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熟年離婚、屈辱をバネに甦る肉体と若いインストラクターとの熱い夜

シニア官能 全5章 約47分で読了(23,299字) 短編 2025年12月18日

あらすじ

長年勤めた会社を定年退職した司城賢一(61)は、その日の夜、妻・幸恵(55)から離婚を突きつけられる。家族のために仕事一筋で生きてきた賢一に、幸恵は「ぶよぶよ太って男としての魅力は皆無なのに、仕事辞めたらもうなにも残らないわね」と辛辣な言葉を浴びせ、10歳年下の男性と既に関係があること、財産分与を要求することを告げる。途方に暮れる賢一に、遠方に嫁いだ娘・綾乃(28)から電話が入る。「お父さん、いまからでも遅くないから、第2の人生がんばってみたら」。娘の優しい言葉に、賢一は涙しながらも、まずは身体から変えようと決意する。

第1章 退職と離婚―「男としての魅力は皆無」

第1章のシーン

第1章: 退職と離婚―「男としての魅力は皆無」

その日、司城賢一は長い長い航路の終点に立ったような気分だった。

肩にかけた革鞄が、いつもより軽く感じられる。三十八年間、同じ電車に揺られ、同じビルの同じ階で過ごしてきた時間が、今日という区切りをもって静かに沈殿していく。定年退職。社長からの感謝状と記念品を手に、最後は後輩たちの拍手に包まれながら出口へ向かった。外の空気は、いつもより少しだけ柔らかく、そしてどこか頼りなくもあった。

自宅の玄関ドアを開けた時、ふと、妻の幸恵が笑顔で迎えてくれる姿を脳裏に浮かべた。ほんの一瞬の、ばかばかしい期待だった。

リビングのソファに、幸恵は座っていた。しかし、彼女の前に置かれていたのは祝いの膳ではなく、分厚い書類の束と、冷たい紅茶のカップだけだった。彼女は賢一の顔を一瞥し、すぐに書類に目を戻した。化粧はいつも以上に完璧で、ロングストレートの茶髪もきちんとまとめられている。外出から戻ったばかりの服姿だ。

「おかえりなさい。遅かったわね」

「ああ…ちょっと、送別会っていうか」

賢一は鞄を置き、そそくさと上着を脱いだ。太った腹部がポロシャツの上からもたるんで見える。最近、ベルトの穴を一つ広げたばかりだった。

「で、どうするの? これから」

幸恵の声には、かつてないほどの事務的な響きがあった。賢一はゆっくりとソファの反対側に腰をおろし、ため息をついた。

「どうするって…少し休んでから、また何か探そうかと思って。まだ体力はあるから」

「体力?」

幸恵はようやく顔を上げた。その瞳は、冷たい黒茶色の宝石のように、賢一を捉えた。

「あなた、自分の体、見たことある? 鏡で、しっかりと」

――何を言い出すんだ?

賢一は無意識に自分の腹部に手を当てた。柔らかな脂肪の塊が、手の下でぐにゃりと動く。

「ぶよぶよよ」

幸恵の唇が、残酷なほど明確に、その言葉を形作った。

「ここだけじゃないわ。二の腕も、顎のたるみも、お尻だって垂れてる。男としての魅力は皆無よ。それが現実」

「幸恵…今日は、俺の退職の日だぞ? なんで、そんなこと」

「だからよ」

彼女は書類の束を一枚、ぱんとテーブルに置いた。離婚協議書という文字が、賢一の目に飛び込んできた。

「仕事を辞めたら、あなたにはもうなにも残らないわ。収入もなくなる。見た目もこう。中身だって、家族のためって言いながら、結局は会社の単なる歯車でしかなかったんでしょ?」

賢一の喉が詰まった。鼓動が耳の中で騒ぎ始める。

「なに…なにを言ってるんだ? 家族のために、がむしゃらに働いてきたじゃないか。綾乃の学費だって、この家だって、全部」

「それは『父親』としての義務でしょ。『夫』としての魅力なんて、とっくの昔に消えてる」

幸恵は冷静に、紅茶を一口すすった。その動作さえ、計算され尽くした優雅さに満ちていた。

「正直に言うわ。私、もう十年近く、あなたに恋愛感情なんてない。生理的に無理。だから、別の人ができたの」

「…は?」

「四十五歳の男性よ。スポーツジムのインストラクターをしながら、アパレルの仕事もしてる。あなたより十五歳も年下で、見た目も中身も、全部があなたの対極にある人」

幸恵の目が、初めて熱を帯びた。しかしそれは、愛情ではなく、新しいものへの欲望の光だった。

「私たち、もう一年以上、付き合ってる。あの人と一緒にいる時間が、どれだけ充実してるか。あなたとの退屈な時間とは比べものにならない」

「…浮気…してたのか?」

声が震えている。自分でもわかる。膝の上に置いた拳が、がたがたと震え始めた。

「浮気っていう言葉は失礼よ。だって、あなたとの間に『恋愛』なんて存在してなかったんだから…家庭内別居よ。私はただ、自分の人生を充実させるパートナーを見つけただけ」

幸恵は再び書類を指さした。

「財産分与についても、きちんと計算してある。この家は売却して、半分ずつ。退職金も、もちろん分割の対象よ。あなたが長年働いてきたのは確かだけど、私だって主婦として家庭を支えてきた貢献はあるんだから」

「待て…待てよ、幸恵。そんな…突然すぎる。俺たち、三十年以上連れ添ってきたんだぞ? 綾乃も産んだじゃないか。思い出も、苦労も、全部一緒に」

「思い出?」

幸恵は鼻で笑った。

「あなたの思い出って、深夜の帰宅と、休日のぐうたら寝てる姿と、無言で晩飯を食べる姿ばかりよ。綾乃だって、もう独立したんだから、私たちのことは気にしてないわ。むしろ、母が幸せになるならって、理解してくれると思う」

賢一は言葉を失った。眼前の妻が、あまりにも遠い他人に見えた。この人は、確かに幸恵の顔をしている。しかし、その口から出る言葉の一つ一つが、毒の針のように彼の心臓を刺し貫いていく。

「…どうして…どうして、今? 今日、俺が退職した日に」

「今だからじゃない。タイミングは完璧でしょ」

幸恵はきっぱりと言った。

「あなたに収入がなくなる前に、法的に財産を確定させておかないと、こちらの取り分が減るかもしれないから。全ては計算済みなの」

計算。全てが計算だった。最後の数年間、時折見せていた幸恵の冷たさは、単なる気まぐれでも倦怠期でもなく、この日のための布石だったのか。新しい男との関係を固めながら、賢一が退職する日を待ち、財産を刈り取る算段をしていたのか。

「…ひどい…女だ」

「現実的なだけよ。愛情のない婚姻関係を続けることの方が、よっぽどひどいことだと思うわ」

幸恵は立ち上がり、書類を賢一の前に滑らせる。

「署名欄はここ。印鑑は持ってるでしょ。早く済ませた方が、お互いのためよ。言っておくけど、浮気で訴えても無駄よ、あなた何も証拠もってないでしょ?仕事しかしてないんだから。あなただって、これからは自由な身なんだから、のんびり好きにしたら?」

そう言い残すと、彼女はタイルの床をカツカツと音を立てて、二階へと上がっていった。背中は、一片の未練もなく、まっすぐだった。

賢一はソファに深く沈み込んだ。リビングの明かりが、突然、とてもまぶしく、そして冷たく感じられた。テーブルの上の離婚協議書が、白く不気味に光っている。目に入るすべてのもの――自分が何十年もかけて築き、守ってきたと思っていたすべてのものが、脆い砂の城のように崩れ落ちていく音が聞こえた。

腹の脂肪。たるんだ二の腕。妻に「生理的に無理」と言われた体。

――確かに…魅力なんて、ないよな。

――仕事さえなければ、何も取り柄がない。

――ただの…ぶよぶよ太った、年老いた男だ。

頬が熱い。気づくと、目頭から涙が溢れ、ポロポロと膝の上に落ちていた。声を上げて泣くことさえできず、ただ肩を小さく震わせながら、無限に深い穴の底に落ちていく感覚に飲み込まれていった。

