第1章: 夏の到来と、小さな同居人

第1章: 夏の到来と、小さな同居人
蝉時雨が窓ガラスを震わせるほどに、夏はすでに始まっていた。粘つくような熱気に、冷房の効いたリビングの空気さえもどこか重く、剛は床に座り込んだまま、テレビのつけっぱなしの画面をぼんやりと見つめていた。そんな退屈な午後に、玄関のチャイムが鋭く夏の静寂を切り裂いた。
「いらっしゃい、美羽ちゃん!」
母・恵子の明るい声が聞こえ、続いて小さな足音が廊下を駆けてくる。その音に、剛はなんとなく体を起こした。いつもなら「美羽が来たのか」というくらいの淡い興味しか抱かなかったのに、今日はどういうわけか、胸の奥で奇妙な期待がこんもりと膨らんでいくのを感じた。
「つよしお兄ちゃん、遊ぼう!」
リビングに飛び込んできた美羽の声は、透き通るように高く、夏の光そのものだった。明るい茶色の髪をサイドで結ったその姿は、淡いピンク色のフリルつきワンピースをまとっていて、走ったことでふわりとスカートが広がる。その瞬間、甘くてフルーティーなシャンプーの匂いが、剛の鼻先をくすぐった。それは、今までの「妹みたいな存在」だった美羽からは、決して感じたことのない、はっきりと「女の子」の匂いだった。
「あ、ああ。うん。」
剛は自分の声がどこか掠れていることに気づき、顔が熱くなるのを感じた。美羽は何も気づかず、剛のすぐ隣にぴったりとくっついて座り、テレビ画面に映る子供番組のキャラクターを指さしては、嬉しそうに笑う。その無垢な仕草の一つ一つが、剛の目には異様に鮮やかに映り込んでいく。汗ばんだこめかみに光る細かな汗、長いまつげがぱちぱちと瞬く大きな瞳、無防備に丸まった小さな膝。すべてが、剛がこれまで意識したことのない、禁断の魅力を帯びているように思えた。
「ねえ、つよしお兄ちゃん。あとで、公園に行かない?」
美羽は顔を剛に近づけ、黒に近い茶色の瞳で見つめてきた。甘い息がかかり、剛は思わず後ずさった。その反応に、美羽は少しだけ不思議そうな顔をした。
「どうしたの?お兄ちゃん、なんだか静かだね」
「……なんでもない。さっきまでゲームしてたから、ちょっと眠いだけだ」
言い訳はどこか下手で、剛自身もその嘘の薄っぺらさに赤面した。恥ずかしさと、どうしようもない好奇心が、胸の中で渦を巻いている。美羽は「そっか」と言って、再びテレビに夢中になったが、その横顔を見ているだけで、剛の心臓は異常な速さで鼓動を打っていた。これは間違っている。自分の従妹に対して、こんな気持ちを抱くなんて。罪悪感が胃のあたりをきゅうっと締め付けたけれど、それでも目は美羽の、ワンピースの襟元からちらりと見える白い首筋に釘付けになっていた。
午後のおやつ時間。恵子が麦茶とクッキーを運んできてくれた。美羽は嬉々として畳の上に正座し、小さな手でクッキーを掴む。その時、彼女が少し前のめりになった拍子に、ワンピースのスカートの裾がめくれ上がった。一瞬、視界に飛び込んできたのは、うさぎのキャラクターが描かれた、真っ白な小さな布地だった。パンティ。その言葉が頭に浮かんだ瞬間、剛の全身に電流が走った。血が一気に頭に上り込み、耳がじんじんと熱くなる。慌てて視線をそらし、コップの麦茶を一口飲んだが、喉はからからからで、全く潤いはしなかった。
「つよしお兄ちゃん、どうしたの?クッキー、食べないの?」
美羽の無邪気な声が、剛の罪悪感にさらに油を注いだ。彼女は自分が何を見せてしまったか、全く気づいていない。その無垢さこそが、剛をさらに深い、いやらしい沼へと引きずり込んでいくのだ。剛はただ首を横に振ることしかできず、俯いたまま自分の膝を見つめていた。
夜になり、蒸し暑さは一向に衰えなかった。二人は剛の部屋でテレビゲームをすることになった。狭い六畳間に、二人の体温とゲーム機のファンの音だけが充満している。美羽はゲームに夢中になって、時々剛の腕にぶつかったり、無意識に体を寄せてきたりする。そのたびに、甘い匂いと温かい体温が剛を襲い、集中力はどんどん削られていった。ゲームのキャラクターが何度もやられてしまう。
「あれー、お兄ちゃん、今日は全然強くないねぇ」
美羽はくすくすと笑った。その笑い声さえも、剛には甘い毒のように感じられた。彼女の小さな指がコントローラーを器用に操る様子、その横顔に映るテレビの明かり。すべてが、剛の中の抑えられない何かを刺激し続けていた。
「……そうだな」
やっと絞り出した言葉は、自分でも驚くほど乾いていた。そして、夜更け。美羽が風呂に入った後、剛は自分の布団の中で、今日一日の出来事を何度も何度も反芻していた。シャンプーの匂い。汗ばんだ肌の艶。ちらりと見えた白いパンティ。美羽の無垢な笑顔。それらの記憶が断片的に、しかし鮮烈に脳裏に焼き付き、剛の体を内側から熱くしていく。これは、ただの好奇心なんじゃない。もっと深く、暗く、抑えきれない欲望の始まりだった。夏の夜長は、まだ始まったばかりで、剛の秘められた好奇心は、静かに、しかし確かに動き出していたのだ。

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