妻を亡くした62歳の男が独身女子寮の管理人となり無防備な寮生たちの裸と吐息に触れて枯れた身体へ再び血が通い始めるまで
あらすじ
男として終わったはずの初老の身体が、若い女たちの温かい肌と無防備な吐息に触れるたび静かに血を巡らせる。妻を亡くした62歳の管理人が、奔放な女子寮の共同浴場で見てしまう生々しい光景、嗅いでしまう甘くて汗ばむ匂い、触れてしまう柔らかな肉の温度。亡き妻への罪悪感を胸の奥で燻らせながら、それでも女の温もりを求めてしまう男の、静かで淫らな再生物語。
第1章 亡き妻の残り香を胸に男の終わりを迎えた六十二歳が女子寮の管理人として共同浴場の湯気に踏み入る
第1章: 亡き妻の残り香を胸に男の終わりを迎えた六十二歳が女子寮の管理人として共同浴場の湯気に踏み入る
三月のぬるい風が、開け放した窓から仏壇の白い花を静かに揺らしていた。香妻寛は座卓の前に胡座をかいたまま、茶碗に残った最後の一煎りをゆっくりと喉へ流し込む。ほうじ茶の香ばしさが鼻の奥でほどけて消えるまでの、わずかな間だけ、正子の気配がこの部屋に戻ってくるような錯覚があった。だがそれも、湯呑みを置くかすかな音とともに霧散してしまう。三年前に妻を亡くしてから、寛の日々はこういう輪郭のない時間の繰り返しだった。目を閉じても、焼き付いているのは痩せた正子の手首と、病室の窓から見えたあの灰色の空ばかりで、身体の内側には何も溜まっていかない。会社はとっくに辞めた。退職金は一・五倍にして受け取った。子どもふたりは独立し、それぞれ家庭を持っている。金も暇もあって、行きたい場所もなく、会いたい人間もいない。生きているのに、もう男としての残り火を手放してしまったような、そんな枯れた諦念だった。
電話がかかってきたのは、まさにその、ほうじ茶と線香の匂いが重なる夕暮れどきだった。相手は幼なじみの大崎で、学生の頃つるんで以来の付き合いだが、今は小さな不動産会社を経営している。話は簡潔だった。自社が運営する独身女性向けの寮がある。住み込みの管理人が急に辞めてしまい、代わりを探している。風呂と飯は共同の設備を使うが、仕事は楽だ。家賃もかからない。寛は受話器を肩に挟んだまま、窓の外で揺れる桜の枝をぼんやりと見た。ちらほらと咲き始めた花びらが、風に吹かれて散りかかっている。
「僕でよければ、やらせてもらうよ」
声に出してから、まるで他人事のようにそう思った。あの部屋にひとりで座っているより、知らない若い女たちの生活音に囲まれているほうが、まだ魂の奥に澱んだものも揺れてくれるかもしれない。そういう、ほのかだが確かな期待が、乾いた胸のどこかに芽生えていた。
寮に着いたのは、翌週の月曜日の午後だった。駅から歩いて十五分ほど、住宅街の奥まった角地に、四階建ての白亜の建物が建っている。入り口には植え込みの梅が咲き、玄関の磨かれたタイルに光が反射して、思ったよりも小綺麗な外観だった。寛は持たされたボストンバッグを片手に、インターホンのボタンを押した。しばらくして、白衣のような割烹着を着た女性がガラス扉を開ける。久美という、寮のまかない係だという。歳の頃は二十代の半ばから後半だろう。黒い髪を低い位置でひとつに束ね、たれ気味の大きな目が印象的で、豊満な身体つきを白いエプロンが柔らかく包んでいる。
「あらあら、新しい管理人さん? 幼い子ばっかりで、まあ大変だと思いますけど」
久美はそう言って、ゆったりと笑った。少しだけ、目元に艶が滲む。
「香妻寛と言います。しばらくお世話になります」
「香妻さん、ね。みんな、管理人さんって呼ぶと思うから、わたしもそうでいいかな」
「かまわないですよ。そのほうが気楽だ」
建物の中へ足を踏み入れると、かすかに線香とは違う、肌にまとわりつくような甘い空気が廊下に漂っていた。洗い立ての衣類のような清潔な匂い。だが、その下に若い女の汗や化粧水、シャンプーが混じり合った、むん、とした密度の匂いが隠れている。寛は呼吸を浅くして、久美の後ろを歩いた。
一階は食堂と浴室、共同のトイレがあり、二階から四階までが寮生の個室だという。廊下の突き当たりを曲がったところで、寛は足を止めた。右側の洗濯室から、無造作に干された女物の下着が幾重にも目に飛び込んできた。白いレースのブラや、細い紐のついた小さな布、淡い桃色のキャミソールまで。どれも洗濯バサミに留められたまま、窓からの風に揺れている。寛は反射的に視線を外し、隣の久美を見た。彼女はもう慣れたものという顔で、薄い唇をほんの少し緩めている。
「あれ、いつも干しっぱなしなの。注意しても片付けない子がいるんですよ。若いって、いいですけどねえ」
「……そうなのか」
「管理人さん、そういうのに慣れるまでは大変だと思うから」
久美の声はどこかからかうようでありながら、こちらの動揺を確かめる種類の柔らかさもあった。寛は何でもないように咳をひとつし、先へ進む。二階の廊下へあがったところで、壁越しに何かをひたすら擦りつけるような音が響く。リズミカルで、くぐもっていて、耳を澄ませば人の吐息が混じっている。寛は歩きながら横目で久美の横顔を見たが、彼女は平然としていた。
「ああ、あの部屋、よく彼氏を連れ込む子がいるのよ。今日は昼から、まあ、あれ」
「……あれって」
「あれは、あれですよ。男が来てるんです」
真昼の女子寮に、と思う。男子禁制のはずではないかと聞けば、久美は小さく肩を竦めて「ほら、みんな、わかってて見て見ぬふりみたいな」と呟いた。若い女の腹の奥で絡み合う粘膜の音が、ドアの向こうから一定の間隔で漏れる。たん、たん、と壁に足か手かが当たる振動まで感じて、寛は胸のあたりが妙に硬くなるのを自覚した。性欲ではない。いや、それだけでもない。こういう奔放な気配そのものが、自分の死んだ生活とあまりにもかけ離れていて、身体が驚いているのだ。
管理人室は一階の浴室と食堂の間の、やや奥まった場所にあった。六畳ほどの狭い和室と、小さな流し。日当たりは悪くないが、エアコンの排気口が近くて、夕方になると鯛焼きの尻尾のような生温い風が入ってくる。久美が部屋の造りを説明しながら、寛の顔をちらと見た。
「管理人室には、お風呂もトイレもありませんから」
「ああ、聞いてはいたけど」
「寮生とおんなじ、共同のを使ってもらいます。夜は女の子たちが終い湯に入るから、時間が重ならないように気をつけてくださいね」
寛は窓の外を見たまま「そうか」と短く返した。若い女は、これまでもこれからも、こちらが生温い空気のようになった身体に触れてくる。それが嬉しいのか、いやだというのか、自分でもわからなかった。
夕方、大崎から段ボール二箱分の荷物が届いた。管理日誌や鍵の束、建物の見取り図、それに正子の写真と小さな仏壇の一式だ。寛はその段ボールを開けて、正子の遺影を壁側の棚に置いた。白い花はまだ買っていない。骨張った指を合わせて、目を閉じる。線香の代わりに、持ってきたポケットの中の錠剤タイプの旅用線香があったので、短く折って火をつけた。紫煙が部屋の空気に筋を作り、やがて静かな幕のように溶けていく。ごめん、という言葉だけが、いつまでも喉の奥で乾いたまま転がっていた。
夜遅く、消灯の時刻を過ぎたあとに、寛は終い湯を使うため裸足のまま廊下へ出た。足袋のような肌触りの木製の廊下は、昼間に比べるとしっとりと湿気を吸っていた。それが女子寮の共同浴場の吐息のように思えた。脱衣所へ入ると、湯気の白い靄が天井近くでゆっくりと回っている。女たちの入浴後、まだ一時間とは経っていないのだろう。脱衣籠や棚の上には、折り畳まれたバスタオルや化粧水の瓶が並び、空気中にはシャンプーなのかボディソープなのか、柑橘と蜜が混ざったような甘い匂いが充満していた。温泉宿で嗅ぐ「家族の淀み」とは明らかに違う、粘膜に近い、こなれた女の匂いだった。
寛は服を脱ぎ、明かりを絞った浴室へ入る。タイルの床はぬめりがあり、踵で踏むたびに、ぴちゃ、と湯の薄い膜が音を立てた。カランを捻り、熱い湯を頭からかぶる。昼間の下着と、あの嬌声と、久美の含み笑いが、湯に押し流されていくようで、されど体温の奥にこびりついて消えない。腰掛けに座り、流れていく湯をぼんやりと見つめていると、鼻の奥で発酵した果実のような甘ずっぱい匂いがふっと弾けた。桶の底に、黒い長い髪が一房、渦を巻いていた。
若い女の髪だ。誰のかはわからない。だが寛には、この湯気に漂うものすべてが、正子のいない世界の実感として、五感へ重く沈んでくるようだった。最後の一年、正子の身体には触れなかった。手を握り、背をさすることはあったが、性器を重ねることはついになかった。ここで死ぬものと思っていた。男として欠けたまま、生涯の裏口をくぐり抜けるのだと。
寛は立ち上がり、湯船の湯を手ですくって顔を洗った。正子、ごめん、とは言えない。もうこの場所では、言うことがどこか嘘になる。若い女たちの残り香が、寛の乾いた身体の表面でちろちろと燻りながら、それでも確かに皮膚の下へ浸み込んでくる。湯気に濡れたタイルの白さが、夜の光を含んで青く透けていた。
脱衣所へ戻り、備え付けの脱衣籠の前で身体を拭いていると、足元の籐の籠の隅に、丸められた女物の下着がひっそりと置かれているのに気がついた。薄い水色の、花柄のレース。誰かが脱いだまま置き忘れていったものだ。布面積の少ない、そういうかたちの下着だった。寛は一瞬だけ、その柔らかそうな布地を凝視し、そして何も見なかったふうにタオルで肩を擦った。指先が下着へ伸びることはない。伸ばしてはいけない、と思った。だが、夜気に湿ったレースから立ちのぼる白い湯気の匂いを、肺の底いっぱいに吸い込んでしまっている自分がいることも、確かだった。
管理人室へ戻ると、仏壇の前の短い線香はもう燃え尽きて、白い灰だけが残っていた。窓の外では梅の枝が風にそよいでいる。寛は正子の遺影に手を合わせ、それから布団を敷いた。
「管理人さんって、なかなか骨が折れるかもしれない」
誰に言うでもなく小さく呟き、体を横たえる。耳の奥で、夜の寮の空気が微かに軋んでいた。女たちの寝息だか、風呂の湯気だか、それとも自分の心臓の音なのか。闇の中で、肌のすぐ外側に、若い女のまとう湿り気が溶けて流れていった。
*
翌朝、寛は管理人としての初めての点検を行った。玄関の鍵、食堂の配膳台、ゴミ置き場、そして共同トイレ。男子禁制の場所には入れないはずの自分が、黄色いビニール手袋を嵌めて個室の扉を順に開けていく。中には芳香剤の香りと、その奥に生乾きの尿の匂いが薄く残っていた。便座の表面を拭き、床に落ちた長い髪の毛を拾い、使用済みのナプキンが入ったままの小箱を丁寧に閉じる。どこかで、若い女の尿が跳ねた跡が、白い便器の縁に花びらのように光っていた。寛は息を詰めて、黙々と掃除を続けた。
すべてが、生きている女の痕跡だった。血の匂いも、塩気を帯びた排泄の残り香も、ごく当たり前にこの空間を満たしていた。人間らしい匂いに、乾いた心がひどく揺さぶられる。それが不快かと問われれば、そうではなかった。むしろ、この生のざらつきが、正子のいなくなった家でずっと失われていたもののように感じられた。
風呂場の掃除のあと、窓辺に立てかけられた桶の底から、また女の黒髪が一筋見えた。寛は指で摘まみ、湿った髪を掌に乗せる。湯気と混じったシャンプーの甘い匂いが、鼻の奥へすっと染みた。まるで若い女の肌を直接嗅いでいるようだと、思った。そして、こんなことを誰にも知られてはいけない、とも。
昼近く、廊下を歩いていると、二階の角部屋からひとりの寮生が顔を出した。切れ長の目に、長い黒髪。白いカットソーの胸元が少し窮屈そうに膨らみ、下は短いハーフパンツだった。光に透けて、その腿の白さが廊下の薄暗がりに浮いて見える。寛が軽く会釈すると、彼女は明るい声で「あ、新しい管理人さんだ」と笑った。
「はじめまして。由加って言います。よろしくおねがいします」
「香妻だよ。こちらこそ」
「管理人さん、今度、お風呂の時間とか教えてくださいね。あたし、いつも一番最後まで入ってるから、一緒になっちゃったら困るかなって」
由加はそう言って、小首を傾げる。半分笑っていて、半分は本当に気にしている顔だった。寛は「僕も終い湯を使うから、そこはうまくやるよ」と答えながら、彼女の薄い胸元から肩の線へ、無意識のうちに視線を滑らせていた。由加はそんな視線に気がついているのかいないのか、またあっけらかんと微笑んで、部屋の奥へ引っ込んでいく。
若い女の肌は、白い。それだけのことが、やけに眼裏に焼きついた。寛は胸の奥がゆっくりとほどけていくような、恐ろしくて懐かしい感覚を覚えて、壁に手を突かなければならなかった。まるで、止まっていた自分の血が、久しぶりに流れ出したような心地がしたのだ。
管理人としての新しい日々は、まだ始まったばかりだった。寮の空気には、若い女たちの声と汗と、身体の奥から滲み出す性の匂いが絶えず流れている。寛は正子の写真の前で、今日も掌を合わせた。すまない、とも、ありがとう、ともつかない熱が、合わせた指の間にじんわりと広がっていった。
第2章 乱れきった規律と共同トイレの生々しい痕跡に初老の管理人が若い女たちの匂いと下着姿へ毎日戸惑う

第2章: 乱れきった規律と共同トイレの生々しい痕跡に初老の管理人が若い女たちの匂いと下着姿へ毎日戸惑う
朝の六時半、寛は管理人室の薄い壁越しに、寮の廊下をぱたぱたと走る足音を聞いた。若い女たちが共同トイレへ駆け込む音。水洗の勢いが壁を伝って低く唸り、次いで、しん、と静まる。その繰り返しが、寛の新しい一日の始まりだった。
立ち上がり、白いシャツの襟を正してから、紺のカーディガンを羽織る。鏡を見ると、白髪の混じった短い髪の下から、寝不足の薄茶色の瞳が覗いていた。昨日、初めて共同浴場の湯気に触れたときの感覚が、まだ指先と鼻の奥に残っている。シャンプーとボディソープの人工的な甘さの下に、確かに感じた女たちの肌の脂じみた匂い。洗い場の排水口から、夜も通して流れ続けた水の音。眠れなかった。
管理人室の外へ出る。廊下は古い木造で、歩くたびに床板がきしんだ。角を曲がったところで、寛は足を止める。共同トイレの前に、一人の寮生がしゃがみこんでいた。薄い水色のネグリジェを着た少女で、肩まわりの布が片方ずり落ちて、柔らかそうな白い鎖骨が露わになっている。髪は寝乱れたまま肩に絡まり、裸足の爪先が廊下の木目を掴むように曲がっていた。トイレの戸に手をついて、中へ小さく声をかけている。
「ねえ、いつまで入ってるの……おなか、痛いんだけど」
