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転勤先の一軒家で隣家の六十五歳の大家に畑の野菜と昼食を差し出され夫の三泊四日の出張中に身体を奪われてから四日間

シニア官能 / 人妻/主婦 全5章 約51分で読了(25,240字) 短編 2026年9月29日

あらすじ

転勤先の田舎の一軒家に越した八代陽子は、隣家の大家・三橋恵三から畑の野菜を差し出され、夫不在の昼に天ぷらと素麺を振る舞われる。雨樋の修繕という親切が日常を侵食し、畳の匂いと老人の体臭が混ざり合う昼下がり、陽子の身体と羞恥が静かに軋み始める。

第1章 子作りの家探しと隣の一人暮らし

第1章のシーン

第1章: 子作りの家探しと隣の一人暮らし

引っ越しの荷ほどきは、思っていたよりもずっと早く片付いた。夫の昂汰さんが手際よく段ボールを潰して紐で縛っていく横で、私は台所の窓を開け放ち、流しに立ったまま外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。春の終わりの、青いにおいがした。土と、草と、どこか遠くで薪を焚くような煙の気配が混ざった風が、壁の薄い借家の中をゆっくりと通り抜けていく。白いレースのカーテンがふわりと膨らんで、私の腰のあたりを撫でた。

「陽子、こっちの部屋、窓の鍵がちょっと固いな」

昂汰さんの声が、畳の部屋のほうから聞こえてくる。私は手を拭きながらそちらへ向かった。廊下に足を踏み出すたびに、古い木の板がかすかに軋んで、その音が不思議と心を落ち着かせた。都会のアパートでは味わえなかった、家そのものが呼吸しているような感覚。柱の木の匂いと、畳の青い香りが、鼻の奥をくすぐる。

八畳の和室に立つ昂汰さんは、窓枠に指をかけてがたがたと音を立てている。それから振り返り、少し困ったような顔で笑った。

「まあ、住めば都だよ。新しい家に馴染むまでは、家のほうも俺たちに馴染んでくれないんだな」

私は昂汰さんの隣に立って、窓の外を眺めた。小さな庭があって、その向こうに生垣越しの隣家の屋根が見えている。瓦の色が鈍く光っていた。その下に、人が住んでいるのかどうか、まだはっきりとは分からない静けさがあった。少し離れた場所に、青い山の稜線が重なって見えて、空はどこまでも薄く広がっている。

「静かだね」

私が呟くと、昂汰さんは窓から手を離して、私の肩を抱き寄せた。Tシャツ越しに昂汰さんの体温が伝わってきて、少し汗ばんでいるのが分かった。引っ越し作業でかいた汗の水分が、空気に触れてひんやりとしている。

「静かでいいだろ。子供が生まれたら、ここで昼寝でもさせてさ。縁側で風に当たってれば、夜はぐっすりだよ」

「まだお腹にもいないのに、気が早いよ」

私は笑いながら昂汰さんの胸に寄りかかった。でも、心のどこかで、その言葉がすとんと落ちていくのを感じた。子供が生まれる。そのための家。広い台所、四つもある部屋、小さな庭。理想の暮らしが、確かにここから始まるのだと思うと、胸の奥が甘くざわめいた。

その夜は、汗を流すために早めにお風呂を沸かした。昂汰さんが先に入り、私が後から浴室へ向かう。脱衣所には古い木の匂いと湿気が混ざっていて、洗面台の鏡は少し曇ってぼんやりと私の輪郭を映していた。風呂場の湯気が天井近くを白く漂っている。蛇口をひねると、水が錆びた鉄のにおいを運んできた。

浴槽に浸かると、昼間の疲れがじわじわと溶け出していくようだった。昂汰さんと新しい家で迎える最初の夜。それだけで嬉しくて、私は湯の中に口元まで沈めた。天井の木目をぼんやり見つめながら、明日は近所に挨拶に行こう、いや、まずはカーテンを全部洗おう、と頭の中で予定を組み立てる。湯が動くたび、白い胸の谷間に泡が寄り添った。

数日後の午後、隣の家から初めて人が訪ねてきた。

チャイムはなくて、玄関の外から「ごめんください」と低い声がした。耳に馴染む、少し野太い響き。その声は昼下がりの空気を震わせ、障子の向こうから差す光の中へすっと入り込んだ。あのときの昂汰さんはまだ会社で、家には私ひとりだった。

玄関へ出ると、白いシャツの袖をまくった老人が立っていた。髪は白いものが目立ち、日焼けした顔に深い皺がいくつも走っている。白い半袖の作業用シャツから覗く腕は、思ったより太く、土と木材の匂いをまとっている。目尻を下げて、穏やかに笑う口元。その人の手は節くれだっていて、昔、大工だったと自分のことを説明するとき、無意識のように太い指で軒のほうを指した。

「わし、隣に住んどる三橋言います。大家の代理っちゅうか、この家はわしのもんじゃから。まあ、よう言うていいわな」

三橋恵三さん。六十五歳で一人暮らし。家のことは何でも自分でやってきた人で、今は畑をやりながら静かに暮らしているのだと、穏やかな声で話してくれた。私はその人の目元に、人懐こい犬のような優しさを感じて、安心して何度も頭を下げた。

「それより、雨樋が傷んでるわ。あとで見たるけど、放っとくと雨の日に壁まで腐るぞ」

三橋さんはそう言うと、玄関の軒先をゆっくりと見上げた。それから、手に持っていたビニール袋を私に差し出した。土のついた玉ねぎと、濃い緑色のほうれん草が、ずしりと重たかった。土の匂いが、かすかに鼻をくすぐった。あたたかくて、少し渋い、畑の匂い。

「うちで採れたやつ。良かったら食べておくれ」

「まあ、ありがとうございます。立派な野菜ですね」

私は思わず笑顔になった。

「また昂汰と二人でお礼に伺います」

そう言うと、三橋さんは白い歯を見せて、年の割に艶のある顔で笑った。首のあたりが浅黒く焼けていて、清潔な汗と土のにおいがあたりに広がる。男性の体臭というより、庭木を切ったあとの切り口が放つ、青い樹液の香りに似ていた。

昂汰さんが帰宅してから、私は三橋さんのことを話した。貰った玉ねぎとほうれん草を、夕食のみそ汁とお浸しにするために台所へ立つ。昂汰さんはネクタイを外しながら、「そりゃあ、ありがたいな」と穏やかに笑って、トマトの入った冷たいお浸しをつまみ食いした。

「今度、挨拶に行かないとな。男性が一人暮らしなら、急なこともあるから、仲良くしてもらおう」

「うん。そうだね。感じのいい方だったよ」

私の返事に、昂汰さんは安心したようにうなずいた。食卓には、三橋さんの畑で採れた野菜が並んでいる。玉ねぎの甘い香りが味噌の湯気に溶けて、部屋中が優しい匂いに満ちた。その夜、私は昂汰さんに抱かれながら、隣の家の明かりがすでに消えていることを、閉じた目の裏に思い浮かべていた。規則正しい生活の老人。それを思うと、体の奥がきゅうっと締まるような、名のつかない感覚が走った。

それから十日ほど経って、昂汰さんは三泊四日の出張に出かけた。転勤してすぐなので、ようやく落ち着いた仕事の山が、今度は大きく口を開けて待っていた。

初日の夜、陽子さん、と昂汰さんは玄関先で私の両肩を抱いて言った。

「困ったことがあれば、三橋さんに相談しろよ。あの人なら安心だ」

「分かってる。大丈夫。出張、気をつけて行っておいで」

「ありがとう。三橋さんによろしく」

昂汰さんは一度だけ小さく手を振ると、夜の暗い道を歩いていった。私はその後ろ姿を、玄関の明かりの前でずっと見つめていた。車のテールランプが角を曲がって消えるまで、私の身体は硬いまま動けなかった。

家の中へ戻ると、隣家の灯りが、窓の向こうに小さく滲んでいた。

一眼見て、私は無意識のうちに胸の前で手を握り合わせた。

その夜、昂汰さんがいない暗い部屋に一人でいると、昼間の空気とは違う、湿った沈黙が家じゅうに満ちていた。肌が汗ばんでいたので、夜遅くにシャワーを浴びることにした。脱衣所の電気をつけると、薄暗い光の中で、私の白い素肌が鏡に映る。昼間の引っ越し作業や、夕飯の支度でかいた汗が、首すじから胸元へかけて、しっとりと肌に膜を作っていた。

脱いだ服をかごに落とす。下着はまだ新しい綿の白いものだった。水分を含んで、ぴったりと陰毛の生え際に吸い付いている。指でそっと剥がすと、蒸れた温かい空気が肌の上を這った。私はその感触に、背中を小さく震わせた。

