サークルには内緒で付き合っていた清楚な後輩が王様ゲームで泥酔し皆の前で指を咥え込まされ絶頂するまで
あらすじ
清楚で可憐な後輩との秘密の恋。それは酒の熱で溶け、衆目の前で暴かれてゆく。内緒で交際する二人が出席した追い出しコンパ。離れた席で彼女が酔い始め、やがて場の空気に流されていく。酔うと大胆になる彼女を遠くから見守りながら、隣に座る豊満な同期の匂いと体温に揺れる男。守りたいのに守れない距離がもどかしく、終わらない夜がただ過ぎていく。
第1章 秘密の熱を胸に抱えて

第1章: 秘密の熱を胸に抱えて
大学の講義が終わる頃には、窓の外の空が少しずつ色を深め始めていた。俺は教室の後ろの席で、ノートを閉じる音が次々に起きるのを聞きながら、なんとなく視線だけを斜め前に向けていた。音葉はまだペンを走らせていて、小さな肩が真剣に落とされている。黒く艶やかなセミロングの髪が頬に掛かって、それを耳にかける指先まで、やけに静かに見えた。他の学生たちが立ち上がる音、談笑の欠片、そんなもの全部が遠くて、俺の中にはただ、あの下宿の匂いが薄く蘇っていた。布団と、柔軟剤と、それから彼女の肌の匂い。
「悠輔、終わった?」
不意に呼ばれて、俺は瞬きをした。音葉が振り返っていて、薄茶の大きな瞳がまっすぐこっちを見ている。口元にはかすかな微笑み。俺は小さく頷いて、鞄を手に立ち上がった。
「うん。今日はこのまま帰るの?」
「うん。あの、課題の本、図書館で借りてから帰りたいの。一緒に来てくれる?」
「もちろん」
並んで教室を出ると、廊下はまだ春の冷たさが残っていて、空気がしんとしていた。音葉は一歩後ろを歩く。この距離感が、俺たちの秘密の関係をそのまま形にしているみたいで、嬉しいような、苦しいような気分だった。図書館へ向かう渡り廊下の窓から、西日が差し込んでいる。音葉の白いカーディガンが橙色に染まって、細い指先が光を透かしそうに薄く見えた。
「今日、このあと暇?」
周囲に誰もいないのを確かめてから、俺はなるべく自然な声でそう尋ねた。音葉は小さく首をかしげ、それからこくりと頷く。薄い唇が開いて、声になるより先に、俺はその答えを知っていた。誰にも悟られないように、ただ図書館の前で微笑み合う。それだけで十分なくらい、俺たちは互いの体温を覚えていた。
図書館は静かで、書庫の奥へ進むほど冷えた匂いが濃くなった。音葉が目当ての本を探している間、俺は背表紙を眺めているふりをして、彼女の小さな背中を見つめていた。白いキャミソールの上に薄手のカーディガンを羽織っていて、かがむたびに鎖骨のあたりがわずかに見える。俺は不意にあの夜の熱を思い出し、喉の奥が詰まるような感覚に襲われて、慌てて視線を手元に落とした。
「見つけたよ」
音葉が戻ってきて、胸の前に一冊の文庫を抱えている。俺は頷いて、一緒に貸出手続きを済ませた。図書館を出ると、空はもう紫に近い青へと沈んでいた。街灯が一つだけ瞬いている。帰り道、自然と下宿の方向へ足が向かうのは、お互いに今日がそういう日だとわかっているからだった。
部屋に入ると、昼間の空気が澱んでいた。俺は窓を開け、薄いカーテンを引いた。西の空がまだうっすら明るくて、カーテンの裾から差し込む光が畳の上で揺れている。音葉は小さく「お邪魔します」と言って、いつもの場所に腰を下ろした。膝を折り、白いスカートの裾を整える仕草まで、この部屋に馴染んでいた。
「今日、暑かったね。少し蒸してる」
「うん、でも夕方は冷えるよ」
音葉はカーディガンを脱いで、キャミソールの白い肩を晒した。日焼けしていない肌が、窓からの薄明かりの中で青白く光っている。俺は冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップを二つ並べた。グラスの中で氷が澄んだ音を立て、それを合図にしたみたいに音葉が笑った。
「悠輔の部屋、いつ来ても静かだね」
「うん。下宿だから、近所も静かだし」
「落ち着く」
音葉はコップを両手で包み、一口飲んで、小さく息をついた。俺はその隣に座って、彼女の横顔を見る。長い睫毛が伏せられるたびに、影が頬へ落ちる。湯冷ましを飲んだあとの唇が薄く濡れていて、その光沢に、またあの夜の記憶が重なった。一ヶ月前、酒に酔った音葉が全裸のままベランダに跨ってきた夜。あのときの彼女は、目が溶けるほど潤んで、声が幼く上ずっていた。
「悠輔、窓、閉めないの?」
「あ、うん、閉める」
俺は立ち上がって窓を閉めた。カーテンの白が、外の空気をまだ抱えている。部屋が急に密閉されて、二人分の匂いが浮き上がった。音葉の髪から、シャンプーの花のような甘さが漂っている。俺は彼女の隣に戻り、少しだけ近くに座り直した。膝が触れるか触れないかの距離。音葉がこっちを向いて、薄く微笑んだ。
「今日は、ずっと悠輔のことを考えてた」
そう言われると、俺の中で何かがほどけてしまいそうになる。普段は人前で手も繋げない。サークルの連中に知られないよう、教室でも、廊下でも、俺たちはただの先輩後輩を演じている。それなのに、この部屋では嘘がなくなる。音葉はいつも、俺の隣でだけ、こうして素直に体温を近づけてくる。
「俺も。講義中、音葉のこと見てた」
「知ってる。背中が熱かったもん」
そう言って音葉は、いたずらっぽく目を細めた。それから、そっと俺の手に指を絡めてきた。指先は麦茶の冷たさが残っていて、俺の掌の熱をじんわりと溶かしていく。俺はその手を握り返し、もう一度彼女の顔を見た。耳の先が赤い。恥ずかしいのに、目を逸らさない。そういうところに、彼女の奥に眠っている大胆さが垣間見える。あの夜、ベランダで俺に跨ったときも、確かこんな目をしていた。
「音葉さ、あの夜のこと、覚えてる?」
声が少し掠れた。音葉は目を伏せて、長い睫毛を震わせる。握った指先が、ぴくりと跳ねた。
「……覚えてる。全部は、無理だけど。でも、あの風が、すごく冷たくて、悠輔の肌が熱くて、それだけはすごく残ってる」
俺は黙って彼女の手を引き寄せた。音葉の体が傾いて、肩が胸に触れる。華奢な肩が緊張で硬くなって、すぐに呼吸を吐いて縮こまった。あの夜のことを思い出すと、俺の掌にまで彼女の肌の湿り気が蘇る。全裸でベランダの手すりに手をかけ、腰だけをこちらへ突き出して、中から溢れてきた愛液が太腿に伝った。夜風がそれを冷やして、音葉は声を殺しながら、何度も俺の下で震えていた。
「あれから、音葉、時々思い出して眠れなくなるの」
「眠れないって、夜に?」
「うん。悠輔の指の形、まだ体が覚えてて。おかしいよね、こんなの」
音葉は顔を上げられないまま、俺の胸に額を押し付ける。薄いキャミソール越しに、彼女の息の熱さが伝わった。俺は空いている方の手で、彼女の髪をゆっくり撫でた。耳の後ろから項へ掛けて、指を滑らせる。音葉が小さく身じろいで、甘えるように鼻先を俺の胸へ押し付ける。声にならない吐息が、服の上からでもわかるほど熱い。
「おかしくないよ。俺だってそうだから」
そう返すと、音葉がそっと顔を上げた。目尻がわずかに赤くなって、黒目が潤んでいる。唇が開きかけて、閉じて、また開く。俺はその唇に、自分のそれを重ねるよりも先に、指の背で彼女の頬を撫でた。滑らかな肌が、吸い付くように熱い。
「……触ってもいいの?」
「うん。音葉、悠輔に触ってほしい。今日はずっと、そればっかり考えてたから」
音葉の声が、尾を引くように甘く溶ける。俺は彼女の肩をもう一度引き寄せ、今度は唇を重ねた。最初は触れるだけ。柔らかい唇の热度が、怯えたみたいに震えて、それから少しずつ開いていく。俺の舌が彼女の唇を割ると、音葉の指が俺のシャツを握りしめた。薄いシャツの下で、彼女の細い指の力が肋骨に響く。くちゅ、と湿った音が口の中で小さく鳴って、それが妙に部屋中へ響くようで、俺の背筋をぞくりと這った。
「んっ……」
音葉が鼻から息を漏らし、上体をさらに凭れさせてくる。俺は彼女の肩から背中へ手を滑らせ、薄いキャミソールの上から肩甲骨の窪みを確かめるように撫でた。布越しに、汗ばみ始めた肌の湿り気がわかる。カーディガンを脱いだ彼女の背中は頼りなくて、俺の掌にすっぽり収まりそうなほど華奢だ。白いキャミソールの肩紐が片方ずり落ち、鎖骨のくぼみが露わになる。そこへ唇を寄せると、微かに塩のような味がした。汗の匂いじゃない、もっと女の子の肌そのものの匂い。俺は目を閉じて、彼女の肩の線に舌を這わせた。
「ん……そこ、くすぐったい」
「気持ち悪い?」
「違うの。変なの、体の奥がきゅんってする」
音葉が俺の首に両腕を回してきた。俺は彼女を畳の上にゆっくりと寝かせ、上から覆い被さる。キャミソールの裾が乱れて、白い腰の肌が覗いた。薄いスカートのファスナーに指を掛けると、音葉は恥ずかしそうに腿をすり合わせる。その仕草だけで、彼女がもう下半身を疼かせていることが伝わった。
「脱がせてもいい?」
「……ん。でも、カーテン、ちゃんと閉まってる?」
「大丈夫。さっき閉めたから」
音葉はほっとしたように目を伏せ、それから自分から腰を少し浮かせた。俺はスカートをゆっくり下ろしていく。白い太腿が露わになり、レース付きの白い下着が現れた。布の中央が、うっすらと湿り気を帯びて、そこだけ色が濃く透けている。音葉は両手で顔を覆って、小刻みに息をしている。俺はその指の隙間から覗く彼女の目が、期待と羞恥で揺れているのを確かめてから、下着の上へ指を這わせた。
「あ……っ」
布越しでもわかる熱さ。しっとりと濡れた感触が指先へ吸い付いて、くちゅ、と小さな音を立てる。音葉の腰が跳ねて、太腿がぎゅっと俺の手を挟んだ。
「音葉、今日は……初めから、すごく濡れてない?」
「や、言わないで……恥ずかしいの」
「恥ずかしいのに、どうしてこんなに濡れてるの?」
「……わかんない、でも、悠輔の指が、好き。もっと触ってほしい」
音葉は顔を覆った指の下で、消え入りそうな声を絞り出した。俺は下着の上を指でなぞるようにして、湿ったところをもう一度押し上げる。ぐちゅ、と濁った音がして、音葉の背が弓なりに浮いた。レースの布が、彼女の蜜を吸って、指の形に凹んでいる。その下の柔らかな襞を、俺は何度も指の腹で往復させた。触れるたびに、彼女の中は熱を増していくようで、指先が彼女の体温に飲み込まれそうになる。
「ここ、触ってるの、下着だけで。奥まで触ってないよ」
「それでもっ……音葉、もう、へんになりそう……」
「いいよ。へんになって、俺にだけ見せて」
俺は下着の裾から指を差し入れた。湿った茂みが指を絡め取り、ぬかるんだ襞がすぐに見つかる。音葉の膣が、指先を待っていたみたいにぱくりと吸い付いた。ぬちっ、という粘着質な音が、布の下から聞こえてくる。俺は指を少しだけ埋め、中を浅く掻くように動かした。音葉が喉を反らして、切ない声を漏らす。
「んぁっ……、んっ、ゆ、うすけ……指、奥、もっ……」
「奥? ここ?」
俺は彼女の反応を確かめるように、指の腹を中でゆっくり曲げた。湿った内壁がきゅっと締まって、指を取り込もうとする。音葉の太腿が開いて、腰が揺れた。下着の上からでも、彼女の蜜が指の付け根まで伝ってくるのがわかる。俺のズボンの上では、彼女の足の動きに合わせて、自分の下肢が痛いほど熱を持っていた。