返事の代わりに、扉の向こうから切迫した水音がした。しゃがんだ少女は「もう、ひどい」と言って、額を戸に押しつける。寛は少し迷ってから、わざと足音を高くして歩き出した。気配に気づいた少女が横を向く。まだ年若い顔で、頰に白い寝汗の光を浮かべている。寛が黙って目礼すると、少女は慌てて下着の裾を直した。ネグリジェの合わせが胸元で開いて、浅い谷間が視界の端に入ったが、寛は視線を正面へ戻した。
「すまないね。あとでトイレの点検をしたいから、空いたら声をかけてください」
「は、はい……」
消え入りそうな返事だった。寛はなるべく緩やかな歩幅で、廊下の先へ進んだ。
女子寮の朝は、どこか生々しい空気に満ちていた。朝食の支度を始めた久美の包丁の音が食堂から響き、洗面所では歯ブラシのこする音と水の跳ねる音が混ざり合う。寛は一階の点検から始めることにした。
最初に開けたのは、寮生共用の洗濯室。入った瞬間、密度のある湯気と、粉洗剤の甘ったるい匂いが押し寄せた。洗濯機が二台、かしいだ音を立てて回り、床には色とりどりの洗濯物が溢れている。籠から落ちた小さな布切れが数枚、白いタイルに張りついていた。紺の縞、薄桃、レース仕立ての黒。どれも寮生たちが昨夜のうちに脱いだ下着のようだった。寛は目を細め、なるべく直視しないように拾い集める。摘んだ小さな布はひんやりと湿っていて、掌に置くと溶けるように柔らかった。洗い立ての石鹸と、ほのかに残る汗の酸っぱさが鼻先をかすめ、寛は思わず息を浅くした。
六十を過ぎた男の掌に、十代の女の下着が載っている。その事実が、妙に現実味を欠いていた。洗い籠の端に、小さな紙片が落ちている。避妊器具の包み紙の銀色が、蛍光灯の下でぬらぬらと光っていた。
寛は生唾を飲み込み、包み紙を折り畳んでポケットへ入れた。見つけなかったことにしてやるのが、管理人としての優しさだと思った。いや、違う。単に、この場で正してよい物と、そうでない物の区別がつかずにいた。
共同トイレの掃除が、その日の大きな仕事だった。寮生が朝の身支度を終えて出払ったのを見計らい、バケツに水を汲んで一階のトイレへ入る。三つの個室が並び、一番奥の扉が半開きになっていた。寛はゴム手袋をはめ、まず床に目を落とした。便器の前のタイルが、小さく跳ねた尿で黄ばんでしっとりと光っている。若い女の放尿の勢いと方向の乱れ。そのあとを水拭きしながら、寛は柄つきブラシを便器の内側へ差し込んだ。
水を流すと、便器の中に沈んでいた透明な粘液が渦を巻いて消えていく。その粘り気が、使い終わったあとの生臭さを水に溶かして、寛の鼻腔を刺激した。共同トイレの汚物入れに手を入れると、ビニール袋の重みが湿っていた。口を開けると、酸っぱい血の匂いが立ちのぼる。若い女の体じゅうから毎月出る血が、白い布に吸われて赤黒く固まっている。その匂いにまぎれて、もっと明るく、つんと尖った酸味があった。男の精がゴムに包まれたまま、冷えて乾いているのだ。半透明のゴムの先に、白く濁ったものが溜まっている。その袋を結んで外しながら、寛は思った。自分は今、彼女たちの生活の一番奥の、誰にも見せない部分を片付けている。そう言いようのない感慨が、背筋をゆっくりと撫で上げていった。
寛は袋を縛り直し、換気扇を回した。トイレの外の空気が流れ込み、ようやく鼻の奥が開ける。ゴム手袋を外し、手を洗いながら、寛は鏡に映る自分の顔を盗み見た。黄色い電灯の下で、顔の深い皺がくっきりと浮かんでいる。自分は、何を読み取ろうとしているのか。
夕方、寛は共有の浴場へ向かった。昼間は寮生が仕事や学校でいないため、掃除のたびに湯気のなごりが壁と床に色を宿している。脱衣所へ入ると、小さな木の椅子が乱雑に並び、床には長い黒髪が落ちていた。何本もの黒髪が、乾いた床の上で、まるで生き物の触手のように緩やかに曲がり、互いに絡み合っている。寛はその一本を摘んで明かりに透かした。しっとりした光を帯びた髪が、寛の指の腹をくすぐった。数日前まで、誰かの頭皮から生えていたものが、いま寛の手の中に冷たく垂れている。
風呂場の戸を開ける。湯気はもう消えていたが、壁で結露した水滴が、黄色い光で珠のように光っていた。真鍮の蛇口、白いタイル、木の蓋の浴槽。寛はホースを引き、床に水を撒いた。石鹸の泡が排水溝の周りにまとわり、流れる水が泡を押しやりながら、かすかに渦を巻いた。森のように深い女の匂いが、湿った湯気の残りから甦る。女たちの使ったボディソープは甘い果実の匂いがして、排水溝の周りには彼女たちの肌から洗い流された白い垢が、泡の中に浮かんでいた。その濁りが、寛の足元を流れて排水口へ消える。
寛は柄の長いブラシで床をこすりながら、亡き正子のことを考えていた。正子が生きていた頃、家の風呂掃除は二人の静かな共同作業だった。正子は黙って湯を掻き出す仕事をし、寛が浴槽を磨いた。正子の体の温かさは、いつもタオルの上からしか知らなかった。セックスをしても、正子の肌は柔らかく、濡れ、沈黙の中で寛の手を受け入れた。戦後のように荒々しいものではなく、互いの体温を逃がさないための寂しい抱擁だった。
寛はブラシを置き、鏡の前に立った。曇った鏡に映る自分の輪郭は薄ぼんやりとしている。若い女たちがここで肌を晒し、髪を洗い、互いの背中を流し合う。その湯気が、この鏡にいくども吹きかかって曇らせたのかと思うと、胸の空いた部分が詰まるように熱くなった。
その夜、寛は食堂で夕食を取った。寮のまかないを作る久美が、白いエプロン姿で汁椀を差し出す。黒髪を低い位置で束ね、たれ気味の大きな目をゆるませて、寛に向かって笑いかけた。
「管理人さん、今日も一日ごくろうさまでした。若い子たち、また何かやらかしました?」
寛は味噌汁を受け取りながら、首を振った。
「いや、まだ来たばかりでわからないよ。ただ、トイレの汚物入れには、その、なかなか手強いものがあってね」
久美はあらあら、と言って、唇を指で抑えた。
「男の人と使ったあと、とか、そういうの。あの子たち、平気で捨てて帰るんですよ。あとで気づいて慌てて隠す子もいるけど、朝はもう一仕事ですからね」
寛は味噌汁の椀を傾けた。ややぬるい汁の塩気が、乾いた喉に嬉しかった。
「管理人さんなら、あの子たちのお尻のあと片付けくらい、なんてことないでしょ」
「……どうかな。君の思うほど、僕も若くない」
「でも、初日から入浴したんでしょ。終い湯、入ったんですってね」
寛は少し口ごもった。
「ああ、風呂はまだ、なにぶん勝手がわからなくて」
「いいじゃないですか。若い子たちと一緒の湯で、お肌が若返るかもしれないわよ」
久美の含み笑いが、食堂の白い灯に溶けていく。寛は曖昧にうなずいて、湯呑みの茶を一口すすった。
食堂の入り口で、声がした。
「あ、管理人さん、おつかれさまです」
振り向くと、そこに由加が立っていた。黒い長い髪を下ろしたまま、深い茶色の瞳を真っ直ぐに寛へ向けている。白い半袖のブラウスに、首元には汗の光る薄い肌。寮の蒸し暑さに、胸元のボタンを一つ外しているらしく、白い襟ぐりから柔らかな鎖骨の稜線が覗いていた。スカートではなく短いハーフパンツ姿で、日に焼けない白い太腿が、食堂の光のなかでひときわ浮き上がっている。
「こんばんは。たしか、由加ちゃん」
「あ、名前覚えてくれたんだ。嬉しい」
由加は軽い足取りで近づき、寛の向かいに腰を下ろした。太腿の脂肪が木の椅子に押し広げられ、白く照った肌が僅かに揺れる。寛は目を逸らしたが、由加は曲げた両肘を机につき、しなを作って寄ってきた。
「管理人さん、まだ寮の子みんなの顔、覚えてないですよね。わたし、わりと家にいるんで、わからないことがあったら何でも訊いてください」
「そう言ってもらえると助かるよ。ただ、あまり遅くまで起きていると明日の仕事に響くよ」
「えー、そんな年寄りみたいなこと言う。……ねえ、それより、管理人さん、今日、掃除してて、なんか面白いものでも見つけました?」
由加の声が一段低くなる。深い茶色の瞳が、寛の口元をちらりと見て、また戻った。寛は薄く笑んでゆっくり首を振る。
「面白いものは何も。落ちている髪の毛と、湯気の跡くらいさ」
「ふうん。それ、全部女の子たちの、体の一部ですよ。そんなの毎日見てたら、管理人さん、大変じゃないですか」
由加は「大変」という言葉の端を、唇の中で溶かすように発音した。寛の背筋を、昨日の浴場の熱が思い出したように這い上がる。
「さて、僕はこれから管理人室に戻るよ。戸締まりをしなさい」
「はあい」
由加は片手を上げて笑い、そのまま食堂を出ていった。すれ違いざま、彼女の髪から、昼間の浴場で嗅いだのと似た甘いシャンプーの香りが、ふわりと鼻先に落ちた。寛は視線を下ろし、由加の脱いだサンダルのあとを追うように廊下を見やったが、彼女は角を曲がって見えなくなっていた。
夜、寛は自分の部屋に戻ってから、帳面を開いた。今日一日、どの個室の鍵の開閉があったか、廊下で誰と誰が揉めていたか、トイレの水漏れの有無。細かい文字で順に記し、最後の行に「共同トイレ汚物袋、使用済み避妊具多数、ナプキン数枚。廊下に下着の落とし物」と書いて、ペンを置いた。それから、押し入れの上に置いてある小さな木箱を開け、正子の遺影を取り出した。線香を短く折り、火を点けるまではしない。白い花を一輪、写真の前に置き、手を合わせた。目を閉じると、正子の柔らかな声が、昨日の湯気の奥からかすかに聞こえた。
あなた、この子たちの世話を、本当にするのね。
寛は目を開けた。管理人の部屋には、夜風が通って、どこからか微かに女の汗の匂いを運んでくる。この寮には、昼も夜も、若い女の体から出る匂いが満ちている。壁越しに、上の階の床を歩く裸足の音が、かすかに響いて消えた。寛は遺影を箱に戻して、畳の上に横になった。目を閉じると、昼間拾った下着の湿り気と、排水溝に流れていった白い泡が、瞼の裏でゆっくりと揺れていた。
第3章 終い湯の湯気の奥で若い肌の温もりに手が伸びて二十歳の由加と裸の背中を洗い合う管理人

第3章: 終い湯の湯気の奥で若い肌の温もりに手が伸びて二十歳の由加と裸の背中を洗い合う管理人
一年という時間は、寮の空気をすっかり変えていた。あれほど廊下に響いていた嬌声はなりを潜め、洗濯物の陰から男物の靴下が覗くこともなくなった。素行の悪い寮生を二人、退寮させたことが一番の理由だったが、寛が毎晩欠かさず共同トイレの汚物入れを点検し、シャンプーやボディソープの残量を確認して回る、その丁寧な仕事ぶりも少なからず効いていた。若い女たちの生活の垢を、黙って片付け続ける初老の男の背中を、彼女たちはそれなりに見ていたのである。
六月の終わり、むし暑い夜だった。寛は終い湯の時刻を少し過ぎた頃、洗面器と着替えを持って管理人室を出た。浴場へ続く廊下はしんと静まり、すのこの隅に落ちた一本の長い黒髪が、昼間の喧騒の忘れ形見のように湿った空気へ貼り付いていた。
脱衣所の引き戸を開けると、むっと詰まった湯気と、いくつもの女の身体から滲んだ甘い匂いが鼻の奥へ流れ込んでくる。寛は軽く息を吐き、手ぬぐいを肩に掛けて衣服を脱いだ。六十二歳の身体は、若い頃の面影こそ残しているものの、胸元の肉は落ち、腹のあたりには老いのたるみが静かに根を張っている。鏡に映る自分の裸から目をそらし、湯気の満ちる浴室へ足を踏み入れた。
そのとき、湯船のほうから、ぱしゃりと軽い水音が聞こえた。寛の足が止まる。誰かいる。終い湯の時刻はとっくに過ぎていたはずだった。
「あれ、管理人さんだ」
磨りガラスの向こうから、若い女の声が弾んだ。由加だ。声だけでわかる。いつも最後まで入っていると、初めて会った日に彼女が言っていたことを寛は思い出した。
「由加ちゃんか。まだ入っていたのか」
寛は湯気の奥へ声を返した。心臓が、妙に浅い場所でどきどきと鳴っている。
「あたし、今日は残業で遅くなっちゃって。お湯、まだきれいですよ」
「そうか。じゃあ、少し入らせてもらうかな」
「どうぞどうぞ。女の子の匂いがいっぱいかもしれないですけど」
くすくすと笑う気配がして、湯船の縁に白い腕が置かれるのが見えた。寛は洗い場の隅へ進み、なるべく由加の裸体を見ないようにしながら腰を下ろした。シャワーの栓をひねり、ぬるめの湯を頭から浴びる。とくとくと落ちる水が、老いた肩を叩いて流れ落ちていった。
「管理人さん、もう一年になるんでしたっけ」
由加の声が、湯気の厚みを透かして耳へ届く。
「ああ。ちょうど、そんなものかな」
「この前、寮の子たちと話してたんです。管理人さんが来てから、寮が静かになったって。あたしもそう思います。最初は、うるさい管理人さんが来るのかと思ってたのに」
「それは、買いかぶりだよ。退寮になった二人は、あまりに素行が目に余ったからね」
寛は苦笑しながら、持参したボディソープを泡立てた。シャンプーの詰め替えを風呂場の棚に補充する作業も、いつの間にか自分の役割になっていた。若い女たちの残していった空き容器が、今夜も籠に三つ、四つと無造作に放り込まれている。
「背中、洗ってくださいよ」
突然、由加がそう言った。
「わたし、手が届かないところがあって」
寛は泡を手に載せたまま、動きを止めた。湯船のほうを向く。由加はもう浴槽から上がって、洗い場の椅子にしっとりと腰かけていた。黒く長い髪が濡れて、白く華奢な背中の上に幾筋にも張り付いている。肩甲骨が、息をするたびに薄い羽根のように浮き沈みした。
「管理人さん、お忙しいですか」
「いや、忙しくはないけど」
「じゃあ、お願いします。こっち、来てください」
逃げ場は、なかった。寛は泡の載った掌を桶の湯で流し、立ち上がって由加の背後へ歩み寄った。彼女の裸の背中が、湯気の蒼白い膜の中でほのかに桜色へ染まっている。二十歳の肌は、湯で温められてしっとりと発光しているように見えた。
「じゃあ、失敬して」
寛は片膝をつき、泡立てたボディソープを由加の肩甲骨のあいだへそっと滑らせた。途端に、掌の下で、これまで直に触れたことのない若い女の肉がぬるりと動く感覚があった。
「んっ……」
由加が小さく息を漏らした。肩が、びくりと揺れる。
「冷たかったかな」
「ううん。ちょうどいいです。気持ちよくて、声が出ちゃった」
由加は前を向いたまま、くすりと笑った。
寛は黙って掌を滑らせ続けた。泡が、由加の背骨の窪みをなぞって腰のくびれへ流れていく。白く滑らかな肌の表面を、いくつもの細かな水の粒が転がるように落ちては、また湯気に飲まれていった。若い女の背中は砂丘の砂か絹の衣かと思えるほどつるつるとしていて、指先が触れるたびに、そこだけが別の生き物のように熱を帯びて応える。寛は唇を引き結び、正子のことを思うまいとしていた。しかし、掌が記憶しているのは、とうに失われた妻の背中ではなく、今掌の下で息づく由加の温かい肉体だけだった。
「くすぐったいです」
