいの」
千紗子は両腕で胸を隠し、うつむいた。その耳の先が、また、赤い。
「綺麗です。……本当に」
的場は、しわの浮いた自分の手のひらで、彼女の隠した腕の外側から、そっと腰を撫でた。千紗子の腰は、六十路とは思えぬほどしなやかで、かつ、ほどよい肉付きで、触れる指を吸い込むようだ。的場はブラジャーの背のホックを外した。千紗子の腕が、ほんの少しだけ、されるがままに垂れる。
「あ……外れちゃった」
彼女が、掠れ声で呟く。ブラジャーの肩紐が落ち、白い乳房が、ついに陽の下へあらわになった。ラブホテルの派手な照明の下で、その肌は、絹にも似た光沢を帯びている。重量感のある乳房の先端は、年齢よりもずっと淡い、躊躇いがちな色をしていた。
的場は、その乳房に手のひらを当てた。ずしり、と、女の熱が掌へ沈み込む。千紗子の口から、息とも声ともつかぬ、かぼそい音が漏れた。
「あ……指が、的場さんの指が、そのまま……」
「気持ちいいですか」
「こ、こんなこと、き、まって……あぁん……」
的場が乳首を軽く指のはらで転がすと、千紗子は膝をふるわせ、のけぞった。続いてスカートのファスナーに手をかける。彼女のローライズの下着の中心は、すでに、湿って色を変えていた。浅葱色の布地に、しっとりと湿り気が滲んでいる。
「見ないで……お願い、そんな、くらくらする」
千紗子は、くちゅ、と音がしそうなほど強く太腿の内側を擦り合わせた。その仕草がいやらしく、的場は思わず、彼女の腕をほどき、下着の縁に手をかけた。
「見てしまいます。あなたの、その……」
「……ん……も、破れそうなくらい濡れてるの、自分で分かる。私、ほんとうに、こんなになるなんて」
彼女が下着を下ろすと、あらわになった秘部は、淡い茂みに守られた、熟した桃のようなふくらみをもっていた。的場は喉を鳴らし、そっと、その割れ目へ指を添えた。湿ったそこは、火傷しそうなほど熱い。くちゅ、と、指先が入り口で小さく音をたてる。
「ひあっ……」
千紗子が、短く鳴いた。
「て、的場さんの指、……ふ、と……中で、ふくらんでる……」
「あなたの中も、十分ふくらんでますよ。熱くて、吸い付いてくる」
指をゆっくりと出し入れすると、ぬぷ、ぬちゅ、と、切ないほど湿った音が、密室の沈黙を犯していく。彼女の愛液が指の節にねばり、糸を引く。テレビもつけていない室内に、エアコンの風音と、千紗子の息遣いだけが響いた。
的場は彼女をベッドに腰かけさせ、自分も服を脱いだ。老いた腹、少し垂れた胸、それでも芯の通った背筋。千紗子は、そんな的場の裸を、うるんだ目でじっと見ていた。
「的場さん……お互い、ほんものの身体ね。見せ合うの、まだ、怖いけど」
「私も同じです。でも、あなたが先に、それを見せてくれた」
「ええ……恥ずかしかった。今も、すごく。でも、的場さんが触れてくれると、それを忘れそうになるの」
彼女はベッドへ横たわり、両腕をそっと的場へ差し伸べた。白い腿が開き、あらわな秘部が、また花ひらをわずかに開かせる。的場はそこへ覆いかぶさり、先端を、彼女のぬかるみにあてがった。
「挿れます。いいですね」
「ええ。来て……わたし、待ってたの、ずっと、ずっと……」
千紗子が、泣きそうな声で言った。的場は腰を進めた。ぬちゅっ、と熱い唇が、彼自身を飲み込んでいく。中は、息の根が止まるほどきつく、それでいて、何十年ぶんもの飢えを抱えた肉襞が、待ちかねたようにうねり、包み込んでくる。
「ああ……。中……熱い……」
的場が低く呻いた。
「んっ……わたしも……あ、は……的場さんの、こんなに……あつ……」
千紗子の腰が、小さく浮いた。彼女は首をのけぞらせ、白い喉を震わせる。男根をずぶずぶと沈めていくたび、くちゅ、ぐちゅり、と粘液の音が大きくなる。千紗子が、シーツを両手で握りしめた。
「ああっ、あ、だめ、奥……お、奥まで……ああんっ!」
彼女の声が、尖っていく。的場は、一度ひるんだ。この歳で、ここまで濡れきった女の内襞が、自分の芯を絞るように締めつける。射精感に似た、腹の底の火が、早くも暴れ始めていた。
「千紗子さん……一緒に、動かしましょう」
「ん……動いて……私、もう、あなたの形を、はっきり感じてる……ああ、子宮の、奥のほうが……きゅうって」
彼女の内壁が、遠慮というものを知らずに、的場を食い締めてくる。ぐちゅ、ぐちゅ、ぬぷ、という水音が、艶めかしく反響する。的場は彼女の腰を両手で支え、少しずつ抽送を始めた。
「はぁん……いい……そんな、ゆっくりなのに……おく、とどいちゃう……」
千紗子は頬を真っ赤に染め、口元から唾液の筋を垂らした。の目はとろけ、焦点が合っていない。的場は、彼女の中のひだを掻き分けるように、ゆっくりと腰を前後させる。ふたつの老いた身体が、ホテルのベッドの上で、甘く、しかし確実に一つになる。
「くちゅ……んっ、あ、音がしてる……恥ずかしい、でも……的場さんのが擦れて、あ、あ……」
彼女の中は、抽送のたびに、ぬるつく蜜を溢れさせる。すでにシーツには、愛液の染みがひろがり、二人の結合部をいっそう濡らしていた。的場は汗ばんだ千紗子の乳を揉み、その重たさを掌にたしかめながら、しだいに腰を速める。
「ひっ……ああ……おく、おく、だめっ……! あ、ああ、そこ、いや、そんな、ゆさぶらないで……!」
千紗子が、爪を的場の背中へ立てた。二人のあいだの空気は、汗と女の匂いが煮詰まり、むせかえるほどの密室になる。じゅぷり、ぐちゅっ、と音が高まり、彼女の声は、もう、どこへ向かうのか分からぬ嬌声に変わった。
「……おまえの奥、うごいてる。いい、ものすごく」
的場の言葉に、千紗子が大きく首を振った。
「や、やだ……わたし、もう、おかしく、な……あ、ああっ、そ、そこで、きちゃ、あ、あああっ!」
彼女が、小さく哭いた。それは、幼い泣き声に似ていた。老いた女の身体が、若い女みたいに、いや、それ以上にあられもなく、びくびくと痙攣する。くちゅ、くちゅ、と彼女の内側が、男根を搾りながら波打った。的場は、そのうねりに耐えきれず、彼女の奥へと自分を沈めて、低い唸りを漏らした。
「千紗子……っ、ああ……!」
「んああ……的場さん、中で、中で、あついの出て……ひぁ、ん……あ、ああ……」
どくどくと、腰の奥から熱が放たれていくのが分かった。千紗子の足が、的場の背中に巻きつく。彼女の内深くが、最後の力をふりしぼるように、のけ反る。
「は……ぁ……、わたし、今、ほんとに……いっ……しんじゃったみたい……」
千紗子が、とぎれとぎれに囁いた。的場は返事の代わりに、彼女の額へキスをする。彼女の瞳から、涙がこぼれ、的場の唇がその塩味をそっと舐めた。二人は、汗まみれのまま、ラブホテルの白いシーツの波に沈み、しばらく身じろぎもできなかった。
「的場さん」
千紗子が、的場の胸に頬を乗せたまま言った。
「私ね、これから、どうかしてしまいそう。こんな時間を、手放せなくなる」
的場は天井の鏡に映る自分たちを見た。老いた裸身が、みっともなく、しかしひたむきに重なり合っている。
「手放さなくていい。せめて、月に一度くらい、こうして会うのでは、どうでしょう。互いの生活を、これ以上は侵さない。線は、守る」
「月に一度……。本当に?」
彼女が顔を上げた。まだ涙で濡れている睫毛が、照明を受けて光る。
「本当です。できるかぎり、あなたと会うために、私は今日を生きます」
「的場さん、それ、すごく恥ずかしい台詞よ。……でも、泣きそう」
千紗子は的場の胸に額をこすりつけ、鼻をすすった。部屋の中では、エアコンが低く唸り、どこか遠くで、車の通る音が、夢のあとのように響いている。新緑の香りは、もう壁の向こうだが、的場の肺には、まだ、湖の澄んだ風が残っていた。二人は裸のまま、月一の約束を、何度も確認するように、静かに抱き合っていた。
第3章 女子校生の制服を着せられた六十路の躰はコスプレの支配に恥じらいながら濡れて鳴く

月一の密会は、春の終わりから初夏へ移ろうとする街の空気と同じように、少しずつ二人の輪郭をなぞり直していった。会うたび、触れるたび、千紗子の肌はしっとりと温度を増し、的場の手はその熱へ吸い寄せられるように彼女の背や腰を辿った。教室では相変わらず隣の席に座り、帰りの電車では人目を忍んで互いの指先だけを絡め合う。以前よりもずっと密やかな、けれど確かな約束が、週に一度、二人の間に横たわる帰路を甘く灼いていた。
