夫の出張中に隣家の老人の粘つく視線で感じてしまった新婚妻が、カーテンを開けたまま指を沈め、やがて挿入なしの変態行為に溺れるまで
あらすじ
結婚したばかりの夫は、すぐに一ヶ月の海外出張へ。古い借家に一人残された若妻は、隣家の窓から注がれる視線に身を焦がしていく。拒むどころか、風呂場の窓を開け、トイレの小窓を開け、自分の身体を晒すようになる日々。やがて老いた隣人を家へ招き入れ、最後の一線だけは守ると決めながら、舌と指がもたらす背徳に腰を浮かせる。隣の窓が、彼女の夜を支配していく。
第1章 開いた窓の向こうから

第1章: 開いた窓の向こうから
カーテンを閉めなかったのは、風を入れたかったからだ。そう自分に言い聞かせたのは、ベッドに横たわってから三度目のことだった。窓の外は静まり返っていて、昼間に吹いていた風ももうやんでいた。網戸越しに夜気が少しだけ流れ込んで、汗ばんだ首筋を冷やしていく。固く閉ざした瞼の裏で、浩一の姿を探した。あなたの指が、私の髪をかき上げる仕草。私の肩を抱くときの、少し慌てたような手つき。初夜のホテルで、汗ばんだ肌を重ねたあと、私の耳元で何度も「朱美」と呼んでくれた低い声。指先で私の下着の上から、中心を割るように押し当ててきた、あの──。
ふるっ、と下腹の奥が震えた。
目を開ける。天井は見慣れない新居の木目。古い借家の匂いは、何度拭いても消えない。昼間、玄関に立ったときも、畳のい草と柱の木の匂いに混ざって、前の住人の暮らしの名残が鼻の奥に残った。壁は薄い。窓の位置も、隣家とやけに近い。風呂場の窓から手を伸ばせば、隣の家の外壁に指先が届きそうなほどだった。浩一は出張前に笑って、「古いけど味があるよ」と言った。私は笑って、そうねと返した。でもその夜にはもう、一人で寝返りを打つたびに、隣家の気配を背中で探していた。
冷たいシーツの上で、膝を立てる。腿の内側が、溶けた飴のように熱を持っている。淡い橙色の下着に、指を這わせた。中心はすでに湿っていた。下着の布が割れ目に張り付いて、動かすたびにねぶるような摩擦が起きる。私は小さく息を吐いて、布の上からそこを押した。くちゅ、と音がした。
そうすると、夫の顔が浮かぶ。あなたの、仕事の疲れを見せない明るい声。少し早口で、私のことを「朱美」と呼び捨てにする、あのくすぐったい親しさ。まだ二度しか身体を重ねていない。二度目のとき、浩一は私のここに唇を寄せて、少し迷ってから、下着の上から舌を当てた。私は驚いて腰を引いた。恥ずかしくて、でも、あの生ぬるい舌の感触が今も焼き付いている。私のものは、あなたにまだよく知られていない。知られないまま、ここは夜ごとあなたの手よりも、私自身の指で慰められるようになった。
指を下着の中に入れた。割れ目はもう、つんと突かれただけで、ふるふると肉が震える。愛液は指の第一関節を越えて、第二関節まで濡らしていく。そこを押し広げるようにして、ゆっくり指を這わせた。ぬる、と音がして、骨盤のあたりまで熱く痺れた。
ふと、右を見た。窓。私はカーテンを引いていなかった。
隣の家が立っている。古びた平屋の、屋根瓦が月の光を鈍く跳ね返している。窓は暗い。だが、あれは、何かが動かなかったか。カーテンの向こう、空気よりも濃い黒が、たった今、こちらへ向いたような。
思わず指を止める。心臓が、胸の内側から強く叩いた。
ぎし、と音がする。どこかの家の、柱か床か。窓の外から。いや、私の家か。私は息を殺して耳を澄ました。生あたたかい夜風が、網戸を揺らした。木々の影が揺れて、窓ガラスに映った私の姿をなぞる。私はそれを見て、ぞくり、と背筋を走った。
見られている。
そう思った瞬間、下腹の奥が、ずん、と重くなった。私は息をのみ、ゆっくりと指を抜いた。指先には、自分の匂いがこびりついている。
起き上がって、カーテンを閉めようとした。この手で、布を引くだけでいい。そうすれば、部屋は私だけの箱になる。なのに、指先が震えて動かない。私は窓の方へ目を向けたまま、膝を開いた。下着の中へ再び指を沈める。さっきより深く、くぷ、と中へ入れた。
漏れた吐息は、私の声とは思えなかった。
人差し指で、奥の襞をこすり上げる。親指の腹で、上にある小さな粒を押した。つぷ、つぷ、と湿った音が、静かな部屋にやけにはっきりと響く。腿の内側がつっぱって、足の指がシーツを掴んでいた。私は浩一を思い出しながら、それとは違う、あの窓の向こうの濃い黒を思い、腰を揺らした。
感じる。ここが、私の指で、ぐずぐずになって、ぬるま湯みたいに溢れてくる。あなたの指は、もう少し強くて、節くれていて、入れるとき、私の一番弱いところを親指で広げるから、声が、出てしまう。
指の動きが速くなる。ぐちゅ、ぬちゅ、と水音が大きく立つ。切なくて、目の奥が熱い。窓の外の暗がりを、見てはいけないと思う。けれど、見ていると感じてしまう。あれは、隣の家の住人が、月明かりに目を光らせているだけなのか。それとも、あれは本当に、誰かの眼差しなのか。
もしそうなら。あの黒の中に、私の開いた脚と、下着に沈む指先が見えているのだろうか。
そう考えた瞬間、身体の内側で、何かが爆ぜたように弾けた。広がる。引き攣る。声を殺すために、私は手の甲を口元へ押し付けた。だめ、だめ、ねえ、あなた、ちがうの、違う、ちが……。
びくびくと腰が跳ねる。指が抜けるほど、中の肉が、不規則にうねった。どくどくと、指に液体がかかるのが分かる。ああ、私、これで、人に見られながら、感じてしまった。胸の奥で、疚しさと、ぬるりとした快感がまざりあう。涙が少し滲んで、こめかみのところに流れた。
指を抜くと、ぐ、と音がした。下着は台無しだった。太ももまで伝った愛液は、月の光で濡れたように光って見える。私は荒い息を整えながら、窓の外を、もう一度だけ見た。
そこに、確かに、動かなかった二つの光があった。
古びた隣家の、窓のすぐ下あたり。網戸とも、ガラスとも違う。湿った、濁った、小さな光だった。それが、私の瞳をまっすぐに捕らえた。一瞬、時が止まる。私の心臓が、臓器の内側から叩かれる。恐怖より先に、背中に熱い、ぞくぞくするようなものが走った。指で感じた淫らな熱を、あの光が見ていた。私の全部を、あの濁った二つが、確かに飲み込んでいた。
それが、私たちの始まりだった。
翌朝、ゴミ出しのために外へ出た。朝の空気はからりとしていて、私は目元の熱さを隠すように顔を伏せた。一軒家の塀に沿って、燃えるゴミの袋を抱える。まだ九時前だというのに、陽射しは強く、白い首筋に汗が浮いていた。隣の家との間は、互いの網戸から中の声が聞こえそうなほど狭い。私はなるべく音を立てないように、自分の家の前へ袋を置いた。
「……奥さん」
低く、掠れた声だった。声というより、息がそのまま形になったような。私は弾かれたように顔を上げる。
隣家との境界にある低い生け垣の向こう、塀の手前に、その男は立っていた。白く薄い髪。痩せて、背中が少し丸い。古いカーディガンを羽織った老人は、手を壁に添えたまま、こちらに向かって笑うでもなく、じっとこちらを見ていた。よく日に焼けて、深い皺の刻まれたこめかみ。そして、伏せた瞼の下から私を捉える、どんよりと濁った眼。油の膜が浮いた池の底みたいな、光を含んだ、暗い眼だった。
私は唾を飲んだ。唇の内側が乾く。
「お、おはようございます」
声が上ずるのを、奥歯を噛んで抑えた。朝の爽やかな光のもとで、昨晩のように見つめられるのは、まるで裸の肌にへばりつくような、湿った視線だった。老いた男が、何も言わない。ただ私の、白いワンピースの襟元から覗く鎖骨あたりへ、ねっとりと視線を這わせる。胸の谷間。私は前かがみになっていて、胸元が大きめに開いていることに、ようやく気がついた。
彼の喉が、ごくりと鳴った。乾いた唇が、かすかに開かれる。荒い息が漏れた。それは、昨夜の暗がりで私が浴びた、あの熱の正体だ。ぞわり、と背筋が粟立つ。
「暑いのに……えらいですな」
とぎれとぎれの小声。年寄り特有の、ねちこい指先が、私のふくらはぎをなぞるような眼差し。
「ええ、まあ……」
私はうつむいた。太ももの内側が、ちり、と痛いほど熱を持つ。下着が、朝から湿っていくのが分かる。昨夜、確かにあの窓から見ていたのは、この人だった。私は触れていない。触れていないのに、胸の奥、子宮のあたりがずんと甘く疼いた。名前のない疼きが、私の下腹の奥で、重たく、生々しく脈打っていた。
「奥さんの家、窓からよく風が抜けて……いいですね」
そう言って、良造は薄い唇の端を、ほんの少し持ち上げた。私は息をのむ。その言葉に、ぞわぞわと、首の産毛が逆立った。違う、風なんかじゃない。あなたは私を、見ていた。揺れる腰と、下着の音と、私の中から溢れた水の光を、あの濁った眼で舐めるように。