由加が身をよじる。肩に張り付いた黒髪の先から、ぽたりと雫が落ちて、寛の手首を濡らした。
「じゃあ、脇の下はやめておくよ」
「あ、いいです、そこも洗ってください。あたし、汗っかきだから」
由加が両腕を上げた。わきの下の、普段は隠れているあたりが露わになる。薄い筋肉の下に、淡い影が覗いた。寛はそこへ指先を滑らせ、泡を伸ばすように洗った。由加の身体が、くすぐったさを堪えるように、ふるりと震えるのが伝わる。
「由加ちゃんは、会社で何をしているんだったかな」
指のぬめりと若い肌の熱から心をそらすために、寛はそんなことを尋ねた。
「事務です。伝票整理したり、電話受けたり。面白くはないけど、わたし、別に仕事に夢があるわけでもないから」
「そうか。若いと、そういう割り切りも潔くていいね」
「若いって、管理人さん、あたしのこと、そういう目で見てくれてるんですね」
由加は振り向かずに、声の調子だけで笑いを浮かべた。肩甲骨のあいだで、寛の掌が止まる。泡の白い膜が、由加の背中をすっぽりと覆い、その下の肌の温度だけが手のひらへじかじかに滲んでくる。
「女の子を、若い若いって言って、ちゃんと一個の身体だと思ってもらえないのは、わりと寂しいですよ」
「……君の言うとおりだ。失念してたよ」
寛はそう答えて、腰のほうまで指を進めた。細い背中から、くびれへ。寛の目が、由加の腰骨が浮き出たあたりの、ほんの少し窪んだところへ吸い寄せられる。
このまま指を下ろせば、泡まみれになった掌が、女の柔らかな半身へ触れてしまうだろう。寛は、由加の肛門よりさらに下、洗い場の椅子へ消えていく彼女の体重を感じながら、ゆっくりと手を引き上げた。
「じゃあ、次はあたしが洗ってあげます。管理人さんの、胸とか、腕とか」
由加は立ち上がり、寛の前に回り込んだ。湯気を背負った逆光のなかで、由加の裸体が忽然と現れた。腕を上げた拍子に、まだあどけなさを残す二つの乳房が、湯上がりに濃くなった桜色の粒を揺らす。寛は思わず目を伏せたが、視界の端に、由加の下腹から太腿へかけての、ほっそりと白い線だけが、くっきりと焼き付いて離れなかった。
「管理人さんって、意外と胸板あるんですね」
由加は無邪気に言って、泡をたっぷり含んだ手のひらを、寛の胸から腹へ、水の流れに沿わせるように滑らせた。若い女の指先が、老いた男の肉に食い込むでもなく、触れるでもなく、その中間のさじ加減で、胸の輪郭をなぞっていく。くすぐったさとは違う、ふるえるような感覚が、寛のへそへ向かって走った。
「管理人さん、お風呂、いつもこの時間ですよね。あたし、時々、あとから入れてもらってました」
「気づいてたのか」
「窓の外、見てました。廊下を歩く管理人さんの影、すぐわかるから」
由加の掌が、寛の右の乳首をかすめた。老人のそこは、もう何年も反応などを忘れていた。だが、今夜に限って、由加の指の腹が触れた瞬間、微弱な、しかし確かな信号が寛の脳天を突き抜けた。
「……っと、危ない」
寛は小さく呟いて、由加の手首を掴んだ。
「どうしました?」
由加が、濡れた前髪のあいだから、深い茶色の瞳で見上げてくる。困惑の色はない。むしろ、心の奥を覗き込むような、艶めいた好奇心が、その瞳には宿っていた。
「いや。くすぐったくてね。もう、十分だ。続きは自分で洗うよ」
「そうですか。でも、腕、まだ洗ってないです。こっち、貸してください」
寛が掴んだ手首を、由加は逆に軽く握り返してきた。若い女の体温が、指と指のあいだから浸透してくる。互いの生殖器も、濡れた太腿の体温も、はっきりとは見ていない。けれど、二人の裸のあいだに満ちる湯気だけが、隠されたそれらの熱を運び続けていた。
「……由加ちゃん、終い湯の時間はもう終わってるよ。女の子が、こんな遅くまで裸で男といるもんじゃない」寛は、視線を洗い場のタイルへ落とした。
「管理人さんは、男の人じゃなくて、管理人さんですよ。だから平気です」
「それは、理屈になっとらんよ」
寛は乾いた笑いを漏らした。だが、由加の指はまだ、寛の手首を放さなかった。
「管理人さんの手、大きい。あたしの手、すっぽり隠れそう」
由加が、寛の掌に自分の掌を合わせてきた。ぴたりと重なった手のひらの、濡れた温かさ。寛は、歯の根がかすかに震えるのを感じた。
「男と女だって、ちゃんとわかってますよ。でも、その感じ、嫌いじゃないです」
由加はそれだけ言うと、寛の手から自分の手を離し、自分の洗面器を手に取った。背を向け、桶の湯で肩の泡を流す。黒い髪が、白い背中へべたりと張り付いた。
寛は、湯船へ向かう由加の背中を見つめた。二十歳の尻が、歩くたびに柔らかく揺れる。かかとから太腿へ、湯上がりの水分が細く光りながら滴り落ちていた。
しばらくして、寛も湯船へ入った。うっすらと白濁した終い湯が、二人の身体から滲み出た熱と垢を溶かして、静かに揺れる。由加は、肩まで湯に浸かり、目を閉じていた。長い黒髪が水面に広がって、淵に浮かんだ花びらのように揺蕩っている。
「管理人さん、あたし、また遅くに来てもいいですか」
由加が、目を閉じたまま尋ねた。
「風紀を乱すようなことでなければ、管理人室に来るのは構わないよ。困りごとなら聞くし」
「困りごとじゃなくて、おしゃべりしに来るのは駄目?」
「……駄目とまでは言わないけど」
「よかった。じゃあ、近いうちに寄ります」
由加は、ようやく片目を開けて、寛をまっすぐ見た。深い茶色の瞳が、浴室の湿った光を吸い込んで、とろりと濁るように輝いた。
寛は何も答えず、天井へ立ち上る湯気の渦を仰ぎ見た。胸の奥に、ひたひたと寄せては返すものがある。それが、若い女の肉体の温かさを求めているのか、それとも、もう二度と味わえないはずの、自分の男としての熱を惜しんでいるのか。寛には、どちらとも決められなかった。
湯船から上がったのは、寛が先だった。脱衣所で手早く身体を拭き、下着とシャツを身につける。ズボンを穿こうとしたとき、風呂場への引き戸の向こうから、由加の鼻歌が聞こえた。寛は靴下を持つ手を止め、しばらくその声を聴いていた。若い女の、うたうような調べが、湯気のこもった空気のなかで、小さな花火のようにぱちぱちとはぜている。
管理人室へ戻ると、寛は真っ先に窓を開けた。夜風が、汗ばんだ首筋を撫でていく。彼は、椅子に座り、自分のシャツの袖を鼻先へ近づけた。由加の背中を洗ったときに跳ねた湯と、泡。その残り香だけが、繊維の奥に微かに残っている。甘いような、青いような、若い女の肌から立ち上った匂いだった。
寛は深く息を吸い込み、そして、自分の股間へ視線を落とした。着替えたばかりの下着の布地を、ゆっくりと押し上げている一物があった。六十二の身体に、まだ熱が残っている。だが、その熱を若い女の肉体へ届ける日が来るかどうかは、寛自身にもわからなかった。
窓の外では、寮の灯りが、一つ、また一つと消えていく。やがて浴場の明かりも消されて、六月の夜は、雨の匂いを含んだ闇に閉ざされていった。
寛は立ち上がり、下着の中の硬さを、苦い笑みとともに見つめた。まるで、十代の少年がはじめて異性の裸を思い描いた夜のようだった。
第4章 亡き妻の命日に仏壇へ詫びてから若い由加の胎内に初めて挿入れて六十二歳の身体が蘇る

第4章: 亡き妻の命日に仏壇へ詫びてから若い由加の胎内に初めて挿入れて六十二歳の身体が蘇る
七月九日。朝から空は重たく垂れこめ、夕方近くになって俄かに大粒の雨が屋根を叩き始めた。寛は管理人室の小さな窓から、雨に煙る中庭を眺めていた。紫陽花の葉が、雫の重みで何度も震えるように揺れては跳ねる。蒸し暑い空気が部屋の隅に滞留し、古畳の匂いをむくむくと立ち上げていた。
部屋の北側、目線の高さよりやや低い位置に置かれた小さな仏壇へ、寛はゆっくりと向き直った。白木の壇に、正子の写真が一枚。若い頃ではなく、五十を過ぎた頃の、少し痩せた顔。黒い柩のような枠の中で、正子は静かに微笑んでいた。寛は線香に火を点し、細く立ちのぼる煙の筋を、しばらく目で追った。白い花は昨日、駅前の花屋で買い求めた百合で、花弁が雨の湿気を含んで、ことさら白く浮かび上がっている。
「三年か」
声に出して言ってみる。返事はない。雨の音だけが、部屋を満たしていた。寛は線香の煙を深く吸い込み、肺の奥へ白い花の匂いと、焦げた香木の匂いとを混ぜ込んだ。胸の奥で何かが静かに割れる音がする。正子、と、もう一度、唇のなかだけで呼んだ。お前が死んでから、僕はいつか誰にも触れないまま終わっていくんだろうと思っていた。だが、今年の僕は、若い娘の裸の背中を洗い、その指先から、とうに死んだはずの熱が身体のどこかでくすぶっているのを、確かに感じていた。
「許さんでもいい」
仏壇の写真へ向かって、寛はそう呟いた。許しを請うようであり、自分自身を引き受けるようでもあった。線香の灰が、白く崩れて落ちる。ガラスの薄い小窓が、雨風に微かに鳴った。
夕食は、久美が作ってくれた炊き込みご飯と味噌汁を食べた。何かを察したかのように、久美は「今夜は早く休みなさいよ」と柔らかく言った。
「そうさせてもらうよ」
寛は短く返し、食器を返しがてら、廊下をひと回りした。共同トイレの灯りがついている。中から若い女たちの話し声がして、やがて水の流れる音がした。トイレットペーパーは、まだ十分に残っていた。
風呂場の掃除を軽く済ませ、夜の十時を過ぎた。寛は再び管理人室へ戻り、普段着のカーディガンを脱いで、白いシャツの上に薄い半纏を羽織った。畳の上へ正座し、正子の遺影の前に手を合わせる。今日が命日だ。この一年、女たちの奔放な生活の匂いを吸い込み、風呂場で二十歳の娘の肌へ触れた自分が、それでもまだ正子の前で頭を垂れている。
やがて、雨音が遠くなり、一度だけ雷鳴が低く唸った。寛は線香の火を消し、部屋の明かりを小さく絞った。時刻は、まもなく十一時を回る。
そのとき、管理室の戸を控えめに叩く音がした。ぱた、ぱた、と雨に濡れた手のひらを打ち付けるような、湿った小さな音。
寛は息を詰めた。心臓が、詰めた息の奥で早鐘を打ち始める。このところ音に聴き慣れた、浴場の湯気の匂いを身に着けた娘の来訪。わかっていた。わかっていたからこそ、正子の前にいた自分がいることを、寛はもう一度、噛みしめた。
「管理人さん、寝てますか」
戸の向こうから、由加の声が、雨の空気を透かして届いた。寛は立ち上がり、少しだけ間を置いてから、戸を引いた。途端、冷えた雨の匂いと、若い女の肌から立ち上る甘い熱が、管理人室の空気へ一気に流れ込む。
由加は、紺の傘を閉じたまま、肩と前髪を雨に濡らしていた。黒い長い髪が、雨の水分を吸って白い顔の周りに幾筋も張り付いている。深い茶色の瞳が、半ば伏せられ、半ば寛を見上げていた。白いブラウスが、胸の膨らみを薄く透かして、しっとりと貼り付いている。
「こんな時間に、どうした。濡れてるじゃないか」
「あたし、持ってきたんです。管理人さんに、これ」
由加は、胸の前で抱えていた小さな包みを差し出した。紺色の風呂敷に、丁寧に包んだ何かがある。
「今日、会社の近くで、お菓子を。管理人さん、こういうの好きかなと思って」
「わざわざ、すまないね。とにかく、上がりなさい。風邪をひく」
寛は包みを受け取らず、由加を部屋の中へ促した。由加は小さく「おじゃまします」と呟いて、靴を脱ぐ。素足の爪先が、畳の上で白く浮かんだ。しっとりと濡れた足の裏が、寛の視界の端で、若い肉の柔らかな輪郭を見せている。
「タオル、持ってくる。ちょっと待ってなさい」
「ありがとうございます。急に降ってきちゃって、傘、役に立たなくて」
寛は手早く、脱衣用の古いタオルを取り出すと、由加へ手渡した。由加は髪をひとまとめにして、うなじから首筋、腕、ブラウス越しに乾いた薄い布地へタオルを押し当てる。鎖骨のあたりを拭くたび、ブラウスの下の白い肌が、部屋の明かりを受けて淡く光った。濡れた布が肌へ吸い付き、胸の頂きの淡い盛り上がりを、うっすらと浮き上がらせている。
寛は目をそらし、正子の仏壇へ背を向けるように、部屋の隅へ腰を下ろした。
「座るといい」
「はい。失礼します」
由加は大きな瞳で部屋の中を一巡りした。畳の上に敷かれた布団、小さな丸いちゃぶ台、壁際の本棚、そして仏壇。正子の白い花と、小さな写真へ、一瞬だけ真剣な視線を向けた。
「……今日、何かの日ですか?」
由加の声が、すとんと降りてきた。寛は、襟の合わせを直しながら、窓を流れる雨の筋を一瞥した。
「ああ。妻の命日なんだ。三年前の今日、亡くなってね」
「そうだったんですね。ごめんなさい。こんな日に、急におしかけて」
「謝ることないよ。来てくれて、僕はかまわない」
寛は、ほのかに笑いかけた。由加は、唇を小さく噛み、そのまま、畳の上で両手を太腿の上へ揃えて座る。雨に濡れた身の冷たさが、由加の吐く息に混じって、夜の空気を白く湿らせる。沈黙が、部屋の隅で、小さく膨らんだ。
「管理人さん、あたし、このあいだの夜から、ずっと考えてたんです」
由加が言った。寛の指先が、組んだ膝の上で微かに強くなる。
「考える、って」
「管理人さんの手が、背中に触れたとき、すごく温かかったな、って。あたし、ああいう温かさ、久しぶりに触れたから」
由加は、畳へ視線を落としたまま、自分の細い指を、太腿の上で重ねたり離したりしている。頼りない光の所作が、若い女の迷いをそのまま映していた。
「由加ちゃんは、若いんだから、そういう温かさは、いくらでも知ってるだろう」
「若い男の子の体温は、べつに。でも、管理人さんの手は、なんていうか、あたしを、女の子全体として触るんじゃなくて、わたしという一個の身体を触ってくれてる、そんな感じがしました」
寛は、由加のその言葉を、まるで他人事のように聞いていた。部屋の空気が、じわじわと色を変える。正子の線香の残り香と、雨に濡れた若い髪の匂いが、微妙に折り重なっている。白い百合の花が、薄闇のなかで、ときどき風に揺れる気配がした。
「あのね、管理人さん」
由加が、顔を上げた。深い茶色の瞳が、濡れたままの熱を宿して、寛の目をまっすぐ見つめる。性交のためでは無い曖昧な仕草で、由加の右手が、畳の上を少しだけ動いた。まるで、そこに境界線でも描くように。
「今夜、あたし、ここにいたら……困りますか?」
若い女の問いかけは、雨音より小さかった。だが、寛の鼓膜を、痛いほどはっきりと震わせた。
「困るかどうかで言うなら、正直、困るさ。男と女が、こんな夜に、一つ部屋で何もないほうが、不自然だから」
「へんな理屈ですよ、それ」
由加が、小さく吹き出した。湿ったブラウスの襟元が揺れ、透けた鎖骨の下に、白い胸元の谷間が見え隠れする。
「でも、正直な気持ちだよ。君が来るのを、心のどこかで、きっと待っていた。妻の命日に、別の女を待っている自分がいるって、今わかりたくないことだけど」
