六十五歳、初恋の肌は熱く濡れて
あらすじ
栗原章介は退職金と年金の半分を妻に持っていかれ、子供たちとも絶縁状態にされた孤独な半年を過ごしていた。旧友の高橋健一からの同窓会の誘いを断りきれず、しぶしぶ出席する。会場で、初恋の相手だった清水香里と四十数年ぶりに再会する。かつての面影を残しながらも、白髪が目立ち、どこか疲れた印象の香里。彼女も三年前に夫を亡くし、今は仕出し屋で働きながら寂しい日々を送っていると打ち明ける。互いの寂しさと喪失感に共鳴し、ほのかな慰めを求めてLINEを交換する。帰路、栗原は久しぶりに他人の温もりを感じ、胸の奥で微かな疼きが覚醒するのを押さえきれない。
第1章 孤独の底で揺らぐ灯

第1章: 孤独の底で揺らぐ灯
窓の外には、四月の午後の光がゆるやかに流れていた。栗原章介は、リビングのソファに腰を下ろしたまま、その光の動きをぼんやりと追っていた。手に持ったマグカップのコーヒーは、もうとっくに冷えきっている。飲む気も起こらず、ただ重さだけが掌に伝わってくる。
退職してから、いや、正確には半年前に妻から離婚を告げられてからというもの、時間というものはこのように粘り気を帯びて、ゆっくりと、しかし確実に彼の周囲を腐食させていくように感じられた。
六十五歳。長年にわたって中堅商社に勤め、転勤を繰り返しながらも、家族のためにとがむしゃらに働いてきた。
最後の転勤地でようやく腰を落ち着け、退職金と年金をてこに、夫婦でのんびりとしたセカンドライフを送れるはずだった。
その思いは、妻の口から冷たく突きつけられた離婚の言葉によって、脆くも崩れ去った。退職金も年金も半分を持っていかれた。子供たち二人はすでに独立していたが、妻側につき、今では連絡さえよこさない。
家族のためにと費やしてきたすべての時間が、まるで砂の城のように何の痕跡も残さず流れ去った虚無感。彼はその底に沈んだまま、半年という月日を、この質素なマンションの一室でただ呼吸をしているだけで過ごしてきた。
ふと、視線が壁にかかった古い写真に向かう。高校時代のクラス写真だ。色あせた画面の中、ぎこちない笑顔を浮かべた少年たちの列に、自分もいる。その隣に、ちょっとうつむき加減で、それでも澄んだ目をした少女の姿が写っている。
清水香里。
初恋の、というほど大げさなものではなかったかもしれない。ただ、三年間同じクラスで、何度か挨拶を交わし、文化祭の準備で一緒に作業をした程度。
それでも、彼女の姿を見かけると胸がきゅっと締めつけられるような、あの年代特有の淡い感情を抱いていたことは確かだった。
携帯電話が振動した。見れば、旧友の高橋健一からの着信だ。ため息が零れそうになるのをこらえ、応答ボタンを押した。
「おっ、章介。元気してるか?」
高橋の声は、相変わらず大きく陽気だった。背景にはざわめきが聞こえ、どうやら外出先かららしい。
「ああ、まあな」
栗原はできるだけ平坦な声で答えた。
「そっかそっか。でさ、今度の土曜日なんだけど、高校の同窓会やることになったんだ。四十三回生の。幹事やることになっちゃってさ。お前、絶対来いよな。ずっと連絡取れてなかったから、どうしてるか心配してたんだ」
同窓会。その言葉に、栗原の胸の奥で鈍い抵抗感が渦を巻いた。今の自分をかつての同級生たちに見せる気にはなれない。
白髪混じりの頭、少し曲がった腰、そして何より、人生の敗残者というような空虚な目。それらを曝け出すことほど恥ずかしいことはない。
「悪いけど、遠慮するよ。ちょっと、こう、体調も良くないしな」
「何言ってんだよ。体調不良なら尚更、外に出て気分転換しなきゃ。ずっと籠もってるだけじゃ、ろくなことないぜ。お前、離婚したって噂は聞いてるよ。まさか、それで引きこもっちゃいないだろうな」
高橋の言葉は、図星を突くように鋭かった。栗原は無言で、冷えたコーヒーカップの縁を指でなぞった。
「ほら、せっかくの機会だ。みんなにも会わせてやれよ。お前だけ来ないなんて、寂しいじゃないか。それにさ、清水香里も来るって聞いたぞ」
その名前を聞いた瞬間、栗原の指が止まった。心臓が、久しぶりに明確な一拍を打ったような気がした。
「……香里さんが?」
「ああ、連絡取れたんだ。まあ、お前みたいにずっと疎遠ってわけじゃないだろうけどさ。来るらしいよ。どうだ、ちょっと興味湧いてきただろ?」
高橋の声には、からかうような含みがあった。栗原は眉をひそめながらも、ふと、あの色あせた写真の中の少女の顔を思い浮かべた。今、彼女はどんな顔をしているのだろう。そして、なぜそんなにも気になるのだろう。
「……場所は?」
結局、そう聞いてしまった自分に、栗原は内心で苦笑した。孤独が、ここまで人を弱くさせるのか。たった一つの懐かしい響きに、すがりつこうとするのか。
土曜日の夜、栗原はしぶしぶと指定された駅前の居酒屋へと足を運んだ。改札を出ると、夕暮れ時の街はサラリーマンや若者たちで賑わっていた。彼らのはしゃぎ声や笑い声が、まるで別世界の雑音のように耳に突き刺さる。自分はもう、こうした日常の喧騒に属していないのだということを、改めて思い知らされた。
居酒屋の二階の個室には、すでに十人ほどの男女が集まっていた。白髪の頭、太った体、皺の刻まれた顔。誰もが確かに年老いていたが、その笑顔や仕草には、どこか学生時代の面影を色濃く残している者もいた。
「おお、章介! 来たな!」
高橋健一が、派手な赤いポロシャツを着て、手を大きく振った。彼はすでに顔を赤らめ、ビールジョッキを手にしている。周囲からも、懐かしそうな声がかかる。
「栗原? おお、久しぶり!」
「相変わらずしっかりした体格してるなあ」
「ちょっと瘦せた?」
栗原はぎこちない笑顔を作り、軽く会釈をしながら席に着いた。自己紹介や近況報告が交わされる中、彼はできるだけ目立たないように、ただうなずくだけに留めた。
妻との離婚や、現在の孤独な生活については、もちろん口にしない。退職したこと、今はのんびりしていること、それだけを曖昧に伝えた。
そして、彼の視線は無意識に部屋の中を探っていた。清水香里の姿を。
彼女は、少し遅れてやって来た。入口の襖が開き、ひょっこりと現れたその姿に、栗原は息を飲んだ。肩までの髪は丁寧にブラウンに染められ、柔らかいウェーブがかかっている。地味なベージュのワンピースに、薄いカーディガンを羽織った姿は、どこか控えめで、しかし清潔感に溢れていた。
顔は確かに年齢を重ねていた。目尻には深い皺が刻まれ、口元にもたるみが見える。それでも、あの澄んだ目は、昔と変わらず、むしろどこか哀しげな輝きを宿しているように思えた。
「あ、清水さん! 遅かったねえ」
「おお、香里さん! こちらこちら!」
何人かが声をかける。香里は恥ずかしそうにほほえみながら、小さく会釈をして席に着いた。彼女の席は、偶然にも栗原の斜め向かいだった。彼はちらりと視線を送り、すぐに目をそらした。なぜだか、直視できない。胸の奥で、何かがかすかに疼いた。
宴は進み、ビールや焼酎が注がれ、昔話や自慢話、愚痴や笑い話が飛び交った。栗原はほとんど口を挟まず、ただ聞き役に徹していた。その間、何度か香里と視線が合うことがあった。彼女もまた、静かに話を聞き、時折小さく笑うだけで、積極的に喋ることはないようだった。
ふと、高橋が栗原に話しかけた。
「そういえば章介、お前、清水さんとは三年間同じクラスだったよな。よく文化祭で一緒に作業してたっけ」
その言葉に、香里がゆっくりと栗原の方を見た。彼女の目が、少しばかり驚いたように見開かれた。
