第10章: 再会と真実(続き 2/2)
朋美は徹の方を向き、真っ直ぐに目を見つめた。その瞳の奥に、何かが揺らいでいるように見えた。
「徹くん」
声が、少しだけ小さくなった。
「あのビデオのこと、覚えてる?」
瞬間、徹の全身の血が凍りつくような感覚が走った。鼓動が大きく鳴り、耳の奥で雨音が蘇る。
「……あ」
言葉が出ない。喉が渇き、声にならない。
朋美はその反応を見て、ほんの少しだけ笑った。でもその笑みには、どこか悲しげな色が滲んでいた。
「私も……ずっと覚えてたよ。あの日、二人で見たこと。そして、その後にしたこと全部」
「……」
「でもね」
朋美は一息つき、ゆっくりと続けた。
「あれは子供の遊びだったんだよね。好奇心からした、ちょっと危ない遊び。そう思うようにしてきた」
「遊び……」
徹はやっとの思いで、その言葉を繰り返した。
「うん。子供だから、何が正しいかわからなかった。ただ面白くて、刺激的で……でも、あれは遊びだった」
朋美の目には、確信と諦めが混ざった複雑な光が浮かんでいる。彼女はそう決めつけることで、三十三年間を整理してきたのだ。
徹はその言葉を、胸の奥で咀嚼しようとした。遊び。ただの遊び。
ならば、自分が三十三年間抱き続けてきたあの感覚は何だったのか。あの甘く生臭い匂い。柔らかい粘膜の感触。電撃のような快感。全てが、ただの「子供の遊び」の一片でしかなかったのか。
「徹くんは……違うと思ってた?」
朋美が小さく尋ねた。その声には、どこかいたわるような響きがあった。
徹は答えられなかった。ただ下を向き、自分の影を見つめるだけだった。
「ごめんね、こんなこと言って。でも、あの日のことは今でも時々思い出すよ。でも、それは過去の思い出の一つで……それ以上でも以下でもないんだ」
朋美は一歩近づき、そっと徹の腕に手を触れた。その温もりが、かえって徹の心を冷たくさせた。
「じゃあね、徹くん。またどこかで会えたらいいね」
軽く手を振り、朋美は駅の階段を降りていった。その背中は迷いがなく、確かに過去を背負いながらも、きっぱりと前に進んでいるように見えた。
徹はただ立ち尽くした。
街の喧騒が遠くに聞こえる。車のクラクション、人々の話し声、店舗からの音楽。全てが現在の音で、あの日の雨音はどこにもない。
――遊びだった。
――ただの、子供の遊び。
頭では理解できる。確かに、十二歳の子供たちがしたことだ。深い意味などないかもしれない。
しかし。
体は覚えている。
口に含まれた時の、あの柔らかい唇の感触。
舌が亀頭を包んだ瞬間の、ぬるりとした衝撃。
そして、朋美が初めて絶頂を迎えた時の、痙攣する腰の熱。
それらは、今も確かに徹の股間に疼きを灯していた。四十五歳の男の身体が、三十三年前の記憶に反応し、熱を帯びようとしている。
虚しさと、滾るような欲望が、胸の中で絡み合った。
彼女にとっては過去の一片でしかなかったあの記憶が、徹にとっては人生そのものを形作る核であったという事実。その非対称性が、ただただ重くのしかかってくる。
徹はゆっくりと歩き出した。
どこへ向かうでもなく、ただ夜の街を歩く。自分の影が、また長く伸びていく。
そして心の奥で、あの雨音が再び響き始めるのを感じた。
ぬちゅっ。
くちゅ、くちゅ。
あの音は、もう決して消えることはない。
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