寛の告白へ、由加は黙って聞き入っていた。そして、畳の上を、膝でにじり寄るようにして、寛の隣へ座り直した。若い肉体の体温が、空気の層を置かず、寛の腕の外側へ、ふわと押し寄せてくる。正子の命日の夜に、若い娘の温かい肌がすぐ隣にある、その背徳の重さが、むしろ寛を静かにさせた。
「管理人さん、好きです」
由加が、寛の半纏の袖へ、そっと指先を触れさせる。火の玉のような温度が、湿った指から、男の肌へめらめらと流れ込んだ。寛は、天井を見つめた。雨が、瓦を打つ。あるいは、自分の胸を打つ。
「……君は、もっと別の歳の近い相手と、そういうことをすべきだ」
「そういうことは、あたしが決めること。管理人さんが、あたしのこと、どう思ってるか、答えろ、とは言いません。ただ、今夜は、あたしを拒まないでください」
由加の掌が、寛の手の甲へ重なった。細い指が、老いた骨張った手を包むように絡んでくる。寛の手首が震えた。その震えを、由加は指の腹でゆっくりとなぞる。
寛は、大きく息を吐いて、由加の華奢な肩を引き寄せた。雨に濡れたブラウス越しに、若い肩の丸みが、寛の胸へ不意に収まる。柔らかい。そして、とても温かい。正子が死んでから三年、自分はこの温かさを、知らずにいた。あるいは、知らずにいるふりで、何かを守っていたのか。
「いいのか。妻の命日だぞ。僕は、これから君に、酷いことをするかもしれない」
寛の低い声に、由加は、耳を寄せるように身を押し付けた。
「酷いこと、してくれたっていい。あたし、管理人さんなら」
由加が顔を上げる。深い茶色の瞳と、寛の目が、ほとんど息のかかる距離で交錯した。由加の白い額に張り付いた黒い前髪を、寛は指先で、ゆっくりと横へ払ってやる。その指先が、耳の後ろをかすめた。由加の身体が、目に見えて、小さく跳ねる。
寛は由加の耳のうしろへ鼻先を埋め、雨の香りと、女の汗ばんだ生の匂いを、深く吸い込んだ。胸が裂けそうなほど、苦しかった。
「風呂を沸かしているな。身体を拭いて、布団へ入りなさい。このままじゃ、冷たいまま抱くことになる」
寛の言葉に、由加はこくりと頷き、ゆっくりと立ち上がった。寛は立ち上がらず、畳の上で、正子の仏壇をもう一度だけ見た。白い百合の花が、線香の残った薄い煙の名残と、雨の湿気を養分にして、白々と咲き誇っている。正子、笑わないでくれ。
由加は、部屋の隅で、半襦袢のような薄手の部屋着に着替えた。寛が背を向ける間に、ブラウスとスカートを脱ぎ、寛が差し出した寝間着を羽織る。二十歳の肌が、ぶあつい夜着の中で、手探りに蠢いている気配が、部屋の静けさに満ちた。
「管理人さん、あたし、先に布団入ってます。……いっしょ、来てくださいね」
由加が、ためらいの液を含んだ声で言った。寛は頷いた。窓の外では、雨脚が、ようやく少し弱まっている。雷は遠くで、微かに鳴った。
寛は、それから自分の服を脱いだ。浴衣に着替え、明かりを小さく落とす。六月の夜の終い湯から一ヶ月、あれほど漠然としていたものが、今夜、一定の形を取って現れた。62歳の身体が、女の胎内に触れたいと喘いでいる。
布団の中へ、由加が横たわっていた。仰向けになり、黒髪が枕の上に広がって、白い顔が小さく浮いた。寛は、その横へ、遠慮がちに腰を下ろした。由加の右手が、寛の浴衣の胸元へ伸び、そのまま縁を撫でる。
「管理人さんの身体、見たい。あたし、あの夜、ちゃんと見てなかったから」
「皺くちゃだよ。がっかりしても、知らんぞ」
「おじいちゃんの身体が見たいんじゃない、男の人の身体が見たいんです」
由加が身を起こす。細い指が浴衣の合わせを開き、寛の胸を露わにした。白いシャツの下で隠れていた老いた胸が、若い女の視線に晒される。由加は、剥き出しになった寛の右の乳首へ、濡れた指先を這わせた。
「……っ」
寛が小さく、息を詰めた。由加が、顔を寄せて、その尖りへ唇を落とす。若い舌先が、ちりり、と転がった。六年ぶり、いや、正子が病む前からだから、もっと長い。女の舌、という生き物を、寛は忘れていた。くちゅ、と小さく音を立てて、由加の唇が乳首を吸い上げる。寛の太腿の上で、自分の性器が、血を求めて硬くなっていくのが、はっきりわかった。
「管理人さん、感じてる。ここ、かたくなってる」
由加が、寛の浴衣の前を、指先で押さえた。下着の上からでもわかるほどの硬さが、由加の掌のなかで、あえかに角張っている。寛は、身動きせず、若い女の手に自分の息子の感触を掴ませた。酷い、と思った。だが、悪くない、とも。
「触って。管理人さん、あたしも、もう濡れてるから」
由加が、部屋着の裾をまくり上げ、細い太腿を、寛の膝の上へ這わせてきた。薄暗い灯りの下で、由加の白い太腿が、なまめかしく光る。寛は、由加の脚を開かせ、布ごしに股間へ掌を押し当てた。くちくち、と繊維の細かい音。由加の喉が、しゃくり上がるように鳴った。布の上からも、若い女の蜜の温度が、掌の中心へじっとりと染みてくる。
寛は、由加の下着を脱がせた。布から解かれた娘の陰部が、仰向けのまま、寛の目の前に開かれる。白い下腹の茂みに、しとどに光る肉の襞。由加の桜色に染まった小陰唇が、薄闇のなかで、呼吸をするみたいに、ひくついていた。正子のことを思うと、頭のどこかが痺れた。
「挿れるよ」
寛は、由加の顔を覗き込み、短く言った。
「うん。来て。……あたし、待ってた」
由加の瞳が、涙の膜を張って、寛を真下から見上げる。寛は、腰を進め、自分の先端を、その濡れそぼった割れ目にあてがった。ぬるり、という先端の触感。生温かく、柔らかな肉が、亀頭をかすめる。寛は、由加の華奢な腰を両手で掴み、一息に、ずぶりと押し込んだ。
「は、ぁっ……」
由加の白い喉が反り、声にならない呼気が、部屋の薄闇へ溶ける。
寛は、自分の老いた肉茎が、若い女の膣内を割って進んでいく、そのぬくぬくしい圧を、噛みしめるように味わった。煮溶けた肉の粘液が、きゅうきゅう、と寛の先端を締め付ける。挿入の瞬間、寛の目には、正子の白い花と、由加の黒髪とが、同時に映った。ああ、正子。済まない。けれど、これは、僕が生きている証明だ。
「……あつい。管理人さんの、あつい。いちばん奥、入ってる」
由加が、寛の背中へ両腕を回し、爪を立てた。寛は、腰を引き、また、ゆっくりと突き入れる。ずる、ずる、と、淫靡な水音が、雨音の切れ間に律動を刻む。くちゅ、ぐちゅ、と、繋がった場所から、泡立つ音が止まらない。
「管理人さん、動いて。あたし、もう、自分じゃ、どうにも、なんない」
由加の尻が、受け身の甘さで揺れる。寛は、由加の白い太腿を抱え直し、腰の振りを、少しずつ速めた。互いの性器が擦れ、湿りを増し、溢れた愛液が、寛の下腹をぬらぬらと濡らしていく。布団の上に、女の香りと、男の饐えた匂いが、混ざって降り積もった。
由加の内部が、ひくひくと、不規則に収縮し始める。寛は、その蠕動を、ペニスの先端で追いかけるように、奥へ、奥へと腰を突き出した。三年ぶりの射精が、由加の胎内の深い場所で、どく、どくと脈打つ。寛は唇を固く結び、その奔流を、女の若い子宮口へ、謝るように注いだ。正子、許してくれ。いや、許すな。
由加が、寛の下で、ひく、ひく、と全身を痙攣させ、長い息を吐いた。膣から溢れる白濁が、二人の繋がった肉のあいだから、太腿を伝い、シーツへ落ちる。寛は、しばらく動けなかった。自分の身体が、六十二歳の男の身体のまま、若い女の胎内で、確かに何かへ還っていく気がした。
由加が、寛の腕を引き寄せて、耳元で、泣きそうに囁いた。
「管理人さん、ありがとう。……あたし、嬉しかった」
寛は、荒い息のままで、由加の額へ口づけた。生臭い匂いと、線香の残り香と、雨の湿り。それらすべてが、管理人室の夜を孕ませている。
寛は、いつのまにか由加の膣から精液が溢れるままになっていたのに気づき、手早く取り出したタオルで、由加の股間を静かに拭った。若い肉の襞は、まだひくつき、寛の指先を、浅く吸い付くかのように動いた。
由加が、瞳を潤ませたまま、寛の腕へもたれて眠る。その横顔を見つめながら、寛は胸の中で、乾いた自嘲の笑いを浮かべた。
僕もまだ、男だったのか。
雨あがりの夜風が、窓の下から吹き込んで、白い花を、一つ、仏壇の前からこぼれさせた。
第5章 由加の若い口に咥えられて管理人室で射精を躾けられ真理へ浣腸を施す寛が性の管理そのものに溺れていく

第5章: 由加の若い口に咥えられて管理人室で射精を躾けられ真理へ浣腸を施す寛が性の管理そのものに溺れていく
雨あがりの空気がまだ湿りを残す夜だった。由加が帰っていった後、寛はしばらくの間、座卓の前に正座したまま動けなかった。畳の上には、彼女が脱いだ寝間着の折り跡と、わずかに残った若い汗の匂いと、それから正子の百合の白い花弁が一枚、落ちていた。寛はその花弁を指先で拾い上げ、小さな仏壇の前に置いた。線香の灰はすっかり冷えていた。雨音はもう止んでいて、窓の外の庭木から、時折、重たげな雫が落ちる音だけが響いた。
あの夜から、寛の中の何かが、決定的に変わってしまった。
由加が管理人室を訪れる回数は、週に二度という当初の約束をいつの間にか超え、彼女が会社から戻った夕方に、まるでそこが自分の部屋であるかのように顔を出すようになった。
いや、実際のところ、由加は管理人室の空気を、自分の部屋のそれよりも居心地がいいと思っているふうだった。ノックの仕方も、最初の遠慮がちな音から、二度三度と軽やかに続く、親しい女のそれに変わっていた。寛が「入れなさい」と言う前に戸を開け、たたた、と畳の上を小さく歩いて、座卓の向かいへ腰を下ろす。その一連の仕草には、すでにかなりの馴れ馴れしさが混ざっていた。
七月の半ばを過ぎたある木曜日の夜。共同浴場の洗い場で、寛は由加に手を引かれた。
「管理人さん、今日、あたし、お風呂でしましょう」
由加が、裸の肩を湯気の白い膜の向こうから寄せて言った。黒く長い髪は洗い流したばかりで、濡れて白いうなじに張り付いている。二十歳の肌はしっとりと湯を吸い、胸の先の二つの粒は、薄暗い浴室の灯りを受けて、どちらも濃い桜色にふやけていた。
「ここで、か」
「あたし、あの夜、管理人さんにしてもらったことばかり考えてました。指が触れた背中のこと、それから、お布団に入ったときのこと。でも、肝心の管理人さんの身体、まだちゃんと見てないんです」
由加の為すがままに、寛は浴槽の縁に腰を下ろした。白いタイルの上に、ぬるい石鹸水が薄く広がっていて、尻を落ち着かせた途端、じんわりと温かい湿りが老いた肌を刺した。由加の裸体が、正面から寛の目に入る。華奢な肩、ほどよく膨らんだ乳房、あどけなさを残しながらも、くびれた腰から下へかけては、いっそう艶めかしく光っている。彼女の臍の下あたりに、湯の雫が一筋、黒い茂みの中へ消えていくのが、目に焼き付くようだった。
由加は、寛の太腿の内側を、掌でゆっくりと撫で上げながら、その場にしゃがみ込もうとした。そして、寛の性器へ顔を近づけたかと思うと、おもむろに、生温かな舌先を、まだ力を失くして垂れ下がる肉の先端へ押し当てた。
「……」
寛は言葉を失った。女の口の中というものが、これほどまでに熱く、柔らかいものだったか。正子のことを思う余白は、その瞬間、泡のように消え去っていた。あとから、ああ、正子、と心の中で呟くのだが、その呟きすら、由加の舌のぬめりに掻き消される。
「んっ……ちゅる、ちゅる」
由加が、自分の唾液をたっぷりと寛の亀頭へ乗せるように、舌先で何度も往復を始めた。六十を過ぎた男の反り返らない竿を、まるで柔らかい生き物に餌をやるような丁寧さで、口の奥へと迎え入れる。ぬちゅ、ちゅぷ、と、唇の端から漏れる音が、祭りの夜のように賑やかに浴室へ満ちた。
六十を過ぎた男の反り返らない竿を、まるで柔らかい生き物に餌をやるような丁寧さで、口の奥へと迎え入れる。
由加は、時折、深い茶色の瞳を上目遣いに動かして、寛の顔色を窺った。その目が、いけないことをしている時の女の、美しすぎる光を湛えていた。額や鼻筋には、うっすらと汗が浮き、白い頬に張り付いた長い黒髪が、寛の下腹をくすぐる。彼女の長い睫毛が、白目と瞳のあいだで震えるたび、寛の脳のどこかも、いっしょに震えた。
「……そこまで、されると、出てしまいそうだよ」
寛は、由加の頭の後ろへ手を伸ばしかけて、やめた。まだ濡れた若い髪の感触を、掌で味わうのが怖かった。
「あたし、管理人さんの、口で、いっぱいにしたい。して、ください」
由加はそう言うと、先端を舌の裏で支えながら、くち、と唇を細め、今度は根元のほうまで、ずるり、と含み上げた。細い指が、唾液で濡れそぼった竿を添え、扱き上げる。あの小さな手が、寛の老いた一物を、まるで壊れもののように大事に握っている。ゆるい圧と、ときどき強くなる締め付けとが、交互に押し寄せて、寛は目蓋の裏で、もう何年も見ていなかった光の粒を何度も瞬かせた。
「ん、んっ……んちゅ、ちゅぷ、ちゅるちゅる……」
由加が、首を前後に振り始めた。彼女の顔の汗と、口から溢れる唾液と、寛の尿道から滲み出る先走りが、こねるように混ざり、陰部から音を立てる。ぬちゅ、くちゅ、という粘液の音が、狭い浴室の壁に反響して、まるで女の胎内を思わせた。寛は、浴槽の縁を強く握り、腰が浮かないように堪えた。
正子の顔が、一瞬、湯気の向こうに揺れた。いや、向こうではない。自分の目蓋の裏だ。あの白い花も、線香の煙の渦も、すべて、この若い女の舌に舐め取られて、汚れて、それでいて浄化されていく気がした。ああ、正子。僕は、お前の知らない男に、またひとつ、なっていく。
寛は、荒い呼吸を幾度も繰り返し、それから、腰の下から突き上げてくる痺れに、なすすべもなく堪えた。
「……由加ちゃん、そろそろ、ほんとうに出る」
「ん……。そのまま、全部、ここで。飲ませて、ください。管理人さんの、欲しい」
由加が、大きく口を開け、舌を差し出す。寛はもう、目を開けていられなかった。老いた身体の底のほうから、泥のように温かくて、悲しいほどに濃い精が、いく筋にも分かれて、若い女の口腔へと吐き出されていく。どくっ、どくっ、と、下腹の奥で波打つ音を、寛は自分の鼓動とともに聴いた。
由加の喉が、ごくり、と動くのが見えた。口の端から一滴、唾液か精液かも知れない白い滴が、顎を伝い、首筋を滑り、彼女の左の乳房の上でぷるりと弾けた。ご苦労だった、と正子の声がした気がしたが、それも寛の哀しみが生んだ幻聴だった。
「管理人さんの、しょっぱい。でも、あったかい。身体の中が、管理人さんでいっぱいになりました」