浴室の引き戸を開けて、裸のまま内側に入る。壁の白いタイルは濡れて黒ずみ、湯気の粒が細かく踊っている。洗い場でシャワーの栓をひねると、熱い湯が肩から首へ、胸のふくらみを滑り落ち、腹を伝って、厚い陰影の茂みへと流れていった。身体が溶けていくようだった。私は目を閉じ、両の手で胸を支えるようにして、重みを確かめた。豊満な乳房は汗と湯でぬめるように白く光り、乳首のあたりがツンと色を持ち始めている。

その時だった。

「ごめんください。八代さーん」

風呂の外から声がした。低く、太い、昼間に聞いたばかりの声。浴室の壁と脱衣所の引き戸、その向こうの障子ごしに、はっきりと三橋さんの声が届いた。

「雨樋の様子、ちと見とこう思うてな。玄関のライト、つけてもろてええかい」

私の心臓は、のど元を突き破るように跳ね上がった。身体じゅうの血がざわっと逆流する。湯気で曇った鏡越しに、私は咄嗟に自分の裸を抱いた。両腕を胸に巻きつけて、豊かな乳房の膨らみを隠すようにして、壁ぎわへ身を寄せる。白い腹も、湿った腰も、足のあいだの黒い茂みも、ガラス戸の向こうの闇に隠されているはず。しかし、脱衣所の小さな窓は開いていた。湯気が外へ逃げるよう、三橋さんが来る前、確かに半開きにした。あの窓は、ちょうど隣家との生垣の向こうからは死角になっているか、それともほんのわずか、私の背中や、曲げた膝、尻のふくらみが見えるのか。

考えただけで、太もものつけ根がきゅうっと引き締まった。熱い肌が、一気に冷水を浴びせられたように、しかし、いや、熱さはそのままなのに、鳥肌が立つ。

「八代さん、お風呂かね。すまんなあ。また明日でもええんやけど」

三橋さんは、私の沈黙を、いたわるような声で埋める。低いけれど、よく通る声だった。夜の空気に、その声がじわりと滲んで、私の肌にまとわりつく。耳の奥が、どくんと脈を打った。胸元を隠した腕の下で、心臓が拍動のたびに、柔らかい肉を震わせる。

息をひそめた。滴る湯が、耳のうしろから首すじへ流れ、鎖骨のくぼみに溜まって、また零れた。腰を洗い場の壁にくっつけたまま動けない。全身が、三橋さんの声の在りかを探して、耳から離れられない。

「まあ、ライトをつけといてくれりゃ、わしが勝手に見るで。雨樋の音、うるさかったら言うてや」

それきりだった。石を踏む軽い足音が、表を回って玄関のほうへ遠ざかっていく。土と古い木の葉を踏むような、乾いた音。じきに、トタンを叩くような、コツン、コツンという小さな物音が、家の外壁の向こうから聞こえ始めた。軒下で、あの節くれだった指が、雨樋をつま先で、いや、指先で確かめている。そんな姿が、閉じた瞼の裏に浮かんだ。

それからの時間が、どれほど続いたのか分からない。私は洗い場にしゃがみこんで、湯を止めた。自分の裸のからだを、ようやく見下ろす。白い乳房のふくらみ、水分を含んだ肌の照り、へその下のくぼみ。両脚のあいだは、沸き立った湯気のせいか、ひどく湿っていた。それは汗か、湯か。わからない。いや、違う。私の内側からじんわりと、染み出すようにしては、太ももの内がぬるむ。汗ばんだ肌が、夜の空気の中でひっそりと熱を帯びていた。

浴室のガラスは曇ったまま、外を透かさない。けれど、生垣の向こうには、さっきの声の主が、まだ雨樋のあたりを歩いている気配があった。時折、小さく咳払いする。鉄の、薄い音。そのたびに、私の中の静かな部分が震えるのを感じた。

どれだけそうしていただろう。やがて外の音がやみ、隣家の引き戸が開閉する。木の立てつけが擦れる音。それから、ひた、ひた、と、夜の中へすべてが沈んでいった。

私は、脱衣所へ出た。膝をつくようにして、体を拭くこともできないで、乱れた髪の先から落ちる滴が、畳の青い香りの上に、ぽつんぽつんと丸い染みを作るのを見つめた。畳の香りが、湯気に蒸されて濃く立ちこめていた。日焼けした男の指が雨樋をたどる音が、耳から離れない。私はぬれた胸元を手で押さえ、へその奥が、疼くような、痛いような、初めての熱に息をつめた。

その夜、布団の中で、私は昂汰さんの眠る場所の冷たさに手を伸ばした。

スマートフォンが光った。昂汰さんからのLINEだった。

「そっちどう? 大丈夫か。三橋さんによろしく」

私は指をしばらく画面に遊ばせた。噴き出す汗の感触、雨樋の木の匂い、三橋さんの声。それらが胸の中で渦を巻く。返信を、短く打った。

「大丈夫。ゆっくり休んでね」

送信してから、窓を見た。障子ごしに、隣家の灯りが見える。その輪郭が、すう、と、不意に闇へ溶けるように消えた。三橋さんが眠りについた。そう思ったら、なぜか、私の身体の深いところが、くわりと震えたのを自覚した。布団の温もりだけが、私の膝から腹へ、胸へとのぼってきて、やがて、ひとりきりの鼓動だけが、夜の静けさにゆるゆると溢れていった。

第2章 信用する夫婦と夫の不在の老人

第2章のシーン

第2章: 信用する夫婦と夫の不在の老人

あの夜から、私の暮らしは少しずつではあるけれど、確かに輪郭を変えていった。といっても、外から見れば何の変わったこともない、転勤族の妻の静かな日常である。朝、昂汰さんを玄関まで見送り、洗濯機を回し、掃除機をかけ、昼前に買い物へ出る。時折、近所の小さなスーパーで見知らぬ人と挨拶を交わす。そんな、平穏そのものの毎日の中に、ぽつりぽつりと、三橋さんの存在が刻まれるようになったのだ。

梅雨入り前の、青い空が鋭く光る午前中だった。私は台所の窓を開けて、シンクに溜めた水でトマトを洗っていた。皮の張りつめた赤が水の中でくったりと揺れ、へたの青い匂いが指先に残る。そのとき、外からコツン、コツンと、あの乾いた音が聞こえてきた。雨樋を叩く、軽い指の音。三橋さんだ。あの夜聞いたのと同じ間合いの、少し間遠い金物の響きだった。

私は濡れた手のまま、音のするほうへ耳を澄ませた。水道の蛇口から落ちる水滴が、時折シンクを打つ。外の気配は途切れることなく続いていて、時折、低い唸りのような独り言が風に運ばれてくる。言葉までは聞き取れない。けれど、あの落ち着いた声の質感だけは、はっきりと私の耳に届いていた。

あの夜のことがあってから、私は昼間にシャワーを浴びるのが少し怖くなっていた。昂汰さんがいる間はいい。夜、家の中に夫の気配があれば、私の裸を誰が気にするだろう。けれど、昂汰さんが出張で家を空けると、この家の中にいるのは本当に私ひとりなのだという事実が、肌に張り付くように思えた。壁の薄さ、窓の多さ、隣家との距離。それらが急に、私の身体を守るものではなく、外へ向かって開かれた通路のようにも感じられた。

それでも、三橋さんの来訪を私から拒む理由はどこにもなかった。彼は大家であって、雨樋やトイレの修繕に来るのは、ごく自然的な親切の範囲だった。それに、昂汰さんはますます三橋さんを信用していた。出張の前の夜などは、晩酌をしながら「三橋さんがいて本当に良かったよ。あの人が近くにいると思うと、俺も安心して出張に出られる」と繰り返した。

六月の初旬、昂汰さんの三泊四日の出張が決まった。前日夜のことだった。夕飯を終えた昂汰さんは、小さな手土産を袋に包みながら、私に言った。

「そういえば、明日の朝、出がけに三橋さんの家に寄って挨拶していくよ。お前ひとりになるから、何かあったら頼むって」

「うん、そうしてもらえるとありがたい。でも、いつも悪いね。私から挨拶に行こうか」

「いや、いい。俺からきちんと話しておく方が筋だ。大家には世話になってるし、何より女の一人暮らしは心細いからな。何かあったらすぐに隣に顔を出せる。そういう存在がいるのは、本当に心強いからな」

