第1章: 蜜の味と最初のレッスン

第1章: 蜜の味と最初のレッスン
夏の終わりの陽光は、粘っこくて重たく、窓ガラスを伝って室内をじっとりと濡らしていた。光の筋の中で無数の埃が金色の粉塵となって舞い、古いカーペットの匂いと混ざり合う。その光の筋の中、槇村架純は自分の膝の上で固く握りしめた拳を、そっと開いてはまた握りしめるという動作を繰り返していた。
胸の奥で、小鳥が肋骨を突き破ろうとばかりに翼をバタつかせるような高鳴りが止まらない。指先に汗が滲み、ブルマーの生地が肌に張り付く感触が異様にはっきりと伝わってくる。ここは、大手芸能事務所「スターライトプロダクション」の特別オーディションに合格するための、誰もが羨む特別講座。
その扉をくぐった今日から、自分の夢が現実のものになるための、最初の、そして最も危険な一歩が踏み出されるのだ。
「槇村さん、緊張しているのかい?」
穏やかで、どこか粘つくような低い声が、静寂に響いた。講師の栗崎浩一先生だ。彼はヨレヨレのジャージ姿ながら、その存在感だけで部屋の空気を支配していた。染め始めた黒髪は無造作に伸び、疲れた印象の鋭い目が、獲物を品定めするように架純をじっと見つめている。
--怖い…でも、先生の目は、優しい…
その口元は優しい弧を描いていて、架純はかろうじて息をついた。
「は、はい! 少しだけ…」
「いいね、その気持ちは。夢への情熱がなければ、この世界じゃ生き残れない。だからこそ、その情熱を正しい形にしてあげるのが、俺の仕事だから」
栗崎先生はそう言って、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、まるで慈愛に満ちた父親のようで、十四歳の少女の緊張はみるみるうちに溶けていく。彼の大きな手が、架純の頭を優しく撫でる。その掌の温かさと、ほんのりとする汗の匂いに、架純は顔を赤らめた。
先生は、自分のことを本当に大切に思ってくれているんだ…。
部屋の隅には、もう一人の生徒がいた。相原優衣先輩だ。ピンク色に染め抜いたショートヘアが、この真面目な、それでいてどこか歪んだ雰囲気にはまるで似合わない。彼女はルールを無視して、露出の多いタイトなトップスにミニスカートという姿で、スマートフォンの画面をいじりながら退屈そうにしていた。
時々、こちらに投げかけてくる視線が、なんだか冷たくて、皮肉っぽい感じがするのは、きっと気のせいだろう…。
「さあ、架純さん。今日のレッスンに移りましょうか」
栗崎先生は窓際の席を立つと、部屋の中央に置かれた古びたソファにぐったりと腰掛けた。ソファが軋む音がした。そして、架純に手招きをする。その様子は、まるで特別な秘密を打ち明けるようだった。架純は指定のブルマーと体操着姿のまま、小さな足音を立てて彼の前に立った。
「アイドルのオーディション、特に大手事務所のものは、審査員のほとんどが男だ。これは、知っているか?」
「え、はい、聞いたことが…あります」
「そうだ。そして、男の審査員は、単に歌が上手いとか、ダンスがうまいとか、そういう表面的なことだけを見ているわけじゃない。特に、まだ何も知らないお前さんみたいな子の『素質』というものを、彼らなりに見極めようとするんだよ」
「素質…ですか?」
架純には、その意味がよく分からなかった。歌やダンスのことなら、いくらでも頑張れる。でも、栗崎先生の言う「素質」は、もっと深くて、湿ってて、暗い響きを持っているように感じられた。先生の目が、今までと違う光を宿していることに、架純は初めて気づいた。
それは、獲物を見定める肉食獣のような、飢えた光だった。
「架純さんには、お前にはないものがある。それは、純粋さと、それを壊されることへの怯え。その二つが、男の心を鷲掴みにするんだ。だから、今日はそのための特別なレッスンをしてあげよう。これは、他の生徒には絶対に教えない、あなただけの特別レッスンだよ」
栗崎先生の声は、甘く、粘着質に響き渡る。架純は、その言葉に抗うことができなかった。特別、だって。自分だけの、だって。その言葉は、夢に飢えていた少女の心を、まるで蜜で甘く縛り付けるように締め上げていく。
--おかしい…何かが、おかしいよ…。
頭のどこかで、警告のベルが鳴っていたが、その音は栗崎先生の誘惑的な声にすぐに覆い隠されてしまった。
「まずは、男が最も好むものを知ることから始めよう。来なさい、そこに座って」
先生が指さしたのは、自分の足元。架純はおずおずと、体操着の膝をつき、畳の感触がひんやりと伝わる床に、その前に座った。視線が、自然と先生の股のあたりに向かう。ジャージの生地の上からでも、分厚くて、隆起したものの存在がはっきりと感じられる。
それが、男の、性的な部分だという知識は、架純の中で漠然とした恐怖と、奇妙な好奇心を混ぜ合わせた感情を育んでいた。
「いい子だ…そうだ」
栗崎先生は、満足そうに呟くと、ゆっくりと自身のジャージのジッパーに手をかけた。その時、部屋の隅でスマートフォンを眺めていたはずの相原先輩が、ふとこっちをちらりと見た。その目に、同情と、諦め、そして「早く覚えた方が楽よ」と言わんばかりの冷めた光が宿っているのを、架純は見逃さなかった。
「じゅるっ」という、小さな金属音が静寂を切り裂いた。
ジッパーが下ろされ、ヨレヨレの下着の隙間から、太く、黒々とした、生々しい肉塊が顔を出した。架純は思わず息をのんだ。今まで見たこともないような、異質な存在だった。血管が浮き出り、先端は湿っていて、独特の、生臭くて濃密な匂いが鼻孔を突いた。
汗と皮脂と、何か別の獣的な匂いが混ざり合った、抗いようのない原初の匂いだった。
「ほら、架純さん。これが、男の心を掴む鍵だ。まずは、その匂いを覚えなさい。味わいなさい。そして、大切に扱う方法を、俺が一から教えてあげる」
栗崎先生の大きな手が、架純の後頭部を優しく、しかし強く掴んだ。抵抗できない力。逃げられない現実。夢のために、この先生の言う通りにしなければ、この特別なレッスンを無駄にしてはいけない。そう思った瞬間、架純の中で何かがぷつりと切れた。
理性が、羞恥心が、夢という名の欲望の前に、音を立てて崩れ落ちていく。
「さあ、口を開けて。蜜の味を教えてあげる」
その声に導かれるように、架純は自分の意志とは関係なく、白い歯の並んだ唇を少しずつ開いていった。目の前に迫る、熱を帯びた肉の塊。その生々しい色と形と匂いが、十四歳の少女の純粋な世界を、もうすぐ侵食し始めようとしていた。

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