「そ、そうですか」
私は、うつむいてゴミ袋の口を直した。手先が熱く、しびれている。この人に、昨夜、私の指の先を見られていた。その事実が、心臓を、どくどくと、ぜんぶ私のものじゃない速さで鳴らした。
家へ戻ってからも、良造の濁った眼と、荒い息が、私の中から消えなかった。昼の、陽の明るい台所で、私はしばらく立ったまま動けなかった。洗い物をしても、三角コーナーの生ゴミの匂いより、良造の、あの古いカーディガンに染みついた油と汗の混じったような加齢臭が、鼻の奥に残っている。
「私、どうして……」
呟いた。水を出しっぱなしの流しの上で、指を洗いながら。どうして、夫以外の男の眼差しを、こんなに生々しく、身体の内側に溜めているのだろう。あんな老人の、粘液のような視姦。なのに、少しも嫌だと感じなかった。むしろ、逃れようとしなかった。逃れたくなかった。
夕方、私は早めに風呂へ入った。古い浴室は、壁も床も黄ばんでいて、窓は薄い曇りガラス一枚だけ。私は脱衣所で服を脱ぎ、それから窓に近づいて、鍵を確認する仕草をした。そして、少しだけ、ほんの少しだけ窓を開け、湯を張った浴槽へ身を沈めた。
湯の温度は、外から見た自分を焦がすのにちょうどいい。私は浴槽のへりに片足をかけて、膝を開く。窓からの夕日が、曇りガラス越しに私の肌を橙色に変えた。腿の内側に、湯と汗が混ざって光っている。乳首が、鏡の前で、ゆっくりと、しこりはじめるのが、自分でもよく分かった。
「……はぁ」
閉じた瞼の奥で、良造の、濁った眼が、私を見ていた。あの古びた隣家の窓が、口を開けて、私の裸を待っている。私は指で湯をすくい、胸の間へ垂らした。白い肌が、薄紅色に染まっていく。湯は、太ももを伝い、割れ目に沿って流れて、あの、いちばん弱いところへ、じゅ、と吸いつくように溜まっていった。
(見てる? 今、あなた、あの窓から、私の、開いたところ、見てるんでしょう)
心臓が、また、どくん、と跳ねた。良造を感じるのと同時に、浩一の、遠い異国のホテルで眠っているだろう姿が浮かぶ。私は手を伸ばして、窓の桟に触れた。閉めよう、そう思った。そう思ったのに、指先は、逆に、窓を外へ押し出す。
きぃ、と蝶番が鳴った。甘い夜風が、隙間から滑り込み、湯に濡れた私の肌を、舐めるように撫でた。隣家の窓を見る。そこに、ゆら、と、あの黒い、熱っぽい眼差しが、また、光った気がした。
私は、震える膝を、ゆっくりと、もっと窓へ向けて、開いた。
第2章 晒す音

星を散らしたような沈黙のなかで、朱美の身体は夜の輪郭をなぞるように火照っていた。浴室の窓を閉められなかったあの瞬間から、皮膚の下を流れる血がいまだにざらついた熱を帯びたまま、朝の光のなかへ滑り出してしまったような心地がする。湯を張り直す気力はとうに失せ、脱衣所に落ちた薄明かりをぼんやり眺めながら、太ももの内側に残る乾ききらない湿り気を、朱美はほとんど祈るような心持ちで見つめていた。窓の桟に掛けた指先は、あの晩の湿度と風の匂いをまだ覚えていて、何度も開け閉めを繰り返すたびに、かすかな音がする。閉めようとすればするほど、暗がりに佇んでいたかもしれない良造の気配が、網膜の裏側でゆっくりと像を結び直す。あれは本当に、あの老いた隣人だったのか。それとも、夫のいない夜を持て余した自分の欲が、勝手に影をこしらえただけなのか。確かめる術は何もなかった。けれど、確かめたいと願う心だけが、下腹部の奥で小さな蕾のように硬く膨らんでいくのが分かった。
昼下がりの家は怖いくらい静かで、時計の秒針だけが世界の輪郭を保っていた。それ以外の音はすべて、耳から滑り落ちて消えていく。洗濯物を畳む指先も、台所で布巾を絞る掌も、どこか上の空で、心は別の部屋の窓辺に置き去りにしたままだった。あの夜以来、隣家の窓を見ることが増えた。いや、見るというより、目が勝手にそちらを探す。古びた窓枠の色、薄汚れたカーテンの揺れ、昼なお仄暗い室内の奥に沈む人影。網戸越しに射す光が小さな埃を浮き立たせ、まるで欲望の粒子が空気中に漂っているようだった。朱美は、その光の粒を掌で掬うように窓辺へ歩み寄り、胸の奥で燻る熱を静かに吐息として逃がした。
トイレの小窓を開けたのは、ほとんど無意識の出来事だった。母から教わった風通しの習慣、その言い訳が指を動かしたとしても、指先はもうとっくに知っていた。良造の家の、あの風呂場の窓の方角を見下ろせる位置。塀の高さと敷地の傾斜が重なり、あちらからはせいぜい肩から上が覗ける程度だろうと、頭のどこかで冷静に計算している自分がいた。けれど、便器に腰を下ろすとき、朱美はわざと窓に身体を向けた。下着を膝まで下ろし、スカートの裾を腹の上で丸める。太腿をわずかに開く。小窓から差し込む昼の光が、剥き出しの肌を淡く炙って、秘部の産毛がそよそよと風に揺れるのを感じた。
尿が膀胱を満たしている感覚は、もうずっと前からあった。なのに、朱美はそれを急いで解放しようとはしなかった。便座の白い陶器の冷たさが、腿の裏から熱を吸い取っていくようで、その対比がどうしようもなく心地よい。窓の外に広がる隣家の屋根、その向こうの雲一つない空。澄み切った昼下がりに、これから自分が晒そうとしている音を思うと、胸の奥がきゅうっと狭くなった。尿道の入り口がひくひくと蠢き、早くも溢れそうな雫が粘膜をくすぐり始める。朱美は指先でスカートの裾を握りしめ、深く息を吸い込んだ。
ゆっくりと息を吐き、尿意を一回、二回と浅く逃がすように、括約筋をわざと弛める。
しゅるるる……しゅるるるる……
最初は細く、ためらいがちな水音が、陶器の内側を叩いた。自分の身体から零れているとは思えないほど遠く、それでいて鼓膜のすぐ裏側で鳴っている。暖かな液体が陰唇の合間を伝い、便器の水盤に細い糸のように落ちていく。尿は光を浴びて揺らめく放物線を描き、水盤に着弾するたびに、ぴちゃぴちゃと跳ね返る小さな雫が内腿へと逆流した。湯気のような、けれど匂いのほうが先に立つ湿気が、太もものつけ根をかすめて鼻の奥をくすぐる。ああ、これが私の匂い。尿の、わずかに甘いような苦いような、生々しい女の匂い。窓から入る風がそれを拡散させる前に、朱美自身が深く吸い込んでしまう。
尿の勢いが増す。しゅるるるという控えめな音から、しゃあああという開き直った水音に変わり、便器の中で跳ねる雫が太ももの内側を濡らしていく。それさえも、今は妙に心地よくて、わざと腰を前へ滑らせた。尿の筋が、陰核の真下をかすめて弧を描く。皮膚を這う熱い水流が、敏感な突起を刺激して、びくん、と腿が震える。小便をしているだけなのに、ただ排泄しているだけなのに、どうしてこんなに甘い痺れが、子宮の入り口あたりまで響いてくるのだろう。尿道の奥がきりきりと疼いて、出すそばから何かが満たされていくような倒錯した感覚が、下腹の底をしっとりと温めていた。
じょぼぼぼ……しゃあああ……
最後の一搾りを出すように下腹に力を入れると、尿の筋が乱れて内腿を濡らした。その瞬間、窓の向こうの空気が、ほんの少しだけ密度を変えたような気がした。見られている。あの古びた窓の、薄汚れたカーテンの向こうから、良造の濁った眼が、朱美の晒した股間を舐めている。確信など何もない。なのに、尿の匂いを孕んだ空気の粒子のひとつひとつが、視姦の重さを帯びて肌に突き刺さる。視られている、と思うたびに、尿道の名残がひくんと痙攣して、内腿が細かく震えた。羞恥は、もうとっくに快感の側へ傾いていた。朱美は便座に座ったまま、指先で陰唇の濡れを確かめる。尿と、その奥から滲み始めた別の湿り気が、ぬるりと掌を汚した。
下着を上げるのが惜しくて、しばらく肌を外気に晒したまま、開いた窓越しに隣家を見つめた。視線は交わらない。向こうの窓は昼の光を反射して、ただ平板な光の面になっている。それなのに、目を凝らすほど、あの暗い奥に蠢くものがいるような、そんな想像が胸の内にまとわりついた。朱美はゆっくりと指を動かしながら、まだ消えない尿の余韻を、蜜のように粘る愛液と混ぜ合わせていく。いけない。ここで触ってはいけない。夫のものではない眼差しに応えるように、自分の輪郭を開いていくのは、どうしようもなく浅ましいことだ。
けれど夫、という言葉が、かえって指に力を与えた。浩一の顔を思い浮かべる。いや、思い浮かべようとした瞬間、あの端正な横顔は、すぐに隣家の暗がりへと塗り替えられていく。ごめんなさい、あなた。心の中で呟く声は、もう何度目か分からない。その度に指が、陰核の皮を押し上げるようにして、ちいさな芽を露出させていく。朱美は便座の上で、盗まれるための淫らな花を咲かせていた。