由加が、ふにゃりと笑って、寛の太腿へ顔を押し付けた。寛は、その滑らかな若い肩を撫でてやりながら、しばらくの間、無言で彼女の黒髪の匂いを吸っていた。拭いても拭いても、共同浴場の壁には、二人ぶんの饐えた匂いがまとわりついていた。
それから三日後の昼下がり。寛が管理室で業者の納品書を整理していると、戸口の前で、小さな影がためらうように揺れた。
「管理人さん……」
声の主は、真理だった。十八歳の娘は、薄紫色のカーディガンを肩から掛け、白いワンピースの裾を膝の下まで垂らしていた。肩にかかる黒い髪は、数日洗っていないのか、先のほうが少し絡んでいる。それでも、きめ細かく白い肌と、涙に濡れた茶色の瞳が、幼さと切なさを同時に運んでくる。華奢な肩と細い腰、性の匂いなど何ひとつ知りませんという風情で、寛の前に立ち尽くしていた。
「どうした、真理ちゃん。顔色がよくない」
「おなかが、痛くて……あの、管理人さん、ご相談したいことがあります」
「あがりなさい。ここでは、暑かろう」
寛は真理を管理室の奥へ通し、冷たい麦茶を出した。クーラーはなく、湿気をはらんだ風だけが、窓の外の青々とした木を揺らしている。セミの声が、よその木立からわき水のように溢れていた。真理は座卓の横へ正座し、白いワンピースの裾をきちんと揃えて、しばらく黙って麦茶の水滴を見つめていた。
「それで、おなかの具合は、いつから」
「四日、出ていなくて。おへその下、すごく硬い。のた、のた、って、腸が動くたんびに、痛くて……」
そういうことか、と寛は合点した。便秘。この年頃の女の子には珍しくない。だが四日となると、腹の底では便が石のように固まっているかもしれない。寛の胸に、管理人としての義務が、また、男としての何かが、ぬるっと流れ込む。
「……浣腸、してほしいんです。あの、わたし、前にネットで、そういうのが一番早いって読んで。自分じゃ、うまくできそうにないから、管理人さんにお願いするのは、変ですか」
真理の声は、語尾を小さく消して、消えるようだった。寛は、彼女の真剣な顔を見た。涙が浮いている。人へ自分の排泄を頼む恥ずかしさと、それでも腹の痛みから逃れたい必死さとが、十八の少女をここへ来させた。
「変じゃないよ。身体を助けるのに、恥ずかしいことなんてない。道具は、わたしの非常用のがある。使っても、構わない?」
寛は、机の下の戸棚から、いざという時のためのゴム管と、温めた浣腸器を取り出した。浣腸器の中へ、ぬるま湯をゆっくりと注いでいく。水面が細かい気泡を立て、窓の光を集めた。温かすぎず、冷たすぎず。寛は、自分の指を容器に浸し、温度を確かめた。
「布団に横になって、下を脱いでください。裸のまま、あお向けになって」
寛の指示に、真理は耳まで赤くして、頷いた。立ち上がると、白いワンピースの肩紐を下ろし、薄い花柄の下着を脱いだ。部屋の真ん中で、十八歳の白い身体が、生まれたままの姿になる。日光の入る昼下がりの明るさが、まだ性を知らぬ裸を、隠れ場のない白さで照らした。
好きな人と身体を重ねることを知らないで、と寛は心の中で呟いた。だが、いや、この娘は、このあと自分の手で浣腸される。その肛門を、初老の男の手によって。逸脱した夢を見るには、いささか急すぎる。
真理は、寛が広げた古いバスタオルの上へ、あお向けに寝た。膝を立て、両足を開くように言われて、従う。その足の根の奥、薄い陰毛の中から、割れ目の先端がかすかに見えた。まだ発育しきっていない胎児のような白い腹。その下へ、肛門がある。そしてその閉じた一瞬を、これから、自分が開かせる。
寛は、由加の唇の温度を思い出した。くち、という湿った夢。あの夜の、唾液まみれの肉。そして、それ以上に、これから自分の指先が触れようとしている、真理の排泄のための窄まり。男としての背徳が、背骨の下を、熱い水のように流れ落ちた。
「あの、おねがいします。恐いけど、がまんできます」
「力を抜いて。腹の力を、ふう、って抜くんだ」
寛は、片手で浣腸器を持ち、もう片方の手で、ワセリンを塗りつけた指先を、真理の肛門へ触れさせた。十八歳の女の、最も恥ずかしく、最も敏感な穴が、人間の指の温かさを感じ取って、きゅ、と小さく反応する。
「あ……」
「大丈夫。いま、管を入れるところです」
寛は、ゴム管の先端を、その後ろの門へ当てた。ぬるり、とワセリンの滑りに導かれ、細い管が、少女の窄まりへと、少しずつ胎内へ沈んでいく。入り口は、最初、強く抵抗した。しかし、寛の指が柔らかな会陰を支え、角度を微調整した途端、く、と一息で、管の三センチ入った。白い下腹が、痛さからではなく、異物の侵入におびえるように、ぴくりぴくり波打った。
「ひ、あ、……待って、ください、ちょっと、くるしい」
「我慢のしどころだよ。あと、二センチいれるからね」
そう言って、寛は、ゴム管の根元を支えながら、さらに奥へと、ゆっくり、ゆっくりと、挿し入れた。
ごむ、ごむ、と、彼女の腸管が鳴いている。悲鳴ではなく、喉を震わせるような、素直な音だ。寛の中の支配欲が、底からむくむくと頭を起こす。同時に、庇護欲も。ああ、この娘の、誰も触れたことのない場所を、今、自分が管理している。その官能は、由加の若い胎内とは、また別の、暗い場所から聞こえてくる。
「じゃあ、入れるよ。水が、中に、とくとく、って入っていく。冷たくないように、ちゃんと温めてあるから」
「はい……。おねがい、します。管理人さん、あの、手、握って、ください」
真理が、細い指を伸ばしてきた。寛は、片手で浣腸器の先を支え、もう片方の手を、真理の小さな手とつないだ。
「ぎゅって、してください。わたし、すぐ、泣いちゃうから」
「いいですよ。ほら、もう少しで、半分入ります」
寛が、容器を傾ける。ぬるま湯が、ゴム管を通って、真理の腸の奥へ、くじくじ、と進んでいくのが、血管を通して手に伝わるようだった。水の重みが、彼女の腹の中で膨れ、少女の額には、うっすらと汗が滲み、胸の粒が、寒気を覚えたように、つんと、しこっていた。
「あ……あ、う……ん、苦しい……お腹が、重い……」
真理が、寛の手を握る。その指が、白くなるほど。ああ、と思う。この娘もまた、身体の深い穴を、自分に預けている。
「ああ、ああ……、出ちゃう、……じょうし、ください」
「まだ、少しだけ、我慢。全部、うまく出すためだよ。水だけが先に出たら、また、あした苦しいから」
そう言う寛の声は、自分でも驚くほど穏やかで、それでいて、どこか冷たかった。腹の底から性的なものばかりではない、権力に似た熱が、寛の股間を硬くさせていた。
「ん、はぁ……あ、んあ……! おねがい、もう無理、わたし、おしっこじゃなくて、おしりのほうが……! おしりのおくが、じゅくじゅくして……!」
「よし。わかった。じゃあ、管を抜くよ。ゆっくり、な」
寛は、管を引き抜いた。真理の身体が、がくん、とのけぞる。腹から下を、苦痛と開放の予感が、百本の指で引っ掻いている。寛は、真理を助け起こし、用意していた、古い新聞紙を敷いた洗面器の上へ、しゃがんだかたちにさせた。真理の顔は汗と涙で歪み、白い腿は細かく震え続けている。
寛は、真理の背中に、手を当てた。
「無理にいきむんじゃない。身体の向こうから、お腹の水が、ばしゃばしゃ出ていくのを待つ。いいね」
真理は、声にならない小さな悲鳴を、唇からこぼした。そして、次の瞬間、水分と汚濁が、彼女の体内から、ごぽ、ごぽ、という音とともに溢れ出た。生温かな臭い。若い女の、数日分の排泄物。甘い腐敗ではなく、土の下の匂い。真理は、肛門から水を噴き出しながら、しくしくと泣いた。寛は、背中をさすった。
「怖かったかい」
「……ううん、気持ち、いい……。お腹、全部、出てく」
真理が、ようやく言った。その声は、答えと、赦しと、もっと深いところのものを、混ぜて震えていた。
やがて便器の中で、最後の一滴が、ぽとり、と落ちる音がした。
寛は、よろよろとした真理を、もう一度バスタオルの上に寝かせ、蒸しタオルで腹を温めながら、細く白い足の先を撫でた。快楽ではなく、安心させるための手だった。
「……ありがとうございました。わたし、あんな声、出して、恥ずかしいのに、ぜんぶ、管理人さんの前で」
「誰の前でもなく、管理人であるわたしの前だから。それで、いい。恥ずかしいと思うより、身体が楽になったなら、それを大切にしなさい」
寛がそう言って、汗で濡れた真理の前髪を払ってやった。彼女の瞳に、とろりとした光が満ち、寛を、泣き出しそうな顔で見上げた。
「……また、おねがい、しても、いいですか? わたし、自分だと、今日みたいに、うまくできなくて。管理人さんが、一緒に、おしえてくれたら」
「好きなときに、おいで。身体のことは、がまんするのが一番いけないからね」
寛は笑んで見せた。寝室の奥の仏壇では、正子が、黙って百合の花を揺らしていた。若い女の胎内へ精を注いだ日の夜と、この娘の胴へ管を入れた昼と。罪は、いつの間にか、日々の管理業務という名の草葉の蔭に、その輪郭を隠している。
その日の夜、真理を部屋へ帰した後、寛は風呂へ行った。終い湯は、もう荒縄のようにぬるくなっていて、脱衣所の曇り硝子だけが、昼と夜の狭間を映していた。風呂からあがって廊下を歩いていると、管理人室の前で、由加が腕を組んで待っていた。黒い長い髪を、今日は高く一つに結い、薄手のキャミソールに短いハーフパンツという出で立ちだった。エアコンの効いていない廊下は蒸し暑く、彼女の白いうなじに汗が光っている。
「管理人さん、遅かったですね。待ちくたびれました」
「すまない。今日は、少し片付けが長引いた。それで、どうした」
「話があって。中、入っていいですか」
寛は頷き、戸を開けた。由加は、やすやすと履物を脱ぎ、寛のあとをついて部屋へ入った。首筋から、甘くて酸っぱい、若い女の汗の匂いが立った。寛は、たった今、風呂で落としたはずの欲が、下腹のあたりで、もう一度芽吹くのを感じていた。
「あの、次の週末、管理人さん、お暇ですか?」
「土曜日は、特に何も。日曜日の朝に、ちょっと業者が来るが」
「じゃあ、週末、あたし、ここに泊まりに来ても、いいですか。朝まで、管理人さんのそばにいたい。いやでしたか」
由加の深い茶色の瞳が、細められ、ゆっくりと揺れた。彼女の白い脚が、一歩、寛のほうへ踏み出す。汗ばんだ腕が、寛の浴衣の胸元へ、そっとふれた。
「いやじゃない。ただ、あまり人に見られる時間に入り浸るのは、感心しないよ」
「もう、みんな気づいてますよ。管理人さんとあたしのこと。あたし、夜中に何人かと、廊下ですれちがってるもの。だから、今さらです」
由加が、寛の耳元へ口を寄せた。彼女の若い息が、耳の穴の中へ、く、と這い込む。
「次の週末も、生でしていいですか。先にピル、飲んでくるから。もちろん、中で、してほしいです」
確信のある女の声だった。自分の身体と約束とを、差し出すというより、すでに、あたえ、あたえられている。そんな声。寛は、目を閉じて、頷いた。
由加が笑う。部屋の奥で、百合の花が、エアコンの風に吹かれて、ふわ、と動いた。その花の行く先を見守る余裕もなく、寛は、若い汗の匂いに、再び口づけた。
第6章 管理人室の布団で若い肉に囲まれながらも寛が由加の胎内と真理の肛門どちらも手放せず関係を広げていく

第6章: 管理人室の布団で若い肉に囲まれながらも寛が由加の胎内と真理の肛門どちらも手放せず関係を広げていく
由加が帰ったあとの管理人室には、彼女の汗の匂いと、それから微かに残る若い唾液の甘ったるい気配が、畳の目に染み込むように沈んでいた。寛は、開け放した窓の下へ腰を下ろし、夜気を深く吸い込んだ。夏の蒸し暑さが、まるで生き物の息のように、首筋や耳の裏へべったりと張り付く。由加の唇が触れた場所が、まだ火傷のあとのように熱を持っていて、寛は自分の胸元へ手をやった。心臓が、浅い場所で、とくとくと刻んでいる。
週末まで、あと三日あった。彼女の言葉が、頭の芯にこびりついて離れない。あの薄いキャミソールの下の、汗で光る鎖骨。短いハーフパンツから伸びた白い腿。そして、何より、あの確信めいた声で「生でしていいですか」と言った唇。寛は、畳の上に大の字になって、天井の木目をぼんやりと眺めた。正子の仏壇のほうから、白い百合の花の香りが、かすかに流れてくる。ああ、僕は、あの子の胎内で、また何かを取り戻そうとしている。
翌日、寮は、夏休み前の慌ただしさとはまた違う、奇妙に静かな空気に包まれていた。朝のうちに食堂の配膳台を手伝い、汚れの目立つ廊下を雑巾がけし、そのあと業者から届いたトイレットペーパーの段ボールを倉庫へ運ぶ。額に汗が滲み、シャツが背中に張り付く。そんな日常の合間に、寛の目は、つい女たちの身体を追うようになっていた。
由加が、風呂上がりの、まだ火照った顔で、階段を上っていく。白い太腿の奥が、短いスカートの裾からちらりと覗いて、寛の視線を無造作に奪っていく。二十歳の肌は、湯に濡れたせいか、首筋から胸元にかけて桜色に染まり、風呂場の湯気をそのまま身に纏っているようだった。胸の先の淡い粒は、彼女の歩くたびに、薄着の布越しに、はっきりと二つの影を落としている。
真理は、日暮れの廊下で寛とすれ違うとき、恥ずかしそうに俯いたまま立ち止まった。肩が、小さく震える。白いワンピースの胸元から、洗いかけのような石鹸の匂いが立ち上り、寛の鼻先をくすぐる。彼女は、あの日、浣腸の管を受け入れながら、泣き声混じりに「おねがいします」と言った。その恥じらいと、腹の奥から溢れたものの感覚。寛は、彼女の肛門が、自分の指先を覚えているような気がしてならなかった。
実際、真理からは、週に二度ほど、管理人室を訪れるようになっていた。便秘の改善のためというには、あまりに頻繁すぎる。初めは「おなかが張って、苦しい」とだけ言っていたのに、いつの間にか、浣腸をされるその時間そのものを求めているのが、寛にもわかるようになった。
「管理人さん、来週、また、おねがいできますか」
真理は、寛の前で、白い指を組んだり解いたりしながら、そう言った。声の終わりは、ためらいのせいで、裾のように散っていく。
「便秘が、まだ治らないのか」
「……はい。いいえ。その、出すと、すごく、すっきりして。でも、そのあと、また、おなかが重くなるんです。だから、管理人さんに、お水を入れてもらうと、気持ちが楽になるっていうか」
「気持ちが楽になるのは、水が入るからじゃなくて、出すからだろう」
「それもあります。でも、あの、わたし、管理人さんに、見ててもらう時間が、なんか、こわくないっていうか……」
寛は、真理の潤んだ茶色い目を、静かに見つめた。あどけなさの残る十八歳の顔が、夕暮れの光を受けて、あやすように影を落としている。きめ細かい白い肌には、薄い産毛が、金色に縁取られて光っていた。
