第4章: 「ごめんなさい、もう戻れない」

第4章: 「ごめんなさい、もう戻れない」
モニターの光が、まだ部屋の闇を支配していた。松阪利明の股間からは、ぬるく粘つく匂いが立ち上り、自室の空気を性欲と絶望で汚していた。画面には、あやなの悦楽に蕩けきった顔が、最後の一枚として焼き付いたままだった。その瞳は、もはや利明を映してはいなかった。ただ、一条海斗という男の快楽だけを追い求める、獣のそれだった。ぐちゅぐちゅ、じゅぽじゅぽという、下品で生々しい音が、まだ利明の耳の奥で鳴り響いているようだった。あの音は、あやなの膣とアナルが、異常なほどの肉塊によって蹂躙される音だった。自分が愛した、清楚で、恥ずかしがり屋で、自分とのセックスですら控えめだった彼女が、あの音を立てて、泣きながらも快楽を貪っていた。現実だということが、頭では理解できても、心では受け入れがたい。胃の腑が、きりきりと痙攣するような悪寒が背骨を駆け上る。彼は無意識に画面を閉じたが、あやなの裸体、裂かれるような性器、そしてそれを支配する男の姿が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。どうして。どうして、あやなは。問い詰めたい。叫びたい。だが、その前に、確かめなければならないことがあった。彼の震える手が、冷たいスマートフォンを掴む。画面に映る、連絡先リストの中の「宮永あやな」という名前。それはかつて、彼にとって世界の中心だった名前だ。今や、それは毒を含む棘のように、彼の指を刺す。通話ボタンを押す。指先が、何度も画面の上で躊躇する。出たら、何と言う?「君のセックス動画、見たよ」?あまりに惨めで、滑稽で、哀れな言葉だ。だが、彼の足は、もう後ろには引けなかった。プルルルル…プルルルル…。呼び出し音は、彼の鼓動と同じ速さで、苛烈に部屋に響き渡る。一秒、二秒…。切れるかと思われた瞬間、通話が繋がった。
「……もしもし、利明くん?」
声だった。確かにあやなの声だった。しかし、彼が知っている、明るくて、少しくだけた声ではなかった。それは、まるで何かから怯えている小動物のように、細く、震え、遠くに聞こえる。その声を聞いた瞬間、利明の胸にあった最後の希望の欠片が、粉々に砕け散る。
「…あやなか」
彼の声は、自分でも驚くほど、乾いていて、掠れていた。
「あ、あの…どうしたの、急に…?」
「…最近、何してる?」
無難な、しかし重い問いかけ。電話の向こうで、あやなは息を呑むのが聞こえた。カチャリ、と小さな音がした。彼女は、きっと何かに掴まったのだろう。
「…別に…。いつも通り、お仕事してるだけ…。利明くんは?」
嘘だ。その声は嘘だ。利明の脳裏に、あやなが四つん這いになり、アナルを犯されながら嬌声を上げる顔がフラッシュバックする。あの顔が、今、電話の向こうで、嘘をついている。
「…そうか」
利明は、一度、深く息を吸い込んだ。そして、覚悟を決めた。
「…ネットで、面白いもの見ちゃったんだ」
「…え?」
「夜の公園で、ナース服を着た女が、男に調教されてる動画」
電話の向こうから、あやなの、押し殺したような息遣いが聞こえる。シーンとした沈黙が、二人の間に流れる。その沈黙は、利明の問いかけが、的を射ていることを雄弁に物語っていた。
「…あの、どういう…ことか、分からないんだけど…」
あやなの声は、ますます小さくなり、震えが増していた。もう、これ以上、言葉の綾で戦うのはやめよう。利明は、ナイフを突きつけるように、言った。
「一条海斗、っていう男を知ってるか?」
その名前を口にした瞬間、電話の向こうから、小さく、抑えきれない嗚咽が漏れた。ぐすっ、という音。それが、すべてを物語っていた。利明の心臓が、氷の塊のように冷たくなる。
「…見たんだ」
彼は、感情を押し殺し、無機質な声で続けた。
「あやなが、あの男に、犯されてるところを。モザイクなしで。膣も、アナルも、全部。有料サイトで、お金を払って見たんだ」
「……っ!」
電話の向こうで、あやなの呼吸が、激しく乱れる。そして、次の瞬間、堰を切ったように、彼女の泣き声が聞こえてきた。それは、もう、我慢や隠蔽のしようがない、心の底から絞り出されるような、悲痛な泣き声だった。
「ごめんなさい…!ごめんなさい、利明くん…!ごめんなさい…!」
泣きながら、彼女は何度も謝る。その声には、深い罪悪感と、そして、もう元には戻れないという諦めが混じっていた。
「…なぜだ、あやな。なぜ、俺たちのことを…」
利明の声も、もう震えていた。怒りよりも、悲しみと、理解できないという喪失感が、彼の喉を締め付けていた。
「…分からない…私自身でも、分からないの…!」
あやなは、鼻をすすりながら、断片的に告白し始めた。
「別れてから、すぐに…あの人から、連絡が来て…。断ろうとしたんだけど、どうしても…。あの人は、強くて…怖くて…でも、その強さに、惹かれていっちゃったの…」
「惹かれた…?それだけで、そんなことまで…!」
「ううん…違うの…!」
あやなは、必死に否定する。
「あの人と、初めて…した時…。体が、壊れるかと思った…。利明くんのとは、全然…全然、違うの…」
その言葉が、利明の胸に、鋭い刃物として突き刺さる。
「あの人の、あの太いのが…入ってきた時、もう、どうしようもなくて…。痛いのに、気持ちよくて…。お腹の底まで、えぐられるような感じで…。意識が、飛びそうだった…」
彼女の声は、もはや告白というよりは、あの夜の快楽を、自分でも整理しきれずに思い出している、そんな響きを帯びていた。
「膣も…アナルも…。あの人に、ぐちゃぐちゃにされて…。何度も、何度も、イかされて…。もう、私の体は、私のものじゃなくなっちゃったの…。全部、あの人のものに…。あの人の、そのデカいもので、形を変えられて…。もう、利明くんの、入る場所じゃない…かもしれない…」
最後の言葉は、ほとんど独り言のようだった。利明は、もう何も言えなかった。電話から聞こえるのは、あやなの、尽きることのない嗚咽だけだった。彼女の告白は、彼の心を、完全に粉砕した。愛していた、信じていた、未来を描いていた女が、もう自分のものではない。別の男の、異常なほどの性器によって、心も体も、完全に作り変えられてしまった。彼女が感じた、あの未知の快楽。それは、自分が決して与えることのできなかったものだった。嫉妬と、屈辱と、そして、自分の無力さへの絶望が、彼の体の中で、黒い濁流となって渦巻く。彼は、電話を切ることもできず、ただ、 receiverを耳に押し当てたまま、あやなの泣き声と、自分の心が砕けていく音を、静かに聞いていた。もう、戻れない。二人の間には、もう、戻ることのできない、深くて暗い峡谷が、できあがってしまったのだ。
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