第2章: 初めての密室と、触れ合う体温

第2章: 初めての密室と、触れ合う体温
エレベーターが静かに三階で停止した音は、金属的な軽い響きだった。
扉が開くと、薄暗い廊下が延びていた。
壁は濃いえんじ色のベルベット調で、足元には柄の派手なカーペットが敷かれている。
「……こ、こちらみたいです」
美和が、手に握ったキーカードに印刷された部屋番号を、かすれた声で確かめた。
彼女の指先がわずかに震えていた。
佐田清彦はただ頷くしかなく、自分の喉が渇いているのを感じた。
彼女の後ろについて廊下を進む。
部屋のドアは他の扉と比べて特に目立つ装飾はないが、重厚な木目調だった。
美和がカードをかざす。
「ピー」という電子音と共に、ロックが外れる音がした。
「……入ります」
美和がそう呟くと、ドアノブを回した。
中は、外の廊下よりもさらに暗かった。
美和が壁を探り、照明のスイッチを見つけて押す。
ぱっと灯ったのは、間接照明の柔らかなオレンジ色の光だった。
部屋は二人が想像していたより広かった。
中央には大きめの円形ベッドがどっしりと置かれ、天井には鏡が張られていた。
壁には抽象画風の派手な絵がかけられ、部屋の隅にはジャグジーバスと思しきものが備え付けられている。
「……わあ」
美和が息を呑んだ。
その声には、驚きと、どこか非現実的なものを見てしまったような困惑が混ざっていた。
佐田もまた、言葉を失った。
これまで入ったことのない種類の空間が、そこには広がっていた。
自分たちが今、何をしにここに来たのかという現実が、その派手な内装によって突きつけられるようで、彼はたまらず目をそらした。
美和はそっとドアを閉め、内側から鎖をかけた。
かちゃり、という小さな音が、余計に室内の静けさを強調した。
「……すみません。こんな場所、初めてで……」
美和が背中を向けたまま、か細く言った。
彼女の肩が、微かに縮こまっているように見えた。
「い、いえ……私も初めてですから」
佐田はそう答えるのが精一杯だった。
彼は部屋の中央に立ったまま、どこに座ればいいのかもわからず、ただ固まっていた。
ベッドのシーツは真っ白で、無機質にひだが整えられている。
そこに体を横たえるという想像さえ、まだ現実味を帯びてこない。
美和がゆっくりと振り返った。
彼女の顔は、間接照明のせいで影ができ、普段よりもさらに幼く見えた。
丸いフレームの眼鏡の奥で、黒い瞳がきょとんとしている。
「……お約束ですから」
美和がぽつりと言った。
「え?」
「お金をいただく以上、私も……ちゃんとしなければいけないと思います」
彼女の言葉は、どこか棒読みのように、練習してきた台詞を繰り返しているようだった。
その律儀さが、かえって佐田の胸を締め付けた。
「美和さん、そんなに無理しなくていいんです。ただ……ここに来ただけでも……」
「ダメです」
美和は首を振った。
黒く長い髪が肩を揺すった。
「私、こういうこと、わかってないかもしれないですけど……いただくものには、きちんとお返ししないと。それが……私の、やり方なんです」
彼女はそう言うと、一歩、佐田に近寄った。
そして、震える手を差し出して、佐田のダウンジャケットのファスナーに触れた。
「……失礼します」
かさかさ、という小さな音だけが、張り詰めた空気を切り裂いた。
ファスナーが下り、ジャケットが開かれる。
佐田は息を止めた。
彼女の指先が、彼の胸に触れる。
ほんの一瞬、ツィード地のシャツの上を通り過ぎるだけの接触だったが、その温もりが、生地の向こう側にはっきりと伝わってきた。
「……私、美術大学なので」
美和が、息を詰めながら話し始めた。
「裸体を見るのは……慣れています。ヌードのモデルさんも、何度も描きましたから」
彼女はそう言いながら、ジャケットの肩をそっと押し下げた。
佐田は無意識に腕を抜き、ジャケットが床に落ちるのを感じた。
次に彼女の手が、彼のシャツのボタンに移った。
一番上のボタンが外れる。
「……でも」
美和の声が、一段と低くなった。
「触るのは……初めてです」
二つ目のボタン。
三つ目。
彼女の指の動きはぎこちなく、時々、ボタンホールからボタンがすり抜けずに、もたついた。
そのたびに、彼女の息遣いが少しだけ乱れるのが聞こえた。
佐田はただ、じっとしているしかなかった。
自分より四十歳以上も年下の少女が、震える手で自分の服を脱がそうとしている。
その光景は、どこまでも非現実的で、そしてどこまでも生々しかった。
シャツが完全に開かれた。
彼はやせ型で、年相応に胸板には厚みがなく、肋骨の浮き上がりが少し目立つ。
長年デスクワークを続けてきたせいか、腹筋は緩んでおり、皮膚には年の波が刻まれていた。
「……すみません」
美和が突然、謝った。
「何が……です?」
「私、こういうの……よくわからなくて。ただ、見たままを……そうですね、観察するように……しか、できないかもしれません」
彼女はそう言うと、視線を佐田のズボンのベルトに下ろした。
彼女の手が、革のベルトに触れる。
バックルを外す音が、かちゃりと乾いた響きを立てた。
ジッパーが下りる音。
チノパンのボタンが外される。
そして、彼女が彼のパンツをそっと下ろした時、佐田は自分の中にある変化を、否応なく意識させられた。
下着の上から、ぼんやりと形が浮かび上がっている。
彼自身、そんなに簡単に興奮するとは思っていなかった。
長い間、そういう欲求すら麻痺していたような気がしていたからだ。
だが、今、この十九歳の少女の真剣なまなざしの前に、自分の体が正直に反応している。
美和はパンツを完全に脱がせると、跪くように腰を下ろした。
彼女の視線の高さは、ちょうど彼の腰の辺りになる。
「……これが」
美和が、かすかに息を漏らした。
「男性の……そうですね」
彼女は学術的な用語を探しているようだった。
「陰茎……ですね」
その言葉を、彼女が口にした時の、真っ直ぐな響き。
恥じらいよりも先に、好奇心が滲んでいるように聞こえた。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、彼のトランクスの生地に触れた。
その下で、確かに形を変えているものがあった。
「触っても……いいですか?」
美和が上を見上げた。
眼鏡のレンズの向こうで、彼女の瞳はきらきらと光っていた。
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