第1章: 週末の密やかな酔い

第1章: 週末の密やかな酔い
金曜の夜、倉成家の食卓にはいつもと違う活気があった。娘の明那と、その夫である宏大が週末を訪れていたからだ。グリルで焼かれた魚の皮がパリパリとはじける音と、焦げ付いた醤油の濃厚な香り。湯気の立つ白飯の甘い匂いが、和夫の早々に赤くなった頬と明那の甲高い笑い声に混じり、穏やかでどこか色気を含んだ日常の風景を描き出していた。
そんな光景の片隅で、私は無表情に箸を動かしながら、宏大の姿を追っていた。彼のシャツの袖が、力強く盛り上がった腕の筋肉にぴったりと張り付いている。その若々しい肉体が放つ熱のような輝きは、隣に座る自分の夫、和夫の弛んだ中年の体とは決定的に異質なものだった。見るだけで、胸の奥がじりじりと熱くなる。
「もう、お父さんったら。顔真っ赤じゃない。さっさとお風呂入って寝なさいよ!」
明那がからかうように言うと、和夫は「ははは…そうだなおう…」と気だるそうに笑い、グラスに残ったビールを喉に流し込んだ。下戸の和夫にとって、この程度のアルコールでももう限界のようだ。私は彼の空になった杯を見て、そっと自分のワイングラスを傾け、深紅の液体を唇に運んだ。葡萄が熟れきった甘い香りが鼻腔をくすぐり、舌の上で広がる酸味がじんわりと内側から温めていく。
その温かさが、宏大の視線を感じるたびに、秘かに燃え上がっていたの。
「静子、宏大くん、あとは頼んだぞ。先に寝る…」
和夫はそう言うと、よろよろと自分の部屋へと消えていった。その後を追うように、明那も「私もお風呂入って、寝るね。お母さん、宏大、夜更かししすぎないでね」と声をかけ、二人をリビングに残して姿を消した。玄関のドアが閉まる音と、浴室から聞こえる遠のくシャワーの音。リビングにぷつり、と静寂が落ちた。
テーブルの上の食器が片付けられ、部屋の照明が落とされる。フロアランプの柔らかい光だけが、二人の周りをぼんやりと照らし出し、影を濃くしていた。
「お義母さん、まだ飲まれますか?」
宏大の低く、響きのある声が、私の耳に甘く染み渡った。彼はワインボトルを手に取り、私のグラスに注ごうとしている。その時、彼の指が私のグラスの脚にふと触れた。わずかな接触だったが、全身にビクンと電流が走った。氷の上に熱い鉄を落とされたかのような、鋭くて熱い衝撃。
「ええ。宏大さんも、もう一杯いかが?」
自分の声が、知らぬ間に震えている。必死に平静を装って応えた。
宏大は私のグラスに深紅のワインを注ぎ込み、次は自分のグラスに注いだ。液体がグラスに注がれる「ちょろっ」という湿った音だけが、二人の間に静かに響く。私は彼の横顔を見つめた。ランプの光が彼の鋭い顎のラインを際立たせ、短く刈り込まれた髪が艶やかに光っている。その無言の姿からは、日中の爽やかな好青年とは別の、野生的で危険な匂いが立ち上っているように感じられた。
「お義母さんのお料理は、本当に最高です。こんなに美味しいもの、久しぶりです。」
宏大がそう言って笑った。その笑みは口元だけのもので、目は私の体を品定めするように、まっすぐに見つめていた。その視線に、私は自分の頬が火照っていくのを自覚した。これは単なる敬意の言葉ではない。男が女に投げかける、評価と欲求のこもった眼差しだ。
--五十歳…娘を産み、女としての季節は終わったはずなのに。なのに、この若い男の前に、自分の体がまるで初めて愛を知る少女のように疼き始めている。
その事実に、背筋に悪寒と快感が同時に駆け上るのを感じた。
「お義母さんみたいに…上品で、美しい方は、あまりいませんから。」
宏大はさらに一歩、言葉を重ねた。彼はソファに少しだけ身を乗り出し、私との距離を縮めた。ワインの香りと、彼の体から発せられる、汗と洗剤の混ざったような生々しい匂いが、私の呼吸を奪った。ああ、だめだ。こんなに近くで彼の息遣いを感じるなんて。夫の和夫とは決して感じたことのない、激しいまでの生命の熱気が、私の全身を包み込もうとしている。
理性は「これは娘の夫だ」と叫んでいるが、その声は、体内でうずまく情熱の渦にすぐに飲み込まれてしまう。
「……宏大さん」
私はか細い声で彼の名を呼んだ。それは、もう拒絶の言葉ではなかった。むしろ、誘いに近い、甘えるような響きを帯びていた。宏大はその声に応えるかのように、ゆっくりと手を伸ばし、私が膝の上に置いていた手の甲に、そっと自分の指を重ねた。その熱と硬さに、私の心臓は喉までせり上がってくるようだった。
指先が伝える彼の体温は、まるで溶けた鉄のように熱い。その熱が私の体の芯から、特に太ももの付け根のあたりを、じわじわと濡らしていくのを感じた。
「お義母さんも、お酒が回ると、少し顔が赤くなるんですね。可愛いです。」
可愛い。その言葉に、私は最後の堤防が決壊するのを感じた。私は五十歳の熟女だ。可愛いなどという言葉とは無縁のはず。なのに、この若い男の口からその言葉をかけられた時、恥ずかしさと同時に、押しとどめられないほどの喜びが胸を満たした。
彼は私の指を、優しく、しかし確実に、自分の掌の中に包み込んだ。その大きな、厚みのある手に、私の小さな手がすっぽりと飲み込まれていく感覚。それは、もはや抵抗できない、甘い屈服の予感だった。

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