いつまでそうしていたか。外はとっくに真っ暗になっていた。リビングには、自分の荒い息の音だけが響いている。

その時、ぱらりと軽い電子音が鳴った。スマートフォンの着信音だ。画面を見ると、遠方に嫁いだ娘、綾乃からのビデオ通話のリクエストだった。

一瞬、切ろうと思った。今の惨めな姿を見せられるほど、心の余裕はなかった。しかし、親指がふと、受け取るボタンの上で止まった。綾乃の顔を見たい。たとえ一声だけでも、娘の声を聞きたい。そんな寂しい欲求が、穴の底から這い上がってきた。

ボタンを押した。

画面に、娘の優しい笑顔が映し出された。背景は、彼女の自宅のリビングだろう。少し疲れた様子もあったが、目はしっかりとカメラを見つめている。

「お父さん。退職、お疲れ様!」

綾乃の明るい声が、壊れかけた鼓膜に染み渡った。賢一は慌てて涙を袖で拭い、できるだけ平静を装おうとした。

「ああ…ありがとう。綾乃」

「どうだった? みんな、盛大に送り出してくれた? お父さん、泣いちゃった?」

「…ばかな。泣くわけないだろ」

声がかすれている。画面越しに、賢一の赤く腫れた目を見逃すはずがない。綾乃の表情が、少し曇った。

「…お父さん。なんだか、顔色悪いよ。具合でも悪いの?」

「いや…ただ、ちょっと疲れてるだけだ。大丈夫」

沈黙が一瞬流れた。綾乃は、画面の中でじっと父親の顔を見つめている。その視線は、子供の頃から変わらない、純粋な心配に満ちていた。

「…お母さんとは、もう話した?」

突然の核心を突く質問に、賢一は息をのんだ。どうして? なぜ娘が?

「な…なぜ、そう思う?」

「だって、お父さんが退職するって聞いた時、お母さん、変な感じだったんだよね。『やっと自由になれる』とか、『これで私も好きにできる』って、なんだか嬉しそうに言ってて」

綾乃の声は次第に小さくなり、切なそうな色を帯びた。

「それに、私、実は少し前から気づいてた。お母さん、スマホを見る時の顔が、全然家庭のお母さんじゃない顔してたって。若い頃みたいに、目がキラキラしてた」

賢一は黙り込んだ。娘まで、気づいていたのか。自分だけが、ぼんやりと現実を見ようとせず、家族という名の檻に安住していたのか。

「お父さん」

綾乃の声が、再びしっかりと響いた。

「もし…もし何かあったら、私、絶対にお父さんの味方だから。お父さんが悪いなんて、これっぽっちも思ってない」

「…綾乃」

「お父さんは、いつも家族のために働いてくれた。私が大学に行けたのも、この家で安心して暮らせたのも、全部お父さんのおかげだよ。お母さんが何て言おうと、私は知ってる。お父さんがどれだけ頑張ってきたか、ちゃんと見てきたから」

涙が、再び止めどなく溢れた。今度は、悲しみではなく、胸が締め付けられるような温かいものがあふれ出た。賢一はうつむき、こぶしで口を押さえた。

「…ありがとう…ありがとう、綾乃」

「だから、お父さん」

画面の中の娘が、少し前のめりになり、カメラに近づいた。その瞳は、真っ直ぐで、強い励ましに満ちていた。

「いまからでも、遅くないから。第2の人生、がんばってみたら? お父さんはまだ六十一歳でしょ? これからだよ。もう、家族のためにだけ生きなくていいんだから。お父さん自身のために、何か始めてみたら」

第2の人生。

自分自身のために。

その言葉が、凍りついていた心臓の奥深くで、かすかに灯りをともした。とても小さな、風前の灯火だった。しかし、確かにそこには、光があった。

「…何を…すればいいんだろうな」

「えっとね、まずは身体からじゃない? お父さん、最近すごくお疲れの様子だし、健康第一だよ。私が住んでる近所にも、定年後の人たちが通ってるスポーツジムがあるんだ。お父さんも、そういうとこに行ってみたら? 体動かすと、気分も絶対スッキリするよ」

ジム。

確かに、あのぶよぶよの体を何とかしないことには、何も始まらないかもしれない。少なくとも、鏡に映る自分を見る勇気が欲しい。妻に吐き捨てられた言葉を、少しずつでも塗り替えていきたい。

「…そうだな。身体から…か」

「うん! そして、何か新しいこと、趣味でも仕事でも、ゆっくり見つければいいんだよ。焦らなくていいから。一歩ずつでいいの」

綾乃の笑顔が、画面いっぱいに広がった。それは、暗闇の中で唯一の、確かな道標のように感じられた。

「わかった…やってみる。少しずつでいいから、やってみるよ」

「そうこなくっちゃ! 私、いつでも応援してるからね。またすぐ電話するね、お父さん」

通信が切れた。画面は暗くなり、自分の憔悴した顔が僅かな光に浮かび上がった。しかし、先ほどまでの絶望的な暗さは、少しだけ薄らいでいた。

賢一はゆっくりと立ち上がった。足元がふらつくが、なんとか踏みとどまることができた。テーブルの上の離婚協議書には目もくれず、窓辺へと歩み寄った。外の街灯が、いくつもの小さな光をともしている。

――第2の人生。

――身体から…始める。

夜風がわずかに窓を揺らし、遠くで電車の走る音がかすかに聞こえた。全てを失った気がした。しかし、その灰の中から、ごく小さな、新しい種が芽を出そうとしていた。それは、まだ痛みと羞恥にまみれている。しかし、確かにそこには、ほんの少しの、前を向く力が宿り始めていた。

まずは明日。近所のスポーツジムを調べてみよう。たとえ最初の一歩が小さくても、その一歩を踏みしめるために、今はただ静かに、深く息を吸い込んだ。

第2章 ジムの柔肌―膨らむ股間と赤面

第2章のシーン

第2章: ジムの柔肌―膨らむ股間と赤面

司城賢一は、ジムの入り口で足が止まった。

ガラス張りのドアの向こうには、鏡張りの広い空間が広がり、若い男女が黙々とマシンに向かっている。汗の匂いが、わずかに開いた隙間から漂ってくる。金属の鈍い音、息づかい、そしてどこか冷たい空気。

――こんなところに、本当に来るべきだったのか。

胸の奥で、妻の言葉が疼いた。ぶよぶよ太って男としての魅力は皆無。確かに、ドアに映った自分の姿は、ゆるんだポロシャツの下にたるんだ腹を隠しきれていなかった。六十歳。もう若くはない。

しかし、娘の声がそれを押しのける。

「いまからでも遅くないから」

深く息を吸い込み、賢一はドアを押した。

受付の女性が明るく笑いかけてきたが、賢一は目をそらしがちに名前を伝える。申し込んだのは、ごく普通のマシンジム。初心者向けのパーソナルトレーニングを、週二回のプランで契約していた。

「司城様ですね。では、担当のインストラクターをお呼びしますので、少々お待ちください」

待合のソファに腰を下ろすと、革の感触が冷たかった。膝の上に置いた手の甲には、年齢を示す深いシワが刻まれている。これから、あの若い人たちに混ざって体を動かすのか。恥ずかしさが、じわりと頬を熱くした。

「お待たせしました。司城さんですか?」

ふと頭上から聞こえた声は、思ったより柔らかく、しかし芯のある響きを持っていた。

賢一が顔を上げると、そこにはネイビーブルーのレオタードに身を包んだ女性が立っていた。肩にかかる栗色のボブヘアは少し湿り気を帯び、額にうっすらと汗が光っている。明るい茶色の瞳が、賢一をまっすぐに見つめていた。