昂汰さんの声は酒のせいか、少しゆっくりとしていた。私は台所で汁椀を洗いながら、その声の温度を背中で受け止めていた。

「昂汰さんは、三橋さんのこと、本当に信頼してるのね」

「もちろんだ。昔気質の大工さんなんだろ。ああいう人は筋を大事にするし、何より土地の者だ。わざわざ挨拶にも来てくれて、野菜までくれる。疑う理由がないよ」

そこで昂汰さんは振り向いて、笑った。

「陽子が心細いなら、昼間でも三橋さんに声をかけておしゃべりでもしろ。年長者と話してると、気が紛れるって」

「失礼な。私、べつに淋しくなんかないよ」

私は照れ隠しのように、洗い桶に水をはった。昂汰さんは笑いながら、手土産の袋を要らないかと言ってテーブルの上に出した。中には、会社の近くで買ってきたらしい生姜の砂糖漬けがあった。

翌朝、昂汰さんは出張前の慌ただしい時間に、私と二人で三橋家の玄関先へ向かった。空はよく晴れて、梅雨の狭間の、刺すような日差しが庭の木々に影を濃く落としていた。私の肌はもう薄く汗ばんでいて、白いブラウスの襟元が少し湿っているのを感じた。

三橋さんは、庭先で朝の水やりをしていた。黒っぽい作業ズボンに、薄いグレーの半袖シャツ。頭の白いものが、朝の光の中で銀のように光る。太い指でホースを握り、土に水を与える姿は、あの雨樋の点検をしていた夜と違って、ずいぶんと日常的に見えた。水の飛沫が、トマトの整った支柱の根元に、弾けては消えていく。

「おはようございます。あたたかいうちに、と思って」

昂汰さんが声をかけると、三橋さんはゆっくりと立ち上がって、低く笑った。

「ああ、これは昂汰さんに陽子さん。朝早くから、何かあったかい」

「いえ、今日から出張でして。また留守にしますんで、陽子をよろしくお願いします」

昂汰さんはぺこりと頭を下げた。隣で、私も一緒に頭を下げる。三橋さんは「おう、任せておくれ」と答え、ホースの先を下ろした。その仕草のせいで、庭の土の匂いがむわりと立ち、湿った空気が私の足もとに広がった。

「何かあったら声をかけるように。わしは家にいることが多いし、庭の草取りをしておっても、あんたん家の様子は見えとるでな」

「ありがとうございます。心強いです」

昂汰さんが、じんわりと安心したような声で応える。私は一歩下がった場所から三橋さんの横顔を見上げた。日焼けした喉が、話すたびにゆっくり動く。声が、腹の底から響いているのが見て取れた。そのとき、三橋さんが不意にこちらへ顔を向けて、笑った。目尻の皺が深くなる。

「陽子さんも、昼間は暇やろう。うちの野菜でも持っていき。ちょうど、あっちの畑できゅうりとトマトが採れとる。食べきれんぐらいあって困っとったんや」

「まあ、またいただけるんですか。嬉しいです」

私が顔を上げると、三橋さんは畑のほうをちらりと見やって、ホースを蛇口のそばに置いた。

「この時期のトマトは、まだ生で食うより火を通す方が甘みがのるで。それより、きゅうりは朝もぎが一番だ。昼に冷やして味噌でもつけてお食べ。晩飯にはトマトのスープがええ。あ、皮を湯むきしてから使うんやぞ。酸味がまろになるでな」

「ありがとうございます。参考にします」

そう言いながら、私は三橋さんの手元を目で追っていた。ホースを片付け、畑の土の上を歩いていく背中は、六十五歳という年齢を感じさせない。足の運びには芯が入っていて、実に落ち着いていた。

三橋さんが採ってくれたきゅうりとトマトは、ずしりと重く、まだ土の温みを含んでいた。受け取る際、わたしの指が三橋さんの手に触れそうになって、慌てて紙袋の口をつかんだ。彼は何も言わず、ただ私の手元を見ていた。陽子の胸元をごく自然に、である。視線というにはあまりに短い一瞬だったけれど、私の鎖骨のあたりを、さっと風が撫でたような気がした。それは暑さのせいかもしれない。首の後ろが、うっすらと汗ばんでいた。

昂汰さんは、そんな私たちのやり取りを、柔らかい顔で見ていた。

「三橋さん、これ、うちの近くで買ったものですけど。よかったら」と昂汰さんが手土産を差し出した。

「これは、わざわざすまんなあ」

「いえ、いつも野菜をいただいてるお礼です」

二人が笑う声を、私は後ろから聞いていた。遠くで、鳶の声がした。空は青く、梅雨の合間の日差しが、畑の野菜をぎらぎらと照らしつけている。

その日の夜に出張へ出かける昂汰さんを、私は玄関で見送った。足音が角を曲がって消えると、家の中は急に静かになった。朝の三橋さんの声がまだ耳に残っていた。冷蔵庫には、貰ったばかりのきゅうりとトマトが入っている。野菜室を開けると、土の香りがひんやりと流れ出した。

そして、昂汰さんが出て行った翌日の昼前、三橋さんが庭先に姿を見せた。

「陽子さん、お昼、一緒にどうだい。わしが作ったんで、良かったら食べてもらわんか」

その声は、障子越しに私の耳へまっすぐ届いた。突然のことだった。しかし、断れるはずがなかった。私は普段、来客があると嬉しいほうだった。都心に住んでいた頃のように、友人が訪ねてくることなどない田舎の昼間、何より、隣に住む大家からの親切を無下にするのは、転勤族の妻として角が立つ。それに昂汰さんは、今日も間違いなく、「三橋さんとお昼でも食べてこい」と言ったはずだった。

私は「すぐ行きます」と返事をし、部屋に残っている昼食用の残り物を冷蔵庫へしまった。鏡の前で簡単に身支度を整える。化粧は薄いまま、着ていたリネンのワンピースの胸元を軽く正し、麻の羽織を引っかけた。鏡に映る顔は、自分で思うより少し上気している。汗のせいだと思うことにした。

三橋さんの家の玄関を入ると、土間のしっとりした匂いが足元から立ち上った。木製の古い家は、私の住む借家よりもずっと色濃い木の時間の中にあった。柱も、壁も、すべてが飴色に焼けている。踏み板がぎしりと鳴って、その音が妙に体の奥へ響いた。

「座って座って。今、素麺を湯がいたとこやでな。食べてから話そう」

台所から三橋さんが顔を出す。室内は、油の匂いが濃かった。ごま油の香ばしさと、野菜を素揚げする甘い水蒸気。私は「お邪魔します」と腰を落ち着けた。

食卓に出されたのは、噂に違わぬ、畑の恵みの天ぷらと、氷水で締めた素麺だった。茄子、ピーマン、玉ねぎ、それに、昨日の朝も穏やかな顔でくれたきゅうりの浅漬け。どれも艶やかで、曇りのない油の膜をまとっている。器に盛られた天ぷらは、茄子が力強く、玉ねぎが甘い、なんとも華やかな姿だった。

「わし、こう見えても料理は好きでな。妻が生きとった頃は、よう台所に立ったもんや。あんたのとこは、いつも誰が台所に立つの」と三橋さんは箸を進めながら、気さくに私へ問うた。

「私です。昂汰さんは朝早いので、いつも私が作ってから出します」

「ほう。昂汰さんはええ奥さんをもろたんやんなぁ。しかし、あんたも、わざわざ引っ越してきて疲れとるやろ。せめて昼ぐらい、こうして誰かと食うのもええでよ」

私は湯飲みを口に運びながら、そうですね、とだけ答えた。素麺がつるりとのどを落ちていく。喉越しの涼しさが、汗ばんだ身体にしみるようだった。麺が胃のあたりへ届くと、朝からの疲れがじわりとほどけていく。私は、もうひとくち、と箸を進めた。

三橋さんは、私の食べる様子を、何か確認するように静かに眺めていた。かと思うと、若い頃の仕事の話や、この土地で育った話を、ゆったりと語り始めた。声は一定の低さで、聞く者を安心させるようでもあり、同時に、耳の奥をくすぐるようでもある。私はそれに曖昧な相槌を打ちながら、時折、天ぷらの衣を噛むと崩れるさくさくとした音が、自分の頭蓋の内側に響くのを感じていた。

茄子の天ぷらは、とろけるように熱く、甘かった。油が胃に落ちると、胸のあたりがかっと熱くなる。素麺をすする。つゆの出汁が、塩分と甘みの輪郭を残して喉を滑り落ちた。テーブルには、氷水のお椀に紫蘇の葉が一枚、青く冴えて浮かんでいた。

「陽子さん、うちの茄子、太いやろ? 長うていい形にできたわい」

三橋さんが微笑む。室内に、彼の体臭が静かに広がっていた。土の匂い、木屑の匂い、汗の匂い、それに、揚げ油の匂いが混ざり合って、なぜだか急に、私は昂汰さんの身体を思い出していた。違う、これは昂汰さんの匂いじゃない。私は箸を置き、深く息を吸った。畳の青い香りが、油の焼けつくにおいの下で、ひたひたと波を打っていた。