その週の木曜日、真理は、ついに「あの、今から、おねがいしたいんです」と、管理人室の戸を叩いた。時刻は、夜の九時を少し回った頃だった。外では、虫の声が、生温かい空気に混ざっていた。
「あがりなさい。ちょうど、湯を沸かしたところだ」
寛は、努めて事務的に言い、真理を通した。彼女は、部屋の中の甘い線香の香りに、ほっと肩の力を抜いたように見える。白い小さな花の咲いたワンピースの裾が、歩くたびにふわりと揺れた。白い下着の、細い紐の跡が、背中の布越しに、うっすらと浮いている。
「じゃあ、いつものように、布団の上で横になって。下だけ、脱ぎなさい」
「……はい。あの、今日は、自分で脱いでも、いいですか」
「ああ。無理に急がなくていい。恥ずかしいなら、目を瞑っててもいいから」
寛の言葉に、真理は、まるで着物でも脱ぐかのように、両手を腰の後ろへ回して、下着を膝まで下ろした。薄暗い灯りの下で、十八歳の尻が、白く、まるで灯りを吸い込むように浮かぶ。柔らかな双丘は、少女のものというより、もう十分に女の形をしていた。寛は目を逸らさなかった。これは、管理人の仕事なのだ、と胸の中で言い聞かせる。だが、指先には、いつの間にか、あの窄まりの温かさを求める仄暗い痒みが宿っていた。
浣腸器の中のぬるま湯を手早く準備し、ワセリンを指にしごく。寛は、布団の横へ膝をつき、片手で真理の腰を支えた。
「力を抜くんです。腹の底に、重たい石があると思って、それを、ふ、っと下ろす感じで」
「……ん、はい。……あ、やっぱり、管、冷たいれす」
「今日は、温かい。大丈夫。ほら、水を流すとき、気持ちいいと感じても、おかしなことじゃない」
寛の言葉が、むしろ真理の耳を赤くさせる。少女は、鼻にかかった声で「……はい」と呟き、両手で顔を覆った。その手の指の間から、涙の光る目が、ちらりと寛を覗く。
ゴム管が、窄まりの皺を押し拡げるように、ぬる、と沈む。十八歳の肛門が、異物を飲み込むたびに、ひく、ひく、と、小魚が跳ねるように蠕動した。
「あ……、待って、苦しい。おなかの、奥に、ぶつかる」
「あと少し。その、ぶつかったところまででいい。水を入れるのは、そこから一息だけにする」
寛は、片手で管を固定し、もう片方の手で浣腸器を傾けた。とくん、とくん、と、ぬるま湯が少女の腸へ流れ込み、下腹が、目に見えてふくらんでいく。真理の額に、うっすらと汗が浮いた。片方の乳首が、薄いワンピースの下で、つん、と上向きに張っているのが、寛の目に入った。彼女は、気づいていない。呼吸が浅い。唇が、半開きになって、ひらひらと震えている。
「管理人さん……、わらし、おかしい……。お腹、熱くて、なのに、すごく、変な気持ちになる……」
「若い身体だから、そういう反応もある。恥ずかしくない。無理に隠さなくていい」
「……こ、こぼれそう。お願い、もう、出させてください。あの、今日は、前みたいに、お外で、音立てて、出したくない。ここで、わたし、このまま、下のほうに……」
「わかった。じゃあ、洗面器を当てる。そのまま、しゃがむといい」
寛は、真理を助け起こし、用意していた便器の上へ、そっと腰を下ろせるように支えた。少女の背中を、片手で優しく擦る。ワンピースが、汗で背中に張り付いていた。
「あ……、出ちゃう、もう、ああ、待って、お水、あふれちゃう……!」
真理の小さな悲鳴は、壁に吸い込まれて、部屋の湿り気の中へ溶けた。次の瞬間、ごぽごぽという音とともに、半透明の湯と、数日ぶりの若い便とが、洗面器を白く濁らせた。生臭い匂いが、一気に立ち上る。寛は逃げなかった。むしろ、その匂いの放つ、濃密な人間の生々しさに、胸の奥を深く刺される思いがした。これは、風呂でもない、性交でもない。女の身体の底から溢れた、誰にも見せられないもの。それを、今、自分だけが受け止めている。
「……ごめんなさい。こんなに、いっぱい、出ちゃいました。……でも、ほんとうに、気持ちよかった」
真理は、ぐったりとしながら、笑った。長い睫毛が、涙で濡れている。白い腿は、ぴくぴくと細かく震え、その太腿から肛門へかけて、押し寄せた快楽と恥辱の残滓が、まだらに火照っていた。寛は、真理の汗ばんだ前髪を、指先でそっと横へ避けてやる。彼女の肌から、甘く饐えた汗と、それから洗ったばかりのような石鹸の香りとが、同時に立ち上った。
「なぜ、謝る。身体の掃除は、心の掃除にもなる。出せたなら、よく眠れる」
寛は、ゆっくりとした調子で言い、真理を抱き起こした。
「それより、ちゃんと水分を取りなさい。腹の中が空になったら、また、ゆっくり休めばいい」
「管理人さんって、あの、本当に、お医者さんみたいです。でも、ぜんぜん、こわいお医者さんじゃなくて」
「医者でもなければ、こんなに、まじまじと下の世話もすまい」
寛の冗談に、真理は、ふにゃりと笑って、寛の腕へ額をこすりつけた。華奢な肩が、寛の胸に触れる。若い女の体重は、不思議なくらい軽くて、温かかった。寛は、彼女の背中に回した掌で、ワンピース越しに、少女の汗の湿りと、骨の細さとを、じっと確かめた。胸の奥で、庇護欲とも情欲ともつかないものが、小さく裏返る。管理人である自分の仮面を、一瞬、忘れさせるような、あやうい熱だった。
週末になった。土曜の夕方、寛は、共同浴場の清掃を終え、管理人室の隣の洗面台で、髭を剃っていた。鏡の中の自分は、少しげっそりとした顔をしている。しかし、頬のあたりには、血の巡りが戻ってきたせいか、若い頃の面影が、うっすらと滲むように浮かんでいる。白いものが混じる髪の、生え際の濡れ方。思いのほか、引き締まった首。寛は、洗い終えた顔を、手拭いで軽く叩き、由加の来る時刻を頭のどこかで、何度も数えていた。
約束の時間から、少し遅れて、由加は現れた。今日は、薄水色のワンピースを着ていた。肩の部分が丸く開いて、汗ばんだ鎖骨が、まぶしい。黒く長い髪は、濡れているわけではないのに、夏の湿気で、しっとりと艶やかな影を畳の上へ落としていた。深い茶色の瞳が、寛を見上げて、にっこりと笑う。手には、小さな紙袋が提げられていた。
「お待たせしました。あの、今日、会社の帰りに、管理人さんの好きそうな、葛餅を買ってきました。冷やしてあります」
「気を遣わなくていいのに。上がりなさい。クーラーはないが、窓からの風は、わりと気持ちいい」
寛がそう言って、部屋の奥へ促すと、由加は、はい、と嬉しそうに頷いた。畳の上を素足で歩く彼女の足音が、ひたひたと、古い部屋に馴染んでいく。窓の外は、まだほんのりと明るい。夏至に近い、黄昏が、障子越しに、青みを帯びた光をこぼしていた。
二人は、座卓を挟んで、しばらく他愛ない話をした。会社の先輩のこと、今年の夏祭りに誰と行くかという寮の噂話、風呂の湯加減のこと。そんな、世間話の合間に、由加は、自分の素足の爪先で、寛の足の甲を、ときどき、つい、と撫でた。話が続くたび、そこだけ、痺れるように熱が集まる。寛は、気づかぬふりをして、冷たい麦茶を飲み、窓の外の、薄暗くなっていく庭を眺めた。
「管理人さん、お布団、出しても、いいですか」
「もう夜だもの。出して、いいよ」
寛の返事を待つまでもなく、由加は立ち上がり、押し入れから敷き布団を引き出して、部屋の真ん中へ丁寧に敷いた。白いシーツの上へ、淡い藍色の夏蒲団を重ね、しわを伸ばす。その作業をする由加の、まろい肩と、ワンピースの背中の開きから覗く白い肌。寛は、それに見入っている自分に気づき、軽く目を伏せた。だが、あの柔らかな半身が、今晩、この手の中にあるかと思うと、老いた胸は、もう逸り始めていた。
「管理人さんの、お好みで。あたし、どのままでも、いいので」
由加が、おもむろに、ワンピースの肩紐をするりと落とした。薄い水色の布が、重力に任せて、白い胸元から流れ落ちていく。胸の谷間が、最後の残照を吸って、しっとりと明るい。濃い桜色の乳首は、外気に触れた瞬間、きゅ、と硬く立ち上がった。あの夜、風呂場で見た乳房は、まだあどけない丸みをしていたのに、今は、月明かりの前で、ふるふると震える、女の熟れはじめの果実に見えた。
「……」
寛は、息をひそめた。唾を飲み込みたい喉を、逆に苦いものが通り過ぎていく。ああ、正子。僕は、また、お前ではない女の、乳の香りを吸い込もうとしている。仏壇の百合は、風に揺れた。
由加は、そのまま、短い下着をも脱ぎ捨て、全裸の背を寛へ向けた。黒髪のあいだに、肩甲骨が浮かぶ。細くくびれた腰の、その下に、柔らかな尻が、二つの月のように揺れていた。生娘ではない、男を知った女の、ひれ伏す前の沈黙。由加の片手が、口元を隠し、もう片方の手が、畳につく。彼女は、ゆっくりと、四つん這いの姿勢で、寛の前へ進み出た。
「管理人さん、あたし、今日は、この形のまま、してほしいです」
その声は、若い、しかし、芯の通った誘いだった。うなじの項が、白く、うっすら汗ばんでいる。両の腿が、しっとり光っていて、太腿の内側には、早くも一筋の蜜が伝っているのが、暗がりの中でも、かすかに見える。寛の腰から下が、熱い泥をかき混ぜられるように疼いた。硬くなっていく自分を、もう、誤魔化せなかった。寛は、浴衣を脱いだ。夜気が、老いた裸を包む。
「由加ちゃん、そのまま、腰を支えなさい。……とても綺麗だよ。君は」
「管理人さんに、そう言ってもらえて、あたし、濡れました。……下のほう、触ってみて、ください」
由加の言葉を、断れるはずもなかった。寛は、畳の上へ膝をつき、彼女のうなじから背骨を、掌でゆっくり撫で下ろした。二十歳の肌は、絹を何枚も重ねたようになめらかで、触れた指先から、生きた熱が、寛の骨の髄まで染み渡る。腰のくびれを、指でなぞり、双丘の、たっぷりと柔らかい肉を、包むように掴む。由加の肛門が、きゅ、と窄まり、恥ずかしがるように、くぱ、と少し開いた。そのさらに下の、女の割れ目は、暗い蜜を滴らせて、寛の指を待っている。
「あ……、管理人さんの手、硬くて、あったかい。お腹の下が、きゅう、ってなって、変なの。あたし、もう、立てないかも」
「腰を、ちゃんと押さえてるから。足りないなら、言いなさい」
寛の指が、由加の秘裂へ触れた。くちゅ、と音が聞こえるほど濡れていて、白い襞が、指先を、ぬかるみのように迎え入れる。寛は、そのまま、いちばん敏感な小さな蕾を、親指の腹で、包み込むように、ゆっくりと円を描いた。くち、くち、と重い音。由加の身体が、くっと跳ねた。
「……あ、だめ、それ、気持ち、よすぎて、声、出ちゃうから……!」
「出していいよ。誰も来ない、今夜は、ここに、君と僕しかいない」
「う、そ。……あっ、あ、やあ、溶けちゃう。管理人さん、どうして、そんな、あたしの、いじわる……!」
由加が、腰を左右に振る。柚子の香りか、汗の甘さか、熟れた匂いが、寛の鼻をくすぐった。それほどまでに、由加のあそこの匂いが、濃く、蜜のようだった。寛は、指を奥へ沈め、内襞を、ゆるく掻き回す。ぬち、ぬち、と、通るたびに、音が深くなる。由加の膝が、がくがくと震え、四つん這いのまま、ついに畳へ肘を落とし、胸を張り出すような格好になった。後ろから見ると、まるで、夜の海に浮かぶ、白い小船のようだ。
「管理人さん、……おねがい。もう、挿れて。あたし、待ってたの。生で、あたしの奥、埋めてほしい」
由加が振り向いた。深い茶色の瞳から、ひとすじ、涙がこぼれていた。寛は、もう何も言わなかった。彼女の柔らかい尻を、両手で包み、指で割れ目を開かせ、自分の怒張した先端を、とろりとした入り口へ、ぐ、と押し当てる。そして、息を止め、一気に、奥へ、おくへと、沈めていく。あの夜の、恐ろしいほど悠長な挿入とは、また違う。時間を惜しむように、雄として、女の胎内を求める、あまりに正直な侵入だった。
「あっ、ああ……! それ、すごい、熱い……、お腹の、ぜんぶ、管理人さんの形になってる……!」
由加の叫びを聞きながら、寛は腰を止めなかった。ぬぶ、ぐぶ、と、肉の筒が、きつく寛を締め付ける。女の熱が、先端から根元までを燻ぶらせ、入り込むほどに、奥が、ぴったりと吸い付いてくるのがわかる。由加の方が、小さくない膣をしていた。浅いとろみを保ったまま、奥の門が、指を食いちぎるように、寛の亀頭を招き入れる。
「いいよ、……君の中、温かくて、僕が、まるごと、ほどけそうだ」
寛は、前かがみになり、由加の背に覆いかぶさった。唇を、彼女のうなじへ落とす。汗の塩気と、女の産み月の、甘苦い匂い。老いた胸を、彼女の背中へ密着させると、窓の外では、夜風が、一頻り、庭木を鳴らしていた。繋がったまま、互いの呼吸を確かめ合うように、深く、深く、腰を進めては、ゆっくりと引く。引き抜くたび、蜜が溢れて、寛の下腹を、びしゃびしゃと濡らし、畳の上へ滴った。
「は、あ、……ん、管理人さん、あたし、イッちゃう。……もう、あたまのなか、真っ白く、なって、なんにも、考えられない」
由加が、指先に力を込めて、敷き布団を掻きむしった。汗が散って、白い背中が、月あかりに照らされて、うっすらと発光している。尻を寛の腰へ擦りつけてくる、卑猥で切実な動き。寛は、その動きを受け止めながら、腰の振りを、律動的に、強くしていった。若い女の肉が、寛の性器を、きゅうきゅうと締め上げ、胎の宮が、物欲しそうに、寛の先端へ吸い付く。刹那、由加の全身が、弓なりに反り返り、あられもない嬌声が、夜の底へ昇っていった。とどめを受けた寛も、腰を二度、三度と痙攣させ、由加の最も深い場所へ、久しぶりの、しかし、以前よりはるかに濃厚な精を、どくり、どくりと、吐き出した。老いた身体の中の、死んだと思っていた井戸から、新しい水が、止めどなく湧き上がってくる。ああ、気持ちがいい。気持ちがいい、と、思ってしまった。生臭い匂いと、女の甘い残り香。怒りにも似た快楽のあと、胸のどこかで、正子が、静かに背を向ける気配がした。
由加が、荒い息の下で、小さく笑った。汗の光る横顔が、乱れた黒髪のあいだから覗いている。腹の奥で、まだ、寛の性器が、どくどくと脈打っていた。彼女は、寛の肩へ手を伸ばし、やがて、うっとりとした声で、ぽつりと言った。
「管理人さん、今日も、中で出しましたよね、いっぱい、……あたし、すぐに、ピル、飲むから。平気です」
「ああ、頼む。でないと、僕は、もう若くないんだから、あとで肝が冷える」
「いやだ、真面目に。……でも、管理人さんが、あたしの赤ちゃん作っちゃったら、あたし、嬉しいかも」
その言葉を最後に、由加は、いつのまにか、うとうとと眠りへ落ちていた。寛は、乱れたシーツの上で、由加の胎内から零れ落ちる白濁を、古いタオルで拭きながら、目を開いたまま、天井を見つめていた。次に訪れるであろう、何か。頭のどこかで、おぼろげな予感が、茄子紺の夜を、ゆらゆらと揺らしていた。