「あら……栗原さん、でしたっけ。確かに、同じクラスでしたね。お久しぶりです」
声は、意外にもしっかりとしていて、しかしどこか柔らかい響きを持っていた。栗原はどもりそうになるのをこらえ、うなずいた。
「ああ、久しぶり。清水……香里さん、だよな。元気にしてたか?」
愚問だ。彼女の顔には、疲労の影が確かに見て取れる。香里は少し俯き、それからかすかな笑みを浮かべた。
「はい、まあ。なんとか、です」
その返事には、何か言い淀むような含みがあった。宴も中盤に差し掛かり、何人かは二次会へと移動していった。残ったのは、栗原、香里、高橋、そしてもう一組の夫婦だけだった。
高橋はすっかり酔っており、くどくどと自慢話を続けている。夫婦もまた、自分の孫の話に夢中だ。
ふと、香里がそっと席を立ち、廊下へ出ていくのが見えた。トイレに行くのだろう。栗原はなぜか、ほっとしたような、そして少し物足りないような気分になった。数分後、彼女が戻ってくる。再び席に着いた彼女は、マナーよく箸を進めていたが、その表情にはさっきよりもいっそう寂しげな影が落ちているように思えた。
「香里さん、今はどうされてるの?」
ふと、残っていた夫婦の妻が声をかけた。香里は箸を置き、ゆっくりと答えた。
「はい。三年前に夫を亡くしまして。今は、仕出し屋で働いています」
その言葉は、静かではあったが、部屋の中に一瞬の沈黙をもたらした。栗原は、自分の胸の内に湧き上がる共鳴を感じた。喪失。孤独。彼女もまた、自分と同じ深みに立っているのだ。
「あら、まあ……ご愁傷さま。お子さんは?」
「娘が一人いますが、遠方に嫁いでしまって。なかなか会えなくて」
香里の声には、かすかな震えが混じっていた。彼女はうつむき、手に持った湯呑みをぎゅっと握りしめる。その指先には、深い皺と、わずかに膨らんだ関節が見える。長年の労働の痕だろう。
「そう……大変ね。でも、お仕事、頑張ってるんだ」
「はい。ただ、毎日が同じことの繰り返しで。寂しいというか、楽しみを見つけるのが難しくて」
その呟きのように発せられた言葉は、栗原の心に直に刺さった。楽しみのない人生。それは、まさに彼がこの半年間味わってきたものと同じだ。彼は思わず口を開いた。
「……俺も、だ」
香里がゆっくりと顔を上げる。彼女の茶色の瞳が、栗原の目をまっすぐに捉えた。
「栗原さんも?」
「ああ。妻と離婚して、子供たちとも連絡が取れない。毎日、何をしていいかわからなくて。ただ、時間が過ぎていくのを待っているだけだ」
彼はなぜか、この女性にだけは本当のことを話してしまった。高橋も、夫婦も、もう酔ってそれぞれの会話に夢中だ。この小さなテーブルの一角で、彼と彼女だけが、現実の寂しさを分かち合っているように感じられた。
香里の目が、わずかに潤んだ。彼女は唇を噛みしめ、それから小さくうなずいた。
「……私も、同じです。夫が亡くなってから、誰とも本当の話ができなくて。毎日、仕事から帰ってきて、テレビをつけるだけ。話しかける人もいない。ただ、時間が過ぎていく」
彼女の声は、今度は確かに震えていた。栗原は、自分の手が差し出そうとしているのを感じた。しかし、それはあまりにも唐突だ。代わりに、彼は携帯電話を取り出した。
「よかったら……連絡先、交換しないか? LINEでも。たまに、こう、話せたり。ささいなことでも、相談に乗ったり」
言ってから、自分が何を言っているのかわからなくなった。こんなこと、高校生か若者か。しかし、香里の目がぱっと輝いた。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめ、うつむきながらも小さく肯いた。
「はい……ありがとうございます。私も、栗原さんとお話できて、ほっとしました。同じように感じている人がいるって、なんだか救われるみたいで」
彼女も携帯を取り出し、二人でLINEのIDを交換した。その過程で、彼女の指が一度、栗原の手の甲に軽く触れた。乾いていて、少し冷たい感触だった。が、その一瞬の接触が、栗原の腕を微かに痺れさせるほどの衝撃となって伝わった。
やがて宴は終わり、皆が店を出た。駅までの道を、高橋と夫婦は別の方向へ、栗原と香里は同じ駅を使うことがわかり、二人だけが並んで歩くことになった。夜風はまだ冷たく、彼女はカーディガンの襟を掴んで少し身を縮めた。
「寒いね」
「ええ、少し」
会話はぎこちない。しかし、先ほどの共鳴が、二人の間に目に見えない糸を張っているようだった。改札口で、彼女が小さく頭を下げた。
「では、栗原さん。今日は、ありがとうございました。お話できて、よかったです」
「ああ、俺もだ。じゃあ、またLINEで」
「はい。お気をつけて」
彼女は再びほほえみ、それからゆっくりと階段を降りていった。栗原はその背中を見送りながら、胸の奥で微かな疼きが覚醒していくのを感じた。それは、長い間忘れていた感覚だった。他人の温もり、そしてその温もりを求めたいという欲求。孤独の底で、一本の灯が、かすかに揺らめき始めた。
彼は改札を通り、ホームに立った。電車を待つ間、携帯の画面を見つめた。登録されたばかりの香里のプロフィール画面。写真はない。名前だけが、ひっそりと表示されている。ふと、彼女のうつむいた横顔が脳裏に浮かぶ。あの哀しげな目。皺の刻まれた首筋。そして、冷たかった指の感触。
電車がホームに滑り込んできた。ドアが開き、彼は人混みに押し込まれるようにして乗り込んだ。車内の明るい光が、窓に映る自分の顔を浮かび上がらせる。そこには、どこか戸惑いと、かすかな期待が混じった、久しぶりの生きた表情があった。
第2章 溶けゆく境界線、疼く肌

第2章: 溶けゆく境界線、疼く肌
スマートフォンの淡い光が、栗原章介の皺の深い手のひらに落ちた。画面には、清水香里からの新しいメッセージが浮かんでいる。夕食の写真だった。小鉢に盛られたひじきの煮物、焼き魚、それに具だくさんの味噌汁。どれも色鮮やかで、手間がかかっているのが伝わる。
「今日は鯵の開きを焼いてみました。脂がのっていて、美味しかったです」
その文字の下には、小さな笑顔のスタンプが添えられていた。
栗原はリビングのソファに深く沈みながら、指を動かした。この数週間、彼女とのLINEのやり取りは、彼の孤独に染まった日常に、かすかなリズムをもたらしていた。
朝の挨拶から始まり、昼には仕事の合間に送られてくる香里の写真――仕出し屋の厨房で大量に作られるおかずの山、あるいは彼女自身の質素な昼食。
そして夜には、今日の夕食の報告。彼は最初、何を返せばいいのかわからなかった。ただ「おいしそうだな」と書くことしかできず、自分が無趣味で味気ない男だということを痛感していた。
しかし香里は、そんな彼の短い言葉に必ず丁寧に返してくれた。
「栗原さんは、お魚はお好きですか? 焼くときのコツがあるんですよ」
「味噌汁の出汁、今日は煮干しと昆布でとりました。やっぱりしっかり取ると味が違いますね」
彼女の言葉は、まるで料理そのもののように、彼の空虚な胃袋だけでなく、胸の奥のぽっかり空いた穴にも、温かい何かを注いでくれるようだった。
彼は返信を考える。これまでは妻に「今日の晩飯は?」と訊くことすら、義務的な挨拶のようにしか感じていなかった。けれど今、この小さな画面の向こうにいる女性に、自分が何を食べたか、どう感じたかを伝えることが、なぜか大切に思えてならなかった。
「俺は今夜、スーパーの惣菜で済ませた。香里さんのを見ると、なんだか贅沢をした気分になる」
送信ボタンを押すと、すぐに既読がついた。返事が来るまでの数秒間、彼はなぜか自分の心臓の鼓動を耳の奥で聞いていることに気づいた。