「悠輔、音葉ね、今日、ベランダのこと考えてたら、もう、おかしくなっちゃうかと思った」
音葉がうわごとのように呟く。俺は彼女の下着をずらし、開いた腿の奥を露わにした。薄い陰毛の下の、濡れそぼった割れ目。閉じかけた小陰唇が、桜貝色の内側をわずかにのぞかせて、ひくひくと呼吸している。その中心が、透明な液でてらてらと光っている。俺は一瞬息を呑み、彼女の顔を見た。音葉はもう両手を畳の上に放り出し、濡れた目で俺を見上げている。
「指で、して。悠輔の指で、音葉の奥、いっぱいにして」
俺は音葉の膣口に中指を当て、ゆっくりと沈み込ませた。熱い粘膜が指を絞り、くちゅ、と粘る音が畳にまで響く。音葉が小さく爪先を立て、内腿を震わせる。俺はそのまま指を引き、また埋め、そのたびに中の凹凸を確かめるように動かした。しっとりと濡れた内壁は、俺の指を放すまいと吸い付いてきて、奥へ進むほど熱い。
「んっ、んっ、指……いい、もっと奥……」
「次の指、入れるよ」
俺は指を二本に増やし、ゆっくりと彼女のの中を押し広げた。音葉が短く息を詰め、背を弓なりに反らす。ぐちゅぐちゅと、蜜の溢れる音がどんどん大きくなっていく。白い肌に汗が浮いて、キャミソールの胸元がしわになり、小ぶりな胸の頂が布の内側で尖っている。俺は空いた手で、その胸の膨らみをそっと包んだ。見た目以上に柔らかくて、掌の中で形を変える。音葉が「んんっ」と吐息を漏らし、胸を押し付けるように体を揺らした。
「音葉、中で指に絡んでるよ。ここ、全部、すごく濡れてる」
「や……ん、ゆび、ゆびが当たる、奥、そこ、きもちい……っ」
音葉の声が甘く裏返り、太腿が痙攣のように震える。俺は彼女の顔から目を離さないまま、指の抽送を少し速めた。中の襞が指へ絡みつき、突き上げるたびに、ぬちゅぬちゅと水が撥ねる音がした。音葉は涙目になって、首を左右へ振り、腰をがくがくと跳ねさせる。
「音葉、いきそう……?」
「んっ、いく、いっちゃう……悠輔の指で、いっぱい、あっ、んぁ、あ……っ」
音葉の膣がきゅうきゅうと収縮し、指を深く銜え込む。彼女の背が反り、内腿が激しく震えた。中からは、ぬるりとした蜜が溢れ出して、彼女の太腿を伝い、畳に染みを作る。音葉はしばらくびくびくと体を揺らし、それから大きく息を吐いて、畳に沈んだ。乱れたキャミソールの下で、胸が浅く上下している。
「……少し、落ち着いた?」
俺は彼女の髪を撫でながら尋ねた。音葉はうっすら目を開け、照れたように笑う。その笑顔を見ると、俺の胸の奥がきゅっと締まる。普段はあんなに清潔で、図書館の冷たい空気が似合う女の子なのに、今は淫らな匂いをまとって、俺の前で足を開いている。この差を、自分だけが知っている。その事実が、俺の体をまだ熱くさせていた。
「音葉、今夜はもう、ここに泊まるでしょ?」
「……うん。許してくれる?」
「俺が望んでるから。音葉が帰るの、嫌だって思ってる」
そう言うと、音葉は嬉しそうに目を細め、俺の胸へ顔を埋めてきた。俺は彼女の汗ばんだ肩を抱き、最 中に気付かされたことを思った。一ヶ月前のベランダの夜を、彼女も俺も忘れられない。あの開放感が、今の私たちをまだ縛っている。誰にも知られずに触れ合えるのは、この部屋だけ。その秘密の熱が、幸せでもあり、薄く棘のように胸を刺した。
後日。サークルのグループに、4年生の追い出しコンパの通知が回った。参加者の一覧がずらりと並ぶ中に、音葉の名前も、俺の名前もある。居酒屋が会場で、人数は二十人ほど。俺はスマホの画面を見つめて、隣にいる音葉に声を掛けた。
「音葉、追いコン、出席するの?」
昼休みの中庭は、春の陽がかげって、少し肌寒かった。音葉はベンチで膝の上に小さな弁当箱を置き、箸を止めてこちらを見た。
「うん。先輩方、お世話になったし、音葉も出席しようかなと思ってるの」
「そうだよね。俺も一応、出るよ」
音葉はにこりと笑って、また弁当箱へ視線を落とした。彼女の服装は今日も白いカーディガンに、淡い色のスカート。風が吹くたび、カーディガンの袖がふわりと揺れて、細い手首が隠れたり見えたりする。俺は少し迷ってから、言った。
「音葉、お酒、飲まないつもりで行くの?」
「うん。音葉は飲まないから大丈夫。ウーロン茶だけにするの」
「そうするなら、いいよ。俺もそんなに飲めないし」
音葉はえへへ、と照れたように口元を隠して、「悠輔と飲んだら、またお持ち帰りされちゃうから、飲まない方がいいもんね」と小声で言った。その言葉に、俺の体の芯が熱くなった。過去に居酒屋で見知らぬ男に連れ出された話は、本人から照れ半分で聞かされた。そのとき俺は、彼女を責める気持ちよりも、酒を飲んだあとの音葉が簡単に肌を開いてしまう危うさを想像し、背筋が震えた。彼女が酔うと大胆になることは、俺が一番よく知っている。知っていて、誰にも渡したくないと思っている。
「そうだね。その方が安心だよ」
「うん。悠輔は有紗ちゃんと隣なんでしょ? 私を見るより、ちゃんとそっちで飲んでて」
音葉が口を尖らせる。しらばっくれた振りをしても、声の端に刺があるのがわかった。有紗が俺に好意を持っていることは、音葉も感づいている。だが追いコンの席は、音葉と俺が離れる。俺はそれを苦しく思いながら、音葉の髪を風が揺らすのを見ていた。
コンパ前日の夜。俺は下宿のベッドに寝転び、天井を見ながら音葉からの電話を待っていた。定刻を少し過ぎてから、着信音が鳴る。
「もしもし、悠輔?」
「うん。大丈夫? 今電話できる?」
「うん、もうお風呂も入ったから」
受話器越しの声は、昼間よりも少し掠れていて、夜の空気をまとっている。俺は彼女のことを思い浮かべ、目を閉じた。薄いパジャマを着て、髪を下ろして、ベッドの上で膝を抱えている。そんな姿が電話の音から立体的に浮かぶ。
「明日、席、離れ離れになるらしいよ。音葉は石田先輩たちのテーブルだって」
「うん、聞いた。悠輔は、有紗ちゃんの隣だよ」
「そうみたい。音葉のこと、近くで見てられないなって思ってた」
「大丈夫だよ。音葉は飲まないって決めたから」
音葉が強がる声を作る。その裏に、彼女自身の不安が揺れているのが、長い付き合いではない俺にもわかった。彼女は酒を断ると言った。だが、本当に最後まで酒を口にしないでいられるか。コンパには、彼女へ酒を回して面白がる者もいるだろう。石田先輩はその筆頭だ。
「音葉、本当に飲んじゃだめだよ。今日の約束」
「うん。知ってる。音葉ね、もう恥ずかしいことしない。悠輔に嫌われるの、一番怖いの」
「俺が音葉を嫌いになるわけない」
「そう言ってくれるなら、明日は絶対に飲まないよ。約束」
音葉の声が震えている。俺は不思議な気分だった。昼にはあんなに穏やかだったのに、夜になると命がけの約束のように響く。それほど彼女は、自分の酒癖が怖いのだ。俺は握っていたスマホを両手に持ち替え、少し笑ってみせる。
「わかった。信じてるから。明日、会場まで一緒に行こう」
「うん。楽しみだね」
他愛ない言葉を交わして電話を切ったあと、俺はしばらくベッドの上で動けなかった。彼女の「約束」の余韻が体に残っている。音葉が酒に溺れた夜を、俺だけが知っている。あの夜、彼女はこれでもかというほど肌を開き、俺の体を求めた。酒の熱が、彼女の中の何かを引き摺り出す。明日、その熱が彼女の中で眠ったままでいればいい。俺は窓の外の夜空を見つめ、星の薄い光を目で追いながら、早春の風にさらされた音葉の白いカーディガンを思っていた。
コンパ当日。待ち合わせた駅前の信号で、音葉は本当に来るのか遅れている。日は落ちかけて、街の輪郭が橙色から青へ変わる。自動ドアの開閉音が、風の合間に聞こえる。俺はスマホの画面を確認して、もう一度通りの向こうを見た。そのとき、交差点の角から、白いカーディガンを翻して小走りに近づいてくる、音葉の姿があった。彼女の黒いセミロングが風に流れ、薄いカーディガンが羽のように揺れている。その姿があんまり可憐で、俺は一瞬息を呑んで、手を上げることも忘れた。
「悠輔、お待たせ。ごめんね」
音葉は呼吸を整えながら、薄いピンクの笑顔でそう言った。俺は「ううん、今来た」と短く答えた。彼女の白いカーディガンは軽くて、まだ肌寒い風を含んで揺れている。これから会場の居酒屋へ向かう。二人で並んで歩きながら、俺は音葉の指が無意識にカーディガンの袖口を握っているのに気づいた。その眼差しはまっすぐ前を向いていて、唇には決意が滲んでいる。俺は彼女の横顔を見つめ、心の奥で、たったひとつの約束を胸に刻んだ。今日は、彼女が酒を飲まない一日であるように。
第2章 甘い匂いと酔いの温度

薄暗い座敷に満ちる油の焦げた匂いと、ビールの湿った麦芽の香りが、まるで生きた舌のように鼻腔へ絡みついてくる。靴を脱いで一歩を踏み入れると、二十人分の座布団が二つの長テーブルに沿って整然と並び、その上を若い男たちの笑い声と女たちの甲高い嬌声が、天井の染みまで揺らすように渦を巻いていた。エアコンの生ぬるい風が、汗ばみ始めた首筋をねっとりと舐めていく。俺は受付で名前を告げ、店員の指し示す席へ目をやった。その背後から、聞き慣れたかぼそい声が追いかけてくる。
「悠輔、先に入ってて。音葉、お手洗いに行くの」
振り返ると、音葉が白いカーディガンの胸元を片手で軽く掻き合わせながら、申し訳なさそうに眉を下げて立っていた。居酒屋の橙色を帯びた照明が、彼女の黒く艶やかなセミロングに小さな光の粒を散らし、伏せた睫毛の影を白い頬へと落としている。その影が、呼吸のたびに微かに震えるのを、俺はしばらく黙って見ていた。大丈夫だよ、と声にする代わりに、俺はゆっくり頷き、彼女の脱ぎ散らかした靴をきちんと揃えてから、案内された座敷の奥へ足を進めた。喉の奥で、酒を飲まなければそれでいい、と自分に言い聞かせる声が、ざらついた空気にほどけて消えていく。
「おー、三田、こっちこっち」
聞き覚えのある陽気な声が、騒がしさの膜を破って飛び込んでくる。テーブルの中央に陣取った有紗が、手を高く振っていた。黒いタンクトップの柔らかな布が揺れるたび、胸元の大きな膨らみがわずかに跳ね、深い谷間の影が照明を吸い込むように浮かび上がる。白いホットパンツから伸びた太腿は、畳の灯りをぬらりと反射して、夏の夜の果物のように艶めいていた。薄っすらと浮かぶ汗の膜が、彼女の健康的な肌をいやらしく光らせている。俺の視線に気づいたのか、有紗は隣の座布団をぽんぽんと叩き、上目遣いに近い角度で笑いかけてくる。
「悠輔、ここ空いてるよ。ほら、早く座りなって」
周囲の同期が、口元を緩ませながらこちらを振り返る。俺は何か言い返すきっかけを探したが、有紗の待つ空気に押し負けるように、その隣へと腰を下ろした。膝が畳に沈むと同時に、長テーブルの下で足の置き場を探す。彼女の太腿がすぐそこにあって、そこから立ちのぼる熱と香りが、まるで透明な幕のように俺の顔を覆った。甘い香水の粒子が、汗の塩気と混ざり合い、ビールの苦い匂いを押しのけて肺の奥まで入り込んでくる。あれは、花というより熟しきった果実の皮の匂いに近い。粘膜に貼りつくような、湿度を持った甘さである。