その夜は、もう窓辺に立つ自分を抑えられなかった。寝室のカーテンは昼間から閉めていない。良造の家から見える範囲に自分の身体を置くことだけが、今日という日を締めくくるための、ねじれた儀式になっている。部屋着を脱ぐ手が、妙に芝居がかっていた。ブラウスの釦をひとつずつ外す指先を、自分で見つめながら、見えない観客の視線を肌の上に描いていく。薄いキャミソールの下で、下着を選ぶ手が一瞬止まる。淡いクリーム色の、レースの縁飾りがついたもの。浩一が好みそうな、無難で、しおらしい一枚。それを履いたまま、朱美は窓際に立った。
外は暗く、自室の灯りが窓硝子に映り込んで、自分の姿を暗い水面の上に見るようだった。ガラスに写った女は、薄着で、頬を上気させ、太ももの間にはっきりと指を沈めている。これが私。浩一の知らない、でも、もしかしたらあの隣人が知っているかもしれない、私の貌。下着の上から割れ目をなぞると、生地が湿りを吸って、蜜の形を浮き彫りにした。くちゅ、という音が空気を震わせ、朱美はうっすらと口を開けた。
くちゅ……にゅちゅ……
クリトリスを指の腹で回すたびに、尿道の名残なのか、膀胱の奥がきりりと痛むような甘さに変わる。昼間に晒した小便の音が、まだ耳のなかに反響している。しゅるるる、しゃあああ、じょぼぼぼ。音と匂いが、恥辱の記憶を呼び起こして、それが今、こんなにも強い媚薬になっていた。脚を肩幅に開き、腰を軽く落とす。隣家に向かって、一番汚い部分と一番感じる部分が、硝子越しに浮かび上がっているはずだ。見て。そんな声を、口の内側だけで転がす。
下着のクロッチを横にずらすと、溜まっていた愛液が糸を引いた。指を沈める。一気にではなく、ゆっくりと、窓辺に映る自分の姿を眺めながら。第二関節まで入ったところで、朱美は大きく息を吐いた。内壁が、飢えた口のように指へ吸い付く。夕方、トイレで触れたときよりも、ずっと熱くてやわらかい。親指が勝手に陰核を探り、人差し指と中指が奥の襞をこじ開けていく。ぬぷ、ぬちゅ、ぐちゅぐちゅ、白い泡が指の根元で弾ける音。ガラスの向こうに、この音が届いているかは分からない。けれど、届いていると思うだけで、腹の底がきゅんと疼いた。
指の動きに合わせて、鼻から抜ける吐息がはしたなく湿る。ふ、ふ、ふ、というリズムが、やがて意味のある音になりかけて、朱美は慌てて下唇を噛んだ。浩一。あの人の前では、感じても声を出すことを恥ずかしがっていた。なのに今、存在するかも分からない老人の視線を想像して、こんなにも簡単に声を洩らしそうになる。その落差が、さらに昂らせる。窓ガラスに額を寄せる。冷たい。昼間の便器の冷たさと同じ、意志のない冷たさが、火照る肌にどこまでも心地よい。
ぴくんっ、ぴく……
ああ、駄目だ。このままでは何かが溢れてしまう。開いたままのカーテン、閉じない窓、晒し続ける身体。昼間の尿の音と夜の粘液音が、一つの輪になって、隣家の古びた窓を中心にゆっくりと回り続けている。良造さん。朱美は声には出さず、唇の形だけでその名をなぞった。すると突然、窓の向こうの暗がりで、何かが動いた気がした。本当に小さな、カーテンの裾が揺れただけのような、そうではないような。指を埋めたまま、目を凝らす。濁った眼差し。光の加減で、二つの星のように浮かんで、すぐに消えた。
電話のベルが、その静寂を切り裂いた。鼓膜ではなく、全身の皮膚が一斉に粟立つ。朱美は便器の上でも、窓辺でもなく、受話器の在り処を探した。指を引き抜く。指先から滴る蜜が、太ももを伝って畳に落ちる。着信は居間の固定電話から。決まった時間に鳴る、海外からの国際電話の音。
濡れた手をティッシュで拭いながら、受話器を取る。指と指の間のぬめりは、まだ完全に拭いきれない。
「朱美? いま大丈夫か」
浩一の声が、海を越えて耳元に流れ込んでくる。明るく、少し掠れていて、時差のせいか眠たそうな、優しい声。
「うん、大丈夫。ちょうど……片付けしてたところ」
自分の声は、分かるほどわずかに上ずっていた。下着は履いたままだが、その中心部はもうぐっしょりと湿っていて、腿を閉じると冷たい感覚が皮膚をかすめる。受話器を持つ指が、愛液の残りで少し滑った。
「そうか。いや、悪いな、こんな時間に。ちょっと報告があってさ」
浩一の言葉に、胸の奥がざわつく。報告。ただの近況ならいい。もう少しで帰るという話なら、それはそれで、別の動揺が朱美を襲う。窓の外、隣家の古びた窓へ目を向けた。相変わらず仄暗い。けれど、ついさっきまで指と視線を受け止めていた場所を、受話器越しの夫の声が、まるで上書きしていくようで恐ろしかった。
「伸びるんだ。あと十日、いや、二週間くらいかな。向こうの承認が取れなくて」
浩一の声は申し訳なさそうで、けれど仕事の手応えのようなものを含んでいた。
「無理させてごめんな。でも、これが片付けば、しばらくは落ち着くと思うから」
朱美は何と答えただろう。応援するような、気遣うような、形通りの言葉。夫を思う気持ちに嘘はない。でも、声を作ろうとすればするほど、隣家の窓を見る視線だけは、どうしても逸らせなかった。受話器を握る手が熱い。浩一の不安の気配が電話越しに伝わってくるのに、身体はまだ、耳の奥でくちゅくちゅという水音を聞いていた。
「また電話する。朱美、体に気をつけろよ」
「……うん。あなたも、無理しないで」
受話器を置く。静寂が、先ほどよりも重い膜になって部屋を覆った。朱美は立ち尽くしたまま、自分の呼吸を整えようとした。胸が苦しい。なのに、秘部はまだひくついていて、太ももに張り付いた下着の冷たさが、逆に快感の残り香を連れてくる。夫の声と、隣人の視線と、自分の指の記憶が、同じ部屋の空気に溶けて混ざり合っていた。
その夜、玄関の鍵を開けたまま、何度か外の空気を確かめた。本当は誰かを、良造を待っているのかもしれない。そうはっきり思った瞬間、背筋にぞくぞくと甘い悪寒が走る。薄い靴を履き、表へ出た。夜風が汗ばんだ項を冷やして、生垣の匂いが鼻をくすぐる。隣家の門扉の前まで、足が勝手に動いていく。
呼び鈴を押すつもりはなかった。ただ、立っていた。すると、向こうから古い門扉の開く音がして、良造が姿を現した。カーディガンを羽織った、痩せた影。薄闇のなかに浮かぶ白い髪と、ぎらついた眼。それだけが、やけにはっきりと見えた。
良造は何も言わなかった。朱美も言わない。言葉にした途端、何かが壊れてしまう気がした。それでも、一歩、家の方へ身体を向けた。
「……上がりますか」
声が震える。尻すぼみの誘いの言葉を、夜風がさらっていく。良造はこくりと小さく頷いた。朱美が先に立って門をくぐると、乾いた、けれど熱を帯びた手のひらが、太ももの裏に、すうっと触れた。皺の感触が、下着の濡れた部分を遠巻きに確認するかのように、ゆっくりと上へ滑る。
嫌悪感は、どこにもなかった。ただ、ああ、これが充足というものだ、と、下腹の奥が熱く溶けていくのを感じた。朱美はその手を振り払わないまま、玄関の灯りの下へ、老いた隣人を招き入れた。
第3章 一線のこちら側

第3章: 一線のこちら側
廊下へ踏み出した途端、自分の足音がやけに遠くから跳ね返ってくるようだった。耳のすぐ裏では心臓が忙しなく脈打ち、その音だけが異様に近く、生々しく全身へ響いている。私は一歩ごとに板張りの冷たさを足の裏で拾いながら、良造さんを寝室へと導いていた。夫と私が、つい先日まで並んで眠り、朝を迎え、他愛ない言葉を交わしていた場所。その入り口に立つと、戸板一枚を隔てただけで空気の重さが変わるように感じられた。
襖を引く。しゅっ、と乾いた音がして、昼下がりの光が薄く差し込む部屋の向こうに、隣家の古びた窓が見えた。カーテンは開いたまま。あの夜から、私はこの窓を閉められずにいた。いや、閉める理由を見失ったまま、夜ごと薄明かりの差し込む部屋で指を沈めてきた。
私は振り返らずに言った。
「……上がってください」
声がかすれて、自分のものとは思えなかった。喉の奥に貼りついた呼気が、空気を震わせる前に落ちていく。
良造さんは黙ったまま、畳の縁を踏んで入ってくる。古いカーディガンの繊維と、昼間に染みついた土埃、それから彼の肌から立ちのぼる加齢臭が混じり合って、鼻の奥をくすぐった。逃げ出したくなるような匂いのはずなのに、なぜか私は、その気配が背中に近づくたびに下腹の奥がひくりと疼くのを感じていた。
「奥さん、いいんですか」
背後から声がした。かすれていて、それでいて熱を帯びた低い声。床を這うような響きが、私のうなじを舐めた。