その日も、シニア教室を出た二人は、いつものように各駅停車の電車に揺られていた。車内は帰宅途中の乗客でほどほどに混み合い、吊り皮を握る手と手のあいだに、ぶら下がった広告がせわしなく揺れている。千紗子は的場のすぐ隣に身を寄せ、周囲の目を気にする素振りもなく、むしろ自然な仕草で、彼の二の腕へ自分の左胸をそっと押し当てていた。弾力のある膨らみが、薄いブラウス越しに的場の腕へ沈み込み、その下の、しっとりと汗ばんだ肌の温度まで指先に伝わってくる。的場は呼吸だけを深くして、窓硝子へ流れる街路樹の影をじっと見つめた。千紗子の胸は、彼の腕の形に合わせるように柔らかくたわみ、電車が小さく揺れるたび、その重みが押し寄せては引き、押し寄せては引いた。二人とも何も言わない。ただ、車輪がレールを刻む単調な響きと、混み合った車内の生温い空気が、密着した胸と腕のあいだに閉じ込められていく。的場の耳元で、千紗子の髪の一本一本が立てる衣擦れのような、ほとんど息のような音が聞こえた。彼女の制汗剤の匂いと、昼のあいだ肌に滲んだ汗の名残りが、むっと甘く的場の鼻腔をくすぐる。窓の外では、踏切の警報機が赤く瞬き、伸びた夕影が二人の足元まで差し込んでいた。千紗子は、まるで自分の鼓動を隠すように、そっと的場の小指へ自分の小指を絡めてきた。その指先は、かすかに湿っていて、腕に押し当てた胸の奥で心臓がとくとくと速く脈打っているのが伝わってくる。的場が視線だけをそちらへ動かすと、千紗子は伏し目がちのまま、ほんの少し口元を緩めた。その横顔に、西陽が濃く当たって、耳の産毛まで金色に光っている。今この車内で、誰かに見られているかもしれない。けれど、そう思えば思うほど、接触した部分の感覚だけが鋭く膨らんで、的場は返す言葉をなくしていた。
「次に会う教室の帰りは、わたし、昔できなかったことをしてみたいの」
千紗子がそう言ったのは、梅雨入り前の蒸した夕方だった。電車の冷房が少し強すぎて、彼女はカーディガンの前をかき合わせながら、窓の外を行く川面をじっと見ていた。
「昔できなかったこと、ですか」
的場が首をわずかに傾げると、千紗子は頬を染めて、それでも目だけはまっすぐ的に向けた。
「ええ。……的場さんには、笑われるかもしれないわ。でも、わたし、あのまま過ぎてしまった時間をもう一度、やり直せる気がしてるの」
彼女の声は、車輪の低い唸りにのって、的場の胸の奥へゆっくりと沈んでいった。千紗子はそこで口ごもり、スカートの膝頭を両手でそっと押さえた。その指先が、心なしか震えている。
「笑わないで聞いてほしいの」
「笑いませんよ、千紗子さんの願い事なら、何でも」
彼がそう低く返すと、千紗子は小さく息を吐き、うつむき加減のままで、ほとんど囁くような声を絞り出した。
「昔、着てみたかった服があって……学生の、制服よ。あの頃は当たり前のように着てたのに、今のわたしには、もう、手の届かないものだと思ってた。でも、このあいだ、ホテルの案内を見ていたら、それが借りられるって書いてあったの。お部屋に用意してもらえるんですって」
彼女はそこで一旦言葉を切り、上目遣いに的場の横顔を窺った。だが的場は黙って、話の先を待つ。電車が架線の継ぎ目を踏む、かくん、という振動が二人の肩を揺らした。
「ねえ、的場さん。おかしいかしら。この年で、白いソックスなんて」
千紗子が自嘲するように口元を緩めた。その笑みには、けれど、どこか切実な色が滲んでいた。的場は吊り革から手を放し、彼女の手首へそっと自分の指を重ねる。
「ちっともおかしなことじゃありません。あなたの着たいものを着て、私の前で笑ってくれれば、それでいいんです」
的場の手首に、千紗子の指がゆるく絡み返される。窓の外はまだ明るく、街路樹の緑が、雨を含んだ風ににじんでいた。六月の空気は、肌にのしかかるほど湿って、汗の出る前の予感を二人にそっと与えていた。
その次の密会の日、的場は千紗子と改札で待ち合わせ、あの日の高原の帰りに寄ったのとは別の、駅裏にひっそりと建つ小さなホテルへ向かった。ホテルの外壁はピンクと薄紫の縦縞で、都会の路地に不自然なほど鮮やかに浮かび上がっていた。夕方の光を受けて、壁面のタイルが貝殻の内側のようにぎらぎらと瞬いている。的場は入り口に向かいながら、千紗子が腕にかけた紙袋を大切そうに抱えていることに気づいた。彼女は指先で袋の口を何度も握り直し、深く息をついては、また歩き出す。
部屋の中は、備え付けられた甘ったるい芳香剤の香りが、前回のホテルよりもいっそう濃く澱んでいた。エアコンの風がカーテンの裾を小さく揺らす。壁の一面は鏡張りで、天井にも光沢のある黒い鏡が斜めに嵌め込まれている。千紗子は部屋へ入ると、靴を脱いでまっすぐ奥へ進み、荷物を置いた。
「着替えても、いいかしら」
彼女はそう言うと、的場に背を向けるようにして紙袋を開いた。中から出てきたのは、紺色のブレザー、短いプリーツスカート、それから真新しい白いソックスだった。千紗子の手順は、ひとつひとつの動作が妙に丁寧で、衣類をしわにならぬよう順番にベッドの上へ並べていく。照明の下で、ブレザーのボタンが小さく光った。
「やっぱり、まずいかしら。この年で、こんな派手な短さのスカートなんて、似合うはずがないの。せめて暗い部屋で、光の加減で誤魔化せるかしら……」
的場は首を横に振り、彼女の手を引いて、鏡の前へ立たせた。
「千紗子さん。着てから考えましょう。その服は、あなたが二十歳のときに着られなかったものではなくて、今日のあなたが選び直したものです。誰に遠慮することもない」
「的場さんは、ほんとに優しいのね。そんなことを言われたら、ますます、この歳で制服を着る自分を直視できなくなるわ」
千紗子は、それでも的場に促されるまま、ブラウスの袖に腕を通し始めた。薄い水色のカーディガンを脱ぐと、白い腕が照明の下にすうっと浮かび上がる。慣れた手つきでブラウスのボタンをはずし、ベージュの下着を外す。手早く、いや、むしろ恥を捨てきれぬまま、彼女は紺のブレザーを羽織った。スカートを腰まで上げ、白いソックスを太腿の下まで引き上げる。制服の上からは、下着をつけていないらしい胸の膨らみが、ブラウスの合わせ目をわずかに押し上げていた。
鏡の前に立った千紗子は、一瞬、呼吸を止めた。六十路の女の顔、首、腰、そして六十路の女の身体を包む、やけに若々しい紺の制服。けれど、その不釣り合いが、逆に彼女の肌の白さや肉づきの艶を、妙に生々しいものとして浮かび上がらせている。六十路の乳房が、ブラウスとブレザーの下で重たげに揺れ、腰と太腿の線が、短いスカートの裾から逃げ場なく覗いていた。
「こんなの、おかしいわね」
千紗子が、鏡の中の自分を見つめたまま呟いた。
「ちっともおかしくない」
的場は背後から、彼女の両肩をそっと掴んだ。千紗子の身体がびくりと強張る。鏡の中で、二人の視線が交錯した。
「本当は、あなたがこうしたいと望んでいたことだ。だろう、千紗子さん」
的場は、意識して「千紗子さん」という呼び方をやめた。荒い声のまま、彼女の耳元に顔を寄せる。
「おまえ、学校で何を教わってきたんだ。こんな時間になって、そんな短いスカートで、男の前に立つような教育を受けたのか」
千紗子が息を呑むのが、肩越しに伝わった。
「やめて……的場さん、そんな言い方は」
彼女の声は上ずり、腰が引ける。的場は彼女の肩を抱いたまま、鏡に映る千紗子の白い喉、汗ばんで光る首筋、乱れた黒髪を、じっくりと目でなぞった。胸元では、六十路の乳房が息を吸うたびに、ブラウスの前を大きく持ち上げている。
「おまえが自分で着たんだろう。この服を、今日のために用意して、俺の目の前で着た。何をされるか、分からないほど純情な女か。……いいや、おまえは分かっている。自分の身体が、その制服にどんな匂いを染み込ませているかもな」
的場の片手が、千紗子の脇からするりと前へまわった。ブレザーの上から、彼女の胸の膨らみを握り込む。ぐにゅり、と重い弾力が掌と指のあいだで溢れ、ブラウスが汗と手の熱で張りついていく。
「あっ……ん……やめて、そんな乱暴に……」