「悠輔、今日さ、何飲むの。とりあえず私はレモンサワー頼んだんだけど」
有紗が身体を斜めに傾け、白い肩を俺の腕へ押し付けてくる。薄いタンクトップの向こうで、豊かな乳房が潰れて形を変え、その柔らかさと熱が服越しに肌へと染み込んでくる。心臓の拍動が、彼女の体温と重なって聞こえるほど近い距離だった。腕の内側にまで、彼女の脈が這ってくる気がする。俺は呼吸を浅くして、手元のおしぼりを指先で弄びながら答えた。
「俺は、最初はウーロン茶にしようかな。あんまり飲める方じゃないし」
「相変わらず真面目。でも、乾杯ぐらいビールにしなよ。先輩方も来てるし、最初の一杯だけでも合わせないと」
そう言いながら、彼女は細い指で俺の肘のあたりをつついた。ツン、と押し込まれた指先は、爪の先まで熱い。その小さな熱が、服の布越しにもかかわらず、やけに生々しく残った。俺は曖昧に口元を緩めて、視界の端で音葉の姿を探す。まだ戻っていない。壁際のテーブルに、音葉という名前を書いた札だけがぽつんと置かれ、それを囲むように男たちの背中が厚く並んでいる。石田先輩の張り上げる声が、あの塊の中心から聞こえた。釣られるように皆が笑い、グラスが乱雑に打ち合わされる。あの席の空気だけが、どうしようもなく加速しているように見えた。
「悠輔、これ持ってて。乾杯まで」
有紗が、冷えたビールジョッキを俺の手に押し付ける。指先が触れ合い、彼女の手のひらの湿り気がガラスの冷たさと一緒に俺の掌へ移った。汗ばんだ肌が滑るように離れていく感触が、霧のように消えずに残る。俺はジョッキの重さを片手で支え、泡の白い粒がガラスの内壁を滑り落ちるのを眺めた。あれだけのざわめきの中で、有紗の香水の輪郭だけが、俺の思考に砂糖菓子のような膜を張っていく。彼女は俺の返事を待たず、身振りを交えて近況をまくし立て始めた。
「最近さ、あの動画見てる? 大学生がルームツアーするやつ。悠輔の部屋も出したらバズるんじゃない? だって物が少なくて綺麗そうだし」
言葉の合間、有紗は笑うたびに肩を揺すり、二の腕へ柔らかな胸の質量を押し当ててくる。視線を落とせば、黒い布が食い込むように膨らみを包み、呼吸のたびに谷間の影が深くなったり浅くなったりした。俺はジョッキを持つ手を膝の上へ置き、腕を引いて彼女の体温から逃れようとした。だが、こちらが身体を引けば引くほど、有紗はそれを追うように距離を詰めてくる。汗ばんだ太腿が、ついには俺の膝へかすかに触れた。むっちりとして弾力のある肉の面が、チノパンの布を介して、その下の体温を押し付けてくる。びくりと脚の筋肉が強張った。
「どうしたの、今日なんか上の空じゃない?」
有紗が顎を引き、下から俺の顔を覗き込む。黒目が店内の橙色の灯りをすくい上げ、濡れた飴玉のように光った。唇には笑みが浮かんでいるのに、視線だけが俺の心の裏側を探るように細められている。俺は首を振り、口先だけでビールを含んだ。苦味が喉を焼くが、酔いはこない。ただ口の中に、麦と酵母の生ぬるい残り香が広がるだけだ。
「人が多いから、ちょっと眩暈に近い感じっていうか。そういうわけじゃないよ」
「ふぅん? でも今日は、まあ大騒ぎにはなるだろうね。石田さん、もう出来上がってるし」
有紗が顎で遠いテーブルを示す。俺が顔を向けた先、音葉がようやく席へ着いていて、白いカーディガンを肩から半分ほど滑り落としていた。剥き出しになった肩が、座敷のざらついた空気の中でひどく白く見える。彼女の頬は、まだ薄い血色のままだ。俯き、隣の女の子と肩を寄せ、何か小さな笑いを交わしている。その周りで、石田先輩が大仰な身振りを繰り返しながら酒を回していた。男の一人が、音葉の手元のコップへ透明な液体を注ぎ足す。氷が軽やかな音を立て、彼女の細い指がコップに添えられた。音葉は口元を隠すように笑い、そのコップを両手で持ち上げた。
「あれ、水かな。音葉は今日、飲まないって言ってたから」
俺は心の中でそう呟いた。だが、視線を外せない。石田先輩が音葉の肩を抱くようにして耳元へ顔を寄せる。湿った笑声が座敷の空気を震わせる。音葉は首をすくめ、仕方なさそうに笑った。その笑みは、普段の彼女より少しだけ固い。指先がガラスの表面をなぞり、薄い唇をコップの縁に押し当てる。小さな喉が上下して、氷の音がこちらの耳まで届いてくる気がした。ああ、と俺の腹の底が初めて静かな警鐘を打つ。
「悠輔、音葉ちゃんのこと見てるでしょ」
有紗の声が、すぐ耳元で絡みついた。甘く温い吐息が耳殻の窪みを撫で、俺の肩がはっきりと跳ねる。彼女の手が俺の腕に添えられ、指先が内側へ移動して、手首の脈を確かめるように押し当てられた。まるで細い蔓が絡まるように、ゆっくりと、しかし確実に巻きついてくる。
「いや、なんとなく。あっちのテーブル、すごく盛り上がってるなと」
「ふふ、顔に書いてあるよ。後輩が心配? まあ、音葉ちゃんって見た目からして純粋そうだもんね。ああいう子、酔うと案外手がかかる相場なのにさ」
有紗がミントの混じる息を吹きかけるように笑う。間近に迫った彼女の胸が、再び俺の二の腕を包み込む。今度はさっきより無遠慮に、豊かな肉の膨らみが腕を挟み込み、その中心の熱までが伝わってくる。指の腹で確かめるまでもなく、そこがどれほど柔らかな質量を持っているか判ってしまう。汗ばんだ肌と香水が、騒がしい居酒屋の空気を押しのけて、彼女という生き物の領域を作り上げていた。俺のジョッキは、いつの間にか外側にびっしりと汗をかき、その雫が指を伝って手首へ流れ落ちる。冷たさは、むしろ気味が悪いほど気持ちよかった。
「そうだ、悠輔。足、組んじゃえば。窮屈でしょ」
有紗が急に身を屈め、その手を俺の太腿へ無造作に置いた。五本の指が、白いホットパンツから剥き出しになった彼女自身の腿とは対照的な濃い色のチノパンの布をゆっくりとなぞり、膝の少し上でとまる。手のひら全体に、彼女の体温がありありと浮き出ていた。指の腹が円を描くように小さく動く。擦るのではなく、確かめるように、布越しの筋肉の硬さを探る。やわらかく丸い爪の先が、太腿の内側ぎりぎりの場所を逆方向へすべり、一度だけ強く押さえつけた。
「こういう席、脚開きっぱなしになるでしょ。みっともないから、ちゃんと膝閉じておきなよ」
有紗が、笑いを含んだ低い声でそう囁く。指の腹は、なおも腿の上を往復する。まるで、布地の折り目を伸ばすふりをしながら、その下の熱を探り当てようとしているみたいに。俺の体温が、その手のひらと触れ合う部分だけ、不自然に高くなっていく。太腿の筋肉が彼女の指に吸い寄せられるように強張り、同時に腹の奥が小さく疼いた。彼女の指が皮膚に近づくほど、香水の匂いが立ちのぼり、股のあたりへ官能的な重さを落としていく。俺は彼女の指を外そうとして、実際には動けなかった。
「有紗、そういうのいいよ。人前だし」
「なに言ってるの。だって悠輔、足、投げ出してるじゃん。私が直してあげてるだけだよ」
言いながら、彼女は太腿に置いた手をわずかに開き、指を扇形に広げて腿の上部を包み込む。小指の側面が、際どい内腿へ触れた。掌の湿り気が布へ滲みて、水着の上から撫でられているような錯覚を呼び起こす。彼女は俺の反応を楽しむように、五本の指をゆっくりと閉じていく。その手の動きは、まるで熟れた果物の弾力を探るようで、同時に、この雑踏のただなかで俺を更に押し開こうとする意志に満ちていた。不意に指先が腿の付け根へ向かってずるりと滑り、俺は思わず息を呑む。彼女はそれを隠しもせず、唇の両端を吊り上げた。
「ほら、力抜きなって。……力入ったままだと、余計に暑いでしょ」
耳の奥を舐められるような囁きに、首筋の産毛が逆立つ。彼女の手の熱は、欲望そのものの形をして、俺の腿の上にうずくまっている。堪らず片足を引き寄せると、有紗は名残を楽しむみたいに、太腿の内側を指先で一筋なぞってから手を離した。そこだけ汗が冷たくなり、あとから別の熱が這い上がってくる。俺は返事のかわりにビールを一口含んだ。喉が鳴る。有紗の目が、その喉仏の動きを追っているのがわかった。
乾杯の音頭とともに、座敷中でジョッキが持ち上げられる。石田先輩の野太く腹に響く声が、壁を震わせた。
「今日は四年の追い出しだー! みんな飲め飲めー! 特に若いの! 音葉嬢も、その可愛い口で一気とかいってみろー?」
遠くのテーブルから低い笑いと歓声が湧き、湯気みたいに天井へ昇っていく。音葉は両手でコップを持ち、困ったように首を振って笑っていた。だが、石田先輩が新しいジョッキを目の前へ置くと、男たちが手拍子を合わせ始める。木のテーブルを叩く音、酒の入ったグラスが跳ねる音、指笛。それらが彼女を追い詰めるように輪を狭める。音葉は笑ったまま、しばらく迷ったあと、両手でジョッキを持ち上げて口元へ運んだ。透明な液体が傾き、氷が音を立てて彼女の唇を濡らす。薄い喉が動いた。一口、二口。それから、男の一人が背中を軽く叩いて、彼女はむせたように笑い声を漏らす。嚥下しきれなかった酒が唇の端から滑り落ち、細い顎を伝うのを、俺は息を詰めて見ていた。
「あーあ、音葉ちゃん、やっぱ飲むんだ。あれ、チューハイのロングでしょ。色薄いけど、結構アルコール強めじゃない?」
有紗の言葉が、遠いところで水音のように響く。音葉の手の中で、氷がとろけて形をなくしていく。彼女の周りだけ時間の濃度が違い、空気が酒の甘い匂いで飽和しているように見えた。乾杯の熱が引いても、石田先輩はあの調子で、きっと彼女のコップへ次々と酒を継ぎ足す。酒の水割りだと言いながら、中身を濃くしていく手口まで、俺には想像がついてしまう。俺はジョッキを乱暴に置き、腰を浮かしかけた。
そのとき、細い指先が俺のシャツの袖を掴んだ。有紗が、笑顔のまま、親指と人差し指の腹で布を摘み上げている。逃がさない、とばかりの力だった。
「だめだよ、悠輔。彼女、まだ拒んでないでしょ。先輩たちだって楽しんでるのに、たかが後輩が行くのは野暮じゃない」
声は笑っていた。だが、布を摘む指の関節は白く固い。俺は動けなくなり、代わりにもう一度、音葉の席を覗き込む。テーブルの向こうで、彼女の頬はすでに薄紅に染まり、輪郭が熱で溶け始めている。笑い声は先ほどより高く、首を傾げる仕草が水のように崩れて柔らかい。白いカーディガンは片方の肩からずり落ち、剥き出しの肩から背中へかけての白さが、遠目にも痛いほど滲んで見えた。
「ほら、ああやって喜んでるよ。悠輔が行かなくても、全然平気そうでしょ」
有紗が袖から手を離し、離れ際に指先で俺の手首をゆっくりと撫でる。爪の先が、まるで戸を閉めるように手首の骨をかすめて、ひやりと冷たかった。俺は張り詰めた息を吐き、靴下の足先を畳へ擦りつけながら、ゆっくりと腰を下ろした。
「……そうかもしれない」
「そうだよ。彼女、あの見た目で案外場に馴染んでるじゃん。お酒入ると良くも悪くも柔らかくなるっていうかさ。石田さん、ああいう子いじるの好きだもんね」