私は振り返った。良造さんの濁った眼差しが、私の胸元をゆっくりと下りてくる。しわだらけの顔が、薄闇の中でぽっかりと浮かび上がり、その小さな目の奥だけが濡れたように光っていた。彼の視線が動くたび、私は自分の肌が薄い膜を張ったように過敏になっていくのを自覚していた。
「……私、決めたんです」
自分の声が少し震えていた。それでも、視線をそらさなかった。
「触っても、いいんですよ。ただし……」
私は唾を飲み込み、指をスカートの裾にかけた。布を握る指先が、他人のもののように冷たく、それでいて汗でじっとりと湿っていた。
「挿れることだけは、しないでください。それ以外なら、何をしても……」
言葉の先が、喉の奥で溶けた。挿入以外なら何をしてもいい。そう告げた瞬間、自分の下腹部が熱くひくつくのを感じる。夫以外の男に、こんなことを許した女が、この世にいるのだろうか。いいや、ここにいる。私が、そうだ。
良造さんは低く息を漏らした。それは笑い声なのか、嘆息なのか、私には判断できなかった。
「……約束します。わしは、奥さんの言うとおりにしますよ」
その声に、奇妙な安心感があった。彼は約束を守る人だ。覗いていることを咎められても逃げず、私の言葉を待っていた人だ。そう思うと、胸の奥の罪悪感が少しだけ和らいで、代わりに薄暗い昂奮がのぼりはじめた。
私は夫の寝具のすぐ横に立ったまま、ゆっくりとカーディガンを脱いだ。手が自然に動くのが、まるで遠い場所で起こっている出来事のように思えた。次にワンピースの肩紐をずらす。薄い布が滑り落ちて、素肌が夜の気配に触れる。室温は生ぬるく、それでいて肌の表面だけがひんやりと湿っていた。白い下着だけになった私の身体を、良造さんの目がゆっくりと嘗め回す。胸の谷間、腰のくびれ、太ももの内側。視線が動くたびに、そこだけが焼けるように熱くなり、じわじわと汗がにじんでいくのがわかった。
「……綺麗だ。奥さん、ほんとうに綺麗な肌じゃ」
良造さんの指が、私の二の腕に触れた。乾燥した指先が、撫でるように下りてくる。しわだらけの手のひらが、肘、前腕、手首を順に辿る。触れているのかいないのか、曖昧な圧力。その頼りなさが、逆に皮膚の感覚をぎらつかせ、背筋をぞわりと震わせた。
「触って、ください」
私は言った。「もっと……」
良造さんは返事の代わりに、私の背中に手を回した。そして、ブラジャーのホックを外す。不器用な指先が、何度も背中をかすめる。そのぎこちなさに、私は夫の手を思い出していた。もっと若くて、性急で、それでも私を傷つけないように気遣う手。今、私の肌を這っているのは、それとは違う。乾いて節張って、それでいて執拗に私をたしかめようとする手だった。
ブラがはだけ、乳房が外気に弾んだ。乳首がふるりと立つ。良造さんの視線が、そこに吸い寄せられる。彼の喉が、こくりと鳴った。
「ああ……」
彼の口が、私の首筋に触れた。生ぬるい舌が、鎖骨の溝をなぞる。ざらついた舌の表面が、汗ばんだ肌の上をゆっくり滑っていった。私は目を閉じた。夫の唇は、もっと薄くて、控えめだった。良造さんの舌は厚く、湿り、私の肌に唾液の道筋を残しながら下りていく。首筋から胸元へ、舐められた軌跡が外気に触れるたび、そこだけが冷たく、そして急に熱を帯びた。
「んっ……」
低い声が漏れた。良造さんの口が、右の乳房を覆った。舌先で乳首を転がす。布越しではない、直接の刺激に、腰の奥がきゅうと縮む。口腔のぬめりが乳輪の上を滑り、生々しい温度が皮膚の下まで浸みてくる。
「あ……あぁ……」
彼の指先が、左の乳首を摘まんだ。親指と人差し指で転ばすように扱かれ、声が裏返る。私は畳に膝をついた。力が入らなかった。良造さんの舌が乳房の根元から頂へ向かって這い、乳輪を円を描くように舐めた後、乳首を吸い上げた。吸引のたびにじゅっ、と音がして、胸の先から子宮へ向かう細い糸がぴんと張るような感覚が走る。
「んぅ……それ、強く……」
自分の口から出た言葉が、いやに卑猥で、耳の奥が熱くなった。
「こうですか。ここが、ええんですか」
良造さんが顔を上げずに言った。湿った息が、私の胸元をくすぐる。
「はい……そこ……」
私は彼の後頭部に手をやった。薄い白髪を掴むと、思ったより柔らかく、幼い感触がした。良造さんはますます強く乳首を吸った。口腔の吸引が、乳首から子宮へと細い糸で繋がっているように、下腹部がちりちりと震える。私の腰が、自分の意志とは無関係に揺れた。
良造さんの手が、私の腹をさすりながら下りていく。へその窪みを探り、指先が下着のゴムに触れた。薄い白のショーツ。それはもう、はじめから湿っていた。布越しに伝わる指の熱が、ぬかるんだ下腹部へ触れるたび、私は声を飲み込むのに必死だった。
「ここを、触りますよ。奥さん、いいですか」
「……いいです。お願いします」
私は自ら腰を浮かせた。彼の節張った指が、下着の上から割れ目をなぞる。布越しでもわかるほど、そこは熱く膨れていた。彼の指が押し込むたびに、ぐちゅ、という湿った音が小さく漏れる。その音が自分の身体から出ているという事実に、太ももの内側がひくりと痙攣した。
「声、出しても構わんのじゃよ。誰も、聞いておらんのじゃから」
良造さんの低い声が、私の内ももに吹きかかった。私は首を振った。
「だめ……声は、出したくないの」
夫の家だから。夫の寝室だから。その一心で、唇を噛みしめた。
良造さんは下着をずり下ろした。愛液が糸を引いて、ショーツの股布が剥がれる。外気に晒された秘部がひくついた。ぬるついた陰唇がひらき、空気を呑み込むように窄まりが緩む。私は自分の茂みを、夫以外の男に見られている。その事実に、目の奥がちかちかと明滅した。
「おお……よう濡れてる」
彼の指が割れ目に触れた。中指と人差し指をあてがい、ぬるりと縦に開く。くちゅ、と音がした。私は自分のぬめりが指の腹に絡みつくのを、はっきりと感じた。内側の襞が、まるで待っていたかのようにうごめいている。
良造さんはしばらく、蜜壺の入り口を浅く撫でていた。焦らされているのか、彼自身が確かめているのか。指の腹が、ひだの凹凸を一枚ずつ味わうように動く。そのもどかしさが、逆に内ももの震えを大きくする。
「……もっと、してください」
私は腰を押し付けた。
「こうかい。ここが、すきなんじゃな」
彼の指が、ぬぷ、と沈み込んだ。一本、そして二本。私の内側は、夫のそれとも、私自身の指とも違う節の凹凸を受け入れて、きゅうきゅうと締め付けた。乾いた外皮の下で、関節の節が内壁をゆっくりと押し広げていく。硬くしなやかな圧力が、私の中で別の生き物のように動いた。
「あっ……はぁ……んぅっ」
指が抜けるとき、内襞が追いすがるのがわかる。やわらかな肉を掻き混ぜるたびに、くちゅ、ぐちゅ、と水音が高くなった。私の胎内で熟れた蜜が、彼の指にまとわりつき、滴り落ちていった。
私は夫を思った。この部屋で、初めて夫に抱かれた夜。痛くて、嬉しくて、私は泣いた。その記憶が、今、指の腹で擦られるたびに、新しい淫らな記憶へと上書きされていく。夫の寝具の前で、別の男の指に、こんなにも濡れて。その事実が、私の背を仰け反らせた。
「あ、あぁ……そこ、だめ……そんなの」
良造さんの親指が肉芽を押し潰した。背中に電流が走る。肉の蕾を潰された瞬間、下腹の奥からこみ上げる鋭い刺激に、私はとっさに彼の頭を掴んでいた。
「……っ、や……あぅっ」
腰が勝手に揺れる。老いた男の手の上で、私は雌の身体になっていた。夫には見せたことのない姿。夫では、たぶん、私をここまでにはできない。そう思った瞬間、胸の奥に黒い喜びが落ちていった。
「奥さん、わしの舌で、ここを舐めてもええかな」
良造さんが顔を上げた。濁った眼差しが、私の蜜壺を見つめている。唇の端に、薄く笑みのようなものが浮いていた。
「……お願い、します」
声が切れた。良造さんは、ゆっくりと私の両脚を割り開いた。昼間の光が、窓から入って私たちの影を畳に落とす。隣家の窓硝子が、その影を映し込んでいる。私と、老いた男の影が、畳の上で淫らに重なっていた。
彼の舌が、太ももの内側を這った。腿のつけ根をゆっくりと何度も往復してから、割れ目へと近づく。唾液にぬれた舌先が、陰唇をなぞり、ひだを一枚ずつ開いていく。生温かい息が、露わな襞に吹きかけられた。
「あぁ……んん……あ、あぁぁ」
生あったかい舌が、蜜壺の入り口をくすぐった。先端が窄まりに埋まり、内側を浅く掻き出す。れろれろという音と、ぬちゃぬちゃという粘液音が混じる。舌の表面に散った味蕾のざらつきが、敏感な内壁をそっと擦り、それがどうしようもなく私を追い詰めた。
「や……舌が……へんになっちゃう……」