「そんな……。でも、もしよかったら、今度ひじきの煮方を教えますね。簡単ですから」
彼は画面をじっと見つめ、口元が緩むのを感じた。教えてほしい、と書こうとして、指が止まった。
ふと、あまりにしつこくなりはしないかという気恥ずかしさが、頬をゆるやかに熱くした。それでも彼は打ち込んだ。
「ぜひ。いつか、機会があれば」
すると今度は、少し間があってから返信が来た。
「はい。喜んで」
その言葉の後に、また小さな花のスタンプが添えられていた。栗原はスマホをソファに置き、天井を見上げた。
部屋にはテレビの音だけが空虚に響いている。けれど、今しがたまでそこにあった重たい静寂が、少しだけ軽くなったような気がした。彼の掌には、スマホの温もりが、かすかに残っていた。
それから数日後、彼は思い切ってメッセージを送った。家電量販店に行きたいのだが、電気ポットの購入を考えている、どれがいいかわからない、と。それは半分本当で、半分はただ彼女の声が聞きたかったからだということを、自分でも認めざるを得なかった。
香里は驚くほど迅速に、いくつかの機種の特徴を箇条書きで送ってきて、最後にこう付け加えた。
「メーカーの展示コーナーで実際に触ってみるのが一番だと思います。もし差し支えなければ……私、明日の午後なら時間が空いています。ご一緒しても、よろしいでしょうか?」
彼はその文章を何度も読み返した。差し支えなければ。ご一緒しても。彼女の、人に気を遣いすぎるほど丁寧な言葉遣いが、なぜか胸を締め付けた。
彼はすぐに返信した。ありがとう、ぜひお願いしたい、と。
約束の当日、彼はなぜか普段着のポロシャツではなく、少しばかり襟のきいたシャツを選び、チノパンの皺を手で叩きながら家を出た。電車に揺られる一時間、彼は窓に映る自分のかすかな白髪混じりの頭髪を気にしながら、ふと、高校時代の香里を思い出した。
教室の窓際で、頬杖をついて外を眺めていた彼女の横顔。彼は声をかける勇気がなく、ただ遠くから見つめることしかできなかったあの頃。
今、四十数年を経て、彼女と家電量販店で会う約束をしているという現実が、どこか滑稽で、そして切なかった。
駅の改札口で彼女を見つけた時、彼はまたしても、彼女の美しさ――年齢を重ねたからこその、深く静かな美しさに息をのんだ。
肩までの髪は柔らかくウェーブがかかり、地味ながらもきちんとした柄のワンピースを着ていた。彼女も彼を見つけ、小さく手を挙げた。その仕草が、どこか少女めいていた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺も着いたばかりだ」
彼らは並んで歩き始めた。初めはぎこちない沈黙が続いた。肩と肩の間には、手を伸ばせば届きそうな、しかし越えてはならないかのような距離があった。
彼は何か話さなければと思い、昨日の彼女のメッセージにあった味噌汁の話題を振った。
「煮干しと昆布の出汁、やってみたんだが、なかなか難しいな」
香里の顔がぱっと明るくなった。
「あら、やってくださったんですか? 煮干しは頭とはらわたを取ると、えぐみがなくなりますよ。最初は面倒に思うんですけど、慣れれば」
彼女が説明する声は、LINEの文字では伝わらない温かみと、少しだけ早口になるような熱意を含んでいた。
彼はうなずきながら、彼女の横顔を盗み見た。話す時の彼女の目は、寂しげだった同窓会の夜とは違って、微かに輝いていた。
家電量販店では、彼女が驚くほど的確に電気ポットの機能を比較し、彼の生活スタイルに合いそうなものをいくつか勧めてくれた。彼はほとんど彼女の薦めに従い、一台を選んだ。買い物を終え、店を出ると、そろそろ夕暮れ時だった。
「すまないな、ずいぶん時間を取らせちゃった」
「いいえ。私も、こういうお話をするの、久しぶりで……楽しかったです」
彼女は俯き加減にそう言い、ほんのりと頬を染めた。その瞬間、栗原の中に、ある衝動が湧き上がった。まだ帰りたくなかった。彼女と一緒にいたい。ただそれだけだった。
「よかったら……この近くで、軽く何か食べていかないか? お礼も兼ねて」
香里は一瞬、目を見開いた。彼は言ってしまったことを後悔しかけた。しかし彼女はゆっくりとうなずいた。
「もし、ご迷惑でなければ……」
彼らは駅前の小さな居酒屋を見つけ、奥のボックス席に座った。注文したビールとお通しが運ばれてきて、グラスを軽く合わせた。冷えた泡が喉を通り、初めて二人きりで向かい合うという緊張が、少しだけ和らいだ。
会話は自然に流れていった。仕出し屋での仕事の話、彼の退職後の漠然とした日々、ふとした日常の小さな発見。
彼女は時折、静かに笑った。その笑顔を見るたびに、栗原は胸の奥が温かく疼くのを感じた。
二杯目を注ぎながら、香里がふと呟いた。
「栗原さんは、退職されて、これからどうされようと思ってるんですか?」
彼はグラスをまわしながら、考えた。
「……さあな。夢や目標ってものは、もう随分前に忘れちゃったよ。家族のために働くことが、全てだったから」
「そう……ですか」
彼女の声が、かすかに曇った。彼は気づいて、訊き返した。
「香里さんは? これから、何かしてみたいこととか」
香里はグラスの水滴を指でなぞり、遠い目をした。
「私も……特にありません。ただ、ふと思うんです。もっと、自由を謳歌したかったな、って」
その言葉に、栗原ははっとした。彼女の口調には、深い諦めと、かすかな未練が混ざっていた。
「自由、か……」
「ええ。若い頃から、夫の実家で暮らしてきましたから。姑の目もあって、いつも気を遣い、遠慮ばかりして……。夫も、子供が生まれてからは仕事一筋で、だんだん私とは……疎遠になっていって」
彼女の声が次第に細くなり、涙声に近づいていく。彼は無言で聞き続けた。
「何もかも、義務のように感じてきたんです。良い妻でいなきゃ、良い母親でいなきゃ、良い嫁でいなきゃ。でも……ふとした瞬間、これで良かったのかな、と。私だって、もっと……もっと……」
彼女は言葉を詰まらせ、顔を上げた。彼女の目尺には、微かに光るものがたまっていた。栗原の喉が渇いた。彼は思わず促した。
「もっと、どうしたかった?」
香里は彼を見つめた。その瞳は潤み、混乱と羞恥、そして長年押し殺してきた何かが渦巻いているようだった。彼女は唇を震わせ、かすれるような声で言った。
「この年齢で言うのは、本当に恥ずかしいことですけど……女としての喜びを、もっと知りたかったんです」
一瞬、時間が止まったような気がした。居酒屋の喧噪、テレビの音、全てが遠のき、彼の耳には彼女の吐息だけが届く。
--女としての喜び。
その言葉の持つ官能的な響きが、彼の腹の底をじんわりと熱くした。彼は、自分の中にまだこんなにも激しく欲望が蠢いていることに、驚きを覚えた。
香里は真っ赤になって俯き、グラスを両手で握りしめている。その指の関節が白くなっている。彼女は言ってしまったことを悔いているようだった。
栗原はゆっくりと息を吸った。彼のグラスを持つ右手が、微かに震えていることに気づいた。震えを止めようと力を込めると、逆にグラスが軋むような音を立てた。
「……そう、だったのか」
彼の声は、思った以上に低く、濁っていた。彼女はうつむいたまま、かすかにうなずいた。
「はい……。ずっともんもんとしてきました。夫が亡くなって、寂しさはもちろんありますが……同時に、もうあの思いを味わうこともないのだと思うと、どこか……悲しくて。こんなこと、誰にも言えませんでした」