千紗子が身をよじるものの、的場の腕はびくともしない。彼女の背中が的場の胸に押しつけられ、短いスカートからは、白い太腿が剥き出しのままで鏡に映っていた。的場の指が、襟元の赤いリボンを引き、ブラウスのボタンをひとつ、またひとつと外していく。現れた六十路の乳房は、肌の白さと艶があどけない服とあざといほど好対照で、頂きの色だけが、年相応の落ち着いた渋みを帯びている。
「おまえのその乳、女子校生の胸にしておくには惜しいな。男に捏ねられて、こんなに重く熟れてる」
「いや、ああ……聞きたくない、そんな、いやらしい言い方……」
千紗子が首を振る。そのたび、耳の後ろで結んだ黒髪が乱れ、白いうなじに汗の筋が幾筋も伝った。的場は片手で、彼女のスカートの裾をまくり上げた。プリーツの布は腰の上で小さくたわみ、露わになった下腹部、腿のつけ根、その奥の白い布地――いつの間にか下着をつけていない、ぱっくりと閉じた秘部が、蛍光灯の光でねっとりと濡れ光っていた。
「やめて、的場さん、おかしいの、わたし、もう……体が熱くて……」
「おかしいのは、おまえの身体のほうだ。触れてもいないのに、もう脚を伝いそうなくらい濡らして。自分で分かっているんだろう。ほら、指で開いて鏡を見ろ」
的場は、スカートをまくり上げたまま、彼女の両手を後ろに押さえつけた。千紗子は首を振って鏡から目を逸らそうとする。的場が彼女の顎をすくい、無理やり正面へ向かせた。
「おまえ、学校で何を教わってきたんだ」
もう一度、低く、細い刃のような声で繰り返す。鏡の中の千紗子は、睫毛を涙で潤ませ、白いソックスを履いた脚を内股に擦り合わせていた。太腿のあいだ、女の裂け目から、とろりとした蜜が一筋、膝へ向かって垂れていく。
「や……ああ、ちが……ちがうの、わたし、こんなんじゃ、なかったの……」
千紗子の唇から、泣き声とも、喘ぎ声ともつかぬ声が漏れた。的場は彼女の身体を勢いよく反転させ、ベッドの縁へ押し倒す。老いた床が足もとで揺れ、制服のスカートが、むごたらしく腰の上でめくれ上がった。両手がシーツを掻き、逃げようと左右に身を捻る。その動きがいっそう、制服の乱れを淫靡なものにした。白いソックスが片方だけ足先にぶらさがり、片足は太腿の下でくしゃくしゃになっている。
「嫌か? 違うのか? なら、この匂いは何だ。おまえの足の間から、こんなに蜜の匂いをさせて。女学生の顔をしながら、男に股を開かれるのを待っている匂いじゃないか」
「や、やだ……ああ、いやぁ……そんな、言われたら、わたし……あ、ああっ」
千紗子が背を反らし、白い喉をのけ反らせた。的場が片手で彼女の両腿をつかみ、無理やり左右へ割り開く。露わになった秘部は、薄い茂みに縁取られた花弁をふたたび、くちゅ、と音を立てて泡立たせ、中の女の肉が呼吸するようにひくついていた。色は桜貝というより、熟れきって重い紅色で、女学生の制服との落差が、かえって見る者の目を灼く。
的場が中指を、ぬかるんだ入り口へ沈ませる。ぬぷ、と指が飲まれていく。千紗子の肉が、待ちかねたようにその指を食いしめ、奥の襞がきゅうきゅうと動くのを、的場は指先で余すところなく感じた。すでに溢れた愛液が指の節にねばり、第二関節より深い場所が、煮崩れた果肉のように熱を持っている。
「ああ……ん、んぅ……だめ、そんな、指でまさぐらないで……あ、ああ、お、奥がきゅうってする……ああんっ!」
千紗子が甲高く鳴いた。的場は指を一本増やし、中へ出し入れする。ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、と蜜があふれ、指のあいだに唾液よりも濃い、女の脂じみた汁が糸を引いた。音だけが、密閉された部屋にやけに大きく反響する。鏡張りの壁が、行為のすべてを、恥辱とともに二人の目へ返していた。
「あ、あ、やめて……あぁ、そんな……あ、ああっ、擦らないで、いや、なのに、あっ、あっ……」
「擦らないで、と言いながら、奥から溢れるものはどうするんだ。指が動くたびに、ぐちゅぐちゅと音を立てて、おまえの中はもう、びしょびしょじゃないか」
「ちが……ああっ、わたし、わたし……んぁ……!」
千紗子が足をばたつかせ、履きかけの白いソックスがはだけた踵から落ちる。長い黒髪はシーツの上に乱れ、六十路の横顔が、磔にされた女学生の貌で、的場を見上げていた。的場は自分のズボンを寛げ、硬くなって汗ばんだ肉茎を、ためらわず千紗子の濡れそぼつ入り口へ押し当てた。
「いくぞ。おまえの中を、その学生服ごと貫いてやる」
「や、いやぁ……あ、ああっ! あつい、あつい……ああ、来て……あ、だめ、奥、奥が……」
ぬちゅっ、と一息に突き入れる。中は、もう千紗子自身の熱でどろりと溶け、肉の凹凸が男の芯をくわえ込んでは離さない。ぱちゅ、ぱちゅ、と腰の触れるたびに蜜が飛沫を上げ、二人のつなぎめからは、ぬかるみそのままの粘液が、音を伴って溢れ続けた。
「ああ……おまえの中、こんなに絡みついて。やはり、この年で学生服を着て、俺に犯されることを待っていたのか。そうなんだろう、千紗子」
「ちが、……ちがうの、あ、あ、そんな、聞きたく、ない……あっ、だめ、そんなに突かないで、……んぁ、ああっ、お、奥まで、……あ、あああっ!」
千紗子が首を振りながら、けれど腰を浮かせ、自分から男を食い締めにかかる。その動きはもう、逃げるための抵抗ではない。吸い上げ、ねだる、女の粘膜の本能だった。彼女の胎内で、女学生の面影など粉々に砕け散っていく。熟れた六十路の匂い、汗と愛液の匂いが、布団の上に濃く溜まっていく。
的場は彼女の腰を両手で掴み、後ろから突き上げるように体位を変えた。千紗子は逆らえず、四つん這いのままでシーツに顔を伏せる。短いスカートが、むごいほど腰の上へめくれ上がり、剥き出しの双丘と、そのあいだの肉裂が、蛍光灯の下で不浄なほど美しく光った。背中が汗でぬめり、ブレザーが肩からわずかにずれて、白い肌に紺の布がへばりつく。後ろから打ちつけるたびに、千紗子の腰が犬のようにしな垂れ、膣が男根を搾り上げた。
「んあっ、あ、あ、……ああ、あっ、おく、ひ、ひっ……ああっ、そこ、きちゃ、また、あ、あああっ!」
彼女の雛妓のような悲鳴が、ラブホテルの防音の壁に吸われ、くぐもった余韻だけが二人の耳を刺した。的場は眉をひそめ、腰の動きを速める。もはや優しさも加減もなく、獣が交尾の刻を迎えたように、熱く膨れた男根を、煮立った肉壷の奥へ何度も何度も沈めていった。
「出るぞ……千紗子、おまえの中に……おまえの、女の奥へ……」
「だめ、中で……あ、あ、中であついの……ひぁ、ああっ、……あっ、ああっ、わたし、わたしも……また、あっ、ああ、あはぁ……!」
どぷ、どぷ、と脈打つ熱が、彼女の子の袋の口を打ち据える。千紗子は白目を剥くように天を仰ぎ、喉の奥から、女の声とも獣の哭き声ともつかぬ、長く細い泣き声を迸らせた。的場が最後の一滴を絞り尽くすまで、彼女の膣は、泣いているようにひくつき、男根を離そうとしなかった。愛液と精液の混ざった濁り液が、二人の交わりをたどり、太腿の内側を伝って、白いソックスをさらに黄ばませる。
行為が終わり、二人は言葉を失くしたまま、泥のように崩れた。テレビの主電源が入っていない闇の中で、エアコンだけが低く唸っている。早すぎる夜の静けさが、鏡の奥から二人をじっと見返していた。的場は背中を向けたまま、小さく腕を差し出した。
「今のは……少し、やりすぎたな」
「いえ……いいのよ」
千紗子は、泣いた後の女の声で、的場の腕に頭を寄せてくる。
「わたし、怖かったのに、身体が、あんなに勝手に……的場さんの手の中で、恥ずかしいところ、全部見られて、感じてしまった。あのまま、死んでしまうかと思った」
彼女の髪からは、懐かしい石鹸と、ほのかな汗の塩気が匂った。的場は天井の鏡を仰ぎ、老いた男の背中が、汗と精液の後始末に悩んでいるのを見た。若い頃には想像もしなかった場所まで、来てしまったものだ。けれど、後悔はしていない。そう思う自分が、少し恐ろしく、同時に清々しくもあった。
夜が更けていく。窓の外では、勤務を終えた帰宅途中の者たちの足音がとぎれとぎれに続き、その中へ、どこかの学校の部活帰りの声が、遠く、しかし鮮やかに混ざっていった。無邪気な若者の笑い声が、蜜を含んだ空気の向こうで弾ける。的場は目を閉じ、指で千紗子の手の甲をなぞりながら、その喧噪を聞いていた。千紗子もまた、目を閉じたまま、制服の袖を握りしめている。
「的場さんの心に、あの子たちの声は、どんなふうに響くの」
