第4章: 老いた肉体に注がれる、蜜と赦しの熱

# 第4章: 老いた肉体に注がれる、蜜と赦しの熱
土曜日の午後、悠斗が祖父母のもとへ一泊に出かけてから、保坂学は自室の掃除を終えたばかりだった。
窓を大きく開けて風を通し、床をいつもより丁寧に拭き上げた。
埃ひとつない空間ができあがっても、なぜそこまでしたのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、前日に綾音が尋ねてきた時の顔が、頭から離れなかったのだ。
『今日の夜、時間空いてますか?』
彼女の声はいつもより少し低く、瞳の奥に揺らめく、かすかな期待のようなものが見えた気がした。
無意識のうちに、学は準備をしていたのだ。
***
午後六時過ぎ、薄暮が部屋の隅々を青く染め始めた頃、ドアのノックが響いた。
学がドアを開けると、綾音が小さな紙袋を下げて立っていた。
いつものスウェットではなく、淡いピンク色のニットワンピースを着ている。
肩にかかった栗色の髪は少し巻かれ、口紅も、ほんのりと桃色に輝いていた。
「こんばんは。突然で、本当にすみません」
微笑みは優しいが、その目元には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいる。
学はうなずき、ドアを大きく開けた。
「いえ、どうぞお入りください」
***
綾音が室内に入り、小さなテーブルの上に紙袋を置いた。
中からはボトルワインと、透明な包みに入ったチーズ、クラッカーが見える。
「子どもがいないので……たまには、ゆっくりお話ししたいなって。ワイン、飲まれますか?」
彼女の目が、懇願するように学を見つめた。
輝く瞳の奥に、切実な何かが潜んでいた。
学は一瞬、躊躇った。
長い間、酒を嗜む習慣も、機会もなかった。
--断る理由など、ない。
「ええ……少しなら、お付き合いします」
綾音の表情が、ほっと緩んだ。
彼女はワインオープンを手に取り、真剣な面持ちでコルクを抜いた。
手つきは慣れてはいないが、その真剣さがかえって愛おしい。
琥珀色の液体が、二つのグラスに注がれる。
甘く渋い香りが、ふわりと部屋に広がった。
***
学がソファに腰を下ろすと、綾音も隣に座った。
しかし、少し距離を置いて。
グラスをそっと持ち上げ、彼女が言った。
「乾杯、しましょうか」
学もグラスを上げ、触れ合わせる。
コリン、と澄んだ音がする。
一口含む。
酸味と渋みが舌の上でほどけ、ほのかな甘みが追いかけてくる。
アルコールの温もりが、喉を通り、胸の奥にじんわり広がった。
久しぶりの酒に、少しめまいを覚える。
「美味しいですね」
「良かった……安物なんですけど」
綾音も小さく一口飲み、グラスを膝の上に置いた。
すると、彼女の視線がまっすぐに学を捉える。
ゆっくりと、口を開く。
「保坂さん……私、この数週間、ずっと考えてたんです」
学はグラスを握りしめ、息を殺した。
「あの日、ここで……あんなことになってから、毎日胸がドキドキして。恥ずかしくて、なかなか顔を合わせることすらできなくて」
声は微かに震えていた。
--俺もだ。
学は心の中で呟いた。
あの夜の後、綾音とすれ違うたび、胸の奥で熱い何かが蠢くのを感じた。
同時に、押し潰されそうな罪悪感にも襲われた。
三十近い年の差。
世間が嘲笑うであろう関係。
それなのに、彼女の肌の温もりを思い出すだけで、体の芯から渇きが湧き上がるのを抑えられなかった。
「私もです。木下さんと……あの後、どう接していいのか、わからなくて」
学がそう呟くと、綾音の目が潤んだ。
「じゃあ……同じ、だったんですね」
彼女はグラスをテーブルに置き、ゆっくりと学の手に触れた。
指先は温かく、かすかに震えている。
「私……我慢できなくなっちゃった。悠斗が実家に行くって聞いた時、真っ先に浮かんだのは……保坂さんに会いたい、って思うことでした」
学は息をのんだ。
彼女の言葉が、胸の奥に張り巡らされていた鎖を、外していく。
「でも、僕は……こんな年寄りです。あなたとは、不釣り合いだ。周りの目だって……」
「そんなの、どうでもいい」
綾音の声に、初めて力強い響きが宿った。
彼女は学の手をしっかり握りしめ、顔を近づける。
「私が感じてるのは、保坂さんそのものなんです。優しさも、寂しさも、全部ひっくるめて。だから……今夜だけは、私の気持ちに、付き合ってほしい」
学は言葉を失った。
彼女の瞳は曇りひとつなく、まっすぐに彼を見つめていた。
長い沈黙が流れる。
窓の外では、完全に夜が訪れていた。
部屋の柔らかな明かりだけが、二人を包み込む。
学は、ゆっくりとうなずいた。
***
その小さな動作が、綾音の体を解き放った。
彼女は泣きそうな表情で笑い、学の首に腕を回した。
唇が重なる。
前回よりも深く、ゆっくりとしたキスだ。
ワインの甘い香りが、二人の息に混じり合う。
彼女の舌が柔らかく触れ、学は溺れそうになる。
「……ベッドに、行きましょう」
綾音が唇を離し、嗄れた声で囁いた。
学は立ち上がり、彼女の手を引いて寝室へ向かった。
狭い部屋のシングルベッドが、今夜は異様に広く感じられる。
***
綾音は学の前に立ち、ゆっくりとワンピースのファスナーを下ろした。
布地が肩から滑り落ち、下には薄いベージュのランジェリーが現れる。
胸を覆うブラはレースで縁取られ、その下から白く柔らかな膨らみがのぞいている。
学は息を詰まらせた。
三十八歳の女性の体は、出産の跡をわずかに残しつつも、豊かで生命の温もりに満ちていた。
「触って……ください」
綾音が学の手を取り、自分の胸に当てた。
ブラの上からでも、弾力ある肉感が伝わってくる。
学はためらいながらも、ゆっくりと形を確かめるように揉んだ。
「はぁん……」
甘い吐息が漏れる。
彼女は目を閉じ、唇を緩めた。
「もっと……直接に、感じたい」
彼女の誘いに従い、学はブラのフックを外した。
布がはずれ、重みを帯びた乳房が露わになる。
乳首はすでに硬く立ち、淡い桜色をしている。
学は無意識に唇を近づけ、そっと含んだ。
「んっ!」
綾音の体が跳ねる。
学は舌で乳首を弄び、舐め、軽く吸い付いた。
甘く微かな汗の匂いが、鼻腔をくすぐる。
もう一方の手で、反対の乳房を包み込む。
柔らかく、温かく、生きている実感が掌に満ちた。
「学さん……そんなに、優しくしないで」
綾音が学の頭を抱え、ぎゅっと胸に押し付けた。
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