有紗は追加のレモンサワーを受け取り、ストローに薄い唇を寄せた。黄色い液体が透明な管を上り、彼女の口内へ消えていく。唇を湿らせ、その舌が軽くストローの先を舐める。俺は目を逸らし、枝豆を一粒摘んで口へ運んだ。塩気と豆の青臭さが、酒の苦みを中和する。耳だけが、あの遠いテーブルの空気を拾い続けていた。音葉の声は、さざ波のように高く寄せては、男たちの笑いの黒い岩に砕けて消える。笑っている。彼女は確かに笑っているのに、どうしてこんなに胸騒ぎがするのか。俺の片足は、いつのまにか長テーブルの下で小刻みに揺れていた。
そのとき、音葉がふらりと立ち上がり、トイレの方角へ歩き出した。手を壁に添え、足運びは僅かに危うい。酔いのせいで重心が後ろへ寄り、スカートの裾が左右へふわりと揺れている。白いカーディガンの袖が手の甲まで落ち、細い肩甲骨が背中で羽毛みたいに浮き上がった。彼女は小首を傾げるような格好で、男たちの間を抜けていく。その一歩ごとに、フレアの短いスカートがふくらみ、太腿の白い内側が照明の下でちかちかと明滅した。
そして、彼女が廊下へ出る直前、からだの向きを変えた瞬間だった。空気を含んだスカートの裾が、ふわりとめくれ上がる。そこから覗いた太腿の奥、レースの白い下着が、一瞬だけ燃えるように浮かんだ。布は小振りな尻を半分隠すかどうかの小さなもので、縁のレースがまるで花びらのように股のつけ根へ食い込んでいる。腰のくびれから尻たぶへ落ちる線が、白熱した輪郭を描いていた。それだけではない。カーディガンの前が開いた拍子に、薄いブラウスの内側から白いキャミソールが透け、その奥にある胸元の小さな膨らみを覆うブラジャーまで、柔らかな陰影となって浮き出た。白い生地が汗で肌に貼りつき、蕾のような胸の頂きの位置まで輪郭を結んでいる。あの清楚な下着が、酒の熱で汗ばんだ肌の上で濡れている。その事実が、俺の視界を一気に引き裂いた。
「……見えてる。あれ、ピンクの、っていうか白のレース」
隣のテーブルの男たちの内、ひとりが潰した声でそう囁く。俺の耳は、その言葉を拾い上げてしまった。他の連中も、音葉の背中へ粘つく視線を這わせている。彼女は気づいていない。壁に手をついて少し休んでから、ゆっくりと歩き出し、トイレの角へ消えた。男の一人が、隣のやつの肩を叩き、口元を手で隠して笑う。その目が、まだ彼女の消えた角を舐めるように見ている。
「まじか。白レースだぞ。スカートの下、全部見えたって」
若い男が声を潜めて囁くのが、妙に耳の奥へくる。彼らはもう一度、飲みかけのグラスを手に取りながら、視線だけで会話を交わしている。酒と汗の匂いが混ざる空気の向こうで、音葉の白い太腿の残像が、俺の網膜にべったりと張りついて離れない。胸の奥が、熱いのに冷たい血が巡るような、奇妙な早鐘を打ち始めた。
「悠輔、大丈夫? 顔、熱あるみたいだけど」
有紗が身を乗り出し、手のひらを俺の額へ当てようとする。その指先が、うっすら汗ばんでいて、甘い香水の匂いを更に濃くした。俺は半身をのけぞらせたが、彼女の肩が深く倒れてきて、腕の外側に柔らかい乳房がぴたりと触れる。ぐにゅりと形を変える肉の感触が、薄いタンクトップ越しに、雄の本能を直接揺さぶってくる。拒もうとする手が、まるで彼女の体温に浸かったように重い。
「ほんとに平気だから。それより、話の続き、聞いてたよ」
「嘘。私の話、聞いてないときの顔してる。それ、昔っから変わんないの」
有紗が頬を僅かに膨らませ、俺の太腿の上に軽く指を弾ませる。爪の先が布を掻く音が、座卓の下で微かに鳴った。俺は苦笑いを貼りつけ、テーブルへ視線を戻す。けれど、まぶたの裏では、いま見た音葉の下着と、その奥の透けた胸元が、溶け合うように揺れている。あれは本当に彼女だった。たった数秒の露出。男たちの笑いの種になるには、あまりにも白く、あまりにも扇情的だった。酒が彼女の脚を開かせ、スカートを軽くし、下着を透けさせる。俺には、その危うさが身体の芯でわかってしまう。指の記憶が、あの柔らかい内腿と蕾の感触をじくりと蘇らせた。
「有紗、飲みすぎたら言ってよ。家まで近いんだし、送るから」
話題を逸らすように言うと、有紗は目を丸くし、ふっと息を漏らして笑う。そして、俺の太腿へ置いた手を、今度は自分の腿の上へと滑らせた。白い肌の上を自分の指で撫でながら、彼女はこちらの横顔を覗き込む。
「そういう優しいとこ、たぶん女の子みんな気づいてるよ。でも悠輔、それ、私に言うことじゃなくない?」
言いながら、彼女はもう一度だけ、俺の膝の上に指を重ねてくる。ほんの一瞬の接触。なのに、彼女の指紋の凹凸まで皮膚に灼きつくような、後を引く熱さがあった。俺は胸の内で音葉の名を繰り返し、ビールを喉へ流した。冷えた液体が胃の奥で波打ち、体温を僅かに押し下げる。
やがて音葉が戻ってきた。頬の赤みは増し、目が少し潤んでいる。彼女は自分の席へ座ろうとして、一度だけつま先を縺れさせた。スカートの裾がひときわ大きく揺れ、座り込むときに白い内腿が座布団へ擦れる。俺は彼女から目が離せない。有紗が隣で、なんの気なしに言った。
「音葉ちゃん、もう足元おぼつかないね。あれだと二次会までもたないんじゃない」
その言葉のとおりだった。音葉は何度も瞬きをして、周囲の顔を見回している。笑ってはいるが、その笑みの輪郭が、酒のせいで少しずつ甘く崩れていっている。グラスを持つ指の先が赤みを帯び、耳たぶまで血色に染まり始めていた。ときおり、自分のスカートの裾を何気なく摘んで揺らす。その仕草が、扇情的でならなかった。
「ほら、彼女、自分からスカート触ってる。ああいうの、男が放っておかないやつだよ」
有紗の声が耳へ流れ込む。俺は返事をしなかった。テーブルの向こうでは、酔った一年生たちが顔を寄せ合い、薄笑いを浮かべて音葉の方を見ている。そのうちの一人が、床に箸を落としたふりをし、もう一人が「どこいったー」と笑いながら座卓の下へ這いずり込む。数人の男たちが一斉に視線を下げた。全員が、音葉の脚へ向いている。音葉はといえば、詰め寄る笑い声に気を取られ、片脚をだらりと投げ出したまま座り直した。白い太腿が、橙色の灯りの下で汗に濡れて光る。その奥の闇に、あの白い下着がちらついている。男たちの一人が顔を上げ、仲間に何か耳打ちした。口元が不自然に歪み、視線だけが粘液のように音葉の下腹へ注がれている。
「やば、あれ、一瞬でいいから見える。太腿の奥、白い」
小さな声が、俺の耳たぶを腐った果実のようにかすめた。俺の指先が、ぐっと膝の上で白くなる。酒のせいではない。頭の芯は、むしろ爪で刺されるように冴えていた。明らかに彼らは、彼女を酔わせた上で、スカートの中を見ようと手筈を整えている。音葉は、男たちの熱い視線に気づかない。笑い、コップを受け取り、首を傾げる。酔った彼女は、羞恥の膜が薄くなって、自分の膝が開いていることにすら無頓着になる。その危うさは、俺が一番よく知っている。彼女の中の熱い場所を知っていて、なお、ああやって他人の前で無防備に開いていくさまは、胸を削られるようだった。
「お、音葉嬢、帰ってきた帰ってきた。じゃあもういいだろ。この辺で王様ゲームやる奴こっち! 音葉嬢、やるよな?」
石田先輩の甲高い声が座敷を貫く。男たちがどっと歓声を上げ、音葉がぱっと手を上げる。その白い手のひらが、照明を受けて、俺の視界の中でちかちか明滅した。無邪気というには、その仕草はだらしがないほど柔らかい。笑った顔が、酒と灯りの中でこれ以上ないほど甘くほどけていく。
俺は、彼女のその手を、あの小さな旗のように見ていた。席に縫いつけられたまま、有紗の肌の熱を腕に感じながら。胸の底に、湿った予感が、水かさを増して横たわる。
第3章 指を導いた指のあと

王様ゲームは、石田先輩の長い指が割り箸を扇のように広げた瞬間から、呆気ないほど滑らかに始まった。番号を書きつけた紙切れが座敷の木目に沿って散らばり、男たちの荒い膝が畳の上で乱雑に組み替えられていく。悠輔は自分のテーブルに背を預けたまま、ジョッキを片手に、その輪の外側から眺めていた。隣では有紗が「私も混ざりたくなってきたじゃん」と笑い、むっちりとした二の腕を悠輔の肘へ押しつけるように寄せてくる。彼女の甘い香水が、汗ばんだ首筋の奥まで入り込んできて、吐く息のたびに人工的な花の蜜のような匂いが肺を満たした。悠輔の意識は何度も手前へ引き戻され、遠い座敷の灯りが、まるで水底のあかりのように滲んで揺れた。
「悠輔、あっち、始まったよ。石田さん、また変なこと言ってる」
有紗が艶のある赤い爪の先で、悠輔の肘をくすぐるように突いた。視線を移すと、向こうの座卓では音葉が座布団から腰をわずかに浮かせ、薔薇色になった頬で笑っている。白いカーディガンが片方の肩からするりと落ち、剥き出しになった鎖骨が裸電球の橙色を弾いていた。手にした透明のグラスの中で、氷がカラカラと乾いた音を立てるたびに、彼女の唇がだらしなく緩む。溶けかけている、と悠輔は思った。酒の熱が、彼女の輪郭を少しずつ曖昧にして、あの大人しくて透明な音葉の線を、内側からぼかしていく。あの感覚を、悠輔は知っている。自分の指で暴いた膣の柔らかさと、ぬかるんだ熱の記憶が、膝の裏あたりをじくじくと這い回った。
最初の命令は、隣の男と腕を組んで乾杯、という程度の、身体の先だけを触れ合わせるようなものだった。男たちが野太い声で笑い、音葉も喉を反らしてグラスを掲げる。彼女の隣に座った長身の男が、乾杯の拍子に背中へ手を回し、薄いカーディガン越しへ指を食い込ませた。音葉はそれを嫌がるどころか、くすぐったそうに首をすくめ、華奢な肩を揺らして笑っている。次の命令では、好きな人を一人選んで耳元で一言、などという高校生の罰ゲームじみたものが回った。音葉は一瞬、子犬のように首を傾げて迷う仕草を見せたあと、ふらりと立ち上がって石田先輩の耳へ手を当てた。何を囁いたのか、周囲が一斉にどっと冷やかした。悠輔の胸の中心を、冷たい針が一本、ゆっくりと通り抜けていく。彼女の唇が、他人の耳に触れる恰好を、まともに見ていられなかった。
「音葉ちゃん、結構ノリノリだね。あんなに大人しそうなのに、ああやって笑うんだ」
有紗が悠輔の肩へ顎を乗せるようにして、耳元で囁いた。彼女の湿った息が首筋をなぞり、黒いタンクトップに包まれた豊満な胸が、二の腕を柔らかく押し潰す。心臓の鼓動まで伝わってくるような重みが、悠輔を座面へ縫いつけた。動けないまま、目だけを音葉の脚へ向ける。彼女のフレアスカートの裾は、座り直すたびに太腿の上へ滑り落ち、白い肌が座敷の橙色を浴びて、濡れた陶器のように艶めいた。酔った音葉は、太腿を閉じることを忘れている。閉じかけては、また小さく開く。そのたびに、膝の奥の薄い影がひらめいた。悠輔は喉の渇きを覚えて、ビールを一口含んだ。苦い液体が胃へ落ちると、逆に口内の乾きが増した。
「石田さん、なんか盛り上がってるよ。あ、今度は音葉ちゃんが王様なんじゃない?」