ややあって千紗子が、ぽつりと言った。
「帰る場所のある者たちの、元気な時間だと思うよ」
的場は静かに答えた。千紗子はくすりと笑い、的場の胸へ額を擦りつける。彼女の手の中では、脱ぎかけの白いソックスがまだ、海綿のように湿っていた。二人はもう一度だけ、互いの肩を抱き寄せ、名残りを惜しむように目を伏せた。窓の下からは、女子高生たちの明るい話し声が、深夜のしじまを裂いて、少しずつ遠ざかっていく。時代の外に置き去りにされたような密室で、六十路の男女は、汗ばんだ額を触れ合わせたまま、静かな疲労と、いとおしみに似た感情の底へ沈んでいった。
第4章 開脚緊縛された六十路の花はSMルームで「こんなにして欲しかったんだろう」と囁かれ爆ぜる
第4章: 開脚緊縛された六十路の花はSMルームで「こんなにして欲しかったんだろう」と囁かれ爆ぜる
ホテルを出たあとも、千紗子の指先は的場の手首を離さなかった。すでに日付は変わっていて、駅前の大通りからも人気が途絶え、代わりに湿った夜気が二人の間をゆっくりと流れていく。終電はとっくに出てしまったから、千紗子は「歩いて帰れる距離だから」と笑った。の瞳にはまだ、涙のあとの赤みのようなものが残っていて、それが街灯の白い光の下では、ひどく生々しく光った。
「千紗子さん。今日は……すまなかった」
的場が低い声で言うと、千紗子は少し首を傾げて、それから薄く笑った。
「どうして謝るの。わたしが着たいって言い出したのにね」
「そうだけれど……」
「的場さん、自分を責めるような言い方はやめて。嬉しかったの。痛くあったけれど、あれは……昔のわたしに、ずっと欲しかった時間だった気がするの」
彼女はそう言うと、ようやく手を離した。自分の指先を見つめ、小さく握り返す。夜風が千紗子の髪を揺らし、襟元から汗と石鹸のまじった匂いが、ほのかに、的場の鼻先へ届いた。
「それにね、わたし、もしかしたら……こういうことに、飢えてるだけなのかもしれない」
千紗子がぽつりと呟いた。的場はしばらく、その横顔をじっと見つめた。湿った空気の底から、遠い車の走行音が、まるで白い波のように寄せて返す。
「飢えてる、というと?」
「うん。……的場さんに触れられると、頭のてっぺんから爪先まで、ぜんぶ許してしまいそうになるの。そういう自分が、こわくて、でも、それ以上に……ほどかれるのが、こわい」
彼女の声は、夜のしじまに沈みすぎないほど、はっきりしていた。的場は息を吐き、無言で彼女の肩を軽く抱いた。二人はしばらく歩き、別れ道の暗がりで向かい合った。
「今度は、私のほうから提案してもいいですか」
的場が言うと、千紗子は目を上げた。
「どんなこと?」
「あなたの話す、縛られる、という感覚に、少し興味があるんです。そういう部屋のある宿を、探してくれるなら」
千紗子は一瞬息を呑み、それから大きく目を瞬かせた。
「……的場さん、そんなことまで考えてくれてたの? びっくりした」
「気を悪くしたなら、忘れてください」
「ううん。……嬉しいの。ほんとは、わたし、的場さんに知ってほしかった。わたしの中の、このぐちゃぐちゃなところを、全部」
彼女は的場の胸に額を押しつけ、小さく震えた。しばらくそうしてから、千紗子は顔を上げ、茶色の瞳を細めて笑った。
「じゃあ、見つけておくわ。そういう場所」
「お願いするよ。次の帰り、電車の中で教えてくれるか」
「うん。でね、今回は、的場さんに手配してもらうの」
「分かった。……身体は、大丈夫か」
「まだ、あちこち痛むわ。でも、この痛さは、わたしのものだから」
千紗子は自分の太腿にそっと触れた。白いソックスの跡が、夜気の中で淡く浮かび上がるような気がして、的場は彼女から目が離せなかった。それ以上は何も言わず、二人はまた、夜の街へそれぞれの影を落とした。
数日後、二人は例の帰りの電車で並び、千紗子は携帯の画面に映したホテルの案内を的場に見せた。そこには「和風SMルーム」の文字が、濃い藍色の背景の中に、しっとりと浮かんでいた。障子を模した壁、畳敷きの小座敷、梁から下がる太い縄、そして天井に据えられた格子。写真だけでも、空気が違った。甘ったるいラブホテルとはまるで別の、古い武家屋敷の隅に通された牢めいた趣があった。
「遠い?
「ここなら、この前の駅から、歩いて十五分くらい」
彼女は顔を伏せ、声を落とした。
「きっと、的場さんの言うこと、ぜんぶ聞いちゃうと思う。わたし、自分で自分が、どうなるか分からないの」
「大丈夫だよ。無理はさせない」
「無理をさせないって言われると、余計に……ふふ。変ね、わたし」
千紗子は小さく笑った。電車の揺れが、二人の肩を寄せ合わせる。窓の外には、初夏の青葉が夕日に照らされて、ビルの合間を流れていった。新緑の高原の香りを、的場はふと思い出した。あの湖のほとりで触れた、若葉の陰の冷たさ。あのときの空気が、いまの二人の背中をそっと押しているように思えた。
約束の日は、うす曇りの土曜日だった。街の空は低く、降り出す前のような生温い風が、ホテルの周囲をゆるゆると回っている。目的のホテルは、表から見ると、古い旅館の軒先へ無理やりネオンをはめ込んだような、ちぐはぐな顔をしていた。壁面はくすんだ朱色で、入り口の脇に置かれた黒い石の灯籠の中で、オレンジ色の電灯が揺らめいている。
「相変わらず、こういうところは外壁が強いな」
的場が呟くと、千紗子がくすりと笑った。
「前のホテルも、虹みたいな色だったものね。この間、電車の窓から、ふと見えたの。朝の光の下だと、あれ、夢だったのかしらって思うくらい無機質に見えるのよ」
「そうだろう。こういう場所は、夜に来るから夢になる」
「でも今日は、お昼なのに、わたし、朝から心臓がばくばくしてる。の、この建物、昼でも中は真っ暗で、畳と縄の匂いが乾いてる気がする」
千紗子は肩を窄め、それでも一歩、先に足を踏み出した。自動ドアが古い音を立てて開き、中から、静かで湿った空気が流れ出してくる。ロビーの照明は薄暗く、受付の向こうに座る若い男が、二人の姿を一瞥した。的場は部屋のキーを受け取り、千紗子とともに廊下を進む。踵の音だけが、やけに長い時間、耳の奥に残った。
部屋のドアを開けると、まず、暗い臙脂色の壁が目に飛び込んできた。光は数か所の間接照明だけで、部屋の角は濡れたように沈んでいる。畳の匂いが濃く、そこに、古木と油の匂いが積み重なっていた。部屋の中央には、足首ほどの高さの木製の台があり、天井からは黒い鎖と、太い縄が数本、蛇のように垂れ下がっている。壁の一方には、複数の突起を備えた器具が据えてあり、もう一方の壁際には、畳の上へ直に敷かれた布団が、無言で二人を待っていた。
千紗子は靴を脱ぎ、足袋のように白いソックスを履いたままで、畳へ上がった。彼女は部屋をゆっくり見回し、怖ず怖ずと天井の縄へ触れる。その指先が、薄暗がりの中で震えていた。
「……すごいところ。本格的すぎて、笑っちゃいそうなのに、喉が引きつって笑えないわ」
「いやなら、まだ引き返せる。ロビーに行って、別の部屋を頼んでもいい」
「ううん。引き返したら、わたし、的場さんの前で二度と顔を上げられなくなるわ。……それに」
千紗子は振り返り、的場の目をまっすぐに見た。
「わたしの奥のほうが、こんな部屋に来ただけで、じわってしてるの。これ、どういうことなのかしらね」
彼女の声には、半ば自分を嘲るような色があった。的場は彼女の肩からカーディガンをゆっくり脱がせ、その下から現れた薄いクリーム色のブラウスに、手のひらをそっと触れさせた。
「それは、あなたの中が、とっくに私を呼んでいるからだよ。……服は、どうする? 脱ぐのか」
「わたしが、脱ぐわ。的場さんは、まだ触らないで」
千紗子はそう言うと、的場の手を退け、自分の指でブラウスのボタンを外し始めた。一つ、また一つと、襟元から開かれていく。彼女の白い喉が微かに上下し、露わになった肩から、肌の匂いが立ちのぼる。続いてスカートを下ろし、下着を外した千紗子は、迷いのない仕草で畳の上に座った。
裸の六十路の肌は、薄暗い臙脂の部屋の中でも、異様なほど白く浮かび上がった。乳房の重さ、腰の丸み、太腿の内側の青白い影。恐怖と高揚で、全身が粟立っているのが分かる。千紗子は両手を軽く後ろへ回し、的場を見上げた。
「縛りやすいように、腕、組んでおくわ。こんなふうで、いい?
