第2章: タイルにひろがる温かい水溜り

第2章: タイルにひろがる温かい水溜り
翌日の午後三時。時刻が来るやいなや、悠人の足は自然と母の実家を後にし、あの古びた銭湯へと向かっていた。昨日の出来事が頭ん中で繰り返される。湯気に霞む幼い輪郭、石鹸の香り、そして何より、あの無邪気な瞳。これはもう、ノスタルジーだけではすまない。抗いがたい、甘くて危険な引力が、彼の心の奥底で静かに渦巻いていた。誰もいない脱衣所の扉を開け、昨日と同じ匂い——カビと消毒液、そして古い木の匂いが混ざり合った独特の空気を胸いっぱいに吸い込む。彼はいつものようにロッカーに服をしまい、タオルを腰に巻き、浴室へと足を踏み入れた。湯気が立ち込めて、視界がぼやける。昨日と同じ静寂。そして、心なしか昨日より熱い湯の気配がする。体を洗うためのイスに座り、シャワーをひねると、心地よい水音が静寂を破った。彼はゆっくりと体を濡らし、石鹸を手に取る。その時だった。ガラッ、と軽い音と共に、浴室の入り口の扉が開く。心臓がひとつきゅりと跳ねた。案の定、湯気の向こうに小さな影が揺れる。昨日と同じ派手な色のTシャツにショートパンツ姿のさくらだった。彼女は悠人を見つけると、少し驚いたような顔をしたが、すぐにくすりと笑った。
「お兄さん、また来てたんだ」
その声は昨日と同じく、澄んでいて、夏の蝉時雨のように心地よい。悠人はどう答えていいか分からず、ただ小さく頷くことしかできなかった。彼女は悠人の隣のイスにタオルを置くと、何の躊躇もなく服を脱ぎ始めた。小さな、まだ幼い体つき。平らな胸、細い腕と足。昨日は緊張でぼんやりとしか見えなかったが、今日はその一つ一つがくっきりと目に焼き付く。彼は目をそらそうとするが、視線は勝手に彼女の体を追ってしまう。これは間違っている、と思いながらも、指が石鹸をこねる手が止まってしまう。さくらはそんな悠人の視線を感じてもいないかのように、自分のイスに座ってシャワーを浴び、石鹸を泡立てて体を洗い始めた。ざあざあ、という水音と、彼女が小さな手で体をこする音だけが響く。二人の間に言葉はなかったが、奇妙な一体感のようなものがあった。まるで、この時間を共有するという、口にも出せない掟ができあがったかのようだった。悠人はようやく我に返り、自分の体も洗い始めた。石鹸の泡が肌の上で滑る感触が、いつもよりずっと敏感に感じられる。隣でさくらが歌を口ずさんでいる。それは、誰も知らない童謡のようだった。
そして三日目。悠人のもう、この時間に行くのは当たり前になっていた。いや、当たり前どころか、一日のなかで唯一心が躍る時間になっていた。罪悪感と期待が、蜜のように混ざり合って胸のなかでとろけていた。今日も彼は少し早めに銭湯に入り、湯船に浸かりながら、さくらの来るのを待っていた。湯の熱さが体の芯まで温め、思考を緩慢にしてくれる。やがて、例のガラッという音がした。彼は湯船から顔だけ上げて、入り口を見つめる。今日のさくらは、少し元気がないように見えた。彼女はゆっくりと服を脱ぎ、流し場へ向かう。そして、いつもと同じようにイスに座り、シャワーを浴びた。でも、今日は何かが違う。彼女の動きが、どこかためらいがちに見える。悠人が湯船から上がり、隣のイスに座って体を洗い始めると、さくらはふと動きを止めた。そして、悠人の目の前で、ゆっくりと、まるで時間がスローモーションになるかのように、しゃがみ込んだ。彼女は膝を曲げ、小さなお尻を後ろに突き出すような格好になった。その瞬間、悠人の思考が完全に停止した。何が起ころうとしているのか、分かっていた。でも、信じられなかった。目の前で、さくらの股間から、小さな割れ目がほんの少しだけ開く。そして、次の瞬間。
ザーっ……
甘ったるく、濃密な音が、浴室の静寂を切り裂いた。それは、単なるおしっこの音ではなかった。生々しく、獣的で、そしてどこか官能的な響きさえあった。黄金色の細い筋が、彼女の無防備なアソコから勢いよく放たれ、白いタイルの床をまっすぐに打った。温かい液体が床に当たって、湯気を立てる。その光景に、悠人は息を呑んだ。彼女の小さな、まだ毛も生えそろっていない性器が、彼の目の前で、ありのままに晒され、生理的な現象を起こしている。匂いがたちまち鼻をついた。それは、生暖かく、甘酸っぱいような、少しアンモニアを含んだ匂いだった。トイレの匂いとは違う。生きた人間の、温かい体から出てきたばかりの、きわめてプライベートな匂い。その匂いは、悠人の理性を溶かすように、頭のなかにじわじわと染み渡っていく。ザーっ、という音はしばらく続き、やがて小さくなり、ぽつり、ぽつり、と終わりを告げた。タイルの上には、温かい水溜りができ、ゆっくりと広がっていく。さくらはしゃがんだまま、少し息を整えるような仕草をした。そして、何事もなかったかのように、スッと立ち上がった。彼は顔を上げられない。顔が火照って、耳まで熱くなっているのが分かった。見てはいけないものを見てしまった。でも、目は離せなかった。さくらはシャワーをひねり、股間をさっと流すと、いつもと同じように湯船へと向かった。彼女の背中には、何の罪悪感も、恥じらいも見えなかった。まるで、呼吸をするのと同じくらい自然な行為だったかのように。悠人は一人、流し場に取り残された。目の前には、まだ白いタイルの上に広がる、少しだけ濁った温かい水溜りと、そこから立ち上る消えかけの湯気と、あの生々しい匂いが、残っていた。彼の心は、大きく、大きく揺らぎ始めていた。
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