私は彼の頭を脚で挟んでいた。良造さんは息苦しそうにしながら、鼻先で肉芽を擦り、舌をさらに深く差し入れた。じゅぷ、じゅぷ、と卑猥な音が部屋に響く。畳に染みた私の蜜が、太ももの裏を伝い、彼の口元をぬらぬらと光らせていた。
「いい声じゃ。もっと、聞かせてください」
彼の声が、私の茂みのすぐ側でした。私は首を振りながら、腰を浮かせた。彼の舌を深く咥え込むように。淫らな姿勢のまま、私は自分から腰を揺らして、老いた男の口にいちばん柔らかい場所を押し付けた。
「んぁ……あ、だめ、いく……そのまま、いっちゃう……」
「いくとは、こうか。奥さんの、なかの肉が、ようひくついて」
良造さんの言い方が、あまりにひどくて、それが逆に甘ったるい刺激になって降りかかった。私は彼の舌から逃れようとしたが、腰はむしろ押し付けていた。私の内側が、彼の唇に吸い上げられるたび、波のような悦びが腹の底から迫りあがってくる。
「あっ……はぁん……もう、ほんとうに……」
ぞくぞくと背筋を駆け上る波が、つま先を反らせる。奥から熱いどろりが込み上げ、良造さんの舌と口に溢れた。んくん、と彼がすする。その湿った音を聞きながら、私は喉を大きく仰け反らせた。視界の端で、硝子窓の向こうの風景がぐにゃりと歪む。
ゆっくりと、波が引いていく。潮がひくように、熱がひいていく。私は両脚を開いたまま、畳の上に投げ出されていた。良造さんの唾液と私の愛液が、腹から腿のあいだをぬめぬめと光らせている。天井がぐらりと揺れる。私はしばらく、瞼の裏に流れる赤い模様を追っていた。
窓の外に、隣家の古びた窓。夕日の名残りが、その硝子を薄く染めていた。あそこから見られていたころの私を、もう私は超えてしまっている。覗かれるだけの女ではなく、見せつける女。否、それすらも通り過ぎて、老いた男の舌で果てた女。それが、いまの私だった。
それがどういうことなのか、考えたくなかった。ただ、腹の上で冷えていく濡れた痕だけが、確かなものだった。一線を越えたはずなのに、私はまだ、こちら側に立っている。その境界が、甘い泥のように靴底に絡みついて、私を沈めようとしている。
第4章 裂けた日常

第4章:裂けた日常
あの午後を境に、私の暮らしの輪郭は音もなく繋ぎ替えられていった。夫の帰りを待つだけだった長い時間が、いつのまにか良造さんの訪れを待つ時間へと、するりと衣を着替えていく。最初は三日に一度だった。それが二日に一度になり、やがて毎日のように裏口の鍵を開けるようになった。夕方の四時を過ぎると、台所の時計の短針が妙に重たく感じられて、私は何度も磨いたはずのシンクを指先で拭いたり、畳の上の塵を拾ったりしながら、耳だけを澄ませている。あの人の足音はしない。呼び鈴も鳴らさない。ただ、裏口の框を叩く小さな音が、今日も来たという合図だった。
私はその音を待つ自分を、もう咎めなかった。咎める代わりに、身体の奥のほうで何かが静かにひらくのを感じる。子宮のあたり、もっと深い場所に、じわりと熱が滲むのが、戸の向こうに立つ男の気配を思うだけで起きた。それは恐怖とも期待ともつかない、ぬるま湯のような感覚で、胸のうちをゆっくりと浸していくのだった。
ある日、私は駅前の下着売り場に立っていた。淡い色味のものばかり並ぶ棚の前で、指先が勝手に黒いレースの端へ伸びる。良造さんは何も言わなかったけれど、あの人の濁った眼差しが私の身体のどの部分で長く止まるか、私はもう知っていた。胸元を深く覗き込むように見る。太もものつけ根を嘗めるように見る。だから、黒いレースのブラと、おそろいの小さな布を選んだ。レジで精算するとき、店員の若い女の子の指がその下着に触れるのを見て、私は何故か、あの人に触られているような気がして、スカートの下がじんと湿った。爪の先まで熱を持ったような、甘やかな疼きが、歩くたびに下腹へ響いた。
その夜から、私は昼間でも胸元をはだけて良造さんを迎えるようになった。薄手の部屋着の前をあけて、黒いレースのブラを覗かせたまま、畳の上に座って待つ。襖の向こうから差す西日が、私の鎖骨から胸元の白い肌を舐めるように照らす。良造さんは来るとすぐ、這うような目つきで私の胸元を見た。そして、今日もまた、あのかすれた声で言うのだ。
「奥さん、今日は一段と綺麗じゃ」
私は何も答えず、ただ自分の指でブラの肩紐を少しずらしてみせる。露出した鎖骨の下、白い肌の上を老いた視線が舐めていくのがわかった。その視線は粘度があるようで、私の肌に薄く張り付いて剥がれない。ぞわり、と背中の産毛が逆立つのを、私はカーテンの揺れる影で隠した。
そうして、行為の内容は、日ごとに少しずつ深みを増していった。あの人は決して最後の一線だけは越えず、それ以外のすべてを、時間をかけて貪った。舌と指、それから、しわだらけの手のひら。私の全身を丁寧にひらき、濡れた場所を音を立てて啜る。私が何度も達するたびに、良造さんの濁った目が細く満足そうに光るのが、たまらなく卑猥で、それでいて心地よかった。あの眼差しに照らされると、自分がまるで飴細工のように甘く溶け出すようで、心細さと充足感が背中合わせに訪れるのだった。
一週間が過ぎたころ、昼下がりの居間で、私は良造さんの手を太ももに乗せたまま、まどろんでいた。窓の外では薄い日が差していて、風に揺れる洗濯物のかげが、畳の上でゆっくり動いている。開け放した窓から流れ込む風が、乾いた洗剤の匂いを運び、障子紙がかすかに鳴る。良造さんの指が、私の腿の内側を、まるで壊れものでも扱うかのようになぞった。指先は相変わらず乾いていて節張っていたけれど、その触れ方はもう、初めてのときの戸惑いを含んではいなかった。私の身体のどこが震えるかを、この老人は私よりもよく知っている。指が肌の上を滑るたび、私の内腿は震え、呼吸が自然と浅くなった。
「……今日は、ゆっくりでええな」
良造さんがそう言った。声はまるで古い障子に染み込む風音のように静かだ。
「ええ、今は何も……」
私が言いかけたとき、電話が鳴った。居間の隅に置かれた固定電話のベルが、静かな昼下がりに鋭く突き刺さる。心臓が、とくん、と跳ねた。何か秘め事を暴かれたような後ろめたさが、一瞬で背筋を走る。私は大きく目を見開いたまま、受話器の置かれた黒い電話機を振り返った。
「……出たほうが、ええんじゃないですか」
良造さんの声は落ち着いていた。むしろ、当然のことを諭すような温みがあって、その静けさが逆に私の心臓を速めた。私は慌てて、太ももから彼の手を外すと、受話器へにじり寄った。畳の目が汗ばんだ膝に食い込む。深呼吸を二度してから、通話ボタンを押す。指先が震えているのが自分でも分かった。
「もしもし」
「朱美? 俺やけど、いま大丈夫か」
夫の声だった。そこには、いつもの明るい調子が満ちていた。聞くだけで体の芯を包み込むような、親密そのものの響き。海外の雑踏が、遠くに聞こえる。ごうごうとした空調の音や、聞き慣れない言葉がわずかに混じっていた。空港か、駅の構内だろうか。多くの人の声が、彼の声の後ろでころころと転がっている。
「うん、大丈夫。何してたかって、掃除……そう、掃除してたの」
私は受話器を耳に押し当てたまま、振り返った。良造さんは畳に座った姿勢のまま、私の背中を見ている。いや、背中ではない。スカートから伸びた太ももの後ろを、熱い目で見ている。そして、彼は黙って私のそばへ這い寄ると、私の脚のあいだに顔を埋めるように位置を変えた。畳の上を滑る衣擦れの音が、電話の向こうに聞こえはしないかと、私の耳は二つの音を同時に拾っていた。
「そうか。ごめんな、今ちょっとだけ。報告があって」
夫の明るい声が、受話器の奥で弾んでいる。私は片手でスカートの裾を押さえようとしたが、良造さんの手が、私の手をやんわりとどけた。その手は温かくて、拒ませる力とは程遠い、けれど有無を言わせない滑らかさがあった。しわだらけの指が、ショーツの上から私の中心に触れる。ぬるりと湿った布越しの感触。電流のようなものが、背筋をかけのぼった。私は唇を引き結んで、漏れそうになった吐息を喉の奥で殺す。
「どうした? なんか息が荒ないか。掃除中やったんやろ。無理すんなよ」
夫の声は、こちらの異変を案じているのに、その優しさが今は針のように胸を刺す。
「う、ううん。平気よ。それより、何のご報告?」
私は平然を装おうとした。けれど、良造さんの指は器用にショーツの布を横へずらし、ぬれた割れ目へ直接触れた。くちゅ、と小さな音が、私の太もものあいだで鳴る。受話器の向こうには、聞こえていないはず。そう思うのに、心臓が耳の奥で叩くような気がした。電話の小さな穴から、この水音が夫のもとへ流れ込んでしまうような恐れが、指先を冷たくさせた。