「ああ。上手だよ」
的場は低く答え、壁際から持ってきた細い黒い縄を手に取った。手触りはざらりと硬く、麻の油が指に残る。的場は千紗子の後ろに回り、彼女の両手首を背中で重ねて、縄を巻きつけていく。強くはない。けれど、逃げられない、逃がさないという意志のこもった結び方で、皮膚に縄の筋がうっすらと沈み込んだ。
「痛かったら、すぐに言ってくれ」
「うん……ん、だいじょうぶ。少し、ひんやりするわ」
千紗子はそう言って、目を閉じた。的場は彼女の両足を、それぞれ左右の木製の突起に固定する。太腿を無理に広げるように、膝の裏から腿のつけ根へかけて、太いベルトを締めた。それは、部屋に備えられた器具だった。万力のような、遠慮のない金属と革の冷たさが、彼女の白い肌を食い締める。
「あ……ああ……。なに、これ、足、すごく開いちゃう……」
千紗子が息を乱し、顔を横へ背けた。目尻から、一筋、涙がこぼれて畳に落ちる。縄が食い込む太腿の白さが、みるみる赤くまだらに染まっていく。ふるえる下腹の奥で、女の花弁が暗い光を浴びて、とろりと濡れ光っていた。
的場はその正面へ回り、片膝をついた。彼女の濡れた目が、ようやく的場を捉える。
「ひどい顔になってるわね、わたし。自分でも、こんな顔、初めて見る」
「いい顔だよ。この部屋の灯りが、あなたの輪郭を、とても深く見せている」
「……ほんとは、情けない顔でしょ。六十過ぎて、こんな格好にされて、嬉しいなんて。頭の中では、いやらしいって叫んでるのに……」
千紗子はそう言って、唇を噛んだ。的場は指を伸ばし、彼女の大陰唇を左右へ押し広げた。ぬる、と指に絡む蜜。まだ触れてもいないのに、女の入り口は、熟れて裂けた果実のように、はっきりと息をしていた。くちゅ、と空気の混じる音がして、中の肉がひくひくと収縮する。溢れ出た雫が、閉じられない肉の谷間から、縄目の跡の上を伝っていく。
「……そうか。おまえのここは、もう、縛られただけで、こんなに口を開けているのか」
的場が、わざと低い声で囁いた。千紗子は首を横へ振り、茶色の瞳を大きく見開いた。
「ちが、……ちがうの、ちがうわ。これは、わたしの、せいじゃ、ない……」
「違わないよ。触れてもいないのに、蜜が糸を引いて、肉が物欲しそうに口を尖らせている。縛られて、開かれて、いいようにされる場所に来て、これで濡れてない女が、どこにいる」
「や……そんな言い方、ひどい。でも、的場さんは、いつも……あの制服のときから、この奥の浅ましいところを、ぜんぶ見つけてしまうのね」
千紗子の喉が、ひく、と鳴った。的場は片方の手で、彼女の太腿の内側を撫で上げる。縄の痕がついた白い肌は、汗でしっとりと濡れ、緊張のあまり細かく痙攣していた。指を入り口の肉襞に滑らせると、くちゅ、くちゅ、と小さく湿った音が、暗い部屋にやけに響く。千紗子が下腹を波打たせ、甘い声を吐いた。
「あ……ん、んっ、……指、動かないで、おかしくなる……あ、ああ……」
「動かないほうが、茹だるだけだ。ほら、もう、私の指の付け根まで、おまえの汁がまとわりついている。この歳の女が、縄で拘束されて、子供みたいに泣いてるところを、誰かに見せてやりたいくらいだな」
「見せる、だなんて……ああっ、そんな、わたしの、中……あ、あ、待って、指が、くちゅくちゅって、お、奥に触る……ああんっ!」
的場が二本の指をゆっくり奥へ沈めると、千紗子は首をのけぞらせ、背中を畳から浮かせた。後ろ手に縛られているため、胸が突き出る格好になり、汗に濡れた六十路の乳房が重たげに揺れる。その白い膨らみ、先端の赤黒く屹立した肉芽が、薄闇の中でぬらぬらと光っていた。
「こんなにして欲しかったんだろう」
的場は、彼女の耳に唇を寄せ、甘く、低く、言葉を吹き込んだ。
「この年になるまで、誰にも「欲しい」と強請れなかったおまえが、本当は、男に組み敷かれて、泣きたかったんだろう。縛られて、足を開かされて、指を入れられて、おまえが何も考えずに喘げる場所が、ここなんだろう。違うか、千紗子」
「ちが……、ちがう、ちがうわ……あ、ああっ、でも、だめ、い、指、奥で、ぐるって……」
千紗子の膣が、指を咥えたまま、ぎゅうぎゅうと波打った。蜜は止まらず、手のひらを洗うほど溢れて、肉襞のひだをくちゅぬちゅと鳴らす。的場は親指で花核を潰すように押し、中をえぐる指を速めた。
「違うなら、なんでおまえの中は、こんなに濁った声を出すんだ。ぐちゅぐちゅと、いやらしい音が止まらないじゃないか。耳を塞ぎたくなるほど、恥ずかしい音だ」
「やめて……あ、ああ、ああっ、わたし、分かんない、もう、からだの奥が、っ……あ、あ、すごい、きもち……いや、は、ああっ、も、指の先で、掻いちゃ……あああっ!」
千紗子が、脚を突っ張らせた。固定器具が、がたん、と小さく鳴る。彼女の膣内が、的場の指を締めつけ、くちゅ、くちゅ、と粘液を噴き出しながら、何度も痙攣を繰り返した。の口からは、悲鳴とも慟哭ともつかない長い吐息が漏れ、のけぞった喉が、細かく震える。
的場は、彼女が小さく息を整えるのを待った。千紗子は半ば白目を剥いたまま、涙と涎で顔をぐしゃぐしゃに濡らし、あえぎ続けている。固定された両足のつけ根が、赤く縄擦れのように腫れ、腿の内側はびしょびしょだった。
「……ほどいてほしいか?」
的場が静かに訊いた。
「や……もっと……わたし、もっと、めちゃくちゃに、して……的場さんの、熱いので、奥……貫いて……」
千紗子は焦りを含んだ声で、首を振った。の下腹はまだ、ひくひくと疼いている。的場は彼女の仰向けに開かれた身体の上へ、のしかかるように覆いかぶさった。下半身の布を寛げ、硬く張りつめた男根を、ぬかるんだ裂け目へ押し当てる。
「貫いてほしいのか。……おまえのここは、もう、ずぶ濡れだ。私のもので、前を塞がなくても、じゅぶじゅぶと自分から誘ってくる。……根元まで入れてやる」
「きて……あ、ああっ、ずぼっ、き、来た、……あ、奥、奥まで……ああんっ! ふか、い、的場さんの、先が、子宮の、くち、みたいなとこに……」
「……きつい。締めつけてくる。縄を食い込ませた女の身体は、こんなにまで、熱く窄まるのか……」
「あ、うご、勝手に、締まる……あ、的場さん、ゆして……おねがい、ゆすぶって……わたし、もう、狂っちゃう……!」
千紗子が、開いたままの脚を小刻みに震わせた。的場は彼女の二の腕を押さえ、腰を大きく突き上げ始める。ずりゅ、ぬちゅ、と、結合部から熱い飛沫が散り、腹と腹が打ち合う音が、畳敷きの部屋に重く響いた。縛めがまだ軋み、鎖が天井で細かく擦れる。その金属の擦過音と、ぐちゅぐちゅという粘液の律動が、暗い臙脂色の壁の中で、奇妙なまでに調和していた。
「ああっ、あ、あ、奥、奥……そ、そこ、擦れる……ああんっ、そこ、だめ、あ、ああっ、も、だめ、また、き、来る、上のほうから、……ひぁ、あ、あああっ!」
千紗子が絶叫した。膣内が、くちゅ、くちゅ、と締めつけては緩み、そのたびに熱い蜜が、男根を根元ごと飲み込んでいく。彼女の瞳が大きく見開かれ、焦点を失った茶色の奥で、暗い天井の光が砕けた。全身を波打たせ、首を反らし、泣き叫ぶ六十路の女の貌は、痛みと恍惚がひとつになった、美しいまでの夜の顔だった。
的場はこらえきれず、彼女の奥で果てた。どくん、どくん、と腹の底から熱い塊が噴き出し、千紗子の子宮のくぼみを叩く。彼女の内壁は、泣きじゃくるように震えながら、最後の一滴まで吸い上げていた。
