第三章「快楽の通学路」
それからの私は、朝が待ち遠しくなっていた。
以前は、ただ眠いだけの退屈な時間。駅まで歩く足も重たかったのに、今では、毎朝ドキドキしながら、鏡の前でスカートの裾を整えていた。ピアノの練習より、授業より、なによりも、電車の中で何が起こるかが楽しみになっていた。
私は、もう一度“あれ”を感じたかった。
あの朝のリュックの角――あの偶然の刺激。
指で触れるのとは、また違う。誰かにされるわけでもなく、でも“他人の物”によって与えられる、あの不可抗力的な快楽。
混雑の中でこっそりと濡れていく羞恥。見つかるかもしれないスリル。
最初は、偶然に起きたことだったのに。
でも今は、自分から求めている。
わたし、もっと……ああいうの、されたい。
“されたい”じゃなくて、“起こしたい”。
自分で、あの状況をつくる。偶然を、意図的に。
私は、いつもより混雑しやすい時間帯の電車を調べた。一本遅らせるだけで、乗客の密度が倍になる。最前車両より、中央付近の方が圧迫が強い――そんな“調査”までして、自ら“刺激のための車両”に足を踏み入れていた。
スカートの下には、少しだけ厚手の、でも柔らかくて肌に密着する素材のショーツを穿いた。クリトリスにぴったり貼りついて、こすれるたびに微かな電流が走るような感触がするやつ。
駅のホームで電車が近づいてくる間、心臓が高鳴るのがわかった。
汗ばんだ掌。緊張して、脚がうまく動かない。
だけど、乗り込んで数秒後には、その不安は快感に変わっていた。
「……っ」
今朝の“相手”は、斜め後ろに立ったおじさんのショルダーバッグだった。
カチッとした金属のバックルが、揺れのたびに私の下腹部の上をかすめる。その一点だけ、やけに温度が高い。いや、私の身体の方が熱くなっているのかもしれない。
気づかれないように、ほんの少しだけ腰を前に出す。
電車が揺れる。バッグの角がショーツ越しに押し込まれる。
呼吸が一瞬、止まった。
「……んっ」
目を閉じた。
知らない人たちに囲まれた中で、私だけが、こんな風に感じている。誰も気づかない。でも、もしかしたら――誰かが気づいてるかも。私の頬の紅潮、呼吸の乱れ、太ももをすり合わせる仕草。何気ない振る舞いの中に、欲望がにじんでいること。
スカートの内側では、クリトリスがじんじんと疼いていた。
もう、湿ってきている。電車の中で濡れている自分を想像して、さらに濡れた。
駅に着くたびに、押し寄せる乗客の波で身体が圧縮され、誰かの腕が背中に、誰かの腰が太ももに触れてくる。それだけで、まるで身体中が性感帯になったみたいに敏感に反応した。
膣の奥が、ぎゅっとしぼむ。
“中”が何かを欲しがって、きゅうううっと締まる。
だけど、何も挿っていない。挿れたくて、たまらない。
気づけば、私は脚を少しだけ開いて、そこにわずかな摩擦を生ませようとしていた。誰かに見られてたら、変な子に見えるかもしれない。でももう止められなかった。
次の駅で、少しだけ乗客が降りた。体の密度がゆるみ、私は自分の身体ががくんと崩れるのを感じた。力が抜けた足で、よろけそうになる。
下腹が、まだズクズクと疼いてる。
濡れて、滲んで、ヒクついて。
絶頂には届いていないけれど、それよりもっと悪い――中毒のような渇望。
駅を降りてトイレに駆け込む。
個室の鍵をかけて、座った瞬間、下着のクロッチが肌に張りついていて、その湿り気が太ももに移るのが分かった。
「また……濡れてる……」
指で触れると、くちゅりといやらしい音がした。
私は指を引き抜き、指先をじっと見つめた。濡れて、テカって、そこにははっきりと“女の子の汁”があった。
授業に遅れそうだった。でも、どうしても――
私は、そのまま指をまたショーツの中に戻し、ゆっくりとクリトリスを撫でた。
たったそれだけで、腰が跳ねそうになった。
「……だめ、また、したくなっちゃう……」
小声でつぶやいた声が、自分でもびっくりするほど甘く崩れていた。
それからの日々、私は毎朝、電車の中で濡れるようになった。
バッグの角、誰かの腕、吊革を掴んだときの腕の引き締まり。
目に入るもの、肌に触れるもの、すべてがわたしの性感帯を刺激してくるようだった。
誰にも言えない。だけど、私だけが知ってる秘密。
わたし、電車の中で――変態になってきてる。
でも、それがいやじゃなかった。
それどころか。
もっと、もっと感じてみたい。
指じゃ届かない、深いところまで。
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