有紗が背筋を伸ばし、豊かな胸を揺らしながら向こうの座卓へ顔を向ける。音葉は小さな紙切れを両手で握りしめ、花が綻ぶように笑っていた。周りの男たちが「音葉さん、何でも言ってください」と囃し立て、拝むように頭を下げる。音葉は一瞬だけこちらを見た。いや、そう見えただけかもしれない。彼女の薄茶の瞳はもう焦点が緩んでいて、誰を見つめているのか、この距離からは分からなかった。彼女は何か命令を言った。聞こえなかった。男たちが一斉に手を叩き、一人が立ち上がって変なダンスを踊り始める。笑いの渦が壁にぶつかって、湿った熱い空気をかき混ぜる。悠輔は、音葉の口元がだらしなく開いたまま笑うのを、喉の奥が締まるのを感じながら、ただじっと見つめていた。
それから何度か、くじが回った。あの空間だけ、時間の粘度が高くなっていく。吐息も、氷の解ける速度も、男たちの視線の圧も、すべてが飴のようにのっぺりと肌へ絡みついた。石田先輩の割り箸が、音葉を指した。周囲がどっと息を呑み、座敷の灯りが一瞬、大きく揺れた。石田先輩が、芝居がかった声で、ゆっくりと、こう言った。
「音葉嬢。パンティを脱いで、四つん這いで三十秒、お願いしようかな」
一瞬、座敷の空気が止まった。氷が溶ける音だけが、やけに大きく耳へ届く。悠輔の指先が、ジョッキの汗で濡れて滑った。有紗が悠輔の腕にしがみつくようにしながら、低い声で「え、まじで?」と呟いた。悠輔は動けなかった。足の裏が、畳に縫いつけられている。
その命令を聞いた瞬間の音葉を、悠輔は今でも夢に見る。彼女はまず、笑った。条件反射のような、ふにゃりとした笑みを唇に浮かべたあと、次の瞬間には、薄茶の大きな瞳を何度も瞬かせた。まるで眠りから叩き起こされた子どもみたいに、きょとんと周囲を見回す。男たちの顔、石田先輩の顔、有紗の顔、そして、遠くに座る悠輔の顔を、視線が一瞬だけ掠めた。音葉の華奢な肩が、小さく跳ねる。白いカーディガンの下で、胸元が浅い呼吸に震えていた。彼女は何か言おうとして、濡れた唇を開き、けれど声が出ないまま、また閉じる。細い指が、スカートの裾を無意識に掴み、膝の上へ引き寄せた。太腿を隠すように。周囲の男たちの視線が、彼女の指先に突き刺さっているのを、悠輔は苦い水を飲み下すように感じた。
「え……それ、ほんとに、やるの?」
音葉の声は、かぼそく、語尾が震えていた。けれどその問いかけを、石田先輩は笑顔のまま、手のひらで制した。周りの男が「大丈夫だって、見るだけだから」「音葉ちゃん、酔ってるから平気だよ」と、軽い調子で畳みかける。音葉は首を振るでもなく、俯き加減のまま、長い睫毛を伏せた。彼女の頬の赤みが、酒のせいか羞恥のせいか、もう境目がわからなくなっている。胸の奥で、心臓が忙しなく鳴っているのを、悠輔は自分の鼓動と重ねて聞いていた。
音葉は、ゆっくりと腰を浮かせた。座布団から立ち上がるまでの動作が、どこか水の中にいるように緩慢で、彼女の白い指先がスカートの裾をまさぐる。躾の良い彼女らしい仕草で、乱れたフレアの端を直し、太腿の白さが隠れるまで引き下ろした。そのあとで、彼女はまた周囲を見た。縋るような目つきではなかった。酔いの中で、何か大事なものを落としてきたかのような、焦点の合わない目。音葉は、その目をゆっくり閉じると、おもむろにカーディガンを両肩から落とすように脱ぎ捨て、キャミソールの白い肩を完全に晒した。女の肌から、汗と酒と女体の甘い匂いが混ざって立ちのぼる。その匂いが、座敷の空気をなまめかしく変えた。
彼女の指がフレアスカートのウエストを緩め、下へずらしていく。白い太腿が露わになり、その奥に、レース付きの白い下着が現れた。音葉は膝立ちになった。華奢な膝が畳に沈み、細い腰が震える。彼女は一瞬、下着のゴムへ掛けた指を止めて、唇を噛んだ。その横顔は、この場にいる誰よりも痛々しいほど美しく、そして、誰よりも淫らだった。彼女は、音を立てないように、ゆっくりと下着を引き下ろす。白い腿の柔らかな内側を、レースの縁がくすぐるように擦れて、細い腰が犬のように反った。下着が膝まで落ちると、音葉はそれを片足で抜き、くしゃりと座敷へ放った。
「えっ、嘘でしょ、あの子……」
有紗の声が震えている。悠輔は息を止めたまま、音葉の体を焼き付けるように見つめた。彼女が肘と膝を座敷につく。フレアスカートが逆さまに持ち上がって、白い尻の上へ乱れかぶさる。音葉は、そこからさらに腰を落とし、両手を背中側へ回した。細い指が、自分の尻たぶを左右へ割り開く。露わになった割れ目の奥は、蒸れた熱でほのかに赤く、薄い産毛が汗で貼り付いている。閉じた陰唇のあいだから、透明な粘液が糸を引いて、座敷の畳へ垂れようとしていた。肛門の窄まりも、恥毛の薄い生え際も、隠さない。悠輔の知っている音葉の一番奥を、彼女は今、誰の目にも晒している。その光景が、眼球の裏でちかちかと明滅する。これは夢だ、と思う自分と、夢であってほしいと願う自分が、同じ喉の奥でせめぎ合っていた。
「音葉嬢、お上手だよ。そこまで自分で開かなくても……いやあ、見事だ。お触りはダメだよ、みんな見るだけだ。見るだけ、いいね」
石田先輩が両手を叩いて笑い、男たちが一斉に顔を近づけた。スマホを取り出す者もいる。悠輔はジョッキを置くこともできず、指先が白くなるほど握りしめていた。目の前の光景が、現実なのか夢なのか、眼球の裏でチカチカと瞬く。音葉の喘ぐような吐息が、遠いはずの座敷から、悠輔の耳だけに届く。彼女の背中が、浅い呼吸に合わせて上下する。片方の手が、もぞりと動いた。
「お触りも、気持ちよくしてくれるなら、いいよ」
音葉の声が、溶けかけの砂糖みたいに甘く、だらしなく伸びた。彼女は首だけを横へ向けた。その動きに合わせて、黒く艶やかな髪が汗ばんだ白いうなじを貼り付くように流れる。音葉が目を向けた先、真横で息を詰めて見つめていたのは、ガッチリとした体躯の男――秋山先輩だった。音葉の薄茶の瞳が、怖がるように、それでいて熱に浮かされたように潤んでいる。彼女の口元が、ごく小さく動いて、行った。「指、貸して」――そう聞こえた気がした。周囲の男たちの視線が、いっせいに秋山先輩の分厚い手のひらへ集中する。
秋山先輩は、浅黒い顔に一瞬の戸惑いを浮かべ、節くれだった指を畳の上でわずかに後退らせた。けれど音葉は、自分の背中側に回した細い手をほどくと、震える指先で秋山先輩の手首を掴んだ。彼女の手は、明らかに小さく、白く、汗でしっとりと濡れていた。その指が、大きな手首をぎこちなく包み、自分の腰のほうへ、ゆっくりと引き寄せていく。悠輔はその瞬間、心臓の音が止まるのを感じた。音葉の嫋やかな指が、他人の手を、あの場所へ導いている。悠輔の知っている彼女の膣は、いま、この座敷の真ん中で、他人の指を待っている。その事実が、頭ではなく、耳の奥でじんじんと熱を燃やした。
音葉は、秋山先輩の手を自分の尻の上へ置かせた。大きくて厚い掌が、白い双丘のくぼみを覆うようにして、躊躇いながら密着する。音葉はその手首へ、もう一度、自分の指で、ゆっくりと力を加えた。節くれだった中指と薬指が、彼女の柔らかい股間のあいだへ沈んでいく。レースの下着はとうに脱がれていて、露わな粘膜が、男の指を待ち望むようにひくついていた。
「ほんとに、いいのかよ……」
秋山先輩の低い声が、野太く、けれど緊張のせいで乾いていた。音葉は、返事の代わりに、自分の腰を小さく数回、前後へ揺すった。その動作が、男の指先へ彼女自身の濡れた割れ目を滑らせた。ぬる、ちゅり、と粘着質な音がして、節くれだった二本の指が、押し込まれるようにして音葉の熱い内部へ沈んでいく。音葉の咽から、ひゅ、と潰れた息が漏れ、白い背中が弓なりに反った。彼女の足の爪先が、畳の目をぎゅっと蹴る。周囲の男たちの喉が鳴った。石田先輩でさえ、貼りつけた笑みの下で、目を細めている。
「あっ……」
音葉の唇から、小さな悲鳴が抜けた。秋山先輩の手は、まだ迷っていた。指は半分ほど埋まったまま、動くべきかを確かめるように、彼女の内壁の感触をなぞっている。音葉は、その曖昧な力に耐えられない、というふうに、自分の腰を回した。ぬちゅ、と水音が強くなる。彼女の膣が、男の指へしゃぶりつくように収縮した。秋山先輩は一瞬ひるみ、低い声で「ほんとにやんのかよ」と呟いた。音葉が、それ以上のか細い返事をするより先に、彼女自身の手が秋山の手首を押し込み、腰を前後へ揺すった。彼の太い指が、根元まで飲み込まれる。ぐちゅっ、という粘着質な水音が、座敷のざわめきを裂いて響いた。その音を、悠輔は確かに聞いた。自分の指で何度も聞いた音のはずなのに、他人の指に掻き回される音の重さは、まるで耳の内側を蹂躙されるような気分だった。
悠輔の視線の先で、音葉の表情が、羞恥と快感の狭間でなんども溶けていく。彼女はもともと、快楽に弱い。悠輔が触れるたび、手足を震わせ、涙をためて、それでも指をきつく締め付けてきた。だから知っている。いま音葉が浮かべているアレは、たしかな快感の顔だ。けれどその瞳は、周囲の視線を意識して潤んでいる。見られている、男たちの下卑た目に、開いた場所を舐め回されている。そのことへの恥辱と、恥辱を塗り替えるほどの感覚が、彼女の中でぐずぐずに混ざり合って、幼い喘ぎに変わる。音葉は、悠輔が見ていることを、もう認識していない。していないこと自体が、悠輔の胸を引き裂いた。知られたくない、けれど目を離せない。その矛盾が、惨めなほど熱く下肢へ溜まっていく。
「秋山さん、本気になってきたじゃん。指、太いから、音葉ちゃん、声我慢できてないよ」
誰かが笑いながら囁く。音葉はフレアスカートを腰の上まで乱し、四つん這いのまま足を震わせた。秋山先輩は、空いた手で音葉の腰を掴み、もう一方の腕を執拗に前後させる。そのたびに、彼女の小さな膣から、ぬちゅ、くちゅ、と粘り気のある水音が絶え間なく溢れてくる。愛液が秋山の指の股を伝い、座敷の畳へ点々と染みを増やした。白いキャミソールがずり上がり、華奢な背中が汗で光っている。背骨の溝にまで汗がたまり、オレンジの灯りを受けて、彼女の肌は濡れた花弁のように輝いた。
「あぁ……あっ、ん、んぅ……秋山せんぱいの指、ふっとくって、きもち、いい……」
音葉が幼い声で喘ぎ、腰を前後に振る。彼女の太腿の内側が、蜜でてらてらと光っていた。白い脚が痙攣を始め、爪先が畳を蹴る。秋山先輩は無言のまま、指をゆっくり出し入れし、時折、内壁を擦り上げるように曲げた。音葉の叫びが、そのたびに裏返る。周囲の男たちはもう、隠すつもりもなくスマホを向けて、フラッシュの光が彼女の尻を何度も白く照らした。その明滅が、穴という穴を暴く。陰唇のひだも、薄い産毛も、充血してほのかに膨らんだ窄まりも、白い光の中でくっきりと浮かび上がった。
「いい声出てるねぇ。音葉嬢、本人も気持ちよさそうだし、秋山、その調子で最後までやってあげなよ」
石田先輩が薄く笑いを混ぜて囃す。秋山先輩は唾を飲み込み、指の動きを強めた。節くれだった親指が、彼女の襞の上を押し上げ、根元まで埋め込んだ中指と薬指が、奥のざらついた場所を往復する。音葉の内側から、ぬるぬると粘ついた水が指を伝って溢れ、手首まで濡らした。ぴちゃぴちゃ、という水音が、酒瓶のケースの陰にまで反響して、この部屋の空気そのものを淫猥に湿らせていく。
「あぁぁ、だめ、それ、奥、きもち……音葉、いっちゃうぅぅ……!」