「私、五十嵐聡子(いがらし さとこ)といいます。今日から、司城さんの担当をさせていただきます」

彼女はにっこりと笑い、右手を差し出した。

賢一はあわてて立ち上がり、その手を握り返した。掌は意外に小さく、しかし握力がしっかりと感じられた。鍛えられた人の手だった。

「わ、わざわざすみません。司城です。よろしくお願いします」

「いいえ、こちらこそ。まずは簡単なカウンセリングから始めましょうか。こちらのブースへどうぞ」

聡子に導かれて、ガラスで仕切られた小さな個室に入る。机の上には体組成計やファイルが置かれている。賢一は向かい合わせの椅子に座り、思わず背筋を伸ばした。

「では、司城さん。まずは今回トレーニングを始めようと思われたきっかけや、目標をお聞きできますか?」

聡子はファイルを開き、ペンを手に取った。その姿勢はプロフェッショナルそのものだが、口元には常に穏やかな微笑みが浮かんでいる。

賢一は喉を鳴らした。

「えっと……実は、最近定年退職しまして。それで、これからは自分の体もちゃんとケアしないと、と思いまして」

「そうでしたか。では、健康維持が主な目的でしょうか」

「はい。あと……少し、見た目もなんとかしたいというか」

言葉に詰まる。妻の辛辣な言葉を、そのまま口にすることはできなかった。

聡子は一瞬、ペンを止めた。そして、賢一の顔をじっと見て、ゆっくりとうなずいた。

「わかりました。では、まずは現在の体の状態を把握するために、体組成計で測定させてください。その後、司城さんに合ったプログラムを組んでいきますね」

測定は、賢一にとっては苦痛の時間だった。数字が表示されるたびに、聡子が優しく解説してくれるのだが、体脂肪率の高さや筋肉量の少なさに、顔が熱くなるのを感じた。

「大丈夫ですよ、司城さん。誰にでも最初はありますから」

聡子の言葉に、賢一はうつむいたまま頷くしかなかった。

トレーニングフロアに移動すると、マシンの並ぶ空間が広がっていた。聡子はまず、軽いウォーキングから始めるよう指示した。トレッドミルの上を歩きながら、賢一は周りの若い会員たちを盗み見た。皆、引き締まった体で、重い重量を上げ下げしている。

――ついていけるだろうか。

不安がよぎった時、横から聡子の声が聞こえた。

「司城さん、ペースはこれでいいですか? 無理しないでくださいね」

彼女は賢一のすぐ脇に立ち、時々様子を覗き込む。レオタードの肩紐のあたりから、鍛えられた上腕の筋肉がのぞいていた。健康的な小麦色の肌が、ジムの照明にさらりと光る。

「あの……五十嵐さんは、いつもこんなに皆さんに付きっきりで指導してるんですか?」

思わず尋ねてしまった。賢一は、自分だけ特別扱いされているような気がして落ち着かなかった。

「そうですね。パーソナルトレーニングですから、基本的にはマンツーマンですよ。でも、司城さんみたいに真面目に取り組んでくださる方は、私もつい熱が入っちゃいます」

聡子は悪戯っぽくウインクした。その表情は、年齢よりも少し幼く見えた。

「真面目……ですか。いえ、ただ、やると決めたからには、ちゃんとやらないと」

「その心意気がすばらしいです。実は、最初に目標を聞いた時、司城さんの目がすごく真剣だったんです。なんていうか……ひたむきというか」

ひたむき。

そう言われて、賢一は胸が少し疼いた。会社では、いつもそう言われてきた。家族のため、がむしゃらに働くことを、ひたむきと評価されて。しかし、家に帰ればその価値は否定された。

「……ひたむき、か」

呟くように言うと、聡子がそっと近づいた。

「私、余計なこと言っちゃいましたか?」

「いえ、そんな。ただ……最近、ひたむきにやってきたことが、全部否定されたような気がして」

言葉が、つい零れ出た。

妻の離婚の要求。財産分与。十年も年下の男。それらが、頭の中でぐるぐると巡る。トレッドミルのベルトの上を歩く足取りが、次第に重くなっていくのを感じた。

「司城さん」

聡子の声が、突然真剣なトーンに変わった。

賢一が振り向くと、彼女は真摯な表情でこちらの目を見つめている。

「もし、話したくなければ聞きません。でも、何か心に抱えているものを吐き出せるなら……トレーニングは、体だけじゃなくて心も軽くするものですから」

その優しい眼差しに、賢一の胸のつかえが少しずつ解けていくのを感じた。

次のセッションでは、柔軟体操を取り入れることになった。

ジムの一角に設けられたマットの上で、賢一は仰向けに寝そべっていた。聡子はその横にしゃがみ込み、賢一の足首をそっと持ち上げる。

「では、腿の裏側を伸ばしていきましょう。私がゆっくり押しますから、痛くない程度で止めてくださいね」

「は、はい」

聡子の手が賢一の足首に触れる。女性の手とは思えないほどしっかりとした握りだが、肌に触れる部分は意外に柔らかかった。彼女がゆっくりと足を押し上げると、腿の裏にじんわりと伸びる痛みが走った。

「呼吸を止めないでくださいね。ゆっくり吐きながら」

聡子の声が耳元に近い。彼女の息が、賢一の頬にほのかな温もりとして触れる。柑橘系のさわやかなシャンプーの匂いが混じっていた。

柔軟は続き、賢一は様々なポーズを取らされた。聡子は時に手を添え、時に軽く押して、体の可動域を広げていく。彼女の動きは全て効率的で無駄がなく、プロとしての確かな技術が感じられた。

「次は、股関節のストレッチです。仰向けのまま、足をできるだけ開いてください」

聡子が指示する。賢一は照れくささを感じながらも、ゆっくりと両足を開いていった。トレーニングパンツの布地が、腿の内側でこすれる。

「いいですね。そのまま、もう少し」

聡子は賢一の両膝に手を当て、ゆっくりと外側に押し広げようとする。その時、彼女はバランスを崩したのか、あるいは意図的だったのか、突然体勢を変えた。

彼女は賢一の身体の上にまたがるようにして、マットに手をついた。レオタードの股間部分が、賢一の顔のすぐ上、数十センチの位置に来た。賢一は仰向けのまま、否応なくその光景を見上げることになった。

ネイビーの生地が、聡子の股間にぴったりと張り付いている。激しい運動のせいか、布地はところどころ汗で濃い色に染まり、陰影を描いていた。腿の付け根のあたりで、レオタードがわずかに食い込み、柔らかな肉の膨らみをくっきりと浮かび上がらせている。

賢一は息をのんだ。

――まずい。

しかし、体は思うように動かない。視界の中心に、あの柔らかな隆起が据え付けられてしまった。聡子がバランスを取ろうと微調整するたび、その股間がわずかに揺れ、賢一の鼻先までほんのりと温かい空気が届く。

「あ、ごめんなさい。ちょっと滑っちゃって」

聡子の声が、いつもより少し高く響いた。彼女も状況に気づいているのだろう。しかし、すぐに体勢を変えようとはせず、なぜかそのままの姿勢で賢一の足のストレッチを続けようとする。

賢一の股間が、熱を持ち始めた。

トレーニングパンツの下で、ゆるんでいた肉体の一部が、じわりと膨らんでいくのを感じた。長い間忘れていた感覚。妻との関係が冷め切ってから、こんな反応を見せることすらなかった。

「司城さん……その、足、もう少し開けますか?」

聡子の声が震えている。賢一がうつむいて自分の股間を見ると、薄いグレーのトレーニングパンツの前面が、明らかに盛り上がっていた。布地が張りつき、形が浮かび上がっている。