食べ終わる頃には、ひどく汗ばんでいた。首の後ろを伝う汗の感触が、服の下の背中へ落ちていく。お腹は満ちているのに、瞼だけが、急に重くなってくる。畳の部屋に寝転びたい。いや、座ったままでもいい。肩の力が抜けて、背筋を伸ばしているのが辛い。指先が、重りをつけられたように痺れていた。

「なんだか、急に眠く……」

途切れた声が、自分のものとは思えなかった。

「ああ、腹いっぱいになったら眠うなるわな。この部屋、風通しええから、少し横になったらどうや。ほら、話なら後で聞くで」

三橋さんの声が、耳の奥から、ずいぶん遠くへ引いていく。畳の目が、一畳ごとに明暗を変えて、波打つように歪んでいた。梅雨の貴重な晴天が、障子越しに畳を白く照らしている。ああ、天地がくるりと回る。六月の昼の光。私は、その白い光の中へ、ゆっくりと沈み込んでいった。

椀の底に残った薄い出汁のなかを、一粒だけ白いものがゆらゆらと揺れる。それを、すでに閉じかけた私の目が見ていたかどうか、分からない。

三橋さんの日焼けした手が、私の肩に触れる。節くれだった指の硬さを、あたたかい、と思う。

台所の、柱時計の音。一時を打つ。遠い。

狭い畳の匂いの中に、私の呼吸は、静かに深く落ちていった。

第3章 目覚めの膣と抵抗の乖離

第3章のシーン

第3章: 目覚めの膣と抵抗の乖離

遠い。なにもかもが遠い。私の身体の中に、硬くて熱いものが入ってきている。それがどこで、どんなふうに動いているのか、閉じた瞼の裏でゆっくりと輪郭を探る。太い。痛いと思う前に、内側を擦り上げられる感覚が、かろうじて繋がっていた意識の糸を一気に燃やし尽くした。

「……っ、あ」

喉の奥から漏れた声は、自分でも情けないほどか細かった。目を開ける。天井の木目が、等間隔に並んで私を見下ろしている。夏の午後の光が障子を透けて、畳の目を白く照らしていた。あの茶碗の中の白い粒が見えた、優しい光。けれど、いまの私の身体を貫いているものは、光でも夢でもなかった。

三橋さんがいた。私の脚のあいだに、日焼けした逞しい体躯を沈みこませて、汗ばんだ胸板を上下させている。ランニングシャツの肩口から覗く筋肉の束が、呼吸のたびに盛り上がり、首の太い筋が浮き上がっていた。白髪混じりの髪が額に張り付き、焦げ茶色の瞳が、何かを確かめるように私の顔を覗き込んでいる。その瞳の下で、唇が静かに弧を描いた。

「目が覚めたかい。良かった」

その声が、私の耳に落ちてくる。入り口を押し拡げる痛みと、内側を満たす熱さが、ようやくはっきりと私の知覚を捉えた。三橋さんの腰が、私の両脚の付け根に食い込むほど密着している。それだけで分かってしまう。私はいま、この老人と繋がっている。夫以外の男の、硬い肉茎を、私の一番深い場所で咥え込まされている。

「あ……いや、なんで……こんな、こと」

自分を起こそうと腕に力を入れる。けれど、右の手首も左の肘も、泥の中から引き抜こうとするみたいに重くて、指先が畳の上でぷるぷると震えるだけだった。それどころか、力を入れようとした瞬間、背骨に近い深部がぎゅううっと痙攣して、私はその場にまた背中を沈めてしまう。

「薬が効いとるうちは、手足に力が入りにくいかもしれん。もうしばらくしたら動けるが、無理はせんほうがええで」

三橋さんが、私の膝の裏に手を差し入れて、ゆっくりと押し拡げる。脚が、自分の意志とは無関係に大きく開かされていく。恥ずかしい。こんな格好で、汗と涎にまみれた顔を晒して、繋がった場所を朝の光に照らされて。涙がにじんで、天井の木目が揺れた。

「こんな格好で、ごめんな……わしも、なあ、陽子さんがあんまり気持ち良さそうに眠っとるから、つい抑えが利かんくなったんや」

三橋さんの言い方は、いつもの世間話の延長のように柔らかい。けれど、その太い腰はゆっくりと退き、また深く沈んでくる。私の内側を満たしている剛直な肉茎が、膣の襞を奥へ向かって一本ずつ押し分け、最奥のくびれをぐいっと突き上げた。

「ああっ、だめ……ぬいて……三橋さん、それ……」

「これがまた、よう締め付けてくるでなあ。薬のせいか、奥が生きとるみたいにうねっとる」

ずぶり、ずぶりという湿った音が、畳の上に響く。自分の身体から、こんな恥ずかしい音がしている。いや、あってはならない音が、どうして。耳を塞ぎたくても、手が上がらない。膣口のあたりが、極太の亀頭に押し拡げられるたび、栓を詰められた葡萄酒の瓶のように、身体の底から粘った汁があふれてくる。ぐちゅん、ぐちゅん、と、肉と肉が噛み合うたび、自分の恥ずかしい蜜液が溢れ出て、畳の上にじんわりと染みを作った。

「うそ……どうして、こんな……あ、あぁっ、くるし……」

三橋さんの右手が、私の胸元を這い上がってくる。節くれだった指先が、汗ばんだ鎖骨のくぼみをゆっくりと撫で、それから服の襟元に潜り込んだ。私はブラウスを着たままだった。ボタンは三つほど外れている。前の二つのボタンは、私が食事の時に汗を拭くため自分で少し広げたままだった。その隙間から、三橋さんの日焼けした指が、私の左の乳房をすっぽりと掴んだ。

「ひゃあっ……あ、やめて、触らないでください……」

「嫌なら、もっと力んで抵抗したらええ。身体が嫌がっとらんようやが、ここは正直やなあ」

三橋さんが、私の乳首を親指と人差し指でゆっくり転がす。コリコリと、指紋の凹凸が神経を刺激するたび、私の腰がびくりと跳ねた。さっきまで重く動かなかった身体が、三橋さんの手腕にだけ反応して痙攣している。太い肉茎が、私の内壁を擦り上げるたび、胸から腹へ抜ける電気の筋がはしる。

「んんっ!……あ、ああ……」

「声も、我慢せんほうがええよ。この部屋は一軒家やで。外には蝉の声がある。誰にも聞こえへん」

三橋さんの言う通り、庭の木のどこかで、蝉が鳴き始めていた。しんしんと、耳の奥に刺さるような声。意識を失う前まではあんなに静かだった昼の縁側から、まるで秋の虫のような細い音がわきあがっている。この音を、昂汰さんもどこかで聞いているかもしれない。そう思うと、涙がどっと溢れた。

三橋さんの動きが、少しずつ大きくなる。腰を引くとき、極太の亀頭が私の中の入り口を強くこじり、締めつけるたびに、私の膣は彼を離すまいと吸い付いた。私の意思に反して、襞がうねり、肉茎を種ごと絞り出すように蠢く。ずぶずぶと、奥まで一気に貫かれると、お腹の底から変な声が溢れた。

「い、ぁ……お、奥が、あたって……」

「奥に当たるの、気持ち良いやろ。子宮の入り口が、亀頭に吸い付いて離れへん」

「や……ちがいます……あ、あぁっ、んんっ!……」

自分の身体なのに、自分のものじゃない。意識の芯は、ここではないどこかへ置き去りにされて、身体ばかりが三橋さんに応えようとしている。昂汰さんの顔が、閉じたまぶたの裏に浮かんだ。あの穏やかな笑顔。私のおでこに、くしゃりとキスをして、「元気でやってるか」と訊く、朝の時間。いまごろ、仕事の合間に私からの連絡を待っているかもしれないのに。

「こ、うたさん……ごめ、なさい……あああっ」

三橋さんが、私の首筋に顔を寄せる。日焼けした唇が、汗で湿った鎖骨のあたりを斜めに横切って、耳の後ろへ抜けた。舌が這う。熱くて、湿っていて、どうしようもなく生々しい。それと同時に、極太の肉茎がゆっくりと引き抜かれ、膣口の手前まで出てから、ぐちゅぬちゅ、と音を立てて再び奥まで沈んだ。

「ああっ!うそ、そこ、やだ……ひく、ひくって、してるのに……!あっ、あっ、あぅっ」

自分で感じてしまう。三橋さんの先端が入り口を杭打つたび、私は女の部位で応える。蜜液が絡みつく肉茎に、中の肉襞が吸い付いて、愛液が泡立つ。煮崩れそうな熱さ。胎の近くが、刃物でかき回されるような快感に変わり、私の全身が一気に沸騰した。