「……は、ぁ……中で、いっぱい、出てる……あ、まだ、びくびくしてる……わたしの奥、ちぎれそう……」
千紗子が、とぎれとぎれに言った。
「的場さん……縛られたままのわたし、すごく、いやらしい?」
的場は彼女の紅潮した頬を、手のひらで拭った。
「ああ。声も、肌も、汁の音も、みんな、いやらしい。見たことがないほど」
「……そっか。嬉しい。こんな身体でも、焦げるみたいに感じて、的場さんを、ぎゅうぎゅう締めつけて。わたし、まだ、死にたくないなって思った」
千紗子が笑みを浮かべた。その顔には、縛めの痕と、涙の筋と、女の匂いが、すべて残っていた。二人は、互いの汗で肌を貼り合わせたまま、しばらく身動きを忘れていた。やがて的場が上体を起こし、彼女の腕と脚の拘束を、ゆっくり解いていく。縄を外されるたび、千紗子の体からは、短い息が漏れた。
「……立てるか?」
「ん……ふらふらする。でも、自分で、畳に座るわ。……的場さんの手、縄の油で、きつくない?
「大丈夫だ。そんなことより、痕が残っている。帰りに、薬を買おう」
「うん。……でも、この赤い筋、消えるまで、ときどき撫でたいわ。わたしの知らないわたしを見せてもらった、印みたいで」
千紗子は、みずからの太腿に残った縄目を、指先でそっとなぞった。彼女の動きは、疲れているのに妙に艶めかしく、その背中が、畳の薄暗がりで白く沈んでいた。
二人はそれから、部屋のシャワーで汗と蜜を流し、着替えを済ませた。窓の外はもう、夕方に近い灰色の空で、時おり薄日が雲間から漏れていた。ホテルを出ると、朝よりも温度の下がった風が、二人の頬をうっすら撫で、汗の残った首筋を冷やしていく。無機質な朱色の壁が、昼の終わりの光を浴びて、昨日の派手なラブホテルの面影を、かすかに的場の胸へ思い出させた。
大通りへ出る手前で、千紗子が足を止めた。
「ねえ、的場さん」
彼女は、繋いだ手を少しだけ揺らした。
「次は温泉宿がいいわ。畳と木の匂いのする、明るいお部屋で、窓から山の緑が見えるような。この間の湖の匂いを、もう一度、吸いたくなったの」
「いいね。新緑の時期も過ぎるから、今のうちに、そういう場所を探しておこう」
的場が答えると、千紗子は嬉しそうに笑い、その拍子に、彼の手をいっそう強く握りしめた。山の空気を覚えている千紗子の肺の深さが、的場には、遠い湖の水面のように思えた。二人は、まだ訪れない温泉宿の約束を道連れにして、静かな街の路地を、駅へ向かってゆっくりと歩き出した。
第5章 雪国へ移住する千紗子が最後の密会で「的場さんとの日々は宝物です」と涙する
第5章: 雪国へ移住する千紗子が最後の密会で「的場さんとの日々は宝物です」と涙する
約束の温泉宿を探す前に、季節はあっという間に梅雨を越え、街の木々が重たく照りつける陽射しを受け止める頃になっていた。的場聡太が公民館の小ホールへ足を踏み入れたのは、七月の終わりに近い土曜日の午後である。汗ばんだシャツの襟元を軽く直しながら、いつものように後ろから二列目の端、高島千紗子が座るはずの隣席へ目をやった。
「あら、的場さん、こんにちは」
千紗子はすでに席についていて、淡い藤色のブラウスに白いカーディガンを羽織り、膝の上に小さなハンドバッグを置いていた。微笑みはいつもどおり柔らかい。けれど、的場には、彼女が口元に浮かべた笑みの下に、何かしら押し隠した疲れのようなものが透けて見える気がした。冷房の効きすぎた室内で、彼女の首すじに薄く浮いた汗が、妙に艶めかしく、同時に痛ましい。
「こんにちは。少しやせたんじゃありませんか」
「そう見える? 夏のせいかしらね。毎年、この時期は食欲が落ちるの」
千紗子は俯いて、膝の上のハンカチを指先で小さく折りたたんだ。的場は彼女の横顔を見つめたまま、返す言葉を探した。その横顔の、耳の後ろでまとめた黒髪が、いつもより心なしか乾いている。冷房の風が、彼女の髪の先をかすかに揺らしていた。
講義が始まっても、的場の耳は講師の声を半分だけしか受け取っていなかった。ノートを取る素振りをしながら、時折、隣に座る千紗子の気配を探る。彼女はずいぶん静かだった。机の上に置いた手が、先生の話に合わせて小さく動くでもなく、白い指先が伸びたまま、時折ハンカチのふちをなぞっている。それでも、教室内の冷えた空気の中で、二人のあいだの温度だけは、どうしてか熱を帯びているように思えた。
「あの、的場さん。今日、帰りに少しだけお時間あるかしら」
講義が終わった直後、千紗子が、前を向いたまま小さな声で言った。その指先が、膝の上で白くなるほど強くハンカチを握りしめていた。
「ええ、大丈夫ですよ」
的場が頷くと、千紗子は深く息を吸い込み、それからようやく横を向いて、泣き笑いのような表情を浮かべた。黒目が、うるんで光っている。
「ありがとう。じゃあ、帰りに少しだけ、公民館の裏の自転車置き場のあたりまで、一緒に歩いてくれますか」
「分かった。何か、あったんですね」
彼女は答えず、ただ自分のハンドバッグの金具を、こつん、こつんと爪で弾いていた。
外へ出ると、昼下がりの空気はむっとするほど湿っていた。地面から立ちのぼる熱気が、二人の足を重たくさせる。千紗子は差していた日傘を少し傾け、的場が歩道の車寄せ側になるよう、自然に半歩下がった。並んで公民館の西側にある自転車置き場の日陰へたどり着くと、錆びたチェーンと若い草の匂いが、むっと鼻を突いた。
千紗子はしばらく黙って、向かいの建物の壁に映る夏の光をみつめていた。浅い水色のカーディガンの袖口から覗く手首が、ひどく白い。
「的場さん。わたしね、来月いっぱいで、この町を出るの」
彼女の声は、くぐもっていたが、ひどく明瞭に的場の耳へ入ってきた。
「夫の実家のことで……義母が、なくなりまして。向こうのお家を守らないといけなくなったの。雪国で、わたしが子供の頃に育った町の、その手前にあるところなの」
的場は、汗が背中を流れていくのを感じていた。言葉よりも先に、彼女の指先がまだハンカチを握っていた。白い布の中で、爪の色だけが透けている。
「そう……でしたか。急なことで、お疲れでしょう」
「いいの。それより、的場さんに、どう伝えたらいいのかって、そればかり考えてて。今も、うまく言えてるか分からない」
千紗子はそう言うと、的場の胸元へ額を寄せかけた。人通りはなかった。日陰の中でも、彼女の身体は芯から火照っている。カーディガン越しに、しっとりと湿った熱が的場の胸にまで移った。
「私でよければ、話してくれますか。ここではあれだから、どこか、座れるところで」
千紗子は的場の腕にそっと指を絡めてきた。ちからはなかった。けれど、指先だけが、離れまいとするように熱かった。
「部屋、取ってくれる? 的場さん。最後に、あなたに抱いてほしいの。今日、このまま」
彼女の声は、夕立に追われた蝉の声に混じって、的場の胸の奥へ沈んだ。的場は何も言わずに、彼女の指を握り返し、自転車置き場を出て大通りへ向かった。
夕方に滲み始めた空の下、二人が選んだのは、駅前から少し外れた雑居ビルの谷間にある、古びた外観のホテルだった。外壁はくすんだ桃色をしており、夕陽の残りを吸い込んで、手狭な路地を不自然なほど明るく染めている。窓という窓は暗く閉ざされ、入り口の自動ドアだけが鈍い金属の音を立てた。的場が無言で部屋のキーを受け取り、千紗子の背を静かに押すようにしてエレベーターへ向かう。エレベーターの壁に二人の影が揺れ、汗ばんだ肌が寄り添うたびに、ひたり、と湿った布擦れの音がした。