「あ……いや……これは……」

言葉にならない。恥ずかしさで全身が熱くなり、顔から火が出そうだった。

聡子はゆっくりと体勢を戻し、賢一の身体から離れた。彼女もマットに座り込み、顔をそむけている。耳の先まで真っ赤に染まっていた。

「……すみません」

聡子が小さく呟いた。

「私の方こそ……本当に、申し訳ない」

賢一はあわてて起き上がり、足を閉じた。しかし、股間の熱は簡単には引かない。心臓が高鳴り、鼓動が耳元で騒がしい。

しばらく沈黙が続いた。ジムの雑音が、逆に二人の間の緊迫感を際立たせた。

「……司城さん、最近……パートナーとの関係は、うまくいってないんですか?」

聡子が、突然そう尋ねた。彼女はまだ顔を上げず、マットの上に置いた自分の手を見つめている。

賢一は、息を詰まらせた。

「……離婚しました。つい最近」

「……そうでしたか」

聡子が深く息を吸い込んだ。

「私も……つい最近、七年付き合った彼氏と別れたんです。浮気が発覚して」

その告白に、賢一は目を見開いた。聡子がようやく顔を上げたが、目尻がわずかに赤くなっていた。

「だから……司城さんのひたむきなところが、すごく……眩しく見えて。それに、私の父も、司城さんくらいの年齢で亡くなって。なんとなく、面影があって」

彼女の言葉が、賢一の胸にじんわりと染み込んだ。

そして、聡子の視線が、賢一の股間へと一瞬滑った。まだ完全には鎮まっていない膨らみを、ちらりと見て、すぐに目をそらす。

「……トレーニング、続けましょうか」

聡子が立ち上がり、手を差し出した。その手を取って賢一が立ち上がると、今度は聡子の頬がほんのりと紅潮しているのが見えた。

「はい」

賢一が答える声には、自分でも驚くほど深みがあった。

彼は聡子の手をそっと握り返し、その温もりを確かめた。柔軟体操の最中に触れた時とは、明らかに違う熱さが、彼女の掌から伝わってくるのを感じながら。

――この人は、ただのインストラクターじゃない。

そう悟った瞬間、賢一の胸の奥で、長く凍りついていた何かが、かすかに動き始めた。

第3章 居酒屋の夜と誘い―「家に来ませんか」

第3章のシーン

第3章: 居酒屋の夜と誘い―「家に来ませんか」

柔軟体操のあの出来事から一週間が過ぎた。

賢一は、トレーニング後のシャワーを浴びながら、今日こそ言おうと何度も心の中で繰り返していた言葉を、もう一度胸の中で噛みしめる。冷たい水が鍛えられつつある胸板を流れ落ちる。

かつてのたるみは確実に筋肉へと置き換わり、手で触れればその張りを感じられる。鏡に映る自分の顔にも、どこかしまりが出てきたような――そんな気がしている。

だが、心は相変わらずおずおずと揺れていた。あの日、レオタードの布越しに感じた聡子の温もりと、自分が反応してしまった恥ずかしさ。彼女が赤面して俯いた横顔。それ以来、何だかぎこちない空気が二人の間に漂っていた。

――ダメだ。このままじゃ、まずい。

タオルで体を拭い、ジムのロッカールームで着替えながら、賢一は決意を固めた。今日、トレーニングが終わったら、何としても声をかけよう。ただの雑談でなく、きちんと食事に誘おう。

「今日も、お疲れさまでした、司城さん。フォーム、とてもきれいになってきましたよ」

聡子が汗を拭いながら近づいてきた。今日もピンク色のタンクトップに、黒いショートパンツという、体のラインがくっきりと浮かび上がる格好だ。胸の谷間が汗で少し光り、鎖骨のくぼみに一粒の汗粒がゆっくりと流れ落ちる。

賢一は、ついその一滴を見つめてしまい、慌てて目を上げる。

「そ、そうですか……五十嵐さんのおかげです」

「いえいえ。司城さんが真剣に続けてくださるからこそです。それに……」

聡子は言葉を切り、ちょっと照れくさそうにほほえんだ。

「最近、なんだか……雰囲気が、引き締まってきましたよね。見た目だけじゃなくて、中から溢れてくるような……自信みたいなもの」

「自信……ですか」

「ええ。最初にいらした時とは、別人みたい」

その言葉が、どれだけ賢一の胸を熱くしたか。妻から「男としての魅力は皆無」と言われてから、自分の存在価値がどこにあるのか、ずっとわからなかった。娘の励ましが支えではあったが、それはあくまで家族としての肯定でしかない。一人の男として、一人の人間として、認められたという実感が、この言葉には込められていた。

「……ありがとう、ございます」

「あ、もうこんな時間。そろそろ閉館ですし……」

聡子が壁の時計を見上げる。チャイムが鳴り、ジム内の照明が少し落とされる。慌てるようにして賢一は口を開いた。

「あの! 五十嵐さん!」

「はい?」

「もし、もしよろしければ……これから、一緒に食事でもいかがですか? いつもお世話になってばかりで、なんのお礼もできていませんし……」

言葉が次第に小さくなる。まるで十代の少年のように、どきどきと胸が鳴る。

聡子はぱっと目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「……いいんですか? 私と、そんなに年上の男性が……」

「そんな、とんでもない! むしろ、私こそ若い女性を誘うなんて、厚かましくて……」

「わかりました」

「え?」

「お誘い、嬉しいです。行きましょう」

聡子はにっこり笑って、うなずいた。

近所の居酒屋は、木の温もりを感じる落ち着いた店内だった。個室ではないが、仕切りのある座敷席に通され、二人は向かい合って座った。最初はやはり少し硬い空気が流れた。トレーニングの話、ジムの常連の噂話……そうしてビールと焼き鳥が運ばれてきて、杯を重ねるうちに、次第に糸がほぐれていった。

「あの元彼って方……浮気が発覚したんですね」

三杯目を傾け、頬をほんのり桜色に染めた聡子が、ふと口にした。

「七年も一緒にいたのに……結婚の話も、ずっと先延ばしにされてて。『今は仕事が忙しいから』『もう少し貯金ができたら』って、いつも言われてました。で、その『忙しい』時間に、別の女性と会ってたみたいで」

彼女は串に刺さった鶏もも肉をじっと見つめ、つつくように言う。

「別れ際に、その人が言ったんです。『お前みたいにしっかりしてる女は、結婚したら面白くない』って。あたしが、堅実すぎるって……」

「……とんでもない」

賢一の声は、思った以上に力強く低く響いた。

「五十嵐さんの真面目さは、素晴らしいものです。それを『面白くない』なんて言う男は、そもそも人として未熟ですよ。責任を取る覚悟がないから、軽薄な遊びに逃げているだけだ」

聡子がゆっくりと顔を上げた。その瞳は、少し潤んでいた。

「……司城さんは、そう思ってくださるんですね」

「当然です。私の妻も……まあ、似たようなものでした。家庭や責任を重荷に感じ、自由や刺激を求めて……結局、それを口実に人を傷つけるだけです」

妻の言葉が、もう一度胸を突き刺す。

ぶよぶよ太って男としての魅力は皆無。

その一言が、全てを否定したように感じたあの夜の絶望を、今も忘れられない。

「ずっと……一人で淋しかったんです」

聡子が呟く。

「元彼と別れてから、誰にも触れられていないし……触りたくもなかった。体の関係って、そんなに簡単に別の誰かと、っていうものじゃないですよね。なのに、最近……」

彼女の言葉が途切れる。視線が、テーブルの上をさまよう。

「司城さんと、ストレッチしてるとき……あんなことになって、恥ずかしくて仕方なかったんですけど……それから、なんだか変な気がして。司城さんの、あの……たくましくなっていく体を見て、触れて、指導してると……」

「……私もです」

賢一は、自分の声が震えているのに気づいた。

「あの後、五十嵐さんのことが……頭から離れなくて。こんな年寄りが、なんて思うんですが……でも、ふと、考えてしまうんです。もしも……もしも、この淋しさを分かち合える人が、目の前にいるのなら……」