「いいよ、その声。想像しとったより、よっぽど淫らな身体や。旦那に聞かせたことあるんか?」

「やめてください……そんなこと……」

「こんなに奥で締め付けといて、やめては通りにくいでなあ」

三橋さんの低い笑いが、私のこめかみに触れる。荒い息の合間に、喉の奥で笑っている。私の脚を抱え込んで、彼は腰の位置を少し変えた。角度が変わる。それだけで、私の中の快感の場所が、今度は放物線を描くように拡大して、閉じた喉から悲鳴が抜けた。

「あ、や、あ、あ、あ、お、おく……おくは、いや……いま、あたっちゃう……、んんっ!……あああっ」

「奥がどうしたんや、陽子さん。奥が、何をしたら、そんなええ声が出るんや」

三橋さんが、私の左足を持ち上げて、自分の肩に乗せる。もう一方の手で、私の腰を掴み、体重をかけて最奥を穿つ。ずこずこ、という重たい抽送が、畳を揺らした。汗ばんだ私の背中が、敷布団の上を擦れる。引っ越したばかりの我が家の匂いとは違う、古い木と土と男の体臭が、乱れた髪に絡みつく。

「いやっ、そんな、つよ……あっ、あっ、あっ、あああっ!……」

自分の膣が、太い肉茎に叩かれている。そう感じた瞬間、私の背中が大きく反り返った。爪先が畳の上をするすると滑る。ふくらはぎがつっぱり、ビクビクと全身が痙攣する。絶頂だった。夫との生活では知らなかった、腹の底が裏返るような、骨の髄から絞り出される、荒々しい痺れ。

「い、いくっ!あっ、あぁっ、や、もう、いく、いく、いくっ……!」

自分の口が勝手に叫んでいる。夫以外の男の、老人の、大家の肉茎で、私は一気に果てた。膣が、射精を促すように、内側から三橋さんの肉茎を締め上げる。どくん、どくんと脈を打つ感覚が、彼の硬さと混ざり合った。涙が、目の縁からこめかみへ流れて、畳に染みを作る。その涙すら、快感の余韻を引きずる私の身体には生ぬるく感じられた。

三橋さんが、私の絶頂に押されるようにして、奥深くへ精を放った。どくどくと、三橋さんの肉茎が膨張して、熱い飛沫が私の内側を満たす。射精の瞬間、彼は低く唸りながら、私の腰を掴んで逃さなかった。どばっ、と生ぬるい感触が、私の子宮の入り口あたりを叩く。自分の意思に反して、膣壁がまた収縮し、老人の精液を搾り取るように蠢いた。

「……ああ、良かった。陽子さんはええ女やで、ほんまに」

三橋さんが、私の脚を肩から下ろす。ぬかるんだ接合部から、白濁が溢れでて、糸を引いて私の太腿へ流れていく。太くて熱い肉茎が、ゆっくりと引き抜かれていく感覚まで、のけぞった私の身体は鮮明に捉えていた。

「あ……あ、なにが……私、どうして……」

声を出したくても、舌先が痺れて、思うように言葉にならない。天井を見上げたまま、私はただ汗と涙で濡れていた。ズキズキと疼く場所が、まだ彼の形を覚えている気持ち悪さと、もっと奥を掻き回されたいような熱さを同時に残している。外では蝉の声が、ますます高く鳴っていた。

時計の針は、静かに午後四時を指していた。

第4章 動画と約束、出張の四日間

第4章のシーン

第4章: 動画と約束、出張の四日間

畳の上に、私の身体はまだ、ぐずぐずに溶けたまま横たわっていた。天井の木目を見上げている。外の蝉の声が、あの絶頂の余韻を攪拌するみたいに、耳の膜を振るわせ続けている。太腿の内側を流れていく白濁の感触を、私は他人事のように感じていた。生ぬるい。ぬる、として、膝の裏まで垂れていく。昂汰さんのじゃない、老いた男の、執拗なぬくみ。泣きたいような気持ちと、息が楽になるような気持ちが、腹の底の近くで溶けていた。

「……動けるようになってきたやろ。これ、ちょっと見てくれへんか」

三橋さんの声が、部屋の奥から降ってくる。押し入れの、古い木と樟脳の匂いがする方へ、彼は一度屈みこんで、何かを取り出した。黒い小さなタブレット端末。白い粉が吹いたような古いケースから抜き出して、節くれだった指で画面を撫でる。日焼けした顔に、障子の明かりが当たって、白髪混じりの前髪が銀色に光った。彼は私の裸の脚のあいだに正座すると、その画面を私の目線の高さに傾けた。

「最初は、あんたが寝とるうちに始めたから、途中で止めてる。よう見てみい」

なかば無理やりに、私の視界へ差し込まれる。台所の柱時計が四時を告げたあとの、静かな午後。画面の中には、あのときの私がいた。仰向けに手足を投げ出して、まるで水底へ沈んだ人みたいに、呼気だけを静かに続けている。薄いリネンのワンピースは捲り上げられて、下着は片足のくるぶしに引っかかったまま。開かれた脚のつけ根を、三橋さんの日焼けした大きな手が、ぐ、と拡げている。もう片方の手が、私の知らない角度から、彼自身の、太くて硬いそれをつかんで、あてがっているところだった。肉厚で、先の張った、あさましい形。画面越しなのに、あの圧迫感が膣口によみがえって、私のお腹の奥がきゅうと痛んだ。

「やだ……消してください。こんなの、お願いです、見ないで……私、こんな……ふざけないでください……」

「ふざけてへんよ。陽子さん、ずいぶんええ声でよう鳴いとったで」

三橋さんは音量を上げた。画面から、ぜえぜえという自分の息の音と、ぬちゅ、ぬく、と何かが沈みこむ音が流れだす。私の耳が、その音を拾うたび、ついさっきまでの昂汰さんへの罪悪感が、油を含んだ布で締め上げられるように胸を圧迫した。

「この先も、ちょっとだけ映ってる。目ぇ覚ましてから、よう絡みついとる陽子さんの様子もな」

「や……あ、あ……勝手にそんな……撮って……ひどい……」

私は裸の背を畳から起こそうとした。けれど、腕に力が入りきらない。三橋さんの大きな手が、私の右の脹脛をゆっくりと撫で上げる。あの節くれだった指は、さっきまで私の奥を掻き混ぜていたのに、今度は妙に優しく、私の足首から膝裏へ、汗ばんだ肌を辿っていく。画面からは、私の狂ったような泣き声が聞こえていた。昂汰さん、ごめんなさい、と何度も繰り返す女の声。あれが、私。あれが、三十三になった私の、他人の男に突かれながら泣く姿。

「どうや。よう濡れてるやろ。旦那にするときより、ずっと気持ち良さそうに、くわえこんどるじゃないか?」

「そんなこと言わないで……」

「事実や。あんたのそこ、わしのが入るたびに、ぬちぬちいわせて、自分からくねらせとった。わしが言うのもなんやが、ええ女やで」

タブレットを畳の上に置いて、三橋さんは私の上半身を抱き起こした。ふわりと、彼の体臭が私の鼻を包む。木屑と土、汗、それから私自身の匂い。生臭い牝の匂いが、男の体幹と混じってこみ上げてくる。意識を失う前の昼食、天ぷらの油と素麺の出汁の匂いを、ふいに身体が覚えていて、唾液が喉の奥に滲んだ。

「わしはな、一人や。この先、どれだけ生きられるかも分からん。畑をいじって、時々、こうして陽子さんとまぐわえたら、それで十分や。他のことは、さらさら望まん」

「だからって……こんな、薬を……んぐ……あ、やだ……も……どこ触って……」

三橋さんの右手が、私の胸の下から左の乳房を持ち上げるようにして揉みしだく。もう片方の手は、私の腹をゆっくりと撫で下ろし、へそのあたりを過ぎて、下生えに触れるか触れないかのところを、もどかしい円を描いて這う。足のあいだが、勝手にびくりと跳ねた。まだ彼の精液が奥に残っている。その温かい重みが、私の身体を内側から揺らす。ほら、また、と三橋さんはどこか満足そうに呟いた。

「旦那がおらん間だけでもええ。帰ってきたら、べつに何も変わらん。お互い、秘密にしとけば、誰も傷つかへん。なあ、そうやろ」

私の耳たぶを唇で挟みながら、三橋さんが言う。低い声の中に、少しの狂気と、もっと深い孤独の匂いが混ざっている。私の身体に添えられたその指の数が、ひとつずつ、私の意志を脱がしていくみたいだった。