朝になった。鳥の鳴き声と、カーテンの外に溢れる夏の日差しで、寛は目を覚ました。隣りでは、由加が、半身だけシーツを被り、裸の背を向けて眠っている。白いうなじが汗ばんで、長い黒髪が、幾筋も、その背中へ、まるで川のように流れていた。二十歳の尻の、さらに下の、足の先まで、湯上がりのように温かく、たっぷりとした若い血が通っている。寛は、生のよみがえりを、沈黙のなかで、一度だけ噛みしめた。
午前のうちに、由加が帰っていくと、寛は、手早く部屋の空気を入れ替えた。溜まった洗濯物を持って、廊下を歩いていると、勝手口のあたりで、久美が炊事の鍋を洗っていた。白い割烹着の袖をまくり、豊満な二の腕が、汗ばんで光っている。彼女は、寛の足音に気づくと、ゆっくりと振り返り、たれ気味の大きな目を、にんまりと細めた。
「あらあら、管理人さん。昨夜は、ずいぶんお楽しみだったそうですな。由加ちゃん、朝帰りだって、食堂で噂ですよ」
「ご苦労なことだ。寮中の女子が、他人の寝起きを数えるとはな」
「管理人さんが、若い子を、あんまり可愛がるからですよ。うちの寮は、恋愛も、性的なことも、別に、ご法度じゃないけど、公平が一番。若い子ばかり贔屓すると、あとの子が、うらやましがりますから」
久美は、泡のついた手を、エプロンで軽く拭きながら、寛の顔を面白そうに眺めた。豊満な胸が、割烹着の合わせのあいだで、むっちりと自己主張している。寛は、彼女のその、人の情事を嗅ぎつける嗅覚の鋭さに、冷や汗のようなものを感じながら、不敵に煙草へ手を伸ばすふりをした。
「おまえ、朝から、ずいぶん下世話だ。若い子を贔屓してるように見えるか」
「見えますとも。だいたい、管理人室に入った女の子の足音だけで、わたし、誰だかわかります。由加ちゃんは、ぱたぱた、軽い。あの子は、うれしい日は、声が弾む。管理人さんの前だと、特に、わかりやすい」
「あんた、少し、仕事をしなさい。まかない係が、そんな話をしていていいのか」
「これも、仕事のうちよ。寮の空気を読むのも、女同士の監視も。でも、管理人さんが困らないように、口は、固くしてますから」
久美は、ふふ、と含み笑いを漏らした。沈黙が、勝手口の、水音とコンロの火の音に、しばらく揺れた。寛は、そういえば、と、洗濯物の束を抱え直す。
「そうか。なら、今日の夕食は、少し、豪華にしてやるか」
「ええ、それは、大いに賛成。でね、管理人さん」
久美が、一歩、距離を詰めた。石鹸と、朝の汗の匂いと、それから、出汁の染みついた割烹着の、生活の匂いがした。彼女は、寛の目を、じっと見上げた。二十八歳の女の、たっぷりとした色気が、濡れた黒髪の生え際から、むわりと立ち上る。
「管理人さん、若い子ばかりじゃなくて、たまにはわたしもかまってくださいね」
その一言で、寛は返す言葉を失った。久美は、それを満足そうに見届けると、また、含み笑いを残して、鍋のほうへ戻っていった。
しばらく、寛は、その場に立ち尽くしていた。手の中の洗濯物は、由加の着替えと、昨夜の浴衣とで、生温かく重い。夏の朝は、もう、はっきりと、寛の首筋へ照りつけていた。寮のどこかで、若い女たちの笑い声が、風に乗って、ひときわ高く響く。庭の色は濃く、セミが鳴いている。管理人室の奥では、正子の白い百合が、今朝もまた、静かに花弁を開こうとしていた。
第7章 由加の口から囁かれたピル中止計画と妊娠への祈りに抗えない寛が亡妻の幻影を背に女の情熱へ生涯で最後の決断を下す
第7章: 由加の口から囁かれたピル中止計画と妊娠への祈りに抗えない寛が亡妻の幻影を背に女の情熱へ生涯で最後の決断を下す
昼下がりの管理人室に、からりと乾いた風が抜けていく。窓の外では、もう盛りの蝉しぐれが、庭木のどこかで途切れ途切れに鳴いていた。寛は、由加が置き忘れていった薄水色のカーディガンを畳の上へ広げ、襟元に残る若い汗の匂いを、うっすらと吸い込んだ。あの娘の肌から立ち上る、甘く青い、雨上がりの草いきれのような気配。六十を過ぎた男の鼻が、こんなにも敏感になるとは、一年前の自分には想像もできなかったことだ。
由加が帰ったあとの部屋には、まだ、生温かな女の吐息が沈んでいる。窓を開け放しても、畳の目や布団の繊維の奥に、昨夜の二人ぶんの脂がしみ込んで、昼の光のなかで、むわ、と立っている。寛は、立ち上がって、部屋の北側の小さな仏壇へ向かった。正子の写真の前に、少ししおれた百合の花が、白い花弁を下へ向けて、しんと静まっている。なにも言ってはくれない。それでいて、なにもかもを知っている、そういう沈黙だった。
寛は、線香に火を点けず、写真の前で、ただ掌を合わせた。掌と掌のあいだに、昨夜の女の体温が、まだ、べったりとこびりついている気がした。その掌で、亡き妻に祈る。手垢のついた掌で。
「僕は、どうなるのかな」
声に出して、狭い部屋へ落とした。仏壇の百合が、窓からの風を受けて、ほんの少し、ゆれる。それだけだった。
その日の夕方、寛は、由加の部屋へ届け物をしに行った。彼女が朝、管理人室へ置き忘れていったハンカチ。という名目だった。ほんとうは、身体の芯に残った彼女の熱を、確かめたくて堪らなかった。いや、その熱を確かめるために、わざわざ口実をこしらえたのが、みっともない。廊下を歩きながら、寛は、自分の足音が、やけに軽やかになっていることに気づいていた。恋をした若造のようだ、と、心の隅で、老いた自分が嘲笑う。
「由加ちゃん、いるかね。忘れ物だよ」
戸の前で、声をかける。すると、中から、ぱたぱたと裸足で歩く音がして、由加が顔を出した。仕事から帰ったばかりなのか、白いブラウスの胸元のボタンを二つ、外したままで、首から鎖骨へかけて、うっすらと汗の膜が張っている。黒い長い髪を、耳の上で、乱暴にひとつに束ねている。深い茶色の瞳が、寛を見ると、花火のように弾けた。
「あれ、わざわざ、届けてくれたんですか。普段は、あたしの忘れ物なんて、部屋の前に置いとくのに」
「たまには、な。ご苦労なことをしたって、叱りに来ただけさ」
「叱られるなら、中で、叱ってください。部屋、片付いてないけど」
由加は、そんなふうに言いながら、戸を大きく開けて、寛を招き入れた。寛は、ちいさく息を呑んだ。由加の部屋は、六畳ほどの洋室で、ピンクとベージュの中間のような、若い女の肌を思わせる色のカーテンが、西日を透かして、部屋じゅうを、甘い蜜色に染めている。ベッドの上には、脱いだタイトスカートが、くしゃくしゃに丸められ、床には、淡いレースの下着が、一枚、うつ伏せに落ちていた。黒いパンプスは、脱ぎ散らかしたまま、左右が、まるで別の方向へ逃げ出したみたいに転がっている。
「すごいな。掃除を覚えたほうがいい」
「管理人さん、口調は優しいのに、目が、ちゃんと責めてる。あたし、片付け、苦手なんですよね。だって、せっかく脱いだら、もう、その場所で休んでくれてるみたいで」
「服が休んでるんじゃない、君が休んでるんだ」
「あ、それ、いいですね。じゃあ、あたしの服は、全部、管理人さんみたいに、ゆっくり休んでるんです」
由加が、くすくす笑い、近くの椅子の背へ、ブラウスの上に羽織っていた薄いベストを、ぽん、と投げた。寛の視界のなかで、由加の乳房の重みが、白いブラウスを内側から、ふるり、と押し上げる。二十歳の身体は、湯上がりとはまた違う、労働のあとの、饐えた甘さを発散していた。林檎の汗。若い女の、酸っぱくて芳しい、皮の匂い。
「それで、叱られる話、続きは?」
「もう、叱る気も失せたよ。君の顔を見てると、こちらが謝りたくなる」
「ふふ。じゃあ、逆に、あたしが管理人さんを叱ります。昨夜、なんで、あのまま朝まで抱きしめてくれなかったんですか? あたし、目が覚めたら、ひとりだった。淋しかったの、けっこう」
由加の声が、すこし、拗ねた響きに変わる。寛は、窓の外にそびえる夕暮れの色を、しばらく黙って見た。茜色が、夏の雲を、べたべたと染めている。遠くで、カラスが、お帰り、と啼く声がした。
「年寄りは、朝が早いんだよ。済まなかった。今度は、ちゃんと、君の寝顔を、飽きるまで見てから起きよう」
「約束ですからね。破ったら、あたし、管理人室の戸を、夜中に壊すくらい、ノックしますよ」
「物騒な娘だ。……ああ、そうだ。これ、返すよ。会社で使うんだろう」
寛は、持ってきたハンカチを差し出した。由加が受け取ろうと、一歩踏み出した瞬間、ベッドの足元に置いてあった、小さな手帳が、由加の腕にでも触れたのか、ぱさ、と音を立てて床へ落ちた。開いたページのあいだから、白いメモ用紙が、一枚、ひらりと舞う。
「あっ」
由加が、小さく声を上げる。寛の視線が、落ちたメモ用紙の、小さな文字を拾った。女の字にしては、硬く、鋭く、本能のままに、文字を刻みつけたような、そんな字。そこに、こう書かれていた。
「香妻寛が他の寮生とセックスしなくなったら内緒でピルの使用を止める。赤ちゃんができてもわたしが育てる」
一瞬の沈黙。寛は、動けなかった。喉の奥で、息が、石のように固まった。蝉の声が、やけに遠い。西日の熱が、壁を這って、由加の横顔を、べた、と照らしている。由加は、落ちたメモを、ゆっくりと拾い上げると、寛から目を逸らさずに、苦笑いのような、泣き笑いのような、複雑な顔をした。
「見つかっちゃった。……あたし、ほんと、詰めが甘いですよね」
「由加ちゃん、これは、どういう」
寛の声が、掠れた。由加は、メモを手帳へ挟み直すと、それを胸の前で、両手でぎゅ、と握った。深い茶色の瞳が、夕陽の金粉を浴びて、とろりと光っている。ちっとも悪びれていない。むしろ、ここからが本番だ、とばかりに、顎を、つん、と上げた。
「そのままの意味です。あたし、管理人さんのことが、好き。びっくりするほど、好き。他の子とセックスしてるって、知ってます。みんな、気づいてないって思ってるみたいだけど、女には、わかるんです。管理人室から帰ってくる子の、首の後ろの匂いで」
「……匂いで」
「そうです。汗の匂いじゃない、男の人の、あれの匂い。管理人さんの匂い。あれが、あたし以外の女の子の髪に、染み付いてるの、あたし、耐えられない。ねえ、生意気だなあ、あたし。管理人さんは、誰のものでもないのに」
由加は、ぎこちなく笑いながら、一歩、寛のほうへ近づいた。裸足の足の指が、床の上で、白く、こわばっている。指の関節が、緊張で、すこうし、反り返っている。寛は、いま、この若い女が、どんなに必死に、孤独な作戦を打ち明けているのか、肌で感じていた。汗ばんだ由加の胸元、ブラウスの下で、心臓が、痛いくらい速く脈打っている。
「君は、本気で、言っているのか。僕の子を、孕むって。ピルを、勝手に止めるって」
「本気です。今日、これを、見られちゃったから、はっきり言います。他の子とセックスしなくなったら、あたし、ピルを止めます。誰にも言わずに、止めます。そして、管理人さんの赤ちゃんを、授かる。できたら、ひとりで育てます。できなかったら……また、授かるまで、中に出してください。あたしは、それで、いいんです」
由加の言葉は、まるで、あらかじめ何度も書き上げた手紙を、すらすらと読み上げるようだった。声は震えていない。だが、まぶたの縁が、うっすら赤く、血の気が、ゆっくりと、指先へ戻っていくのがわかる。この娘の、若い胆力と、真剣さが、寛の胸に、重い錐のように突き立つ。
「馬鹿なことを」
寛は、それだけを言った。すると、由加が、鼻をすする音がした。けれど、彼女は、涙を見せなかった。唇を、平らに結んで、寛を、まっすぐに見上げている。睫毛の先が、夕陽に透けて、金粉を散らしたように光った。
「馬鹿でいいです。はじめて、自分から、人のことを、そうやって、欲しいと思った。管理人さん、あたし、これまで、いろんな男の人と、寝てきました。でも、誰の赤ちゃんも、ほしいと思わなかった。ほしいのは、管理人さんの血が、あたしの胎の中に灯る、そういう未来。あたし、ひとりでも、育てられますから」
「由加ちゃん、君はまだ、二十歳だろう。人生の、一番、これからというときに、僕のような、しぼみかけた男の子を、身ごもるなんて、正気の沙汰じゃないよ」
「正気なもんですか。好きな人に、他の女の匂いがついてるのを、毎日、毎晩、歯を食いしばって我慢してる女の頭が、どうして、まともでいられますか。管理人さんを、縛るための妊娠じゃない。あたしが、あたしの人生で、たったひとつ、勝手に選ぶこと。その相手が、たまたま、年上だっただけです」
由加は、言い終えると、ぽろ、ぽろ、と、涙をこぼした。肩を、ふる、と揺らして、自分の両腕を、組むように抱きしめる。泣いている。それでも、目は、寛を射抜くように、力強い。夜の海の底から、獲物を追う女の眼だった。ああ、この娘は、本気だ。半年のあいだ、若い男の誰とでも寝てきた由加が、ほんとうに、腹を括って、六十二歳の管理人へ、生涯でただ一度の懇願をしている。寛は、その必死さに、胸を掴まれた。というより、男の古い欲が、腰の奥で、もう一度、ぐ、と鎌首をもたげた。なんという不埒な、嬉しい、恐ろしい告白か。
「……今夜、君は、それを、僕の前で、実行するつもりか」
「はい。今夜、というか、これから、管理人室で。あたし、排卵日、計算してます。いま、たぶん、一番、危ない日。ピルは、ちゃんと飲んでます。だから、最後の避妊。でも、あたしの計画を知って、管理人さんが、その、あたしを抱いたら、もう、逃げ道はないですよ」
由加が、火照った頬のまま、ふ、と笑った。その笑いの、なんと、いじらしく、また、なんと、淫らなことか。寛は、由加の手から、手帳を受け取るように、いや、違った。手帳ごと、彼女の両手を、大きな手で包み込んだ。若い女の指が、驚きで、びく、と跳ねる。手のひらは、汗で、しっとり温かく、指のあいだは、しなやかなのに、骨ばっていて、まだ少女のそれだった。
「わかった。なら、管理人室で、話の続きを聞く。だが、一つだけ、覚えておきなさい。僕にも、君の計画を、いつでも止める権利はある。生で抱くのは、君が、ピルを飲んでいるあいだだけだ。それは、絶対の約束だ。……だが、今夜は、その、一番危ない日に、君を抱く。正子の花が、また、落ちるな」
「管理人さん……!」
由加が、寛の胸へ、泣き崩れるようにして、すがりついた。寛の腕が、彼女の背中へ、自然に回る。白いブラウス越しに、小さな肩甲骨の、鋭い羽の動き。熱い吐息が、寛の鎖骨へ、湿って降りかかる。西日が、二人の影を、部屋の壁へ、長く、長く、溶かしていた。夕暮れが、沈みきるまで、もう、いくらもなかった。
