第4章: 声なき祝祭

第4章: 声なき祝祭
ぴゅるっ……。耳に残る、淫らな音の余韻。
指先から伝わる、最後の一滴の熱。
ぽつり、とソファの生地に染み込んでいく。
荒々しい息が、まるで他人のもののように肺を焦がし、私の胸を激しく揺さぶった。
目の前には、妻、詩織の寝顔。
スタンドライトの弱い光が、彼女の横顔を優しく照らしている。
穏やかで、何も知らない無垢な表情。
だが、その身体は、今、私自身の欲望が吐き出した白濁した液で汚され、先ほどまでそこにあった別の男の痕跡と、もう一度混じり合っていた。
私の白濁した粘液が、彼女の柔らかな乳房の谷間を伝い、ぱっくりと開きっぱなしの蜜壺の縁を伝い、そして内ももの滑らかな肌を伝って……。
ゆっくりと、ねっとりと、伝い落ちていく。
その光景は、あまりにも生々しく、あまりにも卑劣だった。
だが、私の心臓を締め付ける代わりに、不思議なほどの静けさで満たしていた。
先ほどまで脳を焼き尽くしていた嫉妬と怒りの炎は、一瞬の射精と共に灰と化した。
その冷たい灰の上に、硬く、歪んだ好奇心という名の苔が、静かに、そして確実に生え始めていた。
私は立ち上がり、一歩、二歩と後ずさる。
ソファから離れることで、この場の現実感を取り戻そうとしていたのだろうか。
だが、リビングに充満する匂いが、私をその場に縛り付ける。
詩織の酔いの匂い、彼女の体から立ち上る愛液の甘酸っぱい匂い、そして、あの男、藤井の精液の生々しい匂い。
そして今、私自身の、少し酸味の混じった射精の匂いが、それらすべてと混じり合い、この部屋だけの、密やかで堕落した香水となっていた。
私は、その匂いを深く吸い込んだ。
鼻の粘膜を刺激する、恥ずかしく、けれどどこまでも官能的な匂い。
これは、私の妻が、私以外の男に抱かれた証拠の匂いであり、そして、私がその事実に、自らの欲望で応えたという、新たな罪の匂いでもあった。
再び、彼女のそばに膝をつく。
今度は、先ほどのような興奮ではなく、まるで研究者が標本を観察するような、冷めた目で。
私の射精した液は、彼女の肌の上で少しずつ乾き始め、半透明の膜を作っていた。
その膜の下には、あの男のキスマークが、赤紫色の唇形のあざとして、くっきりと残っている。
乳房のふくらみ、脇の下の柔らかな肌、へその下。
十七個の、彼女を所有したという男の誇示の印。
その一つ一つを、私は指でなぞってみた。
乾いた精子のザラついた感触と、キスマークの少し湿った肌の感触。
その対比が、私の内面に奇妙な快感を生み出していた。
詩織のオマンコは、まだ開きっぱなしだった。
先ほど、私の指先で乳首を弄ったせいか、内部の粘膜は充血し、濡れ光っている。
ピンク色の肉壁が、まるで呼吸するように、ゆっくりと脈動しているように見えた。
そこからは、まだ愛液が、糸を引くとまではいかないまでも、じわじわと滲み出て、ソファの生地を濡らし続けていた。
私は、その開かれた穴を覗き込んだ。
三年半、この穴に触ることさえ許されなかった。
それが今、目の前で、無防備に、その内部のすべてを晒している。
そして、その内部は、明らかに、あの若い男の巨根によって、徹底的に嬲られ、快感の限りまで引き裂かれた後の姿だった。
膣壁はまだ腫れあがり、愛液でぬめり、その匂いは、ただの女の匂いではなく、深くセックスした後の、独特の生臭さを帯びていた。
その匂いを嗅いだ瞬間、私の股間に、去ったばかりの性器が、またしても鈍い痛みを伴って反応するのを感じた。
疲れきっているはずなのに。
もう、興奮という言葉では表現できない、もっと根深い、屈辱と陶酔が混じり合った感情が、私の体の芯からこみ上げてくるのだ。
私は、彼女の身体に付着した自分の精液を、指でそっと拭い取ってみた。
ぬるり、と粘り気のある感触。
その指を、ためらいがちに自分の鼻に近づける。
そして、舐めてみた。
塩気と、少しの甘み。
そして、何よりも、自分自身の、劣等感と欲望の味がした。
この行為は、明らかに壊れている。
だが、もう、後戻りはできなかった。
私は、この堕落の味に、すっかり酔いしれてしまっていた。
--そろそろ、この場を片付けなければ。
娘の美緒が起きてきては大変だ。
そう考えて、私はようやく我に返った。
しかし、その「片付ける」という行為そのものが、新たな冒涜の儀式へと変わっていく。
まず、彼女のワンピースの裾を下ろし、乱れた胸元を整える。
その時、私の精子が付着していた乳房が、スタンドライトの光に白く反射した。
その光景が、私の脳裏に焼き付く。
次に、脱がしたガードルを、もう一度彼女に履かせる。
股間の部分は、あの男の精液と、詩織の愛液、そして私の射精が跳ねかかったかもしれない染みで、ぐしょ濡れになっている。
その汚れた布地を、無理やり彼女の足に通し、腰まで引き上げる。
ぬちゃっ、という下品な音が、静寂の中に響く。
彼女の身体は、その汚れを包み込むように、受け入れた。
まるで、二人の男の痕跡を、自らの体内に、そして身につける布地に刻みつけることを、望んでいるかのように。
最後に、毛布をそっとかける。
その下で、詩織は、まるで何もなかったかのように、静かな寝息を立て続けている。
私は、ソファから少し離れた、床の座布団の上に腰を下ろした。
そして、ただ、彼女を見つめた。
夜が更けていく。
外の世界は完全な静寂に包まれているが、このリビングの中だけは、声なき祝祭が続いていた。
祝祭の主役は、眠る詩織。
彼女の身体は、男たちの欲望の供物として捧げられ、キスマークや精液という、淫らな装飾が施されている。
そして、私、田中誠は、その唯一の参列者であり、最後に自分自身の供物を捧げた、祝祭の主催者でもあった。
これまで感じてきた妻への寂しさや、セックスレスの苦しみは、どこへ消えてしまったのだろう。
今あるのは、この場の空気、この匂い、この光景に支配された、奇怪な満足感だけだ。
私は、妻を愛しているのだろうか。
それとも、妻が他の男に抱かれるという事実に、性的に興奮しているだけなのだろうか。
もう、その区別さえつかなくなっていた。
ただ一つはっきりしていたのは、明日の朝、何も知らない顔で私に「おはよう」と言う詩織を、これまでとは全く違う目で見るだろうということ。
彼女の身体は、もう私だけのものではない。
その事実は、私に屈辱を与えると同時に、これまで感じたことのない、彼女を「観察」し、その「変化」を追い続けるという、新たな、そして非常に危険な欲望を与えていた。
私は、静かに部屋を出て、浴室へ向かった。
鏡に映る自分の顔は、見たこともないほどに、生々しい色欲に満ちていた。
この夜、田中誠という男は、確実に、そして不可逆的に死んだのだ。
そして、その亡骸の上から、名前のない獣が、静かに誕生していた。
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