静寂が流れた。

居酒屋の喧噪が、遠くの波のように聞こえるだけだ。

聡子がグラスを持ち上げ、一口、また一口と飲む。喉がかくん、と動く。

「……私も……ご無沙汰です。体が……寂しくて。たまに、夜、一人で布団の中で……んっ……って、なってしまうことがあって、ははは…わたし何しゃべってるんだろ」

それは、吐息のように漏れた本音だった。

賢一の股間が、じんわりと熱を帯びる。トレーニングパンツの下で、ゆっくりと形を変え始めるのを感じた。

「司城さんは……奥様と、最後はどうだったんですか?」

「……最後の数年間は、もう全然。寝室も別でした。触れることさえ、嫌がられましたから。自分が……男として見られてないんだな、と、痛感してました」

聡子の目が、哀しそうに細まった。

「……可哀想に」

「いえ……今は、そうでもない。むしろ、あの言葉がなかったら、ジムにも来なかったかもしれない。五十嵐さんにも会えなかった」

おでんの鍋がぐつぐつと音を立て、湯気がゆらゆらと立ち上る。

その温もりの中、賢一は全身の力を込めて、言った。

「……五十嵐さん。これから……私の家に、来ませんか?」

瞬間、聡子の息が止まったように見えた。

彼女の頬が、一気に真っ赤に染まる。目を見開き、唇がわずかに震える。

「それって……まさか……」

「……はい。そういう意味で……お願いします」

長い沈黙。

聡子は下を向き、自分の膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。指の関節が白くなる。

そして、かすかに、ほんの少しだけ、うなずいた。

「……恥ずかしい……けど……行きたいです」

部屋に戻ったのは、夜の十時を過ぎていた。

賢一のアパートは、夫婦で住んでいた家を売却した後、一時的に借りたものだ。広くはないが、きちんと整理され、清潔な印象だった。

「お上がりください。狭いところで……」

「いえ、そんな……とんでもない。きれいなお部屋ですね」

聡子は玄関で靴を脱ぎ、少しおずおずと中へ入る。彼女はトレーニングウェアの上に羽織った薄いジャケットをそっと脱ぎ、ソファの背もたれにかけた。その動きで、タンクトップの下で膨らむ胸の形が、よりくっきりと浮かび上がる。

「何か飲み物を……」

「大丈夫です。もう、お酒は十分でしたから」

二人、立ったまま。

冷蔵庫の音だけが、コンプレッサーの低い唸りを響かせる。

あまりに静かすぎて、互いの鼓動が聞こえてきそうな気がした。

賢一の胸の中で、心臓がどくどくと大きく打っている。喉がカラカラに渇く。

「司城さん」

「……はい」

聡子が一歩、近づいた。

彼女の顔が、間近に見える。長いまつ毛、明るい茶色の瞳が、まっすぐに賢一を見つめている。そして、その瞳の奥に、不安と期待、そして紛れもない欲望の色がちらついている。

「私……こういうの、久しぶりすぎて……どうしていいか、わからなくなっちゃいそうです」

「……僕もです。正直、震えています」

賢一は、そう言いながら、確かに自分の手が微かに震えているのを感じた。

聡子はその手を見つめ、そっと自分の手を差し出した。

触れた。

最初は、指先だけが触れ合った。彼女の指は、トレーナーらしく少し固いが、しなやかで温かい。

賢一は、その手を、ゆっくりと包み込むように握った。

聡子の指が、ほんの少し、返すように動いた。

「……司城さん」

「……聡子さん」

自然に、名前で呼んだ。

聡子の目が、一層潤んだ。

「ここまで……来ちゃったね」

「ええ……もう、後戻りは……できません」

賢一のもう一方の手が、聡子の頬に触れた。

滑らかで、ほんのりと熱い肌。彼女が目を閉じ、その手のひらに頬をすり寄せる。小さな吐息が漏れた。

「はぁん……」

その声に導かれるように、賢一はゆっくりと顔を近づけた。

互いの息が混ざり合う距離。唇と唇が、かすかに触れ合うか合わないか――。

聡子の目が、細い隙間から賢一を見上げる。

その瞳は、すでに蕩けかかっていた。

第4章 甦る欲望―絶頂の夜と未来の話

第4章のシーン

第4章: 甦る欲望―絶頂の夜と未来の話

唇が触れ合った瞬間、賢一の頭の中が真っ白になった。

柔らかく、ほんのりとアルコールの香りがする聡子の唇が、彼のそれに重なる。最初はためらいがちに、ただ触れているだけだった。しかし、次の瞬間、聡子の手が賢一の頬に触れ、指が耳の後ろに滑り込んだ。

――ああ。

その触れ方に、賢一の体が震えた。長い間、誰にもこうして触れられていない。愛おしむように、確かめるように撫でられる肌の感覚が、忘れていた何かを呼び覚ます。

聡子の唇がほんの少し動いた。

「んっ……」

吐息が漏れる。温かい息が賢一の唇の間に染み込むように入り込んでくる。彼は目を閉じ、そっと応えた。唇を重ねる角度を変え、少しずつ圧力を強めていく。

聡子のもう一方の手が、賢一の胸に触れた。トレーニングシャツの上から、鍛えられて厚みを増した胸板を、ゆっくりと撫でる。その動きが、まるで確認しているようで、愛でているようで。

「……司城さん……の、体……しっかりしてる……」

唇を離しながら、聡子が囁く。彼女の頬はもう真っ赤で、目は潤み、焦点が少しぼやけている。賢一はその顔を両手で包み、額をそっと触れさせた。

「聡子さん……綺麗だ」

「そんな……もう、三十半ばですよ」

「関係ない。本当に……美しい」

賢一の言葉に、聡子の目に涙が浮かんだ。彼女はぱっと目を伏せ、賢一のシャツの襟をぎゅっと握りしめる。

「私……ずっと、触れたかったんです。司城さんの、この……がっしりした腕とか、広い背中とか……指導してるとき、すごく、気になって」

「僕もだ。聡子さんの……この柔らかさが」

賢一の手が、聡子の背中を下り、腰のくびれに触れた。ショートパンツの上からでも、その締まりと柔らかさが伝わってくる。彼女が鍛えた体は、固すぎず、しなやかな弾力に満ちていた。

「はぁ……ん……」

聡子の体が、小さく震えた。賢一の手が腰に触れた瞬間、彼女の股間が熱く疼くのを感じた。久しぶりの他人の触覚が、体の芯から欲望を搔き立てる。

「中で……続けましょうか」

賢一が耳元で囁く。その低い声に、聡子はうなずき、彼に導かれるようにリビングの方へ歩き出した。

ソファの脇で立ち止まった時、賢一はもう一度聡子の唇を奪った。今度は深く、舌先が恥ずかしそうに、それでも確実に彼女の唇の間へ入り込んでいく。聡子の喉の奥から、甘ったるい吐息が漏れる。

「ちゅ……んっ……ちゅる……」

口づけの音が、静かな部屋に淫らに響く。賢一の手は聡子のタンクトップの裾に滑り込み、鍛え上げられた腹筋の硬い感触を確かめるように撫で上げた。

「あ……だめ……司城さん、そんなところ……」

「なぜだめなんだ?」

「私……汗かいてて……くさいかもしれない……」

「気にならない。むしろ……聡子さんの匂いが好きだ」

賢一は正直に言った。ジムでいつも漂う彼女の汗の匂い――それは清潔で、少し甘く、女性らしい芳香が混じっていた。その匂いが今、間近で濃厚に立ち込め、彼の欲望をさらにかき立てる。

タンクトップが上に捲り上げられた。下にはスポーツブラがついていたが、その上からでも、聡子の胸の膨らみがはっきりと形づくられている。賢一はその盛り上がりを手のひらで包み、ゆっくりと揉みしだいた。

「あん……!」

聡子の体が跳ねる。彼女の目が大きく見開かれ、口が半開きになる。賢一の親指が、ブラの上から乳首の位置を探り、そっと押し当てる。

「ここ……感じてる?」

「う、うん……感じる……すごく……」

その言葉が、賢一の理性の最後の糸を切った。

彼は聡子をソファに押し倒し、自分もその上に覆いかぶさるように覆った。スポーツブラのフックを外す指が震えているのに気づいたが、もう止められない。

ブラが外れ、聡子の胸が露わになった。

鍛えられた体にふさわしい、程よい大きさの胸。先端は淡いピンク色で、もう敏感に硬く膨らんでいる。賢一は息をのんだ。

「綺麗……」

「恥ずかしい……もう、若くないし……」

「そんなことない」

賢一はうつ伏せになり、片方の乳首を口に含んだ。

「ひゃあっ!?」

聡子の体が大きく反り返る。賢一の舌が、その小さな突起を舐め、啜り、軽く噛む。長い間忘れていた感触――女性の肌の柔らかさ、体温、そして甘酸っぱい匂いが、彼の全てを満たしていく。

