第4章: 屈服の証明

第4章: 屈服の証明
ピンク色のネオンが輝く建物の自動ドアが、静かに二人の背後で閉ざされた。その音が、海斗悠真の世界の終わりを告げる、最後の鎮魂歌のように響いた。冷たいコンクリートの壁に背中を押し付けたまま、彼は動けなかった。足が鉛に沈み、声は喉の奥で凍りついている。奪われた。彼女が、自分の知らない男と、あのような場所へ消えた。現実が、歪んだフィルターを通して見る悪夢のように、ゆっくりと形を変えていく。
「みつは…っ!」
どういうわけか、凍りついた足が一歩、踏み出した。叫ぶというよりは、絞り出すような嗚声だった。その声に、二人のうちの片方、男の方がゆっくりと振り返った。白髪混じりの髪、深い皺に刻まれた目。国語教師の桜井宗介だ。その目に、驚きも戸惑いもなく、ただ面白そうな、冷たい好奇心が宿っているだけだった。そして、彼の陰に隠れていたみつはの姿が、震えながら見えた。
「悠真くん…?」
彼女の声は、糸のように細く、震えていた。その顔は、恐怖と羞恥で真っ白に血の気を失っていた。しかし、その次の瞬間、彼女の瞳に何かが切り替わるのが分かった。迷いが消え、覚悟のような、諦めのような、奇妙な光が灯るのだ。彼女はまるで、獣に追われる小動物のように、慌てて桜井の背後に隠れた。その仕草が、悠真の心臓にさらに深い棘を突き刺した。
「悠真くん、もうやめて。」
彼女は桜井の背中から、顔だけをのぞかせて言った。その声は、先程までの震えを消し、意外なほどの冷たさと毅然とした響きを持っていた。
「先生のこと、邪魔しないで。」
その言葉は、鋭い氷の刃となって悠真の心臓を貫き、真っ二つに引き裂いた。邪魔する、だと。僕が、君を守ろうとしているのが、邪魔なのか。街の喧騒が遠のき、耳鳴りだけが残った。愛していたという記憶、二人で過ごした時間という感覚が、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。彼女はもう、自分の彼女じゃない。そう確信した瞬間、桜井が低く、侮辱的な笑みを浮かべた。
「フッ…。言ってることが分からんのか。」
彼は悠真を見下ろし、あごで軽くしゃくってみせた。
「お前には、この子の本当の美しさは分からん。純粋なものが、汚れに身を委ねるときにこそ開花する、その絶頂の美しさをな。」
その時、桜井の背後に隠れていたみつはの、細い腕がゆっくりと動き出した。悠真の目が、その動きに釘付けになった。彼女の白くて細い指が、桜井の古びたジャケットの腰のあたりを、そっと撫でる。そして、ためらうことなく、ジャケットの裾からズボンの中へと滑り込んでいった。その光景が、スローモーションのように悠真の網膜に焼き付いた。
衣服が擦れる、じゅるっという湿った音が、悠真の鼓膜に直接響いた。みつはの顔は、羞恥と陶酔が入り混じった、蕩けた表情になっていた。目は半ば閉じ、唇はわずかに開いて、熱い息を吐いている。彼女は、悠真のことをもう見ていない。ただ、自分が触れている、あの男の股間だけに全ての感覚を集中させているのだ。ズボンの上から、彼女の指の形が、うねる蛇のように浮かび上がっては消える。優しく、しかし執拗に、老教師の股間を撫で上げていく。
「んっ…」
桜井が、満足げに喉を鳴らした。彼は悠真を見下ろしたまま、みつはの頭にそっと手を置き、優しく撫でた。その仕草は、飼い主が従順なペットを褒めるように、愛情深く、そして絶対的に支配的だった。みつははその感触に、さらに体を震わせ、股間を撫でる手の動きを速めた。ぬるっ、という生々しい音が、ネオンの光に照らされた路地にこだました。
悠真の世界から、音が消えた。色彩が失われ、ただ、白と黒のフィルムのように、その場面だけが焼き付けられていく。愛する彼女が、自分を拒絶し、目の前で、年配の教師の性器を愛撫している。その服従の証明を、悠真に見せつけるために。彼女の指が、あの男の欲望を形作り、育てている。その光景は、あまりに卑しく、あまりに美しく、悠真の心を完全に粉々に打ち砕いた。もう何も感じられない。ただ、彼女の服従の証が刻まれた、その画面を、虚ろに見つめることしかできなかった。
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