彼女の一滴の涙が、テーブルの木目に落ちた。その小さな音が、栗原の鼓動をさらに速めた。
彼はテーブルの下で拳を握りしめた。今、ここで彼女に触れたい。その震える肩を抱きしめ、涙を拭ってやりたい。
いや、それ以上に――彼女が長年渇いていたという「喜び」を、今すぐに与えてやりたいという、野蛮なほどの衝動が、頭を擡げた。
けれど彼は動かなかった。六十五歳の男と女が、居酒屋のボックス席で、そんなことをするわけにはいかなかった。
理性が、沸騰しそうな血を冷やそうとした。しかし彼の視線は、彼女の首筋に刻まれた深い皺、ワンピースの襟元から覗く鎖骨の窪み、そして涙で濡れた睫毛に釘付けになっていた。
彼は彼女の体が、どんな感触なのか、どんな温もりなのかを、想像せずにはいられなかった。
「……香里さん」
彼は名前を呼んだ。彼女がゆっくりと顔を上げた。涙で曇ったその瞳は、彼をまっすぐに見つめていた。
そこには、紛れもない弱さと、どこか期待に似た光さえあった。
彼は言葉を失った。ただ、グラスを置き、テーブルの上にそっと手を伸ばした。彼女の手のひらから数センチのところで、止まった。
触れそうで触れない。
その距離に、全ての欲望とためらい、背徳と憧憬が凝縮されているようだった。
香里は彼の手を見つめ、そして、目を閉じた。長い睫毛がまた微かに震えた。彼女は何かを覚悟したかのように、あるいは全てを委ねたかのように、ただ静かに息をしていた。
栗原は、その瞬間、確信した。彼らが向かっている先は、もはや普通の友人関係などではない。崩れ落ちそうな境界線の向こう側には、汗と熱気と恥辱にまみれた、未知の領域が広がっていた。
そして彼は、年老いた自分の肉体が、その領域を激しく欲していることを、否定できなかった。
居酒屋を出た時、街には既に夜景の灯りがともっていた。彼らは駅までの道を並んで歩いた。
沈黙が続いたが、それは先程までのぎこちない沈黙ではなく、濃密で、何かを孕んだ静けさだった。
駅のホームで、彼女の電車が来るのを待つ間、栗原は言った。
「また……会おうか」
香里はうつむき、小さく頷いた。
「はい」
彼女の電車が滑り込んできた。ドアが開く。彼女が一歩踏み出そうとした時、栗原は思わず彼女の腕を軽く掴んだ。ほんの一瞬、ワンピースの薄い生地の下にある、細くて柔らかい腕の感触が、彼の指先に焼き付いた。
香里は振り向き、息をのんだような表情を浮かべた。
「……気をつけて帰れよ」
彼はそう言い、手を離した。彼女は何も言わず、ゆっくりとうなずいて電車に乗り込んだ。
ドアが閉まり、電車が動き出す。窓際に立つ彼女の姿が、次第に遠ざかっていく。
栗原はその場に立ち尽くした。彼が彼女の腕を掴んだ指先には、まだ彼女の体温が残っているような気がした。
そしてその感触は、彼の下腹部に、鈍く疼くような熱を呼び起こしていた。もう遅い時間だ。帰らなければ。
けれど、彼の足はなかなか動き出さなかった。
頭の中は、彼女の涙声と、彼女が囁いた「女としての喜び」という言葉で、一杯だった。
彼はようやく重い足を引きずりながら、反対方向のホームへと向かった。背中に、彼女の乗った電車が去っていく音が響く。
もう会う約束をした。
次はいつだろう。
その次には、いったい何が起こるのだろう。
震える手で定期券を改札に通す時、栗原章介ははっきりと悟った。この疼きは、もう止められない。ただ深まり、拡がり、やがて彼を――そして彼女を――どこかへ連れ去っていくのだと。
第3章 堕ちる瞬間、濡れる襞

第3章: 堕ちる瞬間、濡れる襞
駅のホームで彼の手が触れた腕の感触が、香里の皮膚の下をずっと疼かせていた。電車の窓に映る自分は、頬が不自然に紅潮し、目が泳いでいる。そんな自分が、とてもみっともなく、そしてなぜか生々しく感じられた。
隣に立つ中年のサラリーマンが新聞を読んでいる。その無関心な日常が、彼女の中に渦巻く混乱とはあまりにもかけ離れていて、ふと笑いが込み上げそうになった。いや、泣きそうだった。
彼女は鞄の紐をぎゅっと握りしめ、目を閉じた。栗原章介の声が耳朶にこびりついている。
『気をつけて帰れよ』。その言葉の裏に潜んでいた、押し殺したような熱い何かが、彼女の子宮のあたりをじんわりと温めていた。
次の駅に着くまでの十分ほどの間に、スマホが震えた。画面には、彼からのメッセージが一行。
「今からでも、俺のところに来られないか」
彼女は息を詰まらせた。指先が冷たくなり、その冷たさが逆に股間の熱を際立たせた。
来られないか。それは疑問形ではなかった。懇願に近い、切実な誘いだった。
彼女は返事を打とうとして、指が震えてうまく動かない。
打ち消す言葉を思いつかない。
いや、思いつきたくない。彼女はゆっくりと、一文字ずつ打ち込んだ。
「……今、引き返します」
送信ボタンを押すと、全身の力が抜けるような、そして同時に禁断の快感が背筋を走るような感覚に襲われた。
次の駅で降り、反対ホームに渡り、また電車に乗る。その一連の動作を、彼女はまるで他人事のようにこなした。
頭の中は真っ白で、ただ体が自動的に動いているだけだった。
しかし胸の奥では、ずっと眠っていた獣が、ゆっくりと目覚め、体の内側を爪で引っ掻き始めていた。
栗原のマンションがある駅に着いた時には、もう夜は更けていた。街灯の下を歩きながら、彼女は自分の足音だけを聞いていた。
これから何が起こるのか。いや、起こることは分かっている。だからこそ、膝がわずかに震えていた。
長年使われていなかった女としての部分が、恥ずかしさと期待で熱く濡れ始めているのを、彼女は感じずにはいられなかった。スカートの内ももが、ほんのりと湿気を帯びてこすれる。
彼のマンションの前に立った。古い団地タイプの建物で、玄関の照明は一本だけが切れていた。
彼女はインターホンのボタンの上に指を置き、深く息を吸った。押した。
チャイムの音が響く。すぐに内側から足音が近づき、ドアが開いた。栗原章介が、シャツの袖をまくり上げた姿で立っていた。リビングの灯りが彼の後ろから漏れ、その輪郭を浮かび上がらせていた。
彼の表情は硬く、しかし目だけが異様に輝いていた。
「……上がってくれ」
彼の声は嗄れていた。
彼女はうなずき、玄関の敷居を跨いだ。狭い玄関には、男性一人の生活の匂いが染みついていた。
革靴とスニーカーが並び、上着が一本のフックにかかっている。彼がスリッパを差し出した。
彼女が靴を脱ぎ、素足になる時、彼の視線が彼女の足首からふくらはぎにかけて一瞬滑るのを感じた。
その視線の熱さに、またもや股間が疼いた。
リビングは質素だった。ソファとテーブル、テレビ。本棚にはビジネス書らしきものが雑然と並んでいる。
窓の外には、ぼんやりとした街明かりが見えた。
彼は立ったまま、彼女も立ったまま。
僅か数畳の空間が、張り詰めた空気で満たされた。
今までのLINEでの会話、家電量販店での笑顔、居酒屋での涙――全てが、この緊迫した沈黙の向こう側に遠のいていくようだった。
栗原が一歩近づいた。彼女は思わず後ずさりそうになり、踵がわずかに揺れた。
しかし逃げなかった。彼の手が、ゆっくりと彼女の手に触れた。
最初は指先だけ。彼の指はごつく、節くれ立っていて、長年のデスクワークのわりに驚くほど力強い。
その指が、彼女の指の間を滑り込んできた。ぎゅっと握られた。
「手、汗ばんでるな」
彼が呟いた。彼女は顔を上げられなかった。ただ、握り返すことしかできなかった。
彼女の手のひらも確かに湿っていた。恥ずかしいほどの汗が、二人の手の間で混ざり合う。
「……怖いのか?」