「昂汰さんには……絶対に、知られたら……それだけは、絶対に、だめなんです……」

「ほうか。なら、決まりやな。お互い、口に出されへん秘密を持つ。そういうもんやで、この年になると、よう分かる。わしと陽子さんとは、肉体でずいぶん分かり合えた」

言葉の端々に、私を絡めとっていくような温度があった。分かり合えた、ではない。お前は、もう有無を言わせぬ場所まで、開かされてしまったのだ、と言われた気がした。タブレットの画面はまだ、私の脚が男の腰に絡みつく瞬間を、何度も繰り返していた。ぐちゅ、ぐぬ、と膣が吸い付く音が、夜になる前の静かな座敷に、生々しく響く。外では相変わらず蝉が鳴いていて、そのジリジリという一つ一つの音が、私の心の、ばらばらな羽音に似ていた。

その日は、三橋さんの家で風呂まで使わされた。帰りがけに、小さな袋に入ったトマトを二個、手渡された。私の家の台所に戻ったとき、西の空が茜色に燃えていて、生ぬるい風が、私の首に残る唾液と汗を、じわりと舐めていった。家の中は無人で、ひどく静かだった。私は、畳の部屋に倒れこむように座り、昂汰さんの帰りをまだ遠いもののように思った。出張はあと三日ある。三日。たった三日。されど三日。私の中には、まだ彼の、三橋さんのかたちが、脈打つように残っていた。

翌朝、早いうちから三橋さんに起こされた。窓の外から、「陽子さん、おはようさん」と、低い調子で声をかけられる。私はほとんど眠れていなかった。なのに、身体は正直に、三橋さんの声を聴くだけで、下腹のあたりをじんわりと熱くした。洗面所で顔を洗い、着替えてから外へ出る。湿った朝の土の匂いが、ひんやりと肺へ流れこんだ。三橋さんは畑の畝のあいだに立っていて、鍬を持つ手を、腰に当てて笑っている。黒い作業ズボンに、色褪せたベージュの半袖シャツ。汗と朝露を含んだ布地が、太い背中に張り付いていた。

「この時間の畑はええで。陽子さんも、朝の空気を吸うとり」

「おはようございます。なんだか、自堕落で、すみません。あまり眠れなくて」

「気にするな。うちの前の畑、トマトがようこうとる。収穫を手伝うてくれるか」

私は、はい、と小さく返事をした。断る理由はなかった。いや、断ることを、私の頭が、もう探しもしなくなっていた。三橋さんは、私のそんな様子を静かに見据えて、鍬を畝のわきへ置いた。それから、少しだけ撓んだ畝に腰を下ろし、赤く実ったミニトマトを、いくつも指で摘みとっていく。私もその隣にしゃがんだ。裾の長いワンピースの布が、湿った土に触れて、ふくらはぎに生ぬるい感触がまとう。

「この実は、朝に採らんと皮が張らんのや。同じ水をやっても、同じ日を浴びても、出来が違うで。植物はあまいもんやない」

三橋さんの手が、真っ赤に熟したトマトをつかんだかと思うと、私の口元へ近づけた。私は反射的に首を引く。けれど、彼は日焼けした顔いっぱいに笑って、もっと寄せてくる。

「食うてみ。湯むきせんでも、これは甘いで」

思わず口を開けた。トマトの皮が、私の唇に押し当てられる。つめたい。それから、ぱり、と皮が裂けて、青い種のあたりの果肉が舌にのる。歯で食いちぎると、濃い甘みと酸味が、口のなかで弾けた。三橋さんの指先が、一瞬、私の下唇を拭うように触れて、私の胸が、どきん、と波打つ。これは、単なる野菜の収穫だ。けれど、私の頭の芯では、あのタブレットの映像が、ぐるぐると回り続けていた。

昼前だった。三橋さんの台所で、私の手料理を振る舞うことになった。畑からもいできた茄子を、三橋さんがどうしても揚げたいと言う。作りかけの天ぷらの口直しならぬ、私の身体を、再びあの座敷へ誘うための口実に見えた。否、見えた、というより、もう、そうであることの方を、私の身体が待っている。台所の流しの前で、私は茄子を水にくぐらせる。まな板に置くと、どす黒く光る皮が、私の指に染みるように冷たかった。三橋さんが、包丁を研ぐ音。しゃり、しゃり、と耳に吸い付く音。彼が私の背後に立って、持ち手を直すように、私の右手に自分の手を重ねてきた。太くて、かさついて、咄嗟に振りほどけないような堅さの手。油の香りが流しのあたりに溜まっている。

「茄子は、輪切りにせず、縦に薄くいこう。ああ、そうや、あんたの包丁さばき、よう手が動くで。わしの握り方まで教えたら、よう似合うやろ」

そう言いながら、三橋さんは私の首筋に顔を寄せた。私は、ひっ、と小さく声をあげて、包丁を落としそうになる。茄子が、まな板の上で横にころがる。彼は私の手首を、包丁ごと後ろから握りしめ、まな板の前に押さえつける。土と汗の匂いが、私の背中を包みこんだ。昼の光が、狭い台所に、鋭く射している。外の蝉が、また鳴きはじめた。私はそこで、自分の身体がもう、抵抗という言葉を口にすることさえ怠けているのを知った。

「昼飯の前に、少し、させてくれ。陽子さん、わしので、またいかしてほしいやろ」

声にならない息が、私の口から漏れた。お腹の奥が、ずぶ、と重くなる。昂汰さんの帰りは、まだ遠い。茄子の滑らかな皮が、私の指の腹に貼りつく。三橋さんは私の手から包丁を抜き取って、流しの横に置いた。濡れたままの私の指を、強く握って、そのまま座敷のほうへ引いていく。畳の匂いが、私の鼻いっぱいに満ちた。昼下がりの蒸し暑さのなか、私は何も言わぬまま、いつかのあの光景と同じように、彼の指に従って歩いた。

台所から座敷へ向かうわずかな距離を、私は、どこか他人の脚で歩いているようだった。畳に押し倒される前に、自分の口が、どうして、と小さく動いた。三橋さんは答えなかった。代わりに、私のワンピースの裾をたくし上げ、下着を横へずらすと、太い指を二本、前からぬかるんだ割れ目に沈みこませた。声が、喉の奥へ落ちていく。ぬちゃ、ぬちゃ、と、私の濡れた肉が彼の指を咥え、指の動きに合わせて、腰がかくん、と浮いた。

「もう、とろっとろや。朝から、わしのこと、待っとったやろ」

「ちが……あ、ああっ……やぁ、指、動かさないで……んんっと、ん……あつ……おか、しく……なってる……あ、ふぁっ」

私の右足を畳の上に押し開かせて、三橋さんはズボンの前を寛げると、あの生肉色の太い怒張をとりだした。掌の上で、どくんと脈打っている。先端の濡れた光が、薄暗い座敷でもありありと見えて、私はごくりと唾を飲みこんでいた。彼は私の顎を軽くつまんで、それを口元に押し当てた。雄の匂いが、鼻と唇に、なまぬるくへばりつく。昨日の、私の精液の匂いが、まだ先端に残っていて、舌の先が、勝手にそれへ近づいた。

「舐めて。そしたら、奥まで入れたるから」

自分の耳が、その言葉を拒まなかった。舌を出す。先走りの苦い液体が、舌のうえで広がって、私は、ちゅ、っと小さく吸いついた。ああ、いま、私は昂汰さんのいない昼に、隣の爺さんのそれへ口づけている。頭では、ぐちゃぐちゃの後悔が渦を巻いているのに、口は、むしろ熱心に、先端のくびれを嘗め回していた。れろ、れろ、と舌が裏筋をたどる。ちゅぶ、と音をたてて吸い付くと、三橋さんの腰が震えた。

「ええ舌やで、陽子さん。昨日の晩から、わしの味が口ん中に残っとるみたいやな」

「ん、んちゅ……そんなこと……ん、ふぅ……じゅる……ぅ、ん……」

自分から吸い上げている、という感覚が、頭を痺れさせる。いつのまにか、私は茄子のように太いそれを、口へ含めるだけ入れていた。三橋さんは、私の頭を、節くれだった大きな手で抱えて、腰をゆっくりと前後させる。せりあがる先端が、喉の入り口を突いて、私の背筋がぶるりと震えた。涎が、唇のわきから、首へ垂れていく。う、おえ、とえずきかけると、三橋さんは、私の頭を撫でながら、上機嫌に笑った。

「上等やで。口でいかせてくれたら、今度はあんたの、茄子みたいな太いやつ、ちゃんと奥まで呉れてやる。欲しいもんは、ちゃんと言い。わしは薄情やないで」

自分の意思が、どこに溶けているのか分からなかった。私は言わなかった。いや、言えなかった。その代わり、右手で三橋さんの太腿にしがみつき、左手を持ちかえて根元を扱きながら、口をうごかしつづけた。しこしこしこ、という粘着質な音が、自分の耳から、どこか遠くへ抜けていく。三橋さんの息が荒くなって、舌の上で、彼の亀頭がさらに膨張した。いく、と声が聞こえた気がした瞬間、口のなかへ、苦くて塩辛いものが、どくっ、どくっと射しこまれた。びゅるる、という音が、ほんとうに喉の奥でした。私は、その熱い飛沫を、こぼさないように唇をすぼめて、何度か飲みくだしていた。

