第3章: 居酒屋の夜と誘い―「家に来ませんか」(続き 2/2)
賢一の股間が、じんわりと熱を帯びる。トレーニングパンツの下で、ゆっくりと形を変え始めるのを感じた。
「司城さんは……奥様と、最後はどうだったんですか?」
「……最後の数年間は、もう全然。寝室も別でした。触れることさえ、嫌がられましたから。自分が……男として見られてないんだな、と、痛感してました」
聡子の目が、哀しそうに細まった。
「……可哀想に」
「いえ……今は、そうでもない。むしろ、あの言葉がなかったら、ジムにも来なかったかもしれない。五十嵐さんにも会えなかった」
おでんの鍋がぐつぐつと音を立て、湯気がゆらゆらと立ち上る。
その温もりの中、賢一は全身の力を込めて、言った。
「……五十嵐さん。これから……私の家に、来ませんか?」
瞬間、聡子の息が止まったように見えた。
彼女の頬が、一気に真っ赤に染まる。目を見開き、唇がわずかに震える。
「それって……まさか……」
「……はい。そういう意味で……お願いします」
長い沈黙。
聡子は下を向き、自分の膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。指の関節が白くなる。
そして、かすかに、ほんの少しだけ、うなずいた。
「……恥ずかしい……けど……行きたいです」
部屋に戻ったのは、夜の十時を過ぎていた。
賢一のアパートは、夫婦で住んでいた家を売却した後、一時的に借りたものだ。広くはないが、きちんと整理され、清潔な印象だった。
「お上がりください。狭いところで……」
「いえ、そんな……とんでもない。きれいなお部屋ですね」
聡子は玄関で靴を脱ぎ、少しおずおずと中へ入る。彼女はトレーニングウェアの上に羽織った薄いジャケットをそっと脱ぎ、ソファの背もたれにかけた。その動きで、タンクトップの下で膨らむ胸の形が、よりくっきりと浮かび上がる。
「何か飲み物を……」
「大丈夫です。もう、お酒は十分でしたから」
二人、立ったまま。
冷蔵庫の音だけが、コンプレッサーの低い唸りを響かせる。
あまりに静かすぎて、互いの鼓動が聞こえてきそうな気がした。
賢一の胸の中で、心臓がどくどくと大きく打っている。喉がカラカラに渇く。
「司城さん」
「……はい」
聡子が一歩、近づいた。
彼女の顔が、間近に見える。長いまつ毛、明るい茶色の瞳が、まっすぐに賢一を見つめている。そして、その瞳の奥に、不安と期待、そして紛れもない欲望の色がちらついている。
「私……こういうの、久しぶりすぎて……どうしていいか、わからなくなっちゃいそうです」
「……僕もです。正直、震えています」
賢一は、そう言いながら、確かに自分の手が微かに震えているのを感じた。
聡子はその手を見つめ、そっと自分の手を差し出した。
触れた。
最初は、指先だけが触れ合った。彼女の指は、トレーナーらしく少し固いが、しなやかで温かい。
賢一は、その手を、ゆっくりと包み込むように握った。
聡子の指が、ほんの少し、返すように動いた。
「……司城さん」
「……聡子さん」
自然に、名前で呼んだ。
聡子の目が、一層潤んだ。
「ここまで……来ちゃったね」
「ええ……もう、後戻りは……できません」
賢一のもう一方の手が、聡子の頬に触れた。
滑らかで、ほんのりと熱い肌。彼女が目を閉じ、その手のひらに頬をすり寄せる。小さな吐息が漏れた。
「はぁん……」
その声に導かれるように、賢一はゆっくりと顔を近づけた。
互いの息が混ざり合う距離。唇と唇が、かすかに触れ合うか合わないか――。
聡子の目が、細い隙間から賢一を見上げる。
その瞳は、すでに蕩けかかっていた。
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