栗原が問うた。声は低く、優しさと苛立ちが入り混じっていた。
彼女は首を振った。でも、言葉が出ない。喉が渇いていた。彼女が顔を上げ、彼を見た。彼の茶褐色の瞳は、彼女の奥底を見透かすように深く、暗く光っていた。
その目に映る自分は、もう年寄りの女ではなく、ただの女だった。
彼はもう一歩近づいた。彼女の息が止まった。彼のもう一方の手が、彼女の頬に触れた。
掌のざらつきが、彼女の滑らかとは言えない肌を撫でる。
その感触が、信じられないほど官能的で、彼女は思わず目を閉じた。
「香里」
名前を呼ばれて、彼女の瞼が震えた。彼の顔が近づく。彼の吐息が彼女の唇に触れる。
酒とタバコの微かな匂い。男の匂い。
彼女はその匂いに、胸の奥が締め付けられるような懐かしさを覚えた。あまりに長く忘れていた、異性の生々しい気配。
そして、唇が重なった。
最初は乾いていた。彼の唇も、彼女の唇も、年齢と緊張でかさかさしていた。しかしそれは一瞬のことだった。
彼がわずかに圧力を加え、彼女の唇を開かせようとする。彼女は抵抗なく従った。彼の舌先が、彼女の唇の内側をそっと撫でる。くちゅっ、と小さな音がした。
その瞬間、彼女の体の内側で何かが溶け始めた。
長年錆び付いていた蓋が、音を立てて外れるような感覚。彼女の舌が、おずおずと、しかし確かに彼の舌に触れた。絡み合う。唾液が混ざり合う。ねっとりとした甘さと、微かな塩気。彼の舌は力強く、時折彼女の舌を咥え、吸い込むように弄んだ。んっ、と彼女の喉の奥で音が零れた。
それはもう抑えようのない、肉体の肯定の声だった。
彼の腕が彼女の背中に回り、ぎゅっと抱き寄せられた。彼女の柔らかな胸が、彼の硬い胸板に押し付けられる。
ワンピースの薄い生地越しに、彼女の乳首がこすれて、鋭い疼きが走った。ああ、と思った。こんな感覚、何十年も忘れていた。
女の乳首が、男の体に擦られるだけで、こんなにも熱くなり、立ってしまうものなのか。
彼の手が彼女の背中を下り、腰のあたりで止まった。そしてその手のひらで、彼女の尻を、たるみ始めたとはいえまだ丸みを残したその肉を、ぎゅっと掴んだ。ぐっと、と力が込められる。
彼女はその乱暴な愛撫に、膝がガクガクと震えた。彼の口が彼女の唇を離れ、顎、そして首筋へと移っていく。
熱い舌が、彼女の首の皺を舐め上げる。くすぐったさと、直截的な快感。
「章介……さん……」
彼女の口から、初めて彼の名前が出た。それはもう敬称など意味をなさない、切実な呼びかけだった。
「ここで……いいのか?」
彼が唸るように問うた。彼女は理解した。ここは玄関を入ったばかりの、リビングの入り口だ。ソファにもベッドにも行っていない。
彼は、もう我慢できないと言っているのだ。
彼女も、我慢できない。彼女はうなずいた。ただ、うなずくことしかできなかった。
彼の手が彼女のワンピースの背中のジッパーに探り当てた。ざっ、と下ろされる音。生地が緩む。
彼女の肩が露になる。彼は彼女の腕をワンピースから抜き出させ、そのまま上から脱がせようとした。彼女はわずかに身を捩り、恥じらいで腕を胸の前で交差させた。
下着が見える。地味なベージュのブラジャーだ。長年、機能性だけを考えて選んできたものだった。
「恥ずかしい……こんな年で……」
彼女が呻くように言った。彼は彼女の腕を優しく、しかし確実に押しのけた。
「年なんか、どうでもいい」
彼の言葉は乱暴だった。そして彼の視線が、彼女のブラジャーに覆われた胸に釘付けになった。
彼の喉がごくりと動いた。
「……綺麗だ」
彼がそう呟いた時、彼女の目に涙がにじんだ。綺麗だ、なんて、この皺だらけの体に、誰が言うだろう。
しかし彼の目は真剣だった。彼の手が彼女のブラジャーのフックに掛かった。
パチン、と小さな音がして、拘束が解かれた。ブラジャーが緩み、彼女の乳房が露わになる。
年齢相応にたるんでいた。しかしかつて二人の子供に乳を与えた名残か、乳輪は大きく色が濃く、中心の乳首はくすんだピンクで、今、彼の視線を受けて微かに勃起していた。
彼女は思わず腕で胸を隠そうとしたが、彼がそれを制止した。
彼の指が、彼女の左の乳房をそっと包み込んだ。重みを感じ取るように、揉み上げた。ぎゅ、ぎゅ、と柔らかい肉が彼の指の間からはみ出す。
その感触が、彼女の子宮の奥をじんわりと圧迫する。彼の親指が乳首をこする。
びくん、と彼女の体が跳ねた。電気が走った。
「あっ……ん……」
細い吐息が漏れる。彼はそれを合図のように、俯いて彼女の胸に口を寄せた。まずは乳房のふくらみ全体に、熱い息を吹きかける。その温もりに、彼女の皮膚が鳥肌立った。
そして、彼の舌が乳輪をぐるりと舐め回す。ぬるっ、と湿った音。彼女の背筋がぞくぞくと震える。
「だめ……そんなに、舐められると……」
彼女の言葉は途中で途切れた。彼が乳首を口の中に咥え、強く吸い付いたからだ。じゅぽっ、という音。その吸い付く力に、彼女の股間がぐっしょりと濡れた。彼女の手が思わず彼の白髪混じりの頭を抱えた。
指がその硬い髪の毛に絡まる。彼は啜りながら、もう一方の手で彼方の乳房を揉みしだく。
捻るように、時折乳首を爪で引っ掻くように。
「あ、あぁ……章介……さん……そんな、激しく……んっ!」
彼女の声はもう泣き声に近かった。長年忘れていた快楽が、あまりに急激に、あまりに濃厚に押し寄せてくる。
彼女の腰が無意識に前後に揺れ始めた。スカートの内側で、腿がこすれ合う。彼女は自分の女陰が、恥ずかしいほどに熱く腫れ上がり、汁を垂れ流しているのを感じた。
彼は乳首を離し、唾液で光るその先端を見下ろした。彼女の乳房には、彼の唾液と彼女の汗が混ざり合って光っていた。
「香里……ここも、ずっと淋しかったんだろ?」
彼が呟きながら、手を彼女のスカートの裾に這わせた。腿を伝って上へ。彼女はその手の行く先に身を硬直させた。彼の指が、スカートとストッキングの境目に触れた。
そしてそのまま、ストッキングの上から、彼女の股間を覆った。
「っ!」
彼女の体が大きく跳ねた。彼の掌の熱さが、ストッキングの薄い生地越しに、濡れそぼった陰部に直に伝わってきた。彼はぐっと押し当て、円を描くように揉み始めた。
ぐちゅっ、ぐちゅっ、と下品な音が、ストッキングのナイロンと愛液で響く。
彼女の膝が完全に力を失い、彼に抱き支えられなければ倒れそうになった。
「ほら……こんなに、濡れてる」
彼が唸るように言いながら、彼女の耳朶に息を吹きかけた。彼女は首を振った。いや、違う、こんなんじゃない、こんなに簡単に、こんなにぐしゃぐしゃに濡れる女じゃない、と思いたかった。しかし彼の指の動きが、彼女の嘘を容赦なく暴いていく。
彼の指先が、ストッキングの上から陰唇の割れ目を探り、その襞を左右にこじ開けるように動かす。
ぬめる感触。彼女の愛液がナイロンを伝い、彼の指を湿らせている。
「中まで……熱いな」
彼の指が、ストッキングと下着を押し込みながら、膣口を探った。彼女はぎゅっと目を閉じた。もうだめだ。ここで、ストッキングの上から、指一本で、イってしまいそうだ。
長年使われていなかったその場所は、驚くほど敏感に、彼のわずかな刺激に反応していた。
「だめ……中、入れたら……あっ、んんっ!」
彼女の抗議は、彼の指がストッキングと下着の布越しに、膣口の皺に食い込み、ぐいと押し込まれた瞬間、喘ぎに変わった。布地がひだに擦れる。直接ではないが、その摩擦が却って淫靡で、彼女の腰が跳ね上がった。
彼はそれを押さえつけ、じっとりと濡れた布を、彼女の膣の奥へとねじ込むように動かした。
「あ、あぁっ……や、やめて……そんな、汚いのに……」