「あのな、やっと決まった。来週の金曜、帰れることになったで。チケットも取ったし、今度こそ予定通りや」
夫の声が嬉しそうに響く。その声は、まるで私の罪を洗い流すような、明るく清潔な水音のように鼓膜を満たした。私は、その声を聞きながら、良造さんの節張った指が、私のぬるい襞をゆっくりと押し広げるのを感じていた。指が一本、浅く沈み込む。内ももの力が抜けて、身体が知らず知らず良造さんの手へ向かって傾いていく。指の節が、内側の柔らかな襞を引っ掻くように動く。くちゅ……ぬちゅ、と粘つく音が、太ももの内にこもった。
「来週……金曜。そう、わかった。じゃあ、それまでに色々、準備しておくね」
私の声は、思ったよりもか細く、語尾が空気に溶けて消えていく。指がさらに奥へ、くちゅ、と音を立てもう少し進む。私は受話器を握り直し、わずかに腰を引こうとして、けれど身体は逆に、その指を深く招き入れるように沈み込んでしまった。
「おう。あんまり気張らんでええで。帰ったら、まず朱美の顔が見たいだけやし」
夫の声には柔らかな笑みが滲んでいて、その穏やかさが私の腹の底を甘く捩じる。耳元に、夫の顔がありありと浮かぶ。そして、眼前では老人の白い頭が、私の腿の間に埋まっている。
「……ふふ、ありがとう」
私の声が震えそうになるのを、腹に力を入れて押さえた。良造さんの指が、今度は私の肉芽へと場所を移し、円を描くように捏ねる。くちゅくちゅ、という湿った音が、受話器の向こうに聞こえないかと、そればかりが怖かった。怖いはずなのに、腰の奥は熱く、指を締め付けて離さない。頭の芯が、じんわりと痺れていく。夫の声を聞いているのに、私の耳は良造さんの指の動きを追いかけ、身体はその節張った指の骨格を、甘い痛みと共に覚えようとしていた。
「それじゃ、またメールするわ。朱美、体に気いつけや」
夫の声が、ゆっくりと切れようとする瞬間、良造さんの指がゆっくりと抜かれ、蜜でぬらぬらと光る指先が私の太ももに円を描く。私は息を継ごうとして、喉の奥で空気が震えるのを感じた。
「う……うん。あなたこそ、お仕事、無理しないでね。それじゃ、また……ね」
最後の言葉は、息が途切れて、かすかな喘ぎが混じる。慌てて口を覆った手のひらに、自分の熱い吐息が篭る。受話器を置く指が、ふるえた。通話が切れたことを確かめる前に、私は良造さんの頭を両手で掴んでいた。老いた頭を、自分の脚のあいだへ強く押し付ける。彼の舌が、待ちわびていたように私の陰裂を舐めあげた。じゅぷり、という音がして、私の腰が跳ねる。受話器が台からずり落ちて、畳の上に小さく弾んだが、通話はもう切れていた。その落ちる音さえ、私の耳には水音の奥でくぐもっている。
「あ……っ、あぁ……駄目……いま、私……っ」
夫の痕跡が、まだ耳の奥に残っている。優しい声が、電話越しの穏やかな笑顔が、私のなかで像を結ぶ。なのに、その像を溶かすように、良造さんの舌が蜜壺の入り口を何度も掬い上げる。鼻先が肉芽へあたるたびに、太ももが震えて、二人分の涎と愛液が、畳の上に点々と落ちた。受話器を握っていた右手が、意味のない仕草で自分の胸元を掴み、黒いレースのブラをずらして、硬くなった乳首を掌で押し潰していた。私は、夫の声がまだこの部屋に充ちているような気がして、その残響を消すように腰を前へ揺らした。
「奥さんの、ここ、さっきから……よう噛みついてくるわ」
良造さんが、私の茂みの奥で、くぐもった声を出した。彼の息がかかるたびに、ぴたりと男の顔を挟んでしまう。脚に力をこめ、太ももを閉じ気味にしながら、私は腰を前後へ揺すった。受話器を置いた後の静けさが、逆にすべての水音を大きく響かせる。ぬちゃ、ぬちゅ、くちゅ、と湿った音が、壁に反射して自分の耳へ戻ってくる。私はその音を聞きながら、夫に聞かせてしまわなかったことへの安堵と、もっと聞かせてもよかったのではないかという、自分でもおぞましい思いが背筋を走るのを感じた。
「ちがう……ちがうの、わたし……あ、あぁ……んっあ……!」
良造さんの口が、肉芽を吸い上げる。ぬちゅ、ぬちゅ、と吸い付く音が繰り返され、私は背中を仰け反らせた。夫の帰国が決まった。来週の金曜。家に、あの人が帰ってくる。嬉しいはずの現実が、今はただ、私の身体をどこか遠くから見つめる光のように思えた。その光は白くて強くて、私の剥き出しになった淫靡な場所を、容赦なく照らしている。
「……奥さん、腰、動いとりますよ。もっと、よう当たるところへ」
良造さんの声は、私を追い詰めるというより、私の身体の正直さを映し出す鏡のようだった。はあ、はあ、と私の息が漏れ、老人の息がその隙間を埋める。私は首を振る。振りながら、腰は彼の顔へ押し付けていく。太ももの内側に老いた手が食い込み、乾いた指先が、私の白い肉を掴んで離さない。その指が、まるで果実を揉むように、太腿の柔らかな内側を何度も掴み直す。
「や……あ……そんなこと、言わないで……ぇ……」
「言いませんよ。奥さんが、わしの顔に、自分から乗ってきてるだけじゃ」
良造さんの言い方が、あまりに低く、あまりに穏やかで、私の羞恥はいつも、この男の前でだけ別の形になる。嫌悪にならない。逃げになったりもしない。ただ、奥へ奥へ、と沈んでいく。その沈黙の水底が、私には甘くてたまらなかった。夫の電話があったからこそ、その沈み方はいつもより深く、そして熱い。受話器の重みが私の掌に残っていて、それが私を罪人としてこの場に縛りつけるのに、腰の動きは止まらない。
「あっ、あぁ……もう、だめ、良造さん……舌、すごい……ぃっ……」
じゅぷっ、じゅるる、と音がして、良造さんの舌が窄まりへ差し入れられる。中を浅く、素早く掻き回した後、陰唇の裏側へ沿ってゆっくりと舐めあげた。水音と老人の荒い息が、昼下がりの部屋に満ちる。私は自分の片手で自分の口を覆った。指のあいだから、熱い吐息が漏れ続ける。もう一方の手は、いつのまにか電話台の縁を握り締めていて、指先が白くなっている。夫の痕跡が、まだ耳の奥に残っている。優しい声が、電話越しの穏やかな笑顔が、私のなかで像を結ぶ。なのに、その像を溶かすように、良造さんの舌が蜜壺の入り口を何度も掬い上げる。鼻先が肉芽へあたるたびに、太ももが震えて、二人分の涎と愛液が、畳の上に点々と落ちた。
夫の声が、まだ聴こえる気がした。「来週の金曜」と、あの明るい声で。私は、その声に耳を塞ぐように、良造さんの舌へ腰を沈めた。帰国日の知らせが、嬉しさと一緒に、怖いものを連れてきたことを、私はもう確かめずにはいられなかった。夫が帰ってくるのは、私の日常が戻ってくること。けれど、この良造さんに開かされた身体は、もう元の場所へ戻れそうになかった。
やがて、下腹部の奥で、今までよりもずっと深い位置にある何かが、大きくはち切れるような感覚がした。私は声を殺したまま、身体を硬直させた。ぬる、と自分の内側から熱いものが噴き出すのを、良造さんの口が受け止める。舌がやさしくひだを掃くたびに、身体のあちこちが小刻みに跳ねて、畳の目が涙で滲んだ。その快感の波は、夫の「来週」という言葉と一緒に、私の胸の中へ深く流れ込んで、逃げ道を探して全身を駆け巡る。それでも声は出せないまま、私はただ、割れた呼吸を繰り返していた。
しばらくして、良造さんが顔を上げた。彼の口元が濡れて光っている。その光を、私は呆然と見つめた。縁側から差し込む午後の光が、老いた頬に浮かぶ汗と、私の淫水の照りを、嘘のように白く浮かび上がらせて、卑猥さが一瞬、神々しいものにも見えた。
「……来週、ご主人がお帰りなんじゃな」
良造さんは、私から一歩だけ離れて、低い声でそう言った。私の太ももに残っている、彼の手の熱だけが、まだ現実として確かだった。電話の受話器が、畳の上に転がったままで、そこから夫の声が吹き出すのをもう一度聴きたいような、二度と聴きたくないような、そんな二律背反が胸を塞いだ。
「……ええ。来週の金曜です」
私の声は、思ったよりも落ち着いていた。自分の下着がずり上がり、秘所を隠すものが何もない背徳感が、かえってその声を低く整えていた。
「そうか。……今日は、これで帰りますよ。奥さん、身体、冷やさんようにな」
良造さんは立ち上がると、乱れたカーディガンの前を直して、静かに裏口のほうへ歩き出した。私は畳の上に座ったまま、その背中を見送れなかった。下腹部の奥で、すがるように開いた内壁が、まだひくひくと彼の指を求めて蠢いている。それなのに、心は夫の帰国を知らせる言葉に縛られて、動くとどこかが切れてしまう気がした。夫の帰る日が、すぐそこにある。それが、こんなにも重くて、こんなにも私を熱くする。涙が浮いた視界の端で、隣家の窓が、昼の光をぽつんと受け止めていた。