音葉が喉を反らし、背中を大きくしならせた。彼女の膣が、秋山の指をきゅうきゅうと締め付け、白い尻がぶるぶると震える。周りのスマホが一斉に彼女の痴態を正面から捉え、無数の切れ目のようなライトが座敷を駆け抜ける。音葉は悲鳴とも嬌声ともつかない声を張り上げ、何度目かの痙攣の果てに、がくりと両肘を落とした。太腿の内側を、透明な雫が何筋も伝い、座敷の畳へ黒い染みを広げる。
悠輔は動けない。手にしたジョッキの中の氷が、汗をかいて溶けている。それを口へ運ぶことも、置くこともできない。音葉の足の震えが、ゆっくりと治まっていく。彼女は座敷に手をついたまま、浅い呼吸をして、うつ伏せに崩れ落ちた。乱れたフレアスカートの裾が、腰の上で丸まっている。白い尻が、まだ微かにひくひくと揺れていた。秋山先輩が、濡れた指を彼女の脚のあいだから抜くと、その指先から透明な糸が伸び、ぷつりと切れて畳へ落ちた。彼は、その指先で、畳に滲んだ音葉の液を無造作に拭った。周囲の男たちが、何事もなかったかのように笑い始める。
悠輔の横で、有紗が細い指を悠輔の手首へ絡めてきた。彼女の香水の匂いだけが、やたらと鮮やかに、この地獄みたいな熱の中で輪郭を持っている。甘い、重い、女のにおい。それだけが、いまの悠輔にとって現実の感触だった。
「悠輔、手、すごく冷たいよ。ねえ、聞いてる?」
悠輔は答えない。ただ音葉の背中を見つめている。酒と酔いの熱が、彼女を連れて行ってしまった。自分の指と膣の記憶では追いつかない場所まで。その事実を受け止めるより先に、目の前の座敷が、静かに波打って見えた。
第4章 消えない夜を縫い直す

# 第4章 消えない夜を縫い直す
店を出る頃には、夜風がやけに冷たくて、首の後ろで乾ききらない汗の跡を、まるで誰かの細い指が湿りをたどるみたいにすうっとなぞっていった。冷たさが背骨の溝に沿って下りていき、シャツの襟元から入り込んだ空気が鎖骨の窪みに溜まる。音葉は誰かのコートを掛けられ、タクシーに押し込まれるようにして消えた。白いカーディガンが夜の闇に滲んで、遠ざかる車の赤い尾灯が、やけに長く網膜に残った。まるで瞼の裏に傷をつけられたみたいに、赤い二本の光がちかちかと明滅している。俺は最後まで声を掛けられなかった。石田先輩が音葉の肩を抱き、秋山先輩が彼女の靴を揃えて差し出しているのを、舗道の端に立ち尽くしたまま眺めているしかなかった。自分の足だけが、アスファルトに糊で貼りつけられたように重い。有紗が何か言っていた気がする。左耳のすぐ近くで、甘い香水と居酒屋の油と酒の匂いが混ざった空気が渦を巻き、彼女の声はその渦に呑まれて輪郭を失っていた。誰かが「三田も帰る?」と肩を叩いた。俺は頷いたのか、首を振ったのか、自分でもわからない。気づいたときには、ひとりで夜道を歩いていた。街灯の白い光が一定の間隔で現れては消え、俺の影を何度もすっぱりと断ち切っていく。切られるたびに、足元から血が出ているような錯覚を覚えた。いや、血ではないのかもしれない。あの座敷で彼女の太腿を伝っていた、生温かくて透明な、あの液体が、俺の影の断面から滲み出しているように思えた。
下宿に戻ると、部屋の空気が冷え切っていて、昼間の生活感だけが床の上に沈澱していた。靴を脱ぐのも億劫で、俺は鞄を畳の上に落とし、壁に背を預けたまま座り込む。窓の外は薄曇りで、月の輪郭が白く滲んで、古い傷跡みたいに見えた。腕時計の文字盤が時折きらりと光を拾っては、夜の深さだけを刻んでいる。布団の上には、音葉のものとは別の匂いが残っている気がした。酒と煙草と、知らない女の化粧の匂い。いや、それは俺の服に染みついた有紗の香水か、あるいは店の空気そのものか。鼻の奥にまだ甘ったるい膜が張っていて、何度息を吐いても剥がれない。まるで薄いビニールを一枚、喉の奥まで流し込まれたようで、呼吸のたびに胸が浅く軋んだ。俺は膝に肘をつき、両手で顔を覆った。目の裏に、音葉の白い尻が浮かぶ。彼女が自らの細い指で割り開いた、湿った粘膜の色。秋山先輩の太い指が、その襞を押し広げる瞬間。閉じた瞼の内側で、何度も、何度も、映像が巻き戻っては再生される。巻き戻るたび、指の第二関節が彼女の入り口に沈み込む角度が、少しずつ違って見えた。あの角度の違いが、彼女の内側の柔らかさを証明しているようで、胸の奥が鉛のように冷たくなる。
俺は唇を噛んだ。舌先に鉄の味が滲む。力の入れどころがないまま、拳だけを固めて畳を一発、殴った。ごつ、と鈍い音が部屋に沈んで、それきりだった。殴ったって、掴んだって、あの夜は何ひとつ変わらない。責めるべきは自分だ。あの輪の中にいて、酒を回され、服を脱がされそうになった音葉を見ながら、俺は何をしていた。足が竦んで、声が喉に貼りついて、ただ秋山の指が彼女の一番やわらかい場所を暴いていくのを、その場の全員と一緒に眺めていただけじゃないか。あの時、俺の目の前には透明な壁があった。いや、壁なんてものじゃない。秋山の背中越しに見えた音葉の太腿の、内側に走る薄い筋、汗で肌に張りついた髪の先、開かれた唇の内側。そのすべてが鮮明すぎて、俺の身体だけが夢の中に置き去りにされたみたいに動けなかった。音葉が指をしゃぶり、男たちの笑い声が輪になって膨らんでいく中で、俺は自分の拳を膝の上で握りしめることしかできなかった。スマホの画面越しに、いや、生で、あの太い指が内側を掻くたびに溢れる音まで聞いていながら、庇うことも止めることもできなかった。悔恨は腹の底で腐葉土のように重たく積もり、そこから逃げ場のない熱が立ち昇ってくる。秋山への殺意にも似た感情が、黒い蔦のように心臓へ巻きついた。指が、あの指だけが憎い。音葉を、あの夜だけの女に変えてしまった、節くれだった他人の手。
音葉が笑っていた。王様ゲームの命令に、嫌がる素振りもなく、首を傾げて。カーディガンを落とし、スカートを緩めて、下着を脱いだ。あのぬかるんだ目を、俺は知らない。あんなに幼い顔で、あんなに開け放った呼吸をした音葉を、知らない。彼女が俺に見せてくれたのは、もっと慎重で、恥ずかしがりながら、それでも懸命に足を開く姿だった。ベランダの夜に、夜風に乳首を尖らせながら、「悠輔、音葉、外でしてみたい」と囁いた声。その声は、たしかに彼女の中で一番危うい部分から出ていた。なのに今、頭の中に浮かぶのは、あの飲み会の座敷で男たちに囲まれた彼女の、だらしなく開いた唇と、太腿を伝って落ちた滝のような愛液だけだ。あの液体が畳に染みを作るまでの時間を、俺は数えていた。滲みが広がる速度は、彼女が堕ちていく速度と同じだった。
俺は掌を開いて、自分の指を見た。人差し指と中指。音葉の中を何度も掻き回してきた、骨ばった普通の指。彼女が好きだと言ってくれた、俺の指。だが今、この指先がどんなに空気を探っても、あの日の湿りを再現できない。指を曲げて、爪の先で畳を引っ掻いた。秋山先輩のごつごつとした節の硬さ、手の厚み、彼女の小さな膣をいとも簡単に押し広げたあの異物感。俺の指では届かなかった奥の襞まで、彼は知っている。その事実だけが、腹の底で焼けた石のように燻っていて、殴りたい相手も、壊したい物も、何も見えないまま熱を持て余す。
指先で畳の目をなぞる。畳の縁が指の腹に当たるかすかな段差だけが、この部屋に昨夜の雨のように降り積もった沈黙を測る物差しだった。時計の針が壁を登る音が、妙に大きく響いては、心臓の音と混ざって夜を潰していく。部屋の隅で、空気清浄機の小さなランプが青く明滅していて、その光が消えるたび、俺の呼吸も一緒に消える気がした。湿った空気が窓から滲み入り、畳の冷たさが尻から腿へしんしんと這い上がる。節々が錆びたように凝っていて、首を回すと骨がぽきぽきと鳴った。人差し指と中指。俺は二本の指をそろえて、自分の唇に当ててみた。ひび割れた唇の表面を、指先の横腹が滑る。音葉の粘膜は、もっと柔らかくて、もっと熱くて、指を招き入れるように襞の奥から濡れていた。俺が触れると、いつも。
何度か息を深く吐いて、自分の膝を見る。ここに彼女が座っていたのはいつだったか。昼下がりの日差しの中で、彼女が細い脚を正座に折り曲げて、俺の隣で紅茶を飲んでいた。膝頭の少し上の、白い腿の内側に、夏の日差しがレースのカーテンの模様を映していた。彼女の下着は、いつも清潔な白だった。脱がせたときの、布が肌から剥がれる瞬間の、湿り始めた布の音。あの音を、他人の前で鳴らせてしまったのだ、俺の恋人。
屈み込むような姿勢のまま、俺はスマホの暗い画面をそっと撫でた。指先に電源ボタンのくぼみが触れて、画面が夜の部屋ごと、俺の顔を映し出す。青白い光の向こうに、血の気の引いた男がいた。口元が歪んでいる。秋山の指が音葉を持ち上げるたびに、俺の知らない声を吐き出させていた、あの瞬間を映した誰かのスマホの画面が、まぶたの裏でぱちぱちと明滅している。誰が撮っていたのか、顔は覚えていない。あの輪の中で、男たちはみんな笑っていた。それなのに、俺だけは笑えないまま、自分の手を膝の上で組んでいた。画面に残るであろう彼女の痴態と、俺が脳裏に焼きつけた実像とは、質が違う。写真越しのいやらしさは輪郭が曖昧になっても、俺の網膜に残ったあの夜だけは、音も匂いも温度も失わない。どちらも、今夜の時点では決して消えてくれないものだった。
「あの女を、よくも」
声に出してみると、かすれて消えた。怒りじゃなかった。喉の奥で言葉が潰れて、息だけが唇を抜けていく。俺は、音葉を責めたいわけじゃない。それ以上に恐ろしいのは、俺の知らない表情を、秋山先輩が間近で見たこと。他の奴らが、スマホの画面越しにあの痴態を記録したこと。だけど、性器の内側、彼女の奥の襞、あの粘液が溢れる瞬間のひくつき方を、一番近くで見ていたのは秋山先輩だ。俺がまだ知らない音葉の痙攣を、あの男は指先で覚えた。俺の音葉の、あの一番恥ずかしい場所を。
部屋の隅に立てかけた姿見が、窓から差す月の薄明かりを鈍く跳ね返している。鏡の中の自分が、ぼんやりとこちらを見ていた。膝を抱えて座る男の肩が、呼吸のたびに小さく上下している。服は昨日のままで、襟元だけが汗と香水で固くなっている。このまま腐ってしまうのではないかと、本気で考えた。
スマホが震えた。しばらく放置して、何度目かの着信音に我へ返る。画面には音葉の名前があった。文字と文字のあいだを開けて、メッセージがひとつだけ置かれている。
「ごめん、今日は休む」
たった、それだけだった。絵文字も、いつもの小さなスタンプもない。未読のまま時計の数字だけが進む。窓の外の曇り空が、黒から深い灰色へ変わり始めていた。部屋の隅に、音葉のヘアゴムが一本落ちている。黒い、細い布のヘアゴム。彼女が昼間にここで髪をまとめ直した時のものだ。拾い上げた指先に、彼女の髪の匂いが残っている気がした。俺はそれを握りしめたまま、やり場のない熱を掌に閉じ込めた。ヘアゴムの布の繊維が、じんわりと手のひらの熱を吸っていく。吸われれば吸われるほど、俺の何か大切なものまで一緒に奪われていく気がした。