彼女の言葉は、快楽に押し流されて意味をなさなかった。彼は彼女の耳に唇を寄せ、低く囁いた。
「汚くなんてない。香里のここは……ずっと待ってたんだ。俺を、待ってたんだろ?」
その言葉が、最後の理性の枷を外した。
彼女の頭の中で、何かがぷつんと切れる音がした。彼女は彼の首にしがみつき、顔を彼の肩に埋めた。
そして、布越しに彼の指に締め付けられながら、人生で初めてと言っていいほどの、深くて激しい絶頂に突き落とされた。
体が波打つ。股間から熱い液体がどくどくと溢れ出し、ストッキングをぐっしょりと濡らす。嗚咽が零れる。涙が彼のシャツの襟を湿らせた。
彼は彼女が震え終わるのを、ぎゅっと抱きしめたまま待っていた。そして、ゆっくりと指を抜いた。
ストッキングは愛液で光り、彼の指も滴るほどに濡れていた。彼はその指を彼女の目の前に差し出した。
「見ろ……香里。これが、お前の『喜び』だ」
彼女は目を開けた。彼の指先から、糸を引くように彼女の愛液が垂れている。透明ではなく、ほんのり白濁した、成熟した女の体液だ。彼はその指を自分の口に運び、ゆっくりと舐め取った。
彼女はそれを見て、またしても衝撃が走った。あまりに卑猥で、あまりに直接的で。しかし同時に、彼が彼女の全てを受け入れようとしていることの証のように思えて、胸が熱くなった。
彼は彼女を抱き上げた。六十五歳の男の、まだ衰えを知らない力に、彼女は驚いた。彼は彼女をソファに横たえ、その上に覆い被さった。スカートをまくり上げ、完全に股間を露出させる。びしょびしょに濡れたストッキングと、その下の安物の綿パンツが、恥ずかしいまでに淫らな光景を晒していた。
彼はそのパンツの脇を引き裂いた。びりり、と布が破れる音。彼女は叫びそうになったが、声が出ない。彼は破れ目から直接、彼女の陰部に触れた。今度は布越しではない。彼のごつい指が、ぬめっと腫れ上がった陰唇をこすり分け、硬く膨らんだ陰核を摘んだ。
「きゃっ!」
鋭く嬌声が上がった。彼はそれを何度も弄り、彼女をまたしてもうねらせた。そして指を膣口に当て、ゆっくりと挿入していった。長年使われていなかった通路は、最初はきつく締まっていた。しかし愛液がたっぷりと溢れ、彼の指を容易に受け入れた。ぐちゅっ。生々しい水音。
「中、すごく……熱い……」
彼が息を詰まらせて呟く。彼女は天井を見つめ、ただ感じていた。異物感。しかしそれは憎らしいほど快い異物感だった。彼の指がゆっくりと出入りし、内壁の皺を一つ一つ撫でていく。その度に、彼女の腰が微かに跳ねた。彼の指が曲げられ、ある一点をこする。ぐり、と。
「あっ! そこ……そこっ!」
彼女の声はもう羞恥も何もかなぐり捨てていた。彼はその点を執拗に攻め立てた。ぐりぐり、と。彼女の膣が激しく痙攣し、またもや熱い液が噴き出した。彼の指がその収縮に締め付けられる。
彼は指を抜き、今度は自分のズボンのファスナーを下ろした。彼女はちらりとそれを見て、息をのんだ。彼の男性器は、完全に勃起していた。
年齢のわりに太く、力強く脈打っている。先端からは、彼の先走りが光っていた。生々しい男の匂いが微かに漂う。
彼は彼女の腿の間に跪き、その先端を彼女のぐしょぐしょの膣口に当てた。熱い。二人の体温が混ざり合う。
「香里……いいか?」
彼が最後の確認をした。彼女は彼を見つめ、ゆっくりとうなずいた。涙がまた頬を伝った。しかしそれは悲しみの涙ではなかった。
あまりに遅すぎた再会と、あまりに早すぎる堕落と、それでも抗えない悦びに震える、複雑な涙だった。
彼は腰を押し出した。
ずぶり、と。
重く、深く、年老いた二つの肉体が、四十数年ぶりに――いや、初めてと言っていいほどの激しさで――結合した。
彼女の膣は驚くほど熱く、そして驚くほど締まっていた。長年の不使用が、逆にその緊縮感を増していたのかもしれない。彼はその締め付けにうめき声を上げた。
「ああ……ちっ……香里……!」
彼女もまた、埋め尽くされる感覚に、目を見開いた。あまりに大きい。あまりに深い。彼女の内臓の隅々まで、彼が侵入してくるようだった。そしてその侵入が、彼女の全ての空虚を、一瞬で埋め尽くした。
彼は動き始めた。ゆっくりとした、しかし確実なストローク。ずぶずぶ、ずぶずぶ。年老いた肉体の交わる音は、若い頃のそれよりもずっと水音が多く、ずっと淫らに響いた。
彼女の愛液が泡立ち、彼の動きの度にぬちゃぬちゃと音を立てる。
「あ、あぁ……あん……しょ、章介……あたし……あたし……んっ!」
彼女はもはや言葉にならない声を上げながら、彼の背中に爪を立てた。彼はその痛みを快楽に変え、動きを速めた。ソファがきしむ。彼の腰骨が、彼女の柔らかい下腹に打ち付かる。どん、どん、という鈍い音。
彼女はもう、何も考えられなかった。女としての喜び。その言葉の意味が、今、この瞬間、血肉を伴って理解できた。これだ。これが、彼女がずっと求めていた、飢えていたものだった。
単なる肉体的快感ではない。自分がこのように求められ、このように乱され、このようにして女であることを確認されることそのものだった。
彼の動きがさらに激しくなり、彼女の体がソファの端まで押しやられた。彼は彼女の腿を高く上げ、より深く突き入れる角度を見つけた。その角度で、彼の先端が彼女の子宮口を直撃する。
「いっ! そこ、だめ……あ、イク……イっちゃう……!」
彼女の叫びは、彼をさらに興奮させた。彼はその一点を狙い撃ちにし、執拗に攻め立てた。彼女の体は弓なりに反り返り、絶頂の波に飲み込まれていった。膣が痙攣し、彼を締め上げる。
彼もまた、その収縮に耐えきれず、唸り声を上げて深く突き込み、彼女の奥深くに熱い精を吐き出した。
どくっ、どくっ、と脈打つ感覚。彼女の子宮のあたりが、注がれる彼の液体で温かく満たされていく。彼は重い体を彼女の上に預け、二人の汗と体液が混ざり合った。
しばらくの間、ただ荒い息遣いだけが部屋に響いた。
窓の外から、遠くを通り過ぎる車の音が聞こえる。日常は、何も変わらず流れている。しかしこのソファの上では、二つの人生が、決定的に変わってしまった。
栗原章介はゆっくりと顔を上げ、身を引いた。結合が解かれる時、ちゅぽっ、と小さな音がした。彼女の腿の間から、彼の精と彼女の愛液が混ざり合った白濁の液体が、ゆっくりと流れ出た。
それはソファの布地に染み込み、二人の罪と悦びの証を刻んでいった。
彼女は目を閉じたままでいた。全身がぐったりとし、しかし心は不思議に軽かった。
彼が彼女の横に座り、そっと彼女の汗ばんだ額に手を当てた。
「……大丈夫か?」
彼が尋ねた。彼女はうなずいた。言葉はまだ出てこない。
彼は黙って彼女の体を拭い始めた。ハンカチで、丁寧に、まずは顔から、そして首、胸へ。
その手つきは、先ほどの乱暴さとは打って変わって、驚くほど優しかった。彼女はその優しさに、また涙が溢れそうになった。
ふと、彼が呟いた。
「……また、会えるよな」
それは疑問形ではなかった。確信に満ちた、約束の言葉だった。
彼女は目を開け、彼の顔を見上げた。彼の目には、六十五歳の男の疲れと、少年のような不安と、そして彼女だけを見つめる熱が同居していた。彼女は微笑んだ。それは、何十年ぶりかの、心からの微笑みだった。
「ええ。いくらでも」
彼はその言葉に、ほっとしたように息を吐いた。そして彼女の手を握りしめた。二度と離さないように。
ソファの上で、彼らのセカンドライフは、ようやく、淫らで甘い最初の一歩を踏み出したのだった。外の夜は、まだ深い。
第4章 淫らな歳月、果てない快楽

