第1章: 白い日常、その裂け目

第1章: 白い日常、その裂け目
午後の陽射しが、カーテンの隙間から細く鋭く絞られ、磨き上げられた無垢材の床に、まるで光の刃のような筋を描いていた。
久原冬美は、その光の筋の縁にひざまずき、昨日幹夫が買ってきてくれた芳香剤のミニチュアボトルを、指の腹でそっと撫でていた。
レモングラスとティーツリーの、すっきりとしながらもどこか温かみを帯びた香りが、改まったばかりの家の空気にじんわりと滲み込んでいく。
亡くなった祖父母の家を、二人の未来のためにと、幹夫が手を尽くして改装してくれたこの一軒家は、冬美にとって幸福そのものの形だった。
「おかえりなさい」の声が響き渡る玄関。二人で食卓を囲むリビング。隣で幹夫の寝息を感じながら朝を迎える寝室。
そのすべてに、愛情と時間の結晶がきらきらと輝いているように思えた。
色白で小柄な自分の体を、幹夫はいつも宝石のように、壊れ物のように大切に扱ってくれる。
その優しい眼差しを思い出すだけで、冬美の胸は温かい感情で満たされ、唇の端が自然と緩んでいく。
薄手のグレーのカットソーと、白いショートパンツという、家にいる時の何気ない格好。その身なりに、この家の空気は完璧に馴染んでいた。
洗濯機が静かに回る音と、冷蔵庫の低いモーター音。遠くで聞こえる子供たちの遊ぶ声。
そんな日常の音の集合体が、冬美にとっては世界で最も安心できる音楽だった。
彼女はそっと立ち上がり、窓辺の観葉植物の葉に溜まったほこりを柔らかく払った。
その指先には、幹夫との指輪が、重く、そして温かく感じられた。
結婚してまだ一年。毎日が、まるで夢のように甘く、そして瑞々しい。
--この幸せが、永遠に続ると信じて疑わなかった。
その時だった。玄関の方から、普段聞こえない音が、微かに、しかし確かに耳に届いた。
きしり、というような、金属をこすり合わせるような乾いた音。
冬美は手を止め、耳を澄ました。風の音かな、あるいは近所の工事の音かな、と自分に言い聞かせようとする。
けれど、その音は再び響いた。今度はもっと明確に、まるで錠前を何かでこじ開けるような、生々しく、悪意に満ちた音として。
心臓が、ぐっと冷たいもので掴まれたような感覚に襲われる。息が詰まる。
ガチャリ、と、あまりにも大きな音がして、固く閉ざされていたはずの玄関のドアが、無慈悲に開け放たれた。
冬美の体は恐怖で凍りつき、指先がピリピリと痙攣する。目の前の光の筋が、突如、不吉な影に飲み込まれた。
三人の男の影が、家の明るい空気を切り裂いて、闇のように立ち現れた。
真っ先に目に入ったのは、左腕にうねる龍のタトゥーを持つ、鋭い目つきの男だ。
彼は獲物を見定める肉食獣のように、ゆっくりと、しかし執拗に冬美の全身をなめ回すような視線を送ってきた。
「よう、俺たちを待っててくれたのか? いい子だな、お嬢ちゃん」
低く、ざらついた声が、冬美の鼓膜に直接こびりつく。
彼の隣にいる、猪のような目をした太った男は、鼻の下で汗を光らせ、下品な笑いを漏らしている。
その体からは、汗と古い衣類の混じった、むっとするような匂いが漂ってきて、冬美は思わず顔を背けた。
そして、その二人の少し後ろに、メガネをかけた知性的な風貌の男が、腕を組んで、まるで芝居を観劇するかのように、この場を冷徹な眼差しで見下ろしている。
スマートフォンを片手に持っているのが見えた。
部屋の空気が、一瞬で粘つく欲望の色に染まっていく。
レモングラスの香りは、男たちの体臭とタバコの匂いに蹂躙され、跡形もなく消え去った。
冬美は喉がカラカラになり、声が出ない。叫ぼうとしても、声帯は硬く閉ざされたまま、身動きひとつとれない。
--逃げろ、と頭の中で叫ぶ。けれど、恐怖という名の錠が、冬美の足を床に釘付けにしていた。
リーダー格の男、竜二が、一歩、そしてまた一歩と、ゆっくりと冬美に近づいてくる。
その足音が、冬美の心臓を直接踏み潰すような重圧だった。
「なあ、お嬢ちゃん。そんな目で見るなよ。俺たちは、お前さんと『お友達』になりたいだけなんだよ」
竜二はそう言って、汚れた指で冬美の顎をしゃくり上げた。
その指の触れだけで、冬美は全身の鳥肌が立つのを感じた。
彼の目の奥に渦巻いているのは、欲望という名の泥だ。
抵抗する意志が、ようやく体を動かそうとした時、鉄也と名乗ったであろう太った男が、冬美の背後に回り込み、がっしりと腕を捕らえた。
その力は、あまりにも強く、冬美の細い腕が、ちぎれそうな痛みを伴った。
「ひっ……!」
ようやく絞り出された声は、か細い悲鳴になってしまった。
それが合図だったように、健司と名乗ったメガネの男も近づいてきて、スマートフォンのレンズを冬美の顔に向けた。
シャッター音もなく、彼の撮影は始まっていた。屈辱と恐怖で涙が溢れそうになるのを、必死にこらえる。
竜二の汚れた手が、ためらいなく、冬美の着ているグレーのカットソーの襟元に掴かった。
布地が引き伸ばされる音とともに、次の瞬間、じりりという音を立てて、生地が引き裂かれた。
「やめ……てっ!」
ようやく放たれた拒絶の声は、男たちの荒い息遣いにかき消された。
竜二の手は、次に白いショートパンツのゴムに掛かった。
抵抗は虚しい。鉄也の腕に押さえつけられ、健司のレンズに辱めを撮影されながら、冬美の最後の防御は、無慈悲に引き剥がされていく。
カットソーの破れ目から現れた白い肌と、ショートパンツの下に隠されていた豊満な曲線が、男たちの貪欲な目に晒される。
部屋の空気は、もはや冬美が呼吸できるものではなくなっていた。
冷たい空気が、裸にされた肌に直接触れ、恐怖をより一層激しいものにしていた。

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