夕方になって、ようやく雨がぽつりと窓を叩き始めた。厚い雲の切れ間から、昼とも夜ともつかない薄暗い光が差している。風呂にも入らず、飯も食わず、床に座り込んだまま、俺の頭の中は同じ映像を繰り返していた。スマホのフォルダには、昨日までは音葉と撮った写真が何枚かある。彼女が小さく笑う横顔、二人で入ったカフェの窓枠、夕暮れの川沿いで影だけになった足元。どれも昨日までの音葉で、指先で拡大しても、あの男たちが撮った映像の代わりにはならない。いや、俺が目にした光景こそ、もう脳裏に焼き付いて離れない。秋山の指が引き抜かれるとき、彼女の中から伸びた透明な糸が切れて、畳に落ちた。その糸の重さまで、目を閉じるたびに再現される。それは重力に従ってわずかに垂れ、畳の上で小さく円を描くように落ちた。そこに生まれた染みは、彼女の内側の温度をそのまま孕んでいた。
「頼むから、消えてくれ」
俺は声に出して願った。消えない映像。消えない指の動き。消えない音葉の声。
「あぁっ、そこ……、ひぁ……っ」
実際の声が、耳の裏に蘇る。あんな類いの喘ぎを、俺は聞いたことがない。彼女の反応のひとつひとつが、俺との行為とは別の輝き方をしていた。あそこまで体を弓なりに反らして、首を振り、涙をこぼし、他人の指を咥え込んで悦ぶ音葉。俺の知らない女のようだった。それでもなお、彼女は音葉で、俺の恋人で、あの白いカーディガンを羽織って待ち合わせに駆けてくる女の子だ。その当たり前が、今はうまく結びつかない。彼女は、俺の彼女は、男たちの輪の中心で、まるで最初からそうされるために生まれてきたみたいに、肌を開いていた。あれは酒のせいで、あれはゲームの流れで、あれは——。頭の中に言い訳が渦を巻いては、そのひとつひとつが秋山の指の動きに貫かれて砕けていく。歯を食いしばり、拳で畳を押した。ごつ、という音がまた部屋の隅で沈黙に吸われ、雨音だけがしばらく襖を叩いていた。
暗くなる前、音葉から電話が来た。がこがこと、小さく擦れる音が先に聞こえて、それから、ひどくかすれた声が続いた。
「……悠輔?」
俺は短く「ああ」とだけ応えた。受話器の向こうで、音葉の呼吸が浅く揺れる。何か言いたげに口を開いては、唾液を飲む気配がする。俺たちはしばらく、お互いの沈黙を繋いでいた。電波越しのノイズが、彼女の部屋の静けさまで運んでくるようだ。
彼女の声には、おびえにも似た細かな波が立っていた。吐息がかすれて、語尾だけがふっと消える。言葉にするたび喉の奥で息を詰めているのが、受話器越しの匂いのように伝わってきて、俺は感情の所在も掴めないまま、指の腹で畳を何度も小さく擦った。畳のざらつきが、指先から俺を現実に繋ぎ止める。擦るたびに、昨日の座敷の畳の感触が重なって、吐き気にも似た熱が喉元まで込み上げた。
「あの、昨日は」
音葉が言いかけて、途中で言葉を切った。鼻を啜る音が漏れる。彼女が泣いているわけではなさそうだった。もっと、喉の奥を潰したような、力のない湿った音。俺は畳の木目を親指の先でなぞりながら、声の方を待っていた。長い間、誰も何も言わない。窓の外で、微かに車のタイヤが濡れた路面を切る音だけが続いた。このまま朝まで黙っていられたらいいのに、とぼんやり思う。いや、朝まで黙っていても、きっと朝日が来るたびに昨日が色濃くなるだけだ。
「ごめん」
音葉がやっと絞り出した言葉は、それだけだった。ごめん、という二文字が、彼女の細い喉を震わせて、静電気のように鼓膜へ刺さる。その一声には、彼女が今朝から味わってきた取り返しのつかなさの総量が、水を含んだ布のように重たく沈んでいた。昨日の夜、彼女が男たちの輪の中で笑いながらパンティを脱いだときの顔と、今の彼女が電話の向こうで縮こまっている姿が、どうしても重ならない。俺は何か言わなければと思うのに、舌がうまく回らない。彼女のくぐもった呼吸を聞いているうちに、胸の奥ではなく、もっと低い場所が、じくじくと痛み始めた。臍のすぐ下で、燻り続けた怒りと悔恨が、重たい渦になって澱んでいる。だが、それとは別に、音葉の声を聞いた瞬間、指先の奥が微かに熱を持ったのを、俺は否定できなかった。彼女の呼吸が耳に触れるたび、昨日のあの声と今の声が、耳の奥で混ざっていく。
「音葉」
名前を呼ぶと、受話器の向こうの空気がぴくりと震えた。
「今から会える?」
そのあと、また沈黙が落ちる。時計の秒針が、壁の薄いカーテンを透かして、部屋の隅だけを刻む。音葉の返事を待つあいだ、俺は自分の指を、膝の上でぐっと握りしめた。昨日までとは違う、固く乾いた掌。そこにあの夜の湿りを想像でなぞっても、指先は空回りするばかりだ。しかし、受話器の向こうの音葉の呼吸がいま、確かに俺の名前を呼ぼうとしている。その吐息の温度だけが、乾いた指と指のあいだに、かろうじて湿りを宿らせていた。
第5章 記憶のない朝、それでも

第5章 記憶のない朝、それでも
沈黙のあと、音葉の声が、壊れたラジオのように途切れ途切れ、受話器の奥で震えた。
「うん。来て。……お願い」
それだけを聞いて、俺は電話を切った。外はもう雨が上がっていて、湿った空気が街の輪郭を溶かしている。自転車のサドルを握る手が、やけに冷たかった。夜の舗道を走りながら、俺は何度もあの短い声を反芻した。うん、来て、お願い。彼女の声は酒で潰れた夜の余韻を引きずったまま、芯だけが剥き出しで、まるで小さな子どもが迷子の先にようやく見つけた出口を確かめるようだった。風が耳の裏を滑り、湿った匂いが鼻の奥を刺す。雨上がりの街には、生温い土と排水溝の油が混ざった匂いが立ちこめていて、それが俺の胸の奥の煮え切らない熱まで掻き立てるようだった。
アパートの前に着くと、部屋の灯りが青白く漏れていた。外灯の下には水たまりが光っていて、自分の足音だけがやけに響く。階段を上がる。二階の一番奥、音葉の部屋。インターホンを押す前に、扉の向こうから微かな物音が聞こえた。引き出しを閉める音、それから、小さく鼻をすする音。俺は拳で軽くノックした。
「音葉。来たよ」
声をかけると、少し間があって、鍵の外れる金属音がした。扉がゆっくり開く。まず目に入ったのは、白く細い手。ドアノブを掴んだ指が、骨ばって見えるほど力んでいる。それから、青白い顔が、暗い廊下に浮かんだ。薄茶の瞳は潤んでいるのに、まるで焦点が結べないみたいに揺れていた。黒いセミロングの髪は根元だけ湿って、頬へ張り付いている。白いキャミソールに、薄手のカーディガンを羽織っていて、その前を両手でぎゅっと握りしめていた。指のあいだで編み目が歪んでいる。唇は色を失って、さっきまで噛んでいたのか、下唇の端がうっすら赤く腫れていた。
「……どうぞ」
蚊の鳴くような声だった。俺は靴を脱いで、彼女のあとに続いた。ワンルームの部屋は、昨日の出来事を隠すようにしんと静まりかえっている。窓は閉め切られていて、空気が少し澱んでいた。ベッドの上には、昨夜のままらしい薄い羽織と、丸まったティッシュが落ちている。床の隅には折り畳まれたフレアスカートが置かれていて、その白い布だけが妙に鮮やかで、あの座敷で乱れた姿を否応なく思い出させた。音葉はベッドの端に腰を下ろし、カーディガンの前を握ったまま、膝を小さく揃えている。部屋着の柔らかい短パンから伸びた太腿は、灯りの中で青白く、血管の薄い線が透けて見えた。
俺は彼女と距離を取りながら、床の上に黙って座った。畳でもフローリングでもなく、薄いカーペットが敷かれている。埃っぽい繊維の匂いと、彼女の部屋特有の甘い残り香が混ざっていた。どこかで時計の秒針が鳴っている。
「あのね、悠輔」
音葉が先に口を開いた。声は掠れていて、吐息の白さがそのまま形になったみたいに、か細く空気を揺らす。
「音葉ね、昨日、どうやって帰ったのか、わかんないの。お店の天井と、誰かの腕みたいな感触だけ、ぼんやり残ってて。朝起きたら、パジャマじゃない服で、畳の匂いがした」
俺は頷いて、両手を膝の上に置いた。指先が汗ばんでいる。音葉は俺の目を見ようとしない。長い睫毛が、白い頬に影を落としている。しばらく沈黙が続いて、壁の上の換気扇が低い声で唸っていた。雨がまた、ぽつぽつと窓を叩き始める。音葉は一度、深く息を吸った。キャミソールの胸元が、そのたびに浅く上下する。
「音葉、何したの」
彼女は問いかけとも独白ともつかない声で呟いて、両手で顔を覆った。指のあいだから小刻みな息が漏れる。俺は彼女の横顔を見つめながら、昨夜の場面をどこからどう切り出せばいいのか、喉の奥で言葉を転がした。酒のこと、開いた太腿。王様ゲーム。下着を脱いだこと。四つん這いになった背中。そして、秋山先輩の指。順を追えば追うほど、自分の声が彼女を壊す音に変わる気がした。それでも、あの夜をなかったことにはできない。あの映像を誰が持っているかも、もうわからない。
「音葉、昨日、お酒飲んだの、覚えてる?」
俺はなるべく淡々と、けれど柔らかい声で尋ねた。音葉は覆った指をわずかに開いて、薄茶の瞳を覗かせた。ゆっくり、首を横へ振る。
「ううん。最初、ウーロン茶だけのつもりだったの。でも、石田先輩が……あとから、酎ハイでしょう、多分。何杯か。それから、氷の味しか思い出せない」
そう言って、彼女はまた顔を覆った。指先が白くなるほど、カーディガンを握っていた。
「続けて、話すね」
俺は膝の上で拳を握り、言葉を選びながら、昨日あったことをひとつずつ伝えていった。遠くの席で音葉が酎ハイを飲み始めたこと。笑い声が高くなって、スカートが乱れても直さなくなっていたこと。男たちが床に落ちた箸を探す振りで、音葉の脚の奥を覗き込んでいたこと。
「……そんな」
音葉が短く息を呑んだ。俯いたまま、両手が膝の上へ落ちる。カーディガンの前が開いて、白いキャミソールの首元が露わになった。鎖骨の窪みが、蛍光灯の白い光の中で青く陰る。
「それから、王様ゲームが始まって。音葉も参加してた。最初は軽いやつだった。で、途中で石田先輩が、下着を脱いで四つん這いで三十秒、って言ったんだよ」
言い終えると、音葉は顔を上げた。目を見開いていて、瞬きを忘れている。唇が震え、声にならない吐息だけが、喉から擦れて出た。
「音葉が、そんな……脱いだ、の?」
「脱いだよ。嫌がってるようには、見えなかった。酔ってたから、ノリで。笑って、スカート緩めて、下着を足から抜いてた」
「嘘」
彼女の口が、音だけを形作る。嘘、と。それから視界がみるみる曇っていくのを、俺は隣で見ていた。座ったまま、距離を詰めもせず、離れもせず、ただ彼女の呼吸が浅くなっていくのを数えていた。
「それから、音葉は自分で四つん這いになって、手を後ろに回して、お尻、両方から開いたんだよ。みんな見てた。スマホを向けてる奴もいた」
言いながら、俺の声は自分でも思った以上に静かだった。事実を確かめるみたいに、ゆっくり、ひとつずつ沈めていく。音葉の指が、カーディガンの袖口をきつく握った。整えられた爪が、編み目に食い込む。
「そのあと、秋山先輩の手を自分から掴んで、あそこに持っていった。指、入れられてた。音葉は気持ちいいって言いながら、腰を動かして、それで、みんなの前で達した」
最後まで言うと、部屋の中から雑音が消えた。雨音さえ、耳の奥で白く潰れた。音葉は少しのあいだ、彫像のように硬直していた。それから、両の目から涙が溢れて、頬を伝い、顎の先からカーディガンへ落ちた。黒い染みが、彼女の胸の前でじわりと広がる。
