第1章: 昭和40年代の話。

昭和40年代の話。
うちには風呂がなかった。だから、夕暮れ時の匂いとは、いつも父の背中に残る石鹸の匂いと、姉の髪を濡らす甘いシャンプーの香り、そして銭湯独特の硫黄の混じった湯煙が混ざり合った、複雑なカクテルだった。
僕、健司は小学校六年生。黒い詰襟の学生服のボタンを一つ、また一つと外しながら、姉の由美の後ろをついていく。由美はもう中学生だ。セーラー服のスカートの裾が、夕暮れの風にひらりと翻る。その隙間から覗く素足のふくらみは、僕の目にはもう、子供のものじゃないと映っていた。
銭湯の脱衣所に足を踏み入れると、熱っぽい湯気と、女の体の匂いと、石鹸の匂いが、まるで生き物のように僕の全身をまとわりつく。女たちの甲高い声が天井に反響し、木製のロッカーがガタガタと不快な音を立てる。僕は隅のロッカーの前に立ち、誰にも見られないように背中を丸め、制服を脱ぎ始めた。
シャツを脱ぐと、まだあどけない胸板が汗でじっとりと濡れている。ズボンを下ろす瞬間が、いつも一番の試練だ。下着の中で、僕のちんちんは恥ずかしさと興奮で、いつも半ば、硬く脈打っていた。最近生え始めた産毛に似た、柔らかく薄い陰毛が、僕の秘密の証のようにそこにあった。
「ほら、健司、早くしなさいよ!」
由美の声がした。振り向くと、彼女はもうすっかり裸だった。濡れたような艶を帯びた長い黒髪が、真っ白な背中に筋を描いて滴っている。その背中は、もう確かに女のものだった。僕の目は、抗いがたく、彼女の股の間へと吸い寄せられた。
あそこは、まるで手つかずの原生林のよう。黒々と硬い毛が、ごつごつと、無秩序に渦巻いていた。クラスの男子が「由美ちゃんのジャングル」と陰で囁いていたのを、僕は知っていた。その剛毛は、僕たちの知らない大人の世界の象徴のように、濃く、そして堂々としていた。
由美はそんな僕の視線に気にもとめず、小さなタオルを腰に巻いて湯殿へと入っていく。僕はやっとのことで小さなタオルでちんちんを隠しながら、恐る恐るその後を追った。湯殿はもう、白濁した湯煙のベールに包まれ、女たちの裸体が、まるで浮かぶ島のようにあちこちに見えた。
高い声でお喋りしながら体を流すおばさん、湯船に首まで浸って恍惚の表情を浮かべている人。そのすべてが、僕には異国の、あまりに生々しい風景のように見えた。おばさんたちの体は、僕の知っている世界とは全くの別物だった。
脇を上げて髪を洗うと、そこには大人の女の証である黒々とした剛毛が、びっしりとずっしりと生い茂っていた。洗い場に腰掛け、足を大きく開き、お構いなしに股間を洗う姿も、何の抵抗もなく、ごく自然に行われていた。陰毛も、みんな生やしぱなしだった。いい時代だった、と大人は言うかもしれないが、当時の僕には、ただただ目を覆いたいほどの衝撃だった。
僕は隅の洗い場を見つけ、急いで体を洗い始めた。背中が流せなくても、とにかく早く湯船のなかに隠れたい。石鹸を泡立て、体をゴシゴシと洗う。その時だった。
……あら。
ふわりと、柔らかく、どこか母性を感じさせる声が、湯煙の向こうから聞こえた。振り向くと、近所のミツコおばさんが、巨大な乳房をぶら下げた、丸々と豊満な体で僕の隣に座っていた。
「健司ちゃんじゃない。毎日お姉ちゃんと一緒に来てくれるのね、えらいわねぇ」
茶髪のパーマが湯気で濡れ、彼女の首筋に張り付いている。甘い石鹸の香りが、僕の鼻をくすぐった。彼女の脇からは、僕の姉のそれよりもさらに濃く、黒々とした毛が、無防備に覗いていた。
……あら。
ミツコおばさんの視線が、僕のタオルの隙間から覗いている、半勃起のちんちんに注がれた。ゴウッと、血が頭に駆け上る。耳の奥で、血の流れる音が、ドクンドクンと響いた。
「健司ちゃん、おちんちん、ずいぶん大きくなったじゃない。ほら、こんなところに、ちゃんと毛も生えてきちゃって」
彼女はからからと笑った。その笑い声が、湯殿の天井に反響して、僕の頭の中でぐるぐると回り続ける。恥ずかしさで、地面に穴でも開けばいいと思った。でも、その恥ずかしさの裏側で、体の奥底から、粘つくような熱い何かがじわりと込み上げてくるのを感じた。これは、ただの恥ずかしさじゃない。‘見られている’‘認められている’という秘密の興奮が、背筋を電流が走るように、びりびりと痺れさせた。
「ほら、こんなところでじっとして…恥ずかしいじゃない。由美ちゃんに見つかったら、絶対にからかわれるわよ?」
ミツコおばさんは、そんな僕の頭を、湯の滴る温かい手で、優しく撫でた。その言葉と、温かい感触に、僕のちんちんはビクンと跳ね上がる。否応なく、さらに硬く、より大きく、ズキンズキンと脈動を打ち始めた。
白濁した湯煙の中で、僕の知っていた世界は、音を立てて崩れ始めていた。

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