第二章「初めての、ひとりあそび」
結局その夜、私は眠れなかった。
肌に触れる布団の感触がいつもよりやけにやわらかくて、でも重くて、その下でうごめく何かに意識を奪われたまま、何度寝返りを打っても、体の奥の痒みは消えなかった。
耳を澄ませば、家の中はもう静まり返っていた。父も母も、弟も寝ている。私の部屋は2階のいちばん奥。誰にも見られない。誰にも、聞かれない。
私はそっとパジャマの裾をめくり、下着の中に手を入れた。
「……ん……」
あたたかかった。自分の指先が、自分のそこに触れるなんて、そんなこと考えたこともなかったのに。けれど、そこは濡れていた。朝の電車で感じた“熱”が、まだそのまま残っていた。
布越しにこすれたリュックの角。あの刺激と似た感覚を探しながら、私は親指の腹でクリトリスの位置を探った。まるで、ピアノの鍵盤のように。黒鍵と白鍵の狭間をなぞるように、指がそこに触れた瞬間、びくん、と全身が跳ねた。
「ふぁ……っ」
小さく、かすれた声が漏れる。慌てて口を手で覆った。
だめだ。こんなの、見つかったら――。けれど、身体の奥はもう止まってくれなかった。
指がクリトリスをなぞるたび、足先から背中にかけて波紋のようなゾクゾクが駆け上がってくる。電車の中で感じたあの擦れる感覚を、今度は自分の指でなぞっていく。
「や……やだ、わたし、変……んっ」
言葉は拒絶なのに、身体はどんどん求めていく。指が震えても、クリトリスは熱を帯び、濡れた蜜がじんわり指の腹に染みこんでいった。
もっと奥を触ってみたくなった。
人差し指をそっと、膣口にあてる。まだ、入るかどうかもわからない。緊張と興奮で息が詰まりそうになる。
「んぅ……っく……!」
ぐちゅ、という音が小さく響いた。自分の中に、指が入った。硬い膜のようなものが引っかかる。でも、少しずつ、押し広げて……一関節、二関節……
「はぁ……あぁ、く……ふ……♡」
夢中だった。目を閉じて、自分の体の中で指が動く感覚にすべてを支配されていた。
汗ばんだ太ももを閉じ、腰をクイッと押し上げると、指先がもっと奥へ――
「ふあっ! あっ……や、んっ、そこ……っ」
急に、きた。なにかが、弾けた。
背筋がビリビリと痺れ、息が止まったまま、腰が跳ねる。太ももを閉じきれず、布団の中でびくびくと何度も震えた。
「ぁ、あ……あっ、あぁぁ……♡」
声が洩れそうになって、必死で噛み殺した。けど、完全には抑えきれなかったと思う。
初めての絶頂。たった一本の指で、わたしの中が、ぐちゃぐちゃに壊れたようだった。
しばらく動けなかった。指を抜くと、ぬるんとした音とともに、トロッとした透明な粘液が指先を伝った。匂いは強くないけれど、はっきりと“女の子のにおい”がした。
「……これが、イくってことなの……?」
自分の中から出た液体を見つめながら、私は呆然とつぶやいた。
あんなに快感が強いなんて、知らなかった。
教科書にも、保健体育にも書いてなかった。
誰も、教えてくれなかった。
“男の人”がこれを見たら、どんな顔をするんだろう。
私のここが濡れてるのを見たら、興奮するの?
もしかして……触ってくれたら、もっと、すごいのかな……?
そんな妄想が、止まらなかった。
次の夜も、その次の夜も、私は指をそこに滑らせた。
二本指でゆっくり広げてみたり、膣口をぐりぐり押してみたり。クリトリスをそっと弾いてみたり。まるで、知らない楽器を調律するみたいに、慎重に、でも貪欲に。
「はぁっ、あぁ……♡っ……だめ、また、イッちゃ……♡」
わたし、毎晩のように自分でイってた。
電車の中で偶然芽生えた快感の記憶が、私の身体を、そして心を変えていった。
気づけば、夜が来るのが楽しみになっていた。
次の朝、鏡の前で制服を着ながら、私はスカートの中に視線を落とす。
何事もなかった顔をして、でも、昨日の晩に濡らした場所が、じんわり疼いていた。
「また……したくなっちゃう……かも」
唇の端に、小さな笑みが浮かぶ。
誰にも言えない、小さな秘密。
でもそれは、これからどんどん大きく、熱く、深く、なっていくものだった。
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