「やだ、やだ……音葉、そんな……悠輔の前で……そんな、こと……」
声が震えて、言葉が引き攣れ、膝の上で指同士がもつれる。音葉は体を二つに折るように前へ倒し、自分の太腿へ額を押し付けて泣いた。華奢な背中が、呼吸のたびに波打つ。亀の子みたいに丸まった彼女の体は、小さくて、触れれば壊れそうで、あの座敷で誰の目にも晒されていた女の体と、どうしても繋がらない。
「どうして、どうして。音葉、悠輔のことが好きなのに。好きなのに、何であんな……記憶もないのに、みんなの前で、指なんて……」
音葉はしゃくり上げながら繰り返した。好きなのに、と。自分のことを責める声が、じくじくと俺の胸を刺す。俺に彼女を責める権利があるのか、と問われれば、なかったかもしれない。あの輪の中へ踏み込めなかった。有紗の指に袖を引かれて許しを得たみたいにして、遠くから見ていることしかできなかった。その事実が、今、彼女の涙より重く腰へ沈む。
「音葉は、サークル、辞める」
涙に濡れた声が、掠れて、ようやく言葉になった。音葉は顔を上げずに、太腿の上へ落ちた髪のあいだから、そう宣言した。細い肩が、まだ小刻みに揺れている。
「辞める。みんなの顔、もう見られない。あの部屋で、音葉が何したか覚えてなくても、みんな知ってる。スマホの中に、音葉が残ってる。そんなの、無理。大学も、廊下も、あの人たちがいる場所も、全部、無理」
俺は彼女の隣へ、静かに体を寄せた。カーペットの上を膝でにじり、肩が触れるほど近くまで。でも、あと数ミリのところで手が止まった。音葉のカーディガン越しの体温が、空気を伝って掌に触れてくる。ひんやりしていて、湿っていて、まるで雨の中で泣いていたみたいだった。一ヶ月前、ベランダの夜に触れた彼女の肩は、汗と夜風でしっとり濡れながら、内側から火照って俺の手に吸い付いてきた。あの熱さと、今の冷たさが、俺の手のひらの表と裏でせめぎ合う。
「音葉」
名前を呼んで、俺は彼女の肩を抱いた。薄いカーディガン越しに、骨の形がわかるほど華奢で、呼吸のたびに肩甲骨が動いている。音葉は肩を一度、拒むように揺らした。でも次の瞬間、俺の胸へ崩れ込んできて、小さな拳でシャツの前を掴んだ。
「悠輔、ごめん。ごめんね。音葉、またやった。また、お酒で。悠輔に嫌われるって、一番怖かったのに。なのに、取り返しがつかないことして……」
彼女の声はくぐもって、胸元で小さく割れた。涙が俺のシャツへ染み込んで、生温かい。髪からは、汗や酒の匂いではなく、昨日のシャンプーの残り香と、泣いたあとの奥深い匂いが混ざっていた。俺は彼女の背中を、何度もゆっくり撫でた。指先に伝わるカーディガンの編み目。その下の肩甲骨の細い動き。性的なものではなかった。ただ、体温を分け合うことでしか、この場の痛みを埋められない気がした。
「音葉、俺はどこも行かないよ」
何か答えなければと思って、喉から絞り出した。すると音葉は、俺の腕の中でますます泣いた。遠くの通りを、救急車のサイレンが通り過ぎていく。赤い光がカーテンの隙から一瞬差して、涙に濡れた音葉の横顔を照らし、また消えた。彼女は一度、深くしゃくり上げ、それから俺の胸からそっと体を起こした。鼻が赤い。目元も、頬も、全部ぐしゃぐしゃだった。
「ねえ、悠輔。音葉ね、覚えてないのに、体の奥だけ、変なの」
音葉が、ぎこちなく言った。視線は、自分の膝へ落ちたままだ。
「誰かに触られて、すごく奥まで掻き回されて、熱かった、みたいな。ぼんやりしてるのに、そこだけ残ってるの。悠輔の指と、違う。もっと硬くて、太くて。自分のせいなんだけど、思い出そうとしても、怖くて、思い出せない」
俯いた彼女の太腿を、俺は見ていた。部屋着の短パンの裾から、白い内腿が覗いている。その細い肌の下を、薄い青血管が走っていた。昨日、あの座敷で、秋山先輩の指に押し広げられ、愛液を伝わせていた太腿。今は涙の跡が乾いて、青白いだけだ。そこへ目を留めていると、俺の中に、怒りでも悲しみでもない、粘ついた熱が戻ってきた。彼女の中に、秋山先輩の指の形が、まだ残っている。その言葉を聞いた瞬間、自分がしたのは、彼女を抱きしめることですらなかった。内腿の青い線を見つめて、その少し上へ、自分ではない男の指が沈んだ跡を探している。指先に力を込め、爪が掌へ食い込む。彼女の中に、指の形を探す、この執着。それを音葉に悟られてはいけないと、唇を結んだ。
春は、そうやって過ぎていった。
音葉はサークルを辞めた。連絡先のグループを抜け、先輩方への菓子折りは、結局郵送で済ませた。大学の廊下では、時々、あの夜の場にいた男たちが彼女を見かけて、視線を逸らす。いや、逸らすだけならまだよかった。あるやつはわざと一度、音葉の脚のあたりを舐めるように見てから、隣の友人と声を潜めて笑う。音葉はそういう時、何も見えないみたいに前を向いたまま、小さく手のひらでカーディガンの袖を握っていた。彼女の横顔から伝わる気配は、悲しみというより、固く閉ざした窓のようだった。誰にも開かせない。あの夜の映像はまだ、どこかのスマホの中で、画素の粒になって彼女を縛っている。
夜、俺の部屋で音葉を抱くことがあった。引っ越した新しい下宿にはベランダがない。窓を開けても、隣のアパートの壁が近くて、月明かりは細くしか入ってこない。音葉は、あの夜のことは話さなくなった。でも、体は違った。暗がりの中で彼女を抱くと、彼女は俺の指を求めた。俺の手を取って、吐息を震わせながら、それを自分の濡れた場所へ導く。その仕草は、拒むようにも、すがるようにも見えた。
あの日々の中、俺は音葉と肌を重ねるたび、彼女の中へ自分の指を埋めながら、探していた。秋山先輩の指の形を。彼女が言った、硬くて太くて、奥まで掻き回したもの。指を曲げ、内壁を確かめ、濡れた襞を押し広げる。音葉は、そんな俺の動きを、ただ甘い吐息で受け止めた。俺の胸に長い髪が張り付き、汗ばんだ肌がぬかるみ、ぐちゅぐちゅという音が、ベランダのない部屋に満ちる。
「悠輔の指……深い……好き……」
音葉が、切なそうに囁く。その声を聞きながら、俺の指を締め付けてくる彼女の奥で、もう別の指の記憶が溶けてしまったのか、それとも重なっているのか、わからない。わからないまま、俺は彼女の肩を抱き寄せ、二人で暗中の壁に手をついていた。開いた窓の向こうから、湿った春の夜風が入り込み、汗ばんだ肌をひやりと撫でていく。あのベランダの夜と同じ風の匂い。音葉が俺の耳元で、息を詰めて、体を震わせる。彼女の中に指の形を、彼女の知らない形を探す自分を、俺は彼女には言わない。
俺は更に指を深く埋めた。彼女の内壁は体温よりずっと熱く、ぬめる襞が指の腹に幾重にもからみついてくる。中へ進むほど、肉は柔らかく溶けながらも、引き戻すたびにきゅうと窄まり、逃すまいとするように締め付けた。その締め付けは、俺の指の関節の形をなぞるほど繊細でいて、けれど奥へ誘うような卑しさがあった。指をゆっくり引き出せば、粘膜が指先へ吸い付いて、くちゅ……と粘る音が立ちのぼる。音葉の吐息は、先ほどまでの切なげな甘さから、ひどく熱っぽいものへと変わり、呼気のたびに唇の間から「ふ……ぁ」と幼い声が崩れ落ちた。
俺は目を閉じた。そうして、秋山の指を想像した。節くれだった太い指が、この同じ場所を、もっと乱暴に掻き回したのだろうか。彼女の肉を知らぬ指が、最も濡れた奥まで、臆せずに沈んでいったのだろうか。そう思うと、指を曲げる角度に無意識の力が入った。ぬちゅ、ぬちゅと水音が深く鳴り、音葉の膝が小さく震える。彼女は何も知らない。俺の指が、彼女を確かめるためではなく、別の男の痕跡を探るために、こんなにも執拗に内側を這っていることを。音葉の腰が、俺の手のひらへとゆっくり押し付けられた。
「あ……ん、ゆうすけ、指……すごい、あつい……」
声は涙で湿った空気の名残を孕みながら、ただ快楽へ傾いて溶けていた。俺は黙って、彼女を抱き寄せた。暗い部屋の中、二人の肌のぶつかる湿った音と、畳まない夜の気配だけが、静かに降り積もるようだった。
音葉の部屋を出たのは、あの雨の夜から数えて、春が終わりかける頃だった。最後に二人で、ベランダのない部屋の窓を背にして向き合った。音葉は白いカーディガンを羽織っていて、口元にだけ、昔と同じ淡い笑みを浮かべていた。彼女は言った。この先、もしかしたら、またどこかであの人たちとすれ違うかもしれない。それでも、悠輔が隣にいてくれるから大丈夫だと。俺は何も言わず、彼女の手を握った。映像を持った男たちの視線が、この街のどこかで、今日も俺たちの背中を薄く撫でている。それでも、俺たちは秘密の恋を続けていく。彼女の体に、他人の指の形を探しながら。
登場人物
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三田悠輔 みた ゆうすけ男性 ・ 20
外見: 黒髪短髪、黒目、中肉中背、色白、顔立ちはすっきり整っている、骨ばった手。服装: 白Tシャツに薄めのシャツ、細身のチノパン、スニーカー。穏やかで真面目だが、音葉の事になると過敏になる。酒には強くない。女性経験は音葉で二人目。
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佐伯音葉 さえき おとは女性 ・ 19
外見: 黒く艶やかなセミロングヘア、薄茶の大きな瞳、肌は透けるように白い、華奢で小柄、小ぶりな胸、華奢な肩と細い腰、柔らかい太腿。服装: 白いキャミソール、薄手のカーディガン、フレアなミニスカート、レース付きの白い下着。普段はおとなしく控えめ。大学で酒を覚えてから失敗した過去があり、飲まないようにしている。酔うと声の質が幼くなり大胆になる。
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川崎有紗 かわさき ありさ女性 ・ 19
外見: 明るい茶色のロングヘア、丸みのある黒目、健康的な色白肌、細いウエストに豊満な胸、むっちりした太腿。服装: 谷間が見えそうな黒いタンクトップ、白いホットパンツ、サンダル、華奢なネックレス。明るく社交的で、悠輔に好意を持ち、計算して身体を寄せてくる。甘い香水を強めに付けている。
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石田信輝 いしだ のぶてる男性 ・ 21
外見: 黒短髪、細い目、色白、痩せ型で背が高い、長い手。服装: 派手な柄シャツ、黒のスキニーパンツ。盛り上げが得意で慇懃な芝居口調。音葉に酒を回し、王様ゲームを仕切る。お触りは禁じるが、露出させること自体は楽しんでいる。
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秋山裕太 あきやま ゆうた男性 ・ 22
外見: 短く刈った黒髪、吊り目、浅黒い肌、ガッチリした筋肉質、大柄、節くれだった太い指、厚い手のひら。服装: 黒いポロシャツ、ベージュのカーゴパンツ。口数は少なく、場の流れに乗るタイプ。音葉に手を導かれてから、指を吸わせるように動かす。