部屋はこぢんまりとしていたが、その分、空気はむせ返るように濃く、ベッドの上の白いカバーだけが妙に眩しかった。カーテンは閉ざされ、壁と一体化した薄闇が、心臓の音を大きくする。千紗子は入り口のすぐ脇に立ったまま、しばらく天井の照明を見上げていた。
「来てくれて、ありがとう。わたし、道路が濡れてるみたいに、全部ゆらゆらして見えるの」
「大丈夫です。焦らなくていい。あなたの身体の、声だけでいい」
的場は後ろから彼女の肩を包み、うなじの産毛が汗で柔らかく光っている場所へ、唇を落とす。千紗子の肩が、びくんと跳ねる。甘酸っぱい汗の匂いと、彼女がいつも使っている石鹸の残り香が、鼻先で濃く混ざり合った。カーディガンを脱がせると、藤色のブラウスが背中に張りついていて、肌の白さが下地のように透けていた。
「的場さん……わたし、いっぱい汗をかいてる。電車の時間から、ずっと胸が苦しくて」
「それでいいんです。隠さなくていい」
千紗子は自分からブラウスの前を開き、下着の上から胸の重みを確かめるように両腕で抱きしめた。ベージュの下着の中心は汗と体温で、わずかに色を濃くしている。的場は手を伸ばし、その下着の肩紐を下ろしていった。露わになる白い肌。滑らかで、触れるたびに汗が指の腹へ吸いついてくる。
「……見て。わたしの肌、年を重ねるほど、汗をかくのが早くなったの」
彼女が自嘲するように笑う。けれどその声は震え、眼差しはとろりと窪んでいた。的場は彼女の乳房の重みを掌で静かに受け止めた。
「ああ……的場さんの手、すごく熱い……わたしの中から、何かが剥がれてくみたい」
千紗子が細い息を吐く。的場は彼女をベッドへ導き、スカートのファスナーを下ろした。下着を下ろしたとき、暗い部屋の中で、女の熟れた部分が、夏の果実のように熱と匂いを押し上げてくる。薄い茂みのあいだ、くちゅ、と音を立てそうなほど湿った割れ目が、名残惜しげに口を開いていた。
的場は彼女を仰向けにさせ、汗ばんだ太腿を左右に割り開いた。千紗子が「あっ」と短く声を上げ、太腿の内側を震わせる。白い肌の上を、外の光がカーテンの端から細く差し、汗の筋を銀色に浮かばせた。的場は彼女の中心に触れた。途端、指の腹が、熱い蜜に呑まれる。
「こんなに……前から。ゆうべから、的場さんに触れられることばかり考えてたの。電車を待ってるあいだも、ずっと、下腹が……」
「分かってます。今は、何も考えなくていい。千紗子さんの身体も、心も、私が引き受ける」
的場は指をゆっくりと沈めた。ねっとりとした内壁が、待ち焦がれたように指を食い締め、奥へ導く。くちゅ、くちゅ……と、小さくて卑猥な水音が、シーツの波とともに部屋へ溢れる。千紗子の背がのけぞり、涙がこめかみへ流れた。
「あ……んっ……的場さん、指、ぬくい……奥、きゅうって、また……ああ、指が、そこ、少し、かたちを変えて……あぁん」
彼女の声は、泣くように、歌うように、途切れ途切れに高くなる。的場は顔を寄せ、泡立つような女の肉の割れ目を、舌先でゆっくりと裂いた。千紗子の腰がはねる。とろりとした液体が舌の先へ流れ込み、海の底で熟した貝を啜ったときのような、深い塩気と甘みが滲んだ。
「や……ああ、舌、いやらしい……うそ、なんで、そこまで……あ、ああ……」
クリトリスを舌先で押し上げると、千紗子は喉をのけぞらせ、着衣のまま乱れた藤色のブラウスを胸のあたりで握りしめた。内腿が的場の頭を締めつけ、耳もとで、彼女の奥から湧く粘液の音がいやにはっきり聞こえる。ぐちゅ……ぬちゅ……と、蜜を掻き回すたび、千紗子の女の匂いが強くなり、的場の舌の上でとろけていく。
「だめ……、舌だけで、わたし、もう……あ、ああ……おかしく、なっちゃ……あ、ああっ!」
千紗子の腰が激しく波打ち、シーツを抓る指先が白くなる。花芯が腫れて、くちゅ、くちゅ、と音を立てながら、的場の顔へ熱い汁を溢れさせた。彼女は幼いように「ふぁ……」と息を漏らし、ぐったりと全身を投げ出した。胸はまだはだけたまま、白い乳房が汗でぬらぬらと光っている。
「……今日は、いやに身体が敏感で。駄目ね、わたし……的場さんの舌、こんなに深く入ってくるって、知らなかった」
千紗子が涙声で囁いた。的場は自分の服を脱ぎ捨て、彼女の上に覆いかぶさる。老いた肌同士が直接触れ合うと、腹のあたりから、底の深い、せつない熱がぶつかりあってふくらんだ。的場のものを、千紗子のほころんだ入り口へそっとあてがう。彼女は自分から腰を動かし、ぬぶ、と先端をくわえ込んだ。
「あ……来てる。的場さんの、かたち……奥まで、いっぱいに、なって……」
「苦しくないですか。ゆっくり進めます」
「うん……でも、今日は、もっと……深く……。わたしの中、覚えておきたいの。雪の町で、一人で夜を過ごすとき、的場さんの重さがないと、眠れなくなりそうで」
千紗子の両足が、的場の腰に絡む。中はずぶずぶと音をさせ、挿入のたびに、熟れた肉壁が吸いつき、雁の部分をきつく擦り上げる。的場が腰を沈め切ると、千紗子の喉から、深い悲鳴とも愉悦ともつかない声が漏れた。
「あ、はぁ……奥、届いてる……わたしの一番奥で、的場さんの先が、口を開けて待ってる……」
「私も、あなたの奥で、擦れるたびに背筋が熱を帯びる。……動きますよ」
「動いて……あ、ああ、……もっと、めちゃくちゃに、この部屋ごと、くちてい……く」
私、何を言ってるの。そんなふうに、千紗子が自分で自分の言葉に息を詰め、恥ずかしさに身をよじる。その動きが、絡み合う肉と肉の摩擦を深くし、卑猥な水音を部屋中に撒き散らした。ぱちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ……。的場の腰が抽送を繰り返すたび、白い腹と白い腹が打ち合い、千紗子の乳房が、若い女のそれよりも重々しく弾む。
「ああっ、あ、あ、……おく、おく……あ、だめ、そんな、掻き混ぜるの……わたし、もう、奥のほう、……焼けて、……あ、あ、あああっ!」
千紗子が首をのけぞらせ、長い黒髪をシーツへ散らす。涙がこめかみから耳へ伝い、的場の肩を掻こうとした指は、実際には彼の背を愛しそうに這っていた。アーチ状に浮いた腰がぶるぶると震え、子宮のくびれが、男根の亀頭を締めつけるように強く絞まった。
「……あ、中で、びくびくが、まだ……は、ぁ……的場さん、も、出て……いっしょに……」
「……私も、……もう、……千紗子さんの奥へ……」
二人の息が混ざり合う。的場は張り詰めた腰の奥から、熱い奔流を、彼女の中へ送り込んだ。どくどく、と脈打つたび、千紗子の内壁が、泣くように収縮を繰り返す。男の熱を、一粒も零すまいとするように、子宮口が口をすぼめて吸い上げるのを、的場ははっきりと感じた。
「ん……あ、……中で、的場さんのが、……あつい……。ありがとう。……わたし、これで……ゆきの町へ……いける……」
千紗子が、うわごとのように呟く。彼女は全身を弛緩させ、汗と涙と蜜にまみれた太腿を、しばらく的場の腰に絡めたままでいた。
二人はそのまま、どちらからともなく抱き合い、荒い呼吸が静まるのを待っていた。
外では、夕立のように強まった蝉時雨が、ようやく途切れようとしている。冷房の風が、汗の冷えていく肌をゆっくりと撫でた。部屋の中は、白い蛍光灯の光と、夕闇のひとかけらが、乳白色の空気の層を作っていた。千紗子は的場の胸に頬を寄せ、小さく息をした。