第4章: 淫らな歳月、果てない快楽
その夜を境に、時間の流れが変わった。
いや、正確には流れが止まったと言うべきか。栗原章介の質素なマンションと、清水香里の仕出し屋の仕事から帰ったばかりの小さなアパートを行き来する日々の中で、彼らは暦も時計も、外の世界が何事かと進んでいくことさえ、どうでもよくなっていった。大切なのは、ただ次の肌の触れ合いがいつになるかということだけだった。
あのソファの上での初めての結合から一週間が経とうとしていた頃、香里は仕出し屋の勤めを終え、買い物袋を提げて栗原の部屋のドアを開けた。彼はテレビのニュースを見ながら、缶ビールをちびちびと飲んでいた。彼女が入ってくると、彼はリモコンを置き、ゆっくりと振り返った。言葉は交わさなかった。もう、必要なかった。
彼女が台所に買ってきた食材を置き、エプロンを外し、髪を少し整えるその一連の動作を見つめるだけで、彼の股間は熱を持ち、ズボンの上からもわかるほどに膨らみ始めた。
彼女はそれに気づいて、ほんの一瞬、目を伏せた。頬がほんのり赤らむ。けれどその足は、台所からリビングへ、彼の坐るソファの方へと、迷いなく向かっていた。
「……ただいま、って言うのも変ね」
彼女が呟くように言った。声にはまだ、どこかよそよそしさの残滓が漂っていた。
栗原はグラスを置き、彼女の細い手首を掴んだ。冷たい。外の夜気に染まっていた。
「こっちへ来い」
彼はそう言うと、軽く引いた。彼女はそのまま、彼の膝の上に腰を下ろした。スカートの裾がめくれ上がり、年齢の割に色白で、ところどころに薄い静脈の浮かんだ腿が露になる。
彼はその腿を、ごつい掌で包み込んだ。温めようとするように、ゆっくりと撫でた。
「仕事、疲れただろう」
「ええ。でも……こっちに来るときは、疲れも吹っ飛んじゃうみたい」
彼女の言葉に、彼は満足そうに鼻息を漏らした。彼のもう一方の手が、彼女のブラウスのボタンに掛かった。
一つ、また一つと外されていく。下には、前回と同じベージュの機能的なブラジャーが見えた。
彼はそのワイヤー越しに、膨らみを残した乳房を揉んだ。
「ん……」
彼女の細い吐息が、静かなリビングに落ちた。彼はブラジャーのフックを外すことすらせず、そのまま布越しに乳首を摘んだ。こりこりと、固くなった小さな突起が彼の指先に感じられる。
「今日は……どうしてほしい?」
彼が耳元で低く問うた。酒とタバコの匂いが、彼女の鼻腔をくすぐる。彼女は目を閉じ、唇を噛みしめた。
答えが出てこない。いや、出てくるが、口に出せない言葉が、喉の奥で渦巻いていた。
彼は待たなかった。彼女の沈黙を、それすらも誘いと捉えて、彼女のスカートの裾をさらにまくり上げた。下には、ストッキングではなく、裸の腿が広がっていた。
そして腿の付け根には、シンプルな綿のパンティーだけが、わずかに膨らんだ陰部を覆っている。
「おっと……ストッキング、はいてないのか」
彼が唸るように言った。彼女は恥ずかしそうに股を閉じようとしたが、彼の手がすでにその内腿にあり、優しく、しかし確実に押し広げた。
「仕事中、蒸れて……気持ち悪くて。だから、今日は……」
「いいじゃないか。こっちも楽だ」
彼の指が、綿パンティーの生地の上から、ぽってりと盛り上がった箇所を探り当てた。ぐっと押し当てると、彼女の腰がびくんと跳ねた。パンティーの中心は、もうすでにほんのりと陰湿な色に染まり、生地が張り付いているのが手に取るようにわかった。
「あ……だめ、まだ、そのままじゃ……」
彼女の抗議は、彼の指がパンティーの脇からずるりと潜り込み、直接その膨らみに触れた瞬間、喘ぎに変わった。彼の指先は、熱く、びっしょりと濡れている襞の割れ目に触れ、上下にこすった。
「ちっ……こんなにも、ずっと濡れてたのか? 仕事中からか?」
彼の声は、驚きと残酷なほどの喜悦に満ちていた。彼女は首を振った。いや、違う、そうじゃない、と思いたい。けれど、彼女の体は正直だった。朝、彼に「今夜、行くね」というLINEを送った瞬間から、下腹部は疼き始め、電車に揺られている間も、スーパーのレジに並んでいる間も、この指に愛撫される瞬間のことだけを考えて、自らを濡らし続けていたのだ。
「答えろ、香里。仕事中から、こうなってたのか?」
彼は執拗に問いながら、人差し指を膣口に押し当て、ぐいっと第一関節まで入れ込んだ。ずぶり、という水音。長く使われていなかった通路は、一週間で驚くほど柔らかく馴染んでいたが、それでもぎゅっと締まり、彼の指を吸い込むように蠕動した。
「あっ! い、言わないで……そんなこと……んっ!」
彼女は顔を彼の肩に埋め、嗚咽じみた声を漏らした。彼の指が出入りし始める。ぐちゅっ、ぐちゅっ。
下品な音が、彼女の耳に直接響く。彼女は自分の体の中から聞こえるその淫らな音に、耳の奥まで熱くなるのを感じた。
「言わなきゃ、もっとやるぞ」
彼は脅すような、しかし蕩けるような声で囁き、もう一本の中指を加え、二本の指で彼女の膣を広げるように動かした。彼女の奥から、さらさらとした愛液が溢れ、彼の指を伝い、彼女の腿を伝って落ちた。ソファの布地がじんわりと湿る。
「わ、私……ずっと……章介さんのこと考えて……んあっ! そこ……ああ、だめっ!」
彼女は泣きそうに喘いだ。彼の指の動きがさらに速く、深くなり、膣壁のひだをくまなく掻き回す。
ある一点を強くこすられた時、彼女の背筋が弓なりに反り返った。
「ここか? 気持ちいいか、香里」
「い、いや……恥ずかしい……あ、ああっ! イク、イっちゃう……また、こんなに早く……あんっ!」
彼女の膣が痙攣し、彼の指を激しく締め上げた。熱い液体がどくどくと噴き出し、彼の手のひらをべっとりと濡らした。彼は指を抜き、その光る愛液を彼女の目の前に差し出した。
「ほら、見ろ。お前の体は、もう俺のものだ。考えただけでこんなになる」
彼女は涙目でそれを見つめ、ただうなずくことしかできなかった。彼はその濡れた指を自分の口に運び、ゆっくりと舐め取った。彼女はその光景に、またぞろ股間が疼くのを抑えられなかった。
彼は彼女をソファに押し倒した。パンティーをずるりと膝まで下ろし、完全に股間を露出させる。陰毛は白みがかっているが、その中心の陰唇は充血して濃いピンク色に腫れ上がり、愛液で光っていた。
彼は自分のズボンのファスナーを下ろし、既に滴るほどに先走りを滲ませた勃起した陰茎を露出させた。
「今日は、どこがいい?」
彼が俯きかけながら問うた。彼女は仰向けにされ、天井を見つめていた。恥ずかしさで全身が火照る。
けれど、彼女の口は、心とは裏腹に動いた。
「……後ろから……お願い」
声はかすれ、ほとんど息遣いのように聞こえた。彼は一瞬、目を見開いた。そして、荒々しい笑いを一つ漏らすと、彼女の体をくるりと向きを変え、ソファにうつ伏せにさせた。彼女は顔をクッションに埋め、膨らんだ臀部を高く突き出した。皺が寄り、たるんだその白い肉は、しかし彼にとってはこの上なく淫靡な眺めだった。
彼は彼女の背中に覆い被さり、その臀部の割れ目に自らの陰茎を当てた。先端が、まだ閉じている小さな菊蕾と、そのすぐ下のぐっしょりと濡れた膣口の間を、ぬるぬるとすり抜ける。
「どっちだ? こっちか? それとも……こっちか?」
彼はいたぶるように、両方の穴を軽く突きながら聞いた。彼女はクッションに顔を押し付け、首を振った。
「お、お尻……は、だめ……まだ……あちらの穴で……お願い……」
「あちらの穴、か」
彼は満足そうに繰り返し、先端をぐしょぐしょの膣口に確実に導いた。そして、一気に腰を押し出した。
ずぶりっ!