第5章 隣の窓を選ぶ

第5章:隣の窓を選ぶ
畳に座り込んだまま、朱美は長いこと動けなかった。太ももの内側に残ったぬめる感触が、冷えていくにつれて自分の輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。それはまるで、熱い湯に浸した指先を夜風に晒したときのように、皮膚の境目だけが異物のように際立つ感覚だった。良造が帰った後の静けさは、思ったよりも重く、耳の奥で小さく鼓動が鳴っている。壁掛け時計の秒針だけが、規則正しく空気を刻み、その音がやけに遠く、また近く、朱美の呼吸とずれて響いていた。
朱美はゆっくりと立ち上がり、乱れたスカートの裾を直した。下着は腿のあいだに食い込んだままで、歩くたびに湿った布が陰部を擦る。その違和感を直す気にもなれず、台所へ歩いていく。素足の裏が冷たい板間に触れるたび、身体の芯に残った熱がまた疼いた。蛇口をひねると、水の音がやけに大きく響く。コップに注いだ水を一口含んだ。ぬるい水が喉を通る感触だけが、やけに生々しく、胃のあたりに落ちていくのがわかる。
「来週の金曜……」
声に出して呟くと、その言葉が他人事のように空虚に響いた。帰ってくる。夫が帰ってくる。嬉しいはずのことが、なぜだか薄い膜の向こう側にあるようで、朱美はコップを握り締めたまま台所の窓から隣家を見た。夕暮れの光が、古い家の壁を蜂蜜色に染めている。そのなかで、あの窓だけが濃い影を落としていた。
古びた窓。あの窓は相変わらず黙っていた。カーテンが閉まっているのか開いているのか、陽の加減でよく見えない。けれど朱美は、その窓硝子の向こうに、あの濁った眼差しが潜んでいるのを知っていた。朝も昼も夜も、あの人はあそこから私を見ている。見ようと思えば、いつでも見える位置にいる。その事実を確認するだけで、下腹部がじん、と熱を持ち、閉じた腿の奥で脈が打つ。朱美は自分でも気づかぬうちに、コップを持つ指に力を込めていた。
「私は、どうして……」
コップを流しに置く。濡れた指先で前髪をかき上げると、額に薄く汗が滲んでいた。蛇口の水滴が、シンクに落ちて、小さく跳ねる。その音さえ、どこか自分を責めているように聞こえた。
それからの一週間、朱美は良造を拒むことができなかった。いや、拒むという発想さえ、日を追うごとに薄れていった。夕方の四時が近づくと、身体が先に疼き出す。あの人が裏口の戸を叩く音を待つ自分を、もうとっくに赦してしまっていた。恐ろしかったのは、夫の帰国が近づくほど、この疼きが深くなっていくことだった。断ち切らなければ。心のどこかで、そう囁く声は消えない。それなのに、隣家の窓を視界に捉えた瞬間、指先が自分の意志と無関係に、スカートの裾を握りしめる。身体の奥の、言葉にならない場所が、あの古びた窓に向かって開いていくのを感じるのだった。
夫が帰る三日前の午後、朱美は良造を寝室に招き入れた。夫と自分が使う予定の敷布団は、あの日から一度も畳んでいなかった。わずかに湿気を含んだ布団の上に正座したまま、朱美は良造に背を向けて、ゆっくりとブラウスのボタンを外した。プラスチックの小さなボタンが、指先から滑っていく感触だけが鮮明だった。
「今日は、もう……何も言わないで」
振り返らないまま、朱美はそう言った。良造は黙って、朱美の背中に手を触れた。節張った指が、肩甲骨のあいだをゆっくり下りていく。乾いた手のひらが、朱美の汗ばんだ肌を撫でる。紙やすりを思わせるざらつきが、汗の膜を引くように滑る。それだけで、身体の芯がふる、と震えた。
「奥さん、痩せたんじゃな」
かすれた声が、朱美のうなじに吹きかかった。古いカーディガンの繊維の匂いが、吐息とともに流れ込んでくる。
「そんなこと……ないです」
朱美が答えると、良造は低く息を漏らした。彼の手が腕を回し、朱美の胸元を下着の上から包み込む。布越しに、皺だらけの掌の熱が浸みてくる。指が、ゆっくりと乳房の形を確かめる。柔らかな肉が、節だった指のあいだから溢れ、下着の縁に沿って熱が巡る。
「心なしか、ここもよう張っとる。夫が帰るのが、そんなに嬉しいんか」
「……違います」
朱美は首を振った。何が違うのか、自分でもわからなかったけれど、その言葉は反射的に出た。嬉しくなんかない。そう思った瞬間、ひどく後ろめたくなった。夫の帰りを嬉しくないと思う自分。それを、この老人の前で否定する自分。どちらも、同じくらい深い場所に沈んでいくようだった。
良造の指は、もう下着の中へ入り込んでいた。レースのカップをずらし、乳首を指の腹でくるりと撫でる。んっ、と短い声が鼻の奥で鳴った。背中がのけぞり、彼の胸に凭れかかる。古いカーディガンの匂い。煙草の残り香と、陽の光を吸った繊維の匂い。その匂いに包まれると、身体の力が抜けていくのがわかった。遠い場所へ流されるような、細い舟に乗ったような心地だった。
「……ここに、夫が寝るんです」
朱美は敷布団の上に目を落とした。夜ごと夫の夢を見ながら濡らした、この布団。その上で、今、別の男の掌が自分の胸をまさぐっている。
「ええ、わかっておりますよ。奥さんは、その場所で、わしに触られとるんじゃな」
「……違う。そうじゃなくて」
違う、と否定しようとして、喉の奥が熱くなった。違うと言える根拠が、もう何もなかった。夫が帰ってくれば、この布団で夫と眠る。その場所で、今、別の男に乳首をしゃぶられ、腿を開こうとしている。その事実を、朱美は自分から確かめるために口にしたのだと思った。背徳の深さを測るように。沈んでいく場所の、さらに底を見るように。
良造は朱美を敷布団の上に横たえた。天井が視界に広がり、昼の光がカーテンの端から細く漏れている。埃が光の中で漂い、その一粒一粒が金色に揺れていた。彼は朱美のスカートを腿まで持ち上げると、下着の上から太ももの内側を撫でた。白い下着の真ん中が、すでに湿って色を変えているのが、朱美自身にもわかった。布が蕾の形に食い込み、その周囲に淡い染みが広がっている。
「白い下着の、真ん中の染み……よう見える」
良造の声は、まるで独り言のようだった。押し殺したような、蝋燭の火が揺れるような声だった。朱美は太ももを閉じようとしたが、彼の手が、むしろ優しくそれを押し広げた。骨張った指が、内ももの柔らかな肉に食い込む。
「やめて……見ないで」
「今日は、見たいんじゃな。奥さんも」
「そんなこと……」
違うと言えなかった。見て欲しい。夫の帰りが近づくほど、あの人の目に、夫の知らない私の身体を刻みつけておきたくなる。消えないで、と願うような、切羽詰まった欲望が腹の奥で渦巻いていた。子宮のあたりが、ずくりと重くなる。まるで身体自体が、見られることを欲しているかのように。
良造の指が下着の股布をずらす。冷たい空気が陰部に触れて、ひくついた。濡れた襞が、外気に晒され、痙攣するように蠢く。彼はしばらく、割れ目を指の腹でなぞるように眺めていた。視線が這うたびに、そこが濡れていくのがわかる。まるで目の熱に溶かされるように。閉じた花弁が、じわりと綻んでいく。
「ええ匂いじゃ。女体の、饐えた匂い」
良造が深く息を吸い込む音がした。朱美は顔を背けて、唇を噛んだ。恥ずかしくてたまらないのに、汗と愛液の混じった生臭さを吸い込まれることが、背徳のなかでも特別な甘さを持っていた。嗅がれているという感覚が、直接触れられるよりも深く、身体の内側まで届く。
彼の舌が、内もものつけ根を舐めた。生ぬるく、ざらついた感触。太ももを這い上がり、陰裂のすぐ横で止まる。もどかしさに、腰が揺れた。朱美の身体が、勝手に悦びを探して動く。
「焦れったい……」
朱美が呟くと、良造は低く笑った。
「焦れったいのは、お互い様じゃよ」
彼の口が、朱美の茂みに触れた。下生えを舌先で梳くように舐め、そのまま肉芽を唇で挟む。じゅっ、と吸われると、背中に電流が走って、朱美はシーツを掴んだ。薄い木綿の布に爪を立て、身体を弓なりにする。
声を殺すのが、前より下手になっている。夫の帰国を前にして、朱美はいっそう敏感になっていた。されるがままになって、ただ、あの人の舌と指に身を委ねることしか考えられない。来週から、これをしなくなるかもしれない。その恐怖が、快感のひとつひとつに深く絡みついた。もうすぐ失うものがあるから、余計に淫らになる身体。その皮肉が、胸を締めつけた。
「あっ……んぅ……」
良造の舌が窄まりを押し広げ、内側を浅く掬いあげる。じゅぷ、ぬちゅ、と粘液音が、夫の敷布団の上で鳴った。襞を舐め上げるたび、蜜が湧き出し、彼の口元を濡らす。朱美は脚を大きく開き、彼の頭を自分の手で押さえた。老いた白髪を指に絡めながら、腰を浮かせる。夫の痕跡を、この布団から消すように。いや、そうじゃない。私の身体から、夫の記憶を消すように。そうしてしまうしか、自分を保てないから。
