第1章: 迎え入れられた幼き蜜
第1章: 迎え入れられた幼き蜜
児童相談所の応接室は、消毒液の匂いと、古い雑誌の紙の匂いが混じり合っていた。
松下孝雄は、妻の雅子の隣に座り、膝の上でこぶしを軽く握りしめていた。
窓の外から差し込む午後の柔らかい光が、長いすの表面をぼんやり照らしている。
その向こう側の椅子に、小さな影がひとつ、ぽつんと座っていた。
肩まで届く柔らかそうな茶髪は、少し寝ぐせがついていて、大きな黒い瞳は、自分の膝の上か、床のわずかに色の褪せたカーペットの模様を見つめている。
「では、こちらが優菜ちゃんです」
担当の女性職員が、優しいけれどどこか疲れた声で言った。
雅子の息づかいが、ほんの少しだけ早くなったのを、孝雄は横から感じた。
自分も同じだった。
長年子供に恵まれなかった夫婦が、ようやくたどり着いたこの瞬間。
彼は喉を軽く鳴らし、できるだけ優しい声を出すよう意識した。
「こんにちは、優菜ちゃん。僕たちは、松下孝雄と雅子だよ。よろしくね」
少女――優菜は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、孝雄が想像していた以上に大きく、深く、そして何かをずっと見つめ続けてきたような、どこか曇った潤いをたたえていた。
唇が、かすかに動いた。
「……よろしく、お願いします」
とても小さな声で、それでも一字一句、はっきりと言った。
その無垢とも、諦観ともつかない様子に、雅子の目尻が一瞬、熱くなった。
彼女はすぐに身を乗り出し、手を差し伸べた。
「よろしくね、優菜ちゃん。おうちに、一緒に帰ろうね」
優菜は、雅子の手をじっと見つめ、ためらいながら、自分の小さな手を重ねた。
その手は、思った以上に冷たかった。
孝雄の胸の奥で、何かがぎゅっと締めつけられる感覚があった。
車での帰り道、後部座席に座った優菜は、小さなリュックサックを膝の上に抱き、ほとんど窓の外を見つめたままだった。
雅子が何度か話しかけても、彼女はうなずくか、か細い「うん」という返事だけを返す。
「たくさん、緊張してるんだね」
運転席の孝雄が、バックミラーに映る少女の姿を一瞥しながら、そう呟いた。
「そうね。ゆっくり慣れてもらおう」
雅子は、心配そうに後ろを振り返りながら答えた。
その目は、すでに母親のそれだった。
新しい家は、郊外の静かな住宅街にある、築二十年ほどの二階建てだった。
庭には手入れの行き届いた小さな花壇があり、雅子が丹精込めて育てたパンジーが色とりどりに咲いていた。
「ここが、おうちだよ」
玄関のドアを開けながら、孝雄が言った。
優菜は、上がり框の前で一瞬足を止め、家の中を覗き込むようにしてから、そっと靴を脱いだ。
彼女の白い靴下は、ほんの少しだけ擦り切れていた。
「優菜ちゃんの部屋は二階に用意してあるの。一緒に見に行こうか」
雅子に手を引かれ、優菜はゆっくりと階段を上っていった。
孝雄は、その小さな背中を見送りながら、ふと、この家に子供の足音が響くのはいつのことだったか、と思い出そうとした。
思い出せなかった。
夕食は、雅子が腕によりをかけたハンバーグに、温かい味噌汁、そして優菜の好物だと事前に聞いていたプリンがデザートとして並んだ。
「おいしい?」
雅子が、箸を止めて優菜の顔を覗き込んだ。
優菜は、口の中に食べ物を入れたまま、こくんと頷いた。
「……おいしいです」
「よかった。いっぱい食べてね」
孝雄は、そのやり取りを穏やかな気持ちで見ていた。
ハンバーグを切る優菜の手つきは、まだ慣れていないようで、少しぎこちなかった。
彼は無意識に、自分の皿に載ったハンバーグを、食べやすい大きさに切り分け始めた。
そして、ふと我に返り、手を止めた。
――相手は、もう十歳だ。そんなこと、しなくてもいい。
少し照れくさい気持ちになり、彼はその切り分けたハンバーグを自分の口に運んだ。
食後、雅子が優菜を風呂に入れている間、孝雄はリビングで新聞を広げていた。
しかし、活字はなかなか頭に入ってこない。
二階から聞こえてくる、かすかな水音と、雅子の優しい声、そして時折混じる優菜のくすりと笑うような声。
その全てが、この家に新しい命が吹き込まれたことを、彼にまざまざと感じさせた。
やがて湯気を帯びて髪を乾かしながら、パジャマ姿の優菜が階下に降りてきた。
淡いピンク色の、ウサギの模様がついた子供用のパジャマは、彼女の華奢な体形によく似合っていた。
「おやすみなさい、孝雄おじさん」
彼女は、リビングの入り口で立ち止まり、小さく頭を下げた。
「ああ、おやすみ。ゆっくり休むんだよ」
孝雄は、新聞を少し下ろしてそう答えた。
優菜は、もう一度こくんと頷くと、雅子に連れられて二階へと消えていった。
部屋の電気が消え、家の中が静寂に包まれたのは、それから一時間ほど後のことだった。
孝雄と雅子は、寝室で今日一日を振り返りながら、小声で話し合った。
「あの子、本当に良い子ね」
「ああ。でも、なんだかずいぶんおとなしいというか……」
「きっと、いろいろあったんだよ。時間をかけてね」
雅子の声には、揺るぎない決意のようなものが込められていた。
孝雄は、妻の手をそっと握り返した。
一方、二階の子供部屋では、優菜がベッドの上で膝を抱え、壁の模様をぼんやりと見つめていた。
ふかふかの布団と、新しい枕の匂い。
優しい色の壁紙。
全てが、以前の「家」とは違う。
静かで、温かく、危険な匂いがしない。
――危険な、匂い。
彼女は、布団の中に潜った。
暗闇が、視界を覆う。
すると、すぐに、あの匂いが思い出された。
安いウイスキーと汗、そして彼の、あの部分の、生臭くて濃厚な匂い。
「だめ……」
優菜は、つぶやくように呻いた。
布団の中の小さな手が、無意識に、パジャマのパンツの上へと滑っていった。
股間のあたりは、すでにほんのりと温かくなっている。
パンツの布地が、柔らかい膨らみに密着する感触。
「……もう、お義父さんいないのに」
声は、震えていた。
指先が、パンツの上からそっと、その膨らみを押した。
ぐにっと柔らかく、そして中心部は、ほんのり湿った熱を帯びていた。
――あの、おっきいの、ずぼーって、入ってきた。
――痛かった。でも、気持ちよかった。
――お腹の奥が、ぐちゃぐちゃになって、熱くなって。

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