深く、重く、年老いた二つの肉体が結合する音が、静かな部屋に響いた。彼女は声を殺した叫びを上げ、指がソファの布地を掴んだ。
埋め尽くされる感覚。前回よりも、彼のものをより深く、より貪欲に感じ取ることができた。
彼女の膣はその侵入を歓迎するように激しく蠕動し、締め上げた。
「ちっ……相変わらず、すげえ締まりだ……香里、お前の中は、まるで吸い込まれるようだ」
彼は唸り、ゆっくりと腰を引く。そして、再び突き入れる。ずっぽり、ずっぽり。
ソファがきしむリズムに合わせて、水音が響く。彼女の愛液が泡立ち、彼の陰茎の出入りする度に白く泡立った汁が飛び散る。
彼の手が彼女の腰を掴み、激しいピストン運動を始めた。早く、深く。彼女の体がソファの上で前後に揺さぶられる。彼女はクッションから顔を上げ、喘ぎ声を零した。
「あ、ああ……もっと……もっと強く……んっ! 奥、奥まで……あたしの奥、えぐって……章介……!」
その言葉に、彼は驚いた。そして、より一層興奮した。彼は彼女の腰を高く上げさせ、より深く突き入れる角度を見つけ、全力で腰を振った。どん、どん、どん! 腰骨が彼女の柔らかい臀部に打ち付かる鈍い音。
「そうか……そう言え、香里。もっと、俺を求めろ」
「求めてる……んあっ! あたし、章介さんしか……見えなくなってる……体が、溶けそう……ああ、イク……またイクっ!」
彼女の膣が痙攣し、激しい収縮が彼の陰茎を締め上げる。彼もまた、それに耐えきれず、低くうめき声を上げて深く突き込み、熱い精液を彼女の子宮の奥深くに噴き出した。どくっ、どくっ、どくっ。脈打つような射精が、彼女の内部を熱く満たしていく。
彼は重い体を彼女の背中に預け、二人の汗が混ざり合った。荒い息遣いだけがしばらく響いた。
やがて、彼はゆっくりと身を引き、結合が解かれる。ちゅぽっ、と小さな音と共に、彼の精液と彼女の愛液が混ざり合った白濁の液体が、彼女の腿の間からあふれ出た。
彼女はうつ伏せのまま、微かに肩を震わせていた。彼は彼女の横に座り、その汗ばんだ背中をそっと撫でた。
「……泣いてるのか?」
彼が問うた。彼女はうつ伏せたまま、小さく首を振った。
「……違う。ただ……なんで、こんなに気持ちいいんだろうって」
その声には、深い戸惑いと、どこか諦めに似た感情がにじんでいた。彼は黙って、彼女の言葉を受け止めた。
そして、彼女の体を優しくひっくり返し、自分に抱き寄せた。彼女は素っ裸で、汗と体液にまみれ、皺の寄った肌を彼に預けた。
「年を取ったからだよ」
彼が突然言った。彼女はきょとんとした目で彼を見上げた。
「え?」
「若い頃は、もっと浅かった。勢いだけで突っ込んで、すぐに済ませてた。でもな、今は……時間がたっぷりある。一つ一つの感触を、味わうことができる。お前の体の温もりも、締まりも、濡れ方も、全部だ」
彼は彼女のまだ熱い陰部に手を当て、そっと撫でた。
「そしてお前もだ。我慢しすぎたからな。ずっと飢えてたから、少しの刺激で、こんなに蕩けちまう」
彼女はその言葉に、また涙が込み上げそうになった。彼はそれを察したように、彼女の頭を自分の胸に押し当てた。
「泣け。恥ずかしがるな。お前の涙も、俺が全部受け止めてやる」
彼女はその胸の中で、声を押し殺して泣いた。それは悲しみでも、後悔でもなかった。
あまりに遅すぎて、あまりに濃すぎて、理解しきれないほどの悦びに、ただただ圧倒されていたからだ。
それから、日々は淫らな悦楽の繰り返しとなった。
香里のアパートの狭い風呂場では、湯気の中でもたれ合い、濡れた肌がこすれ合う音が響いた。
彼が彼女を壁に押し付け、後ろから結合する。湯船の縁に手をつかせ、腰を激しく揺らす。
老いた肉体の交わりは、水音が多く、滑りが良く、いつまでも続くようだった。
ある日、彼女は彼のマンションのリビングの窓辺で、カーテン一枚隔てた外の街灯の明かりを背に、彼に抱かれた。
彼が彼女を窓枠に座らせ、腿を大きく開かせて正面から突き入れる。ガラス越しに、通りを行き交う人々の影が見える。誰かに見られるかもしれないという背徳感が、彼女の快感を倍増させた。
「んあっ……だめ、外が……見える……ああ、でも、気持ちいい……章介さん、もっと、激しく……あたし、窓辺でイかせて……!」
彼女は羞恥心を忘れ、貪欲に腰を振り返した。彼女の膣は彼を激しく締め上げ、何度も絶頂へと導いた。彼もまた、彼女のそんな姿に我を忘れ、窓ガラスが揺れるほどに激しく腰を打ち付けた。
ベッドの上では、彼女が自ら上に乗り、ゆっくりと腰をくねらせながら、彼を味わうように飲み込んでいった。
彼女の垂れ下がった乳房が揺れ、彼はそれを貪りながら、彼女の動きに身を任せた。
「こう……するの、好きなの?」
彼女が俯き、潤んだ瞳で彼を見下ろしながら尋ねた。彼はうなずき、彼女の腰を掴んで導いた。
「ああ……お前が欲しがるままにしろ。全部、飲み込め」
彼女は甘い喘ぎ声を上げながら、より深く、より激しく腰を落とした。彼女の子宮口が彼の先端に打ち付けられる度に、鋭い快感が二人を貫いた。
しかし、どんなに交わり、どれほど悦びに溺れても、彼らが六十五歳であるという現実は変わらなかった。
激しい情事の後、彼女の腿の筋肉が攣り、苦悶の表情を浮かべる。彼は慌ててマッサージをし、湿布を貼る。彼の腰は、連日の行為にうんざりと音を立て、朝起きるのが辛い日もあった。
彼女のアパートで目覚めたある朝、栗原は洗面所の鏡に映る自分を見つめた。白髪が増え、目の下のクマは深く、首の皺は彫刻のように刻まれている。
そしてその横で、歯を磨く香里の背中にも、同じような年の痕が否応なく刻み込まれていた。
青春を取り戻した錯覚。
それは確かにあった。彼女の瞳が快楽に曇る瞬間、彼女の声が泣きだすほどに高ぶる瞬間、彼らは数十年前のままであるような気がした。
けれど、錯覚はいつか醒める。鏡が、窓ガラスが、たまたま見えたテレビの画面が、容赦なく現実を突き付ける。
満たされた虚無。
ある夜、激しい射精の後、彼は彼女の横でぼんやりと天井を見つめていた。体は心地よい疲労に包まれ、心は一時の平穏に満ちている。しかし、その平穏の底には、どこかぽっかりと空いた、埋めようのない穴が口を開けているような気がした。これは何なのだろう。この先、ずっとこうして、ただ交わり続けるだけなのだろうか。
ふと、隣で眠りについた香里が、小さく泣き声を漏らした。夢うつつで、彼の名を呼んでいる。彼はそっと彼女を抱き寄せた。彼女はその温もりにすがりつくように、さらに深く眠りに入っていった。
彼は彼女の白髪混じりの髪に鼻を埋め、微かに漂うシャンプーの匂いと、老いた女の体臭をかぎ分けた。
この匂い。この皺。このたるみ。これらすべてが、今の彼女であり、今の彼だった。
そして、それらを抱きしめながらも、彼の股間はまたぞろ蠢き始めているのに気づいた。満たされたばかりの虚無を埋めるように、次の悦楽を求めている。
彼は静かに息を吐いた。窓の外は、まだ深い夜だった。
明日も、彼女は仕出し屋に勤めに出る。彼は何もせず、彼女の帰りを待つ。そして、彼女が帰ってくれば、またこの淫らな歳月の一頁が繰り返される。
果てない快楽。それは、同時に果てない渇きでもあった。
彼は目を閉じた。掌の中の、彼女の小さな手の温もりだけを確かめながら。
この先がどうなろうと、もう後戻りはできない。戻りたくもない。ただ、この渇きと共に、堕ちていくだけだ。
彼はそう悟り、ようやく眠りについた。隣では、香里が微かに寝息を立てていた。
彼らのセカンドライフは、淫らで甘く、そしてどこまでも飢えた、長い夜の只中にあった。
登場人物
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栗原 章介 くりはら しょうすけ男性 ・ 65外見: 短く刈り込まれた白髪混じりの黒髪、くすんだ茶褐色の瞳、長年のデスクワークで少し腰が曲がりかけた、しかしがっしりとした腕と肩を持つ体型、身長170cm。服装: 退職後は無地のポロシャツとゆったりしたチノパンが多く、さびれたスリッパを履いている。真面目で堅実、家族のために働き続けたが、全てを失った虚無感に沈んでいた。再会を機に、内に秘めた情熱がゆっくりと目覚め始める。
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清水 香里 しみず かおり女性 ・ 65外見: 肩まで伸ばした髪は根元から白みがかっているが、丁寧にブラウンに染められ、柔らかいウェーブがかっている。薄い茶色の瞳、長年の労働で細くなったが、まだ女性らしい丸みを腰と胸に残した体型、身長158cm。肌は年齢の割に張りがあり、首筋や手首に深い皺が刻まれている。服装: 仕出し屋の作業用として、無地の綿ブラウスと黒いエプロン、それにひざ下までのスカートを普段は着用。外出時は地味なワンピースやカーディガンを纏う。内気で控えめ、他人に気を使いすぎる性格。未亡人としての寂しさと、女として満たされなかった欲求を胸の奥に閉じ込めていた。恥じらいが深く、顔を赤らめる癖がある。
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高橋 健一 たかはし けんいち男性 ・ 65
外見: ほぼ真っ白な短髪、小さく細い目、長年の飲酒で膨らんだ腹と赤らんだ顔、がに股気味の歩き方、身長165cm。服装: 派手な色のポロシャツにデニムジーンズ、いつもサングラスをかけている。陽気でおせっかい、人の縁を取り持つのが好き。栗原の高校時代の友人で、同窓会の幹事を買って出た。





