妻に欺かれ退職金を取られ交通事故にも会うが…人生まんざらでもない

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第4章: 裸エプロンの待つ帰宅

第4章のシーン

第4章: 裸エプロンの待つ帰宅

週末が明け、叶は小さなキャリーケース一つを引きずり、洋のアパートのドアを開けた。中身はごくわずかだった。着替え数着と、化粧品のポーチ、それから愛用の枕カバー。それだけの荷物が、彼女の生活の拠点を移すという事実を、かえって無防備に露わにしているようだった。

「では……今日から、本当に、お邪魔させていただきます」

そう言って叶は深々と頭を下げたが、その耳朶は薄紅色に染まっていた。清楚な顔立ちのまま、こんなことを申し出る自分自身への羞恥と、抑えきれない期待が入り混じっている。

洋は立ち尽くしていた。リビングのソファの傍らに、彼女のキャリーケースが置かれている光景は、まだ現実味を帯びていなかった。半年前まで、あの広い戸建てで妻と娘と囲んだ日常が、まるで別人生の話のように感じられる。今、この狭いアパートに、新しい女が、荷物を置きに来た。

「……ああ。好きにしていいよ」

彼の声には、照れくささ以上の、どこかしらたまらない疼きが滲んでいた。

叶の存在が、この殺風景な空間を、確実に「誰かと生きる場所」へ変容させていく予感。孤独が溶ける音が、胸の奥で微かに鳴っている。

叶は顔を上げ、にっこりと笑った。

その笑顔は、介護者としての作り物の優しさではなく、女として、これから始まる日々への純粋な喜びに満ちていた。

「ありがとうございます。まずは、夕食の支度をしますね。今日は、洋さんの好きな肉じゃがを作ってきました。しっかり食べて、明日からのお仕事に備えてください」

彼女はさっそうとキッチンへ向かい、エプロンをかけ始めた。背中越しに見える細い帯の結び目が、洋の目の焦点をわずかに揺らす。

――こんなことになるとはな。

洋は心の内で呟いた。

骨折した足は、松葉杖なしでゆっくりなら歩けるまでに回復している。医師の許可も下り、来週からは嘱託としての職場復帰が決まった。生活は元の、いや、以前とは全く別の軌道に戻りつつあった。その軌道の中心に、佐藤叶という女性が、確固として存在している。

叶の同居は、文字通り「お泊まり」から始まった。

彼女自身のアパートにはまだ家財が残り、形式上は二重生活だった。だが、実質的に彼女が洋のアパートで過ごす時間は日に日に長くなり、気づけば洋のクローゼットの片隅に彼女の服が掛けられ、洗面所には色の違う歯ブラシが二本立っていた。

夜になれば、二人は当然のように身体を重ねた。

叶の欲望は、一度蓋が開くと、押し寄せる波のように容赦がなかった。洋の上に跨り、豊かな胸を揺らしながら激しく腰を振る彼女の姿は、清楚だった介護者の面影を完全に消し去っていた。彼女は声を殺さず、喘ぎ、泣き、ときに洋の名前を喚いた。

「あ……んっ……! 洋さん……中で、感じます……私、こんなに……ぐちゃぐちゃに、なってる……!」

ベッドの上で絡み合う度に、叶は自分の肉体の変化を、恥じらいながらも嬉しそうに伝えてきた。長い間眠っていた女の部分が、目覚め、疼き、貪るように快楽を求めている。その赤裸々な告白が、洋自身の身体を、六十歳という年齢を忘れさせるほどの熱に駆り立てた。

そして、ついに洋の職場復帰の日が来た。

朝、叶が作ってくれた焼き魚と味噌汁の朝食を済ませ、久しぶりにスーツに身を包む。鏡に映る自分は、半年前に会社を去る時よりも、どこか肩の力が抜けている。いや、むしろ地に足がついた、という感覚だった。

「行ってきます」

「いってらっしゃい。お仕事、無理しませんように」

叶は玄関まで見送り、背広の襟のほこりをぱんぱんと軽く払ってくれた。その仕草が、あまりに自然に、あまりに家庭的で、洋は胸が少し苦しくなった。

一日の仕事は、かつての部下たちに気を遣われながらも、なんとか無事に終わった。退職した身として戻ってくるのは複雑な気持ちだったが、知っている仕事をこなす単調さには、かえって安心感もあった。ただ、頭の片隅では、アパートに帰れば叶が待っているという事実が、絶えず温かい期待として蠢いていた。

帰りの電車で、洋はふと、娘の美咲との電話を思い出した。

『新しい人、できたんだ』

あの時、娘は驚きよりも先に、安堵のため息をついた。『よかった……お父さん、ずっとぼんやりしてたから。心配だったんだよ』

その言葉が、今になって染みる。

アパートの最寄り駅で降り、慣れた道を歩く。

スーパーの前を通り過ぎ、あの路地――叶の自転車とぶつかった場所を過ぎる時、足のスネがわずかに疼いた。もう痛みではない。あの事故が、すべての始まりだったという、奇妙な感慨に似た感覚だ。

アパートの扉が見えてきた。

二階の彼の部屋の窓には、明かりが灯っている。叶が先に帰り、夕食の支度をしている証だ。彼は階段を一段ずつ慎重に昇り、鞄から鍵を取り出した。

カチャリ。

鍵が回り、ドアが内側から軽く押される感触があった。

ドアを開けると、そこには――エプロン一枚をまとっただけの、叶の裸体が立っていた。

「おかえりなさい、洋さん」

彼女は顔を紅潮させ、いたずらっぽく、しかしどこか緊張した笑みを浮かべている。水色の無地のエプロン。胸元で結ばれたリボンの下からは、張りのある乳房のふくらみがこぼれ、その先端が薄い布越しに小さく突起を作っている。エプロンの裾は腿の付け根あたりでひらつき、その下には何もない。まばらな陰毛の生えた恥丘が、ちらりと覗いては隠れる。

洋は息を呑んだ。

ドアの外の冷たい空気が、一瞬で部屋の中の甘く湿った空気に変わった。叶の身体から、湯上りのような石鹸の香りと、ほのかに甘い女の体臭が漂ってくる。

「今日はずっと……考えてたんです」

叶が一歩近づく。裸足でフローリングを踏む音が、妙に生々しい。

「洋さんが、お仕事から帰ってくるのを、どんな風にお迎えしようかって」

彼女の指が、洋のコートのボタンに触れる。ゆっくりと外していく。

「それで思ったの。嘘っぽい服も、飾りもいらない。一番素直な私のまま、迎えようって」

コートが床に落ちる。

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AIが紡ぐ大人の官能短編『妄想ノベル』案内人です

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