「んっ……ちゅ……ちゅる……聡子さん……」

「あ……あん……だめ……そんなに舐められると……私、変になっちゃう……」

聡子の手が、賢一の髪の中に絡みつく。彼女は目をしっかり閉じ、唇を噛みしめながら、その快感に身を任せている。もう一方の手が、自分のもう片方の胸を揉みしだき、指で乳首を弄び始めた。

その様子を見て、賢一の股間が疼いた。トレーニングパンツの下で、完全に勃起した陰茎が布地を押し上げ、締め付けられるような痛みを伴う快感に震えている。

賢一は聡子の短パンのボタンを外し、ジッパーを下ろした。その下には、スポーツ用のシンプルなショーツがあった。しかし、布地は既に湿り気を帯び、透けて暗い色に染まっている部分が見える。

「わ……やだ……見ないで……」

聡子が恥ずかしそうに股を閉じようとするが、賢一は優しくその太ももを開いた。

「いや、見せてほしい。聡子さんが……僕のために濡れているところを」

ショーツの脇に指をかけ、ゆっくりと下ろしていく。濃い栗色の毛がほどけ、その中心が現れた。女性の秘部は、光沢のある愛液で滑らかに濡れ、ぷっくりと膨らんでいた。

賢一は息を詰まらせた。

長い間、妻のそんなところを見ることさえ許されなかった。拒絶され、蔑まれ、男として否定され続けた日々が、この眼前の光景によって一瞬で霧散する。

「触っていい?」

「……うん……お願い」

かすかな声で聡子が許す。賢一の人差し指が、そっとその割れ目に触れた。熱い。びっくりするほど熱く、そしてぬめっとした感触が指先に伝わる。

「くちゅっ……」

音がした。指が滑り、ゆっくりと入り込んでいく。聡子の体がまた震え、喉の奥から甘い嗚咽が漏れる。

「あ……んん……!」

「緊い……すごく……」

賢一の指は一本、そして無理のない程度に二本まで入った。聡子の内側は柔らかく、しかししっかりと彼の指を締め付け、温かい愛液で溢れている。彼はゆっくりと指を動かし、内壁を探る。

「こ、ここ……あっ!」

ある一点を擦った時、聡子の体が跳ね上がった。彼女は自分の口を手で押さえ、しかしそれでも抑えきれない声が漏れる。

「だめ……そこ、敏感すぎて……あん!」

賢一はその点を狙い、ゆっくりと、しかし確実に刺激し続けた。聡子の腰が勝手に動き始め、彼の指に擦り寄るように上下する。

「あ……ああ……司城さん……私、もう……んっ!」

聡子の体が弓なりに反り返り、全身が硬直した。彼女の内壁が賢一の指を強く締め付け、びくんびくんと痙攣する。愛液が溢れ出し、賢一の手をべとべとに濡らす。

絶頂の波が過ぎ去り、聡子がぐったりとソファに沈む。彼女は胸を波打たせながら、涙を浮かべている。

「はぁ……はぁ……久しぶりに……あんなに……いった……」

「気持ちよかった?」

「うん……すごく……司城さんの指、大きいし……すごく、気持ちよかった……」

聡子はよろよろと起き上がり、今度は賢一のトレーニングパンツに手を伸ばした。彼女は躊躇いながらも、ゴムバンドを引っ張り、下ろしていく。

その下から、完全に勃起した賢一の陰茎が現れた。

「わ……」

聡子の目が見開かれた。彼女は口をぽかんと開け、その大きさに驚いている。

「で、でかい……元彼より、ずっと……立派……」

「怖いですか?」

「怖くない……嬉しい。私……こんなに立派なの、初めて……」

聡子の手が触れた。彼女はそっと握り、上から下へ、そして根本まで撫で下ろす。先端からは、透明な液がにじみ、光っている。

「舐めていい?」

「……恥ずかしいが……お願いする」

聡子はうつ伏せになり、賢一の股間に顔を寄せた。彼女はまず、根本から優しくキスをし、ゆっくりと唇を上へと這わせていく。

そして、先端を口に含んだ。

「んっ……!」

賢一の背筋が震える。長い間忘れていた快感が、脳を直撃する。温かく、湿った聡子の口の中が、彼の陰茎を優しく包み込む。

「ちゅ……ん……ちゅる……」

彼女は丁寧に舐め、啜り、時には深く咥えて喉の奥まで受け入れる。その仕草に、経験と、そして何より「この相手を気持ちよくさせたい」という思いが込められていた。

「聡子さん……もう、だめ……僕、我慢が……」

「出して……私の中に……出してほしい」

聡子は唇を離し、べとべとに濡れた陰茎を撫でながらそう囁いた。彼女の目はもう、はっきりと欲望に曇っている。

賢一は聡子をソファに仰向けに寝かせ、彼女の脚を大きく開いた。自分の陰茎の先端を、まだ痙攣している彼女の入口に当てる。

「入れるよ」

「うん……優しく……ね?」

「ああ」

腰を押し出した。

「ああっ……!」

聡子の声が跳ね上がる。賢一の大きさが、彼女の体の中をゆっくりと埋めていく。緊く、熱く、そしてびっくりするほど深く入り込んでいく感覚。

全部入った時、二人は息を止めた。

一体になる。文字通り、肉体が一つになる感覚。賢一は涙が溢れそうになるのを感じた。こんなにも温かく、こんなにも自分を受け入れてくれる体があること。

「動いていい?」

「動いて……司城さん、動いて……」

腰を引いて、また押し込む。ぐちゅっ、と淫らな音が響く。聡子の内壁が彼を締め付け、離すことを許さない。

「あ……ああ……すごい……奥まで……んっ!」

「聡子さん……気持ちいい……すごく……」

ペースを速めていく。ソファがきしみ、二人の体がぶつかる音、喘ぎ声、そして肉体のぬめり合う音が部屋に満ちる。

賢一は聡子の脚をさらに広げ、深く突き入れる角度を変える。すると――

「きゃああっ!? そこ……そこっ! また、あそこっ!」

聡子の体が狂ったように跳ねる。彼女は目を見開き、口を大きく開けて絶叫する。何の飾りもない、純粋な快楽の叫び。

賢一はその点を狙い、力強く、しかしリズムを崩さず突き続けた。

「あ……ああ……だめ……もう……また……いっちゃう……司城さん、私……また……!」

「いっていい……何度でも……僕と一緒に……」

「いっく……いっくううっ!」

聡子の体が痙攣し、愛液がどっと溢れ出る。その収縮が賢一の陰茎を締め上げ、彼もまた限界を感じた。

「僕も……聡子さんの中に……」

「うん……出して……私の中に、全部……んんんっ!」

深く突き刺し、そこで静止する。賢一の体が震え、熱いものが彼女の奥深くに迸るのを感じた。何度も、何度も脈打ちながら注ぎ込まれる。

やがて全てが終わり、二人は崩れるように重なり合った。

汗だらけの体が密着し、互いの鼓動と荒い息だけが響く。

長い沈黙の後、聡子が顔を上げた。彼女はまだ涙目で、しかし笑っていた。

「私……司城さんのこと……好きかもしれない」

賢一は彼女をぎゅっと抱きしめた。

「僕もだ。聡子さんが……好きだ」

それから一週間後、賢一に一本の電話がかかってきた。

元いた会社の人事部長からだった。定年退職した賢一の経験と知識を、週三日のコンサルタントとして後輩たちに伝えてほしいというオファーだ。条件もよく、何より――まだ必要とされているという実感が、賢一の胸を熱くした。