「的場さんとの日々は、わたしの宝物です」
彼女の声はひどく静かで、音そのものよりも、胸に置かれた手のひらの熱で的場へ伝わってきた。の目には、涙が溜まっている。それがまばたきのたびに睫毛を濡らし、的場の胸元へぽたりと落ちた。
的場は何も言えなかった。彼女の手のひらを自分の手の内に握りしめる。小さくて、汗で湿った手だった。新緑の高原の、あの湖畔の風の匂いが、二人の記憶の底から立ちのぼる。泣き出しそうな空気を吸い込み、彼女の髪に鼻先を埋めながら、的場はただ、彼女の手を握ることだけに集中した。脈が、彼女の指から的場の指へ、ひっそりと移っていく。
「ここから出るの、嫌だな。……でも、最後まで泣き顔を見せるのは、やめるの。だから、もう少しだけ、こうしていて」
「ええ。何も言いません。あなたの心が落ち着くまで、そのままで」
やがて二人は身支度を整え、約束の電車を目指して、まるで若い日の恋人たちのように並んで駅へ歩いた。ホテルを出たとき、西の空はようやく色を失い、湿っぽい夜の底が、街の輪郭を溶かし始めていた。
駅は、週末の夕方らしいざわめきに満ちていた。仕事帰りの男たち、買い物の帰りの家族連れ、笑い合う学生たち。その雑踏の中で、二人は改札の手前まで歩み、向かい合った。
「じゃあ、わたし、こっちのホームだから」
千紗子はそう言って、小さく手を振った。彼女の声は、もう落ち着きを取り戻していた。けれど、的場の腕のあたりにだけ、彼女の視線が長く留まるのが分かった。
「千紗子さん」
的場が呼ぶと、彼女は振り向き、薄く笑った。改札口の白い光が、彼女の輪郭を濃く縁取る。
「……また、その、元気で」
的場の声は、ひどく間の抜けたものになった。千紗子は、こくりと頷き、何か言いたげに唇を開いた。だが、結局は何も言わず、そのまま改札へ消えていく。人波の中、藤色のブラウスの背中が、遠ざかる。的場は彼女の姿が見えなくなるまで、手を上げることもできず、立ち尽くしていた。
自宅に戻ると、玄関に妻の白いサンダルがきちんと揃えられていた。風呂場からは、湯を張る音がかすかに響いている。
「おかえり。暑かったでしょう。お風呂、どうするの」
妻が台所の奥から声をかけてきた。的場は「あとにしよう」とだけ答えた。声が疲れていた。
「そう。じゃあ、先に入るわね。あなた、今日は公民館の帰りに寄り道でもしたの」
「ああ。本屋で、雑誌を。……ほんの少し」
「なら、お茶でも入れておこうか。熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
的場は、全部を忘れてしまいたい気持ちと、忘れるのが怖い気持ちが、同時に胸の底で渦を巻くのを感じていた。どちらでもいいと答えようとして、やめた。
「冷たいほうが、いい」
「オレンジジュースがあったわ。冷やしてあるから、後でね」
妻の声が、盆の上で氷の触れる音に重なる。的場は寝室へ入り、スーツを脱ぐこともせずに、薄暗い窓辺に立った。外はまだ、熱っぽい夜の湿気を抱えている。耳の奥で、千紗子の汗ばんだ声が、繰り返し繰り返し、日の名残りのように鳴っていた。すっかり暗くなった部屋の中で、彼女の体温と、あのホテルの密室の匂いが、波のように打ち寄せては返っていく。
あの新緑の高原と湖の空気だけが、色褪せることなく、二人の間のどこかに残っている。決して言葉にはされなかった、それぞれの家庭を守る掟。それを守り抜いた者だけが味わう、皮膚の内側に灯る痛みがあった。的場は静かに目を閉じ、窓ガラスに置いた手のひらを、ゆっくりと握りしめた。
夜が、これからずっと続いていく。
一方、千紗子は、それからしばらくして、夫の実家がある雪国の町へと移り住んだ。まだ雪の便りには早い季節だったが、朝晩の空気には、いつのまにか山岭の冷えが混ざり、庭先の草に白い露が降りるようになっていた。窓を開けると、じっとりと重い昨夜の空気が流れ出し、代わりに、山々から下りてくる乾いた冷気が、台所の板張りをきしませるほど爽やかに流れ込む。
目の前には、真っ白い雲の切れ間から、遠い峰々が頭をのぞかせていた。千紗子は縁側に立って、その風景を胸いっぱいに吸い込む。空の色は、都会のそれとは違って、奥に吸い込まれそうな深さがあった。彼女は、遠くの林道を、まだ雪の降る前の藪の間から見える、ひとすじの白い道として眺めた。ああ、この先に、ちゃんと続いている。そう思うと、胸の詰まりが、ゆっくりとほどけていくようだった。
彼女は振り返り、座卓の上に置いたままの着替え用のバッグを、ゆっくりと開いた。一番下に、あのラブホテルのカードキーをしまうのを忘れた時のうちに、こっそり持ち帰った、何の変哲もない白い紙の筒が入っている。旅先で拾った小石が、箱の中で小さく音を立てるように、それはひっそりと、布のあいだから現れた。ホテルの備品の、色落ちした使い捨てのくしだった。
千紗子はそれを手のひらに載せ、朝の光にかざしてみた。六十路の女の手の上で、くしの歯は、淡い透明色に透けている。二年間の、月に一度の密会。あの瞳、あの声、肌の温度。何もかもが、夏の終わりの空気のあわいに封じられた。
千紗子は、しばらくそのくしを見つめていたが、ふと目を上げ、自分が今いるこの家の、黒い屋根瓦の上を越えて、白い山々へ向かう風に、もう一度だけ深く息を吸った。彼女の瞳には、滴るような悲哀と、それを覆い尽くす充足とが、静かに混ざり合っていた。
やがて彼女はくしを手にしたまま、畳の上を歩き出した。足裏に、板張りがひんやりと冷たい。
「お母さん、荷物、こっちで置いていいの」
廊下の向こうで、手伝いに来ていた若い親族の声がした。千紗子は「ええ、いいわよ」と明るく返事をする。だが、声の最後のほうは、わずかに上ずっていた。彼女は「きつくなるから」と小さく息を吐き、自分の頬に手を当てる。的場と過ごした日々。それはもう、雪国の白い風景の向こうに置き忘れてきた、美しい夢の時間なのだ。彼女はそっと目を伏せ、くしを胸の前で握りしめた。
やがて、夜が明けていった。空の色が、白々と変わっていく。二人の人生は、それぞれの道を、静かに、しかし確実に、歩み続けていた。
登場人物
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的場聡太 まとば そうた男性 ・ 65
外見: 白髪交じりの短髪、穏やかな鳶色の瞳、中肉中背で背筋の伸びた佇まい。服装: 無地のポロシャツに綿パン、季節によって薄手のジャケット。定年退職後の空虚感を抱えながらシニア教室に通い始めた元サラリーマン。物静かで現実主義者だが、高島千紗子の無邪気な甘えと積極性に戸惑いながらも強く惹かれていく。家庭を壊す気はないという冷静さと、老いた身体に再燃する欲望との間で揺れる。
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高島千紗子 たかしま ちさこ女性 ・ 60
外見: 柔らかな黒髪を耳横でまとめた髪型、笑うと細くなる茶色の瞳、ほどよい肉づきの白く艶やかな肌。服装: 淡い色のブラウスにカーディガン、膝丈のスカート。長年夫とセックスレスで、内に飢えた性欲を隠して明るく振る舞う専業主婦。的場に対しては自ら胸を押し当てるなど積極的に距離を縮め、新しい快楽に陶酔していく。甘え上手な一方で家庭への責任感を強く持つ。






