第1章: 切り捨てた黒髪と、揺らめく決意

第1章: 切り捨てた黒髪と、揺らめく決意
夏の午後の空気は、肌に張り付く粘つきと共に慈の身体を包み込んでいた。
窓から差し込む陽光は、部屋の中で無数の埃を黄金の粉へと変え、まるで溶けた琥珀の川のようにゆっくりと流れていく。
鏡に映る自分の姿を、慈はただ茫然と見つめている。
腰まで伸びた黒髪は、母が毎朝丁寧に梳いてくれた贅沢な絹糸。その滑らかな光沢と、首筋へと伝わる優しい重みが、今は呪いのように感じられた。
誰もが羨む「お人形さんみたいね」という言葉は、小坂慈という「可愛い女の子」の証であると同時に、内に秘めた汚れた欲望を覆い隠すための、最後の仮面でもあったのだ。
あの黒い滝の中に、幼い日の記憶が今もなお蠢き、時折鋭い棘となって慈の意識を突き刺す。
近所に住んでいた年上の男の子、亮のお兄ちゃんとの、あの夏の日の出来事。
忘れようとすればするほど、記憶の断片は鮮明になり、身体の奥深くで禁断の熱を燃え上がらせた。
あの日、亮に無理やり引きずり込まれたのは、彼の家の物置だった。
カビと埃、そして錳びた金属の匂いが混じり合う、薄暗くて蒸し暑い空間。
亮はニヤリと笑い、慈の可愛いフリル付きのパンツを指先で引っ掛け、ぐっと引き下ろしたのを覚えている。
抵抗する慈の細い腕を片手で押さえつけ、もう片方の手で、まだ幼く、一本の毛も生えそろっていなかった自分のアソコを、まるで珍しい昆虫の標本でも観察するように、じろじろと見つめたのだ。
その視線が持つ、無邪気な残酷さに、慈の体は恐怖で凍りついた。
でも、その恐怖の裏で、見知らぬ何かが疼き始めていた。
亮の指先が、おそるおそる慈の秘裂を撫でた時。
くちゅっ、と小さく、けれど明確に聞こえるような濡れた音が立てば、慈の体はびくりと震えた。
それは痛みではなかった。
単なる恥ずかしさでもなかった。
未知の、ぞくっとするような痺れが、脊髄を伝って脳にまで駆け上る、生まれて初めての感覚だった。
亮の指が、まだ膨らみさえしていない小さなクリトリスを無造作に弄び、ぬるりと濡れた秘部の溝をなぞるたびに、慈の体は彼女の意志とは無関係に熱を帯び、内腿はじっとりと汗で濡れていく。
そして、亮の息が乱れ、彼自身のズボンの股間が不自然に膨らんでいるのに気づいた時、慈は本能的な恐怖を感じた。
彼は慈の小さな手を捕らえ、その熱くて硬い塊を握らせた。
あの感触は今でも忘れられない。
スベスベとした皮膚の下に、石のように固い芯があって、慈の指を握り返すように、脈動が伝わってくる。
生きている、熱い、男の性器。
亮は慈の手を動かさせ、自分のペニスを擦りつけさせた。
じゅくじゅくと、先端から透明な液体が滲み出て、慈の手はベタベタになった。
そして、亮が苦しそうに呻き、体をびくんと震わせた瞬間。
慈の手のひらを、白く濁った、粘っこい液体が温かく射出したのだ。
その生臭くて少し塩辛い匂い。
その感触。
その光景。
それら全てが、慈の脳に焼き付き、彼女の性の根源を歪めてしまった。
あの日以来、慈の秘部は疼き続ける。
誰かに見られる。
誰かに触れられる。
あの時の、あの屈辱と、あの未知の快感をもう一度味わいたい。
その欲望は、慈の心の中で醜い草のように育ち、彼女を苛み続けていた。
学校で皆に可愛がられる「小坂慈」を演じるたび、その裏で自分はこんなに汚いことを考えているんだという罪悪感が、快感に変わっていくのだった。
この夏、もう我慢できない。
このままじゃ、いずれ自分が壊れてしまう。
そう悟った慈は、鏡の中の自分に深く息を吸い込む。
決意が、硝子のように脆い心を貫いた。
彼女は引き出しから裁ちバサミを取り出した。
冷たい金属の感触が、熱くなった掌に心地よい。
ざくりっ、と最初に髪を切り落とした時、耳に響く音は、まるで何かを断ち切る宣告のようだった。
首筋に感じる風の涼しさに、慈は息をのむ。
一度切り始めると、もう止まられなかった。
ざくっ、ざくっ、と無造作に、まるで憎い相手の髪を引き抜くように、自分の黒髪を切り捨てていく。
鏡に映る自分は、次第に見慣れない姿になっていく。
長い髪がなくなったことで、顔の輪郭がはっきりとし、大きな瞳がより一層際立って見える。
ショートボブに切り揃えられた髪は、少年のように無邪気で、どこか危険な雰囲気さえ漂わせていた。
床に散らばる黒い髪の切れ端は、慈が捨てた過去の残骸であり、「可愛い女の子」という名の鎧の破片だった。
これでいい。
これで、もっと危険な場所へ行ける。
男だけの世界。
誰も自分が女の子だとは思わない場所で、もっと深い、もっと底の知れない羞恥の沼に自分を沈めることができる。
短く切り揃えた髪を指で撫でると、その感触に、慈はもう一度震えた。
それは不安だけの震えではなかった。
これから始まる、禁断の遊戯への期待と、自己破壊的な快楽への渇望が混じり合った、甘美な身震いだった。
鏡に映る、見慣れない「少年」の姿。
その瞳の奥には、もう「小坂慈」という名の少女の純粋さはなく、ただ、見知らぬ誰かに裸を晒すことだけを渇望する、けだるい獣の光が揺らめいていた。

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