「受けることにしました」

その夜、聡子の部屋で食事をしながら、賢一は報告した。聡子の部屋はジムに近く、最近はお互いの部屋を行き来するのが日常になっていた。

「よかった! 司城さんなら、絶対できるって思ってました」

聡子は嬉しそうに笑い、グラスを掲げた。

「お祝いしなくちゃ。会社からも認められるなんて、すごいことですよ」

「いや、まだ何もしていないのに」

「だって、オファーが来た時点で、すでに評価されている証拠ですよ」

聡子の言葉に、賢一は深くうなずいた。彼女はいつも、彼の良さを引き出し、認めてくれる。

その夜、ベッドで抱き合いながら、聡子が小さく呟いた。

「ねえ……司城さん、私、ずっと考えてるんです」

「何を?」

「私たち……このまま、お互いの部屋を行き来するの、ちょっと寂しくないですか?」

賢一の心臓が、どきりと跳んだ。

「どういう……ことだ?」

「一緒に……住まない? 新しいところを探して」

聡子は真剣な目で賢一を見つめた。その瞳には、不安と期待が入り混じっている。

賢一は彼女の手を握りしめた。

「……僕は、もう定年を過ぎた男だ。それに、離婚したばかりで財産もあまり……」

「私だって、大した貯金はないし、仕事はジムのインストラクターです。でも……」聡子は賢一の胸に頬をすり寄せた。「一緒にいたいんです。司城さんと、普通の朝を迎えたい。一緒に食事をして、一緒に寝て……そんな当たり前のことが、すごく大切に思えて」

賢一は目を閉じた。妻から言われた言葉が、ちらりと脳裏をよぎる。

『ぶよぶよ太って男としての魅力は皆無なのに、仕事辞めたらもうなにも残らないわね』

しかし今、この腕の中にいる女性は、そんな彼を「好き」と言い、一緒に生きたいと願っている。

「……考えさせてほしい。真剣に、聡子さんのためにできることを」

「うん。ゆっくりでいいから……考えて」

聡子はそう言うと、賢一の唇に優しいキスをした。

その温もりが、賢一に決意を固めさせる。彼は、まだ誰にも話していないが、実は親の遺産が少しだけあるのを思い出した。妻には内緒にしていたものだ。

――このお金で、新しい始まりを築くことができるかもしれない。

彼は聡子をしっかりと抱きしめ、彼女の髪の匂いを深く吸い込んだ。

未来が、ほんの少しだけ、明るい色に染まっていくのを感じながら。

第5章 「ざまあ」―元妻の来訪と新たな門出

第5章のシーン

第5章: 「ざまあ」―元妻の来訪と新たな門出

引っ越し前夜の部屋は、段ボール箱が積み重なり、生活の痕跡が丁寧に梱包されつつある暫定的な空間だった。

鍋がグツグツと湯気を立て、白菜と豚肉の甘い香りが漂う。賢一は聡子の向かいに座り、彼女が豆腐をそっと取り分ける手元を見つめていた。トレーニングレオタードの上に羽織った綿のカーディガンが、彼女の肩のラインを柔らかく包んでいる。

「明日が本番ですね。緊張しますか?」

聡子が箸を置き、優しい目で尋ねた。

「正直言うと、少しどきどきしています。こんな歳になって、新しい家を構えるなんて」

賢一は苦笑いしながら、ビールのグラスに手を伸ばした。

鍛えられた腕の筋肉が、シンプルな長袖Tシャツの下でうっすらと浮かび上がる。ジムに通い始めてから、どれだけの時間が経っただろう。あのぶよぶよとした自分の体も、妻からの辛辣な言葉も、今では遠い過去のようだ。

「でも、すごく楽しみ。司城さんと一緒に選んだマンションだもの」

聡子の頬がほんのり桜色に染まった。彼女は鍋の向こうから手を差し伸べ、賢一の手の甲にそっと触れた。

その温もりが、賢一の胸を満たす。

親の遺産――母がこっそりと残してくれた金額は、決して大金ではないが、新たなスタートを切るには十分なものだった。幸恵には一切話さず、別居後もひっそりと保管していた。今思えば、これが自分の第二の人生を支える資金になるとは。

「聡子さんがいてくれたから、ここまで来られました」

「そんな……司城さん自身が頑張ったんですよ」

「いえ、本当に。あの時、ジムの門を叩かなかったら、今の僕はいない」

賢一は聡子の指を包み込むように握り返した。

彼女の指先は、インストラクターとしての仕事の跡が感じられる少し固い感触だが、内側は驚くほど柔らかく温かい。その手のひらから、まるで生命力そのものが伝わってくるようだった。

「司城さん……」

聡子が声を潜めた。

「私、時々怖くなるんです。こんなに幸せでいいのかって。だって、私よりずっと年上だし、司城さんにはもっと相応しい方がいるかもしれないし」

「そんなことを言わないでくれよ」

賢一はきっぱりと言い、聡子の目をじっと見つめた。

「僕にとって相応しい人とは、僕の全てを受け入れてくれる人だ。過去の失敗も、これからの不安も、そしてこの体も――全部を、あるがままに認めてくれる人を、僕は選んだ」

聡子の目に涙が光った。

彼女はうつむき、こらえるように唇を噛んだ。

「……ありがとう。そう言ってくれて」

その時――

ピンポーン。

玄関の呼び鈴が鋭く響いた。

二人は同時に顔を上げ、目を見合わせた。この時間に、誰だろう。引っ越しの手配は全て明日だし、大家さんからの連絡もない。

「宅配便かな? でも、こんな夜遅くに」

聡子が首をかしげた。

「見てくるよ。ちょっと待っていて」

賢一は立ち上がり、リビングを横切って玄関へ向かった。ドアの扉眼から外を覗く。

そこに立っていた人影に、賢一は息をのんだ。

――幸恵。

元妻の司城幸恵が、薄いコートを羽織り、うつむくように立っていた。彼女はかつてのきらびやかなドレッシーさを完全に失い、髪もきちんと整えられていない。頬はこけ、目元には深いクマが刻まれている。

賢一は一瞬ためらったが、静かにドアを開けた。

「……どうしたんだ? こんな時間に」

幸恵が顔を上げた。その目は、以前の鋭さを失い、どこかすがるような弱々しさをたたえていた。

「賢一……あの、ちょっと話がしたくて」

彼女の声はかすれ、震えている。

「話? 私たちにはもう、話すべきことは何もないはずだ。離婚は成立している」

「わかってる、わかってるわ。でも……ちょっとだけ、中に入れてくれない? 外は寒いし……」

幸恵は身震いしたふりをしたが、その仕草には明らかな演技が感じられる。

賢一は深く息を吸い込み、冷静さを保とうとした。しかし、彼女がここに来た理由は容易に想像がついた。娘の綾乃から、幸恵が付き合っていた年下の男に財産を搾取され、見捨てられたという話を聞いていた。

「短時間でいい。どうしても、あなたに伝えたいことがあって」

幸恵の目が、賢一の体を上から下まで舐めるように見た。その視線に、かつての軽蔑はなく、むしろ驚嘆と――何かを期待するような熱が込められていた。

「あなた……すごく変わったわね。痩せて、引き締まって……まるで別人みたい」

「ジムに通っているからだ」

「そう……頑張ってたのね。私、知らなかった」

幸恵が一歩前に出た。彼女の香水の匂い――かつては高級なものを使っていたが、今は安っぽい芳香剤のような匂いが漂う。

「実はあの後、色々あって……あの男、ひどい人だったの。お金だけ取って、私を捨てた。全部、計画通りだったみたい」

彼女の声が詰まった。

「でも、それでよかったのかもしれない。だって、やっと気づいたの。私にとって本当に必要な人は、あなただったって」

幸恵の手が伸び、賢一の腕に触れようとした。

「賢一、戻ってきて。もう一度始めよう。私たち、長い夫婦だったじゃない? あの時の言葉、撤回する。あなたは立派な男よ。ちゃんと見直した」

その言葉が、賢一の胸に冷たいものが走る。

あの時――退職した夜、彼女が浴びせた言葉を、彼は一言も忘れていない。

『ぶよぶよ太って男としての魅力は皆無なのに、仕事辞めたらもうなにも残らないわね』

その一言が、どれだけ彼を傷つけ、彼の自尊心を粉々にしたか。

「幸恵」

賢一の声は、意外なほど平静だった。

「もう遅いんだ。僕は――」

「遅くないわ! あなたもまだ男性として十分やっていけるし、私だってこれから頑張る。私たち、もう一度やり直せると思うの」

幸恵の目が輝き、必死さがにじみ出ていた。彼女は完全に追い詰められ、賢一という最後の浮き輪にすがりつこうとしている。

その時、リビングから聡子の声がした。

「司城さん、大丈夫ですか? 誰か来たんですか?」

聡子がレオタード姿のまま、カーディガンをしっかりと羽織って玄関へやってきた。運動後のほてりがまだ残る彼女の頬は健康的に赤く、鍛えられた肢体のラインが布地の下にくっきりと浮かび上がっていた。