そのあとの記憶は、畳の目と、汗ばむ男の腹と、絶え間なく押し寄せる律動の、一枚一枚が剥がれているようで、つながっていない。覚えているのは、私が茄子を自分で挿入しているところを、三橋さんの携帯で撮られたこと。まな板の上に残った、あの昼食用の茄子。三橋さんが、「ほれ、わしと同じやろ。自分で、ようくわえとる」と囁いて、私の手首ごと前後に動かした。ぬぷ、ぬぷ、と、冷たい茄子の皮が私の内襞をこすって、目の裏に火花が散った。同時に、三橋さんの太いものが、口を塞ぐように顎を突き上げる。私は、二つの熱を、両方から喰らわされている。昂汰さん、と、もう心の中でさえ呼べなかった。呼んだら、きっと、私はこのまま、おかしくなってしまう。

夜になると、今度は三橋さんの居間へ呼ばれた。ちゃぶ台の上に、昼の名残の茄子が転がっていて、私はそのぬめりを、直視できなかった。浴衣を着せられて、帯を解かれた。貫かれるたび、私の口からは、もう、わけの分からない悲鳴が噴き出していた。休むまもなく、老人の腰が、私の尻に打ちつけられて、がくんっがくんっと、畳が揺れる。わらわらっと、腹の底で、米粒がはじけるように、内臓が疼いた。腰を浮かすと、彼の手が、私の陰核の根もとを、指の腹でぐりぐりと押し潰してくる。私はそれだけで達してしまって、肛門のあたりまで、ぶるぶるっと細かく震えた。

三日目の夜、三橋さんは、私の脚を肩に担ぎ上げると、そっと抜いて、クローゼットの扉に掛かった姿見を指さした。鏡のなかで、私の、あまりに浅ましい場所が、主人を失ってしきりに収縮していた。ぷっくりした陰唇が、左右にだらしなく腫れぼったく、肉の内側は赤くめくれている。彼の指が、そこへ、く、っと沈んで、開口された。ぬらぬらと、今日も吸い付いてくる、と三橋さんが囁いた。

「見てみ。ここが、わしので、ぽっかり開いてしもうた。陽子さんのここ、旦那が知っとる場所やのに、わしの形になっとるで」

「あ、あ、いや……見ないで……」

「見なさい。これが、あんたの今のからだや」

鏡から顔を背けようとしたけれど、彼の左手が、私の顎をつかんで、無理に正面へ向けさせる。四つん這いの私。鏡のなかで、私の充血した肉筒が、三橋さんの指を、自分から食いちぎりそうに締めつけている。牝の匂いが、鏡のむこうからしているように思えた。涙で視界がにじむ。それでも、その光景を、私の瞳は、まるで焼きつくように、見つめていた。そうしながら、感じている。自分が、あの赤く腫れた場所を、指で、もっと、ひらかれたい、と願ってしまっていることを。

四日目の朝は、早かった。昨日の夜の、三橋さんの精が、まだ腹のなかに重く沈んでいる。台所で、私は味噌汁を作っていた。分量を測る手が、何度も震えた。味噌を溶き、豆腐を入れる。湯気がたちのぼり、出汁の匂いで、吐き気も、空腹も、すべてがじんわりと麻痺していく。

「明日は、昂汰さんが帰るなあ」

いつのまにか、台所の入り口に三橋さんが立っていた。作業着のまま、腕を組み、静かに笑っている。私は、はい、とだけ、うつむいたまま返した。朝の光が、彼の後ろで、ごく淡く、もやのように光った。

「帰ってきたら、また、あんたは奥さんや。何も知らん、ええ旦那や。わしと、この四日間、ようやった。だが、終わらせへんから、そこは安心しい。ちゃんと、わしのことを、よろしく頼むで」

そう言って、三橋さんが私の髪を撫でる。節くれだった指が、こめかみを通り、うなじに触れたとき、私は、身をすくめる代わりに、ただ目を閉じた。指のぬくもりが、いつまでも頭蓋に残る。

スマートフォンが、短く震えた。昂汰さんからだ。私は火を消して、画面を見る。

「明日の夜に着く」

私は、その文字を、じっと見つめた。返信を打とうとして、人の指とは思えないほど、それが震えているのに気づいた。

「分かった。気をつけて帰ってきてね」

送信したあと、私は、三橋さんの気配を背中に感じながら、味噌汁の椀を両手で包むようにして立っていた。外では、今日も、蝉の声が、いちだんと激しく鳴りはじめていた。昨日も、一昨日も、その前の日も。ずっと、私の周りで、鳴いていた。

第5章 隠す前提の明日と昼の日常

第5章のシーン

第5章: 隠す前提の明日と昼の日常

夕方、昂汰さんの乗った新幹線が発車したと連絡が入ると、私はようやく重い腰を上げた。スマートフォンを伏せて、脱衣所の電気をつける。身体のどこにも力が入らなかった。四日分の何かが、皮膚のすぐ下でべったりと凝固している。服を脱ぐ手つきが、他人の身体に触れているみたいに不確かで、ブラウスのボタンを三つ外したところで、自分の指から微かに土の匂いがするのに気づいた。朝、三橋さんの畑でトマトを摘んだときの、あの青くて渋い、だけど熟れたあたたかさ。

シャワーの栓をひねった。古い配管が、幽霊みたいに唸ってから、湯が勢いよく飛び散る。浴室はすぐに白い湯気でいっぱいになった。首の後ろに湯が当たる。四日ぶりに、自分の身体だけの時間。それなのに、耳の奥にはまだ三橋さんの低い笑みが張りついているようで、肩をすくめて湯圧を強めた。湯が肌を滑り落ちていくたびに、首筋や胸の谷間、太腿の内側に、あの人の唇と指の感触が斑点のように残っているのが分かった。それは消えない染みではなく、むしろ、湯に濡れて浮き上がる隈取りのような官能の痕だった。

鏡に映る自分の身体を見た。湯気で曇ったガラスの向こうに、白く豊満な輪郭がぼんやりと揺れている。四日前、昂汰さんを見送った朝には、もっと別の人間がここに立っていた。同じ顔、同じ胸、同じ腹。けれど、奥の熱が違う。目尻はほんの少し潤んで、下唇はあの人のものを噛んで無意識に腫れさせてしまったかのように、ぷくりと血の気が多い。私は右手で左の乳房をすくい上げるようにして、乳輪の周りをゆっくりと撫でた。生温かな湯と汗が混ざり合い、指の腹がつるりと滑る。

(このまま、どこまで隠し通せるんだろう。)

心の内で呟いた声は、湯の音に溶けて返ってこない。返ってこない方が、むしろ、私はほっとしていた。問いを口に出せば、答えを探さなければならなくなる。答えは、もうこの身体の奥にある。隠すことを前提に、明日からどうやって昼の時間をやり過ごすか。それだけが、私の頭のどこかを占めている。それと同時に、熱い湯が股のあいだを伝うたび、膣口のあたりが、ひく、と小さく痙攣した。シャワーの水流に触れているだけなのに、太腿のつけ根が震えて、壁に手をつく。

「……あ、ぁ」

声が出た。自分の吐息の甘ったるさに、背筋が粟立つ。湯を止めた。排水口へ白く濁った湯が吸い込まれていく。私の中の何かも、一緒に流れていってくれればいいのに、そう願うが、そんなものは何ひとつ流れてはくれなかった。三橋さんの残したもっとも深い体液だけが、名残のように腹の底で生温かく揺れている。

脱衣所に戻ると、畳の古い香りがむわりと立った。あの家の座敷の匂いとは似ているようで、少し違う。私の家の畳はまだ青くて、木洩れ陽を吸い込んだみたいにくすぐったい。そこに、濡れた足裏で立つ。体を拭きながら、居間の時計を見た。昂汰さんが帰るまで、あと二時間弱。夕飯のしたくを終えなければ。冷蔵庫から、三橋さんからもらった茄子とピーマンと玉ねぎを取り出す。どれも、つやつやとして、土のぬくもりをまだ内側に抱えている。特に茄子は、あの日の昼、三橋さんの台所で私の指が包丁を握れなかった、あの茄子によく似ている。いや、あの茄子そのものたちかもしれない。

