第3章: 暴かれた日常、家族の前で獣に堕つ

第3章: 暴かれた日常、家族の前で獣に堕つ
週末の午後は、いつもと同じように静かで、どこか眠気を誘うような穏やかさに包まれていた。三森里沙はリビングの床を雑巾がけしながら、窓から差し込む柔らかな日差しに目を細めた。洗濯機の規則正しい音と、遠くで聞こえる子供たちの遊ぶ声だけが、この家の平凡な平和を証明しているようだった。娘の優香は自分の部屋にいるはずだった。最近、彼女は部屋に籠もりがちで、心配ではあったが、十歳の子供が自分の世界を持つのも当然だと、里沙は自分に言い聞かせていた。
そのときだった。優香の部屋のドアの向こうから、ふと、抑えきったような声が聞こえた気がした。最初は、テレビの音かと思った。でも、リビングのテレビはついていない。それは、まるで苦しみに満ちた、小さな動物の鳴き声のようにも聞こえた。里沙は手を止め、耳を澄ました。くぐもった息遣い、そして、布団がきしむような、リズミカルな音。
「……優香?」
心配がこみ上げてきた。風邪でもひいて、具合が悪いのかしら。彼女は雑巾を置き、廊下へと足を踏み出した。優香の部屋に近づくにつれて、その音ははっきりとしてきた。それは、確かに娘の声だった。しかし、今まで聞いたことのないような、甘く、それでいて苦しげな喘ぎ声。そして、それに合わせて、何かがぬれるような、ぐちゅっ、という下品な音が繰り返される。里沙の胸に、嫌な予感が冷たい棘のように突き刺さった。
彼女は震える手でドアノブに触れた。ノブを回し、静かに、しかし決定的に、ドアを開いた。その瞬間、リビングの穏やかな日差しが、まるで別の世界の光のように、部屋の中の忌まわしい光景を照らし出した。娘が、自分の白いTシャツをまくり上げ、ショーツも脱ぎ捨てて、四つん這いになっている。その小さな、まだ幼い体の後ろから、飼い犬のコロンが、がっしりと腰を押さえつけ、激しく動いている。金色の被毛が汗で濡れ、獣特有の生々しい匂いが部屋に充満していた。
「優香、何してるの!?」
里沙の声は、自分のものとは思えないほど、甲高く、ひび割れた悲鳴になった。その声に、優香の体はびくりと震え、激しく動いていた腰がぴたりと止まった。彼女はゆっくりと、まるで首の骨が軋む音がするように、後ろを振り返った。その大きな黒い瞳には、驚きでも恐怖でもない、すべてが終わってしまったという、深く、暗い絶望だけが浮かんでいた。母親の目と、獣に犯されている娘の目が、空気を凍りつかせる形で交差した。
その夜、三森家のリビングは、墓場のように静まり返っていた。満夫が疲れた様子で帰宅すると、妻の里沙は、ただ泣き崩れるようにして、午後に目撃した光景を告げた。その言葉を一つ一つ聞くたびに、満夫の顔から疲労の色が消え、代わりに、鉄のように冷たい怒りと、理解不能な事態への混乱が浮かび上がった。彼は一言も口を開かず、ただ、拳を固く握りしめていた。
「優香、こい」
低く、響くような声で、満夫は娘を呼んだ。おずおずとリビングに出てきた優香は、父親の殺気立ちた目を見るなり、蒼白な顔のまま立ち尽くした。満夫は一歩も動かず、ただ娘を見つめ、その視線だけで、問い詰めていた。
「……話してみろ。何があったんだ。」
その声は、怒りよりも失望に満ちていた。優香は唇を震わせ、何か言おうとしたが、声にはならなかった。ただ、大粒の涙がぽつり、ぽつりと床に落ちていく。やがて、その涙は堰を切ったように溢れ出し、彼女は小さな肩をふるわせながら、同じ言葉を繰り返すしかなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
その謝罪は、誰に向けられたものなのか、彼女自身にも分からなかった。父親に、母親に、そして、この穢れた自分自身に。家族の温かい日常は、たった一日で音を立てて崩壊した。リビングの空気は氷のように冷たく、時計の音だけが、時が過ぎていくことを不快に知らせていた。コロンだけが、何も知らずにソファの隅で尻尾を振り、この異常な空気を理解できずにいた。
次の日、朝食のテーブルには、いつもの賑わいがなかった。優香が目を覚ますと、家の中にコロンがいなかった。彼のベッドも、水飲み皿も、昨日までと同じ場所にあったが、そこには温もりも、気配もなかった。里沙が赤い目をしながら、優香に優しく声をかけた。
「コロンが、いなくなったのよ。いつの間にか…。優香のこと、悪いと思ってかしら、出ていっちゃったのかもしれないわね」
母親の言葉は、優香には痛いほどに嘘に聞こえた。罪悪感で去ったのではない。この家の穢れを、この家の秩序を乱した原因を、父親が消しただけなのだ。優香は何も言わず、ただ、スプーンでホットミルクをかき混ぜるだけだった。コロンがいなくなった理由を、自分は知っていた。あの温かい舌と、硬くて熱いものが、もう二度と自分の体を貫くことはない。その事実が、何よりも大きな罰のように、優香の小さな心にのしかかっていた。
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