幸恵の表情が凍りついた。

彼女の目が、聡子の全身を走り、その若さ、プロポーション、そして何より賢一との間にある親密な空気を一瞬で見抜いた。

「こ、この女性は……?」

幸恵の声が上ずった。

賢一は迷わず、聡子の腰に手を回した。彼女の体が、少し緊張しているのを感じたが、すぐに彼に寄り添うように身を委ねた。

「五十嵐聡子さんだ。僕の恋人です」

「恋、恋人……? まさか、あなたが……こんな若い子と……」

幸恵の顔から血の気が引いていく。彼女の唇が震え、目が大きく見開かれた。

「そうです。聡子さんと付き合っています。そして明日からは、新しいマンションで一緒に暮らすことになりました」

賢一は一つひとつ、明確に言葉を重ねた。

「親の遺産を使いました。内緒にしていたが、あなたには関係のないお金だしね。新しい家を、新しい人生を、僕はこれから築いていくつもりです」

「そ、そんな……嘘でしょ? あなたみたいな年寄りが、若い子に相手にされるわけない……」

「幸恵!」

賢一の声が、初めて鋭くなった。

「その言い方は、もうやめてくれ。僕はもう、あなたに否定される男じゃない。この体も、この人生も、全部自分で取り戻した。そして、僕を男として見てくれる人に出会えた」

聡子がそっと賢一の腕に触れた。彼女の目には、幸恵への複雑な感情――同情と、わずかな優越感と、何より賢一を守りたいという強い意思が読み取れた。

「司城さんは、とても素敵な方です。私が引き止めたいくらい、真面目で誠実で……そして、すごく頑張り屋さんなんです」

聡子の声は穏やかだが、芯が通っていた。

「あなたがどんなことを言ったか、全部聞いています。でも、もう大丈夫。私は司城さんの全てを受け入れます。過去も、今も、これからも」

幸恵は言葉を失い、二人を見つめていた。彼女の目に、怒り、悔しさ、嫉妬、そして何より深い後悔の色が渦巻いていた。

「ざ、ざまあみろ……って言うの? 私がこんな目に遭うのを、楽しみにしてたの?」

「違う」

賢一は静かに首を振った。

「僕はあなたを恨んでいない。むしろ、あの時言われた言葉があったから、ここまで来られたのかもしれない。だから――お互い、第二の人生は別々の道になってしまったけれど、せめてこれからは、幸せになってほしい」

幸恵の目から、ついに涙が溢れた。しかし、それは悔恨の涙だろう。愛情からではなく、自分自身の選択の結果に泣いている。

「……さよなら」

賢一がそっと言った。

「明日にはここを引っ越すから、たぶん会うのはこれが最後かな。僕たちには、新しい明日が待っている」

幸恵はうつむき、震える手でコートの襟をしっかりと握りしめた。彼女は何か言いかけたが、言葉が出ず、ただ黙って踵を返した。

賢一は静かにドアを閉めた。

玄関の明かりが消え、二人だけの空間が戻ってきた。

長い沈黙が流れる。

やがて、聡子がそっと賢一の胸に顔を埋めた。

「……怖かった。彼女があなたを連れ戻そうとしてるのかと思って」

「大丈夫。もう、あの女には戻らない」

賢一は聡子をぎゅっと抱きしめた。彼女の体の温もり、汗のほのかな匂い、そして心臓の鼓動が、彼の全てを満たす。

「賢一さん、本当に強くなったね」

聡子が顔を上げ、涙目で笑った。

「あの時の賢一さんとは、もう別人みたい」

「聡子さんがいたからだ。あなたが、僕の価値を教えてくれた」

賢一は彼女の唇にそっとキスをした。

短い、しかし深い口づけ。そこには欲望よりも、むしろ感謝と決意が込められていた。

「さあ、鍋が冷めちゃう。明日は引っ越しだ。しっかり栄養をつけないと」

聡子が笑いながら、賢一の手を引いてリビングへ戻った。

再び鍋を囲む二人。湯気がゆらゆらと立ち上り、部屋を温かい空気で満たす。

「ねえ、賢一さん」

「ん?」

「新しい家で、最初にすることって、なにがいいかな?」

賢一は少し考え、微笑んだ。

「そうだな……まずは、一緒に朝日を見ることかな。新しいマンションのベランダから、二人でコーヒーを飲みながら」

「素敵。それから、一緒に朝食を作って……そして、夜は……」

聡子の頬がまた赤らんだ。

「夜は、新しいベッドで、ゆっくりと……あなたのことを、もっとたくさん知りたい」

その言葉に、賢一の胸が熱くなった。

彼は聡子の手をテーブルの上で握りしめ、固くうなずいた。

「ああ、そうしよう。全部、一緒に」

窓の外には、新しい始まりを告げる星々が静かに瞬いていた。

苦い過去を振り切り、手に入れたこの瞬間が、確かな未来への第一歩となる。

賢一は聡子の笑顔を見つめ、心の中で誓った。

――もう二度と、あの惨めな男には戻らない。この手に掴んだ幸せを、誰にも壊させない。

鍋の湯気が、二人の明日を祝福するように、ゆらりと舞い上がった。

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読み終えたあとの余韻に。

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登場人物
  • 司城 賢一
    司城 賢一 つかさき けんいち
    男性 ・ 61

    外見: 短めの白髪混じりの黒髪、くすんだ茶色の瞳、退職直後はぶよぶよとたるんだ中年体型(身長172cm)だが、鍛え上げられると筋肉質で引き締まった体格へ。服装: 最初は地味なスーツやポロシャツにチノパン。後半はトレーニングウェアやカジュアルな服。真面目で堅実、家族思いだが、妻の言葉で深く傷つき自己肯定感が低い。ひたむきな努力家の一面がトレーニングで開花する。

  • 五十嵐 聡子
    五十嵐 聡子 いがらし さとこ
    女性 ・ 35

    外見: 肩にかかるくせ毛の栗色のボブヘア、明るい茶色の瞳、プロポーション抜群のナイスバディ(身長165cm)。鍛えられたくびれのあるボディ、張りのある胸、締まった臀部。肌は健康な小麦色。服装: ジムではレオタードやタンクトップにショートパンツ、プライベートはカジュアルなトップスとジーンズやスカート。明るく親身でプロ意識が高いが、父を早くに亡くしたため年上の誠実な男性に弱い。元彼との別れの傷が少し残る。

  • 司城 幸恵
    司城 幸恵 つかさき さちえ
    女性 ・ 55

    外見: きちんとまとめたロングストレートの茶髪(美容院で入念にケア)、鋭い印象の黒に近い茶色の瞳、スレンダーだが鍛えていない華奢な体型(身長158cm)。服装: セレブ風のブランド物スーツやドレス、アクセサリーも多い。計算高く見栄っ張り、自己中心的。10歳年下の男に騙された後は疲弊した様子も。

  • 宮原 綾乃 みやはら あやの
    女性 ・ 28

    外見: ストレートのロングヘア(母似の茶髪)、優しい印象の茶色の瞳、母親似のスレンダー体型(身長160cm)。服装: 都会的な落ち着いたカジュアル服。父思いで心優しいが、母の身勝手さには複雑な思いを抱く。父をそっと励ます娘。

  • 五十嵐 健太 いがらし けんた
    男性 ・ 38

    外見: ショートカットの黒髪、細目で冷めた印象の茶色の瞳、細身だが姿勢が悪い(身長175cm)。服装: だらしなくヨレたスーツやカジュアル服。聡子の元彼。7年交際したが結婚を先延ばしにし、他の女性との浮気が発覚し別れる。自己中心的で責任感が薄い。

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