天ぷらの下ごしらえを始めた。ボウルに粉を溶き、茄子を乱切りにし、ピーマンの種を抜く。油を熱した。台所に、香ばしいごま油の香りが立ちこめる。途端に、私は、あの昼下がりへ引き戻された。箸で衣の濃さを確かめながら、素麺も茹でておこうと鍋に水を張った。これは昂汰さんのための夕食。そう言い聞かせても、菜箸で掴んだ茄子を油に落とすたび、背中のいちばん薄い場所が、あの人の腹の熱を欲しがってぴりぴりする。私の手は、しかし、きちんと天ぷらを揚げていく。衣がきつね色に膨らんで、油の粒がぱちぱちと弾けた。

玄関の鍵が回る音がして、昂汰さんの声がした。

「ただいま。陽子、いるか?」

「おかえりなさい。今、揚げ物してるから、先に着替えて」

油から目を離さずに答える。声が、自分でも可笑しいくらい、ごく自然に出た。昂汰さんは「ええ匂いだなあ」と笑いながら廊下を歩いていく。その後ろ姿を、私は菜箸を握ったまま、視線だけで追っていた。

夕食の支度が整う。食卓に並んだ小さな鉢の天ぷら、素麺、冷ややっこ、きゅうりの浅漬け。遮光カーテンの外で、夜がすっかり深くなっている。昂汰さんが、土産の饅頭の包みをテーブルの端に置きながら、向かいに座った。彼は箸を取り、湯気の立つ茄子の天ぷらを、いかにもうまそうに持ち上げる。サク、と衣が割れて、白い湯気が漏れた。

「大家さんに野菜をもらったのか。ありがたいなあ」

「うん。お昼に、天ぷらと素麺をごちそうになっちゃったの。それで、うちでも同じもの作ってみようって思って」

自分で話しておきながら、汗ばむ手のひらを膝の上で拭いた。昂汰さんが揚げ茄子を醤油の入った天つゆにちょんとつけ、口へ運ぶ。咀嚼のあいだ、彼の目がわずかに細まった。三橋さんも、こんな顔で私の身体を味わった後の茄子を食べたのだろうか、なんて、とんでもない連想が頭の裏を走る。

「うまいよ。これ、三橋さんのとこの茄子だろ。肉厚で、すごく甘い。大家さんには本当に世話になってるな。こんどの週末にでも、お礼を持って挨拶に行こう。買ってきた饅頭も、半分くらい分けてやるといい」

「そうだね。お世話になりっぱなしだものね」

私は笑った。笑いながら、箸で素麺を一口すする。つるりと喉を落ちていく冷たさが、胸の中の澱を少しだけ薄めた。けれど、その薄くなった場所から、四日前の、あの昼の熱が、じわじわと染み出してくる。卓を囲む昂汰さんの、節のない綺麗な手。箸の持ち方。私が知っている夫。その夫に向かって、私はいま、三橋さんの昼と自分の秘密を、こうして食卓に並べて隠している。

下着の中で、膣の入り口が、くわり、と開くような疼き方をした。空気を噛むように、奥のほうが、ひくひく、と数秒おきに収縮している。私は、座卓の下で、太腿を静かに擦り合わせた。腿のあいだの肉が、生温かく濡れているのを知っていた。昂汰さんに気づかれないように、左の親指でそっと右の腿をつまみ、心を落ち着かせる。ダメ。いま、この食卓で、身体が三橋さんの形を思い出し始めたら、私は。

「陽子? どうかしたか。天ぷら、まだ熱いけど、火傷でもしたか」

「ううん。なんでもない。ちょっと、汗かいちゃっただけ。お昼、天ぷらで油がまわったのかな」

私は、へら、と笑って、素麺の鉢を持ち上げ、冷たい汁をこくんと飲んだ。昂汰さんは安心したように、空になった飯茶碗を出した。おかわりをよそってあげようと立ち上がると、座卓の端に、出したままの饅頭の包みが、甘ったるい餡の匂いを微かに放っている。その匂いと、天ぷらの油と、畳の匂いとが、部屋のなかでよろよろと混ざり合っていた。

夜、昂汰さんが洗い物をすると言って、私が最初に風呂を済ませた。脱衣所の鏡を、もう一度見る。今度は湯気ではなく、乾いた電灯の下で、自分の身体が隈なく照らされている。 浴衣の前を合わせただけの、薄紫の木綿。胸元が開いて、白い谷間が少し覗いていた。帯を結び直そうとして、ふと、この指が四日間、六十五歳の男の背中に爪を立てたことを思い出す。あの人の背は広くて、暑くて、汗に滑った。昂汰さんよりずっと厚ぼったい、深い年輪のような肌だった。

寝室で、先に布団を敷いた。あお向けになると、天井の木目が私を見下ろしてくる。この天井は、まだあの家の天井ほど傷んでいない。けれど、夜の静けさは、あの家のそれと似ていた。昂汰さんが隣へ入ってきて、横に座った。畳の沈む音。彼が、私の浴衣の襟元に、ほんの少しだけ触れる。

「ごめんな、今回も長く留守にして。寂しかっただろ」

「いいの。仕事なんだから。寂しくなんか、ないよ」

嘘を言った悲しみよりも、事実になるのが怖い、一瞬だった。昂汰さんの手が、私の髪を撫でる。知らない手だった。つい四日前まで、これが一番近い体温だったはずなのに。私は目を閉じ、逆に、あの節くれだった手が、うなじを撫でる記憶を呼び寄せていた。

翌日の昼前、私は台所で素麺を茹でていた。昨日の残りの麺が二束だけあったから、冷水で締め直している。外では、蝉の声がまた、啼いている。今日の蝉は、四日前の蝉とは少し違って、どこか終わりを惜しむような、湿った鳴き方をしていた。

庭先に、三橋さんの気配がした。姿を見なくても分かる。土を踏む、あの独特の足取り。私は、菜箸を置いて、窓のほうへ顔を向けた。薄いレースのカーテン越しに、黒っぽい作業ズボンと、白い半袖シャツの、あの大きな輪郭がゆっくりと動いている。

「陽子さん、こんにちは」

三橋さんの声は、いつものように低く、世間話の入り口みたいに柔らかい。私は、すう、と息を吸って、カーテンの向こうへ言った。

「こんにちは。今日は、何の用事で」

「いや、畑のトマトがまたよう採れてな。ついでに、昨日の礼も言おうと思て、お昼どきに来たんや。素麺でも、茹でてるんかえ」

「今、ちょうど。よかったら、少し食べていきませんか。昂汰さんは、今日は日帰りで、もう出かけてしまいましたけど」

「ほうか。そらあ、ありがたい。やっぱり、あんたの作るもんは、ひと味ちがうでな」

私は、それ以上、何も言わなかった。湯切りした素麺を、二人分だけ器に盛る。確かめるように、指先で器の縁をゆっくりと拭いた。昼の光が、障子を通って、台所の床に細長い影を落としている。私の影が、まな板の上に、そして食器棚のほうへ、長く長く伸びていた。鍋に残った白い湯気が、顔の前をふわと立ちのぼる。

三橋さんが、勝手口の外で、低く笑った。聞こえるか聞こえないか、という息混じりの笑い。ああ、来てしまった。そう思う。思うだけで、膝から下が、じん、と痺れるように熱をもった。隣家との生垣のあいだで、蝉が一匹、ぱたりと鳴きやんだ。昼の時間が、ここから、また別の貌で始まる。私は素麺の器を二つ、お盆に乗せた。

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読み終えたあとの余韻に。

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登場人物
  • 八代陽子 やしろ ようこ
    女性 ・ 33

    外見: 肩までの黒髪、焦げ茶の瞳、豊満な体格。服装: ゆったりとしたリネンのワンピースや綿のブラウス。夫を深く愛し子作りを望む良妻。転勤先の新生活に希望を抱く一方、平日一人で過ごす時間の長さに不安を覚える。大家の三橋には最初、気の優しい老人として親しみを感じるが、関係後は背徳感と身体の悦びの乖離に苦しむ。

  • 三橋恵三 みつはし けいぞう
    男性 ・ 65

    外見: 白髪混じりの短髪、濃い茶色の瞳、恰幅のよい体格。服装: 作業用のシャツとズボン、夏はランニングシャツ。元大工・大家。表面上は気の優しい老人として振る舞い、畑の野菜を差し出し昼食に誘う。実際は計算高く支配的で、催淫剤と動画で陽子を操る。

  • 八代昂汰 やしろ こうた
    男性 ・ 35

    外見: 短い黒髪、黒い瞳、中肉中背。服装: スーツまたはポロシャツとチノパン。転勤族の会社員。気の優しい大家を信用しきり、出張前に陽子一人を頼むと挨拶する。家族思いの良き夫だが、妻の変化に気づかない。

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