廊下を、二人で歩く。寮の明かりは、すでに、あちこちで点っていた。共同浴場へ向かう若い女たちが、二人に、ちら、と目をやって、くすくす笑いながら、夜の蒸気のなかへ消えていく。寛は、由加の手を握ってはいなかった。彼女も、握ってこなかった。けれど、肩と肩のあいだの空気が、今夜だけは、もう、他人のようには冷たくなかった。管理人室の戸を開けると、昼間、閉め忘れた窓から、夜風が、仏壇の百合を、また、ひらり、と揺らした。
「座りなさい。喉、渇いたろう」
「麦茶、もらってもいいですか。あと、タオル、汗が、すごくて」
「出してやる。服は、着替えなくていい。そのまま、汗をかいた女の肌に、触れてみたい。匂いも、まとめて。……今日は、君の、生の匂いで、正気を失くしてみたい気分だ」
寛の、いつにない、強い物言いに、由加は、頬を、いっそう赤くして、こくり、と頷いた。手渡された麦茶を、こくこくと飲む。のどが鳴る。汗が、長い首を伝う。ブラウスが、背中に、じっとりと吸い付いて、白い肌を、布の上から、うっすら透かしていた。寛は、その姿から、目を離せずにいた。
「管理人さん、あの、あたし、今夜は、ずっと、ここにいたい。朝まで。朝になったら、ピル、飲みます。だから、最後の、避妊。でも、お腹が、あたし、もう、きゅう、って、なってて、自分で、おかしくなる」
「おかしくなったら、受け止める。畳に、敷け。布団を、だしな。若いお前の汗で、汚しても構わない」
「は、い……。……あの、管理人さん、その、ありがとう、ございます。あたし、あたし、嬉しくて、頭が、ぼう、ってする」
由加は、興奮のあまり、身体の平衡を、うまく保てないらしい。ふら、と立ち上がって、押し入れから、敷き布団を、ようよう引き出し、部屋の真ん中へ、ばさ、と広げた。白いシーツの波打つ道。彼女は、その上へ、両膝を、崩すようにして、座り込む。暑さと、情欲とで、頬も首筋も、胸元も、熟れた桃のように、赤く火照っていた。
寛は、その向かいへ、正座した。手を伸ばし、由加の、しっとり汗ばんだ前髪を、指先で、耳の後ろへ、かき上げてやる。それだけで、由加が、切なげに、眉根を寄せた。眼が、寛の指を、追う。若い女の、熟れかけの眼。ああ、なんて、澄んだ、それでいて、濁りきった眼。寛は、老いた掌を、由加の首筋へ、這わせた。ぴちゃ、と汗の膜が、割れる。その、じっとり温かい水分を、手のひらで味わう。
「暑いな。お前の汗が、湯みたいだ。火照った肌が、布越しでも、よくわかる。これから、その薄い布を、ぜんぶ、剥がす。怖いか」
「……怖い。けど、嬉しい。管理人さんの手が、あたしの汗を、拭いてくれるだけで、下のほうが、もう、おかしなんです。女って、なんで、こう、単純なんでしょうね」
「単純で、いい。男は、女の単純に、簡単に、溺れる。さあ、その、手の込んだ、女の柔肌を、みせておくれ」
寛は、由加のブラウスの、白いボタンへ、指をかけた。上から、ひとつずつ、ゆっくりと、外していく。由加が、喉を逸らす。露わになる、白い谷間。湯上がりのように、汗の粒が、鎖骨のくぼみから、胸の頂きへ、つ、つ、と零れ落ちる。外気に触れた乳輪が、ちぢこまって、すこし、こわばっている。まだ、吸われる前の、女の果実。寛は、ボタンを、ぜんぶ外すと、ブラウスの前を、左右へ、はだけさせた。由加の下腹が、浅い呼吸で、ふる、ふる、と波打つ。臍の下が、ときおり、ぴくり、と、身震いしていた。
「は、……あ、管理人さん、見られてると、あたし、悔しいけど、すぐ、濡れる……」
「濡れろ。遠慮することはない。すでに、布へ、沁み出している。鼻がいいのは、年寄りの特権でな。君の、女の匂いが、わかる」
寛の、あえて下世話な言い様へ、由加は、両太腿を、きゅ、と閉じ、指先を、シーツの上で、もじもじと泳がせた。けれど、いまは、その、もじもじも、寛には、もどかしいばかりに、いじらしかった。寛は、由加の、汗ばんだ脇腹へ、唇を落とす。女の、塩辛い、夏の皮。あれだけ若い男の肌を知る由加も、寛の唇には、ふれられた瞬間、全身を、びり、と走る感覚があったようで、腰が、小さく跳ねた。
「ひ、あ、……や、管理人さんの、口、熱い……! おなか、ちゅ、って、しちゃだめ。……あ、んっ」
由加が、ついに、鼻へかかった声を、たて続けに漏らす。寛は、白い胸の谷間へ、さらに、濡れた口を、寄せていく。女の汗が、唇のあいだへ入り込む。しょっぱくて、発酵した果実のような、ねっとりした匂い。ここに、正子の知らない女がいる。仏壇が、背後で、こちらを見ている。いい。もう、いい。正子は百合の花に、自ら別れを告げている。寛は、胸の粒を、唇で、くわえた。舌先で、転がす。由加が、腰を浮かせて、耐えきれずに、寛の頭を、乳へ押し付けてくる。
「あ、あ……! 乳首、だめ、乳首、されると、ほんとに、下が、きゅうって、……あ……おかしい、しぬ……」
「死ななくていい。生きて、感じろ。お前の、ここが、お前の、女の、いのちだ。ほら、もう、こんなに、しとどに、なって」
寛は、片手で、由加のタイトスカートの上から、その中心を、ゆるく縦に、撫であげた。繊維が、蜜を吸って、ぐちゅ、と、くぐもった音を立てる。布ごしでも、女の割れ目の、とろ、とした熱が、老いた指へ、まざまざと伝わってくる。由加が、苦しげに、腰を、くねらせる。閉じていた膝が、ひらいていく。窓から、生暖かい夜風が、汗の匂いを、部屋いっぱいに撹拌する。
「もう、ぬがせて。下、ぬがせて、ください。あたし、おかしくなる。管理人さんの指、布の上から、あたしの中に、滲みてくる。……早く、あたしの、ばしょ、さわって」
由加の懇願は、もはや、少女の嬌声と、女の罵声の、あいだを揺れていた。寛は、彼女のスカートを、腰から、ずり、と下げる。白い肌が、夜の色に、ぼうっと浮かんだ。下着は、黒い、細い紐の、そんなものだった。昼間、床に落ちていたレースのそれとは、また違う。今夜のために、この娘は、いやらしい下着を、選んで履いてきている。寛の下腹が、どくん、と、脈打った。
「黒いな。大人の女の、下着だ」
「あたし、もう、大人ですから。……きょうは、ちゃんと、大人の、女でいたかった。……みて、ください。もう、ここ、おもらしみたいに、なってる」
由加が、自分の指で、黒い布を、横へ、ずらした。露わになる、薄い陰毛。その下の、はちきれそうな、桃色の襞。割れ目の、奥の、さらに奥から、透明な、煮こごりのような液が、とろ、と溢れて、由加の、白い太腿を、つたい落ちる。匂いが立った。若い女の、いのちの匂い。饐えた磯の香り。寛は、思わず、そこへ、顔を寄せていた。
「……ひ、あ、だめ、そんな、近くで、見ないで。……!!」
由加が、両足を、びくん、と跳ねさせた。寛は、女の秘裂を、下から上へ、ゆっくりと、舌で、舐め上げた。れろ、り、という音が、静かな部屋に響く。女の肉は、寛の舌を、ひくひくと、嚙むように迎え入れた。しょっぱくて、酸っぱくて、青くて、甘い。身体の、いちばん深い、女の味がした。悔しいことに、寛は、この味に、あれから、ずっと、浸りたかった。正子の百合の、あの、水っぽい無垢な清香では、もう、老いた舌は、癒えなかったのだ。
「あ……、いつ、きても、管理人さんの、舌は、こわい。あたしの、なか、ほじくって、……ひ、う、あ、あ……! だめ、下の、おく、……! そんな、くちゅくちゅ、されると、ほんとに、もう、いっちゃ……!」
由加が、叫ぶ。腰を、浮かせ、寛の口から、逃げようとする。寛は、逃がさず、若い太腿を、両手で掴んで、舌を、さらに、奥深く、沈めた。ぬちゅ、じゅぷ、くぷ、と、水気の多い音が、由加の胎内から、寛の顎を濡らして、畳へ雫を落とす。由加の腹が、小刻みに、波打ち、膣が、寛の舌を、きゅうきゅうと、締め付ける。女の、洪水が、寛の口の中へ、潮の匂いを、たっぷりと注いだ。
「……あ、い……、あたし、もう、しんじゃう。……管理人さん、おかしい、あたし、頭、ぱあ、って、しろく……」
由加が、がくがくと、骨の抜けた人形のように、痙攣した。そのまま、どさり、と、シーツの上へ、仰向けに倒れる。汗で、前髪が、頬に張り付き、胸が、呼吸のたびに、大きく、上下している。乳首は、さっきまで以上に、ぷっくりと、血の色を吸って、立ち上がっていた。寛は、唇を拭い、自分の着物の帯を、ゆっくりと解いた。
「次は、本番だ。いま、君の、あの、一番、危ない日。約束、忘れていないな。明日の朝、ピルを、飲む。いいな」
「……はい。……あたし、飲みます。今夜で、最後。……でも、あたし、管理人さんの、赤ちゃん、ほしい。おなかの、なかに、管理人さんの、血が、いっぱい、ほしい」
由加が、半ば、正気を失った声で、ねだる。寛は、その言葉を、聞き流さなかった。それが、この若い女の、身を切るような本心。避妊の約束が、もはや、かえって、二人の行為を、激しく、罪深く、あと戻りできない地点へ、押し上げていた。寛は、由加の足を、両手で、持ち上げた。白く細い、その足の、かかとを、自分の肩へ、乗せる。そして、老いた肉茎を、濡れそぼる女の入り口へ、こつ、と当てた。
「由加ちゃん、いくよ。今夜は、いちばん奥に、たっぷり、出してやる」
寛は、腰を、ぐ、と進めた。ぬぶ、と、狭い肉の甬道が、寛の性器を、根元から、うねうねと、嚙み締めてくる。由加が、背中を、弓なりに反らし、声にならない悲鳴を、喉の奥で、ふるわせた。じゅぶ、じゅぶ、と、水を、かき分ける音が、部屋に、満ちていく。
「あ、あ、あ、……熱い、お腹の、奥、まで、ぎゅう、って、こられると、わたし、……! 管理人さん、管理人さんの形、あたしの、なかに、ぜんぶ、ついちゃう……!」
「いいさ。つけ。そして、明日の朝、約束どおり、ピルを、飲む。それが、お前の、選んだ、今夜の、愛の形だ」
「……ん、あ、あ、……なるほど。……いまだけ、いまだけ、なにも、かんがえずに、……あ、う、……もっと、ゆさぶって。あたしの、こし、つよく、……くずれる、あたし、くずれ……!」
由加が、泣きながら、腰を、寛の律動へ、合わせてくる。全身が、真っ赤に火照り、汗が、ぴちゃぴちゃと、互いの肌を打った。寛は、肩に乗せた由加の、その、内くるぶしの、やわらかな肉へ、かぶりつきたい欲望を、なんとか、噛み殺しながら、腰の、抽挿を、深く、深く、打ち込んでいく。ぐち、ぐち、と、結合部が、とろり、と泡立ち、白い液が、由加の尻の割れ目を、伝って、シーツへ、染みをつくっていた。
「あ、あ、あ、……いく、あたし、いく……! 管理人さん、なか、ちょうだい。あー、だめ、おく、おく、こすれて、……まっしろ、……なんにも、みえない、……あ、う、……!」
由加の胎が、きゅう、と、寛を、全身で、締め上げる。ミミズ千匹が、這い回るような、細かな蠕動。寛は、その、女の、小さな死の痙攣へ、若い、いのちの水を、注がずにいられなかった。どくり、どくり、と、精が、由加の胎の、いちばん深い、子の宮の、その扉の、すぐ外で、脈打つ。二人の、汗と、体液と、涙が、すべて、混ざり合って、畳の上へ、滴っていった。
「……あ、……出てる。管理人さんの、あついの、あたしの、なかで、うごいてる。……しあわせ。……あたし、これで、しあわせなんです……」
由加が、荒い息の合間に、そう、うわ言のように、呟いた。寛は、由加の額へ、汗まみれの口づけを落とし、そのまま、彼女の、震える若い身体を、抱きしめた。老いた胸に、由加の心臓が、うさぎのように、跳ねている。外では、遠く、風呂上がりの女たちの、笑い声が、去っていった。線香の香りが、どこからか、微かに、夜風に、運ばれてくる。白い百合が、また、一枚、花弁を、畳の上へ、音もなく、落とした。
しばらくして、由加が、寛の耳元へ、唇を寄せた。熱い息が、耳の穴へ、とろり、と、流れ込む。その声は、ひどく、あどけなく、ひどく、確信的で、全神経を、寛へと、集中させていた。
「……管理人さん、あたし、いま、思ったんですけど。……赤ちゃんが、できても、いいよね。……あたしね、管理人さんの、赤ちゃん、ほしい」
ぽつん、と、終いの、ひとこと。寛は、目を閉じた。閉じた闇の奥で、正子が、静かに、微笑んで、背を向ける。その向こうに、白い百合が、闇のなかで、一瞬、まばゆく、咲き溢れた。管理人室の外、暗い廊下で、女の含み笑いのような、そんな風の音が、ひた、と、止む気配がした。そして、七つの夜の、すべての、湯気が、終い湯の、しずかな残り香とともに、はるか、天へ、昇っていった。
登場人物
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香妻寛 こうづま ひろし男性 ・ 62
外見: 白髪交じりの短髪、薄茶色の瞳、細身ながら背筋の伸びた穏やかな佇まい。服装: 紺色のカーディガンに白いシャツとスラックス。一見柔和で色気の残る枯れた風貌。性格は礼儀正しく柔和だが、若い頃の女遊びの名残で相手の気配を読む嗅覚に長ける。強引さはないが逃さない狡猾さと優しさを併せ持つ。
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由加 ゆか女性 ・ 20
外見: 黒く長い髪、濡れると艶やかに肌へ貼りつく、深い茶色の瞳、白く華奢で腰のくびれが艶めかしい。服装: 会社帰りのブラウスとタイトスカート、寮内では短いハーフパンツにキャミソール。明るく奔放で寂しがり、自分だけを見てくれる大人の男に執着しやすい。性愛に対してわりきっているような口ぶりを見せるが、傷つきやすさが裏にある。
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真理 まり女性 ・ 18
外見: 肩にかかる黒い髪、うるむ茶色の瞳、華奢な肩と細い腰が幼さを残す。服装: 地味めのワンピースやカーディガン、下着は白や薄い色のシンプルなもの。内気で引っ込み思案、頼ることが苦手で追い詰められると涙ぐむ。一度心を許すと快楽に依存しやすい純真さがある。
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久美 くみ女性 ・ 28
外見: 黒髪を低い位置で一つに束ね、たれ気味の大きな目、豊満な身体つき。服装: 白い割烹着やエプロンを常に身につけ、下には深い色の長袖シャツとスカート。寛容で色気のある人妻。寮の裏事情を笑って受け流す余裕があり、管理人をからかいながら機会を狙っている。
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正子(まさこ)(女性、享年60歳)
故人のため外見描写は限定的。若い頃は色白で面倒見の良いたおやかな美人だった。服装は不明。記憶の中の存在として、仏壇の写真と白い花、柔らかな声と手の温かさで反復される。性格は献身的で我慢強く、夫の女遊びを知りながら静かに尽くした。





