第9章: 記憶の鎖(続き 2/2)
退屈な作業が続く。バナーの色を少し変え、フォントサイズを調整し、レスポンシブ対応を確認する。画面を見つめながらも、頭の中は半分、あのアルバムの写真で埋め尽くされていた。
昼過ぎ、ふと同窓会の案内が気になり、実行委員会のウェブサイトを開いてみた。出席者名簿のページにアクセスする。
卒業生の名前がアルファベット順に並んでいる。たくさんの名前の中から、自分の名前を見つける。鈴木徹。その横に小さく「出席確定」と表示されている。自動登録されたのだろう。
特に感慨もなく、リストを下にスクロールさせていく。
山田。
その名字を見た瞬間、徹の手が止まった。
心臓が、どきりと跳ねる。
リストの中に、山田という名字はいくつかある。山田一郎、山田恵子、山田聡……。
そして、その中に一つ。
山田朋美。
徹は目を凝らした。本当にそう書いてある。ひらがなで「やまだ ともみ」。その横にはまだ「未定」と表示されていた。
彼女も、この同窓会に誘われている。そして、まだ返事をしていない。
――会えるかもしれない。
その考えが頭をよぎった瞬間、胸の奥に熱い塊がこみ上げてきた。期待と、恐怖が入り混じった、複雑な感覚。
あの日から一度も会っていない。彼女は今、どんな女性になっているのだろう。まだあのショートカットの髪型だろうか。それとも、長く伸ばしているだろうか。あのぱっちりとした黒目は、変わらず輝いているだろうか。
そして――あの夏の日のことを、覚えているだろうか。
覚えているはずがない。子供の遊びの一つで、彼女はすっかり忘れているに違いない。
そう思うと、むなしさが広がる。しかし同時に、もし覚えていたら……という期待も、小さく灯り続けていた。
スマホがまた振動した。美咲からだった。前のメールへの返事がまだなので、心配しているのだろうか。優しい言葉で、無理をさせてしまったかもしれないと詫び、都合の良い時に返信してくれればいい、と書かれていた。
徹はそのメールを見て、深いため息をついた。
美咲は本当に良い人だ。こんな女性を無視する自分が、情けなくなる。
しかし、今の自分には、彼女と向き合う余裕などない。頭の中は、同窓会の名簿に書かれた「山田朋美」という名前でいっぱいだ。
徹はパソコンの画面に戻り、同窓会の出席申し込みページを開いた。自分の名前の横にある「出席確定」のボタンの隣に、「参加申し込み」のフォームがあった。
迷いながらも、指がキーボードの上で止まる。
――行くべきか。
行けば、彼女に会えるかもしれない。三十年以上ぶりに。
でも、会ったら何を話せばいいのだろう。あの日のことは、もちろん口にできない。ただの旧友として、無難な近況報告をするだけなのか。
それでも……。
彼女の声をもう一度聞きたい。笑顔をもう一度見たい。
その思いが、突き動かした。
徹は息を吸い込み、フォームに必要事項を入力し始めた。名前、連絡先、メールアドレス。全てを記入し、最後に「申し込む」ボタンの上で指を止めた。
ほんの一瞬の逡巡。
そして、クリックした。
画面が切り替わり、「申し込み完了」の表示が出た。
同時に、何かが決定的に動き出した感覚があった。過去の鎖が、今の自分を縛り、引きずっていく。逃れられない流れに、身を任せるしかない。
徹は椅子にもたれ、目を閉じた。
耳の奥で、また雨音が響き始める。
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