第1章: 午後の密やかな疼き

第1章: 午後の密やかな疼き
午後の日差しが傾き始めた頃、小柳恵子は息子・護の手を引いて、保育園の門を後にする。護の小さな手は、彼女の指にしっかりとしがみつき、今日も楽しかったんだなという温かな充実感を伝えてくる。
「ママ、今日ね、おりがみでかえるつくったよ。先生、じょうずって言ってくれた!」
護が上を向いて話す声は、どこまでも澄んでいて、恵子の胸の奥をほんのりと締めつけた。彼女はその手を握り返しながら、できるだけ明るい声で答えた。
「そうなの。すごいね、護。帰ったら見せてね」
「うん! パパにも見せたいな」
護のその言葉に、恵子の顔から一瞬、柔らかな笑みが引いた。パパは今、遠くに出張中だ。昨日の朝、スーツケースを引きずりながら玄関を出て行った夫・芳雄の背中は、いつも通り、仕事に向かう男の、揺るぎない決意に満ちていた。彼と交わした最後の会話は何だったか。そうだ、「今週は金曜の夜に帰る。それまで護の面倒、よろしく」という、事務的な言葉だけだった。キスも抱擁もなく、ただ互いの役割を確認し合う、長年の夫婦の習慣のような別れ方。
家に戻り、護のおやつを用意し、明日の保育園の準備を済ませる間、恵子の頭の中は、もう次の目的地で占められていた。週に一度の家事代行のパート。依頼主は、一人暮らしの小林隆、七十五歳の元教師だ。
「ママ、もう行っちゃうの?」
リビングで積み木を広げ始めた護が、寂しそうに尋ねた。恵子はキッチンカウンターの上に置かれた自分のバッグを手に取り、中身をそっと確かめる。エプロン、雑巾、洗剤。そして、今日は特別に、薄手の綿のパンティー一枚を、バッグの内ポケットに忍ばせてきた。今、彼女の下着の引き出しには、わざとらしいほどにレースのあしらわれたものが幾つか眠っているが、それを穿いて行く勇気は、まだどこにもなかった。せめて、布地が薄く、色が淡いものを選んだ。それが、彼女に許された精一杯の、小さな冒険だった。
「うん、すぐ近所までだから、すぐ戻るからね。テレビ見ててね。絶対に玄関開けちゃだめだよ」
「はーい」
護は素直にうなずき、テレビのリモコンに手を伸ばした。その無邪気な後ろ姿を見送りながら、恵子は二階の寝室へと向かった。クローゼットの鏡の前で、彼女はゆっくりと、今着ているブラウスとブラジャーを脱ぎ捨てた。冷たい空気が、裸になった肌に触れた。肩までのかかった栗色の髪が、鎖骨のあたりをくすぐる。
鏡に映る自分の体を、彼女は冷静に見つめた。三十五歳。出産を経た腰には、ほのかに柔らかさが残り、スレンダーながら、胸は護を母乳で育てた名残か、ふっくらとした膨らみを保っていた。乳首は、冷えや少しの刺激ですぐに敏感に反応する、薄い桜色をしていた。芳雄が最後にその胸を愛でたのは、いったいいつだっただろう。記憶は曖昧で、護が生まれる前のことのように思えた。夫婦の営みは、いつの間にか「子づくりのための行為」から「義務的な儀式」へと変質し、そして護が生まれてからは、ほとんど途絶えていた。
彼女はタンスの引き出しから、一枚の薄手のグレーのタンクトップを取り出した。スポーツ用のようなシンプルなものだが、生地は驚くほどに薄く、伸縮性があった。これをブラジャーなしで着れば、胸の形はほぼそのまま、布地の上にくっきりと浮かび上がる。彼女は息を吸い込み、そのタンクトップを頭からかぶった。ぴったりと肌に張り付く感触。布地が乳首に直接触れ、こすれる。んっ……と、思わず喉の奥で音がした。ほのかな疼きが、胸の先からじんわりと広がる。
その上にさっとカーディガンを羽織り、ジーンズを履く。バッグの中の薄いパンティーに履き替えるのは、小林さんの家の浴室で済ませよう。すべての準備を整え、もう一度鏡を見る。外見はごく普通の、買い物に出かける主婦だ。しかし、カーディガンの下で、タンクトップが密着する肌の感覚、そしてこれから行う「行為」を思うと、心臓が高鳴り、下腹部がじんわりと熱を持ち始めるのを感じた。恥ずかしさと、罪悪感。それらを蹴り飛ばすように、彼女はバッグを抱え、階段を下りた。
「行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
護の明るい声を背に、恵子は自転車に跨った。五月の風が、カーディガンの隙間から入り込み、タンクトップ越しに肌を撫でる。その度に、乳首がこすれて、疼きが増す。自転車を漕ぐ腿の動きが、ジーンズの布地を股間に擦りつける。ああ……もう、濡れ始めている。自分でも信じられないほどの早さで、体が反応している。
小林宅は、恵子の家から自転車で十分ほどの、閑静な住宅街の一角にあった。築数十年は経っているだろう古びた二階建ての家。庭の手入れも行き届かず、どこか寂れた雰囲気を漂わせている。彼女が自転車を止め、インターホンを押すと、いつも通り、しばらくしてから内側からゆっくりとドアが開いた。
「こんにちは、小林さん。お邪魔します」
小林隆は、芥子色の古びたセーターに、ゆったりとしたグレーのズボンという、いつもの姿で立っていた。白髪が薄く残る頭を、微かに下げただけだ。言葉は返さない。無口で表情の乏しい老人だった。かつて教師をしていたという経歴は、鋭く観察するような薄灰色の瞳から、うかがうことができた。彼はドアを大きく開け、恵子を通し、それから再び居間の椅子へと戻って行った。
恵子は玄関で靴を脱ぎ、いつも使うスリッパに履き替える。心臓の鼓動が早い。まずは、約束通り、浴室で下着を履き替えなければ。彼女は小声で「お手洗い、お借りします」と言い、小林のうなずきを待たずに浴室へと向かった。
狭い浴室の扉を閉め、ようやく一人になると、彼女は背中を扉に預け、深く息を吐いた。胸の高鳴りが収まらない。バッグから、あの淡いベージュ色の綿パンティーを取り出し、今穿いているものを脱ぐ。脱ぎ捨てたパンティーには、すでにほんのりと湿った跡がついている。彼女は新しいものを履き、その薄さを確かめた。一枚の布が、まるで何もないかのように、恥丘の膨らみを包む。透けているわけではないが、形は明らかだ。

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