「もっと……して、ください……私が、んぁ……まだ、足りないの」
朱美の声は涙まじりだった。良造の指が二本、蜜壺へ入り込んでくる。節だった指が内襞を押し上げ、ゆっくりとかき混ぜた。くちゅ、ぐちゅ、と水音がせり上がり、太ももが痙攣する。溢れた愛液が、敷布団に小さな染みを作っていく。
「いいですよ。夫のおらんうちに、思い切り、わしの舌で奥さんのなか、洗うてやる」
その言葉の卑猥さに、朱美は声を上げてしまった。あぁん、と、自分のものとは思えないほど甘い声が敷布団の上に落ちる。良造の舌と指が同時に責め立て、朱美は何度も小さく達した。身体のあちこちが汗で濡れ、夫の敷布団に背徳の染みが広がっていく。
日が傾き、部屋が薄暗くなるころ、朱美は良造の胸に頭を預けていた。彼の心臓の音は、わりとしっかりと耳に届いた。老いた身体の、けれど確かな鼓動。その音を数えながら、朱美はぼんやりと天井を見ていた。天井には、窓から射し込む夕日が、赤い水たまりのような形を作っていた。
「来週の金曜……今度は、ほんとのことです」
朱美が呟くと、良造は黙って彼女の髪を撫でた。皺の寄った指が、黒髪を梳くように、何度も何度も滑る。
「奥さん、悲しそうな声じゃ」
朱美は小さく首を振った。
「悲しいんじゃ、ないんです。……わからないの。何が、こんなに私を……」
「わからんでも、ええんじゃよ」
良造の声は、あいかわらず低く、かすれていた。雨戸の隙間を吹く風のような声だった。
「身体が、わかっとる。それで十分じゃ。わしのこの手も、奥さんの肌を覚えとる。胸の重さも、腿のぬめりも、みんな、しっかり覚えとるから」
その言い草が、やけに切なくて、朱美は彼のカーディガンをぎゅっと握った。離すまいとする心と、離さなければという思いが、指先でせめぎ合っていた。古い布の感触が、涙で潤んだ掌に張りつく。
夫が帰る前日、朱美は夕食の支度をしながら、何度も隣家の窓を振り返った。窓は静かだった。薄暮のなか、硝子が橙に染まって、その奥はうまく見えなかった。それでも、朱美はなんとなく、あの濁った眼差しがこちらを向いている気がした。カーテンを閉めずにいること。それが今の彼女の、あの人への合図だった。
いっそ、このまま断ってしまおう。夫が帰ってくる。それで終わりにしなければ。台所のまな板の上で、包丁が軽く跳ねた。玉ねぎを刻む音だけが、規則正しく響く。涙が出るのは玉ねぎのせいだと、朱美は自分に言い聞かせた。まな板の木目に染み込んでいく、透明な汁。その匂いが、鼻の奥を突く。けれど、流れる涙の本当の理由を、彼女はもう知っていた。
その夜、朱美は良造を呼ばなかった。呼ぶことだけは、こらえた。夫の帰国を翌日に控えた夜、身体はいつも以上に火照り、下着は夕方からずっと湿っていた。眠れずに布団のなかで膝を抱え、窓の外を睨む。隣家の窓に、小さな灯りがつくのが見えた。あの人は起きている。向こうの部屋にいて、もしかしたら、こちらを見ている。そう思うだけで、胸の奥が甘く痺れた。
朱美は目を閉じて、自分の指を下着の上から沈めた。あの人の眼差しを想像しながら、ゆっくりと指を動かす。夫の帰りを待つ夜に、隣人を思いながら自分を慰める。それはこれまでで一番、深いところまで沈んでいくような自慰だった。何度も、何度も。声を殺して、隣人の窓を思い浮かべながら、朱美は自分のぬめりを掻き回した。
指先が温かくなったまま、朱美は眠った。
金曜日。夫の浩一が帰ってきたのは、夜の八時を過ぎていた。玄関の鍵が開く音。スーツケースを引きずる音。それから、少し掠れた夫の声。
「朱美、ただいま。遅くなってごめんな」
朱美は急いで玄関へ走った。スーツ姿の夫が、少し痩せた顔で笑っていた。空港の匂いか、知らない町の匂いか、浩一の身体からは生活感のない清潔な空気が漂っていた。朱美は「おかえりなさい」と頭を下げて、荷物を受け取った。触れた指先は温かく、朱美はその温もりを、数日前に触れた別の手と比べてしまった。そして、その比較を続ける自分を、もう止められなかった。
「ご飯、用意してあるよ。お風呂ももう沸いてるから」
「おお、ありがとう。よかった、俺のために全部準備してくれて」
浩一はそう言って、疲れた顔のまま笑った。朱美は普通に振る舞った。普通に笑い、普通に食器を出し、普通に彼の隣に座った。心の奥の、湿った場所に蓋をして。食卓に並ぶ皿の数々が、夫への贖罪のようにも見えた。
夕食を終え、浩一が風呂から上がってしばらくした後、二人で寝室へ入った。夫は元気そうだったけれど、時差のせいか、布団に横になるとすぐにうとうとし始めた。
「朱美……ごめんな。今日はもう、眠いわ。明日、たっぷり話そう」
「うん。おやすみなさい」
朱美は隣に横たわった。夫の寝息が、しばらくすると規則正しくなる。一ヶ月ぶりのその音は、思っていたよりも遠く聞こえた。彼は今、仕事の疲れを癒すように眠っている。その無防備な横顔を、朱美は見つめた。長いまつ毛が頬に影を落とし、薄い唇がわずかに開いている。愛している。その気持ちは確かにあるのに、身体の中心は別の場所で疼き続けていた。
朱美は天井を見つめたまま、身体を夫に背けて横を向いた。目の前に、カーテンの開いた窓がある。外は暗く、隣家の窓の輪郭だけが、月の薄明かりの中で浮かんでいた。あの窓を見た瞬間、胸の奥から、じわりと熱いものがこみ上げてくる。戻れない。もう、あの目がなければ、私は夜を越えられない。夫の寝息を聞きながら、朱美はそっと自分の下着に手を沈めた。
あの人の濁った眼差しを想像する。古びた窓の向こうで、こちらを見つめる目。太ももに触れる、しわだらけの手。舌の、生ぬるいざらつき。それだけで、指先が濡れていく。朱美は夫に背を向けたまま、唇を噛みしめ、息を殺して指を動かした。
夫の手の届かない場所で。いや、夫の知らない、私の別の時間のなかで。
隣の窓を選ぶ。罪の重さよりも、消えない疼きが、私の身体を、私の夜を、これからも支えていく。朱美は目を開けたまま、隣家の暗がりへ視線を投げ、そっと爪先を丸めた。
登場人物
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朱美 あけみ女性 ・ 24
外見: 腰あたりで揺れる柔らかな黒髪、濡れたように艶やかな茶色の瞳、小柄だが肉感的な体つきで、入籍後に増した胸元と丸い腰が主婦らしい色気を帯びる。白い肌は湯上がりや汗で薄紅色に染まりやすい。服装: 淡い色味の下着、薄手のネグリジェ、ゆったりした部屋着。性格・特徴: 真面目で控えめだが、結婚直後から夫の不在に敏感で、夜ごと下着を濡らす欲情を持て余している。羞恥心は強いが、一度快感に目覚めると自分から見せつける行動を選ぶ大胆さがあり、夫への罪悪感と隣人への充足感の間で揺れる。夫に愛されたいと願う一方で、自分の身体と欲望を肯定したいと渇望し、秘密が露見することを恐れている。
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良造 りょうぞう男性 ・ 68
外見: 白く薄い髪、濁って光る小さな目、痩せて皺だらけの体つき。節張った指と乾いて熱を孕む手のひらを持つ。古いカーディガンを羽織った姿から加齢臭が微かに漂う。無理に若作らず、隠居した男のくたびれが体の線ににじむ。服装: くたびれたカーディガン、色褪せた作業ズボン、部屋着のスウェット。性格・特徴: 無言のうちに粘着質な視線を送る性格で、表面は物静か。覗き見を咎めず受け入れた朱美に対し、内に卑猥な執着を育んでいく。自ら暴走せず、朱美の許しと挑発をじっと待つ粘り強さがあり、挿入しないという約束を守る従順さが逆に不気味な存在。
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浩一 こういち男性 ・ 28
外見: 長身で細身、短く整えた髪に清潔感のある顔立ち。スーツ姿が板についた若手商社マンで、肌は丈夫そうだが帰国後は出張疲れを見せる。性急に朱美を抱く手つきには新婚らしいぎこちなさがある。服装: スーツ、ネクタイ、仕事用のシャツ。性格・特徴: 仕事熱心でキャリア重視だが、朱美を大切に思っている。不在中の妻の変化には鈍感で、電話では近況を優しく尋ね、帰国後は普通の新婚生活を送ろうとする。仕事で成果を出し家庭を安定させたいと願い、妻の本音や不満に気づくことを必要とし、仕事に追われて妻との絆が薄れることを恐れている。





