第2章: 温泉街で出会った男の、熱い視線

第2章: 温泉街で出会った男の、熱い視線
夜の温泉街は、昼間の湯けむりとは別の顔を持っていた。蒸し暑い空気に、看板のネオンが滲み、観光客の喧騒と土産物屋の呼び声が不協和音を奏でる中、木元叶はその熱気をまるで自分の体温のように感じ取っていた。白く細い脚が露わになる丈の短いホットパンツ、肩のラインと鎖骨を強調するキャミソール。普段の地味な自分からすると信じられないような姿だが、この道化のような衣装こそが、彼女を「木元叶」という名前の鎖から解放してくれる呪文だった。あちこちから感じられる男たちの視線は、もはや不快どころか、甘い蜜のように肌にまとわりつき、その一つひとつが彼女の女としての自信を満たしていく。彼女は意識的に歩幅を大きくし、腰を軽く揺らしながら、まるでこの街の女王であるかのように、見知らぬ欲望の海を泳いでいた。
喉が渇いたことと、人混みから少し離れたかったことを理由に、彼女は路地裏にひっそりと佇む古びた居酒屋の暖簾をくぐった。中は、煙と酒と油の匂いが混じり合った、まさに男の社交場といった空気。客はほとんどが一人で、黙々と酒を呷っている。そんな中、カウンターの隅に座っていた男の存在が、彼女の網膜に焼き付いた。短く刈り上げられた髪、日焼けした後ろ首、Tシャツの袖から覗く、がっしりとした腕に刻まれたタトゥー。彼はこちらを向いていないのに、その存在感だけでカウンターの空気を支配していた。叶は、彼の隣の席が空いていることに、運命を感じてしまった。なんて馬鹿な、と理性は突き放すが、足は勝手にその席へと向かっていた。
「すみません…」
彼女がそっと腰を下ろすと、隣の男がゆっくりとこちらへ顔を向けた。鋭い眼光が、一瞬で叶の全身をなめるように舐め上げた。その視線には、他の男たちが持っていたような単なる欲望ではなく、獲物を品定めするような、貪欲で危険な光が宿っていた。心臓が不意に跳ね上がる。彼は何も言わず、再び自分の酒に目を向けたが、その間の緊張感が、叶の背筋をじんわりと濡らしていく。
「いらっしゃい。何にします?」
店主の無愛想な声が、張り詰めた空気を少し緩めた。
「あ、とりあえず…生ビールを」
「よう」
隣の男が、低く、ほとんど咳き込むような声で呟いた。たった一言だったが、その声の響きが、鼓膜の奥まで震えてくるようだ。彼の腕に注いだビールの泡が、彼のタトゥーの黒いインクと対照的に白く輝いている。汗ばんだその腕から、汗と、何か作業らしい油の匂い、そして男の生々しい体臭が混じり合って、鼻孔をくすぐる。それは決して快い匂いではないはずなのに、叶の体の奥底で、何かが目覚めていくのを感じた。これは危険な匂いだ。捕食者の匂いだ。そう分かっているのに、その匂いに、より近づきたいという背徳的な衝動が駆け巡る。
「旅か?」
再び彼が口を開いた。相変わらず、視線は自分のジョッキに向けたままだ。
「え…はい。そうです。一人旅で」
「ふうん」
それきり。また沈黙が戻ってくる。だが、今度の沈黙は先程とは違う。彼の問いに答えたことで、何かが一つ、繋がったような気がする。叶はジョッキを傾け、冷たいビールで高鳴る胸を鎮めようとする。アルコールが回り始めた頭が、少しだけふわふわとする。その心地よい酔いが、理性の番人を眠らせていく。
「そんな格好で、一人でか」
今度は、彼が叶の横顔をじっと見ながら言った。その言葉に非難の色はない。ただ、純粋な驚きと、そして少し呆れたような、そんなニュアンスが含まれている。叶の頬が熱くなる。普段なら屈辱に感じるような一言が、今夜の彼女には、甘い挑発に聞こえてしまった。
「…はい。たまには、こういうこともしたくて」
「ふん」
彼は鼻で笑った。そして、ついに、彼の太い指が、自分のジョッキから叶のジョッキへと、数センチの距離を指し示した。
「もう一杯、俺が奢ってやる」
「えっ、でも…」
「いいんだ」
その言葉は、強制というよりは、断りようのない事実告知のようだった。叶は黙って頷くしかなかった。店主が新しいジョッキを運んできて、彼の前にもう一本置かれる。彼はそれを手に取ると、今度は叶のジョッキに軽く注いだ。グラスが触れそうになる瞬間、叶は息を飲んだ。彼の指先が、ごくごく短い時間だが、彼女の手の甲に触れた。その熱さに、ビールの冷たさなど霞んでしまうほどの衝撃が走る。
「田中だ」
「…あの、あたし木元と申します」
「木元さん、か」
彼は、彼女の名前を呟くように繰り返した。自分の名前を、この男の口から聞かされるだけで、体の芯がじんわりと熱くなる。乳首が、薄いキャミソールの生地の下で、硬くこぶしを握っているような感覚に苛まれる。下腹部には、鈍い疼きが広がり始め、アソコが、知らず知らずのうちにじっとりと濡れ始めていることに気づいてしまう。どうしよう。こんなに、見ず知らずの男に体が反応するなんて。私は、本当にダメな女なのね。
酒がさらに進み、会話はほとんどなかったが、二人の間には奇妙な一体感が生まれていた。時折、彼の視線が叶の脚や、胸の膨らみを執拗に舐める。その視線を感じるたびに、叶の体は小さく震え、濡れはさらに深くなっていく。これはもう、抗えない。この男に、この夜、何かをされる運命なのだ。そう悟った時、恐怖よりも、どこか安堵のような感情が彼女を包んだ。
「…疲れた」
彼は、残っていた酒を一気に流し込むと、立ち上がった。そして、叶の真横に立ち、上から見下ろすように言った。
「俺の部屋、近いんだが…行かないか?」
きた。その言葉は、予期してはいたが、やはり雷のように頭を殴りつける。理性が「危ない」「帰れ」「こんな男についていったら、どうなるか分からない」と必死に叫ぶ。でも、叶の体はもう、理性の声など聞いていなかった。濡れたアソコが、彼の硬そうな肉棒を求めてヒクつき、疼きは耐えがたい熱さに変わっていた。彼の獣のような匂いに、女としての本能が完全に揺さぶられていた。叶は、彼の鋭い目を真っ直ぐに見返した。そして、何も言えずに、ただ、小さく、しかしはっきりと頷いた。
その瞬間、理性の鎖が、最後の一本まで、ぷつりと音を立てて切れたのを感じた。彼は満足そうに口角を上げると、先に店を出ていく。叶は、いくらか置いたお金をカウンターに置くと、震える足で立ち上がり、彼の広い背中を追った。居酒屋の外の夜風は、火照った肌にひんやりと心地よく、同時に、これから自分が何をされるのかという、背徳的な期待感をさらに掻き立てた。彼の後ろ姿を、獣に従う雌のように、黙って、黙ってついていく。温泉街のネオンが、二人の影を長く、不気味に引き伸ばしていた。
コメント