第1章: 覗き窓からの絶望

第1章: 覗き窓からの絶望
放課後のチャイムが、まるで遠い国の鐘の音のように響いて消えた。教室にはもう、海斗悠真一人しかいなかった。彼の柔らかい茶色の髪に、西日が斜めに差し込み、穏やかな茶色の瞳をきらきらと照らしていた。彼は自分の鞄を片付けながら、何度も何度も窓の外のグラウンドへ視線を走らせていた。板橋みつはを待っていたのだ。まだ一度も唇を重ねたことのない、彼のたった一人の彼女。彼女のさらりとした長い黒髪が風に揺れる様子を、潤んだ大きな黒瞳がこちらを向くのを、ただ待っていた。
時間が、粘つく蜂蜜のようにゆっくりと流れていく。教室の空気は、誰もいなくなると寂しくなり、残る粉塵の匂いだけが際立つ。彼女はいつもなら、すぐにここに駆けつけてくるはずだった。今日は、少し体調が悪いと言っていたけれど、それにしても遅すぎる。心臓が、小さな不安な生き物のように胸の奥で騒ぎ始める。彼は立ち上がり、教室を後にした。廊下は、自分の足音だけが不気味に反響する空洞だった。彼の細身で華奢な体が、見えない何かに押し戻されるように、少しずつ足を進めていく。
「みつは…どこにいるんだろう…」
彼の唇から、かすれた声が漏れた。彼女のいそうな場所を頭の中で巡らせる。図書室?それとも、屋上?でも、どこのドアも閉まっていて、彼女の気配は感じられない。そうだ、国語の準備室だ。みつはは国語が好きで、桜井先生に質問に行くこともあった。あの、白髪混じりの髪と、深い皺に刻まれた鋭い目を持つ、少し気味の悪い先生。でも、もしかしたら、先生に呼ばれて勉強しているのかもしれない。その淡い期待を胸に、悠真は古びた廊下の奥へと足を運んだ。
国語準備室のドアは、ほんの少し、本当にほんの数センチだけ開いていた。カラン、と古い金具が軋む音がしないように、彼は息を殺してそっと近づいた。ドアの隙間から、予期せぬ匂いが漏れ出てきた。それは、ただの古い本やホコリの匂いではなかった。濃密で、動物的な、甘ったるい腐臭のような、何かが深く熟してしまったような匂いだった。彼の鼻孔をくすぐり、頭をぼんやりとさせるような、禁断の香り。好奇心と、それを上回る悪い予感が、彼の背中を押した。彼は、震える指でドアをそっと押し広げ、片目を隙間に寄せた。
そこに広がっていた光景は、悠真の世界のすべての法則を、音を立てて粉々に砕いた。
跪いている。それは、板橋みつはだった。彼女の学校制服、スカートの丈はいつもより短く、白いハイソックスの太ももが、緊張したように固くなっていた。さらりとした長い黒髪は、汗で数本こびりつき、うなじの白い肌を濡らしている。彼女は、誰の前にも跪いていた。古びたジャケットとズボンを穿いた、痩せ型で少し背の曲がった男の前に。それは、国語教師の桜井宗介だった。彼は眼鏡をかけたまま、悠真の気配に気づくことなく、傲慢な神のようにそこに立っていた。
そして、悠真の信じられない瞳が捉えたのは、みつはの、その顔だった。彼女は、桜井の年老いた尻に、自分の顔を押し付けていた。スラックスの上からではなく、ズボンと下着はずりりと下げられ、皺の刻まれた、白く、弛んだ尻の肉が、みつはの頬に挟まれている。そして、彼女の小さく、ピンク色の舌が、信じられない場所を、ゆっくりと、しかし確実に舐め上げていた。それは、肛門だった。くちゅっ、という、恥ずかしく、濡れた音が、静かな部屋に不快に響いた。
まだ、キスをしたことのない彼女の唇が、その舌が、年老いた教師の最も穢らわしい場所を、まるで神聖な儀式のように、愛撫していた。悠真の喉から、声にならない何かが漏れそうになった。彼の足は地面に釘付けになり、動かせなかった。逃げるべきだった。目を背けるべきだった。でも、その光景は、彼の眼球に焼き付いて離れなかった。みつはの表情は、苦痛でも、嫌悪でもなかった。それは、陶酔と、恍惚と、何かへの深い屈服願望に満ちた、彼が知らない顔だった。彼女の瞳は潤み、頬は赤く染まり、その舌は、まるで美味しい蜜を舐めるかのように、老いた穴の縁をねっとりと濡らし、中心へと舌先を滑り込ませていく。
「んっ…」
かすかな、甘い吐息が、みつはの唇から漏れた。その声は、悠真が一度も聞いたことのない、淫らな響きを帯びていた。桜井は、満足げに、ほくそ笑んでいた。その皺が深い口元が、歪んだ喜びでゆがんでいるのが見えた。彼は、悠真の彼女を、目の前で、自分のものに変えていた。純粋だったものを、穢し、犯し、自分の欲望の道具へと作り変えていく愉悦。その空気は、濃密な匂いと共に、悠真の肺を満たし、彼の精神を侵食していく。くちゅっ、ぐちゅ…、舌が粘膜を撫で、唾液が混じり合う、生々しい音が、悠真の鼓膜を直接抉った。
世界が、ゆっくりと回り始めた。教室の窓から差し込む夕日は、まるで血のように赤く、すべてを不気味に染めていた。彼の愛していた世界は、音を立てて崩れ始めていた。彼女の髪の香り、彼女の笑い声、彼女と交わした約束。すべてが、この一瞬の光景の前で、偽物のように色褪せていく。彼は、もう何も感じられなかった。悲しみも、怒りも、すべてが凍りついて、ただ、底なしの絶望が、彼の体の芯からじわじわと滲み出てくるのを感じるだけだった。彼の、まだ何も知らない純情な世界は、その覗き窓から、永遠に終わりを告げたのだ。

コメント